天(そら)別つ風   作:Ventisca

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今回は主に加賀さんを中心に天津風の思考と話が進みます。
そのなかに南方司令部施設の内部紹介的な部分を盛り込んでみました。
この司令部は陸軍と海軍の共同経営なので、いろいろと混在しているイメージです。
この小説中でもご他聞にもれず陸海軍の仲は悪いですが、今の所地方駐屯地では仲はそこそこ良い感じです。


第漆章 その決意に応えて

 事は終に結した。

ただ、無力感と喪失感がこの部屋を占領している。

内心から沸いてくるのは、不思議と怒りではない“何か”であった。

おちおち悲しんでなど居られないということは百も承知だ、そして何をしなければならないかもはっきりしている。

棄世の静寂を提督は過去のものとして捨て去る。

 「通信途絶時間は」

冷静に通信技士に尋ねた。

 「現地時刻、マルハチサンサン(午前八時三十三分)です」

 「了解した、本国に国葬の手配をしろ。海軍“元帥”閣下の死を悼まなくてはならない」

非公式にだが、ここに十四人目の元帥が二階級特進により誕生した。

提督は憂鬱な心を押し込め、今自分が何者なのかという初心的な思考に専念した。

自らの願望、これからやりたいこと、そして我等全員に課せられた“人類の願い”、そしてなさねばならない事。

まず提督は『天津風』に言い放つ。

 「まず一航戦の彼女等を迎え入れなくてはならない、悪いが第十六駆逐隊のほうで湾の入り口まで迎えに行ってくれないか」

その言葉にハッとしたのか、『天津風』は背筋を瞬時に伸ばした。

だが彼女は混乱とは違う、何か別の感情が渦巻いているようで、すぐには返事をしなかった。

 「彼は、死んだのよね」

確認するように尋ねた。

 「そうだ」

冷淡に提督は答えた。

事実を述べ端的に物事を捉える、一人の人間である以前に我々は軍人で、今なすべきは復讐ではなく、旧友を殺した敵の一掃であり、それが本来の任務だ。

『天津風』もそれを繰り返し自分に言い聞かせる。

そして自らに言い聞かせた事実は、誰が死のうと変わりは無い。

同時に提督の中ではもうすでに事は決していることが分かった。

 「わかりました」

勇ましくそう答え、『天津風』は小走りで部屋を出て、駆逐隊出撃の手筈を整えにかかった。

彼女自身も、ここで一つ思考の区切りをつけたつもりだった。

だが、ここでもなお、はき捨てる事のできない罪悪感を復讐心が胸の底から湧いて来るようだった。

 

 

