天(そら)別つ風   作:Ventisca

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引き続き投稿しました20章です。
前回と読み合わせていただければ幸いです。
特に前後で繋がりはありませんが、本小説の肝といっても過言ではない部分なので、一息に呼んでいただければ、設定内容が粗方分かると思います。


第弐拾章 乱丁した過去

 廊下の行き止まりには、眩しいほど明るいハロゲン電球が光り、視界が白く煙ったように見える。

ちょうど薪を使うオーブンの鉄扉のような両開きのドアが、怪しい光を鈍く反射させていた。

その外側にさらに鉄格子の扉が設けられ、厳重な鍵が幾重にもなされている。

それほどの資料がこの中にあると宣伝しているようなものだが、扉にはかなり振るい筆記体で『書類庫』とだけ刻んである。

灯りと暗がりの中間くらいで、『明石』はずっとこの一際大きな錠の鍵を探している。

 「ちょっとまってくださいね」

鍵を探すのを諦めた『明石』は、提督と『天津風』をその場から退かせた。

そして例のホルスターからその銃を取り出す。

 「おい、この南京錠は拳銃じゃ吹っ飛ばせないぞ」

提督が彼女がしようとしている行為を躊躇した、彼女は鍵がないので錠を銃で壊そうとしている。

 「大丈夫です、ただの拳銃じゃありませんから」

明石の持つ拳銃は確かにただの拳銃ではなかった。

全長が30センチ弱あり、中折式の単発中らしく、腰のベルトから大きな実包を一発取り出し薬室に押し込んだ。

 「これは9.3×62ミリ使用のコンデンター(単発拳銃)で、本来は対艦娘用の拳銃です。常人が撃ったら腕が折れる代物で、硬化タングステン弾や劣化ウラン弾も使用可能です」

