疑問な点、おかしいと思う点多々あるかもしれません。
その際はご指摘よろしくお願いします。
調べれば分かりますが、帛島とはパラオ島の事です。
距離縮尺の狂いはどうかお見逃しを。
上陸後、提督は走って施設に行き、施設裏に止めてある、南方司令部でも世話に
なった九四式トラックに乗って再びやって来た。
船のジブクレーンはすでにコンテナを空中に吊り上げて、いつでも下ろせるように
していた。
物凄くローカルな対応に『天津風』は少し呆然としていた。
やがて、全員ゆっくりと進むコンテナ“付き”トラックの後ろについて行き、施設へ
と向かった。
司令部施設は、南方司令部を縮小したような外見だが、ずっと南国のような趣がある。
入り口は窓ガラスのない格子のドアで、強い太陽の光のため、影は一層暗く、光は
一層明るく見えてしまう。
施設に着くとすぐに割り当てられた自室に駆け込み、荷解きをした後、各部屋の
ある一階から参謀室へ駆け下りた。
在籍表には、新しい自分達の表の他に、第五戦隊と三航戦旗艦のものもある。
他にもあと五人の艦隊主力級の艦娘が在籍いているという事を皆初めて知った。
外の日は早々と傾き始め、作戦開始の時刻は刻々と迫っている。
「さあ、早く食事を済ませて下さい」
『神通』は一番に部屋に入り、すでに食事を終わらせていた。
ずらりと机の周りに並べられた椅子と、木とモルタルの白い壁などは、ここが食堂
ではないかと思わせる。
そこには缶詰のカレーと炊き増しの麦飯が金皿に盛られていた。
艦娘といえど通常の食事も取るが、それらは人間的な面の補給であり、儀装や装備
面での補給は、勿論一般艦艇と同じように必須だ。
提督はといえば片隅で乾パンを齧っていた。
五分とせずに食事を終えると、それを見計らい提督は作戦詳細要項書を配布した。
「さっと目を通すだけで構わない。あとは口頭で説明する」
計三枚裏表の要綱書には、小さな文字がズラリと並び、最後の紙は縮尺の違う同じ
位置の海図が印刷されていた。
現在位置から1000キロも移動しなければならない長距離航海任務で、一般艦艇なら
造作も無い距離だが、彼女等は人間と同等に疲労するため、高速航行で迅速に戦闘
海域に向わなければならない。
しかも、今回は隣の司令部艦隊との合同作戦で、作戦行動中に合流しなければなら
ない難しい任務もある。
皆目を通し、作戦内容を頭に叩き込んだ。
「諸君、装備を整えて出撃準備をしてくれ」
提督は外から武装の入った小さなコンテナを自分で持ってくるよう指示した、弾薬
は提督が運んで手助けした。
もっとも、この司令部に男手は提督以外無い。
二人一組で互いに武装の装備点検をして、出撃の準備をした。
『天津風』は『時津風』と一緒に準備していた。
最も手を焼かせたのは背中の四連装魚雷発射管の装着で、かなり重くつけるには他
人の力が必要だった。
「ねえ時津風、あなたは大丈夫なの」
『天津風』は『時津風』に背中のベルトを着けてもらっていた。
「もちろん不安はあるよ、でもそうしていても仕方がないよ」
楽観的な言葉に一瞬『天津風』も流されかけたが、今更になってこの死への恐怖を
楽観視することはできなかった。
「そうね。でも、もしもの時は私を助けて頂戴ね、私ももしもの時は時津風を助
けるから」
『天津風』は心のどこかで自分以外の自分の命を護ってくれる存在を探していたの
かもしれない、そうでなければ、過去の彼女ではありえない発言だ。
「あたりまえだよ、一つ差の姉妹だもの」
心強い言葉に励まされる反面、他人に頼っていいのかという罪悪感もあった。
「全員、武装完了次第移動します」
『神通』は、通信用機器やレーダー周辺機器の纏めてある背嚢を背負い、腰には弾
薬や予備弾倉のはいった装備を巻いている。
他のメンバーも同様の武装を身に付け、食料などの緊急品その他の入ったバッグも
背負っている。
全ての武装を身に付けての地上での活動は少し困難だが、これらの武装をつけて奮
闘するのは海上で、彼女達の真価が発揮されるのも海上だから何等問題ない。
