「アンリマユ?!アンリマユだと!?」
「ご存じなのですか?マスター」
「知っているもなにも・・・まさか」
影が自らの正体を明かした。
知っているどころの騒ぎじゃない。こいつはお師匠の目的そのものだ。お師匠がやっとのことで導き出した、1つの結末。それが・・・。
「黒き・・・聖杯!」
「なんだ。知ってるんじゃねぇか。俺達の仕組みを」
ヘラヘラと笑う俺に似た悪意の塊の背後から、ナニカが溢れ始めていた。
「俺達からしたら、早いとこ戦争をやってくれないと困るんだよ。そうしないと、復讐ができない」
ナニカは、動物や人間、更にはわけのわからないものにさえも姿を変えていく。
「まぁ、この聖杯は本物とはほど遠い偽物なんだけどな」
「一体どういう意味だ!」
軽い悪意を孕んだ表情で、 俺達を見据える。
「そのままの意味だ。まぁしかし、本物になろうとしたあげく、こいつは本物以上の力をつけちまった。この地に残っていた第4次の情念とか、そういう、非科学的なもんのお陰でな」
目の前の男は何を言っているんだ。この聖杯戦争が偽物?だとしたら、こんなもんとんだ茶番じゃないか。
「大丈夫だぜ?必要なものは揃っている。あとは、英霊の霊力とかそういうものが必要だ。つまり、普通の聖杯と変わらんわけだ。カハハ」
「何を世迷い言を!キリツグ、ここは私が行きます。その間に、キャスターに連絡を!」
「アッ!おい!待て!迂闊に近づくな!」
俺の制止も聞かず、黒いものへと接近していくライダー。確かに、アヴェンジャーは最弱のサーヴァントだと聞いている。しかし、アンリマユは!
しかし、ライダーが言ったことも一理あった。この間に、キャスターに!
「この程度の怪物!これならば」
一見、圧倒しているかのようだ。しかし、実際はそうではなかった。減る怪物よりも、増えるスピードの方が早かったのだ。キリツグは思った。やられる、と。
「退け!ライダー。このままでは無理だ!」
「くっ!確かにそのようですね。しかし!」
尚も戦闘をやめようとはしない。否、増え続ける怪物故に、自分の攻撃をやめる瞬間が見出だせないのだ。
次の瞬間、ライダーが、怪物に飲まれた。
「ッカハ!?」
「ライダー!」
セイバーが叫ぶ。それでも、怪物はライダーに覆い被さったままだった。
「くそ!やむ終えん!令呪をもって命ずる!キャスター、今すぐここにこい!」
この戦争で、俺は初めて令呪を使った。しかし。
「・・・なんだ?なぜなにも起こらない。令呪が反応しない!?」
「それはお前が、変わり始めている証拠だ。お前の変化故に、お前とお前のサーヴァントのパスが綻び始めている」
「何を!私はマスターのパスを感じるぞ!」
「当たり前だろ。お前は、アーサー王なんだからな」
「お前、さっきから言ってることがよくわかんねぇぞ!」
不気味な空気が流れる中、怪物がライダーから離れていった。離れる?なぜだ。なぜわざわざそんなことを。ライダーが反撃したわけでもなく、ただ、ライダーが動けるように。
怪物が退いた先には、やはりライダーがいた。しかし、何か様子が変だ。
「・・・・・・」
「ラ、ライダー?一体、どうし・・・」
その瞬間、セイバーが動く。俺はそれに気をとられ、何が起こったかを理解できなかった。しかし、次の瞬間、それが何なのかよく理解できた。
セイバーとライダーが、武器を合わせているのだ。まるで、二人が敵同士であるかのように。まあ実際は敵同士なんだが、今回は共通の敵ということで。そんなことをいってる場合じゃない!
「いきなり何をする!ライダー」
「・・・・・・」
返事がない。もはや、生気を感じない。この感覚はまるで、あの影のような。いや、まさか!?
「そのまさかってやつだ」
「アヴェンジャー・・・」
相手の思っていることを読んだかのごとく、タイミングよくそう言った。
「こいつはもうお前のサーヴァントじゃねぇ。俺達のサーヴァントだ」
「闇に、飲まれたってか?馬鹿をいってんじゃねぇ!」
しかし、それは目の前にある。目の前にあるのが真実であった。令呪は慎二が持っているので、そこまでは分からないが、ライダーは完璧に正気を失っている。
「セイバー、気を抜くんじゃねぇぞ。お前もあんな風になったら、どうしようもないからな」
「それは、分かっていますが!くっ!」
セイバーとライダーは一旦離れた。ライダーの背後には、アヴェンジャーと怪物。いや。これは万事休すか?
