天(そら)別つ風   作:Ventisca

3 / 47
他の艦これ二次創作小説では珍しい(?)ですが、普通に一般人が登場します。
都合上、二章は2つに分けております。


前編/第弐章 危機への渡航

 早朝、『神通』と『天津風』は地上へ出た。

まだ日が昇りきらぬ卯月の朝は、空気が澄み渡り日の光が辺りを暖かく照らしてい

た。

周りを山で囲まれたこの海軍司令部は、少し日が昇ったくらいでは気温は変わらぬ

うえに、海からの風で一層寒く感じる。

 「四月だってのに、なんて寒さなの」

『天津風』は地上に出るなり、きる予定の無かった外套を羽織った。

大佐の階級章が光る、海軍の紺色のコートは、上士官使用の金のボタンが日光によ

って眩く光る。

 「早く行きますよ、時間がありませんから」

この寒さにも『神通』は全く動じる様子すら伺わせない。

すでに羽織っている上士官の上着には、多数の武勇勲章が飾られ、腰には短剣を下

げている。

『天津風』と同じ大佐とは思えない風格を持つ彼女だが、あの二水戦の旗艦である

という事実を知っていれば納得であろう。

これまた『天津風』とは違う真っ黒の上着を靡かせ、黙々と『神通』は埠頭へ向っ

た。

風に靡く長い髪を押さえながら、『天津風』も後に続いた。

 今なお外洋航海をしている船舶は数少ない。

その数少ない船舶の全ては、海軍関係の艦艇である。

しかし外洋に出るのは戦闘のためではない、多くが遠方泊地への輸送がその任務で

ある。

昨日、提督が通過した司令部施設のすぐ目の前に、外洋船舶が停泊可能な大型埠頭

がある。

『神通』達のの乗る船には既に火が入っていて、黒煙が濛々と上がっている。

 徒歩十分ほどで埠頭の入り口までたどり着いた。

提督は痺れを切らすように入り口で待っていた。

 「ようやく御出座しだね」

上士官第二種軍装の上に黒のロックコートという格好で、提督が出迎えた。

 「少々遅れましたか」

『神通』は時間を気にしながら言ったが『天津風』はお構いなしに質問を浴びせる。

 「今日乗る船はどれ?」

辺りを見回しながら、『天津風』は必要に問いかけた。

周りは背の高い倉庫や格納庫で覆われ、海の方向へと伸びる道以外目に付かない。

 「積荷の積み込みは終わっている。ではお目にかけようか」

提督はわざと下手に出て微笑んだ。

小さな門を潜り、真っ直ぐと埠頭へ歩みを進めた。

 「それにしても、艦(ふね)が船に乗るなんて、思わなかったわ」

『天津風』は強かな愚痴を零したが、想像より遥かに現実的な移動手段に対する少

々の落胆も含まれている。

想像では、高速潜水艦での秘匿移動や、超高度飛行の航空機による高速移動などを

思い描いていたが、朝一番で聞かされた船舶の移動という情報により、僅かに残さ

れていた『天津風』の子供心は少しばかり裏切られる形になった。

 左右の建造物がなくなると、朝日を波で乱反射させる眩い海が眼前を覆いつくし

た。

そして左手の大型ジブクレーンの骨組みの影に、その船はあった。

 「戦時標準船を改造したものだ、そこらの船と一緒にするなよ」

提督は自慢げに話す。

 「あんなオンボロ船に乗せようっての?」

『天津風』は見た目の悪さに思わず苦言を吐いた。

確かにこの船は古い、船歴は十年で塗装は剥げ、錆が目立つ。

 「たしかに見た目は悪いが、性能は保証するよ。それに護衛も居るから安心してい

いよ」

その言葉を残し、提督は事務員の居るところへ向う。

いかにも、まもなく出港という雰囲気であるが、人の少なさから喧騒は伺えない。

軽い敬礼をして提督は戻ってきた。

 「すぐ出るぞ、もうそこまで護衛が来ていたよ。急がないと」

二人は言われるがままに乗船用のタラップまでついて行った。

先ほどは遠目でよくは分からなかったが、『天津風』はこれが普通の輸送船ではな

いとすぐ察しがついた。

幅はが細く表面は装甲板で覆われた船体は、これが只の輸送船ではない事を物語っ

ている。

