駅に行くと、舎内はとんでもない忙しさだった。
すぐにもと居た第五師団鎮守府連隊区中央駅に戻る列車に案内が出た。
しかし、それでも列車の出発には一時間以上かかった。
機関車はC58が三重連され、客車五両に海軍のマークが入った貨車が十両以上、大きな車両運搬車が数量繋がれた。
おおよそ三十両規模の編成になり、昼前に食料品の積み込みが終わるとすぐさま出発した。
帝都に来た時のような個室のある客車ではないが、ちゃんとした一等車が一両に二等車が四両繋がれている。
一等はがら空き、二等は満載と言う感じだ。
そしてこの車両には電話の類が敷設されているらしく、たびたび扉を空けて車掌が提督と准将を呼び出した。
『天津風』は今自分が巻き込まれている状況が分からずにイライラしていた。
出された紅茶を三杯飲み干し、四杯目のカップに砂糖を一個投げ込む所だ。
提督がブリーフケースを持って先頭にあるこの一等車に戻ってきた。
「後ろの貨客車に放り込まれたよ」
心底疲れた様子で提督は『天津風』の隣のソファーに腰掛ける、准将は真正面で煙草を吹かす。
「ねえ教えて、これから何が起こるの?」
提督はまずブリーフケースの中からまたスチールでできた頑丈そうなケースを取り出し、南京錠の鍵を開けて中にある三つ折りの分厚い書類を取り出した。
「いいか天津風、この国は今世界の十分の一の領土を誇る巨大な国家だ、しかも海上においてはこの国の右に出るものはそうない。そんな国がいままでどうやって各国からの支持を集め、支援を得られていたのか。それは〝まだ国には侵攻していないから”なんだ、いままでは各国の孤立した植民地に侵攻して統治してきた。だがそれはあくまで国連特権の与えられた軍だから許されたこと。しかしそれでも国として成り立った土地には侵攻してはいけないという条件がある。しかし今回下令された南方海域強襲偵察は、陸軍の南方作戦とも呼応している。そしてこの南方作戦というのが曲者だ」
提督はケースから出した書類を『天津風』の前のテーブルに置いた。
書類は、海軍の関係者なら皆武者震いするであろう『大海令』と書いてある。
『南方海域強襲及ビ侵出・新ZⅡ号作戦』
「これが、大海令…」
『天津風』は固唾を呑んで眺める。
「私も初めてお目にかかりますねぇ」
准将は灰皿に吸いカスを擦り付け、興味津々に眺めた。
「毎回思うんですけど、准将に見せていいんですか?」
提督は心配する『天津風』の頭に手を乗せた。
「大丈夫だ、たぶん」
「えぇ……」
『天津風』は下から覗くように准将を見たが、彼女はわざとらしい笑みを浮かべて見せるだけだった。
提督はまた書類を出した。
「えぇ?」
准将は首を傾げる。
提督が出したのは、墨で黒く塗りつぶされているが、陸軍の『南方作戦・乙』と書かれている紛れもない〝陸軍”の書類だ。
「どうやら汚いのは、海軍の方だったな」
陸軍の機密書類が何故ここにあるかは今は追及すべきではない、と准将と『天津風』は思った。
「南方作戦は、准将なら多少は知っているだろうが、南端にある濠大陸への侵出作戦を意味する。だがそれは国連関係の問題でずっとお流れだったはずのものだ。だがなぜこのタイミングなのかは知らないがこの作戦の実行が下令された」
濠大陸はセント・ブリテン王国の旧植民地だったが、鉱産資源などが発見されてから半独立状態で現在までに至っている。
これはこの国が有する国連特権におけるグレーゾーンであったため、今まで一度しか作戦議題の中に出てきていない、それが南方作戦である。
そして本年度から始まっていた『南方作戦・甲』案は海軍の同意で施行されていたが、それは濠大陸が作戦の矛先から外れていたためだった。
だから、今回海軍が今まで消極的だった濠大陸を含む作戦の展開に踏み切ったかは全くの不可解である。
「もとから途中で方針転換するつもりだったのか、それとも何らかの準備が整ったためにこうなったのか、図りかねますね」
准将はソファーに浅く座り直した。