だが彼女等にとって最悪な事に、移動は徒歩だ。
空はすでに夕暮れ模様で、日は水平線に差し掛かっていた。
極南丙方面司令部に来てからまだ五時間しか経ってない内に、『天津風』の初実戦
は幕を開けようとしていた。
「現、フタマルマルマルをもって『帛』島攻略作戦を開始します」
司令部のある地区から徒歩三十分の所にある真っ沙羅な砂浜に、『神通』の声が
澄み渡る。
皆少し、徒歩での移動の疲れが見える。
『天津風』は、意外な出撃に少し唖然としていた。
直接砂浜から海に入り、其処から自分の発動機で外洋に出るというものだったか
らである。
そして真っ暗な砂浜と小波の音、椰子の揺れる音が余計に不安を煽る。
「それぞれ、装備の最終点検をお願いします」
皆淡々と出撃準備を整えていく中、1つだけ見慣れないものがあった。
それは夜間迷彩用の長いマントである。
黒と灰色、藍色で縞模様に塗装された迷彩で、明かり一つない海上で有効である
ことは確かだ。
実際、それを身につけている『神通』は、声が容易に届く距離だというのに影が
曖昧に見える。
「点呼、及び装備確認。現時刻より我が艦隊は作戦行動に入る」
凛とした風の吹き抜ける中、『天津風』の初めての実戦はやがて幕を上げる。
ガチャガチャという装備の金属音のみが響き、次から次へと皆海洋へ乗り出した。
マントを靡かせ、作戦通り出発地点より一時的に東へ数十キロ移動する。
今回は作戦と言っても、他艦隊の主力の布石、護衛が主な任務であり並び、夜戦
には不向きな航空母艦を担う役目もあり、
作戦概要に関しては、これ以上のことは『天津風』をはじめ『神通』も聞かされ
ていない。
「全艦、複縦陣にて航行続行。索敵を厳とせよ」
『神通』先頭の複縦陣を展開し、速力20ノットで主力との合流地点へ急いだ。
陣形の展開により、互いの間は目視範囲外の50メートルづつの間合いが取られた。
ここからは有音無線の出番であるが、提督曰く、衰退した技術の代用品が活躍する
時が来たらしい。
「“無線封鎖の一定周波数間の解除。これより通信はこの周波数で行います”」
片耳だけのヘッドセットのような送受信機を皆頭に付けて、会話の補助をする。
だが、会話は殆ど無い。
当たり前だが、必要な事意外は話さないからであり、むしろその方が良いと考えるのが最善の判断だと言えよう。
辺りは、時々島影が見えるがあとは黒い海面と前が掻き分けた白波以外見えな
い。
この状態が、作戦展開の時間感覚を麻痺させている。
実際は時間はどんどん進んでいるが、同じ風景、状態が続くことで少しずつ危機
感が失われていくようである。
『天津風』も思ったよりずっと早い物事の展開に少し戸惑っていた。
召集がかかってから一時間でもう作戦海域突入である。
それに引き換え、移動時間も一時間強なので、少しづつ緊張感の解れを感じ始めていた。
少しづつ合流予定時間が近づく中、『神通』は六分儀で現在位置を把握する。
「“時津風、九時方向へ照明弾発射用意”」
『神通』の掛声で『天津風』の隣にいる『時津風』が照明弾の用意をすると同時に、十二隻の駆逐艦達も慌しく戦闘準備を始めた。
『時津風』はマントを右肩に掛け、照明銃を右手に持ち左上に向けた。
「“旗艦、用意完了”」
「“照明弾、撃て”」
くぐもった炸裂音と共に空気を裂いて弾頭は空へ上がった。
5秒後、上空で眩い閃光が迸る。
当たり一帯ははっきり映し出され、20秒ほど夕暮れのような明るさが続き、弾頭の
その役目を終え沈水した。
「“周辺目視警戒”」
『神通』は全員へ目視警戒を呼びかける。
「“十時方向より、照明弾。友軍のものです”」
『初風』は2キロほど先で輝く照明弾弾頭を発見した。
どうやら先ほど上げた照明弾は、合流のためのものだったようである。
「“神通より各艦へ、これより主力と合流する。以後艦隊旗艦は第一航空戦隊
の航空母艦『赤城』が継任します”」
『神通』は返答を待たずに次の指示を下した。
「“合流進路、進路28(フタハチ)へ転舵”」