「お前が本物になったんなら、こんな状況覆せるんだぜ?早いとこ思い出せよ。お前の悪意を、俺に見せてくれ」
「うるせぇぞ!くそ!どうすれば」
わけのわからないことを言うアヴェンジャーをあしらう。しかし本当にまずい。逃げるにしても、コイツらを放ってはおけない。民間人に被害が被ることは避けなくては。
次の瞬間、ライダーと怪物が特攻してきた。俺とセイバーが身構える。
「セイバー、令呪を使う。最大火力で宝具を!」
「わかりました!しかし、被害がどうなるか」
「コイツらが散り散りになることの方がまずい」
相談している間にも、ライダーたちは近づく。
「くっ!やるぞ!」
そう、覚悟をした瞬間だった。
目が眩みそうな輝きと共に、その人はあらわれた。
「
数々の武器を召喚させ、あらわれた。
「我の庭で何をしている、雑種」
あの日、この場所で酒を酌み交わした、金色の青年だった。
**********
全員で家に帰っている道中、慎二に異変が起きた。
「くっ!う、腕が」
「どうした?慎二」
見れば慎二の腕にあるはずの令呪が消え始めていた。
「慎二それ、令呪が」
遠坂がそれを発見した。
「どうなってるんだ!ライダー!ライダー!くっそ!」
「慎二、またあんた変なこと」
「今回は知らない!でもなんで!」
「兄さん。ライダーに異変が起きたのではないですか?」
桜が慎二のことを心配している。いや、これはライダーなのか?まぁ、そうだろう。
「ライダーとは念話が出来ない。何かあったんだろう。急いで衛宮の家へ戻ろう」
驚くことに、慎二が先頭をきっていた。こういう言い方は失礼かもしれないが、彼からこのような言葉が出ることは、ほぼありえない。キリツグとの出会いが、彼を変えたのか。俺が、じいさんと出会ったように。
「そうね。アーチャー、急いで向かいなさい!」
「了解した、凛」
霊体化を解き、その場から飛び立とうとした瞬間だった。アーチャーが、何かを察したかのように、その場に止まった。
「・・・どうしたのよ。早く行きなさいよ」
「残念だが凛、それは出来ないようだ」
「どういうこと、アーチャー」
「そういうことだぜ、嬢ちゃん」
薄暗い道の先、人影がひとつ。
「お前は、ランサー?」
「おう。久し振りだな坊主」
青いタイツに身を包んだ、槍兵が現れたのである。
「ランサー!?何の用があって」
「まぁ、そりゃあ戦争だろ。見たところ、セイバーと黒いマスターはいねぇようだが」
そう言って、ランサーは槍を構えた。
「下がれ凛」
「え、ええ。大丈夫なの?アーチャー」
「当たり前だ」
「へっ、言ってくれるじゃねぇか。まあいいさ。弓兵ごとき、俺の槍の錆びにしてやる」
「その言葉、そっくりそのまま返してやる。こい、ランサー」
すぐにでも、戦いを始めてしまいそうな空気だ。
「やめろ!こんな民家が多い場所で」
俺は堪らず叫んだ。
「ふん。そのようだ。行くぞランサー」
「あいよ。次にぶちのめすのはセイバーだ。そうあのマスターに伝えておけ、坊主」
そして闘気を駄々漏れにさせながら、どこかへ飛び去っていった。
「いいのか?遠坂」
「いいわよ。とりあえず、家へ戻りましょう」
「その心配は必要ないわ」
どこからか声が響いた。妖艶な女の声。
「キャスター?どうしてここに」
「どうしてって。異変が起こったからに決まっているでしょう」
その声と共に、キャスターが霊体化を解いた。
「マスターとのパスが揺らいでいる。何かがあったのでしょう」
「待てよ。それって、一緒にいなかったってことか?」
「そうね。マスターたちは、出掛けていった。私を置いてね」
なんだか、含みのある言い方だがこれで家へ帰る必要はなくなった。
「場所は分かるのか?」
「少しなら。けれどあなたたち全員を連れていく必要はないわね」
「だ、だったら僕を連れていってくれ!」
そう言ったのは慎二だった。
「慎二だけじゃ危ない。俺たちも」
「衛宮は黙ってろ!ライダーは僕のサーヴァントだ。マスターの僕がいかないでどうする。それに、キリツグさんに何かあったなら・・・」
「慎二・・・」
関心したかのように呟き眺める遠坂。
「だったら私も」
「桜はだめだ。お前は衛宮たちと一緒に・・・」
桜もそう言ったが、慎二に制されてしまった。しかし。
「ライダーは元々私のサーヴァントです。兄さんがいくと言うのなら、私だって!」
「桜、お前」