提督は劣化ウランという言葉に一歩退き、『天津風』は対艦娘用という言葉に退いた。

 「役職上仕方ないです、自衛のためですよ」

『明石』は誤解を解くように言った。

 「にしても、劣化ウランとは物騒な弾丸だな」

 「まあそうですね、でも戦艦クラスの艦娘なら、この最新鋭の装甲貫徹弾をもってしてやっと対抗できるくらいですから、過剰装備ではないはずです」

そういって『明石』は通常弾頭のタングステン鉄鋼弾を装填した。

鋭い金属音とともに薬室を閉じ、撃鉄を起こす。

 「おいおい大丈夫か」

提督は鍵を壊すことよりも、室内での発砲のリスクを心配している、兆弾やら発砲音やら問題は沢山ある。

『明石』は両手でしっかりコンデンターを構え、深く息を吸い引き金を絞った。

提督は『天津風』を庇うように前に立ち、さらに後ろに下がり耳を塞いだ。

耳を塞いでもはっきりと聞こえるほどの発砲音と反響音が聞こえ、一瞬物凄い頭痛が頭を襲う。

 「ずいぶん無茶するのね…」

『天津風』が自分の体が無事な事を確認すると、提督の無事を確認した。

 「無事に一発で破壊できましたね」

『明石』は薬室を空けて、空薬莢を排出する。

真鍮製の薬莢がタイルに落ちる甲高い澄んだ音が銃声の残響に混じり、再び廊下は薄暗がりと眩い白だけになった。

 「すごい威力だ」

提督が興味深そうに、吹き飛ばされた南京錠を覘く。

頑丈な金属製であるはずの南京錠は、弾丸によってチョコレートのように変形し、上半分が二つに分かれた状態になっている。

威力は相当だが、艦娘である『明石』も腕の痺れを我慢する事ができず手を左右に振っている。

 「いててて…。では入りましょうか」

『明石』は兆弾で変形した鉄格子の扉を開けて、最後の錠をちゃんと鍵で開けた。

入ってすぐ横には、緊急灯で照らされた灯りのレバーがあり、『明石』はそれを下に下ろして灯りを点ける。

白熱ガス灯の仄かな明かりが点り、次第に明るくなり部屋全体を照らし出した。

部屋の内装はまったく無く、高さ3メートルほどの室内にぎっしりと書類や本が並べられている。

部屋自体は10メートル四方と意外と広いが、たった二つのガス灯とレンガが剥き出しの壁のせいで圧迫感を感じる。

床はオーク材が張られ、腐らないように加工が施されているが、塵や埃、紙の切れ端などで床は白くなってしまっていた。

扉の前には横幅が50センチほどしかない通路が設けられ、そこから左右に枝分かれしている。

すぐに『明石』は目の前の通路の一番奥にある換気扇のスイッチを入れ、天井の換気扇を稼働させた。

同時に壁に掛けられた管理表に目を通す。

 「どうやらここが最後に利用されたのは今から四年前のようです」

 「そりゃ鍵も無いはずよ」

『天津風』が埃を煙たそうに掃う。

 「それで、俺たちは何を勉強しに来たんだ。とんでもない機密でもない限り俺でも知っているぞ」

提督が肩や裾に纏わりつく煤を叩きながら言った。

 「まあそう急かさずに、少しそこら辺の資料でも眺めていてください」

そう言って『明石』は本棚の中に消えた。

提督はこの膨大な機密書類よりも、服の汚れが気になるらしく、早々に倉庫から出てしまった。

『天津風』は目の前の自分にとっての未知の資料に若干圧倒されながらも、一綴りの冊子を棚から取り出す。

表紙の厚紙には『持出厳禁・通年外交文章記録綴十~二十三』と筆で記入されている。

表面の埃を掃い、好奇心に任せてページを捲る。

中には切り貼りされた電報の藁半紙があり、最初の電文は日付が『1910.2.7』と追記されていた。

印刷は薄くなり読めないが、現地の武官から発せられた電報であることが分かった。

保存の仕方がガサツだったらしく最初の数ページは全く読めない。

だが、『1914.7.22』の電報から紙が変わり、印刷の質も一気によくなった。

電文には『戦火ノ兆ナホ収マルトコロ知ラズ。ナホ、本国ヘノ技術提供ハ止ムコト無シ。』と、短く二行で記されている。

『天津風』の記憶が正しければ、この日付の数日後、世界大戦争が勃発したことになる。

その後、戦火の様相を記した電文が続いたが、『1918.1.4』から急に内容が変わった。

『本日未明、連合国船舶謎ノ撃沈ヲ遂グ。敵ノ攻撃ヲ認メズ詳細不明ナリ。』

日付が変わらないうちにもう一つ電報があった、今度は五行に及ぶ長い文章だ。

『大使館ノ認ム所、前日マデニ多数ノ詳細不明撃沈船アリ。ト言ヘドモ、無論口外セズ知ル所無シ。シカレド数十ヲユウ二上回ル数尋常二有ラズ。所変ワリ相次グモ以前原因不明。本国モ警戒サレタシ。』

発信は『合衆国大使館』となっており、今まで口外されていなかった撃沈した船舶の名前がずらりと並べられていた。

撃沈された船舶の名簿の中には、条約上撃沈されない病院船や、戦争とは関係ない移民船が多数撃沈され、うって変わって駆逐艦や巡洋艦クラスの戦闘艦艇も撃沈されていた。

この時の敵側である、カイザーライヒ・ヴァイマール第二帝国が所有する潜水艦である可能性は排除できないが、丁度この頃意識され始めた国際法を無視するような愚かな国ではない。