陣形を保ちつつ、十五隻の艦隊は東北へ舵を切る。
五分で、すぐに主力艦隊が目視できる距離になった。
やがて各艦減速し会合を果たす。思ったより簡単に合流出来たが、洋上での合流は
難関であることは誰もが知っている事なので、違和感を感じる者も少なからずいた。
軽い敬礼もそこそこに、『神通』は『赤城』と合流した。
「予定時間通りですね」
『赤城』が会話の皮切りとして『神通』に話しかけた。
「有難うございます。そちらの準備は御揃いですか?」
「無論、問題ありません」
『赤城』は背後から弓を取り出して示した。
「では参りましょう」
主力艦隊を担う南方乙方面専任艦隊は、南方司令部で会ったあの提督隷下の艦隊
で、秘書艦『加賀』、艦隊旗艦『赤城』の錚々たるメンバーである。
「では我が艦隊の提督より今作戦の詳細をお話します」
『加賀』が詳細の記してある簡単な書類を取り出した。
「今回は南方丙方面で唯一制海権を握る事の出来ていない『彩』諸島攻略の布
石として、『帛』島を空襲、砲撃により爆撃。さらに周辺海域を貴艦隊で制海権
奪取する同時作戦です。そして今回は夜間戦闘機による若干の偵察と制海権の確
保が可能となったため、貴艦隊は私たちの航空機発艦後直に『帛』島周辺海域へ
突入し一定の制海権を確保してください、その後日が昇り次第航空攻撃隊を飛び
立たせます。あとは我々が作戦を主導し貴艦隊は我々の護衛に当たっていただく
ことになります」
一切言葉を詰まらせる事の無く『加賀』は作戦詳細を述べた。
駆逐艦達は内容の把握に精一杯だったが、『神通』は既に制海権奪取の戦法を練
っていた。
「了解しました、ならば早速行動開始します」
『神通』を始め、『天津風』の艦隊全員が敬礼し、『赤城』『加賀』も敬礼を返し
た。
「発艦のタイミングは任せてください」
『赤城』の台詞で各艦隊は散会した。
「我等、華の二水戦の名に恥じぬ働きを期待しています」
一切の返答は求められなかったが、皆更に気を引き締めた様子だ。
「全艦、戦速により『帛』島周辺海域に突入、敵戦力を撃滅します」
皆武装を手に取り、数多の"感情"をぶつけて愈々戦闘海域へこれから突入する。
『神通』は14センチ砲の装填、魚雷の発射準備を整え、駆逐艦達は肩から提げた
12,7センチ連装砲をしっかりと利き手に持ち、弾倉を確かめた。
『天津風』も自分の砲にしっかり一杯の弾薬20発が入っている事を確認し、進行
方向へ体を傾けた。
各艦微速で間隔を取り、送受信機を確認する。
「“旗艦神通より。各艦、臨戦態勢。全艦、突入!!”」
掛声と同時に『天津風』は懇親の力で発動機を吹かし、波を蹴立てて暗闇へ突入
した。
それと同時に、後方から二本の黒い日の丸の矢が頭上高く舞い上がる。
一瞬にして矢は閃光に包まれ、矢の空気の裂く音の変わりにレシプロエンジンの
発動音に変わった。
全十機の夜間塗装の黒い零式艦上戦闘機62型は、勢いそのままに星の瞬く夜空へ
解けて消えた、なお以前として聞こえるレシプロエンジンの音は何所となく安心
する音であった。
時速30ノットで猛進する第二水雷戦隊と援護機十機により、漸く今年度最初の公
式作戦が展開されようとしていた。
作戦海域まで合流地点より約一時間北上し、そこから作戦始動である。
辺りは『帛』島以外にも島嶼は沢山あるが、それらは他艦艇の仕事である。
そのおかげで島の敵艦隊と存分に戦う事ができる。
しかし作戦海域までの道中に何もないとは言い切れない。
特に最も憂慮すべき眼下の脅威、潜水艦の存在がある。
更に、夜間は駆逐艦などの対潜攻撃の出来る艦艇でも有効な攻撃をするのは至難の
業である。
よって移動中の陣形は対水上戦闘の基本陣形である単縦陣である。
それに加え、巡航速度の約二倍の速度があるため魚雷の回避は容易になる。
だが『天津風』をはじめとする二水戦にとって移動中は尋常ではないほど神経を
尖らせなければならない。
何故なら夜戦においては先手必勝だからである。
