申し訳ありませんでした。
「ねぇ、セイバー?」
人の少なくなった衛宮邸で、凛がセイバーに問いかけた。
「なんでしょうか、凛」
「私はどうすればいいのかしらね」
「・・・いきなり、どうしたのですか?」
凛の顔は相も変わらず暗かった。声色は、言わずもがな、である。
「結局、士郎を止めることが出来なかった。キリツグと、約束したのに」
士郎を止めると、約束した。キリツグにそう言った。桜を救う代わりに、というわけではないが、こういうことになると、私という存在に、いささか不機嫌になる。
「仕方ないです。士郎は、ああいう人ですから」
「それでもよ。私は、私として、士郎を止めておくべきだった。それは変わらないでしょう?」
「それは・・・。しかし、今はランサーが共にいます」
「そんなこと、信用ならないわよ」
桜が拐われてから、凛の様子はおかしかった。実の妹がそうなってしまったのだ。そうならないはずがない。しかし、凛だ。凛ならば、士郎と共に行くと言うだろうと思ったのだが。
「凜は、行かなくてよかったのですか?」
「行きたいか、と聞かれていたら、行きたいと答える他なかったわ。だけど、彼は自分が救うと言った。どこぞの英雄みたいにね」
どこか遠くを見つめる。その時、その先にキャスターが現れた。
「まだまだ幼いわね、小娘」
「キャスター」
キャスターはいつものローブではなく、この時代の人間が着るような服に変わっていた。
「うるさいわね、しょうがないでしょ。実の妹なんだから。あんたも同じ立場になれば・・・」
「そんなもの、まだ私が青い頃に捨てたわ。いえ、捨てられた、と言うべきね」
そう言って、座布団に正座した。
「遠坂凛。あなたはそんな小娘だったかしら?」
「キャスター」
セイバーがキャスターを見る。
「あなたは、そんな弱い女だったのかしら?」
「わたし、は」
凛は俯く。そして、口を閉じた。
「ちょっとセイバー」
キャスターが凛に聞こえないくらいの声でセイバーを呼んだ。
「なんですか?キャスター」
「あの小娘を見ていなさい。あの子、危ないわよ。すごく」
「危ない?」
「ええ。どこか不安定。まるでなにか悪いものに晒されたみたいに。だから、見ていなさい」
「え、ええ」
セイバーは不思議なかおをして、凛の側へいった。
「これであの妹が死んででもしたら、大変よ。マスター、はやく帰ってきなさい」
**********
「話はもう終わりか?」
洋館の一室、キリツグ、アヴェンジャー、アーチャーの3人はまだ、佇んでいた。
「焦るなっていったろ?まだまだ物語は続く。終わりへとな」
「いちいち意味深なことを言うんだな、お前」
「当たり前だろ。俺はアヴェンジャー。
二人の会話を眺めるだけの、アーチャーは何を思っているのか。キリツグは、ふと、そう考えた。
いや、今はそんなことどうでもいいか。まずは、聞くことが先決だ。
**********
その子どもは、皮肉なことにアーサーと名付けられた。その後、マスターの知人である、とある魔術師に育てられた。
名もない魔術師。しかし、関係ないわけではなかった。その魔術師は、さっき言った偽聖杯召喚の儀に携わった魔術師の近親者だった。
彼はアーサーを見て思った。この子はサーヴァントだと。子どもながらに見た、あの事件から聖杯戦争について調べていたからだ。
この子の召喚には責任がある。魔術師はそう考えた。しかしマスターに選ばれたのは自分の孫。エミリア・ペンドラゴン。孫から戦いを遠ざけるためにその魔術師は、赤ん坊を人間として育てた。はじめは、サーヴァントが成長するのだろうか、という疑問があったが、その赤ん坊はすくすくと成長していった。
