いずれも一世代もしくは二世代前の軍艦で、キャラクターは完全に私の想像です。
献身隊の元ネタは、無線操縦で標的艦になった『矢風』『摂津』などです。
早朝五時前だというのに、『天津風』はドアのノックに叩き起こされた。
腰下まである長い髪を軽く纏めて、一分弱で応対しにドアへと向った、外はまだ薄暗い。
「はい・・・おはようごらいます・・・」
目を擦りながら壁に寄り掛かった。
「すまない、これを着て今すぐ出かけるぞ」
そこにいたのは、パリッとした第一種軍装を着て、自前の軍刀を持った提督だった。
半開きでうとうとしていた目を見開き、ちゃんと立った。
「はいわかりました!」
申し訳ないというより恥ずかしかった。
寝起きの格好そのままにノックに出たため、下着も着ずただ上から白い寝間着の質素なワンピースだけだったからだ。
いつもなら当直の艦娘が起こしに来るつもりで出てしまった自分を恨んだ。
兎にも角にも気持を持ち直して顔を洗い、手早く着替える。
いつもの制服、なれないスカート、いつもの髪留、そして渡された薄いコート。
この暗く濃い藍色コートには『天津風』の所有する勲章が据え付けられ、襟章も縫い付けられていた。
腕には、南方司令部のシンボルとその下に司令官秘書と刺繍されていた。
コートのサイズは大きく、袖も二回折ってやっと手が出る程度だ。
最後に、陸軍から譲り受けたのであろう合成革のブーツを履き、急いで部屋を出る。
提督は『天津風』が出てくるのを見計らって、階段に足早に向う。
それに続き、階段を急ぎ足で駆け下りた。
外に出ると、空はまだ暗く空気もこの地方にしては涼しく透き通っている、星が煌き、太陽はまだ水平線の下だ。
辺りは静かで、吹き通る肌寒い風に『天津風』はコートの前を閉じる。
大理石に覆われた正面玄関には、それに映える物をわざわざ持ってきたかのように黒いパッカード・ビクトリアが二台、エンジンを吹かして止まっていた。
昨日目撃したビクトリアはどうやらもう一台あったようだ。
提督は先頭のビクトリアの右助手席の扉を開けて待っていた。
『天津風』と後方の車両運転手と護衛が一人乗り込んだのを確認すると、提督は緩やかにエンジンを吹かし、その高級車を丁寧に動かし始めた。
昨日は、やはり『鳳翔』がいないので、そのうえこの司令部にまともに食事の準備ができるものが二~三人しか居らず、仕方なく陸軍下士官と海軍士官を優先してもらった。
昨日の食事といえば、やはり缶詰だった。
少々暖かい白米も口にできたが、ほぼ前線と変わらない粗末な食事だったことが記憶にある。
その後『天津風』は提督と共に書類の整理や、その他情報収集整理など、出来る事を出来るだけ手伝って、就寝時間を一時間振り切ってようやく自室に入って入浴し床に就いたのだった。
今日何故こんな朝っぱらから叩き起こされたかなど、容易に想像のつくことだ。
陸路でここに来るハインリヒ献身隊を迎えにいくのだろう。
人の居ない寂しい町並みを眺めながら、『天津風』は寝ぼけた頭を起こしていった。
提督は懸想を変えず無機質に運転していた。
何か重い悩んでいるのか、それとも考えているのかは知れない。
「もう、大丈夫なの。私はもう大丈夫よ」
唐突に、自分の無事を告げる。
提督は目線を前から動かさずに聞いていた。
「そうだろうな、君なら大丈夫だろう。だが、一番割り切れていないのは自分なのかもしれん」
外の町並みは消え、ほぼ椰子の木と濃い雑木林に道路は包まれた。
自分の心情を隠すために『天津風』は外の景色を眺め続ける。
「加賀さんは、彼女は大丈夫よ。この様子じゃあ、あなたよりね」
提督の心配性に釘を射すように、少し皮肉に言い回す。
「大丈夫ならいいんだ、俺の事は気にするな」
「私はもうあなたの秘書艦よ、気になるならない以前の問題よ?」
思いやりの言葉を突っ撥ねて、提督の事を気遣った。
「そうだな・・・・・・、やっぱり君には負けるよ」
苦笑いしながら、前に視線を保ち『天津風』の気遣いに答える。
「俺としても、一番割り切りたい所なんだ。俺がこんなんじゃあ、君達が不安だろう?」
最もだ、と思いながらも何も答えなかった。
今まで見てきた限り、提督がこんなにも堪えているのを見たことは無い。
そうそれなりの理由があるのだろうと、その次の言葉を待った。
