早朝、第五師団鎮守府連隊区中央駅に戻ってきてみれば、そこは来た時とは別世界だった。
湾内には数十隻の全長100メートル強の軍艦が浮かび、四月初頭まで『天津風』の居た海軍司令部はまさしく同じ場所とは思えない活気で満ちているように見える。
「あんな軍艦いままでどこにいたの」
『天津風』は駅に着くなり荷物そっちのけで駅のピロティ―から海を眺めた。
「大きさなんかで分類訳があるが、どこそこに分散保管してるんだ。大海令でも出ない限り、あんなフネはずっとカモフネットの下だよ」
二人の荷物がたっぷり入ったボストンバック二つをもって提督は車のエンジンを回す。
運転手はつけないように頼んでおいたので、例のトラクシオンだけが置かれていた。
准将は「じゃあ」と言って別の車にのってどこかにそそくさと行ってしまう、だが気にかけるほどでもない、どうせ乗る船は同じと彼女は言っていた。
太陽を湛える海に、軍艦は黒く影のように映り、黒煙はさながら雲のようだ。
街には軍用車だけだが車が行きかい、通りは荷物で溢れる、これぞ軍港の下町といった感じだ。
海軍司令部の門は開け放たれ、潜る車すべてがそこを素通りしていった。
敷地内の簪司科棟の横に車を適当に止めて中に入り、記憶を頼りに提督は二階のオフィスに向かった。
もともとはここで勤務していた提督だが、それも長くは続かなかったと記憶ある。
二階に上がると、本土近海担当の提督がオフィスで寂しく一人で待っていた。
「久しぶりだ、会議の時以来か?」
彼は少将、部下に当たるが、一応同職なので訳隔たりは無い。
提督達とは多少面識があるが、会うのが一年で一桁回なので、仲の良し悪しはそこそこだ。
「またお留守番とは気の毒だ」
提督は会うなり先に『天津風』を入り口横のソファーに座らせた。
有難迷惑に座ると目の前にはすでに今回の作戦関係の書類が置いてある。
察してくれとのことなのか、『天津風』は先にこの書類をめくっておくことにした。
「何を言う、担当場所から離れる方が問題だろう?」
「言ってくれる」
提督もまた彼から作戦要項を受け取り、パラパラとめくる。
「健闘を祈るよ、中将」
「お前の艦隊からは誰が来るんだ?」
提督は握手を交わすと、用が終わったと言わんばかりに『天津風』に立つように示した。
「一個水雷戦隊と一個戦隊が出る、もっともうちの主力は武蔵だけだから、それ以外は微々たるものだよ」
「最強を遣すというのに随分謙遜なさるので」
「えぇ!?、武蔵さん出てくるんですか!?」
『天津風』が驚くのは当然だろう。
色々な意味で、奥の手である大和型の出陣はあまり良くないことだからだ。
だが、いままで公然と知られているが、一番艦(ネームシップ)は名前だけ存在しているがずっと除籍扱いなのだ。
この際、そのことについても知れたらと『天津風』は思っている。
一通り別れの挨拶をして建物を出ると、外のグラウンドでは出陣式をしているのだろうか陸戦隊が二個大隊ほど整列している。
「今回結構、船団?大きくない?」
『天津風』は階段を提督より先に降りる。
「船団と言うより、もはや艦隊に近いだろうな」
1キロ先にある埠頭にはかなり高いマストが顔を出している。
その他にも、目の前には多くの輸送船や駆逐艦が横付けされて荷物が次々と積み込まれる。
これが本来のあるべき姿なのだろうが、普段の静か過ぎる風景に慣れたせいか少し変に見えてしまう。
「さて、昼には第一分艦隊が抜錨するらしいから、とっとと乗り込もう」
今提督が貰ったのが、今回の作戦の詳細要項及び提督の担当作戦、『天津風』が持ってきたのが作戦の参加兵力だ。
歩きながら読むようなものではないが、『天津風』はとりあえず読むことにした。
今回参加する主力戦力、つまり海軍で言う艦娘は人数にして合計百七十四人の大艦隊、一般艦艇合計二百八隻の大所帯。
