天(そら)別つ風   作:Ventisca

32 / 47
お話し回です。
前回からの物語を憶測して読んでくださるとうれしいです。



第参拾章 Faint

 意外なことに、チャンスはすぐ訪れる。

破斯は部屋の帰りに提督と廊下でしゃべっていたのだ。

内容は艦隊の運用や現状を訪ねていたようで、相当真剣に聞いていたのだろう隣に立っていた『天津風』にしばらく気づかなかった。

 「申し訳ないが、部屋に戻っていいかな?」

提督は唐突に話を切り上げようとする。

 「おや、提督お酒は弱いのですか」

 「まぁ」

提督は『天津風』の方を見る。

すぐに提督は嘘を言っているのが分かった、列車の中で遅くまで飲んでいて翌日何事もなかったようにしていだのだから、酒が原因ではない。

 「では、これなどどうでしょう」

提督が『天津風』の背中を押した、物理的に。

 「これ呼ばわり!?」

『天津風』はいろいろと拒否反応を示した。

だが破斯は存外に真面目な顔つきになり、『天津風』を眺めた。

 「さっきあなたに興味があると言っていたので、どうぞ相手をしてやってはくれませんか」

 「それは、私が何者かを察しての申し出でしょうか。もしそうなら、私のようなものが、貴方の大切な艦娘とお話しをさせていただいてもよろしいので?」

破斯は謙遜した。

 「……いえ、ぜひお話を」

『天津風』は腹を括って破斯に切り込んだ。

 「わかりました、では待合室を取っておきましょう」

思ったより本腰を入れた話になりそうだ。

破斯は言った通り待合室を取りに行ったが、提督も少し驚いているようだ。

 「どんだけ真面目な話をするんだ…」

 「何言ってんのよ、逆にどんな話すると思ってたのよ」

『天津風』が提督の脛に蹴りを入れた。

 「い、いやぁ。なんかもっとマッドサイエンティストよろしくキチガイ染みた話をするのかと…」

 「どんな変な期待してるのよ!」

兎にも角にも、言ってしまったものはしょうがない。

若干後悔しながら二人は別れた。

深いため息をついて、『天津風』は肝を据えた。

いったいどんなえげつない話を聞かされるのか、そしてどれだけ私達を安く見ているのか、次にそれに対する冷静な見解を持って待合室に向かった。

胸ポケットの懐中時計は八時を示している、どれだけ長丁場になることか…。

 「失礼します」

中で破斯は行儀よく待っていた。

向かい合う席には、茶と少しの茶菓子が並べられ、いかにも長話をする雰囲気が構築されていた。

だが、本人は別に難しい顔はしておらず、『明石』の時のような禍々しい話をするつもりもないようだ。

 「まあ楽にすわって、大事なお話し相手だ」

イスに座ると、まず破斯の顔を伺った。

五十代いかない位の中年で、白髪の目立つ髪を短く切りそろえている。

スーツの上着を椅子に掛け、澄ました様子で茶を啜っている。

しかし、なにか言い難い緊張感と存在感のあるオーラを感じられた。

 「本題に入る前に一つ。天津風、君自信私と話しておきたいという意思があったのかい?」

 「ええ、私はどうしてもあなたに聞きたいことがいっぱいあるわ」

『天津風』がそう答えると、破斯は安心した様子で続けた。

 「よかった、私なんかに興味をもってくれた艦娘は明石くらいだったからなぁ。それに彼女以外にも少しは私の持つ真実とやらを伝えておきたくてね。いや、わたしも君とは〝もう一度”話しておきたかったんだ」

 「もう一度?」

 「ああ、君が生まれたときに、少々話していたはずだが。まあ記憶の上書(オーバーライト)があるから覚えてなくても仕方がないな」

破斯は湯呑を置いた。

眼鏡を外し、彼の癖なのか、机の上で小さく指を交差させる。

 「おっと、勝手に話して申し訳ない。君から聞いておきたい事は?」

破斯はまっすぐと『天津風』を見つめる。

琥珀色の照明に洗い出された彼の瞳は濃い灰色をしていて、どこか疲れ切ったような感じがした。

 「まず、あなたは私達艦娘の事をどう思っていますか、どの程度の価値でとらえてますか」

 「かなり抽象的だなぁ。実に君らしい」

破斯は口元を緩め、声のトーンを下げた。

『天津風』はあまりいい気分はしなかった、何故か自分を見透かされているような感じがしてならない。

 「一つ、私の研究モットーには〝完璧に近づく”というのがある。この言葉の意味が分かるかい」

 「兵器として完成された艦娘を作るという事ですか?」

 「少し違う。確かに、君たちは兵器だ、だがそれ以前に創られた人間であるということを忘れてはいけない。君たちは人間としての完成度が極めて高い地点でまとめ上げられているという点で、普通の人間と一線を博す。それだけで君たちは艦娘として完成する。ここに私のモットーが生きている」