当たり前だよなぁ。なんせ、そいつは受肉してるんだから。だが、成長していくごとに魔術師は、そのガキの中にある途方もないものに気づき始めていた。そうだ。そいつのなかには俺達が入ってる。聖杯戦争について調べていたといっても、
それからおよそ1年。ある事件が起きた。村の中にいる家畜が一匹残らず殺されていたんだ。村人は犯人を探した。だが、見つからなかった。それもそのはずだ。犯人は産まれて1年のガキだったんだから。しかし、村人の一人が犯行現場を目撃した。小さな影が、刃物をもって徘徊していたんだ。
それから村人による魔女狩りのようなものが始まった。対象者はただひとり。一人の子どもだ。魔術師は、実を言うと気付いていた。誰が犯人か。しかし、言い出せなかった。いや、言っても意味ないことを分かっていた。子どもにあんなことが出来るか、と。それでもバレてしまったんだから仕方ない。
子どもの身をあんじた魔術師は、自分が命令したと言った。それから怒りの矛先は、言うまでもないだろう。その後、魔術師の行方は分からない。どこかでのたれ死んだか。それとも村人に殺されたか。まぁ、それから元の状態に戻ったんだから後者が正解なんだろう。
ここで種明かしをしておくと、それをやったのはアーサーじゃない。アーサーの中の俺達がやらせた。子どもにはまったく意識がない。いや、それ以前からその子どもからは意識というか、意思というものが感じられなかった。
そいつは途方もなく空っぽだ。何色にでも染まる。俺たちの計画は成功へと進んでいた。しかし、一人の少女がそれを食い止めた。
エミリア。彼女がその子を人知れず引き取り、育てた。祖父の訃報を聞き、ロンドンから帰ってきたからだ。祖父の遺志を継ぎ、彼をサーヴァントとしてではなく、人間として育てるために。
それから、子どもへの干渉が出来なくなっていった。よかったな?今のお前がいるのは、エミリアのおかげだ。まぁ、そのことすらお前は覚えてないだろうが。
村外れに小屋を建て、二人で暮らした。愛情によって、アーサーの人間性が生まれるまで、だ。
だが、俺達はそれをよしとしなかった。干渉が完全に出来なくなったとき、数年で貯まった魔力を全て使うことを決意したのさ。
アーサーが4つになる頃、俺達は影を召喚した。俺たちの分身。それぞれサーヴァントのクラスを適応させた不完全なサーヴァント。それらを村に解き放ち、村人を殺させ生命力を奪った。
エミリアは思った。聖杯戦争が始まった、と。まぁ、こんなもの聖杯戦争でもなんでもない。言うなればただの殺戮だ。それでも彼女の中の正義は燃え盛った。村人を救うために影へと立ち向かった。所詮俺たちの複製品だからな。倒そうと思えば倒せる。だが、数が数だった。
**********
「どうなっているのですか。これは。あれが英霊?バカなことを。あんなもの!」
エミリアは6体のサーヴァントと対峙していた。サーヴァント。いや、あれは影だ。
「お前一人で俺たちに勝とうってのか?」
6体の影の後ろから全身入れ墨を施した男が現れた。
「お前の仕業か!マスター?いや、それともサーヴァントか?!」
「マスターでもありサーヴァントでもある。大丈夫さ。それでも状況が変わらない。さぁ、死合おう」
6体の内の双剣を持ったものが、猛攻を仕掛けてきた。エミリアは、アーサーが召喚された時に持っていた剣を構え、その猛攻を受けきる。
「ほう?それは聖剣か?なるほど。あれが受肉した際に共に現れたか。なるほどなるほど。それを使えるということは、お前、あれの血筋か」
「黙れ!関係のないことだ!今すぐ聖杯にもどれ!さもなくば、私がお前を討つ!」
「カハハ、怖い怖い。さぁ、お前らも行け。早く兄弟を迎えに行こう」
「くっ!?」
6体による同時攻撃。一つ一つの力が弱くとも、これでは!