慎二なりの心配だったのか。しかし、それも桜によって制される。慎二の変化が、桜にも影響したのだろうか。いい変化だ。
「分かったわ。あなたたち二人を連れていくわ。残りの二人は、帰っていなさい」
「そんな!俺たちだって」
「いいの?鍵を開けたまま出てきたのだけれど」
「な!?」
忘れたのか、計画通りだったのか分からないが、確かに帰らないと。しかし。
「いいわよ。キャスターに任せましょう。それに、キリツグだっているんでしょ?だったら大丈夫よ」
そう言い切る遠坂だった。
「えらくキリツグの事を信頼しているんだな」
「ま、まあね。とにかく行くわよ士郎」
そう言って、俺たちはその場を離れた。
そして、3人が見えなくなる所まで来た。
「本当によかったのか?桜だって・・・」
「あの子がああやって自分から言ったのよ。あの子の意見を尊重してるだけ」
そうは言っているが、顔は心配していた。
「アーチャー、聞こえる?」
遠坂は念話で話しかけた。
「私はここだ、凛」
すぐ背後からその声はしていた。驚き、振り向けばそこにはアーチャーがいたのである。
「アーチャー?なんでここに。あんたは、ランサーと」
「もちろんだ。どうやら、戦闘が目的ではなく、足止めが目的だったらしい。もしくは、特定の誰かをキリツグの元へと導くために、私との戦闘を装った、とでも言えようか」
見たところそのようだ。彼の体には傷という傷が見当たらなかった。
「もっとも、それはヤツのマスターの命令であり、ヤツ自身の目的ではなかったようだが」
「どういう意味よ、アーチャー」
アーチャーから告げられたのは、思いもよらないことであった。それ故に俺たちはそれを告げられたのにも関わらず、ただ呆然と立ち尽くしてしまった。
「どうやら、これは聖杯戦争ではないらしい」
*********
「お、王さま?」
「ギルガメッシュ!」
「え?」
「え?!」
マスターと私は、同時に違うことを叫んだ。
「おま、ギルガメッシュって、この人が、お前の言った?」
「え、ええ。いや、それよりも、マスター!この男と顔見知りだったのですか?」
二人して困惑していた。この状況もだが、マスターがこの男と知り合いであったなんて。
マスターから伝えられていなかったことに、セイバーは少し憤慨していた。少し憤慨というのも、おかしな話だが。
「まさかあんたがギルガメッシュだったとはなー。久し振り」
「フン。貴様、我が誰か判らずに酒を酌み交わしていたというのか?不敬。しかしよい。今宵は許そう」
「マ、マスター」
マスターが、ギルガメッシュと気兼ねなく話している。何も考えていないマスターもそうだが、そのように扱われているギルガメッシュも満更ではなさそうな。いや、ただ興味がないだけ?であれば、すぐにやられてしまっているはず。
その時、セイバーには彼らが同じ場所に立っているように見えていた。自分を外して。
「久方ぶりだな、セイバー」
「何のようだ!ギルガメッシュ!」
「そう憤るな、器が知れるぞセイバー。いや、貴様は、違ったのだったな」
あのときの話がよみがえる。彼の言った偽物ということの真意。今なら聞き出せるかもしれない。しかし、状況がそうはさせなかった。
「助けてくれたのはいいが、王さま。あんた、今回の戦争のサーヴァントだったんだな」
「おかしなことを言うではない。我は、我の回りにいる蝿を潰しただけにすぎん。救った覚えはない」
「ツンデレかよ。・・・まあ、いいか。あんた、あれをどう見る」
そう尋ねられると、考える素振りもなくすぐに答えた。
「なに。あれはただの泥だ」
「泥?」
「ああ。聖なる杯に溜められた、忌々しい、本性」
「本性・・・。いったい、誰の」
私がそういうと、ギルガメッシュは私を見つめた。
そうして、ひとつ間をおき答える。
「人間だ」
「ったく、あぶねぇじゃねぇか」
砂煙の舞う中、アヴェンジャーが姿を現した。同時に、影の怪物も再び現れ始めた。
「英雄がこんなことしていいのか?」
不敵な笑みを浮かべ、そう訪ねる。
「黙れ。貴様ごときの顔を、我に向けるでない。とく頭を垂れよ」
「へいへい。だが、今回は退かせてもらうぜ。あんたが出てくるなら話が変わる」
現れた怪物を消し、その場を去ろうとする。
「逃がすと思うか、下朗」
「俺は最弱なんだ。最優のサーヴァントと、最強のサーヴァントが相手じゃ、結果は見えている。ま、勝つことが目的じゃあないんだがな。今回は、お前らに譲ってやるよ」
