「“我々の居る復帰作業を行っている場所をフラッグとして、残り六時間―――いや四時間持たせてくれ。それまでに再稼働オペは何としても完了させる、それまで対象(レピエント)と敵機から守るんだ”」
沖合20キロに陣を引く『神通』他十一隻は視界に収めた敵機を睨んでいた。
各艦2000メートル間隔で配置され、全ての兵装の有効射程が符合するように計算されている、だがいざ戦闘が始まれば皆各々回避行動を執り間隔が曖昧になってしまう、敵はそれを狙って来るしこちらもそれを気を付けなければならない。
「本体の到着は?」
耐えかねて『天津風』が質問する。
「“主力艦隊の艦隊有効射程に入るまで少なくとも四時間、つまり四時間もてばこっちの勝ちってわけ”」
「簡単に言ってくれるわね」
准将は笑って返す。
「“信じるさ”」
「通信終わり」
もはや音まで聞こえてきた、敵機は各機二機ずつの正体を作り渡り鳥のように矢じりの形となってこちらに向かって来る。
『神通』の見積もり通り、敵機は深海地獄艦爆(アビシックヘルダイバー)ばかりで、護衛機は見当たらない。
「母艦の撃沈は不可能ね、予定通り乙案を決行します」
『神通』は敵機の母艦そのものの撃破を諦め、ここで徹底抗戦するよう命令を下した。
「敵機もはや4000!」
眼鏡を片手に『時津風』は叫んだ。
「対空戦闘、撃ち方よーい!」
敵機が此方に気付いて急降下してくる、DNAに直接刻まれた空気を切り裂く急降下の嘶きは、誰もをその場に張り付ける。
だが、相手が悪かったなと『天津風』は蹶起する。
「撃ち方始め!各人任意射撃!」
各艦一斉に射撃を始め、空は散弾の煙で覆われた。
それでも半分以上が弾幕を潜り抜けて『天津風』達目指して照準を合わせた。
「ちっくしょおぉ!!」
『時津風』は腰に携えた25ミリ連装機銃までも連射しながら回避行動を開始した。
薬莢が次々と波間に消え、あっという間に弾倉が空になる、普段なら近くの誰かに弾倉交換を呼びかけるがもはやそんな余裕はない。
予想以上に敵機の降下速度が速く、単艦ではこれに対処できないと『神通』早々に判断した。
「三十六駆援護射撃ッ!」
第三十六駆逐隊の持つ九八式10センチ連装高角砲は最大射高14000メートルの傑作砲だ、後方3キロから下令により援護射撃を始めた。
今回の作戦の二つ目、一つ目は二個梯隊を用意すること、そしてもう一つは対空専門の秋月型に対空戦闘に集中させること。
最終降下過程に入った敵機は必然的に標的に向かっての直線運動になる、僚艦がそれを狙い撃ちにする。
だが敵機の数が多く、個艦防空能力を超えており対応が間に合わない。
「とっとと撃ち落として!死ぬ!」
『時津風』は無茶を承知でリミッターぎりぎりの39ノットで回避行動を執っている、まだ攻撃の第一波だけかもしれないのに最初から全力でないと回避が追いつかない状態だ。
ついに一発目の爆弾が弾着した、着水した爆弾は水柱の大きさから1000ポンド爆弾と推測される、殺傷半径は500メートルもあり高度1000メートルから秒速140メートルで投射される爆弾を避けるには並大抵の反射神経と判断力では足りない。
「もう二十機以上撃墜してるのに全くじゃない!どうなってんのよ!」
『天津風』は四つ目の空弾倉を投げ捨てた。
これだけ敵機が居たら適当に撃っても当たりそうなものだ、実際偏差射撃の必要のないくらい敵機が切迫し一発で数機に損害を負わせることに成功している。
しかし『天津風』の背後で爆弾が炸裂し10メートルほど吹き飛ばされた。
「ぐっ……!」
一瞬にして体中から空気が押し出され肋骨が圧縮されたようだ。
まるで水切りの石のように水面に叩き付けられる、しかし痛がっている暇はない、背中の爆片による傷を感じながらも再び『天津風』は奔りだした。
海は沸騰した鍋のように煮えくり返り、ふと空を見上げると空の青は廃水をぶちまけたように鈍くよどんでいる、その合間から次々と敵機が降下してくる。
叫び声が行き交い、炸裂する爆弾の破片と爆風に紛れて敵機の断末魔が聞こえてくる、そんな中皆奇跡的に健在で戦闘を継続していた、だが皆無傷なわけではない。
第一波と思われる百数十機を退けた、撃墜少なくとも五十以上、各艦被害と状況を伝える。
「雪風異常無し!」
「相変わらずねあんたは」