それからさらに不審な沈没事件が続き、その年の十一月には撃沈した船舶は、民間船戦闘艦艇問わず千隻を超えていた。

そしてその月の最初の週に、ついに戦争が中断された。

『被害ノ状況ヲ両国トモ重ク鑑ミ、此処二戦ハ中断サレタシ。』

続きその月の最後の週には、戦争をしていた両国の間に正式な条約が結ばれ、共同で謎の沈没を引き起こす元凶を調査する事が決定されている。

電報でも、『1918.11.30』には『我国モ参加ノ旨ヲ伝エル二至ル』とあり、その後続々と参加国が増え、国際的な動きになっていった。

翌年の二月の電文は、急に音声通信になり、鉛筆のかなり癖の利いた字で殴り書きしてあった。

『北緯三十度十三分西経百七十九度二十二分、水無月島近海にて海上に合衆国海軍より未確認物体発見せりとの報告』

『天津風』は今までの流れと自分の知識からして、この“未確認物体”とやらが深海棲艦だと予測した。

案の定、その後その報告以降その海域では、通過する貨物船が全滅したり、哨戒艇が爆沈されたりと、大戦中と同じような事が続出している報告が載っている。

さらに、次のページには50センチ四方の大きな紙に、赤文字で“極秘”と印鑑の押された書類が折りたたまれて挟んであった。

長い間折りたたんだままだったので、染み付いて張り付いてしまったインクを丁寧に剥がしながらその書類を開いた。

中には、今では普通に見られる駆逐イ級の白黒写真や、深海棲艦の航空機についての考察や技術的な観点が付箋で追記されている。

そしてそれらの写真の下に、総称『深海棲艦』と記されていた。

日付は『1922.3.17』とあり、不審撃沈が報告されてからついに四年で、ようやく今の基本的状況が出揃った事になる。

だが、今はない情報が一つだけ、写真と共に添えられていた。

『敵旗艦、戦艦棲姫(flag.BB.Dwells princess)』という、今の敵艦識別要項にはない艦級が記されていた、しかも敵旗艦クラスの深海棲艦が今は確認さていないというのは怪しい。

今でこそ、人類はそこそこ実力で深海棲艦と渡り合えているが、昔はほぼ一方的に沈められていた事が、この綴からも感じられるが、実際にはもっと酷く、何が起こったか分からないまま船が撃沈する有様だった。

だから、当時の人類の艦隊がこの敵を無力化できたはずがない、と『天津風』は推理した。

写真は感光していて、まったく見れたものではないが、その脅威性が最上級のカテゴリに分類されていることから、その様相が想像できる。

しかし、気になる写真はこれだけではない。

年変わって『1923.1.1』、年明け早々に大陸経由で『No.01187』のDNAサンプルが当時『遺伝子理化学研究所』だったここに持ち込まれている。

このDNAサンプルとやらは、『天津風』の知識には全く無い、だがここから過去の話(ストーリー)は加速した。

その年の内に、工作艦娘『明石』が我が国での最初の艦娘として竣工し、そこから初代駆逐艦娘や、初期の戦艦娘が続々と起工、竣工している。

各国情勢似たり寄ったりで、大国と呼ばれた帝国主義を推し進める国々も同様に、艦娘の配備を進めている。

実用化された対深海棲艦の主戦力である艦娘に関する仮条約がこの年の十月に結ばれている。

主戦力保有の国々計五ヵ国の名前が掲示され、筆頭に『大日本帝国連邦』の名前で当時の海軍省提督のサインが施された誓約書の複製が貼り付けられている。

艦娘の数は圧倒的に筆頭国が多数で、艦娘九十七人が第一線に立っている、旗艦『三笠』率いる再編成された一九二四年連合艦隊が誇らしくその名前を連ねていた。

 「予習は終わりましたか?」

『明石』が沢山の古めかしい綴りを持ってきた。

 「ここにある大量の書類は何なの?見た限りでは普通の機密のようだけれど」

それを聞いて『明石』は首を横に振った。

目の前ある、下から三番目の棚のちょっとしたスペースを押し広げ、机の代わりにとして底に綴りを放り出した。

そして『明石』は一息つき、『天津風』に質問する。

 「二、三伺いますが、いまのあなたは正常な精神状態ですか?」

 「あんなもの見せといてよく言うわね」

渋い顔で『天津風』は言った。

 「どうやら正常みたいですね。ちょっとやそっとじゃ狂いそうにないので安心しましたよ」

 「とんでもない言葉が聞こえた気がするけど」

本棚に寄りかかって『明石』は『天津風』を見下げる。

 「実際そうです、あなたの精神的耐久力は基準の年齢よりはるかに優れているようですね。初陣から『彩』島攻略時までの経歴を見ても相当な精神的負担が掛かっているはずなんですが、不思議とあなたはその場を凌いで何とも無いように今に至るのですから」

 「今度は何を見せようっての」

『天津風』は強く身構えた、同時に気持の面でも警戒を厳しくする。

『明石』は無論艦娘の専門家(エキスパート)で、どれくらい負担をかけても大丈夫という目安を知っているはずだ。

そして、今言ったように『天津風』自身は相当な精神力を持っているという言葉から、普通の艦娘ならとっくに混乱したり精神に以上を来すような情報量だったのだろうと推理した。