如何に高速で移動していても会敵すれば戦闘は避けられない。
そこで今回はより早く敵を発見するために旗艦装備として早期警戒用の電波探信
儀が配備された。
この移動中の一時間、『神通』は片時も電探から目を離さなかった。
皆、何時『神通』が敵発見の報を出しても良いよう、主砲はいつでも発砲可能状
態である。
やがて三十分が経過した後、仮に敵に捕捉されているということを吟味し、偽
装のため一度進路を九十度真東に向けてその後直にもとの進路に修整した。
この偽装が功を奏したかは定かではないが、『帛』島捕捉までの間一切の会敵は
なかった。
そして、島が愈々10キロまで迫ると、戦陣を切って『赤城』『加賀』の艦載機が
島の周辺の偵察及び制空権確保へ向った。
幸い、島の上空に敵機及び航空母艦は発見されなかったが、此処は敵の支柱の海
域である、敵は居ないはずがない。
「“全艦、砲弾変更、徹甲弾装填。艦対艦戦闘用意!!”」
今まで装填していた三式弾を薬室から引き抜き、直に砲弾種の変更が行われた。
『天津風』は初めての高速航行中の装備転換に戸惑ったが、幸い一分以内に終わら
せることができた。
『神通』は強行偵察隊の索敵結果からある程度の敵戦力は把握できていた。
報告によれば、敵は一般的な島嶼幽閉艦隊である重巡クラスまたは軽巡クラス在
籍の主力水雷戦隊の深海棲艦艦隊である。
数は巡洋艦二隻から三隻、駆逐艦十隻程度の中規模艦隊が進駐していることが分
かっている。
数的には優位だが、『神通』としては一隻ずつの各個撃破を目論んでいた。
何故なら、敵の数は未だ定まっていないからである。
もし敵戦力が同等又は上位ならば長期戦になるのは必死だ。
水雷戦隊同士の艦隊戦なので双方機動力が高く、砲撃による有効弾を得る事が難
しい。
その上、敵には重巡洋艦在籍の可能性があるため、その場合二水戦は完全に火力で
劣ってしまう。
このような場合も考え、『神通』は出来るだけ無難な戦闘を望んでいる。
そして待ちに待った弔報が舞い込んだ。
「“AI-103番機ヨリ。敵艦影ラシキ物見ユ。7.29N130.29E”」
一瞬にして全員の緊張が最高点に達した。
「“全艦最大速力。現地へ急行する!!”」
静かだった航海は終わり、あと数分で海戦が始まることが決定された。
『天津風』は自分が思ったよりも冷静であることに驚いていたが、体は震えてい
る。
死の可能性が極限にまで高まる恐怖からか、はたまた戦闘への興奮によるものか。
何にせよ、自分を叩く波風は先ほどと変わらない。
全く周辺の雰囲気に変化の無いまま、空気だけが張り詰めていく。
時間が経つにつれて『天津風』は少しずつ覚悟を固めていった。
「大丈夫訓練通りに…、いつも通りに……」
『天津風』は自分にそう言い聞かせたが、以前どんな敵と戦うか分からない、得
体の知れないものと戦う恐怖が存在していた。
本土から来るときにも敵には接触しているが、肉眼では見ていないし況して戦闘
にも参加していない。
しかし、あの時味わった恐怖と同じものを、今もまた感じている。
「“全兵装安全装置(セーフティーロック)解除!!撃ち方用意!!”」
『神通』のレーダーにはっきり映った艦影、距離は3キロ無い。
「“敵艦数五隻以上、捕捉次第発砲”」
敵の数は『神通』の思っていたより少ないが、それらの情報を持ち得ない駆逐艦
達は数よりも会敵のこと事態を不安視していた。
数回の戦闘経験がある彼女らが不安視するなら初実戦の『天津風』が不安視しな
い訳が無い。
そしてこの時初めてはっきり分かった、自分が何を恐れているのか。
「“敵捕捉、左舷九十度距離2000メートル、撃ち方ー始めー!!”」
戦陣を切り『神通』が主砲を放った。
漆黒の闇に輝く閃光(ブラスト)はこの近距離では敵に居場所を教えているような
ものであるが、先手必勝であるため躊躇無く先撃を加える。
十四隻の駆逐艦が掛声よりやや遅れて主砲を撃った。
『天津風』も続くべく主砲を放つ。
耳を劈く発砲音、さらに残像を残す閃光、しかも未だ敵を視認できていない。