天候が怪しい中、『天津風』所属の第十六駆逐隊は全四隻でギールヴィンク湾に出撃した。

主砲には予め三式弾が装填されていて、南方司令部からの指示で電探連動の対空戦闘も行えるようにした。

そのまま通信機を持ってきている『天津風』先頭に、『時津風』『雪風』『初風』が続く。

白波を蹴立てて進む船舶は自分達以外見つからない。

そのうえこの灰色の空ということもあり、不穏な雰囲気が湾内に立ち込めている、つい数時間前に空襲があったのだから無理も無いだろう。

 「雨が降り始める前にとっとと帰るわよ」

『天津風』が隊を急かして、湾の入り口に向う。

『アジャンクール』撃沈判定から三十分強経った頃、突然通信が入った。

『赤城』『加賀』率いる一航戦は北側から湾に侵入してくると分かり、隊は針路を北へ取る。

白波を蹴立て、四隻は空模様に気を使いながら目的地まで疾走する。

巡航速度20ノットで五分航行すると、潮の流れの速い外洋と湾の境目に到着した。

そこからさらに十分ほど海域を周回していると、やがて先頭の第六戦隊が目視範囲内に入った。

『天津風』はすぐに南方司令部の管制に友軍艦隊帰還の吉報を入れた。

 「よく無事に帰還されました」

『時津風』が一航戦含む極南乙方面艦隊全員に声を掛ける。

 「護衛御苦労様です」

すぐに第六戦隊の『古鷹』が返答してくれた。

いつもそこはかとなく笑みを浮かべている彼女でも、今ばかりは傷心を禁じえない。

後方50メートルに一航戦の二人の姿を認めた。労うために『天津風』は声をかけようとしたが、それよりも先に『加賀』が口を開く。

 「次段の作戦はいつですか」

彼女等と並走しようとしている『天津風』に問いを投げた。

 「次段の作戦実施はいつですか」

いつものような落ち着いた冷静沈着な彼女の声の裏には、はっきりと哀しみと憤りが滲み出ていた。

 「まってください。お気持は分かりますが、一度司令部に戻っていただかないと」

そう言われると、『加賀』は一度息を吸い、気を落ち着かせた。

 「そうですか・・・」

彼女等は艦隊こそ無傷だったが、自らの司令官を失ったという事実と、それを救う事が出来なかった後悔に苛まれている事だろう、と『天津風』は思った。

だが『加賀』はそうではなかった。

自分達の力ではどうしようもなかった以上、それを上回る力を欲している。

もとい『加賀』は、自分の持てる全ての力をその時持っていたわけではない。

次こそはを彼女は復讐とも言うべき真情を抱いていた。

一路、反攻を企て南方司令部へと一目散に向かう。

 港に着くと、すぐに秘書艦としての仕事が『天津風』を待っていた。

まず、極南乙方面司令官の殉職による艦隊司令官不在を補うため、これから新任の提督が選出されるまでの一ヶ月ほど、乙方面艦隊は丙方面艦隊司令部の隷下に臨時編入された。

この事は本土海軍司令部からの直々の命令で、秘書艦もそれらに関係する書類の要項に目を通したり、署名をしなければならなかった。

一方帰還した乙方面艦隊は、落胆とする中司令部の車両で司令部まで移送された。

反攻するにしても、今回は三個以上の司令部の合同作戦なので、ここで変調を来すわけにはいかない。

しかし、行動は直ちに成された。

『天津風』は最後に港を離れ、司令部に戻ってきた。

駆け足で階段を上り切り、提督室の扉を開くと、乙方面艦隊旗艦『赤城』と『神通』が待っていた。

提督は外出用の略服のまま執務室のデスクに腰掛けることなく、引き出しから作戦展開海域の海図と、今年度作戦表及大海令諸要項書綴の分厚い冊子を机の上に投げた。

 「作戦には、基本的に変更はない。はずだった」

提督は重々しく第一報を明かした。 

 「本土の解析では、作戦戦力には一切の支障は認めないが作戦遂行能力に少し問題があるとの事だった」

提督が『加賀』達と同様に落胆の色を隠せないのは、彼の死ばかりではないらしかった。

そして三人は、次の提督の言葉に注目する。

 「事と次第によっては、明日にも“ハインリヒ献身隊”を派遣するとの通達だった」

瞬時に三人の顔は落胆からの復帰から、再び憔悴の顔色へと変わる。

むしろ、この対応に気分を害するといっても過言ではないだろう。

彼女等が最も忌み嫌っている、海軍が作った部隊、献身隊、いわゆる“捨て駒”だ。

そして海軍は、この部隊を攻略困難を思われる作戦に投入する傾向がある、つまり、今回の作戦が極めて困難な局面に陥っているという事も意味している。

今回派遣される可能性がある、『ハインリヒ献身隊』は海軍の保有する“捨て駒”の中でも最も実力のある、なおかつ最も数の多い部隊だ。

世界で艦娘を保有している四ヵ国の中の一国、カイザーライヒ・ヴァイマール帝国が由来のこの部隊は、最初は人類の高速艦艇などを利用していたが、効果が薄かったため、海戦の流れに取り残された三等戦列艦などの旧式艦娘を利用するようになった血生臭い歴史を持つ部隊であった。

この部隊は艦娘達による海軍組織当時から存命され続け、現在に至る。

『天津風』も、この部隊に関してはよく知っていた。

なにせ、本土の頃暮らしていた、地下のまちに予備役となっていた艦娘の半分はこの部隊に所属していたからだ。

だが、彼女等のこの不等な扱いも、自分達の“生い立ち”を理解している『天津風』は誰も恨む事は出来ない。

 「献身隊は、我々の海域突入の十二時間前に戦闘に介入し、敵の索敵能力を散漫させて航空攻撃の精度を向上させる狙いで投入される。酷い話だが、一方的に決定されたことだ、私にもどうする事もできない」