景色はいよいよ早朝を思わせない漆黒へと染まる。
道は舗装などされていない獣道に等しい具合だ。
「十年ちょっとまえ、彼の元で士官学校を卒業した。俺の親父があんなんだから、彼はほぼおれの実父のようなものだった。だから、彼は私にとって単なる上司、職業上の先輩なだけではないんだ」
提督の父親のことなど全く知らないが、そこは聞き流す。
二十以上も年が離れているのに、つい最近まで階級の差は皆無だった、だがそれ以上に彼と提督には大きな“差”があった事を、『天津風』も認知していた。
道は複雑になり、提督はより一層運転に集中して、無意識に口を閉ざす。
提督は後方に離れつつあったもう一台を気にせずアクセルを踏み込んだ。
十二気筒のエンジンが悪い路面に対応しようと、一気に出力を上げる。
「俺は、彼に一種の憧れやライバル意識を持っていた。届きもしないし、敵いもしないのに、士官学校のころから彼を追い越してやろうと願っていた。だが、彼には俺が足元にも及ばないような思想があって、彼はそれに従って生きていたんだ。それを知って俺は明確に彼を追い越す事は愚か、並ぶ事すら無理だと悟ったんだよ」
今度は坂道になり、車は重力に負けて速度が落ちてくる。
車はこの標高300メートル程の丘の上にある、陸軍が敷いた鉄道駅に向っていた。
『天津風』は依然外を眺めていたが、提督の話に聞き入っていた。
他人の話にここまで引き寄せられる事はいままでなかったので、『天津風』は何も言い返さず黙って聞き続ける。
「その彼が居なくなった“はず”の今、俺は目標を失った。超えられない絶対がそこにあったからこそ、俺は自分を研ぎ澄まし、洗練する事が出来たと思っている。こんな話、するほうが愚考だが、俺は彼の思想を継ごうと思っている、俺なんかには大きすぎる事は分かっている、百も承知だ。なにせ彼自身も躊躇するようなことだったんだから。だが彼は逝き、私はここまで来てしまった、だからやるしかないと思っている」
ようやく提督は話を言い切った。
「その思想が何なのかは知らないわ。でも私達はそれについていくだけよ、頑張ってちょうだい」
素っ気無く言った、心配したとおり、提督は結構なモノを抱え込んでいた。
「でも、私はあなたに信頼されているわ。それを裏切るような事は絶対にしない。だからあなたも私の信頼を裏切るような事はしないでね、その思想に従うとしても」
『天津風』は視線を運転している提督の顔へ向けた。
提督の意思は出来るだけ理解したつもりだった、重い決断は答えが分かっていても、踏み切るのに相当の勇気と根性が要る事を、自信でも知っていた。
訓練課程終了後の前線派遣を承諾した時、提督の臨時秘書艦を承諾した時、そして今提督にはっきりと自分も信頼していると伝える事を決めた時もそうだ。
だから、今自分が背中を押すつもりで、自分なりに言ったつもりだ。
「そう簡単に言われてしまうと元も子もないなぁ。だがそんなものなのかもな」
提督は出来る限り『天津風』の顔を見る。
「もったいぶらないで教えてよ。そのものすごい思想ってやつ」
『天津風』は気になっていた核心に触れる。
今までずっと言うことを避けていたが、提督は今はなんの抵抗もなく話し始めた。
「俺も最初聞いたとき、大それた考えだと思ったが、半分俺の願いと合致していた、そこに俺は惹かれた。彼は、この不毛な戦争を終わらせようとしている、双方の勝敗ではなく、全てを無に帰すという形で」
車はそこで止まった。
「ついたぞ、降りてくれ」
気付くと、車はすっかり坂を上りきり、辺りに高い雑木林や椰子の木の類はなく、街が見下ろせるほど開けていた、だが山はまだ深く、ここは中腹でしかない。
提督はもう一台が到着したのを確認すると、駅の仮設ホームへ歩いた。
『天津風』はもっと詳しく聞きたかった所だが、少し歯痒さが無くなった事と、他に人目があることもあいまって、それ以上聞く事はしなかった。
この鉄道は、この街の情報集約化を図った十五年前に敷設完了した路線で、二本路線があり、ほとんどが物資運用のために用いられていた。
このホームはコンクリートで出来てはいるが、雨樋の無い屋根があるだけで、他はなにもない殺風景なもので、仮設といわれれば納得できる。
後方からはやっと朝日が昇ってきて、空が白み始めていた。