「どちらにせよ、私達の知っている南方海域強襲偵察を含む新ZⅡ号作戦は、陸軍との合同作戦であることが衆知だ。そしてこの作戦は多段階作戦、ということはすでに戦線では何らかの動きが始まっている可能性がある。一番心配なのは、俺の担当している泊地が仮にも本作戦の最前線であるということだ」
提督が心配していることは『天津風』にも分かった。
海軍には序列によって伝達される命令が違う事がある。
大した規模でないなら直接前線に下令される、そしてそれは簪年艦隊でも一緒だ。
所詮、海軍の一組織でしかないため、たびたび提督達の知らない小規模な作戦行動を艦娘達が行っていることがある。
もちろん、小規模な作戦というのはかなり小規模で、演習や模擬戦、果ては戦闘を含まない任務まで含まれる。
だが、今回は大本の作戦が大きいだけに、このような提督達を通過しない直接的な命令が艦娘達を危険にさらしていないかが心配なのだろう。
少し行き過ぎた心配にも思われるが、現場に居ないことが今は一番の懸念事項だ。
「どれくらいで帰れるの?」
「船のほうが間違いなく早く準備できるが、飛行機でも行けないことはない、だがそうなると五日はかかる。どっちがいい?」
提督は『天津風』の問いに問いで答える。
「それは、もちろん……。ふ、船で……」
「心配しなくてもいい、安全では空に劣るだろうが、今回は恐らく大きな船団になる、そうなれば簪年艦隊の護総隊が護衛についてくれるだろう、多分」
「なんで〝多分”がつくのよ」
とにかく、ここからは来た時と同じ時間、つまり一日はかかるので、その間に考えられることは考えられるだろう。
基本的に後ろの車両には行かないようにと提督が言ったが、准将が『天津風』を「暇だから」と引きずって行った。
二両目から四両目までは二等車、前言の通り満員だがそれでも二等車、そこまでぎゅうぎゅう詰めという訳ではなく、綺麗に席が埋まっているというものだ。
准将は階級章のついた上着を一等車に置いて行ったため、煩わしい高官扱いを受けずに済んだが、『天津風』はただでさえ目立って仕方がなかった。
客車を過ぎると貨車が続き、軍需関係の荷物だけでなく、砂糖や米などの一般徴用品や、普通海軍歩兵が装備している武器弾薬が木箱に詰められ乗せられている。
また途中には家畜車があり、ニワトリやブタなどの食肉になる動物の類も一緒に揺られていた。
一番後ろ側の車両車まで来ると、完全に吹き曝しになり、夕暮れの森の凍える風が二人を後ろへと誘う。
「おやおやこれは」
准将は布の被せられた大きな車両に興味を示す。
大きさは幅と高さ3メートル、奥行き7メートルほどあり、飛び出す長い布が砲を思わせるところを見ると戦車か何かを思わせる。
「こいつは驚いた、第三帝国のお土産じゃないか」
布の下から覗くと、大きな鉄の塊が顔を見せた。
「これはⅣ号戦車、言わずと知れたかっちょいいヴァイマール帝国の中戦車。砲が長いのを見るとF2型以降のものだろうね」
准将は興味津々に布の中に潜って行ってしまった。
「随分詳しいのね」
『天津風』は強い風を避けるために戦車の後ろに屈む。
「もちろん、一応ヴァイマールには行ったことがある、短期滞在だったがね」
「海外に行けたの?」
「うん、まあそう思われても仕方がないだろう。ちょっと大陸の陸軍のコネを借りてね…」
後ろにも、このような大きな鉄の塊が布に包まれ列車に揺られている。
このような車両車が十二両あり、これが全て輸入品、それでなくても他国の技術によって作られたライセンス品だとすると、今回の作戦への力の入れようが伺える。
「まだやってるんですか…。早く帰りましょうよ、寒いです」
「ええ、そう?じゃあ帰ろうか」
日本にⅣ号戦車はどうかと思いましたが、旧日本陸軍はティーガーⅠを持ってこようとしていたので無理はないと思います。
というか、お国柄的にⅣ号のほうがいいんじゃないかと個人的には思っていたりします。
〈あとがきのあとがき〉
私ことですが、今春をもって陸上自衛隊に入隊しました。
詳しいことは言えませんが配属は鹿児島の国分駐屯地です。
春期休暇の内にできるだけ投稿したいと思っています。
駐屯地内でも少しずつは書き進めていましたが、雀の涙でした。
今後もこんな調子で頑張りますので、見守っていただければ幸いです。