『天津風』は自分が撃った砲弾の薬莢排出音が異様に耳に残った。
空薬莢の甲高い金属音と弾を自動再装填(リロード)する金属音とがそのまま脳裏
に影を落す。
その状況も整理できないまま『天津風』は赤みがかった飛翔する砲弾を瞬時に目
で追いかけ、続いて聞こえる砲弾の空気を切り裂く音に耳を澄ました。
「“各艦、任意発砲!!同時に回避行動開始!!。敵艦隊を全力で掃討してくださ
い!!”」
間髪入れずに『神通』は次の指示を下す。そして着弾と略同時に数キロ先の閃光
を捕らえた。
ついに敵艦隊を視認した。
「“敵艦発砲!!”」
観測役の『初風』が警告を発した。
この距離だと弾道を描いたとしても三秒かからずに砲弾は着弾する。
「“敵弾くる!!”」
初弾はまず命中しないであろうが、既に回避行動に入っているため被弾した艦は
無かった。
「“全艦報告!!”」
『神通』が全員の安否確認をし、直撃及び夾叉弾なしを確認した。
この混沌とした戦場の中でも『神通』は艦隊を統率し全員統一した艦隊を維持し
ている。
そして先手必勝の名の通り、こちらは数回に及ぶ発砲をしているにも拘らず敵か
らの発砲は未だ一度である。
しかし油断はできない、少しずつ距離も縮まっているため何時魚雷が来てもおか
しくない。
「“牽制魚雷、よーい!!それぞれ敵艦隊戦列に放射状に発射してください!!”」
掛声と同時に『天津風』は魚雷発射管の圧搾空気の充填を始めた。
ここまでは『天津風』が教わった戦法の通り事が進んでいる。
見敵次第発砲、距離を縮め有効弾の量産及び牽制魚雷による敵魚雷発射の阻害で
ある。
「用意(レディー)」
訓練通り魚雷発射準備完了の合図を出した。
「“魚雷発射!!、艦隊を散会しつつ魚雷次弾装填し敵に接近してください!!”」
パシュッという魚雷発射音と共に魚雷の着水音が辺りから聞こえる。
味方が僅かにしか見えないため『天津風』は一瞬他の魚雷と接触しないかと心配
になったが、全く間の無い命令にその心配は掻き消された。
「“全艦、突撃!!”」
早くも下る突撃命令には、全く躊躇の色は伺えない。
敵が現状分析する前に早急に蹴りをつける気らしい。
現に任意発砲命令後三分と経たずに牽制魚雷を発射に今の突撃に至るまで僅か五
分である。
単縦陣で前方に進行していた艦隊は全員左へ進行方向を変え、単横陣に近い状態
となっていた。
『神通』は真っ先に突撃した、もちろん零距離戦の武器など持ち合わせていない。
しかし『神通』が突撃した方向からは発砲音と爆発音が相次いで聞こえる。
「“敵艦目測、駆逐艦イ級三隻とロ級三隻を確認”」
ついに敵の艦隊編成内容がはっきりと分かった。
しかし『神通』からすれば空振りに等しい。
深海棲艦としては最も下級に位置するイ級とロ級の発見は敵戦力の把握と言うよ
り、この近海に敵がいるという事しか未だ分からない。
と言うことは敵は高機動隊と主艦隊とに艦隊を分割している可能性がある。
「“敵艦隊は多数存在する可能性があります、主力の出現に十分注意してくだ
さい”」
しかし『天津風』は無線に耳を傾ける余裕など無かった。
主砲の弾倉の交換をしつつ、隣にいた『時津風』と共に視認したイ級を捜索して
いた。
そして漸くはっきりと捕らえた敵影は、まるで怪魚のごとくのたうち、鋭く鈍い
金属のような輝きとは裏腹の真っ黒な鮫の用な外見と動きである。
水中を移動しているうちは相手も攻撃してこないが、こちらも攻撃できない。
したがって、海上に姿を現した一瞬を狙い撃たなければならない。
「“天津風、用意はいい?”」
『時津風』が敵が直近くにいることを告げる。
「いつでもいいわよ」
『天津風』はしっかりと両手で主砲を構え、何時姿を現しても良いよう備えた。
そして背鰭を水面に出す鮫の如く、白波だけが暗闇の中少しずつ近づいて来た。
今までの恐怖などお構いなしに『天津風』は速度を一切緩めずに突進した。
「さあ、いらっしゃい!!」
目測500メートルと言う所でついに敵が海上にその醜い船体(からだ)を晒した。