陸軍の出番はそのあとで、合計三六個師団が投入されるらしいが、それを運ぶのも船の仕事なので結局は後役者だ。
陸海軍も合わせれば約四十個師団、四百万人以上が参加する大作戦になる。
そして参加する船舶は三百隻強、今ある船舶を全て導入するに等しい。
そうこうしている間に、ハンマーヘッドクレーンの並ぶ埠頭の入り口に到着した。
ここが、あの寂しく一隻船が繋がれていた港とは思えない。
埠頭には乗り込む軍人が列を成し、その一部に一際物理的に華やかな一団がある。
「あれ全員艦娘?」
『天津風』が聞いた。
「多分、しかし多い。あれだけで三十人以上は居るんじゃないか」
二人は人込みと日差しを避けるように、脇に並ぶ倉庫の中を通って浮桟橋の上に整列する艦娘の一団に接近した。
整列して艦に乗り込もうとしているのは、本土近海担当の提督隷下の第十一水雷戦隊だ、最後尾に『長良』と『武蔵』が居る。
そして今乗り込もうとしているのは、ヴァイマール帝国の戦艦である。
艦尾を陸に向けて停泊しているこの戦艦の名前はノルデン・フリジア級戦艦四番艦エギルマール、この連合艦隊第二輸送群の旗艦だ。
いわゆる譲渡艦で、大陸で放置されていたもをそのまま編入したものだ。
二十年ほど前の弩級戦艦で、近代化改装で無理矢理使っているようなものだろう。
全長170メートル弱、連装砲が前後と左右に二つずつ合計六基備え付けられている、副砲があったであろう場所には所狭しと対空砲や機銃が増設されていた。
上甲板から艦橋下の士官室に通され、部屋に落ち着く間もなく艦長と面会を求められた。
この船に乗る軍人としては提督が最高階級らしく、有事の指揮官と責任者は提督に押し付けられることになっているらしい。
「天津風も行くか?」
「いいえ、なんかもう疲れたわ。ちょっとあっちこっち行き過ぎじゃない?」
「少なくとも君はゆっくりして欲しいもんだ。こういう時ぐらい俺は働かないとな」
そう言って提督は『天津風』を士官室に置いて艦橋へ向かった。
『天津風』の残された士官室は、ベッド二つに舷窓一つ、本棚と小さな机が一セット、広さは畳で六畳ほど、艦のスペースとしては広いほうなのだろうが、如何せん天井が低い。
外の廊下には忙しく行きかう乗組員達の足音が聞こえ、微かに艦の機関音が響いてくる。
あくまで戦闘艦なので、居心地など二の次だが、『天津風』としては一番落ち着けた。
これからここでどう動くことになるかわからないので、まだ着替えることは出来ないが、上着を脱いでベッドに横になることは出来るだろう。
提督の方は環境に上がるなり挨拶もなしにこれからの航海について艦長と水先案内人から相談を受けた。
仮にも対深海棲艦の専門家の代表である提督であるが、あまりに初歩的な事を聞かれるので、途中から一般人に説明するつもりで海図を眺めていた。
確かにいままで散々な目に遭って来ているので、嫌悪するのはわかるが忘却することでは解決しない。
あまりに嫌うが故に対象の事を全く考えない、ただそうであるという認識では以前からの変化は望めないだろう。
だが、そのような考え方の彼ら特有のものかもしれない。
一度海に関係を持つ仕事に就きながら、その能力を揮うことを阻害され、なおかつ十分に抗う力も与えられなかったのだから。
考えなかった、忘れた、というより考える、記憶することを許されない立場だったのだろう。
どのみち航路については今年から定められた比較的安全なルートを覚えている、それを提案しない手はない。
列島の島々に沿い、外洋では最短ルートを突っ切る大胆な航路だが、今回渡航するのは民間船ではない、だから多少の犠牲は考慮の内だ。
それに、今回は十二分な護衛が付いている、このコースなら二日で比島北本島に到着できるだろう。
補給についても、自分たちで完結している艦隊だからこそ無補給で目的地に到着できる。