 「つまり、私達は極めて能力の高い人間というだけですか?」

 「そういうことだ、最初はな……」

破斯は表情を曇らせた。

『天津風』も反射的に神経を尖らせる。

 「だが、君たちは兵器として必要とされた、つまりソレに特化された。この時点で私のモットーから逸脱した」

 「そのためにそう作ったのではないんですか」

 「全く違う、最初に言った私の完璧というのは、そもそも〝何でもできる”という意味ではない。〝全てに優れる”ということだ、つまり一つに特化した時点で完璧から逸脱しているというのが私の考えだ」

 「では、あなたはなぜ私達を造り続けたんですか?」

 「明石から聞いての通り、君達の素は過去からの贈物(プレゼント)だ。だから私は賭けたんだ、私が求める完璧が、君たちの中に居やしないかと。そう思ってここまで君達の再製を続けた。だがそんなおいしいこと無かったんだ、奇しくも君達は全員その冠された艦級に相応しい能力しか与えられていなかった、基礎的なものにおいては人間と等しい、それに気が付いたのが研究を始めて十数年経ってからのことだった。なんとも笑える話だ、私の中では君達こそが私の希望だったんだから。世界が君たちを必要としてもどうでもよかった、だから戦争で失うのは耐えられなかった、だから私は必要とされた〝機能”以上のものである〝半永久の命”を君たちに付与した、だがそれが君達に超人的な能力を奇しくも授けたんだ。不本意にもそこで私のモットーは半分満たされたも同然だった。それも、未熟な私では不完全なものになってしまったが」

 「本当の私達(艦娘)はそんなに頼りないものだったんですか」

『天津風』の切り出しに、彼は少し息を抜いて笑った。

 「うんまあ、今世(いま)の君達からしたら弱かったんじゃないかな。本物(オリジナル)は再生能力も人並みで耐久力が抜きん出ているだけだったし、学習能力も人並み、従って感情や個性も人並み。だがそれこそ彼女達の魅力だったのかもしれない。完璧なんて追い求めるのが愚かなことかもしれないと考えたのは最近だ、老いてくるとこういう考えもできるもんだなと自分を見直したよ」

 「では、今の私たちはどういう風になってるんですか。あなたの言う完璧に少しは近づいたんですか?」

 「基本はね、完璧というより超人になってしまったが、欠点がある。とても致命的な欠点が」

『天津風』は首を傾げた。

再生能力、学習能力、生命力、外見や性格まで完璧に近い、自分としても性格以外欠点らしいものが見当たらない。

  「君達の本物は、それこそぱっと見、人間味に溢れ、愛想がよく、どんなでも信頼する人を愛し、女性としても、人としても良くできた娘達だったのだろう。だが、私が先ほど言った〝半永久の命”のせいで、そんな花のような儚い美しさは失われてしまった。それを知った時、初めて自分で死のうと思ったよ」

死、という言葉に『天津風』は背筋が凍り付く。

 「儚さが美しさの一部と捉えるのは、とても民族的なことだと思いますが……」

 「はははっ、そうかもしれんな。実に一般人らしい感想で安心したよ」

だが凍り付いた雰囲気は変わらなかった。

 「…私が君達に付与した〝半永久の命”というのは、諸刃の剣だった。特質した学習能力や、戦闘に特化し過ぎた体質、そして老いることのない外見。それらがもたらしたのは、生命としての死を否定する反面、人間としての死を早めた」