提督は懐中時計を見て、線路の南の方を眺める。
「そろそろだ」
遠くのジャングルから、白煙が昇っていた。
「ハインリヒ献身隊のメンバーは何人なの?私はその隊については知らないわ」
ホーム上への階段をゆっくりと登り、『天津風』は一番奥にいた提督の横にぴったりと立った。
「全六人、全員が巡洋艦以上の艦級で、今年ヘルメス献身隊を吸収して我が海軍最大の献身隊になった」
『天津風』の知る限り、ヘルメス献身隊も二十人規模の大きな隊で、やはり全員が旧戦艦娘か装甲艦娘に分類される者ばかりで構成されている。
去年の海戦で、かなりの痛手を負っていた海軍の様子も察しがついていた。
遠くから蒸気機関車の警笛が木霊してきた。
前照灯を輝かせ、蒸気機関の駆動音を轟かせて迫ってくる。
良い燃料を燃やしているらしく、蒸気はほとんど見えずほぼ燃料が完全燃焼していることが分かる。
本土のススを飛ばしながら走る蒸気機関車とは大違いだ。
少しずつ速度を緩め、ホームに進入してきた。
50メートル強しかないこのホームには車両は四両と入らないだろうが、牽引している車両の十両中一番前の一両以外貨車だったので、問題はなかった。
先頭で牽引しているのは本土で陸軍に徴用されたC54型蒸気機関車で、側面に暗い森林迷彩が施され、陸軍所有である刻印も刻まれていた。
力いっぱい蒸気を噴出して、ブレーキで転輪を軋ませながら、丁寧に車両は止められた、丁度機関車の次の客車がホームの中央に来るように配慮されている。
汚れが目立たないように、フラットブラックに塗装された客車は本土で言う二等車で白いラインが窓の下に入っている。
止まってしばらく経つと、手動の出入り口ドアが開きまず海軍の護衛の下士官が降りてきて、まず提督に気付くときっちりと敬礼し、提督もそれに答え『天津風』も続いた。
次に降りてきたのは、『天津風』と背の変わらない、赤い上指糸が施されている短く黒い緋袴に、赤い襦袢を除かせたセーラー風の上着を着て、白い第二種軍装を羽織った艦娘が下車してきた。
見るからに艦娘で、見間違いようの無かった、なにより『天津風』はその存在感を感じていた、外見に合わない風格と威厳がある。
「おつかれさま、三笠」
提督は軍刀を後ろにどけて、頭の高さを彼女に合わせた。
特務大将の肩章をつけて、腰には身長に合わない1メートル以上あるサーベルを下げて、『三笠』はホームに降りた。
「お迎えありがとう、相変わらずね坊ちゃん」
幼さの全く無い容姿は、恐らく仄かに日焼けした肌と、かつては美しい黒髪だったのだろうが、長い間海上で過ごしたため透き通った銀髪を少し控えめに肩まで下げているためであろう。
『天津風』も思わず敬礼した。
「ご苦労様です!!連合艦隊旗艦殿!!」
「あら、もう十数年前のことよ」
『三笠』は少し恐縮そうに言ったが、その威厳は揺るがない。
自慢気に年季の入った白い鞘のサーベルをギラつかせ、物腰は容姿にとらわれない将官のようで、すこし接しづらいような特有の雰囲気があるが、その目に宿る闘志と、がっしりとした立ち姿に、頼れるものがあった。
だが、この異様なまでの存在感は彼女のせいだけではないらしい。
後方の出入り口からは、大きな黒いボストンバッグを下ろしている5人がいた。
「今回はこの六人で参戦させてもらうわ、提督さん。よろしくね」
二人は将官の第二種軍装をきっちり着て、残りの三人は目立たないように第一種軍装に階級章のみをつけていた。
「紹介するわ、もちろん私がこの隊の旗艦よ。妹の朝日と初瀬、それに防護装甲艦の新高と対馬、そして音羽よ」
六人とも『天津風』と背はかわらない、だが、起てた武勲や持ちえる勲章の数は『天津風』
が今まで撃った弾の数より多いだろう。
数々の鉄火場を生き抜いてきた彼女等も、自分達がこのような立場にしてしまったのかと思うと、複雑な気持になった。
「ひとまず、司令部へ来ていただくよ。今夜にはもう先行出撃するんだろう」
提督は全員への挨拶も底々に、車へ乗るよう勧める。
「そうね、早く司令部へ行きたいわ。私達南方なんて初めてだもの」
『天津風』は気を使って、彼女等の一番後ろについていった。
防護装甲艦娘の新高と対馬、音羽は後方のビクトリアに乗り、戦艦の三人は提督の運転するほうへ同乗した。