海図に予定航路を
書いていき、それらを他の役職、例えば航海長がそれらを把握する、ここら辺は船なら共通だ。
あとは各地点、海峡通過や島嶼を抜ける時の陣形を艦長を詳言して、ひとまずブリッジに上がらせてもらった。
人の多い息の詰まりそうな航海艦橋とはうって変わって、羅針盤と双眼鏡、測距義が並ぶ最上階のブリッジは、穏やかな波風と行き交う小舟が見渡せた。
改めて提督は今回の艦隊の規模の大きさを目で実感した。
ここに居る戦闘艦艇だけでも二十は優に超えるだろう、今見てもちょっとした観艦式のようだ。
目の前には30.5センチ連装砲が鎮座し、識別のために砲塔天井に大きく赤色の丸が描かれている。
上を見れば電探を増設された三脚マストがそびえる、背後の煙突は一本に集束されているようだ。
艦長は、この旗艦と先頭を行く艦艇を見える限り紹介してくれた。
どれも旧式戦艦や巡洋艦ばかりだが、そこらの駆逐艦の数倍は頑丈だ。
11時を告げるサイレンが港に鳴り響き、先行する簪年艦隊の海上護衛総隊が抜錨する。
ここに駐留する海上護衛総隊は一個任務部隊しかないため、先行させ哨戒を主任務に振り分ける、主たる護衛はこの艦に乗艦している第十一水雷戦隊が請け負うことになっている。
そして、作戦の開始が静かに宣言された。
「〝出港準備、各指揮官艦橋!!”」
伝声管で出港準備が下令される。
提督も出港準備という掛け声に関して言えば、今でも初心を忘れることが出来ない、海兵ならば一度は通る航海訓練、提督も例外ではない。
艦長は一礼すると航海艦橋に戻って行った。
提督も一通り気分転換も済ませたところで、改めて気を引き締め士官室に戻るラッタルを急いで下る。
待ち惚ける『天津風』は、途中ウトウトしていたが、外がジタバタしているので寝るに寝られないでいた。
「はい、お待たせ」
提督は飲み物として調達したコーヒーを二杯携えて帰ってきた。
「遅い!」
「すまんすまん」
『天津風』のために砂糖とミルクを大量に入れたコーヒーと、真っ黒な濃いめのコーヒーを机に置く。
少し蒸し暑かったので『天津風』は舷窓を空けていたが、出港準備とのことだったので一応閉めることにした。
「なんかこのコーヒー白過ぎない…?」
「それくらいがいかなと思って」
提督もどれくらいの砂糖とミルクが投入されているか見当がつかない。
「これからまた艦内を移動したりしないの」
「飯の時くらいだな」
「ならいいわ」
『天津風』の当面の懸念事項であった服装は解禁された。
上着は生地が固く温かいものの着心地はお世辞にも良いとは言えないものだ、さらに階級章や勲章徽章のせいで取り回しも悪い。
「これからどうするの?」
飲み物を二の次に『天津風』は尋ねる。
「とりあえず比島から泊地に戻ることになる、今回の作戦は俺たちの泊地が拠点になるらしいからな、にぎやかで結構だろう」
「そういうことじゃなくて、始まっちゃったものはしょうがないけど、この作戦どうにかなんないの?」
「ああ、そういう…」
提督はもうコーヒーを飲み干していた。
「まず、保身ではないが、海軍の作戦行動は国連に及ぶ正当な行動だろう、なんせ今の国に領海なんてないからどこの海に繰り出しても関係ないからな。問題はその後だ、陸軍が濠大陸に上陸をするようなら、そこは黙っておけない。だが、どうしようもないのがなぁ…」
「中将でしょう、どうにかしてよ。それに他の提督にも呼び掛けたりとかして」
「そうは言っても、物理的に距離があるからな。というかこういう風に共謀しないように提督は離されてるんだろうがな。どこかにちょっとでも強い深海棲艦が居たら、それを理由にして作戦を中断させたり延期にしたりはできるが」
「そんなのいるの?」
「あと一人、いるはずなんだが。どうせ太平洋のど真ん中だからなぁ、それにそんな強敵は相手にしたくないもんだろう?」