その姿を見るなり『天津風』は一瞬で全身が固まったかのような錯覚に陥った。
青白く光るその眼らしき部位からは一種の殺意のようなものが感じられ、口腔か
ら覗かせる砲は今にも火を噴きそうだった。
先ほどまでの自信は全く無く、自然と構えた主砲を下ろし、跪いてしまった。
「天津風!!」
『時津風』の声で、はっと『天津風』は発動機を吹かした。
低姿勢のまま空中高く舞い上がったイ級を回避し、再び十分な間合いをとった。
「大丈夫、天津風?」
『時津風』が直に近くまで来たが全く反応できなかった。
たかが駆逐艦と思っていたが『天津風』は始めてみた駆逐艦イ級は想像の数千倍も
恐ろしく見えた。
冷静はたもてず、足は竦みガタガタと震えていた。
再びイ級は着水し、接近する様子である。
「相手はたかが駆逐艦、あんなのに負けるはず無いわ、いや絶対負けない!!」
『天津風』は自分を奮い立たせた。
今まで高を括っていた自分に腹が立ったが、何より自分のプライドがここで他人
任せにする事を許さなかった。
『時津風』が憂慮して援護射撃をする中、冷静に真っ直ぐ主砲を白波を立てるイ
級に向けた。
しかしなお震える手は照準を狂わせた。
そしてついに海上に姿を現したイ級は、先ほどよりも素早く『天津風』に接近し
てきた。
しかし『天津風』は一切引かず、主砲弾二十発を全て放った。
ほんの数秒の間に砲弾を乱射し、薬莢は薬室から排出される時の甲高い音を発砲音と共に
辺りに木霊させ海面に落ちる。
そのうち二~三発の命中弾を確認した。
イ級は噴煙を上げつつ迂回したが、略中破状態のイ級を『時津風』精密射撃が襲
った。
あっと言う間にイ級は偶発的爆発を起こし、完全な無効化を確認した。
「こちら時津風、駆逐イ級の撃破を確認しました」
『時津風』は直に旗艦へ報告した。
「“了解、そちらが最後だったようです。直に主力を捜索します、戦列に戻っ
てください”」
新たな指示が下り、『時津風』は移動を始める事にした。
「天津風、早く行くよ」
以前として『天津風』は立ち竦んだ様子であった。
主砲を硬く握り締めて、弾倉を変えることすら忘れていた、息は荒れ、額には汗
を浮かべている。
必死に自分で自分を落ち着かせようとしていたが、全く動揺を抑え切れなかった。
いままで戦闘を楽観視していた自分に異様なまでに憤りを覚えた、まして一番先
頭に立って戦う水雷戦隊に所属していながら、その覚悟の欠如は致命的であった。
「もうっ!!しっかりしなさいよ!!」
顔を左右に振り、自分に言い聞かせた。
「時津風、行くわよ」
強引に自分の動揺した心情を捻じ伏せ、艦隊との合流をすべく移動を再開した。
早朝が近づくも、以前周辺は夜の闇に満たされている。
再び戦列を組みなおした艦隊は、臨戦態勢のまま偵察機からの一報を待った。
その間ずっと、『天津風』は思い悩んでいた。
あの時、はっきり差し迫った自らの死に対して、自分はあまりに無力であった事
を痛感し、一瞬でも怖気づき動けなくなった自分を戒めた。
そして眼差しをはっきりと変える。さもなくば次は間違いなく命が危うい。
三十分しないうちに偵察機からの報告が舞い込む。
「“敵影認ム、7.47N131.0E”」
今度はかなり距離がある、ここから大凡30キロ以上ある。
しかし『神通』は一切の迷いも無く、現場急行の令を下す。
再び最大速力で現場へ向う。
だが今度は先手必勝と言うわけにはいきそうも無い。
今度は数がはっきり分かっていて、計五隻確認、うち二隻が重巡クラスというの
が判明しており、さらに遠方にも艦影を認めていた。
火力的不利に加え、数的不利も重なっており、勝ち目は略無い。
したがって日の出までに敵艦隊を捕捉し、近海まで来ているであろう一航戦に攻
撃を要求するという魂胆であった。
だがリスクが伴う。
もし敵艦隊に接近し過ぎる又は敵艦隊に発見された場合、味方の到着前に止むを
得ず戦闘に突入してしまう、そうなればまず勝ち目は無い。