エミリアは絶体絶命だった。しかしその時、森のなかから僅かな気配を感じた。
「ん?」
その気配の先から石が飛んできた。その石をサーヴァントのリーダーは、その方向を向かずに掴んだ。
「アーサー!」
「逃げて!母さん!ここは僕がやる!」
現れたのはアーサーだった。何故だ!?隠れていろと言ったのに。
「駄目だアーサー!あなたは来てはいけない!」
「おやおや、これはこれは。よぅ、兄弟」
アーサーは木の棒を構え、リーダーに視線を向けていた。
「うっ・・・」
「どうした?お前、足が震えているぞ?」
「ふ、震えてなんか。やぁぁぁぁぁ!!」
アーサーが殴りかかる。しかし。
「ふん」
「ぐはっ!?」
「アーサー!」
アーサーは後ろに吹っ飛ばされ、一本の大木に叩き付けられてしまった。
私はアーサーに駆け寄り、抱き寄せた。
「駄目でしょう。あそこから出てきては。隠れていろとあれほど言ったのに」
「でも、母さんが、危険だと思ったんだ。そうしたら僕の中のなにかが・・・」
そう言うアーサーを突き飛ばした。
「兎に角逃げるのです。あなたは、生きろ」
突き飛ばされたアーサーは悲しいかおをした。
「嫌だよ!僕は母さんが、いや王さまがいなくなったら、僕はまた一人になる!そんなの嫌だ!」
「大丈夫です。言ったでしょう?私は王さまですから」
そう言った私の顔を眺め、走り去る。逃げる背中を見届ける。しかし、アーサーはまた振り返った。
「逃げなさい!アーサー!!」
彼に聞こえるくらいの声で叫ぶ。その最中にもサーヴァントからの攻撃はやまない。
「っく!」
「王さま!王さまも逃げないと!殺されちゃうよ!!」
「私はいいのです!早く!あなたがっ・・・!?」
腹部に激痛が走る。恐る恐るみやると、短剣が突き刺さっていた。
「は、やく・・・。逃げ・・・」
ぬかった。気を抜いた瞬間、背後からひとつきだ。
「う、あぐぅ・・・!!」
酷い激痛が、彼女を襲う。それでも彼女は膝をつかなかった。余命僅か。自分自身で分かる、最後のこと。それでも、彼女は諦めなかった。
辺りを見回す。焼け野はら、ほどではないが、炎に包まれているのは確かである。生存者を探した。しかし、それは無意味になった。命という命が感じられないのだ。
「それ、でも。あの子・・・だけは!!」
彼女は左手を天へと向けた。
「令呪において命ずる!アーサー、生きなさい!!そして!幸福になりなさい!」
三画あった令呪は、残り一画へ。エミリアは、残った令呪見て思った。
もしあの子が本当にサーヴァントならば、私が死ねば、あの子も消える。あの子を救う方法は、1つしかない!
村の中心には、一際輝く場所があった。それは、数多くの魔術師が求めた聖杯の輝きに他ならなかったのである。
度重なるイレギュラーにより、出現してしまった聖杯。しかし、偽りと言っても、聖杯は聖杯だ。やってみる価値はある。
少女は敵を睨み付けながら、言い放った。
「私は!あの子を救う!お前がどれ程恐ろしい化け物なのだとしても、私はお前を打ち砕くッ!」
「その傷でも来るってのか?やるねぇ。さぁ、来いよ」
**********
「ここまでが、お前の記憶にない、失われた過去。なぁ?アーサー」
「エミリア・・・」
ぐるぐると回る。脳みそが溶けてしまう。消え去ってしまう。俺が。いや、僕が?