『天津風』はここでやっと彼も一軍人でしかないということを思い知らされた。
高い階級であり、力もあるが、それ故に色々なものが課せられ、制限されている。
良くできた組織だと、悪い意味で感心せざるを得ないだろう。
「っちょっと!これ甘すぎよ!」
「そうか?」
「どんだけ甘党だと思ってるのよ、確かに甘いもの好きだけど限度ってものがあるでしょう」
「いやぁ、すまんすまん」
気を利かせてくれたのだろうが、少なくともこの珈琲は半分砂糖とミルクでできていることを疑うレベルで甘い。
それでも提督に悪いのでそれ以降は黙って『天津風』は飲み続けた。
今度は自分で調達しなければと心に誓った。
緊急警報のベルが艦内に鳴り響き、出港のため乗組員が甲板に集められる。
提督も、一応高官としてブリッジで見守るようにとのことだ、せっかくなので『天津風』も提督と一緒にブリッジに上がる。
このエギルマールは割かし早くここに入港したのか、目の前には200メートル級の大型輸送船が着岸している、そのため一旦タグボートで横に動かして出港することになる。
艦首から舫が解かれ、鎖が乗組員によって真水で洗われる。
マストの上では出港のための手順を進めるために手先信号で知らせている。
一番後ろの舫が解かれると、艦長が信号員に出港を知らせるラッパを吹かせ、艦首艦尾では乗組員が並び、甲板長の指示で帽子を振る。
「出港、用意!!」
艦長が艦全体に艦体が離岸したこと伝えた。
二隻のタグボートがエンジンを思い切り吹かし、太いロープを引っ張って艦を離岸させていった。
埠頭とある程度の間隔が開くと、航海長が機関始動を指示した。
後ろの煙突から火の粉が舞い、勢いよく黒煙が吹き上がった。
「曳航感謝する」
艦長がタグボートが仕事を終えて脇に退くのを確認した。
「舫離せー!」
甲板上では最後の舫が埠頭側に回収された。
「機関、前進微速。出港!」
艦体にタービンの振動が響き、艦尾から波が起つ。
他の埠頭から、第一陣の艦隊が出港し、湾内に終結しつつあった。
エギルマールが湾内に出るまで十分とかからなかった、極めて手際が良いと言えるだろう。
引き続き艦尾では舫の整理が続いているが、後部マストにはユニフォーム、ウィスキーの信号旗と数字旗の1が掲げられ、それらの上に中将旗が翻った。
湾を出る時に、長い警笛が鳴らされ、旗艦が先頭を切って外洋に出た。
「連合艦隊第二輸送群、抜錨。十浬先で密集輪形陣に移行せよ」
艦長は一通りの指示が終わると航海艦橋に戻ることになっているが、彼も久しぶりの艦隊行動との事で、提督としばらく後続艦の列を眺めていた。
『天津風』も戦列を眺めて圧巻されていた、やはり実艦がこのように並ぶのでは全く迫力が違う。
「一日でよくこんなに軍艦が揃うものね」
「みんな暇だったんだろう、待ちに待った出陣という感じだな」
「海に出てこその船よ、提督も艦上に居たほうが映えるんじゃない?」
「そうだといいんだがね」
ブリッジも忙しくなってきたので、2人は士官室に戻ることにした。
艦長も提督がブリッジから降りるので適切な礼節で二人を見送る。
近海の島々を縫って、連合艦隊第二輸送群の五十四隻はひとまず無事に抜錨した。
本作中の戦艦エギルマールはドイツの弩級戦艦ヘルゴラント級をお手本にしています。
本級の四番艦オルデンブルグは、第一次世界大戦後に賠償艦として日本に譲渡されていましたが、これを当時の海軍はオランダへ売り飛ばしてしまいました。
本作では日本で活躍?してもらいたいと思い登場させました。
次の投稿まで間が空きそうですが、今後とも末永くお願いします。
途中でぶっちぎって終わらせる気は毛頭ないので、これからも頑張ります。
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