顔を顰め、『神通』はあからさまに反攻の意思を表した。

もちろん提督へではないが、普段からの彼女の性格を考えると、こんなにもはっきり嫌悪の表情を見せるのは珍しかった。

 「ちょっと待ってよ。献身隊を投入するほど、今回の作戦は重要なの?こんな島嶼奪還作戦なんて、今まででもいっぱいあったでしょう」

同意するかのように『神通』と『赤城』が提督を凝視した。

 「今回の作戦自体は、大規模じゃない。だが今回の作戦は東方打通作戦の重要な局面らしく、遅延や支障は許されんようだ」

 「そのような作戦の告知は今年度された覚えはありませんが」

『赤城』がその言葉に食い付いた。

提督を責めるような口調ではなかったが、脅威の心情が込められていた。

 「この件については、私も詳細は始めて知った。恐らく、一定の戦果を上げた後に告知するつもりだったんだろう。無論他の司令部にも」

思わず『神通』は舌打ちした。

提督も、悪態が口を吐くところで押し留めているように見える。

中将という階級でも、提督等は中間管理職で、上からの指示に従っているだけだ、そしてその上が腐っていることも重々承知のつもりだった。

苦い顔で、提督は続ける。 

 「この作戦は、おそらく陸軍の南下政策も関わっているんだろう。立場上、海軍はこれを断れなかった可能性もある」

そこまで言って、提督は一歩前に出て、机の上にある作戦要項綴を手前の本棚へと投げやった。

 「ならば、今回の作戦は献身隊の参戦は必至だ。それも踏まえて行動してほしい。あくまで、彼女達は“捨て駒”などではない、今までを戦った歴戦の勇士であり、君たちと同じ仲間だ」

三人は無言で頷き了承した、無論言われずともそうするつもりだったのだろうと、提督は思っていた。

 「作戦開始を半日早めて、『彩』島へ急行し残り二つの司令部と歩幅をあわせる。『赤城』等一航戦は、装備を一級戦闘装備へ改めて出撃することになっているが、今回『空母棲鬼』の存在が確実視される以上、装備は特級戦闘装備で出撃してもらう、ほかの隊は変わりない」

『赤城』の表情が険しくなる。

特級戦闘装備は、彼女等もまだ数回しか配備されたことがない秘匿性の高く、且つ強力な艦載機装備で、これが投入されるという事もまた今回の作戦の困難を物語っている。

特級装備は、常時装備の零戦五二型、天山、彗星の傑作機ではなく、烈風、流星改、彗星一二型甲、彩雲を装備した空母艦娘が装備できる最上級の装備であり、これらの開発コストも並大抵のものではない。

 「今回の作戦、決して今まであったような軽率な奪還作戦ではない。人類反攻の大きな足がかりとなる作戦なる、私としても持てる知恵と君達にできる事、望むことは可能な限り施そう。だが、最後は君達の実力だ、私もその実力を信頼する、だがくれぐれも命の安売りだけはしないように」