3メートルのタラップを上り甲板に出ると、出迎えたのは左右の対空砲だった。

そして艦首には砲塔があり、中央の荷物搬入口は閉められ、船備え付けのクレーン

は固定位置でしっかりと固定されていた。

 「出港だ、もう君たちの荷物は船室に運ばせている。あと四十八時間はある程度

自由にしてくれてかまわない」

提督は二人に声を掛けると、余所余所しく中央のブリッジへ向った。

流石海軍と言わんばかりに手際よくロープ、錨を収容し船は完全に自由(フリー)に

なった。

 二人が埠頭に着いて僅か五分で、船は陸を離れた。

すぐに出港出来るように艦首は既に外洋を向いており、タグボートの必要はない。

船のエンジンが唸りを上げ、煙突から黒煙を吹き上げる。

船体全てが振動するようなエンジン出力は、もはや輸送船の域を脱している。

船首と船尾に備え付けられた砲塔からブルワーク(波除)の覆いが外され、もはやこ

の船は戦闘艇となった。

警笛がけたたましく響き、船は白波を立てゆっくりと動き出す。

埠頭では少数の人影が手を振るばかりで、他は何も無いひっそりとした出港である。

ブリッジでは忙しく人が動いているが、甲板上は静かなままである。

これが改造した輸送船の特徴で、出来るだけ少数で動かせるようにある程度オート

マティック化されている。

『天津風』と『神通』はずっと乗り込んだ所から動かずに海を眺めていたが、まも

なく提督が戻ってきた。

 「なんだ、まだいたのか。もう自由に動いていいのに」

 「いいの、私はここに居たいの」

『天津風』は硬くなに提督の薦めを断った。

提督の言う事に反抗している事もあってか、また海の方を向いた。

そしてまた提督はブリッジへ戻った。

 「天津風、あんな言い方しなくてもいいのに」

『神通』が少し『天津風』の態度を疑問に思い、口を開く。

 「別に嫌いとか、信用してないとかじゃないの。別にいいでしょう?」

轟くエンジン音に負けないように、『天津風』は声を荒げた。

 「じゃあ、何故」

『神通』はそっと『天津風』の横に立ち、船縁の手摺にてを添えた。

 「そうね、出来過ぎてる?と言ったらいいのかしら」

 「つまり?」

間髪入れずに続いて質問した。

 「最初はただの変態かと思ったけど、あの提督、馬鹿じゃないわね」

返答と疑問の答えが直接結びつかない事が、『神通』を質問へと駆り立てた。

 「それが貴女の態度と何の関係が?」

続く質問に『天津風』もむっとしたが、悪魔でも隣に居るのは上官であるため、少

なからず答えた。

 「そうね、なんであんな提督が本部(おか)じゃなく、まだ戦線に立っているのか、

イマイチ疑問ね。それに何より、階級のわりに若いしね」

説得力のある返答に、『神通』は血相を変えた。

しかし即興の回答を、船の警笛が阻害した。

船は更に加速し、甲高い鐘の音が鳴った。

信号旗と国籍旗が掲げられ、船はいよいよ外洋へと出る。

ふと、後ろを振り返り、今までいた埠頭を顧みる。

近海の島嶼に隠された港は、直接目視するほどは出来ないが、しかしあの港以外に

大きな港は無く、何故か見えなくなってからもなお活気を感じる。

 余程、どこの船が早いのか出港して十分で、陸の町は認知不能な距離となった。

後は背後に広がる緑の島国が、水平線に消えるのを待つのみとなる。

初めて安静になった甲板だが、未だブリッジが慌しいのは変わらない。

甲板に立っている二人には、暖かな朝の海風が掠め、体感的にも少しづつ暖かくは

なってきたようだ。

 二人は上着と外套を脱ぎ、軽く畳み腕に乗せた。

 「少なくとも、貴女が提督を過小評価していないことは分かりました。今はそれが

分かっただけで十分です。しかし、一つ言える事は、貴女が思っているより提督はず

っと良い人ですよ」

『神通』は『天津風』のほうを向いてはっきりと言い切った。

意外という表情はせず、『天津風』はただ表情を和らげた。

彼女より『神通』のほうが面識が多いのは事実だが、それよりも、『神通』の信頼

