なぜか残っていた『敷島』に手伝ってもらい、十分かけてようやく立派な紅茶を入れることができた。
「なんで残っていたんですか?」
「だいたい想像がつくもの、もちろん提督も総督も」
何か負けたような気がしてならなかった。
とにかく用意できたので、二人に差し出した。
「敷島さんがいなかったら白湯が出てきていたろうな」
「失礼ね、蹴るわよ!」
と言いつつも提督の横に座る。
「仲がよろしいようで」
准将は帽子を揺れるテーブルに置いた。
列車はすでに出発しているようだ。
やれ茶葉の量がどうだ、お湯で蒸らすだ、濃ゆさやミルクと砂糖の有無など細かいころを『敷島』に教えてもらっているうちに出発してしまったらしい。
そのあいだに、場の空気は真面目な話をするに相応しい状態となったことだろうが、高圧電線に落とされた一滴の水の如く、『天津風』は異彩な存在だ。
「よろしいのですか、同乗させても」
「かまわない、文字通り苦楽を共にして、その目に焼き付けてきた者同士だ。異存はないだろう」
提督は『天津風』のほうを見た。
「ええ」
彼女は生返事をした。
またどんな話を聞かされるのかと身構えている真っ最中だったからだが、若く見える彼女が陸(おか)のどんな話をしてくれるのかと内心興味もあった。
「では、私はこれで」
『敷島』はそそくさと出て行ってしまった。
「では、とりあえず。貴方達陸軍が知っていることをすべて話してもらおう」
「まずは、何を話したほうがいいですか」
「じゃあ、まず彼女たち艦娘のことについてお願いする」
溜息を一つついて、彼女は丈の長いズボンの裾を捲って足を組んだ。
彼女の脚は長く、スレンダーだがまったく弱々しさを感じない。
並大抵の苦労はしてきていないであろうが、そんなことは顔には一切刻まれていない。
「まず、一つ目に。あなた方海軍が隠している艦娘のことについて、少なくとも上下なく知られているでしょう。私にはそう映ります」
『天津風』まず首を傾げた。
あんなにも隠したがっていた私たちは、以外にも知れ渡っていた。
だが、よくよく考えてみればそうなのかもしれない。
あまりに大掛かりに隠そうとしているようにも見え、暗黙の了解で皆に知らせているのかもしれない。
「そして、あなた方の詳しい情報については、あなた方の思惑通り、上層部の者しか知り得ません。ご安心ください」
「半分安心できないような気もするが、まあいいだろう」
提督は彼女に続けるように言った。
「極論して、陸軍の上層部は、あなた方簪年艦隊の事を良くは思っていません」
「どうしてですか、知らないならまだしも、知っているならば私達の献身的働きは知っているはずです、それなのに…」
『天津風』はすぐさま反論したが、途中で提督が抑えた。
「…どうしてですか」
『天津風』は最初から決めつけていた、陸軍の上層部は、私たちの存在は知っていても、どのような働きをしているか知らないのだろうと。
そして、どのように戦い、どのように想い、どのように散るか。
だが、それでも彼女にもわからないことがあった。
だから踏みとどまれたのだ。
「残念ながら、上の者たちは、私も含めて、兵のことを数と思っております。そして馬違いのあなた方の〝艦(フネ)”のことなどなおさらでしょう。そしてなにより、彼らは軍人であり政治家です、だからあなた方下々で奮戦されてる者のことなど片時も考えたことないでしょう、あそこはそういう輩の集まりですから」
「では、貴女は?」
提督は准将に聞いた。
「もちろん、あなた方には同情しますよ。でも、客観的にみて、全てに同乗することは〝陸軍”という立場上できませんがね。念を押すなら、個人的にはあなた方に味方しますよ」
「至極真っ当な答えだな」
提督としてはパーフェクトな返答だった。
全てにおいて賛同し、自分の感情を相手に寄せて味方という事をアピールする、全く媚びを売るような話をする奴と付き合うつもりはない。
軍人として、自分の立場を弁えて、ちゃんと自分の意見を述べることができる彼女は、まず立派といえるだろう。
「では、全てにおいて同乗することができない理由を教えていただけませんか?」
今度は『天津風』が食いついた。
艦娘本人からの質問という事で、少し気が引けているようだが、そこは彼女らしく少しの間も置かずに即答した。
「まず一つ目、世知辛い話ですが金銭的な話が半分です。あなた方海軍は、国家予算の8割をつぎ込まれている、その上国連からの支援も国家予算の約二倍の金額、約千億円の資金を使用しています」
『天津風』は度肝を抜かれた様子で視線を落とした。
まず基準として、一応の海軍士官としての彼女たち艦娘の給料は約350円、提督が約490円、戦艦が数千万円。