提督は、反抗と復讐心まみえる彼女等を押し留めるかのように、最後に釘を刺した。

閉ざされた感覚と空気を入れ替えるために、提督は金刺繍の施してある漆紅のカーテンを絞り、両開きの縦横1メートル半ほどの窓を開けた。

閉ざされていた執務室に、少しばかりか外の風が舞い込んでくる。

空は燻銀の厚く垂れ込めた雲を湛え、風の様子から今にも雨が降り出すことを暗示していた。

暗い裸電球の灯りから、外からの光に室内は代わって満たされ、『天津風』は正面にある窓から視線を逸らした。

 「では、今日の残りはゆっくり休め」

一切の礼儀事無しに、提督は即席の報告会を閉じた。

執務室から出る三人には、次の作戦への期待と自信の顔色は一切見られず、ただ不安と欺瞞への中傷が滲み出る。

提督は彼女等と一緒に執務室を出た時、『天津風』を少し諭した。

 「すまないが、作戦が始まった後から加賀さんを少し見張っていて欲しい」

ギョッとした表情で『天津風』は提督を見返した。

そこで少し間を置き、提督が言いた気な事とこれから何を頼まれるか考えた。

 「いいたい事はだいたい分かったけど、たまには少し自分でやったらどうなのよ」

 「それは少々無理な事だな、こればっかりは私にはできない。だが今後気をつけよう」

申し訳無さそうに視線を下に向ける。

 「わかったわ、今回までよ。ということは私は機動部隊の直轄護衛に回されるわけね」

 「話が早くて助かるよ、本当にすまない」

バツが悪く提督は頷いた。

提督は片言に指示を言い残し、内陸にある長々距離通信施設に車を転がした。

忙しく、彼女等一航戦とここ(南方司令部)に留まったのは僅か一時間の間である。

提督はまず執務室に戻り、武器庫の解放を指示した。

外産製の12.7センチ連装両用砲を指揮下駆逐艦全員に装備させて、今後増加するであろう対空戦闘を優位に進める。

次にメモ用紙に綴って渡したのは、弾薬箱のシリアルナンバーと他の雑多装備の保管場所だ。

『天津風』は自分に課せられた任務の誇らしさと面倒臭さに溜息を搗く。

だがこの仕事が終わると後は自由にしてよいとの事だった。

 施設は意外と広く、司令部の本塔だけで縦横100メートル、中央には中庭が設けてあるが、今は何も無いようだった。

階段を降りながら、『天津風』は人工物に囲まれた此処を少し物悲しく思った。

メインホールからは出ずに、そのまま真逆の方向にある関係者用玄関から外に出ることにした。

メインホール正面の玄関は、先程の小規模空襲とその他諸々の不祥事の処理に追われる陸軍下士官と海軍上士官とでごったがえしていたため、『天津風』は人ごみを避けた。

裏口は正面玄関の大きな両開き二対の扉とは違い、一枚の扉しかなく、場所もメインホールの正面にある階段の裏と目立たない場所にある。

関係者用玄関を出ると、すぐに数段の階段を小走りで駆け下り、司令部の建物にそって裏庭を武器庫に向って歩いた。

裏庭は広く設けられていて、庭というよりも荷物や車両を留置しておくスペースとして作られたように思える。

通りと司令部の敷地を区切る壁までは50メートル弱あり、そのスペースには陸軍の九四式トラックと一式装甲兵車が同じく数台、そして唯一まともな戦闘車両である四式軽戦車ケヌが丁重に覆が被せられている。

50メートル歩くとようやく建物の端に辿り着いた。

そこで一際目を引くのは海軍上士官用車両のパッカード・ビクトリアが小屋に収められている。

最近使用された形跡はなく、手入はされているように見えるが薄っすらと埃を被っていた。

その小屋と司令部建物の間に、年季を感じるレンガ造りの武器庫が設置されている。

半二階建の武器庫は、屋根は平らで、入り口は錆の目立つリベット止め鋼鉄扉が構えている。

だが扉は施錠されてはいなかった。

重く扱いにくいドアを開けると、倉庫内は弾薬箱の材料である杉材の香りで満ちていた。

灯りはどうやら低ワット数の電球一つだけらしく、恐ろしく暗い。

『天津風』は自然と暗闇を避けて、すぐに目的の箱を見つけようと急ぐ。

箱には二種類あって、主に杉材と鉄製があり、鉄製が弾丸が収められ木製には砲弾が収めら

れているという簡単な区別がつく。

全ての木箱に「G.I.J.Navy」と記され、その下に旧漢字で種類が手書きされていた。

奥に駆けると、倉庫の一番端に「簪年艦隊専用弾薬種諸々」と書かれた木箱が山済みにされている。

『天津風』は貰ったリストを確認してシリアルナンバーと照らし合わせた。

どうやら手前にある十箱全てが今回分配される弾薬らしい、ざっとみて一箱五千発と見て計五万発の12,7センチ砲弾がある。

一通りチェックし終わって、『天津風』は溜息を搗く。

弾薬庫の入り口に立って、雲間から僅かに漏れる日光を見上げ、そしてゆっくりと最近起きたことに思考を巡らせた。

人類の非力さを思い知った渡航、夜が嫌いになった初戦での遠征夜戦、見えないところで死んでいく提督の旧友・・・。

思えば、ここに来てまともな目に遭わなかった。

おまけに、今は仲間である『加賀』の監視紛いな事まで頼まれている。

提督の“腹”は知ってのことで了承したつもりだが、少し罪悪感があった。

すぐそこに決戦を控えて、このような気構えではいけないことは分かっていた。

だが、戦場ではよくあることで、身内(なかま)が死ねば必ず士気は下がる、それは嘗て戦線に立った艦娘達から聞いたし、自身百も承知だった。

精神的ダメージが大きいのは今回『加賀』だが、周りも否応無しに巻き込まれる。

それに、『加賀』にとって提督はただの上司ではない、彼女の中でもっとも大きな存在だ。

そんな提督を失った彼女が、戦場で仇である空母棲鬼と直に戦えば、おそらく身を賭しても倒そうとするだろう、簡潔に言えば彼女を死に急がせないのが『天津風』に託された一種の任務だった。

