天(そら)別つ風   作:Ventisca

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本章は、今回本土へ帰投した目的の一つでもある総督との対面です。
総督と言うものをよくは知りませんが、本小説の中では陸海軍のトップと見てもらえればそれで十分です。
本章中の鎮守府司令官官舎のモデルは、呉にあるアレです。
小ネタですが、毎回登場させる車は地味に拘っています。



第壱拾漆章 総督

 「よし、ついたぞ」

提督は、長い間揺られていた車を降りて、ここまで運転してくれた海軍士官候補生の徽章をつけた運転手に礼を言い、『天津風』が降りてくるのを待った。

『天津風』は自分のコート、スカート、髪留めの吹流し、髪型を確認し車を降りた。

剣帯に短剣をつけて堂々と坂を提督と一緒に上る。

背後には、趣のある町並みとそれに似つかわしくない外車の、ヴァイマール製シトロエンの黒いトラクシオン・アヴァンが停車している。

昨日深夜に迎えが来て、海軍の紋章をつけたこの車に乗った。

数時間車に揺られるだけで、道もそれなりに整備されていたので苦痛は無かった、だが夜の暗闇のうちに乗っていた車がどれだけ高級車だったのかを今知った。

車は朝日が昇った頃に目的地に到着し今に至る。

石畳の道が木々の挟む奥に続き、目の前にはレンガの壁、豪華に装飾の施された鉄柵の門、そしてその門の横には“鎮守府司令長官官舎”と刻まれている。 

門は開けられ、木漏れ日の差し込む石畳を進んだ。

 「いきなり会うの?」

 「いや、まず着替えなきゃいけない」

提督は、“一号舎 弾薬庫”と書かれた建物の先の道を横に曲がると、開けた砂利道に出る。

やがて目の前に瓦屋根の立派な平屋が現れた、人気は無く、朝の小鳥の囀りと木々の葉に風が縫う音しか聞こえない。

 「ここに勝手に入っていいの?」

玄関を潜る提督に『天津風』は聞いた。

 「大丈夫だ、俺の荷物はほとんどここにあるからな」

提督は玄関で革靴を脱ぐと、迷い無く細い廊下を進み、奥の居間の押入れを開けて、ボール箱に入った第二種軍装を取り出した。

 「天津風はそのままでいい」

『天津風』は一歩出て廊下に座り、中庭を眺めて提督が着替えるのを待った。

立派な大家で、いかにもという大物が住んでいそうだ、寂びた池に錦鯉が泳ぎその先には竹林がある。

提督の荷物がここにあるというのは、“提督”という役職上違和感は無いが。

本土には四つの鎮守府しかない、そのなかの本土で二番目に西あるここは最も大きい施設がある、この海軍の中枢のような施設内に個人の荷物があるということは・・・。

十分に休息を摂った『天津風』はすこぶる頭が回ったが、喉かな雰囲気がその思考を妨げる。

 「すまない、またせたな」

提督は、白い糊の利いた第二種軍装に略章をつけた格好で、軍刀を手に持って出てきた。

 「えらく改まった格好ね」

提督の格好を見て『天津風』も上着の前のボタンを閉じた。

 「ああ、会う人が人だからな」

二人はそのまま石畳の道に戻り、坂を上る。

木々が無くなり、さらに上ると目下に海沿いの町と、『天津風』のいた海軍の敷地が見える、あの景色が台無しな警戒用超高周波電波索信儀敷設塔が朝日に霞んで薄っすら見える。

