3人のほのぼのとした会話をお楽しみください。
帝劇中庭シリーズ第3弾です。
今回はレニやアイリスも登場してます。
メインはマリアと大神ですが。
夏の歌謡ショウの初日を明日に控えた日の午後。
最後の調整を含めた練習を終え、マリアは一人中庭のベンチに腰掛けていた。
夏の強い陽射しをそっと遮ってくれる木陰のその場所は、以外に過ごしやすく、マリアの密かなお気に入りの場所でもあった。
彼女の手もとにあるのは、明日から始まる公演、「新・青い鳥」の台本。
何度も読み返し、汚れたその表紙を、マリアはそっと手の平で撫でる。
ずっと共に過ごした仲間にする様に、そっと優しく、愛おしそうに。
「マリアー!!」
不意に名前を呼ばれ顔を上げると、劇場の方から駆けてくる、仲の良さそうな二つの人影。
輝く銀の髪と、金の髪。
レニとアイリスだ。
しっかりと手を繋いだまま、こちらへ駆けてくる。
そしてその後ろをトコトコと着いてくる白い影。
劇場で飼っている犬のフントだ。
マリアは微笑み、二人を待つ。
ほどなくして、二人は軽く息を弾ませながら、マリアの前に並んで立ち止まる。
「来ちゃった。ね、お隣に座ってもいーい?」
そう言ってアイリスが笑う。
無邪気な笑顔に、もちろんよ、と頷いて、端に寄ろうとしたら、アイリスに止められた。
首を傾げる間に、アイリスはマリアの右隣、レニはマリアの左側に座ってしまった。
二人で並ばなくて良かったの?ーそんなマリアの問いかけに、アイリスが笑って首を振った。
「いーの。だってマリアの隣に座りたかったんだもん。ねー?レニ」
アイリスの言葉にでレニも頷く。
「そう?ならいいんだけど」
曖昧に頷いて、何をしていたのかと訊ねてみる。
「お散歩!!ねっ、レニ」
「そう。散歩、してたんだ。アイリスと、フントと。そしたら、マリアがいたから」
「お話ししようと思って、走ってきたんだよ」
「うん、そう。たまにはマリアとゆっくり話をするのもいいと思って」
二人が交互に話をしてくれる。
本当に仲がいい。それが嬉しくて、マリアもニコニコしながら二人の声に耳を傾けていた。
しばらくそうして話しているうちに、アイリスの話すテンポがだんだんゆっくりになってきた。
眠くなってきたのだろう。大きなあくびが一つ、二つ・・・
「アイリス、眠いんじゃない?少し休んだ方がいいわ。明日もある事だし」
見兼ねてそう言っても、アイリスは首を横に振って、頑として立ち上がろうとしない。
疲れているが、一人で先に休むのが嫌なのだろう。
その気持ちも分からないでもない。
一人の部屋が、寂しく思える時は誰にでもある。
でも体は正直だ。
また、大きなあくびを一つ。
しかし、眠い目をこすりつつ、アイリスはまだ立ち上がらない。
仕方ないわねーマリアは微笑み、一つの提案をした。
「少し、ここで休む?日が落ちる前に起こしてあげるから。私の膝で良ければ枕にしてもかまわないわよ」
「マリアのお膝で?」
「嫌かしら?」
「ううん!!嫌じゃないよ!!アイリス、そうしたい。マリアのお膝で寝るっ」
ぱっと顔を輝かせ、アイリスは早速マリアの膝に頭をのせて横になる。
しかし、大きいとはいえ、三人で座っているベンチである。
足を伸ばして横になれるほどのスペースがある訳もない。
体勢が辛くはないだろうか?ーそんな心配をしているうちに、あっという間に健やかな寝息が聞こえてきた。
「もう寝ちゃったの?」
呆れ半分、驚き半分で声を上げる。
そして、
「……よほど疲れていたのね」
微笑んで、柔らかな金の髪をそっと撫でた。
優しく、愛おしそうに。
「マリアは……」
「……?」
声をかけられて、レニの方を振り向く。
レニは真面目な顔で、マリアを見上げていた。
「マリアは、アイリスが好き?」
突然の問いかけに驚いて目を丸くする。
だが、それも一瞬の事。
すぐに微笑みを浮かべて、マリアは答えた。
答えは、とても簡単だったから。
「ええ、好きよ」
「じゃあ、ぼ……カ、カンナは?カンナは好き?」
「もちろん、好きよ」
「そう……」
なぜか落胆したように、下を向いてしまったレニに、マリアは首を傾げる。
なにかいけない事を言ってしまったのだろうか?