刹那、『天津風』の肺から空気が全て抜けたかのようだった。

なぜなら『天津風』はその言葉の意味を輪郭的にとらえることができたからだ。

そしてこんなことができるのも、彼が与えてくれた〝半永久の命”のせいだ。

 「君たちは確かに長生きする、だが人としての寿命が先に尽きる。それだけなら痴呆だけで済むが、君たちはそのころには完璧な兵器として出来上がっているだろう。そして君達はこうなると兵器に成ってしまう、ただの自分で戦う武器になってしまう。そんなこと私は望まない、そしてそうなってしまった艦娘も望んでいないだろう、だがこれは本人には気づけない。人としての欠如は戦闘の経験によって加速する、だから今の君たちにとって長生きするという事と人間としての死は切っても切り離せない呪いになってしまった。君も感じたことはないかい?、熟練した艦娘ほど冷静で冷血で冷淡で、自分よりも戦いが上手いなと―――」

例に欠かない例えだった。

戦場において冷静に判断を下し、正しく戦い、正しく行動する。

だが戦場における正しさとは、時に人徳や倫理から逸脱する、戦場とは一時的に人間を捨てることが求められる場でもあるのだ。

だから、戦場での自分(兵器)から正しく見えても、人として逸脱していることに気づけないのだ。

震えが止まらなかった。

自分が正しいと思い込んでいたものこそが、間違っていたのだと。

そしてその道に自分も進もうとしていたのだと。

強くなることこそが自分が求めていることだったのに、それこそが自分の死を意味していた。

諸刃の剣という例えが全く持ってぴったりな例えだろう。

 「じゃあ、私達はどうすればいいんですか!?。戦い続けることが私達の使命なのに、それが私達に対しての死につながるなんて……」

『天津風』は自分の目に涙が浮かんでいるのが分かった、自分のための涙ではない、他の艦娘に対する涙だった。

いままでどれだけの艦娘が、過酷な戦いを生き抜き、その結果人として死んでしまったか。

戦場で死ななくても、待っているのは死で、戦場に出ないなら最初から私達は求められない、そうするしかできない、だがそうするしかない。

 「簡単な答えを、誰も言わないことを、君はすでに知っているだろう。明石も言ったかもしれないが、戦争を止めれば君達は戦うことで死ぬことも、人としての死を迎えることもなくなる。だが、それでも君達は生きていけない、そうなると君達は求められない、そして拒否される、恐れられる。この世界の君達には無慈悲と言っていいほどに救いがない。あるとすれば、君達のことを親身に思い、行動してくれる提督たちが居ることくらいだ」

総督の言わんとすることがここで分かった。

総督がここまで現状維持に固執するのは、私達とできるだけ長く一緒に過ごすという〝願い”からだった。

誰も望まない戦争が無いように、この深海棲艦との戦争は望まれて継続されているのだ。

戦争がなくなれば、人類など歯牙にも掛けなかった敵を悉く倒した私達艦娘を恐れるだろう、人の姿をしていて、それでいて脅威は一艦艇に勝る、恐れるに十分なモノだろう。

だから、総督は艦娘が必要とされる世界を守ろうとしていた、とても辛く厳しい世界だが、この片足立ちを続ける世界で今まで艦娘は最大限の〝人生”を謳歌してきたのだ。

人類優勢を維持し、勝利を積み重ねていった、それでも決定的な勝利はしなかった。

それが世界にとっては貧しく滅びに瀕する原因をいつまでものさばらせる結果になったのだ。

 「人々の願いなんて勝手なものだ、描く平和の姿だって一人ひとり違う、描く理想だって違う。それが多くの人が望まないものだったのが、この理想(今)だ。戦争がなければ君達は生まれなかったというわけではないだろう、いずれ君達が生まれ、こんどは逆に君たちが戦争の原因になるだろう。皮肉な話だ」

たしかに無慈悲だ、救いはない、生まれる時が違うとも、戦いが起きていたなんて。

自分たちがいつまでも生まれることなく、前世といわれる世界の遺物としていつまでも封印されていればいいのにと思った。

 「それでも、私は今生まれたことを幸運に思っています。願わくもこうなってしまった私達のために努力し、世界さえ投げ打った人達との出会いに。少なくともそうでなくては私もここまで来てはいないだろうし」