そして目の前に、木造平屋のハーフティンバー様式の官舎が威厳な雰囲気を醸し出していた。

屋根は天然スレートの魚鱗葺、玄関には両開きのドアの半分弱を占める巧妙なステンドグラスが嵌められ、海軍の中枢人物が居るに相応しい国外と国内の様式が混じった建物だ。

白い壁、黒い柱によりかなり清楚な印象を受け、外見からも地味ながら様々な技術が凝らされていることが分かる。

提督は襟を治し、服装を整えると入り口に向う、『天津風』は『鳳翔』から言われたとおり提督と少し間を開けて後に続く。

腕時計を見て、提督は入り口の階段を上ると踊場でドアから離れた。

すると、同じく第二種軍装を着た海軍上層関係者が出てきた、皆何らかの勲章や略章、飾緒などを身につけた佐官や将官が十人ほどが屋内に向ってそれぞれ一礼した。

提督に気付くと、中将以下は深く礼し、同階級またはそれ以上は軽く敬礼して階段を下りていった。

陸軍、海軍の関係者が混じっていて、何らかの会議をしていたのだろうと『天津風』は思った。

 「俺が将官に昇がってからやっている朝の会議だ、数年続いているがほとんど飾りみたいなもんだよ」

提督はこれ見よがしに出て行った将官佐官たちにその台詞を吐く。

そのまま開いているドアを潜り中に入る。

入ると、軍装風のセーラー服を着た小柄の少女が立っていた、ちょうど彼等を見送った後だろう。

格好は黒襟に白いラインのセーラーで、スカートは内側に短いフレアースカート、その外側に前の大きく開いた折の深いパニエスカートを着ている。

長い髪を腰辺りで折り返し、後頭部で止めている、髪を下ろせば身長よりありそうだ、だがその結った髪が全体的にすっきりしておしとやかな印象を受ける。

階級章を襟にピンで留めていて、整った小さな顔と不対等に大きく、大将という階級も違和感を覚えさせていた。

右の腰に将官刀を下げているが、身長に対して大きいため手を常に柄置いている。

 「どうも極南丙方面司令官、天津風特務大佐。お待ちしておりました、応接室で総督がお待ちです」

そのまま案内されるがままに二人は案内された、提督はなれた様子で脚を進める。

扉を開けると、上座の荘厳な椅子に総督は座って煙草を吹かしていた。

 「総督、密室での煙草はご遠慮ください。せめて窓を開けられては」

大将の少女が忌々しく進言した。

 「そうでもないとやってられんよ」

初老の総督は答える。

 「よくきたな、まぁ座れ」

続けて総督は二人に目の前の三人掛けのソファーに座るように促した。

提督は座ったが、『天津風』はまたも『鳳翔』に言われた通り提督の斜め後ろに立った。

 「よく弁えているな、初めて秘書艦になったとは思えない」

 「・・・恐縮です」

『天津風』は素直に褒められたと受け取った、だがそれよりも提督とこの総督との間のただならぬ雰囲気を疑っている。

 「用件は端的です」

提督が敬語を使っているところを始めて見た、それもそのはずで彼の行く所に彼以上の階級が居ないから当然である。

 「あんな辺鄙な所からわざわざ来るのだから相当のことだろう、まぁこちらとしても思い当たる節が無いわけではない」

まだ朝の八時なのにこの部屋の空気は一気に重くなった、総督の後ろに立つ大将の少女の存在感もありこの部屋は幾分狭苦しさを感じた。

 「昨日の彩島攻略作戦についてですが、作戦の移行については報告書の通りです。しかし・・・」

提督は総督に察するように口を閉じた。

 「言わずもがなである、やはり献身隊の件か」

 「その通りです」

意外に話が早く進んで『天津風』は安心した、もっと行事的な言葉が飛び交い話が先延ばしされるのだと思っていた。

 「その件については私からは何も言う事はない、見事な任務遂行であった。と、役職上言っておこう」

総督はそこまで言って、脚を組んで微笑む。

 「言いたいことは分かる、だが“私”が直接手を下す事はできん。だれがこの献身隊の作戦行動したかは私の知るところではない、だが、もし気に食わんというなら一人紹介したい男がいる」