だが、どうしたのかと尋ねる前に、レニは気を取り直した様に顔を上げてマリアを見た。
「さくらや、織姫や……花組のみんなの事も好き?」
「もちろん。何よりも大切な仲間達よ」
「うん……」
そうして、レニはまた黙り込んでしまう。
少し困った様にマリアは微笑って、それからふとレニの傍らに寝そべったままのフントに目をとめた。
フントの黒いつぶらな目は、じっとレニを見つめている。
時折ふさふさのしっぽをぱたんぱたんと揺らしながら、レニが自分のを見てくれるのをずっと待っているのだ。
「ねぇ、見て。レニ」
「えっ?」
顔を上げるレニ。
そんなレニの動きにつられた様に、フントのしっぽがパタパタパタ・・元気一杯に動き出す。
「フントはレニが大好きなのね」
「え?そ、うかな?」
自信なさそうに答えながら、それでもレニは優しくフントの頭を撫でてやる。
「フントは、ボクが好き、なのかな?」
「ええ。だって、レニに触ってもらって、とても嬉しそうじゃない?」
レニに撫でられて、フントは気持ち良さそうに目を細めている。
「そう、だね」
レニが笑う。春の微風のような優しい笑顔。
「ええ、きっとそう」
「……マリアは?」
「えっ?」
「マリアは、ボクのこと、好き?」
フントの方へ顔を向けたまま、だけど照れた様に、その頬は上気している。
微笑み、レニの体を自分の方へ引き寄せた。
幾つもの質問を重ねながら、一番聞きたかったのはその事に違いない。
そんなレニが、愛おしかった。
「もちろん……大好きよ、レニ」
「ボクも、マリアが大好き」
引き寄せられたまま、マリアの肩に頭を寄りかからせたまま、レニは続ける。
「アイリスが好き。隊長も好き。さくらが、織姫が……花組のみんなが大好き」
淡々と、だけど、感情がこもっていない訳では決して無く。
「ボクは、ずっと幸せがどんな事なのか、分からないでいた。知らなかったんじゃない。分からなかったんだ。体験した事が無かったから……」
「レニ……」
「でも、今は分かるよ。ボク、幸せだよ。今、とても幸せなんだと思う。大好きな人がたくさんいて、その人達と一緒に笑ったり、一緒に芝居をしたり、ただ、一緒に過ごしたり・・・そんな事が、すごく、すごく幸せで……時々泣きたくなる」
「そうね……」
「ねぇ、もう少しだけ、こうして寄りかかっていてもいい?あと、少しだけ……」
半分眠りかけたような頼りない声で。
マリアは微笑み、答える。
「もちろんよ。レニ、あなたも少し眠るといいわ。明日はきっと、目が回るほど忙しいわよ?」
答えは無い。
どうやらマリアの返事を待つ間もなく、レニも眠ってしまったようだ。
再び微笑んで、マリアはレニの柔らかな銀の髪にそっと頬を寄せた。
右の膝と左の肩から伝わるぬくもり。
なんて愛おしいぬくもりだろうと思う。
愛しくて、大切で、何からも守ってあげたいー子供を持った事は無いけれど、母親の心境とはこんな感じなのかもしれない。
そんな事を思いながら、一人クスクスと笑っていると、木の枝が大きく揺れて、人の気配が降りてきた。
マリアは振り向かなくてもその人が誰だか分かった。
本当は少し前から気付いていた。ベンチの後ろの木の上に誰か居る事。
「隊長?」
「当たり」
笑いを含んだ声が帰ってきて、その人はゆっくり草を踏み締めて、マリアの前に立つ。