だが『天津風』本人も、これからどんなものを見せられるか分からないし、それがどれだけ精神的に来るものかは分からない。

それでも『天津風』は自分を鼓舞し続ける、ここまで大丈夫ならまだ大丈夫と、自分で自分を安心させた。

現に、いままで起きた事は正確に理解しているし、整理もできている。

しかし、ここで自分自身に引っ掛かる所が思い浮かんだ。

ここまでに血に染まる戦場や、惨たらしい真実を見ていたが、それらに対して少し冷酷なのではと疑問を持った。

 「ねえ、少し聞いていいかしら?」

下手に出るつもりはないが、『天津風』は下から眺めるように『明石』に問いを投げる。

 「私に希望があるのは分かったわ。でも、どんな希望?、あと他に隠し事していないかしら?」

ギクリ、と効果音がつきそうな調子で『明石』は肩を窄ませる。

 「べ、別にそんなことありませんし」

 「目が泳いでるわよ」

『明石』は『天津風』を直視せず、視線を右往左往させた。

彼女にとっての本命はまだ隠し通されたままのようだ、それがどのようなものかは想像し兼ねる。

だが、この本命を提督が知っているかが問題だ。

それでも、『明石』の嘘は下手過ぎる、あえて何か隠していることを仄めかしているようだ。

 「そんなことより。これからが本題ですよ」

『明石』は埃を厚く被った綴りを開いた。

中にはアルファベットがぎっしりと並び、写真などが挿入された近代的な書籍ではない。

 「これは何だ?」

重要な場面になったのを察して提督が入ってきたが、舞う埃を避けて後ずさりした。

 「言ってしまえば、これこそ“真理”。突拍子もない事を言うようですが、いわば預言書みたいなものですかねぇ」

ほくそえむようにそう言い放つ。

興味深そうに覗き込む『天津風』を、『明石』もまた興味深そうに観察している。

そして『明石』は本題のページを捲った。

 「まず前提として、この世界の歴史が二周目という仮説を頭に入れてください」

 「はい?」

『天津風』はひょいと言った『明石』の台詞に困惑した。

 「輪廻という言葉をご存知でしょう?」

 「もちろんよ、これでも士官学校は出てるんだから当たり前でしょ」

 「この世界の歴史もまた、魂の輪廻と同様に循環の輪を廻っているという仮説があります。もちろん根拠もあります」

 「本当に突拍子もないわね。で、これからそれを説明しようっての?」

 「ええ」

『明石』は左手でパッとページの埃を掃い、ぎっしりと並んだ文字を浮かび上がらせる。

 「まず一つ目、仮説の根拠から!」

 「やけにテンション高いわね…」

しばらく思い悩んだ後、『明石』が再び口を開いた。

 「今のこの世界の科学技術、少しバランスがおかしいと思いませんか?」

 「ああ、国連でも遺伝子工学や生物学の過発達が懸念されている。それに引き換え、造船技術や超大型建築は大海戦のせいで三十年前のままだしな」

提督は既知の知識を披露した、もっとも、客観的に見てもどこがバランスがおかしいのか分からないはずだ。

 「遺伝子工学や生物学など、生き物を玩ぶ科学は今の人類には早い技術です、大海戦を交えているならなおの事。しかしこれらの技術を保有する国々が、二十五年前の世界大戦争、“前世”で言う第一次世界大戦の戦勝国になる“はずだった”国々しか保有していないという条件を加味すれば、怪しさが増すと思いませんか?」

二人は考え込み、提督が最初に口を開いた。

 「確かに、漠然とした技術の発達なら、国と呼べる地域全てで実用化されているはずだ。今そのような技術を持つ国は、イコール艦娘の保有国になる。そこもまた怪しいな」

『明石』は「ふんふん」と頷き、理解してくれた提督に笑顔を向けた。

 「ならば、必然的に気になるのはその技術の出所です。ここで新しい仮説、“発掘技術”です。そもそも世界が二週目、なんて言う夢物語のような仮設を立てる因果はこの“発掘技術”にありますから、ここから説明するのが手っ取り早いでしょう」