そういって総督は大将の少女に書類一式を差し出した。

 「この書類の中に、ハインリヒ献身隊の行動原理や作戦任務原案を作成したものがいる、だれをどうしようと我々提督の部下なのだから勝手だ。ただ“私(総督)”はできない」

提督は苦笑して書類を取った。

 「あいかわらず捻くれてますね」

総督は何も言わず目を瞑ったが、何を思ったかは分かった。

しかし、書類に目を通しても明確に人物を示している名称は一人しかいない、これが献身隊を管轄している司令部の書類なのにも関わらずにだ、あからさまに「こいつを好きにしろ」と言っているようなものだ。

提督は書類をテーブルに置いく。 

 「いかが致しますか?」

提督は趣旨を双方理解した事を察して話を進めた。

 「この者は早々に昇進した、さぞすばらしい士官なのだろう。ならば、その者が献身隊に下した命令と同じ道を辿らせると良いだろう。本人も自分と意に沿うのだから依存は無いはずだ」

 「書類を確認した限りでは、下令にはまず大陸派遣になりますが。よろしいのですか」

大陸は今や戦火に巻き込まれかけていて、船舶の護衛の艦娘も足りず、簪年艦隊は引き上げたばかりだった。

今大陸に海軍作戦思案の士官が行くとなれば、かなり面倒なことになり、しかも立場上、船が沈み過ぎれば懲戒免職という処置も下される可能性がある。

 「すばらしい作戦立案者だ、本人も喜ぶだろう」

皮肉を言い、献身隊の行く末を飾った者の将来は決まった。

最初からこの事は決まっていたようで、すぐに総督は黒電話を取り、人事移動の連絡を出した。

受話器からは二つ返事の声が聞こえた、もっとも、拒否できる人物はほぼ居ない。

受話器を置き、総督はまた椅子に座った。

 「ときに天津風大佐、君は献身隊の最期を見たのだろう?」

『天津風』はまた素直に答えるつもりだったが、少し口を噤んだ。

言いたくないというより、この場にそぐわない言葉を使わないように気をかけて、口から出す言葉を考え直していた。

 「その・・・言葉に表せないほど残虐な光景でした・・・・・・」

総督は暫し目を閉じ、『天津風』を見た、今までとは違う哀れみの念をその眼差しから感じた。

 「そうか・・・。不遇な最期だが、彼女達に後悔は無いと思うか?」

『天津風』は一瞬悩んだが、自然と答えは浮かんだ。

 「どのような最期でも私にも、彼女達にもに後悔はありません」

『三笠』達でもこう答えると『天津風』は思った、後悔の念など彼女等に似つかわしくない、苦痛に苛まれ死んだとしても。

それが“艦娘”という“兵器”だ。

 「物悲しい答えだが、いかにも三笠が言いそうだ。敷島はどう思う」

総督は横に立っている大将の少女、『敷島』に問いを投げる。

同型艦、実の姉である『敷島』特務大将が目の前にいるというのに、『天津風』は全く気付かなかった。

 「そうですね、艦(フネ)としての三笠なら満足でしょう・・・」

それ以上は言わなかったが、言いたい事があるのは確かだった。

 「三笠特務大将より、私は伺いました。私には“まだ知るべきことがある”と」

『敷島』は暫く黙っていたが、不意に笑顔を『天津風』に向ける。

 「そう、ならば私は貴女に真実を伝えればいいのね」

安心したようにそう言い払った。

 「・・・・・・?」

打って変わって『天津風』は不安の眼差しを向ける。

 「少し暑くなったな、窓を開けよう」

朝の九時過ぎで、閉め切った室内は少々暑い、むしろ総督が間を持たせるために『敷島』に窓を開けるように言った。

 「ついでで悪いが、君達艦娘は少し席を外してくれたまえ。構わないかな?」

 「はい」

あくまでも礼儀正しく答えたが、すこし疑問への返答がない事への不満が表れている。

二人は部屋を出て、廊下の外で少し待つことになる、どのような話が中で展開しているのかは想像もつかない。

 