追い打ちをかけるように准将が口を開く。
「さらに簪年艦隊の運用、研究施設の運用費は、創設以来1兆円を数えます。これだけで良く思われない理由には十分だと思いますが…」
ぐうの音も出ない正論だった、『天津風』はこれだけで反論の気を失せさせた。
「でも、活躍の度合いから見れば、あなた方の予算は妥当だとも思われますがね」
彼女は続けた。
「陸軍と言ったら有名ですよ。大陸でやたら威張り散らす、輸送船の運営を無駄に牛耳る、海軍の威を借る…」
「ああ、少なくとも、輸送船の件は耳に入れてるよ、大陸との連絡船はあなた方の管轄だしな、誰が護衛してるか知らんが」
提督が反撃する。
「まったく耳が痛い」
「少なくとも、大陸の件は反論はできないな、陸では陸軍が主役だし、少ないながら南ではあなた達に世話になったし」
「おや、そうですか?。私としては海軍さんにはもっと協力してもうために貸を作っておきたかったと思っていたのですが」
嫌味のこもった笑顔を提督に向けた。
陸軍は昔から、金はなくとも派閥争いだけは一丁前で、予算が削られた今も、軍備を拡張したり、装備を更新したりと、ジリ貧なことを繰り返している。
上層部は、深海棲艦との戦いが始まって全く面子が変わっていないらしい、一方海軍は半分が新顔に変わっている。
この体制の差も、予算の割り振られ方に差をつけた一因だろう。
単に活躍の度合いではなく、まず内部に問題があるのがこういう組織だ。
「まあ、何を言いたいかと言いますと。実際の活躍に似合った予算なのに、陸軍が勝手に納得していないというだけですよ。だからあなた方が予算を取り過ぎているわけではないんです。ただ、少々金額が違いすぎますがね…」
准将は最後に、一応陸軍を擁護する言葉を付け加えた。
「いいのか悪いのか分からないわね」
『天津風』は疑問の声を漏らす。
「まあすくなくとも、理に適っているということですよ」
「じゃあ、それは理由にならないのでは?」
提督が聞いた。
「〝上の方々は”ですよ、私はこうは考えてません」
「ああなるほど」
この時点で、上の方々がどんな輩なのかはお察しだ。
どんな奴でも、身分相応の人間になってしまうのがこの世界だ、提督たちや総督が特に珍しいだけで、他は自然と腐っていってしまう。
むしろ提督たちが階級のわりに扱いが粗雑なのが幸いしているのだろうか…。
『天津風』は率直にそう考えた、むしろそうとしか考えられない。
「そして二つ目、まあこれがメインの理由でしょうが、一九二五年に陸軍は一度あなた方に艦娘についての技術提供を申し出ていますが、今を見てわかるようにこの申し出は却下されます。これを陸軍は何を考えたのかこの戦いから村八分にされたと思って海軍をずっと根に持っているんですよ」
「ああ、なるほど…」
なんとなく提督は苦笑いした。
まるで子供の喧嘩のような理由で、反応に困ったと言うのが正直なところだが、政界というのはそんなものだ。
「そして、ここでお耳に入れてほしい件が一つ。この件は他言無用です」
特に神妙そうな顔で彼女は続けた。
「陸軍は、独自で艦娘を研究しているようです。しかも、早くも実用段階一歩手前というところらしいです。私も深くは知りません」
提督は顔を顰める、『天津風』も少し嫌な顔をした。
「知っている限りのことを聞かせてくれ、君の許す限りでいい」
険しい顔で提督は詰問する。
准将も少し渋るような表情で、そのまま話を続けた。
「まず、陸軍の要求案は、海軍に頼らない輸送船舶の護衛艦娘でした」
「でした、ということは?」
「ええ、それだけではありません。潜水艦や砲艦、果ては航空母艦までも作ろうとしています」
「それは国連の採択に違反するのではないか?」
「〝艦娘所有は海軍の特権”というやつですか。まあウチ(陸軍)のことですから〝これ艦娘じゃないから”とか言うんじゃんないんですかね」
「言いそうで困る」
冗談を言いまわしたように見えるが、提督の顔は以前厳しい。
絶対的な力とは、唯一無二ということが存在の絶対条件だ。
だから、艦娘は国で保有できる組織は一つと決められている。
「だが、その技術、どうやって手に入れた?」
睨むよう眼差しを、提督は准将に向ける。
だが、彼女は目を背けることなく、まっすぐに答えた。
「率直に言うならば、大陸からでしょう。最も、その大陸の技術も、どうやって伝わってきたものかは検討も尽きませんが」
「まあ、そうだろうな」
大陸に艦娘の技術があるのは、知っていたが、そんな実用段階の技術があるとは夢にも思わなかった。
最も、大陸は陸軍の管轄で、どのような情報操作の末でこのような情報しか知ることができなかったかは、知る由もない。