嫌味たらしく『初風』は言い捨てた、彼女は爆風で左手の指が親指以外使えない状態になっていた、それでも接木と包帯で手を固定して機銃を握っていた。
「天津風戦闘継続可能、切り傷はあるけど問題ないわ」
『天津風』は包帯を手足に巻き付け貧血と欠乏症を防ぐ。
「時津風同じ!」
「三十六駆は戦闘継続問題なしと聞いています、弾薬もまだ半分以上あります。これからですよ」
『神通』は状況を掌握し、速やかに持ち場に戻るよう促した。
そして彼女の読み通り、第二波がすぐに飛来した。
第二波には深海猫艦戦(アビシックヘルキャット)も混成され、艦爆の数百メートル下の高度から護衛している。
「宵月、二時方向のヘルキャットは揺動、十時半方向が本命です!」
『神通』は最後の三式弾を揺動の十二機編隊の艦戦に叩き込み、三十六駆に九十度左に回頭するよう促す。
照準を定める間もなく十時半方向の雲間から艦爆が降下してきた。
しかし、生き残った揺動の艦戦も機銃掃射しながら二水戦に接近する。
「構ってる暇ないのに!」
「天津風!あいつらは私と雪風で引き受け、初風と一緒に神通の援護に行って!」
『時津風』が叫ぶと返事を聞く間もなく『時津風』と『雪風』は艦戦へ向かって疾走した。
「そっちの方が危なくないじゃない!!」
敵機に捲かれる『神通』は撃墜こそしていないが全ての爆弾を安全圏で回避している、もっとも八個編隊に囲まれた状態で無傷で掻い潜れる方が至難の業だ。
敵機はさらに水平爆撃をかけている、直上には高度2000メートル付近でコンバットボックスを組む艦爆がこちらを攪乱している。
「まるで玩ばれてるわね」
やっとの思いで『天津風』は『神通』の懐へ文字通り滑り込んだ。
「まだ余裕そうじゃないですか?」
「何言ってんのよ。服もびしょびしょだし、あちこちヒリヒリ痛いし、耳鳴りは酷い、おまけに塩水のせいで目も開けてられないわ」
「まだまだ行けそうですね」
二人は顔を見合わせて朗笑する、まだまだ先は長い。
第二波の最中、二人は今だ敵弾に当たっていない奇跡に座興した。
敵機幾千とはよく言ったものだが、存外生きていられるものだと楽観せざるを得ない、だが気の緩みは直撃につながる、何十もの偶然に助けられていることを忘れてはならない。
「後二時間、なんとか持たせるわよ初風」
「もちろんよ」
『神通』を的から外させ、二人はすぐさま前方へ数百メートル突出した。
回避に余裕がある『天津風』とそれをカバーする『初風』、その後ろで『神通』は後方と連絡を取る。
「そっちはどうですか」
「“死人は出てない大丈夫、まあ自己申告だけど。もっともあと二時間無きゃ全員辺獄(リンボ)に直行よ”」
返答する間もなく艦戦の機銃掃射が会話を寸裂させた。
「すみません、一個編隊撃ち漏らしました!」
『初風』は既に追撃の砲火を打ち上げている、と同時に機銃弾を食らって使用不能になった魚雷発射管を投棄した。
数発機銃を被弾しながらも『神通』は砲を打ち上げて撃退に成功する。
「大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄る『初風』に『神通』は無言で首を縦に振った、だが彼女の額から一筋の血の線が伸びる。
「そろそろ山場ね…」
『神通』は滴る鮮血を手で払い飛ばした。
第二波が踵を返す前に、既に電探が第三波が迫っていることを知らせる。
此方が音を上げるのは確実に時間の問題となった、着実に累積している疲労と外傷にどこまで耐え奮戦できるかに懸かっている。
「第三波目視で確認!」
『天津風』は雲霞の様な敵機を見上げて声を荒らげる。
第二波が継戦する中第三波が加わり、敵機の数は三百機強を数えた。
「三十六駆と合流してください!このまま私達だけでは応戦しきれません!」
百八十度回頭し、3キロ後方に居る『宵月』達と合流を図った、だが敵機はそんな彼女らに容赦なく爆弾を投げ付ける。
「魚雷発射管を全て破棄、対空戦闘に全力を尽くしなさい。どうやら敵は我々と悪戯びたいようです」
『神通』の指示でベルトのバックルを外し、重い足かせになっていた魚雷発射管を全員投棄する。
これで対艦戦闘はほぼ不可能になった。
「さて、ここからが正面場ですよ」
長い間お待たせしてしまい申し訳ございません。
これまで通り、感想・指摘等お気軽にお寄せ下さい。
今後ともよろしくお願いいたします。
※タイトルミスしてました、すいません...