に足る人物であるという事を『天津風』は理解した。

 「そうね、悪い人では……ないわね」

ただし『天津風』は、『神通』の価値観を全て受け入れようとはしなかった。

やはり彼女としては、自分なりに見極めるのが最も最善と信じている。

そして今の所、彼女の提督の印象を支配するものは、体験からの変態提督と、口頭

での秀才であった。

この相対するものから、『天津風』は今まで考えていたどの人物像にも当てはまら

ない者と出合ったと理解していた。

 そしてまた、安静を阻害する警笛が鳴り響く。

少し驚いた様子だったが、『天津風』はそれよりも、東方から接近する船影を気に

かけた。

笛の合図と共に、信号旗が変えられる。

提督はブリッジの上の欄干まで上がり、双眼鏡でその東方より接近する船影を確認

した。

意外な事に、提督はこの船唯一の士官で、この船の指揮中枢は提督が握っている。

これも少数にするための合理化だが、提督自身、あまり乗る気ではないようだ。

遠くから返答の警笛が響き、ようやくはっきりとした船の形が肉眼で確認できた。

 「あれが、海上護衛総隊の護衛艦?意外と貧相ね」

あまりに毒舌すぎる『天津風』の評価は、今回ばかりは納得というものだ。

 新型の艦艇は全て出払い、もはや鉄屑となって海底に沈んだ今、主力は再び二個

世代前の駆逐艇に託された。

初代より六世代後の量産型駆逐艦、『己』型改二駆逐艇八隻二個駆逐隊が今回、輸

送船の護衛をすることになっている。

80メートルでキッチリと切られ、極端に洗練された艦上建造物は、まさに量産型を

髣髴とさせる。

幻惑(ダズル)迷彩を施された船体はどこか軍艦らしい雑多な印象を受けるが、この

駆逐艇は既に十五年まえにお役御免になった型で、戦線に復帰するために様々改良

が施された、悪魔で駆逐“艇”である。

 ずらっと一列の単縦陣で接近してくる海上護衛総隊は、同じように信号旗を掲げ

て合流の成功を確認しあった。

総隊は二手に分かれ、前後四隻づつで輸送艦を挟むような格好で艦隊を構成した。

『天津風』はすぐ後ろの駆逐艇に目をやった。

大きさはこの輸送船の半分より少し大きい程度で、非力さが感じられる。

しかし、『天津風』は合理的に考えた。

先日の話だと、船はあまり外洋へは繰り出さず、常に浅瀬を航行するようにして、

陸からの距離を一定に保ちながら目的地へ向うとの事だった。

しかし、彼女自身、どんなに合理的に考えても、いくらそこまで外洋進出しないと

はいえ、会敵の可能性は零ではないため、護衛不足という考えを排除できなかった。

12センチ砲と対空機関砲、45センチ魚雷では、深海棲艦と対等に渡り合うことは、

たとえ相手が駆逐艦一隻二隻程度でも不可能である。

 「真面目に護衛する気あるのかしら、戦うのは海賊じゃなくて深海棲艦なのよ」

その言葉には、思わず『神通』も苦笑した。

この輸送船も、裸(非武装)より多少マシなだけで、所詮只の輸送船である。

どんなに操舵性や速度を改善しても、戦闘艦には勝ち目は無い。

 「いざとなれば、私が戦うまでですよ」

その実力と覚悟の程を露にし、『天津風』の不安を牽制した。

しかし二人を乗せる船は、まるで逃げるかのように増速し、内海から水道を抜けて

いよいよ外洋へと足を踏み入れる。

 艦隊は狭い内海での単縦陣を辞め、防御と索敵に適した輪形陣へと移行する。

出港からまだ一時間ほどしか経過していないが、足の速い船のためすぐに水道を抜

けた。

この後、艦隊は一度北の大陸へと向かい、最初で最後の補給をすることになる。

大陸への航路の途中最も危険な海域は、大陸から最も離れる海峡のど真ん中である。

だが、そこまでも陸伝いなため、海峡横断は深夜となる。

原則として、船舶の安全境界(ボーダーライン)は陸からの直線距離二十海里から三十

海里とされているが、この安全境界の中で深海棲艦により沈められた船は何千を数

える。

そのため、外洋に出るなど死にに行くに等しい。