 「そう言ってもらえると、あの提督もうれしいだろう。私も少しばかり救われるよ、ありがとう」

彼はそう言って、テーブルに乗っている茶菓子を食べ始めた。

桜の形に彩られた生菓子を、丁寧に竹箸で切って食べている彼を見ると、あまり大事な話をしているような感覚を忘れさせてくれる。

『天津風』も菜の花の形をした生菓子を取って包紙を取って食べてはじめる。

一際甘く、そして満足できる味わいで、とてもこの良さげなお茶と合う。

破斯は、『天津風』が一頻食べ終わるのを伺うと、話を改めて始めた。

 「まあ、ここまで暗い話で君の質問をはぐらかしてしまったが、私の言いたいことは君には伝わったと思う。それでも、まだ伝えていない真実があるんだが、君なりの捉え方をしてもらって構わない。君にとって都合がいいとも都合がわるいとも、勝手に思ってもらって構わない。だが、どちらでも私の責任だ」

 「どういうこと?」

 「先に言うと、君のことだ」

この流れで行くと、そこまで重い話ではなさそうなので、ただ大事な事と捉えて聞くことにした。

どちらにせよ、彼が次何を言い出すかはわからない、逆にそこが少し興味を惹かれる点だろう。

 「君達は艦娘であるから、この戦いが終わったら存在を許されない。じゃあ、もしただの人になれるとしたら、それほど素晴らしいことはないだろう。そう思って、私は、君を、造った」

 「―――どういう」

 「明石も言っただろう、君はこの輪廻から解き放たれた。君は時が来たら全てを無に戻すことができる、艦娘としての自分を克服することができる」

悲惨、だろうか。

幸い、だろうか。

微かにも、この戦いの輪廻から解き放たれた者がここに居た。

 「でも、なんで私なの?」

今まで『天津風』はこの質問を何回しただろう。

 「理由なんてない、偶然だ、誰が選んだわけでもない。強いて言うなら、〝運命”が君を選んだ、というべきかな」

破斯は背もたれに深く凭れ掛かり、深い深いため息をつく。

 「だから、逆に誰の願いでもない、誰が望んだわけでもない、ただ偶然その願いと望みが君に託されただけだ。知らなかったらそれまで、だが知ってしまったら君ならとうする?。そこに私は君に託された価値がある。そしてこれは君だけだ、君以外にはできない」

 「私にだけ助かれと?、この煉獄から抜け出せと言うの?、ただの偶然で、そんな理由で……」

残酷など生ぬるい事実を、一瞬で理解した。。

他に居たはずだ、みんな(艦娘)の望みになれる人物が、私じゃなくてもよかったのに、唯一の生存者になれとみんなが生きているうちに明かされるのは、そんなこと少なくとも他の艦娘達は望むだろうか?私なんかでいいのだろうか?。

 「どう思おうと私は気にしない、だが責任は私にある。だが、知ってしまったならどうするか決めなければいけない。平凡で突出したところのなく、完璧でなく、限りなく人間に近い君は、少なくとも相応しいと思う。それとも、君の深層心理はそれを察していて、そうなるように振舞っていたのか…。何にしろ、私の、私達の勝手だ、本当にすまない」

破斯はテーブルに付かんばかりに頭を下げて謝罪した。

彼に何の責任もないのに、彼に何の罪もないのに、なのに彼が恨めしい、責めることしかできない。

ここまで打ち明けてくれて、感謝すべき対象なのに、個人としてそれを否定せざるを得ない。

もはや責める理由は、個人、全体(艦娘)全てにある。

 「君はもっと、もっと特別な艦娘こそなるべきだったと思っているだろう。だがそれでは駄目だ、本末転倒だ。いやはっきり言い直そう、君でなければダメだった」

力強く彼ははっきりと言った。

何故か『天津風』の涙は止まった、彼はまっすぐに見つめている。

誰かに求められる、誰かに必要とされる、誰かに信頼される、誰かに託される。

彼への恨みの感情は消え去った。

 「…本当に、私で良いんですか?」

 「いいかい、君は島風に会っているね?。彼女をどう思う?」

 「……」

『天津風』は沈黙で答えた。

 「君が口を噤むのも無理はない。君の義姉妹は見事に兵器として完成している、そして彼女を造ったのも私だ。高速度に於ける迅速な状況判断や、その速度に耐えうる身体、そして〝最速”に恥じない性能…」