そう言うと、『明石』は綴りのページを2~3ページ捲る。

 「二つ目、“発掘技術”についてですが、ここは私としても謎な部分が多くて、かなり憶測を交えた説明になりまずが……」

曖昧な事を嫌う『明石』は言葉を濁らせる。

 「なんだ、君でも全てを知るわけではないのか。それとも、ここにある資料じゃ不足なのか?」

提督が皮肉交じりに言った。

 「ここはただの外交文章の保存庫ですから、過去の過去の事なんて分かりませんよ。というか、ここまでの真理を知る人間は、この国に数えるほどしかいないと思いますよ」

その言葉を聞いて提督は肩を竦める。

たしかに、この国に十二人しかいない自分(提督・中将)でも知らなかったのだから、知っているのはかなり上の人物、国の行く末を左右できるほどの者だろう。

 「気を取り直して、“発掘技術”について。まず、最初にこの案件が浮かんだのは世界大戦争の終結の時です」

そこまで言うと『明石』は別の書物を棚から引き抜く。

 「戦勝国になるはずだった国、合衆国、ブリトニア、SESL、そして我が国。しかし例の謎の沈没騒動で戦争は中断、注目するのは中断のときの状態です」

手に取った本をパラパラと捲り、探し出したページを大きく開いた。

 「この時の戦線の状態は、敗戦するはずだった第二帝国はすでにボロボロで、国内で革命まで起きていました。しかし、合衆国はあえて無条件休戦したのです」

 「そこはあえて無条件としたのが怪しいっていうの?」

『天津風』が答える。

 「ご名答。自国の利益の為に戦火に参入した合衆国がこんなことをするなんて普通怪しいと思いますよね!」

声高々に謳う『明石』に二人は苦笑いした、まるで自信たっぷりな論述を述べる学生のようだ。

 「という事は、“世界各国共同の迷騒動への対抗”という大義名分での無条件休戦は嘘だということになるな」

 「普通はそう考えますよね。もちろん、他国も怪しいとは考えますが何もしなかったし何も言わなかった、そここそ怪しいと思いますねぇ」

言葉の最後に『明石』は問いを投げた。

 「他国も、合衆国が手を退いた理由を知っている、または関与している?」

提督が正解の確信をもって答える。

 「はい正解!、ここまで話して理解してくれる人は初めてですよ」

 「他の人にも話した事があるの?」

『天津風』が聞いた。

 「総督と敷島さんぐらいですかね、もっともあの人達は揃いに揃って首を傾げてましたがね」

 「まさか、あの二人に限って」

提督は控えめに笑ったが、内心笑い転げているだろう。

博学秀才と“レッテルの張られた”あの総督がこの話を理解できないとは、衝撃の事実だ。

 「で、話に本腰を入れますが。この合衆国が手を退いた理由、他国が口出ししなかった理由、ここからはある“モノ”の存在を前提に説明しますが。これまたある“モノ”についての説明が必要です」

今度は『明石』はどの書物でもなく、自分の手帳を開いた。

B5サイズの紙を二つ折りした程度の紺色の大きめのメモ帳には、様々な言語で紙が黒くなるまでメモされている。

 「このある“モノ”こそ、“発掘技術”に直結するものなんです」

提督は懐中時計を睨んで、そのあと『明石』に目をやった。

 「その“発掘技術”とやら、いつ頃のどんな地層から発掘されたんだ?できれば手短に説明願うよ」

 「おやすみません、学術肌と知って聞いて頂いていたつもりだったんですが。そんなに時間が経っていましたかね」

提督は金の懐中時計を示した、そろそろ昼食だ。

 「これは失敬」

『明石』は視線を落とし溜息をついた。

彼女にとっては楽しくて仕方のない時間だったのだろうが、聞く方の身にもなってほしいものだ、と『天津風』は思った。

 「具体的に言えば、欧州の石炭坑深さ約1500メートル地点、大量の金属と放射能が滞在する推定一万年前の地層から産出されました。艦娘のDNA情報関係もその地層からです、場所は違いますが」

 「その“モノ”って?」

『天津風』が立て続けに質問する。

 「現在は合衆国で再生作業が進められているある機械、かの国ではデウス・ウキス・マキナ(人の作りし機械仕掛けの神)と呼ばれています。ベタな名前ですよね」

 「そんな大層な“モノ”が過去に、一万年前に作られたと言うのか?」

大げさに言う『明石』を横目に、提督は冷静に質問する。

 「ここでさらに一つ、昔話をしましょう――――」

 

 その昔、人は一度目の輪廻の内に三度の大戦を起こし、自らの内に滅ぼうとしていました。

 そして四度目の大戦の最中、人はようやく気付きました、この世の真の悪の権化は何所の誰なのかと…。

 人の内には決めかねる、どのような者をもってしても所詮人の所業にしかならない、ならば人を超える存在を自らの手で作ってしまおうと。

 そして作られた神様は人の希望、欲求、願望、意見、言葉、粗悪全てを情報として取り入れ、処理し、結論を出しました。

 “人こそ悪の権化ではないか?”