 日が木々を越えて差し込むほど日は高くなった、通る風が室内をより快適にする。

 「二等大将の件。彼の英断、実に見事なものでした」

 「南方は少々犠牲を出しすぎた、そもそも今年度の作戦少々無茶だが。なぜ円卓で可決された?」

話はより核心に迫り、この軍という組織の裏がこの会話で露になるだろう。

 「今回、私はこの戦いの最後の年と思っています」

 「事を急かすとろくな事にならないぞ」

総督は忠告する、だが提督は一歩も引かない。

 「これ以上犠牲は払えません、人類も、艦娘も」

 「今の均衡を崩したらどうなるか分からん、円卓が許したとはいえ、雲行きが怪しいなら止めてもらうやもしれんぞ」

総督は脚を組み直す。

 「我々は現状維持のためにいるのではありません、勝利に導くために居るのです」

総督は眉間に皺を寄せ、立ち上がる。

 「戦線の問題ではない、深海棲艦との戦いは、世界各国の利権も絡んでいる。まして今、このきな臭い時期に事を荒立てるのは軽率だ」

それに対して、提督は何も言わなかった、だが次の言葉は総督には想像は容易だった。

しばらく擱いて総督は座り、提督を牽制する。 

 「お前は、“世界”に抗うのか?」

 「この偽りの均衡を保つ戦争は止めにするべきだ、もっとも、こんなことに巻き込まれる彼女達のことを考えた上でも・・・」

この戦いを終えることは、即ち深海棲艦に勝つこと。

つまり殲滅、残らず海の藻屑にすることだ、現状のままなら可能だが、いままでそれをよしとしない規定があった。

提督達は全員それを望んでいる、目の前で苦しむ少女がいるのに、その要因を先延ばしにする理由は無い、その規定も今年円卓会議で打ち砕かれた。

十二年間不動だった戦争規定(ルール)が改変され、勝利のための十分な戦力が確保された、今までの均衡を保つ防衛力とは違う。

だが実際、この深海棲艦との戦いは人類に確かに絶望を見せ、人々を恐怖に駆り立てた。

しかしそれも、人の自業自得だった―――。

自らこそこの海の、世界の覇者足る者として疑わず、その結果あの戦いが生まれた。

提督も知っている、二十五年前の大海戦を。

人類大海戦ともよばれる国際連盟合同作戦、コルブラント作戦。

人類史に間違いなく深く刻まれたあの戦いは今なお傷跡を残している。

欧州が烈火に燃え狂う中、世界中の海で撃沈する艦船が続出した、そしてその烈火すら焚き火に見えるほどの強大な脅威を人類は認識した。

当初は、各国と深海棲艦と言う詳細不明の敵との戦いだった、だが次第にそれは世界に広がり人類共通の敵となった。

欧州の烈火から十年経たない間に、深海棲艦による被害は顕著になり、終に人類は大反抗を企てる、それがコルブラント作戦だ。

人類の持てる九割の戦闘艦艇約七百五十隻、総隻数千隻を投入した戦いは、人類の大敗北に終わった。

五年前の最後の国際連盟会議での最終被害報告では、沈没艦計六百九隻、損害艦八十九隻、戦闘継続可能な艦は僅か百五十隻程度だったと聞く。

被害比、味方三十に対して敵深海棲艦一という凄まじいものだった、だが逆に、人類の力でも十分敵を沈める事が可能だと証明されてしまった、だから人々は諦めなかった。

そして、人は自らの持てる以上の力を手に入れた、それは紛れも無く“艦娘”という存在だが、いまや彼女等が主力となっているのがまた一つの問題である。

 「私は軍人であり政治家だ、相手が国ならもっといい。だが、相手は正体不明の敵(深海棲艦)だ、止めるなら勝つしかない」

 「歯止めが利かないと言いたいのですか?」

長い静寂を破り会話が再開される、だが『天津風』と『敷島』が居た時にはなかった歯に衣着せぬ物言いである。