護衛の海軍士官も、彼女等の肩章に刻まれた階級に気付き敬礼した。
『天津風』と護衛は最後にそれぞれの車両に乗り込み、駅を出発する。
丁度その頃、C54は補給を終えて出発する頃だった、同時に右方向から日が昇ってきて、眩い光をボンネットに反射させていた。
後方の座席は広いものの、道のコンディションが悪いためそれほど乗り心地は良く無さそうで、申し訳ない気持になった。
後部座席は、三人の元連合艦隊の花形戦艦娘の存在感でいっぱいだ。
『朝日』は姉より髪は短いが、その綺麗なブロンドの髪と大和撫子な顔立ちは、風格よりも可憐な印象を受ける。
真ん中に座っている『初瀬』は、如何にも末っ子のように、髪を伸ばし、姉達に負けないように手入れされた黒髪を自慢気にしていた、顔立ちは姉妹揃って洗練された美しさがある。
だが、この高級車は彼女等のようにおしとやかに振舞ってはくれない。
二台に積んだ大きな荷物のせいで、運転性は悪くなり、カーブが続くせいで乗り心地は最悪と言っていい。
やがて舗装された道路に出たが、まだ朝の六時前後だというのに車が多かったせいで満足に前に進めない。
行きは二十分もかからずに行けたのに、帰りは三十分以上かかってしまった。
「貴女方の装備はすでに裏に届いている、早速準備に取り掛かってほしい」
提督は軍刀を持って彼女等の乗っている後部座席のドアを開けに出た。
車は正面玄関前に置きっ放しで、献身隊のメンバーは中央ホールを抜けて裏庭へ向う。
提督も車の始末の指示を出して、彼女達に続いた、『天津風』もそれについて行く。
「今回はあまり時間に余裕を作れなくてすまないね」
『三笠』の横に並んで提督は言った。
「本当に残念ね。今回が陸で過ごせる最後になるかもしれないのに」
そう言って提督に微笑みかけた、その表情は提督には悲しげにも見え、嘗てから面識があった彼女にあった無邪気さは感じられない。
「今回は飛行機が相手なのでしょう?私達アレだけは分が悪いのよね」
「こちらとしても出来る限り対空火器は強化したつもりだが、今回は君の言葉の通りだよ。
どうか無事に戻ってきてくれよ、三笠」
流石の提督も、彼女の言葉を覆す事が出来なかった。
あくまでどのような改修を加えても旧式艦娘の域はでない、あり合わせで対空能力は強化したつもりだが、今回の相手は空において最強の敵、対空強化艦娘でも苦戦するような状況になり得ない。
「心配要らないわ、“それ”が私達の仕事ですもの。悔いはないわ」
提督は下を向いたまま歩き続ける、『天津風』も挟む言葉が見つからなかった。
時代と戦場が彼女等を必要としない以上、彼女等は無用でしかなく、それでも戦うしかないのが艦娘であり、いずれ自分もそうなるのかと無性に不安駆られた。
早足で裏に出ると、昨日までなかったコンテナが牽引トラックの後ろにそのまま置かれていた。
『三笠』はすぐにコンテナを開けて、中の正四角形の1メートル木箱を引き摺って取り出す。
そのまま道具も使わずに木箱を抉じ開け、中から儀装を取り出した。
「ヴァイマール製の主砲ね、これが対空火器の強化なのかしら?」
『三笠』が手に持つ長砲身の主砲は、大きさは駆逐艦娘の12.7センチ連装砲の四倍ほどの大きさがあり、戦艦の背負型の儀装主砲にしては小振りに見える。
他のメンバーは儀装の変換など気にせず、儀装を組み立て、弾倉へ弾薬を込めていた。
「転輪を新調して君たちの30.5センチ連装砲の代わりとして発注した。旋回速度と射程を優先して、前の主砲のような火力こそ劣るものの、ほぼ対空対艦の両用砲と言っていいものになっている」
儀装は長門型と同じように左右に主砲が分配されているが、背負う儀装はほぼ煙突を模した巨大な弾倉とローカルな射撃制御装置で占められ、洗練はされていない。
主砲二基に副砲の15.2センチ砲十四基、7.6センチ砲二十基は、かつて火力艦同士がその持ち得る火砲をもって殴り合った時代の象徴だ。
挿げ変わった主砲を除いて、全て旧式の儀装だが、手入され、錆の目立たぬよう純白に塗装された、愛着のある儀装だ。
「十分よ、三式弾が有効に使える射程なら、問題ないわ。それに、私達は“捨て駒”だもの、これでも十分すぎるわ」
全ての準備を終え、がっしりした儀装を担いだ。
