天(そら)別つ風   作:Ventisca

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前章より続けて投稿です。


第参拾玖 ビスマルク海、離脱

 午前三時、追加の自衛用対空兵装を破棄し装備が20キロ程軽くなった、そして補給艦娘二十隻で編成された旧松3号船団が補給を終えて泊地に帰投した。

約一日旧ロレンガウに滞在している間に、必ず一人一回の軽食と二時間の仮眠をとっている、これから先は十分の休憩すら愛しくなるだろう。

これより艦隊は角度零度で南方に転進する、速度を一切緩めず航路も変えない、最小限の回避を交えつつ強行突破する戦略だ。

何もない海原、ビスマルク海は最長幅200キロ強、そのど真ん中を突っ切る理由は全くシンプルで、今までの作戦では島嶼を縫って進行していたためその逆との事、勿論他にも広い所の方が敵の偵察に掴まる可能性も低くなるという事、アンブッシュが避けられるという事その他諸々の理由があるが、いずれにせよ以上の安全性は敵との接触を前提としない物であり、発見されたら最後だ。

 「作戦旗艦神通より通達、陣形を単縦陣へ移行、以降は日の出まで一切の無線通信を封鎖し夜間は灯火管制を実施。対空対潜見張りを厳とせよ。艦隊三戦速!」

沈黙が錨を下ろし、艦隊は焦りと恐怖に駆られて進軍を再開した。

何一つ無い海原には、光らしい光源はもはや眼球には捉えられず、蹴立てる波も、腕の国籍識別章も、互いの存在も曖昧になる、日が昇るまでの残り二時間三八分間は、練度による速度統一と手元の羅針盤のみで進路と間隔を揃え続ける。

風を切る音が耳を塞ぎ、視界は消され五感が自然と内面に研ぎ澄まされるが、傾けるべき志向も、執るべき行動も今は全てが拘束された、宛ら陸の夜間行軍のようだ。

普通、こういう時は作戦を頭の中でシュミレートしたり、戦闘における立ち回りを考えたりするものだ、若しくは、昔の事に思いを馳せる、暇なときはこういう一種の想像・妄想・回想でやり過ごすように人間は処理回路構築(プログラミング)されている。

だが『天津風』はそれが大嫌いだ、その行為は自分を否定するこのに他ならない。

思い返しても、一般的ないい思い出なんて持ち合わせていない、いいモノかもあまりわからない。

目の前で血が流れたり、自分が逆境に立ったりすれば、それは嫌な思い出あることは明確だろう。

でも、自分の意思に関係なく連れまわされたり、長い時間待たされたり、変な人と出会ったり、会いたい人に会えなかったり、好きかどうかイマイチわからない存在ができたりするのは、果たしてどちらなのだろうか?

愚問と言えば、難問という人も居た、それはもちろん人によって違うという極論によって踏破されてしまう。

そしてそのキメ台詞を吐くのは決まって私達・艦娘だ。

いや違う、みんなそこまでしか答えを用意していないからだろう、そこから「じゃあ貴女は?」と聞くと曖昧な答えが飛んでくる。

みんな、情報としてしか思いでを記憶していない、無論自分もそうだが“思い出”というのは自分の価値観と偏見を通し餞別して脳に記録するものだと自分で勝手に考えている。

記憶から記録して思い出に昇華する、そんな事を本で読んだ、所詮他人の知識だから採用するかは本人次第、そこにも自分の価値観と偏見が適応される。

以上の根拠と理由から、想像・妄想・回想はそもそも嫌いという話だ、思い返すぐらいな何時でもしている。

そして、こんな事を考えている時点でかなりの妄想癖だと諦めて深く溜息を吐いた。

ついでにさっき食べた乾パンを吐かせてやろうか?と、暗号通信のモールスで気圧の谷が接近していることが告げられた。

波高5メートルの緩やかな荒海に突入し、陣形維持が難関となった、日の出まであと一時間弱耐えなければならない。

『時津風』は今みたいに波高が高い日に、海抜の差を使ってぴょんぴょん飛び跳ねるのが大好きだ、どうせいまもやってるんだろうと後方に耳を澄ましてみると、案の定、着水音が二十秒置きくらいに聞こえてきた。