 「それがあの姿だと……!」

『天津風』は『島風』の状況を刻々と説明した。

しばらく考えて彼は口を開く。

 「なんてことだ…」

彼は懸想を変えてイスから立ち上がった。

慌てた様子でその場で立ちすくみ、そして深呼吸してまた座り直した。

 「…それなら仕方がない、私の責任だ」

その言葉を『天津風』は初めて疑った、彼の言葉でこれほど欺瞞に満ちた言葉は無かった。

 「本当にあなたがしたんですか?」

 「……いや、私がそうさせたと言っても無理はない。彼女は、もはや現状生きているのがやっとの状態なんだ」

 「えっ―――」

 「彼女は高速度域での思わぬことに反応できる、いわゆる〝勘”というものを疑似的に実装した艦娘なんだ、あの回避力を活かせる直感を最初から持っている。つまり、すでに彼女には直観を発動させるに足る経験値がある程度貯まっている、この時点ですでにお察しだろう。そして彼女の再生能力はもはや艦娘という枠の限界に達している、彼女は全力航行するだけで身体にダメージが蓄積する、それも外傷ではない、体の根幹から傷ついて行くんだ、だから彼女は全力航行によって蓄積したダメージをほぼ体を作り直すことで〝消して”いる。それによる細胞の劣化と摩耗は激しい。君がもし彼女の負傷したところ見ていたならわかるだろう、彼女の傷の治りはもはや外傷に限っては遅い部類に入る。彼女で限界だったんだ、技術の、艦娘の、私の」

痛いほど的を射ていた。

『島風』の手の裂傷、本来の艦娘ならあそこまで酷く出血しない、そしてすぐ直る。

そしてその再生能力があるなら、痛覚を麻痺させることなど必要ない。

『天津風』は知らぬ間に、本当の『島風』を見ていたのだ。

 「悪いが彼女が特異のいい例だ、艦娘としてみたらあれほど強力な駒はない、だがそれは同時に人からかけ離れているということになる。ではどんな艦娘が人になれる起因を持つか、それはどれだけ平凡で普通かが問われる。ありふれた答えだが、理屈的にもその他の理由でも都合がいい。だって強くて功績が目立つ艦娘が人として世間に出たら、一部の人にバレやすくなるし、なにより艦娘同士の間で著名でも、絶対ないとはが思うが恨みを買うかもしれない」

 「どうりで選ばれた者の特別感が無いわけよ、納得だわ、残念ながらね。そして島風のこと、あなたはどう考えても悪くないわ、あなたがするとは考えられない」

『天津風』の言葉に破斯はしばらく黙ったままだったが、少しして再び口を開いた。

 「あまり言い聞こえはしないと思うが、おそらく彼女の担当医か担当研究者が彼女のため思って強行性神経遮断薬を投薬したんだろう。精神的な負担は減るだろうが、どちらにしても、副作用による身体的負担は増える。苦渋の決断だったのだろう」

立場によって意見が変わるという考えは間違っていなかったようだ。

今になれば、妥当な判断だと考えられる、彼女のことを考えるならなおさらだろう。

 「そう、少し言い過ぎたわね」

 「言われても仕方がない、元よりその覚悟あってのことだろうしね。でもどうだろう、君が特別なところはない、でも艦娘からすればそれが特別っていうオチだ。納得いただけたかな?」

『明石』が人間に近いと言っていた理由は、何もそんな難しいことではないようだ。

やはり『明石』は話し相手を驚かせるために話を誇張するようだ、提督が信じないのも無理はない、『天津風』も彼の話がなかったら十割信じなかっただろう、今は五割信じている。

 「あとは、君次第だ。時が来たら、決断を迫られる、それまでにゆっくり考えていてほしい。だがそう遠くはないはずだ。まぁ、私としては、世界の拒否反応が全くなく、温和に済むことを期待しているんだが、そうならない保証があるから私は君に賭けたんだがね」

 「そうならない保障?」

 「いずれ分かるよ」

どうしてこの手の役職の人ははぐらかすのが好きなのかと、『天津風』はため息をつく。

探求心の塊の彼らなら苦にならないだろうが、今すぐ答えが欲しい『天津風』はすぐにでもその保証とやらを知りたかった。

だが、それを知る機会はすぐに訪れそうだ。

 「これからは色々なものの動きに気を付けたまえ、君自信を、いや艦娘のみならず人類を左右しかねない懸念がある」

 「そんな馬鹿な」

二人の会話は九時を告げる時計が一区切りを入れてくれた。

 「さてと、いい時間だ。君の知りたいことを話すことができたかな?」

破斯は湯呑と包紙のゴミを片付けてイスを立った。

 「よくわからなかった私というものをようやく知ることができたわ。今まで艦娘のことや歴史の授業だけだったもの。でも私にこんな重荷があるってこと、私の提督は知ってるの?」