「そんなこといわんくれよ、俺が士官学校のころはまだ旗艦だったろう。まだ死に急ぐには早すぎる」
軍刀を脇に立てかけ、裏口の階段に座り提督は言った。
「いいえ、ここらが潮時よ。今回が丁度良い晴舞台だわ。少々駆け足過ぎるけどね」
『三笠』はまるで一片の悔いも無い様に言い切った。
儀装を担いだその立ち姿は、かつての、栄光の人類連合艦隊に勝った艦隊を司った英姿を窺わせる。
一世代前では、旗艦が先頭に立ちその戦陣を切るもので、旗艦を守る者なぞ誰もいなかった。
だからこそ、誰にも劣らない実力と技量を兼ね備えた彼女は、現代戦でも多少通用した。
しかし、今回は彼女の技量でももはや生き残れない。
まして捨て駒という任務を背負った以上、自分の死を認識しても引く事は許されない。
「それが貴女達の運命と使命なら、俺には、もう止めようがない。存分にその力を揮って任務を真っ当してほしい」
冷酷なように聞こえるが、『天津風』も視線を地面に落しながら苦し紛れに認めるしかなかった。
儀装と提督の言葉に満足したかのように、自分の二倍はある儀装を軽々と下ろした。
「もういいわ。大丈夫、私はいつでも行けるわ」
『朝日』『初瀬』ともに儀装を調整し、いつでも出撃できる状態に整えていた。
装甲艦である三人の儀装は砲だけ新しいものになっているだけなので、新しい弾倉を準備するだけで、装備は整った。
その割に合わない大きな儀装が、当時の必要なものを全て詰め込んだというコンセプトに相応しい外見だ。
「出撃は今夜だ、くれぐれも後悔だけは無いように。だが、いまはまだ朝だ。丁度朝食の時間だ、駆逐艦達と一緒にどうかな?」
提督は堅苦しい行事が終わったかのように、第二種軍装の上着を脱いで軍刀と一緒に持った。
「久しぶりに熱い紅茶とジャムをたっぷり塗ったトーストが食べたいわ」
「できるだけ希望に副おう」
深夕暮れに似合わず、西の空はまだ茜色に染まっている。
周りの喧騒など気にせず、『天津風』は司令部施設の正面玄関に立ち止まった。
ビクトリアと人員輸送用のTXトラック二台が軒先に止められている。
この司令部に居る艦娘全員が港へ移動し、明早朝の出撃に備えることになっていた。
全員いつもの制服、装備で車両に乗り込み、献身隊だけが先頭のビクトリアに乗り込んだ。
提督は運転手不足のために最後尾のトラックを運転することになっている。
少数の海軍士官が出てきて、提督と少なからず言葉を交わしていた。
『天津風』も最後まで提督の脇に立ち、最後にトラックに乗り込んだ。
先頭のビクトリアが短くクラクションを鳴らすと、司令部施設の出入り口の門とバリケードが除けられ、外への道が開かれた。
少ない見送りで、いよいよ今回の作戦の主行動である『彩』島攻略作戦が開始された。
屋根と座席がつけられたトラックの荷台は、緊張と期待の沈黙で満ちている。
皆足元を見つめ、精神と研ぎ澄ましているようだ。
そろって不安を零さぬように沈黙を守り、ただ自分の気持を葛藤する、この雰囲気がいつも『神通』や『赤城』が経験する出撃前の空気である。
もっとも、彼女等は隊旗艦としての任務や割り振りその他諸々の事で毎度の事頭はいっぱいだった。
閉ざされた空間が、直の事自分の考えている事が掘り下げられ、思考の迷路に迷い込んでしまう。
だから『天津風』もそれ以上考えまいと、視線を上へと向けた。
四台が港のコンクリートを踏みしめたのは十分後だった。
『天津風』達が入港したときとは違う、船着場ではない場所に車両は止められいる。
屋根の平たい倉庫には、彼女等の儀装がコンテナに収納されて搬入済みで、中には装備品以外にも、出撃先での軽食や飲料水も入れられていた。
「献身隊はすぐに儀装と装備を整えて、出撃に備えよ」
献身隊は倉庫へ直行し、一航戦と二水戦は下車してすぐに提督が作戦の説明を行った。
「今回の作戦は知っての通り合同作戦となっている、従ってまどろっこしいことはお隣の泊地に任せて後は徹底して援護に回ってほしい。主力は一航戦の制空権をあてにしている、従って一航戦が作戦の要とも行って良い。だから今回は二水戦は一航戦の対空対水上戦闘の護衛として配置される」
提督が一航戦と二水戦へ指示を出している中、献身隊の六人は儀装と、長距離移動に必要な装備を背嚢に収めた。