ニヤニヤとほくそ笑みながら、アヴェンジャーは闇へと溶けていく。英雄王は逃がすまいと、その闇に対して宝具を放った。
「無駄だぜ英雄王。とにかく今は退く。それと、キリツグ」
アヴェンジャーはマスターへと声を掛けた。
「・・・・・・」
マスターは声もなくそれに応じる。
「お前の本当を知りたかったら、俺の所に来い。無論、一人でな。来なければならないということはない。ただ、お前が変化を望むなら、俺を探せ」
その瞬間、我々と敵との間に新しい影が現れた。
「ん?なんだ?」
砂煙が舞う。英雄王を除く全員が、それを固唾を飲んで見守った。
「あら、もう終わり?」
現れたのは、キャスターと、間桐兄妹であった。
「キリツグさん!ライダー!」
慎二が叫ぶ。
「あらら。タイミングよく、器の方から来てくれたのか。天は俺に味方している」
霊体化寸前であった体をアヴェンジャーは元に戻し、完全に実体化した。
「架空元素・虚数の属性をもつ魔術師はそういない。さらに言えば、間桐のもつ吸収の魔術。俺たち側他ならない」
何かを呟いたアヴェンジャー。次の瞬間、アヴェンジャーは桜の背後へと現れた。
「だから、お前を貰うぞ」
「え?!」
「さッ!?」
影が、桜を包む。そして、何も見えなくなった。
「桜!」
「よっと・・・」
アヴェンジャーはまた、距離をとる。
「キリツグ!もうひとつ追加だ。俺の話を聞きたかったら、尚且つこの娘を救いたかったら俺の所に来い。もう一度いうが、一人で、な」
「ま、待て!」
慎二が勢いよく叫ぶ。そして、全速力でアヴェンジャーに向かっていった。しかしそれも空しく、空振りに終わった。
そして、何もいなくなった。
**********
「私のせいよね。私としたことが、彼女の属性のことは知っていたのに。だからこそ、使えると思ったのだけれど」
ギルガメッシュを除く俺たちは帰路についていた。あのあと、ギルガメッシュはさも興味をなくしたかのように、何も言わず消えていった。彼が現れたのは、何故なのか。俺たちを救うため?ただの気まぐれ?今となっては、確かめる術はなかった。
「キャスター!お前のせいに決まっているだろ!何故守らなかった!お前はサーヴァントだろ!」
「やめろ慎二。あれは誰のせいでもない。なるべくしてそうなった。おそらくそうなんだろう」
蟲爺の一件のさい、気づくべきだった。彼女の中に秘めるもののことを。違和感ってのは、それだったのか。ライダー戦のときに出会った黒い大群。それのことを覚えていなかったことが、今回の失敗の原因。誰のせいでもないとは言ったが、そういう面では俺のせいなんだろう。くそ!折角あの子を救えたのに。あの子を救い出せたのに。水の泡になってしまった。
しかし、アヴェンジャーの言ったこと。その真意を確かめたい。もちろん、彼女を救いたいってのが一番だ。しかし、それと同じくらいか、ヤツの知っている、俺のことを知りたかった。
「こんなことは、だめだな」
「マスター」
「ん?」
キャスターがローブの頭の部分を脱いで、こっちを向いた。また、あの顔だ。何かを諦めたような顔。
「アナタ、救いにいくのよね?」
「あたり、まえだ。もちろん、ひとりでな」
言葉に詰まった。救うため?それとは違うことも考えてた自分が恥ずかしかった。いや、それでも、俺は。
「キリツグさん、僕も」
「駄目だ」
「何故!?桜は僕の妹で・・・」
「俺たちは人質を取られているのと同じだ。相手の条件を飲まずして行ったところでどうなる?どうなるかわからないだろ」
「それは・・・」
慎二の熱い心を目の当たりにした。士郎の言った、根はいいやつってのも、案外真実味が出てきた。
「とにかく、1度帰って、作戦会議だ。士郎に言えばどうなるか目に見えているが、言わないわけにはいかないだろう」
「士郎の性格を考えると・・・」
セイバーが心配そうな目で俺を見つめる。
「大丈夫だよ、セイバー。なんとかなるさ。いや、なんとかしなきゃいけないんだ」
俺たちは、その場を去ることにする。先程まではあれほど賑わっていたのに、今では気持ち悪いほど静かだ。
これから、どうすればいい?彼女を救ったあとは?もし、あの影の正体が・・・。いや、そこまで考えるのはやめよう。考えるのを完了してしまったら、きっと分かってしまう。
彼らの背後では、大きな月がうすら笑っているかのように光続けていた。