夜間突破により多少危険は排除されるが、発見されれば全く視界の無い漆黒の海で

一方的に叩かれる事になる。

そのためこの戦時標準艦改造型の輸送船は大出力の旗艦を搭載し、全長100メートル

以上の船体と最大積載150トンにも関わらず、最大速力は35ノットを誇る。

この速力を活かして、日没から日の出までの約十時間で中間地点へ急行する予定で

ある。

 「まったく、面白くも無い景色だわ」

まだ数時間しか経っていないのに、『天津風』はもう既に船旅に飽きた様だった。

南中していない太陽など一切気にせず、早々の昼食を片付けた『天津風』は、ブリ

ッジ後方煙突裏の高角砲座の手摺に腰掛て暇を持て余す。

『神通』は自分に割り当てられた船室で一通りの荷物整理を終わらせ、到着した時

に備え、南方用の対暑軍装を揃えていた。

『天津風』の吹流しは絶えず風を受け靡き、船後方へと艶やかに波打つ。

初春とはいえ昼間はかなりの温暖になるが、常に吹く海風のおかげで心地よい気候

になっている。

唯一『天津風』が気に入らないのは、この穏やかな陽気を邪魔するけたたましい機

関音である。

しかし、ここ一ヵ月実戦訓練ばかりだったので、今までに無いほどの清々しい休み

を満喫していた。

 配給品の板チョコを一欠けらずつ頬張りながら、『天津風』は終始ブリッジ内の

無線に耳を傾けた。

吹き抜け式のブリッジからは、音声通信、モールス暗号その他諸々の情報が折々入

って来ていた。

特に注意して聞いていたのが、国際信号である。

一通りのモールス信号を熟知している『天津風』は、電子音で入電する「S.O.S」と

「Enemy warship found」に細心の注意を払った。

もしこれらの通信が入った場合、周辺に攻撃を受けている船舶が居るか、近くに敵

深海棲艦が居るという状況判断が出来る。

しかし、二枚目の板チョコに手を付けてもそれらの通信の気配はない。

 「大分、暇なようだな」

上着の前を開け広げ、大きく風を受けながら、提督は『天津風』の居るブリッジ後

方にやって来た。

 「別に、そんなんじゃないわ。ちゃんと楽しんでるわよ」

不満そうな声で、『天津風』はわざと提督の居る方向とは逆方向を向く。

 「随分楽しそうだな」

皮肉を零し、提督はアルマイト水筒を『天津風』に手渡した。

中身がよほど冷たくされているのか、表面には結露が浮かび、受け取った手から冷

たすぎるほどの冷気が伝わってきた。

 「なによ、……ありがと」

『天津風』は丁度二枚目の板チョコを平らげ、喉を潤したい所だった。

蓋を開け勢いよく中に入る冷たい水を飲む。

少なくともこの時、無口な『天津風』の姿で、これほど素直に可愛いただの少女と

いう印象は今後受けないだろう。

普通の少女と同じ、華奢な首を伝う零れた水は、一種の魅力と映る。

しかし提督は、ただの水しか渡せなかった歯痒さが、何となくその純粋な感想を歪

ませた。

 「本当は、冷たいサイダーくらい飲ませたいんだがな」

『天津風』から、中身の無くなった水筒を渡された、喉が相当渇いていたのか、水

筒を飲み切ってスッキリした様子である。

 「そうね、できればそっちが飲みたかったけど。残念だわ」

そうは言うものの、そっぽを向いて提督に残り一枚の板チョコを差し出した。

一瞬自分に差し出されたものか判断がつかず、提督は戸惑う。

『天津風』は痺れを切らし口に出した。

 「あげるって言ってるの、早く受け取りなさいよ!」

さらに手を突き出し、ホイル紙に包まれた板チョコを渡す。

 「残り一枚なんだろ?水のお礼ならいらないのに」

 「何がお礼よ!!感謝なんてしてないしっ!!」

『天津風』は自分の気持ちが見透かされて、分が悪くなった様子で、少し頬を赤く

染めて急いでラッタルを降りて自分の船室へ戻った。

自分の胸に突き付けられた板チョコを大事に手に取り、空になった水筒を提げて『

天津風』からの感謝も素直に受け取り、ブリッジに戻った。

 