 「・・・もう何度目だ、この話は。この戦いは勝つよりも維持のほうが容易い、優勢にもっていこうなどとは考えてはいかん。あくまで現状維持だ」

 「被害は減りましたか?」

総督は黙った。

よくある若者と老人の小競り合いではない、海軍の最前線司令官と海軍総司令官との言い争いだ、ことと次第によっては今後の世界を左右しかねないような話だ。

世界の覇権がこの国に委託されている以上、最善を尽さねばならないが、戦線維持が精一杯だったこれまでとは違う局面に至っている現在では、たしかに総督の意見は古い。

だが、沈黙を守る総督の意もわかる、たしかに被害は増えた、だがそれは艦娘の力不足ではない、なぜなら艦艇が勝手に先頭海域に突っ込んでいるからだ、有用な対抗手段が無い中でそれは愚かな行為である。

複雑な事情が絡み合っているこの世界では、勝つことも負けることも許されない、だが今は違うと提督は言いたかった。

 「止まった世界は衰退しつつあります、今こそ関を切るべきです」

総督は組んだ脚を直し、真っ直ぐ提督に向って座る。

 「それは誰のためだ?」

 「紛れも無く我々人類のためです」

提督の答えに総督は嘲笑した。

 「笑わせるな、自分の望みのためだろう」

 「そちらこそ」

提督は溜息を搗く、どちらも手の内が見え透いた状態で口論しているのだから、どちらかが折れるまで結論は出ない。

 「お前の言いたいことはよく分かる、間違いではない。だが正しくない、万人に通じる理はあっても、万事通じる断りは無い、今のお前の望みは正しい、だが今後どうなるかお前には分かるのか?」

 「怖気づく暇があるなら、私は行動します。この閉塞した世界を再び動かすために、まず艦娘と深海棲艦との戦いに終止符を打つ」

総督はテーブルに置いていた長官帽を手に取り、椅子を立つ。

 「今は、それでいい。だが、私の目の黒い内はそれは許さん」

 「・・・心しておきましょう」

提督もそれに続き、立ち上がった。

 

 日が木々を越えて差し込むほど日は高くなった、しかし、締め切られた廊下は少し暑い。

 「三笠に粗相はなかったかしら?」

『敷島』は、壁に寄りかかる『天津風』に聞いた。

 「・・・ええ、もちろんです。立派な方でした」

その答えに『敷島』は頷き、さらに言葉を続ける。

 「思った人物と違ったようだけど、三笠はそんな人なのよ。でも、三笠はあなたでと出会えてよかったと思っているはず」

思ったことを見透かされたような台詞に『天津風』は少なからず動揺する、だが『敷島』の妖艶な表情はどこか落ち着きをもたらす。

歴戦の『三笠』とは違い、艦隊をこの立場から長年にわたって見守ってきた守護者のような感覚だ。

 「私は、どこか特別ですか?」

『天津風』は替わって質問する。

 「特別でない人は居ない。でも私達は人ではない、しかしそのなかでもあなたという存在は委細を放っているように私は見えるわ」

 「それは、私が次級のプロトタイプだからですか?」

自分が特別である理由として、もっとも思い至る理由を進言した。

だが、『敷島』は的外れと言うかのように微笑んだ。

 「あなたは他の艦娘とは違う、だれかが私より先に言ったかもしれないけど、あなたは誰よりも人らしい。私達よりも兵器より人に近い立場の艦娘よ」

 「それは、艦娘として欠点ではないですか」

『敷島』の言うとおり、その言葉は『時津風』が言った、だがそれがそれほど大事な事なのだろうか。

 「そんな事を、以前一人の艦娘が言っていたわ、でもそれは間違いよ。人として機能して私達は始めて艦娘なの、そうでないならそれはただの機械でしかないわ。それが私達が他の何よりも特異な理由よ」