「まぁあのあと、やってきた傭兵によって救われ、聖堂協会へと連れていかれた。それからは、分かるだろう?」
「そうだな。切嗣に、助けられた。それから、彼を目指し、そして」
「それからエミリアは、生まれた偽聖杯をぶっ壊し、事なきを得たわけだ。そのあとは知らん。俺は壊され、一時的に意識を失った。まぁ、無理矢理やっちまったから魔力がなくなっちまっただけだったんだがな」
それから俺は聖堂協会を逃げ出し、時計塔へ行った。蟲じじいのおかげで、そこへ行った。いや、正確には蟲じじいから逃げ出したと言った方が合っているのか。
変な実験をされそうになったからな。恐らく、桜がされていたことと同じだろう。
俺の失われた記憶。なるほどな。
「それで終わりなのか?俺の物語は」
「俺が知っている限りでは、終わりだ。それから先はお前自身が知っているだろ?」
アヴェンジャーは、椅子から下りてキリツグに近づいていった。そして、鼻先があたるかあたらないかというところで、静止した。
キリツグはそれに対し、微動だにしていない。
「さて、だ」
アヴェンジャーが切り出した。
「どうする?お前はただの人間じゃない。お前は英霊でありながら受肉した。さらに言うならば、この聖杯戦争におけるセイバーの一人だ。お前には二つの選択肢がある」
「なんだよ」
アヴェンジャーは人差し指を立てた。
「ひとつは、このままただの人間の振りを続けて、この聖杯戦争を戦い抜くこと。ま、そうなればお前はどうなるかわからない。英霊として認識され、座に帰るのか、それとも人間として認識されるのか。分かるのは、聖杯戦争が終わった後だ」
「・・・・・・」
さらにアヴェンジャーは中指をたてる。
「ふたつめは、俺たちの側につくことだ。きっとお前は、考えているはずだ。自分のせいで、これが起こった、と。お前のせいじゃないんだが、まぁお前がいることもこの変化の原因だ。・・・お前の考えていることと、俺たちが考えていることは、遠からず近からず、という感じなんだが」
そう言い切ったアヴェンジャーは離れていき、背後にある扉を開いた。
「話はこれで終わりだ。この扉の先に娘はいる。さぁ、連れていけ。そしてキリツグ、お前の返答待っているぞ。お前がキリツグとして生きるのか、それともアーサーとして死ぬのか」
そして、アヴェンジャーは霊体化していった。
**********
俺は桜を背負い、夜の道を歩いていた。
「結局アイツは、桜をどうしたかったんだ?」
「・・・今のお前は、それどころではないと思うがな」
アーチャーの言ったことは的を射ていた。俺の心のなかは、荒んでいる。
「考えるさ。考えなきゃならない。本当のことを言うと、こっちにきて少しの時に、気付いてたんだよ。自分が、違うってな。だが、俺がどういうものだったのかは知らなかった」
「自分と向き合わなくてはならないな。それは、私も同じだが」
「アーチャー?」
アーチャーがどこか遠くを見つめている。恐らくこの視線の先には・・・、いや止めておこう。
「私は私のやるべきことが出来れば、それでいい。お前が何をしようと関係ない。むしろ、あの男の計画に乗ることは、好都合かもしれないな。まぁ、凛には非難されると思うが」
「お前なんかに理解されてたまるか、贋作者。だが、そうだな。お前の言うとおりだ。俺は、決めたぞ」
キリツグは桜を背負い、衛宮邸へ急ぐ。
**********
「ほらよ、欠片だ」
礼拝堂にアヴェンジャーは立っていた。彼は、手に持っていたナニかを投げる。
「何故逃がした。そのまま連れてくればよかろうに」
「関係ないさ。それにあの個体は酷く汚れている。埋め込まれた欠片だけを取り除けば、純度は足り得ている」
「気が変わったのか?ふん。あの男の形をとっているだけある。ただの偽善者よ」
「俺は善者になったつもりはない。計画の遂行にも障害はない。これで解決だ。後は、サーヴァントの魔力だけ」
「あぁ。聖杯戦争のはじまりだ」
**********
「ただいまー」
キリツグは衛宮邸の玄関を開いた。
「キリツグ!・・・桜!」
居間の扉から、凛が飛び出してきた。
「桜・・・は、大丈夫なの?」
「あぁ、気を失っているだけだ」
「よかっ・・・た」
そう呟くと、凛はまるで糸が切れた人形のように気を失った。
「お、おい」
「ずっと寝ていないようでしたから」
セイバーが後に続いて現れた。
「よかったです。無事で」
「まぁな。それより、なんか足りない気がするんだが」
「?」
セイバーはあからさまに疑問符を浮かべた。
「士郎は、どこだ?」