お待たせして申し訳ございません。
『天津風』一行が旧濠大陸に上陸してから半日と経たずして無線封鎖が解除された、だが依然として暗号通信が使用されている秘匿通信が大半を占めている。
上陸の翌日、陸軍籍の特殊輸送船八隻と海軍籍の戦時標準船乙型三隻の計十一隻が出港した、入れ替わるように主力艦隊がフェアファックス港に入港、二日後の再出撃を必遂目標とし再編成を開始した。
そして、合同先行輸送艦隊は、一般艦艇は己型駆逐艦十六隻に護衛され、簪年艦隊からは特別編成ではあるが、第四十一駆逐隊、第三十六駆逐隊、旗艦を軽巡『加芝』が務める八隻編成の水雷戦隊が護衛を務めた。
南方司令部からの追加命令も発令された。
輸送艦隊が必ず目視範囲内に入ってからエスコートを開始せよとのお達しで、こちらの損耗を考慮した命令だったが、輸送艦隊からしたら堪ったものではない。
前日夜に出港したとの通信で翌朝には着くとのことだったが、時計が十時を回ってもそれらしい艦影を視界内に確認することは出来ない。
そしてその疑問の答えを教えてくれるかのように、無線機からは救難信号が多発している。
「どうやら接敵してしまったようです」
無線手の『陽炎』が暗号を解読機にかける、この後に及んで救難信号まで暗号とは恐れ入る。
『神通』は何も答えないまま海洋の観察を続ける。
上陸後偵察艦隊の三十一人は、背嚢の幌を分解し簡易的な屋根を立ててとりあえずの寝床を作って輸送艦隊を待っていた。
ここでも四人が常に警戒に立つことになった、例の潜水艦ブンカーのすぐそばを拠点とし、その周囲5キロを一日中探索して回った。
地形の起伏はあるものの、それは通常の土が残されている所だけで、内陸のコンクリートでできた地面は大凡平面になっている、境界線はほぼ直線だが若干内側に弧を描く様に曲っているようにも見えた、夜間になっても灯りは一切確認できず人間は愚か生物の気配すら感じることは出来なかった、そして『神通』が持つ放射線検知装置は200ミリシーベルトを指し続けていた。
「1110号駆逐艦沈没」
『陽炎』は依然として淡々と状況を伝え続けた。
結局、ビスマルク海峡を突破した後我々が補足されなかったのは、徹底した隠密で航行した結果であり人間大の艦娘と一般艦艇ではそもそも捕捉率が数百倍も違う、そこが艦娘の強みでもあるのだが。
「1852号駆逐艦脱落、海輸送艦大破」
もはや聞くに堪えない、言葉で言ってしまえばそれらは一隻でしかないが、その一隻には数十数百もの将兵が乗り込んでいる、それらはもはや今の海上航行で忘れられてしまった事実である。
「これ輸送艦隊全滅しませんかね」
『天津風』が冗談抜きで質問する。
「今回の輸送艦十一隻のうち、三隻以上が無事に到着できればいいので大丈夫でしょう」
なかなか黒い回答が返ってきたのでそれ以上の会話は生まれなかった。
一時間してようやく北東方向に黒煙を確認した。
『神通』が輸送艦隊と識別すると、一五駆を残してエスコートに出撃した。
敵に誤認されないように、『早潮』が信号弾を打ち上げて無線でよびかけ続ける。
肉眼にとらえられる距離にまで近づくと、交戦の全容がようやく掴めた。
輸送艦隊は敵深海棲艦の水雷戦隊に絡まれている様子だ、敵は既に六隻しかおらず半分は輸送艦隊で始末したようだ、そもそも輸送艦隊を護衛する艦娘が対空戦闘が主任務の装備なので、対水上戦闘でここまで奮戦したのは驚くべきことだ。
5キロまで接近すると『天津風』が手筈通り信号弾を打ち上げ、すぐに回答が信号弾で帰された。
十六駆と十八駆はそのまま戦闘に加勢し、『神通』は脱落した船とともに抜けた『加芝』の代わりに旗艦をしている『宵月』の下に向かった。