だがここで取り逃がし、喉の棘として野放しにするわけにはいかない。
速力を限界の35ノットまで増速する。
早く敵艦隊を捕捉しなければならない。
そして出来るだけ早く発見し、間合いを取るしかない。
時間を置けば敵艦隊もそれだけ移動するし、そうなれば不意に接触する危険も増
加してしまう。
「“これより敵主力との会敵が予想されます。攻撃応戦は二の次とし、攻撃を
受けた場合は回避行動を第一として、できるだけ正面から戦闘しないように。火
力はこちらが完全に劣っています”」
『神通』は新たに発見した敵影が主力である事を告げた。
先ほどの戦闘は事が順序よく進んだが、今度はどうなるか分からない。
もっともこの事を恐れたのは『天津風』であった。
先ほどの戦闘でも覚束無かったのに、次の戦闘では果たしてどうなるのか皆目見
当も付かない。
だがこれだけははっきりしていた。
「こんな所で沈む気なんて微塵も無いわ」
囁く様にはっきりそう言った。
一時間の最大速力の後、目標の座標に近づくが敵艦影らしきものは見当たらな
いし、電探にも反応はなかった。
やがて『神通』が、最も恐れていた事態が現実になろうとしていることに気付く。
20ノットまで減速し、陣形を複縦陣へ移行させた。
艦隊の間隔を20メートルまで詰め、防御体制を取るが、以前索敵の姿勢は崩さな
い。
知らぬ間に、緊迫の二十分が過ぎ去ろうとしていた時、事態は急変した。
「後方より艦影確認!!」
皆一斉に振り返った。
そこには朝日の陽炎に揺らぐ敵艦影が垣間見えた。
「神通より一航戦!!緊急空襲要請!!」
すぐさま一航戦へ爆撃要請が出された。
「全艦、全力回避運動!!」
動揺もそっちのけで全員急加速の上回避行動に入った。
目視範囲内と言う事は、重巡の火砲なら既に射程範囲内の危険があるからだ。
つまり何時砲弾が飛んで来てもおかしくない状況である。
『神通』は爆撃のための座標を割り出し、一航戦の返答を待った。
早くしなければ、敵の主力と正面から戦わなければいけない事態に陥ってしまう。
「“鎧袖一触よ、心配要らないわ”」
『加賀』からの無線で一瞬にして場の空気が一変する。
それと同時に上空の雲の隙間から多数の艦載機が姿を現す。
『神通』は識別表示でその艦載機が一航戦のものであると理解した。
最新鋭の艦上爆撃機『彗星』が爆弾を抱き、何千メートルもの上空から急降下爆
撃を仕掛ける。
少しずつ甲高くなるエンジン音とともに『彗星』は急降下し凄まじい速度で敵主力
に接近して行った。
敵の対空砲火が全く無意味に思えるほど勇猛果敢な急降下爆撃であり、まして一
航戦の攻撃隊であるため尚の事であった。
爆弾の落下音とともに『彗星』は海面スレスレで急上昇し、次々に旋回して警戒
態勢へと移っていく。
命中率八割八分を誇る一航戦の攻撃隊は、無慈悲にも敵中規模艦隊の頭上に250
キロ爆弾を投下した。
あっと言う間に、敵艦は海上から姿を消し、悉く海中に没した。
轟音と黒煙の上がる中、朝焼けに染まった海上は再び業火によって染め直される
事となった。
目の前でおこる事は、まるで戦争映画の自軍の武勇伝のようであり、信じられな
いと言う様子で、『天津風』を始めとする二水戦は只々見ていた。いや、魅入られ
ていたと言う方が正しいかもしれない。
やがて空中で円を描く十数機の『彗星』は、二水戦の安全を確信したかのように翼
を左右に振り、帰って行く。
間もなく、西の彼方に一航戦を始めとする主力艦隊がその姿を見せた。
「“無事で何よりです、二水戦の皆さん”」
『赤城』が艦載機を収容しながら祝福の言葉を口にした。
突如現れた一航戦の艦載機は一体どうやって駆けつけたのかが気になるが、二水
戦の一同も漸く胸を撫で下ろした。
「有難う御座います。どうやって攻撃隊を?」
『神通』が最も気になっていた疑問を投げかけた。
「“ずっと貴女達の上空(うえ)にいましたよ”」
『赤城』が恰も当然のようにそう言い放ったが、それは絶対に不可能である。