 「ああ、知ってるよ。私達のような者が説明する前から、君が艦娘の中で特別ということにはね。艦娘達の希望という事は追々話したが、どうしてそんなことができたかは本人に聞いてみな」

 「知ってるんですか?」

にやけるばかりで破斯は答えなかった。

どうしてこう意地の悪い奴らばかりなのかとうんざりした。

 「でも、君の提督は、少し他の提督とは事情が違うからね。それについて聞くいいチャンスだと思うよ?」

 「総督の息子ということですか?」

 「いやまあ、そんなことではないが…。聞いてないのか?というか気づいてないのか?」

 「なんのことよ」

 「うんまあいいんだ、それこそいつか気付くよ。だがいい加減に気付いてやってくれ、君のツンデレは効くからね」

そう言い残して破斯は先に待合室を出て行った。

『天津風』は首を傾げるばかりだった。

 「ここまで聞いといて何ですけど、あなた本当に艦娘の研究者なの?」

破斯に続いて『天津風』も部屋の灯りを消して外に出る。

 「そう思われても仕方がないなぁ。見た目は冴えない中年と自負している、なによりノーガードだし。だが私自信も、無防備じゃない」

彼は手に掛けるスーツの内ポケットから小指ほどの小さな瓶を出した。

褐色の瓶はシールで蓋が封印され、蓋の色も毒々しい黄色になっている。

 「自決用のシアン系の毒素だ、神経系にすぐさま作用し、数分で死ぬ。これは国のお奉行が去年持たせてくれたものだ、これが何を意味するか分かるか?」

『天津風』は両手で口元を抑えた。

自死、という最大の武装。

彼が命の危機に瀕するというのは覚悟の上だ、護衛がついていれば防げる。

しかしもし拉致や誘拐でもされたら、国としてはたまったものではない。

殉教者よろしく孤高の技術のために死ぬことをこの研究者も誓っているのだ。

 「そんなこと、国が許すんですか?」

国としては最善、人として最悪の手段を彼は常に迫られている。

 「時期が時期だしね、あと去年から私はお役御免になったんでね。いわゆるOBってやつだ。まあだからといって何だという事なんだが…」

微笑ましく彼は語った。

第一線を去った彼ですら、ここまでの事を迫られる業界なのがこの研究なのだ。

そういわんばかりに彼は軽く言い放った。

 「ふん、まあこれも信頼の賜物だからね、〝いざとなったら死んでくれる”という信頼の下にこれを渡された。シャバから見れば有難迷惑な信頼だろうがね」

 「笑い話じゃないですよ、もっと警戒してください。仮にも私達の生みの親なのでしょう」

 「はっきりそう言えるなら、私も胸を張れるんだがねぇ。そこらへん少し複雑なんだ、詮索は無意味なレベルでね」

 「どういう…」

この件についての詰問を『天津風』は諦める。

 「艦娘達の優しさと信頼あっての君と私だ、皆のためにも十分に奮闘してくれたまえ。じゃ」

彼は勝手に会話を切り上げて部屋に部屋に戻って言った。

 「あっ、あの」

 「なんだい、こっからさきは別料金だぞ」

以外にも破斯は冗談が上手くないようだ。

かれは満足し切った顔を『天津風』に向ける。

 「あの、ありがとうございました」

 「……ふん、どういたしまして」

彼は勿体ぶってそれ以上喋らなかった。

そしてそのまま部屋に帰っていった。

どことない緊張から解き放たれた『天津風』はその場に腰を下ろす

だが、やっと別れたという落ち付きの中、大事なことを思い出した。

しかしその問いに答えるものは目の前から消えてしまった。




大分遅くなってしまいすみません。
わからないところ、以前より辻褄があっていないところなどがあったら、ご指摘お願いします。
ここからスパートかけていくのでよろしくお願いします。

19件のお気に入り登録ありがとうございます。
これからも沢山のフレンズに楽しんでもらえるように頑張りますのでよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。