「木の上で、何をしていたんですか?」
「最初は、風に当たりながら景色を見ていたんだ。でも、途中からは、その……」
「……?」
「君を、見てた。そしたら、レニとアイリスが来て、なんだか降り辛くなっちゃってさ」
照れくさそうに笑う。そんな顔がまぶしくて、愛しくて……胸が苦しい。
アイリスやレニを想うのとは根本的に違う気持ち。
「木登りは得意なんですか?」
「そうだな~。ガキの頃は、庭の木に良く登ったなぁ。それで、姉さんに良く怒られた」
目を細めて、懐かしそうに。
そんな彼の横顔を眺めながら、ほのぼのとした幸せを感じる。
ただの日常ーそれがかけがえの無い幸せだと感じる瞬間だ。
「良く、眠ってるね。気持ち良さそうだな~」
眠る二人の顔を覗き込み、大神が微笑む。
「ええ。二人とも、連日の稽古で疲れがたまっていたんだと思います」
「主役だから出番も多いし、大変だよな」
「はい。それに今回は舞台の他にも色々な事がありましたから」
「そうだね・・・」
頷いて、大神は空を仰ぐ。
「今日、こうして穏やかな気持ちで、空を見上げる事が出来る。そんな何気ない日常が、かけがえの無い物だと思う。俺は、そんな普通の幸せを守っていきたい。そう、思うんだ」
真っ直ぐな眼差し。その瞳に宿る輝きは、未来を照らし出す力強い光だ。
「だから、俺は戦う。君や、レニや、アイリスや花組、たくさんの人の大切な何かを守りたいと思うから」
「私にも、そのお手伝いをさせていただけますか?隊長」
「もちろん。君が横にいてくれたら百人力だな。俺はきっと、どんな敵にも負けやしない」
「それならずっと、私は隊長の側にいます」
「ずっと?」
「はい、ずっと」
嬉しそうに大神が笑う。
そんな彼の傍らにずっと共にある事。それは至上の幸せだ。
そんな事を思っていると、大神がふと思い付いた様に尋ねてきた。
「そうだ、マリア。聞き忘れてた。俺の事は?」
「は?」
余りに突拍子もない質問の仕方に、思わず聞き返してしまう。
「だから、さっきのレニの質問の続きだよ。俺の事も、好き?」
「!!!!!!」
何を聞くのか!?この人は!!
とっさに気の効いた答えが出てくる訳も無く、口をパクパクさせていると、大神がその耳元に唇を寄せてきた。
「俺は、マリアが大好き」
レニを見習ってみたんだーそう言って目を細めて笑う。
反則だ。反則すぎる。反則以外の何ものでもない。
マリアは上目遣いで大神を睨む・・・が大神はニコニコしながら、そんなマリアの様子を眺めている。
先に根負けしたのは、もちろんマリア。
小さく溜め息一つ。
大神を見上げ、その目を捕らえ、小さな声で、彼の望むその一言を紡ぎ出す。
思いきり、子供のような開けっぴろげな笑顔で笑う大神を、マリアは困ったような、それ以上に溢れるほどの幸せな気持ちを抱えて見つめる。
自分の幸せは、大神の笑顔を見る事、大切な人たちの幸せを見守る事ーそれを守るために戦わねばならないのなら。
私は戦う。そう、力の限りに。
明日は舞台の幕が上がる。
お客さまの最高の笑顔を引き出すために、戦おう。力一杯、心を込めて。
舞台の上も、私達の戦場だ。たくさんの幸せを与え、そして得るための。
どうか、願わくば、幸せな舞台に出来ます様にー。