 もちろん、人である我々にその結論を受け入れることはできません。

 しかし、紛れも無い真実であり、神様はその力すらも与えられていました、だから実行に移したんです。

 それでも、人は最期まで愚かでした。

 作られた神様に仕掛けられたバグ(最期の足掻き)により、人は神様に抗う力を辛うじて確保しました。

 人知が生んだ人知を超える戦いの勝敗は定かではありませんが、ここで一周目の輪廻は終わりました。

 結果として、人は滅んでしまったのです。

  めでたしめでたし。

 

 「まったくめでたくないわね」

『天津風』が気味の悪い顔をして立っていた。

 「ああ、まったくだ」

提督も、バツの悪そうな様子で壁に寄りかかっている。

 「だが、この昔話では人は滅んだが神様とやらはどうなった?」

 「ご健在でしょうね」

『明石』はメモ帳をパラパラと捲る。

そして、赤い付箋で印の点けられたページに行きつく。

 「その神様とやらは、正確にはコンピュータ、前世の言葉で言うと超情報処理装置(スパコン)ですが、この神とやら一癖ありまして人工知能とやらがあって、しかも並のエネルギーでは起動しないような尋常じゃない燃費の悪さなんだそうで」

 「まったく、ご先祖様と言っていいかは知らんが、物騒なモノを作ったようだな。自分で作った神様(コンピュータ)に本物同様の力を与えるなんて」

話は信じられないほど飛躍しているが、それはおかしいと否定してしまえばそれまでのものなのかもしれない。

だが、無視できない説得力がこの話にはあった、それも“二周目の世界”ならではかもしれない。

 「もし、この神様が少しでも機能が生きていたとするなばら、膨大な情報を蓄えているでしょう。そして二周目の世界の我々からすればそれは予言のようなもの」

 「その予言とやらを信じて、今の世界は動いているというのか」

 「そうです。それこそ、この世界の真理ですよ」

『明石』はパタンとメモ帳を閉じる。

 「この世界は、人類の帰結を知ってなお、延命しようとする世界なんですよ。ですが、この世界には問題(イレギュラー)が多い、それはもちろん……」

 「私(艦娘)と深海棲艦のことね」

声を落として『天津風』は呟く。

 「半分正解ですが、あえて訂正させていただくとするならば、問題は深海棲艦のほうにあります。というか合衆国にあります」

 「なんとなくあの国のやりそうな事がわかるぞ」

提督は苦い顔をして見せた。

 「そう、あの神様を再移動させちゃったんです。まあ膨大な情報源であるのはかわりありませんし、どこの国もそうするでしょうが」

 「もうちょっと慎重になれなかったのかしらね」

 「ごもっともです」

『天津風』と『明石』が毒づく。

だが、これで話は繋がった。

神様に人が与えた力はどのようなものかは知らないが、その具現たるものの一つが深海棲艦ということが分かった。

 「発掘したはいいものの、起動させてどうなるかは分からない。ただ情報は手に入れたでしょうし、それあっての世界大戦争参加だったんでしょう。しかし途中で予定を変更した原因は深海棲艦ではなく、もう一つこの後に訪れるであろう戦争、第二次世界大戦を危惧しての事だったんでしょう。次にある戦争は生半可な戦争じゃない、その上その後の世界も望ましくない、だからこの世界は別の世界緯線を辿るように合衆国が仕向けたんでしょう」

 「そんな情報を手に入れるために再起動させたばっかりに、こんな世界になってしまったのか」

いささか規模の大きい話だが、少しずつ納得のできるような説明が混じり、ようやく理解が追い着くようになった。

ここまでで、合衆国が犯した大罪は確定したも同然だろう。

 「でも、もう一つ問題がありました。私達、艦娘がこの世界にはいなかったのです。だからこうまでして作っているんですよ、本来バグであるはずの神様に抗う力を」

 「そして、今に至ると」

疲れた様子で、提督はしゃがみ込んだ。

なんとも、出来過ぎた話だが、全て上手く当てはまる。

そして今の世界の経緯は、どこかうまく当てはまらないような気がしてきた。

 「ここまで聞いて良い話がひとっつも何だけど?」

『天津風』も疲れたように目を瞑る。

自分が何の希望かは知らないが、ここまで自分の当てはまる箇所が一つも無かった。

そのことが自分の中では一番気がかりだ。

 「私達の役目は、深海棲艦に勝つこと。つまり前世の残した人を滅ぼす神様を倒す事、しかしもはや我々の力では手に負えない状況に陥っています。一昔前なら、私達が深海棲艦を殲滅して、神様とやらを破壊するだけでよかったでしょう。しかし、その神様にはすでに信者がいます」