敵は依然として前進方向から見て八時の方向から追撃してきている、交戦距離が遠い所を見ると重巡が何隻か増強されているらしい、供回りは全て駆逐艦だろう。
護衛の艦娘は既に魚雷を撃ち尽くし有効な対艦兵装が無い状態だった、『神通』はすぐに状況判断し十六駆と十八駆を向かわせる、飛んでくる砲弾は毎分五発程度のようだがかなり正確な上に20センチ口径の砲弾だ、当たったらひとたまりもない。
先頭の輸送艦の前方500メートルで牽制射撃を続ける『宵月』を発見し『神通』は接近した。
「状況は!」
『神通』は敬礼を大概に戦闘の状況を伺う。
「助かります、神通。現在重巡2と駆逐4に追撃されております、迎撃は見ての通りなので早く入港する港を案内してください」
おそらく、短く後頭部に編んで纏めていただろう後ろ髪は戦闘で解けていた、目立った外傷は無いが、様子を見るに半日以上戦闘を継続しているようだ。
「了解」
『神通』は手信号で進路を示し、それを『宵月』は輸送艦に無線で知らせた。
艦隊は増速し、機雷を縫ってコンクリート壁の継ぎ目へ入り込む。
「“粗方片付けたわ”」
『天津風』の無線会話に『神通』は艦隊の戦闘配置を緩めるよう『宵月』に教える。
魚雷は各人四発ずつしか持っていないためこれで殲滅できなかったら相当ヤバかった、手負いの輸送艦が居る中で砲撃戦など願い下げだ。
無事辿り着いた輸送艦は、陸軍籍三隻と海軍籍一隻、一般艦艇の己型駆逐艦は僅かに七隻のみであり、内三隻は手負いだ。
三十分で全ての艦艇が港湾内に収まった、特に大きな損傷を負った駆逐艦は外洋で破棄され、結局入港したのは総勢九隻のみだった。
輸送艦には将兵が上甲板にまでごった返していた、恐らく道中で沈んだ艦艇の乗組員だろう、それらの将兵は感謝と喜びから『天津風』達を始めとする艦娘たちに陸海軍問わず手を振っていた。
しかし、芳しくないのは上陸地が無い事だ、コンクリート壁の高さはほぼ上甲板と同じ高さだ、上陸用ラッタルを使おうにも長さが足りない。
輸送艦がぐだぐだしている間に、駆逐艦の乗組員は痺れを切らしてマストから上陸し始めた。
そうこうしていると『早潮』が南方司令部にいる提督からの伝令を『神通』に伝達した。
「へぇ、あの准将さんが来てらっしゃるの。海に沈んでないと良いですが」
「“神通さん黒すぎです”」
『早潮』は内容を伝えると、『神通』達にも上陸するよう促した。
例の本土からくっついてきた准将は新島上陸後はほぼ行方不明に等しい状態だったが、何れ姿と表すだろうというのが提督の認識だった。
だが、今朝最初に撃沈された輸送艦が沈没した際に、救助された人員として南方司令部に情報が入ったとの事らしい。
兎にも角にも上陸を早急に済ませて傷病者の手当をしなければならない、
そもそも今回の輸送艦隊は目的自体が不明確だった、危険が伴うならば無理矢理残存の艦娘だけに護衛させず主力艦隊の帰投を待てばよかっただろう、急く理由は概ね合衆国の事についてだろうが、こんな上等な輸送艦を簡単に沈めてもったいないと『天津風』は単純に思った。
上陸が八割方終了して傷病者を募っていると軍人でない者が明らかに多かった、陸海のどちらかに所属しているのは確かだが技術職の人間が数百人は居る。
軍医資格を持つ『陽炎』が従軍医に交じって包帯を巻いていたが、他の人間は船から太いホースを何本も下ろしていた、人の乗り降りもまだいい加減なのに早々に物資を下ろし始めるとは相当な理由だ。
そうこうしていると『神通』が傷病者の群れの中を指さす。
「あ、いた」
『天津風』のほうが面識があるだろうと、『神通』は准将を彼女に押し付けて上陸してきた者達の責任者の下に向かった。
傷病者は彼等の持ってきた指揮所用天幕を大雑把に広げて最低限の場所を構築している、船のほうがまだマシな施設があるだろうが、もはや誰も船に乗ろうとしなかった。