 「では、なぜそのことで私は注目されるのでしょうか」

 「あら、提督の寵愛を受けるのは嫌かしら?」

 「きつい御冗談です。でも嫌ではありません、好きでもありませんし・・・」

『天津風』は『敷島』の投げかけた冗談を軽く受け流した。

 「あら、完全に否定はしないのね。素直な事」

『敷島』は茶化す。

自分が特に構われている事を『天津風』は気にしているが、それが好意なのか、それともそれ以外の理由なのか、分からない以上否定する理由も無い。

だが、ここ数日似たような質問をよく投げかけられる、それ以上に『敷島』が話上手だという事が分かる、口調だけでなく仕草も表現の内のようで、長い間高官管理職に就く者ならでわだろう。

そして、何よりここで『敷島』が“寵愛”という言葉をあえて使ってきたように感じた。

あくまで一司令官にそのような言葉は使わないだろう、言った人物が相応なだけに少し深い意味が隠されているように感じる。

 「・・・なぜ、私は特別なのでしょう?」

答えに困ったように、というより答えを言うべきか困っているように、続く『天津風』の質問に『敷島』は口を噤んだ。

それでも『敷島』はできるだけ質問に答えようと口を開く。

 「その答えはあなたにはまだ早すぎる、でもいずれ知るべきことを知ったら教えてあげましょう。今あなたに言えるのは、“貴女は私達の希望”であるという事よ、精々自分を大切にしなさい、幸い周りは良い人ばかりじゃない」

少しも疑問は晴れなかった、だが、その言葉に自分が特別である理由はたしかにあった。

自分ではそうでなくても、他からはそうである。

どこか、自分の身の程以上の事に足を突っ込んだような気がしたが、構わず質問を続けた。

 「では、知るべきこととは・・・」

そこまで聞いて『敷島』は鋭い目付きて『天津風』を見る。

 「覚悟はあるかしら?」

その一言の是非で、これからどうなるかが懸かっていると『天津風』は直感的に分かった。

そして『天津風』は全く意外な返答に困惑する、視線を落とし瞬間に圧し掛かった事実と現実というものの重さに抗う。

 「正直、知らない事に触れるのは恐ろしいです。でも、今は恐怖よりも単純な好奇心が勝ります」

『敷島』は頷き、『天津風』に一歩歩み寄った。

 「ふん、若くてよろしい・・・!」

だが、この時見せた『敷島』の不審な笑みは長い間目に焼き付くことになる。

 