『三笠』達は、いつも以上に装備に気を払いながら、装備を身につけていった。
割り振られた砲弾を弾倉に込めるが、存外不慣れな装備に次ぎ火砲の数が多いため、三十四門の砲全てに装弾を終えるのは数十分後になりそうだ。
十分後、立ったままを構わず説明を続ける提督が、ようやく言葉を締めくくる。
「最後に、時計を合わせる。現在ヒトハチヨンフタ(一八時四二分)、接いで三十秒」
左腕に巻いた腕時計を見下げ、『天津風』は秒単位で時計を艦隊全員で統一した。
「以上をもって、本作戦における指示を終わる、以降は諸君等の判断に一任する。では、存分に暴れて来い」
提督は敬礼し、それに返し全員が敬礼した。
後は決行するのみとなった、もはや『天津風』の心に恐怖はなく、ただ迫った事に対する実力への期待のみになっていた。
献身隊出撃から十時間後に、一航戦を護衛し二水戦が出撃する、だが肝心の献身隊の出撃時間が未だ知らされていない。
皆が隣の港士官宿舎に向う中、『天津風』だけ提督のほうへ向った。
「献身隊はいつ出撃するの?」
提督も同じく宿舎へ向うのか、倉庫の出口へ向っていた。
「それは『三笠』に任せている、いつでも好きな時にとな」
「なんたるアバウト!」
別に批判するわけではないが、『天津風』は『三笠』達の心情を察しながらも毒づいた。
「彼女等のことだ、そろそろ出撃するよ。ただ単に、『三笠』は夕焼けの海を見るのが好きなんだ・・・」
その後に続く言葉を、提督は噤んだ。
『天津風』もそのことには触れず、提督の後ろについて歩いていく。
提督が噤んだ言葉は、恐らく「最期くらい」と予想したからだ。
そのまま二人は、倉庫を出た。
倉庫の正面は、コンクリート作りの埠頭が20メートルほど続き、そこからすぐに湾内へ出られる。
桟橋根元のジブクレーン周りに集まった献身隊は、いつでも出撃できる状態だった。
だが、旗艦である『三笠』は、海が湛える日光が視られなくなるまでそこに竦んでいた。
出撃直前とは思えないほど、献身隊には切迫の色は愚か、緊張すら窺えない。
提督は最初宿舎に向かうものと思っていたが、『天津風』を伴い、彼女等のもとへ歩いていった。
『三笠』が最初に口を開く。
「お二人とも仲が良いのね。見かけるたびに一緒だもの」
「別に一緒に居たいとか思ってませんから!秘書として同行しているだけですから!」
すぐさま『天津風』が返答した。
だが、自信満更でもなく、自然と提督の後ろをついて行っていたのは否定できない。
「本当に仲が良い事、二人ともここに新任とは思えないわ」
『三笠』は儀装を担ぎ、背嚢と腰ベルトに弾薬ポーチをつけて、儀装マストにはZ旗が架かっている。
朝と違い表情は凛としていて、髪は僅かに三つ編みにして肩から後ろに下げている。
他五人も、いつでも行けると言った風潮だ。
「そろそろ行くか?」
提督は間を見て言った。
「ええ、儀装の重さにも慣れたし。行きましょう」
六人はゆっくり歩いて、南の方向にある出撃スロープへ向かった。
重い儀装を担いでいるのにも関わらず、六人は気にする様子もなく平然と歩いて行く。
気付けば夜空には月が上がり、あたりは今朝のような涼しい風が吹く。
街から離れている港には、波の音と儀装の駆動部立てる音が埠頭に響いていた。
とりわけ『三笠』は音に気をつかい、できるだけ音を立てないように歩いた。
『三笠』の横には提督と『天津風』が並んで歩き、後ろに五人が続く。
「本土の波と変わらないか」
提督は『三笠』が波音が好きなのを既知で、それで音を立てないように歩いているのも知っていた、付き合いが古い提督が見せた気遣いの言葉だ。
「外洋から濯ぐ波の音。少し違うけど嫌いじゃないわね」
どの喧騒からもかけ離れた素の音を好む『三笠』は内海の音は嫌いだった、その音の差は分からないが、なぜ嫌いなのかも提督は知っている。
「ひさびさの晴れ舞台がこんな散々とは、こちらとしても歯痒いよ」
「一年ぶりかしらね。本格的な外洋戦闘は去年始まで大陸領での沿岸警備任務でうんざりしていたの、こんな仕事でも嬉しいわ」
そう言って『三笠』は微笑んだが、『天津風』は大陸領での沿岸警備がどれだけ杜撰かを、知識として知っていた。
大陸では管区が本土と違うために、艦娘達が迅速に活動できず、目前で守るべきだった船舶が炎上撃沈する様を、幾度見せられてきたのだろうと思考を巡らした。