『天津風』は准将に会うべく傷病者を掻き分けて彼女の下へ向かった、皆地べたに直接座っているので彼女の脚が近くに来るとゆっくりと場所を譲った。
督促する准将を裏目に、手当に当たる『陽炎』はゆっくりと慎重にガーゼを患部に当てて防菌処理を行っていた。
「もう二度と海に出たくないね」
彼女は左腕を目で示して言った。
「大丈夫なの?あと一度海に出ないと家に帰れないわよ?てか何しに来たのよ」
「おや、君達の親分は教えてくれなかったの?」
どうやら彼女は左腕を外傷性骨折したらしく、歩く事すら忌避している。
准将が船に向かうと、彼女は今回の輸送艦隊について説明してくれた。
「この輸送船には総出力六万五千馬力の発電機が積載されている、今回は理論上二十万馬力の出力で120メガワットの発電量が必要だったんだ」
「何に?」
「ここにある発電所の再稼働にだ」
「どこにあるのよそんなの、見渡す限り地面に棒が刺さってるだけじゃないのよ」
『天津風』が揚々と言い切ると、准将は軍靴で地面を示した。
「この下に八百万メガワット級の原子力発電所が埋まっている」
「げんしりょく?そもそも何のために発電所が……」
「さぁね、あまり詳しくは知らないんだ。だが大層な機械が埋まってるとお偉いさんがね」
それ以上は言わなかったが、輸送船から降ろされる太さ1メートルはあろうかという送電線は数十メートル数百メートルと内陸に向けて伸ばされていく。
「怪我の手当ありがとう、それでは我々は内陸に向かうので。あとはよろしくね」
捨て台詞を吐いて彼女はゆっくりと歩き去った。
これは提督に聞かねばならぬと『天津風』は懐疑の気持ちを大きくした。
「無線封鎖は解除されたの?」
『陽炎』に代わって無線番をしていた『時津風』に伺いを立てる。
「ないよー?」
「代わって」
「あい」
周波数を弄り南方司令部本部の無線室に繋いだ。
「南本、こちら南0216天津風、提督殿は居られますか?」
「“秘書官殿ですね、少々お待ちください内線からお繋ぎします”」
しばらく回線をつなぐノイズが続き、途中から電話の呼び出し音に切り替わった。
「“―――はいはいはい”」
「ちょっと聞きたいんだけど、なんか話してない事ないですか?」
「夫婦喧嘩かよ!」
背後で跳ねる『時津風』を『天津風』は完全にスルーした。
「“ア―――ん―――っと、准将に会った?”」
「無線は明瞭鍛接によ!!士官学校で習わなかったの!?」
「“ごめん”」
「で?」
しばらく沈黙が続き、やがて声が遠くなりながらも提督は回答を遣した。
「“情報開示時期が遅延したんで、作戦会議の時に言えなかった部分があったんだ。粗方伝えなきゃいけない事は抜粋してるから今から伝える”」
「ちょっとまってメモ取るから」
『天津風』は上着の内ポケットから紙綴機で作られたメモ帳を取り出し、先の折れた鉛筆を間から取った。
「“まず一つ、その大陸を中心とするレーン・ラインは放射線汚染地域の総称で、侵入が千年封印されていたことが分かった。二つ、お前の足元には巨大なシステムと電源の原子炉が埋まっている……らしい”」
「なんで最後だけ確証しきってないのよ」
メモ帳を背嚢にしまい、通話器を反対側の手に持ち替えた。
「“いかんせん昔のことなんでな。放射線汚染地域は武蔵が持って行った計測器の数値が裏付けている”」
「ちょっとまって、昔の事ってなによ」
「“明石さんの昔話は、あながち間違ってなかったってとこかな”」
空気を読むように無線機に雑音が混じる、無線機は電池式だ。
「聞きたいことがまだ山ほどあるけど、とりあえず私達の仕事は何?」
「“准将に一任してある。まああとは好きにしてくれ”」
「了解、通信終わり」