 「合衆国、か」

提督は手で顔を覆った。

真の敵は深海棲艦ではなく、今なお衰えない合衆国だった。

 「あの国はある意味正義の国ですから、自分達を繁栄と未来へ導く神様が見つかってほっとしているんでしょう」

 「となると、あの国が世界の黒幕と考えていいんだな?」

 「その通り。このまま世界が進めば、我が国と合衆国以外は衰退する一方です。そこで丁度良い頃合を見て私達を適当な理由で敵に仕立てて滅ぼした後、神様と幸せな世界を作るんでしょう」

 「それが今年ってわけね」

『天津風』は総督の言っていた、対岸の火事という言葉を思い出した。

この敏感な世界ではちょっとした火花でも、大火事になりかねない。

 「だが、いまやこの国は世界の希望、もとい世界最大の艦娘保有国であり、最大領土と保護地域を誇る国だぞ、自分(人類)の首を絞めかねないことを、どうして合衆国がやる?」

 「そここそが問題なんです。先ほど言ったとおり、この深海棲艦と艦娘の戦い、勝ちは決定しています。その後、残った艦娘はどうなりますか?人類が敵わなかった深海棲艦を倒した我々を人類はどう思いますか?」

提督と『天津風』は黙り込んだ。

答えは二人の中で既に出ている、しかしそれは認めがたい文字通り“身勝手”な答えだった。

 「私達は、人類に対する最大の脅威になるということかしら」

答えを言ったのは『天津風』だった。

 「それを解決するためのあなたです」

『明石』は続けて応える。

何か話しの筋が繋がったように提督は腕を組んだ。

 「なるほどな。この先どうなるか、まずは合衆国と対等してみる必要がありそうだ」

 「またおもしろくなりそうですね」

この二人が今どれだけ物騒な考えを持っているか『天津風』には容易く想像できた。

 「なにかしらの元凶である合衆国を殴りたいのは分かるけど、その考えは子供並よ」

『天津風』が二人の言動に釘を刺す。

 「なにかしら因縁があるんですよ、かの国には」

『明石』が満面の笑みで言った。

 「生存競争の答えをカンニングした奴を野放しにしてはおれんよ」

皮肉った笑みで提督は言った。

 「いくらそうとは言え相手はあの合衆国よ?その上この話を知らなければ世界の因果があの国にあるなんて知らないから尚更不利よ」

『天津風』は、この中で唯一常識を語っているのが自分だけのような気がしてならなかった。

単純思想は軍人ならではかもしれないが、ここまでの話を理解しているのなら余計に合衆国を叩こうと思うだろう。

だが、世界の国々はその九割九分の人がこの話を知らない。

ましてこの深海棲艦の存在を大っぴらには隠しているならなおさらである、そこからどうやって合衆国を世界共通の敵を認識できるだろうか。

 「大丈夫ですよ天津風。幸い今の世界で“先に仕掛けて来る”のはあちらでしょうから」

 「前世はこちらから仕掛けたのか」

提督は興味津々に質問した。

 「ええ、まあ負けましたがね。でもその時の戦闘艦艇がモデルとなって我々が生み出されたのだからある意味ありがたいことですよ」

 「なら、今回は負けるわけにはいかないな」

 「ちょっとまってよ、勝手に話しが進んでるけど、国同士で戦う手筈はまだなんでしょう。第一、世界中に物資を輸出している合衆国を恨む国は居ないわ、協力国はないわよ」

『明石』は待っていたかのように振り向いた。

 「ところがどっこいなんですが、四年の調査の結果から紛争に使われている武器は半分以上が合衆国が横流ししたものと分かっています。まあ当の合衆国はだんまりうを決め込んでますがね」

どうやら、かの国を敵に回す要因(ファクター)はとうの昔に済んでいたようだ。

我が国から合衆国を叩けば、それは対等勢力を潰しているようにしか見えない。

だが、あちらから叩いてくれるとすれば、世界の秩序と人類の希望を背負った国に、羨望の眼差しを向ける国の逆恨みと世界には映るだろう。

 「敵さんがどうであれ、あちらから来てくれるならありがたい。俺も、国がやたら仮想敵国を合衆国に定め続けるのを疑問に思っていたが、今回で全て払拭された。昔話がどうであれ、この戦いの元凶を潰すのに躊躇はいらない」