本当に無邪気と御転婆を体現したような姉妹だと再認識する。

そうこうしている間に水平線が白くなり、北東が日の出を教える。

 「おかしいわ、日の出が予告より十分以上早い?」

『神通』は日の出を確認すると無線封鎖を解除する、だが最初の一言は不安を装った。

 「“東に流されているのかしら―――?”」

航海羅針士の『初風』が助言する。

もしそうだとしたら『神通』の腹積もりが一つ破綻することになる。

ビスマルク海の南側出口である旧ヴィティアス海峡と旧ダンピール海峡は、どちらを通るかによって突破難易度が雲泥の差であることが旧地図と一緒に見つかった文献から分かっている。

もっとも、海峡を作っている真ん中の島であるウンヴォイ島は綺麗サッパリ無くなっており、海抜-200メートルまで削られた島であっただろう物は地図に記されている。

そして今、50キロ先に迫っているのは旧ダンピール海峡である。

 「なんてこと……」

もちろん、マズい方は旧ダンピール海峡だが進路を変更しようにも現在滞在している気圧の谷の影響で発生した強風のせいで艦隊の陣形がキロ単位で乱れてしまっている、再構築するには短くても一時間は費やしてしまう、それほどの時間をこの海域で費やすわけにはいかない。

こうしている間にも艦隊は“体力”を消耗している、一刻どころか一秒が惜しい今はルート(最善策)の選択など贅沢な事をしている暇はない。

だが逆にここまで選択すべき物が明らかな事は逆に幸運だろう。 

「“どうする、神通?”」

『武蔵』が後方4キロから質問する。

 「どうするとおもいます?」

 「“そりゃもちろん、アレだろ”」

それ以上『武蔵』は喋らなかった、それ以上は野暮だからだ。

最善ではないが、今の際慮であることに変わりない、腹は決まった。

 「直進します」

 「“虫唾が走る言葉が聞こえたわ……、迂回とかそういうのはないんですか?”」

『天津風』は苦言を呈した、だがその苦情は無駄であることを本人が一番分かっている。

前方45キロに迫る海峡は特に何の変哲もない海だが、いままでそうじゃなかった海は無かった、実際『神通』の判断は間違いではないし今これ以上の選択肢は存在しない。

無論最大戦速で突破するが、必然的に一番最大速が遅い艦に合わせることになる、具体的に言うと23ノットが最大線速となる『扶桑』型戦艦に合わせるしかなくなる。

今までは、それぞれの五戦速で突っ走っていたが、突撃となると話は変わってくる。

 突撃は前線が勝手に進んでいくのではない、それでは前線が敵の戦力に擂り潰されてしまう。

 この場合の突撃の陣形は、戦艦の有効射程内から出ないように前線の水雷戦隊が同調して前進し、その真ん中に居るのが 重巡洋艦で構成された戦隊で、駆逐隊単位で火力支援を行う、空母はどこに居るのかと言うと戦艦よりも後方に直衛の駆 逐隊に守られて途切れることなく戦闘機と攻撃・爆撃機を展開し、制空権を確保し前線に絶大な瞬間火力を叩きこむ、槍 でもなく面でもなく一つの完成された“層”という形で敵を撃破する、それが突撃だ。。

以上が、突撃をただ突っ込んでるだけと思っている輩が多いことに不満を爆発させて行った『神通』の特別授業の内容だ。

 「我が艦隊はこれより前方10キロの旧ダンピール海峡へ進入し、総員突撃による突破を図ります」

意気揚々と『神通』が下令する。

突撃の言葉に何の感情も抱かない軍人は居ない、高鳴りや不安を抱くだろうが誰しもが抱える感情は勝利への欲望だけだ。

突撃の勝利は生を、敗北は死を意味する、突撃に撤退は無い。

 「さあ皆さん、突撃用意を」

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