 日が沈み切ろうとしている中、合計九隻の艦艇は灯火管制を開始した。

艦内の灯りは全て緊急灯のみに限られ、艦隊は暗黒の海へ溶けた。

総員三十名余りのこの輸送船は、稼動員数を五人にまで減らし、操舵と索敵だけに

専念した。

提督は夕刻ずっと仮眠を取っていたので少しも眠くはないが、他の海軍関係者には

多少の疲労の色が伺える。

 彼等は外部司令部や艦娘を熟知しており、いわば提督達の次の彼女等の理解者と

いう事になる。

しかし、彼等も知っているが艦娘達を余り一般に晒す訳にはいかず、早朝までは『

神通』と『天津風』は自室待機となり、寄港の際も一切姿を見せてはならない事に

なっていた。

 警戒灯の赤い灯りと、レーダーの緑色のスクリーン光だけで満たされたブリッジ

は、異常な緊張に満たされていた。

巡航速度30ノットのため、波の音と風の音だけが辺りを一層騒がしくする。

灯りの一切無い洋上では、ジャイロコンパスと六分儀による経緯の計測だけが位置

確認の数少ない方法である。

高速移動のため、こまめに位置を測定し、提督はそれをコンパスと定規を使って黙

々と海図に書き込んでいった。

海峡の真ん中までくると、海流が激しくなり最悪何十キロも流されてしまう。

そのため、深夜はひたすら測定、確認、修整をひたすら繰り返すことになる。

周辺を警戒し、半径1キロ以内に展開する駆逐艇からは、随時交信し互いに逸れない

ことに尽力し続ける。

 夜中零時丁度、日付変更を時計が知らせる。

同時に、見張りを稼動員を十人にまで増やし、漆黒の海に眼を光らせた。

平穏な波の音のみが只々繰り返されるだけで、夜明けに近づくにつれて徐々に緊張

は増していった。

一瞬レーダーに写った岩礁でさえも、全員の神経を昂らせた。

 そして、ようやく待ちに待った夜明けを迎えた。

同時に、東からの朝日とともに、遥か遠方に見える陸の影が確認できた。

朝日が水平線上に昇ってくるとともに皆胸を撫で下ろし、灯火管制は解除された。

そして今度は数十分後に控えた、大陸寄港での補給準備に取り掛かった。

武器弾薬、燃料、食料、積荷の揚げ降ろしは全て三十分以内という原則のもとに、

素早くやらなくてはならない。

寄港といっても、陸に直接縄を掛けるわけではなく、近海まで接近して、小型船に

よって物資を積み込むだけで、上陸などはしない。

出来るだけ早く出発したいこともあるが、数年前からの大陸での戦争状態もあり、

他国籍の船舶の寄港は多少のリスクがあるからだ。

物資不足のこのご時世でも、唯一の希望を担う国に対する優遇として、最大限の物

資を補給してくれる事が約束されていが、その事を快く思わない人々の事もあって、

逢えて寄港しないという事情もある。

 『SS』島の港町が見える距離まで陸地に接近し、メインマストにK(キロ)の信

号旗を掲げた。

護衛の駆逐艇は、輸送船から1~2キロ離れた位置に投錨し、マストには国籍旗とス

クリーンの信号旗を掲げている。

五分も経たずに、すぐ補給物資を満載した小型艇が接近してきた。

あえてブリッジに残された数人の船員は小銃を持ち、不祥事に備えた。

相手側の関係者が甲板に上がってきて、応対に出た提督に敬礼し少なく言葉を交わ

した後、すぐさま中央のジブクレーンが稼動された。

後方で燃料の補給が始まる頃、『神通』は早々と船室から出て来た。

出来るだけ外に見えないような通路を通り、船首にいる提督の所へ向う。

挨拶こそ交わさないが、『神通』は軽く会釈し提督もそれに答える。

 「今年はどうですか」

『神通』は朝の愚図つきなど全く感じさせず、透き通った声で提督に聞いた。

 「そうだね、やはり内陸の戦火は激しくなる一方だと聞くから。燃料が少し心配

かな」

澄み切った早朝の空気は、此処が異国の地だということを暫し忘れさせてくれる。

日は完全に地平線上に顔を出し、陽炎とともに波打つ海面を黄昏に染め上げる。

眩いばかりの朝日を受け、提督も少々の眠気が一気に覚めた。

暖かい色に染まる早朝の船上だが、見た目よりもずっと気温が低く、清々しい一面

若干の寒さも覚える。

去年と変わらない美しい異国の朝だが、提督はすぐそこまで迫る戦火を感じずには

いられなかった。

 物資不足による内戦、紛争の戦火は以前から多々あったが、二極化したのはつい

最近で、現在大まかな二陣営は技術国と原産国が対立している平行線となっていた。

事の発端は、対深海棲艦用の武器の密輸であるが、今となっては対深海棲艦用兵器

は一つしかなく、それにこの戦争の発端の理由など今更関係なく、どちらも意地で

やっているようなものだった。

 そうこうしている間に、補給は完了し輸送船と護衛の駆逐艇の錨は上げられた。

アイドリング状態だった機関を再び吹かし、出港した。

遠ざかる小型艇にはU(ユニフォーム)とW(ウィスキー)の信号旗が掲げられ、それ

に応えて、最後尾の駆逐艇は回答旗とU、Wの信号旗を掲げ感謝を表した。

 「さあ、ここからが本番だ」

提督は、艦隊の陣形展開を見守り、ブリッジに戻る。 

これから先は一切の寄港地もなく、ただまっしぐらに目的地である南方司令部の

港へ向うのみである。




ご意見よろしくです
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。