献身隊はしばしばそのような任務を押し付けられる、そんな自分の栄光と功績に似合わぬ任務から解放されるだけでも、このような厳しい仕事を喜んで請けるだろう、ただ今回は相性が悪すぎる。
100メートルほど前に鉄骨組みの真新しい施設らしき物々しい建造物が見えてきた。
艦娘の所属する港にある標準的な設備らしい。
『天津風』も本土で何度か使ったことのある出撃スロープは、スロープというよりカタパルトに近い様相である。
火薬式射出だが、航空機用のそれよりも多少遅い射出速度だが、それでも射出直後は40ノット前後にまで達する速度で海に投げ出される。
緩やかな斜面にカタパルトを渡した格好で、カタパルトの舳先は水中に浸かっている形式で設置される。
時刻は丁度十九時になり、頃合を見たかのように施設に灯りが入る。
提督は小走りで施設に向かい、管理担当らしき士官を呼び出してきた。
正面の三枚開きの扉が、電動モーターで大きく開き、儀装含めそのまま立ち入れるように考慮された施設だという事が分かる。
屋内は三階建てほどの高さがあるが、少し奥に進むと更に海面に向けて伸びる出撃スロープのためにさらに5メートルほど段差が設けられてる。
出撃スロープ関係の設備のために、中はガランとしている。
まもなく屋内の照明も点灯し、奥行き50メートル長のカタパルトが露になった。
壁に等距離につけられた高ワットの裸電球が明るく照らし、十本のカタパルトレイルとシャトル、火薬カートリッジホルダーが真新しく光沢を放つ。
二本一組のレイルとシャフトは、ここに足を乗せろと言わんばかりの構造を採っている。
やがて海への上下ゲートが開かれ、漆黒の航路が開かれた。
「やり方は本土のものと同じだ、あと少しで最終点検と射出準備が終わる。あと少しの間できるだけゆっくりしててくれ」
提督は言い残し、三階部に当たる管理室へラッタルを上がっていった。
「いよいよ出撃だわ。これでお別れね、短い間だったけど、秘書艦さんには御世話になったつもりよ」
『三笠』は目一杯背伸びをした。
「私とは面識は初めてですが、提督とは関係は古いんですか?」
最後になるとは思いたくないが、『天津風』はそう考えて気になった事を質問した。
少し考えた様子で『三笠』は答えた。
「貴女は、提督のお父様の事は聞きました?」
質問に質問で返されて、少し戸惑ったが、出来るだけ短時間で返答した。
「いいえ、聞いてません、ただそれなりの事は察しているつもりです。提督の実父は恐らく高官だとは思っています」
『三笠』は満足げに笑って見せる。
「それならいいわ。私自信、貴女の提督とはそこまでではないんだけど、姉さんのほうが関係は深いわね」
「お姉さんというと、敷島特務大将のことですか―――」
そこまで聞くと言葉を妨げた。
「そこまで分かるなら、じきに貴女自身で知る事になるわ。それは私の口から言う事ではないの」
そう言われると、『天津風』自身どんなに気になっても、これ以上追求するわけにはいかなかった。
だが、『三笠』は続けた。
「貴女の提督さんはとても頼れる人よ、一緒についていってあげて頂戴。でも、ときどき自分で抱え込んでしまったり心配性過ぎたりするからそこは気をつけてね、秘書艦さん」
「私は先日付けで臨時的に秘書艦になったんです、本当は鳳翔さんが秘書艦なんです」
驚いた様子で『三笠』は返した。
「あんな提督の秘書をできるなんてよほど優秀なのね、彼は鳳翔でも手を焼く坊ちゃんなのに。満更でもないようだし、もう貴女が秘書でいいんじゃないかしら?」
「嫌です、あんな好きでもない提督ずっと一緒に居るなんて!!」
その言葉に更に『三笠』は笑って見せる。
「好きじゃないの?あんな面白い提督、そんなに居ないのよ」
『天津風』は照れた様子で黙り込んでしまった。
機を見て『朝日』が後ろから『三笠』に喋りかけた。
道中の航路はどうするか、対潜行動はどうするかなど、それらしい話をし始めたが、『初瀬』は朝食のジャムがあまり甘くなかったなどと愚痴を述べている。
始めてみる光景だが、何故か彼女等らしいと思った。
互いの信頼が深い故に醸し出される、和らいだ空気でこのまま出撃していくのだろうと『天津風』は思った。