「そうなると、ことはもっと複雑だな」
「どういうこと?」
『天津風』は提督に尋ねる。
「いざとなったら、多少ながら国内にも海軍に対抗しうる勢力があるという事だ」
「意外ですか?」
准将は一息ついて、紅茶啜る。
提督も溜息をついて紅茶を手に取った。
「いや…、今の状態を望む者なんて、星の数ほどいるだろうがな」
「ということは、中将殿は今の状態を望まない者と捉えていいのですね?」
『天津風』は目の色を変えて聞く。
「貴方も知ってるの、私たちのしようとしていることが」
「ええ」
提督がティーカップを置いて、慎重に質問した。
ことと次第によっては、一番の敵になる。
「…そういう君は、私たちの味方と捉えていいんだな?」
「ええ、少なくとも陸軍唯一の味方ですよ」
提督は自然と笑みが漏れた。
そもそもそのために彼女はここに来たのだろう。
提督の言う役者は、これで一人増えたという事だ。
「じゃあ、その話誰から聞いたの?」
『天津風』は質問を続ける。
「まあ察しがつくでしょう、あのマッドサイエンティストですよ」
「ああ…」
少し彼女が気の毒に思えた、いったいどんな突拍子のない説明をされたのか分かったのもではない。
「でも彼女の話、半分も入りませんでしたがね。というか半分胡散臭さを捨てきれなかったんですよ」
「それこそ意外だな、あんなに筋が通った〝御伽噺”は無いと思ったんだが」
准将は笑って返した。
「提督ともあろう方が、そこに疑問を持たないとは」
「筋が通り過ぎてると言いたいのか?」
「まあ、そうですね。一番の疑問は、彼女の言っていた〝作られた神様”なんてものが本当にこの世界にあるのかと言うところでしょう」
提督は沈黙でその応答を流した。
この世界の狂いは、まずその過去に作られた神様なんてものが事の発端だった。
その存在を根底から覆すような今の彼女の発言は、提督の頭を一層混乱させた。
だが、新たに提督は疑問を持った。
そこに疑問を抱いた彼女が、〝この世界が二周目である”という事を受け入れたということについてだ。
「あなたの言わんとすることは痛いほどわかります、しかし私はそこに納得せざるを得なかった」
「どういうことだ」
「この世界が二周目というだけで、神様なんて存在は必要ではありません。しかしこの世界が二周目という事については、否定する要素が無くむしろ肯定せざるを得ない要素のほうが多い様に思えるんです」
「一番突拍子もない所だが」
「私としては、二周目なんて大きな括りでなく、過去からの延長戦という捉えで良いと思うのですが。なにか大きな括りがあるわけでもないですし」
ここでも提督は深く溜息をついた。
二周目なんて表現は、いかにも『明石』らしい。
そして、全てを信用していた自分が不用心に思えた。
何より人類が絶滅したわけでもないのに、二周目とは少し大げさだろう。
絶滅した種は二度と同じようには生まれるわけがない。
それは今もって世界で示されている事実である、だから准将の言う事には納得できるものなのかもしれない。
「とにもかくにも、提督殿にはやるべきことが山済みなはずです。それに、我々はただ人間ですよ、そんな大きなことを考える前に、然るべき小さいことは履いて捨てるほど。ならば、もう寝るしかないでしょ」
「眠くなったなら眠いと言えばいいのに」
提督が外を眺めても、森と山しか見えていないので詳しくはわからないが、もう夕暮れのようだ。
だがまだ寝るには早い。
「それとも、話に疲れたのかな?」
「この手の話は大好きですよ、いままで嫌気がさすほど聞かされてますから」
「いや絶対嫌いだろう」
「しつこいと嫌われますよ」
そう言い放って彼女は隣の客車に逃げて行ってしまった。
だが、ここまでの話で粗方話が分かった。
どこもやることは変わらないなと、陸軍の粗相には甚だ予想通り過ぎて面白みに欠けるが、その手の内を明かしてまで対抗の意思をしらせてた彼女の存在はあまりに大きい。
まだ大きい役のカードを、陸軍が隠しているかもしれない。
そして『天津風』も今の二人の会話に拍子抜けしていた。
二人は『天津風』の想像通り、『明石』の話を鼻から信用していなかった。
あけましておめでとうございます。
今年も本作と共にこの作者めをよろしくお願いします。
今回のお話しで出てきた提督と天津風のお給料は、大日本帝国海軍佐官と将官の給料です。
国家予算は昭和19年の国家予算を参考に考えてます、国債なんかがやばかったです。
昨年度中に投稿できずに 申し訳ありませんでした。
計画通りに行かないのがリアルという言い訳だけさせていただきます…。
今後とも長くなりますがよろしくお願いいたします。