提督と総督が応接室から出てきた。

 「すまない、待たせたな」

度し難い様子の提督だったが、『天津風』はそこには触れないようにする。

 「意外と早かったわね」

 「君のため思って少し手短に話を切り上げた、少々荒い話になってしまったが」

 「別に、私のことなんて構わなくていいのに・・・。大事な話しなんでしょう」

続いて総督が『敷島』に声をかける。

 「敷島、車をまわせ、この二人はまだやることがある。できれば陸軍の車がいい」

 「わかりました」

口数少なく、『敷島』に指示を出し、総督は自分の執務室にいったん戻る、総督もここから離れる用があるらしい。

『敷島』は、中央の洋間を通り抜け、電話のある電算室に向った。

すぐに総督が戻ってきて、一緒に鞄持ちの士官候補生も一緒に出てきた。

総督は腰に軍刀ではなく、十四年式南部拳銃後期型を下げて、同時に軍刀を右手に持つかなりの携帯武装だ、日ごろから警戒が必要な役職上身についたものだろう。

 「私はこれから内閣府に向う、今回の円卓での案件、責任を持って上げてやろう。だが忘れてくれるなよ、責任は私に降りかかるのだからな」

 「我々とて、そのようなことは望んで降りません。今し方お待ちを、この海を変えてご覧に入れましょう」

総督は後ろを向いた、何も言わずとも無言の了解が背中で語られる。

好きなようにしろというお達しが下ったわけだが、総督の許す限りしか作戦が決行されない以上、制約が生じるのは致し方ない。

むしろ、この大胆な作戦の大部分が了承されたことを感謝すべきだろう。

 「では出よう、私も暇ではないんでね」 

 無駄に長いように感じる沈黙の後、全員が坂を下りて、車の待つ場所へ戻った。

トラクシオン・アヴァンが二台に増えていたが、奥の一台が陸軍のものだ。

手前の車には『敷島』が後部座席に座って待っている、鞄持ちは助手席に乗り、後部ドアを『敷島』が開けた。

 「天津風特務大佐、工廠で君の義理姉妹が待っている・・・。私としては少々気が進まないが、敷島が信頼した以上止める理由はない」

総督はドアに手を掛けて、『天津風』のほうを振り返った。

 「総督、天津風にはまだ知らなくても良い事があります。私自身も知らない部分もあり少々不安が……」

懸想を変えて提督が進言する。

 「知りすぎて損をすることはない、情報の使い道は本人に託されている。どうするかは自由だ、知ってから好きにしたまえ」

総督は試すように『天津風』を見て微笑んだ、自分で言ってしまった以上『天津風』は引き下がるつもりは無いが、今更になって恐怖が増してくる。

 「なあ、お前が認めた秘書艦なんだろう。信頼してやるのがお前のやるべきことじゃないか?」

提督は脇に立つ『天津風』に視線を落す。

 「この天津風、どんな逆風にも負けないわ、信頼してちょうだい」

『天津風』はあえて自分を鼓舞するかのように、そう言い切った。

気を使われるつもりも無いし、自分は心配されるほど愚かではないという事を、提督に見せ付けるいい機会だと『天津風』は思っていた。

だが、同時にとんでもない泥沼に脚を突っ込んでいる予感がする、いずれにしろ何も知らなければ無い事と等しい。

 「私は大丈夫」

続けて訴えた、提督も『天津風』の決意に応えるべく胆を据える。

 「わかった、俺とて男の端くれだ、それに少女すら信用しないようじゃ軍人の名が廃る。天津風、君を精一杯応援するよ」

 「決まりだな、相変わらずの心配性を拗らせなくて安心したよ」

総督が満足気に笑った。

 「誰に似たんでしょうかね」

咳払いして提督は自分達の乗る車へ歩く。

陸軍管轄の、将官移送用の金のラインが三本施された車に乗る。

先に『天津風』を乗せて、最後に後部座席に提督が乗った。

隣の窓が開き、総督が顔を出した、車はすでにエンジンがかかっていていつでも出発できる。

 「おい、小僧」

総督が呼び止めた。

 「何か用でも?」

 「一つ忠告がある。近々、対岸で火事か起こる。読んで字の如しだが、その通り無視するなよ」

 「心配性はどちらですかね」

溜息を吐き、提督は窓から顔を出す、そして軽く別れの敬礼をした。

 「命を安売りするなよ、馬鹿息子」

 「そちらこそ、総督(親父)殿」 




詳細説明 総督
陸海軍の統帥権を持ち、現在任期十三年目である。
役職上、国の政治にも影響を及ぼし、幾つかの権利が制限されているが、発言権は大きい。
簪年艦隊に大きく貢献し、艦隊設立の張本人でもある。
軍の中には、総督に影響されない政府直属の独立師団が数個あるが、規模は陸海軍総数の百分の一弱に過ぎない。
息子を極南丙方面司令官として派遣しており、総督の影響もあり早出世している。
二十五年前の人類大海戦では、国連艦隊の第二艦隊旗艦に艦隊参謀として乗艦し、その後南方からの引き上げ時に、総督が司令官として就任していた第六戦隊が多数の業績を収め、そこから総督へと昇進した。
生きながら元帥以上の階級を取得したのは彼が二人目である。
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