作戦は戦闘開始の日付変更前から早朝まで行われていたので、事実上上空に留ま
り続けるのは不可能である。
「“簡単な事ですよ。爆撃隊と攻撃隊とでずっと交代させていただけですから、
でも艦載機の子たちにはかなり無理をさせてしまいましたが”」
つまり、航空隊は燃料が無くなれば母艦へ戻りそれと同時に同じ空域に他の攻撃
隊が待機するという人海戦術をもちいたのである。
「無茶なことをしますね。でも私たちはそれで助かったのですが」
『神通』は一航戦の並々ならぬ努力に感謝した、なにせ深夜から早朝まで艦載機
を随時発艦収容を繰り返したことになるからだ。
しかしこれは一航戦の力量を見せ付けられた事になる。
艦載機の練度、そして彼女等自信の忍耐力の高さ、全てがこの海戦の勝因である
ことを物語っている。
両艦、全艦載機を収容した後、二水戦と第六戦隊の先導により本格的な爆撃作
戦のために島への再接近が開始された。
一度深海棲艦の巣窟となった島は、人が上陸できる状態にするために焼き払わな
ければならない。
よって、艦載機の爆撃は勿論、砲撃によっても攻撃を加える。
一航戦中心の輪形陣を形成し、航空攻撃の範囲内に島が入ると同時にまず空襲
が開始され、航空隊による第一次空襲後、第六戦隊の三式弾による砲撃が始まる。
「第一次爆撃隊、発艦始め!!」
「第一次攻撃隊、発艦開始」
『赤城』『加賀』両名による艦載機隊の発艦が開始された。
一回の投矢で五~六機の艦載機が発艦可能であり、しかも今回使用される艦載機
は最新鋭の艦上攻撃機『天山』である。
60キロ爆弾を六個ずつ抱いた計四十八機の第一次攻撃隊は、空中で陣形を展開し
つつ上空を目指しエンジン音を轟かせる。
「提督、無事に作戦完了しました」
『神通』はエンジン音が遠ざかったのを見計らって、提督へ連絡を入れる。
「“御苦労様、全員無事だな?”」
「当然です」
提督は旗艦の一労を労いつつ、『天津風』の様子を気にかけた。
「“天津風。初めてなの休みなしに夜間任務に就かせてすまなかったな”」
「大丈夫よ、これくらい」
『天津風』は何時も通りに返答したつもりだったが、提督はその押し殺された声
の震えを感じた。
「“怖かったか?”」
直球な質問に、全員が沈黙を決め込む。
こんな質問に対してなら、いつも彼女なら一掃する質問だが、自らの感情を見透
かしたかのような質問に彼女は正直に答えた。
「……ええ、怖かったわ」
暫くの沈黙の後、『天津風』は躊躇しつつ答えた。
「“そうか、なら良かった。いきなり初陣で有頂天になってもらっては困るか
らな”」
「私を誰だと思ってるの?そんな一勝や二勝したくらいじゃ満足しないわよ」
提督の冗談雑じりの返答に『天津風』は食って掛かったが、提督は何時ものよう
な『天津風』に安心した。
「“そうかそうか、なら今後もよろしくたのむよ。私も君を次の勝利へ導ける
ような作戦を立てるよう努力しよう”」
何の返答もしなかったが、『天津風』は“勝利”という自らが掴み取った名誉を
噛締めた。
「いいわ。ねぇ、私、貴官(あなた)の信頼に答える事ができたのかしら」
少し微笑んだ様子で『天津風』が明るい声で問いかけた。
「“ああ、きっと答えてくれたと信じている。戦果を楽しみにしているよ”」
提督は『神通』よりも先に、直接帰投命令を出した。
「さあ、皆さん。あとは一航戦の方々にお任せして、帰還しましょう」
『神通』は礼儀深く敬礼し、提督からの帰投命令を伝える。
『赤城』は二つ返事で帰投を認めた。
「お気をつけて」
此処に正式に第二水雷戦隊の任務は完了された。
『天津風』は全ての不安を排除しきれたわけではないが、少し楽になった気がし
ている。
同時に、自らの初陣を血に染めずによかったと、少し安心していた。
波を蹴立てて、真っ青な海空の間を白い尾を引いて帰投の途につく。
だが、『天津風』はまだここが本物の戦場ではないとは信じようとはしない。
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