やっと廻って来た、最期に等しい晴れ舞台に、彼女等はいよいよ出撃する。
「あとはカートリッジに着火するだけだ、全員出撃準備」
提督がラッタル下ってきた、六人は改めて表情を引き締め、差し迫った状況に迅速に対応できるように神経を研ぎ澄ましていく。
ブーツ型の水上航行用発動機へ履き直し、カタパルトの始点へと歩いた。
『天津風』は『三笠』について行き、一番右端のカタパルトへ向う。
少しずつカタパルトの誘導照明以外が消灯され、視界には奥で不気味に光る夜の海と、十本の誘導照明が屋内を照らすのみとなった。
左右でカートリッジを、いわゆる着火点にセットする駆動音が響く。
ブーツでシャトルに乗り、踵を踏み込むと爪先と踵がロックされて、射出の準備が整う。
提督は管理室からスピーカーで呼びかけた。
「そちらの射出準備が整ったら手を上げてくれ、5カウントで射出する」
『三笠』は手招きで『天津風』を横に呼んだ。
「貴女には、どうか私達みたいになってほしくないわ。こんなことは私達までで十分よ、もうこれ以上の犠牲は必要ないの」
「急に何を言い出すんですか」
迫る出撃に『天津風』も緊張していた、半日とせずに自分も、ここから戦場に飛び出すという事も考え、余計に感情が逆立てられる。
「自分達の生い立ちは貴女の知っての通りだけど、貴女の思ってる以上にもっと残酷な運命を私達は背負わされている。こんなどうしようもない運命から逃れるには、貴女の提督が必要なの」
そう言って、『三笠』は左手を高く上げた。
それに乗っ取って、残りの五人も手を上げる。
『三笠』は『天津風』の肩に手を添えた。
「貴女が知るべき事はあまりに多すぎるわ。でも、ついて行く人は貴女が自分で決める。それでも迷うならあの提督についてくといいわ、なにより彼は案外寂しがりやだから一緒に居てくれる人が必要なの」
「でも、私はまだ・・・」
『天津風』は口ごもり『三笠』の右手に手を添えようとした。
「大丈夫、貴女なら、提督と一緒に戦えるわ、これからも仲良くね」
「準備完了と確認した。みなの武運と健闘を祈る」
提督が5カウントを始める、同時に『三笠』は呟いた。
「我等艨艟、無価値の敗北は許されず、恐れの撤退は承諾されず。死は易し、最期の一隻一発に至るまで戦い、ただでは沈まぬ。いざ沈み逝くその時まで、守護する盾であり、蹂躙する矛であれ。しかれど、死してなお護国を守る鬼神になるべく―――」
「点火、射出!」
火花を散らしシャトルはカタパルトを加速していった。
『天津風』は不意に肩を離れた『三笠』の手を呼び止めたくなったが、もはやそれは声にならず、彼女は最後に助言と決意を残し、名残惜しく出撃した。
風が鳴り、ワイヤーと歯車が唸り、重量に合わせて少しずつ海面に近づいていく。
一瞬、漆黒の海面に消えたかと思うと、波飛沫が立ち、スピードを殺さないように、低姿勢でそのまま湾内へ出撃していった。
すぐさまゲートが閉鎖され始め、再び屋内照明が点灯された。
提督はヘッドセットをかけてラッタルを降りてきた。
「通信状況報告」
「“三笠より、通信良好。これより目的地まで無線封鎖を行う。それじゃあまたね”」
侘しい表情で、提督はヘッドセットを下ろす。
「“またね”、か・・・・・・」
『天津風』は提督のもとへ走っていった。
「早く戻りましょう、明日は私達の番よ。ぐずぐずしてられないわ」
これまでにない、決意に満ちた表情で言う『天津風』に、提督も気持を立て直した。
「そうだな、彼女達を死なせないためにも、明日からは存分に活躍してもらわんとな」
管理担当の士官に一声かけると、敬礼もそこそこに提督は施設を後にする。
時刻は十九時二十分、夜はまだまだこれからだ。
この夜の間、献身隊の身に何も起きない事を願い、自分達は、明日のために出来る事を出来るだけやるだけだ。
戦火の刻は近い。
“ネタバレになりかねない説明”
出撃時の出撃スロープの元ネタはお察しの通り?艦これアニメのそれです。
しかし、リアリティを追求して本物のカタパルトを使用した形式となっています。
カタパルト自体は大日本帝国の呉式カタパルトの射出能力を制限したものと思っていただければ容易に想像できると思います。
次回はいよいよメインとなります、乞御期待?
修整コメント、その他よろしくお願いします