 「でも、そうなるとこれから厳しくなりますよ。深海棲艦との戦いを早く切り上げないと、二重戦争になってしまいますから」

以前に無い慎重な面持ちで『明石』は警告する。

 「無論そうだが、国はそう都合よく待ってはくれないよ。最前は尽すが、焦らず慎重に事を進めよう」

提督は自信満々にそう言い切った。

これでも人類の希望という肩書きを背負った世界に数十人の提督の一人だ、相当自身の裏づけとなるものがあるのだろう、と『天津風』は考えた。

この合衆国との敵対が、前から危惧されていた事は提督の発言から想像できた。

自分と肩を並べる国に対抗するのは当たり前だが、世界に比類ない地位を一時的に築いた我が国が、なぜそのようなことをするのかがイマイチ分からない。

合衆国が今後いつどのような動きを見せてくるか分からない。

一旦始まればそれまでだが、そこに至るまでにできるだけ準備をしておきたいものだ。

そもそも、いままでの艦娘による作戦行動が、全て艦艇の行動域を広げるためのものだったとも考えられる。

国のトップも馬鹿ではないらしい、『天津風』はそう推理する。

 

 「と、ここで終われば“私達の戦いはこれから”的なノリで終われるんですが、私も全部知ってるわけではないし、その上今話した以上それなりの理由があると察しがついたでしょう?」

『明石』は話の最後にもう一つ、隠し事を打ち明けた。

 「まさか、よくある展開で左遷なんてことにはならないよな」

提督は恐る恐る聞いた。 

 「もちろん、唯一の艦娘エンジニアを左遷するわけないでしょう。現場に立たせてくれないだけで、昇進措置のため首都直下の研究所送りですよ。どのみちこの件に首を突っ込む事はできなくなりますがね」

溜息混じりに『明石』は言った。

 「状況がこれから芳しく無くなる事を察して大事なモノは全部引き上げか」

部屋に一瞥して、提督は部屋の外に出て二人が出てくるのを待っていた。

 「そんなもんでしょう」

『明石』は『天津風』が部屋から出たのを確認すると、部屋のブレーカーを落として再び扉を閉めた。

 「兎にも角にも、私はこことはおさらばです」

 「頼りになる者が少なくなって寂しいよ」

提督は白々しく言った。

実際、艦娘全般の責任者と精通しているというのはとても大きかっただろう。

 「という事は、貴女は首都に行くの?」

『天津風』が横から『明石』の顔を覗き込んだ。

 「ええまあ、明日の夜行列車で行く事になってます。あなた達が今日こなかったらどうしようかと内心ヒヤヒヤしていました」

提督は腕時計を見て少し考え込んだ様子で立ち竦み、そのあと思い立った様に言い放つ。

 「それは丁度いい、首都に行こう」

 「はぁ?」

はっきりとした反感をもって『天津風』は遺憾の音を上げた。

 「こちらも事を知って状況が変わった。このまま事をすすめても真の決着がつかず仕舞いだ、もう一度計画を立て直さないといかん。それに親父殿も首都に行くようだと敷島から聞いている、ご同行させてもらおうじゃないか」

否認の余地が無い事は本人がよく分かっていた。

もう二人はただの軍人と艦娘ではない、世界の秘密を知る者と艦娘達の希望となりうる者達だ。

もはや、躊躇の猶予はない。

 「わかったわ。あなたについていくわ、提督」

やることに変わりは無い、人類を正しい配下での存命へと導く事だ。

真の敵が変わり、プロセスが多少複雑になった、その上タイミングも重要だ、ノロノロしていると先に叩かれてしまう。

何より相手が深海棲艦より性質が悪いということだ、深海棲艦は陸に上陸もして来なければ人間を積極的に殺したりしない。

相手が人間だからこそ、艦娘ではなく我々軍人が先立って行動することが求められていると提督は感じた。

そして、今後起こることは自分一人では手に負えない、もっと多くの手駒と仲間が必要だろう。

 「そうと決まったら仕度だ。親父殿に一等席を準備してもらわんといかん」




ここまででようやくこの小説の全貌が明らかになりました。
艦娘たちの謎、戦う意味、人類衰退の理由、深海棲艦の元凶、全ての根幹。
いままでの章が長い前振りで、現在の世界を客観的に天津風が見ていた、と言う感じでしょうか?
ここから提督と天津風が世界を救って?いきます。
ハッピーエンドもバッドエンドもありえますので、どうかお楽しみに。

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