そこで『天津風』は考えるのを止める。

考えれば考えるほど陰鬱な気分になる、そんな気持ちの曇空を掃うかのように屋内に駆け戻る。

だが空はいよいよ降ってきそうなほど暗かった。

 数分しか経っていないにも関わらず、正面玄関は驚くほど淋しかった。

車両は全て出払われ、屋内にもほとんど人影は無い。

正面から入ると、吹き抜けのメインホールにはいつもとは違う“自然の声”で満ちていた。

カーテンの棚引く音、風が隙間を駆け抜ける音、揺れる窓ガラスの音、パラパラと木霊する舞う書類の音。

曇りガラスを通した日光は、空虚なホールを鮮やかな色彩を無視して灰色に染め上げる。

しかし、『天津風』は少し心が落ち着く雰囲気だった。

階段にも、廊下にもただ自分の足音しか響いていない異様な光景が、どこか懐かしい。

大理石とコンクリート造りの屋内をまるで自分だけ居るかのような錯覚になりそうだ。

最上階まで上がると、少し人気があることに気付かされた。

この階にはほとんどの艦娘の部屋があって、今は自室待機命令が出ている。

『天津風』は早く『時津風』の居る部屋に行こうと、最後の仕事を終えようとしていた。

最後は、このリストを執務室にある兵器関連の冊子に綴じるだけだ、これをやらないと次の補給が受けられない。

執務室の重厚な両開きのドアの前に立って、以前のようにドアをノックしようとした。

ノックする直前に、自分が今秘書艦であることを思い出した、ノックの必要はもはや無い。

そこで、『天津風』は両開きのドアの右側が僅かに開いている事に気付く。

数秒躊躇ったが、ドアノブに手を掛けてゆっくりとドアを開ける。

まず顔だけ隙間からのぞかせ、中の様子を一瞬確認した。

そして、ドアをほぼ全開にして室内に足を踏み入れた。

その時、『天津風』の襟元を一陣の青い風が撫でる。

まず気付いたのは執務室の窓が開けられていた事、そして次に気付いたのは、司令官デスクの革椅子に『加賀』が座っている事だ。

彼女は膝を抱え、寂しそうに椅子に縮こまっていた。

『加賀』は少し驚いた様子で、椅子から立ち上がった、だが決して表情には出さずゆっくりと立ち上がる。

 「忸怩な所を見られてしまいましたね」

彼女は照れ隠して真っ直ぐ『天津風』を見られないでいた。

だが驚いたのは『天津風』のほうだ。

こんなにも弱々しく健気で、可愛らしく頬を染めた彼女は見たことがない、恐らく他の者の見たことはない、一人を除いて。

 「・・・・・・一体何を?」

『天津風』は言葉に詰った。

 「少し、寂しくなったんですよ」

意外にも彼女らしからぬ予想外の台詞だ。

 「ここは私のいつもの居場所、提督といつも二人ですごしていました。だからここは私の居場所なんです、でも提督がいなくては私の居場所ではない気がして―――」

そこで『加賀』は口篭る、彼女の心の枷が外れたように、本当の気持が語られている。

彼女も艦娘である以前に一人の女性だ、最愛の人を亡くした悲しみは、自分で押さえ込めるほどのものではないだろう、そのことは『天津風』にも分かる。

 「あの、加賀さん」

思い切って自分も少し自分の気持を伝える。

 「こんなこと、少し馴れ馴れしいかもしれませんけど。彼の為にも、これからも頑張ってくださいね、私も次は御一緒させていただきます」

『加賀』は全く表情を変えずに、後ろを向いた。

しばらく返事はなかった、嫌な間が執務室に漂う、彼女の返事次第で『天津風』はどう返そうか考えていた。

彼女がもし、その命賭けても復讐を誓うのなら、もはやそれを阻止することは自分にはできないだろう。

彼女はゆっくりと振り返って、優しく『天津風』に微笑みかけた、どこか寂しく慈愛に溢れる笑みだった。

 「皆が私を心配してくれているのはわかりました、でも私は大丈夫です。提督に生きろと命じられた以上、それに従わない訳にはまいりません」

力強く彼女はそうきっぱり言い切った、そして続ける。

 「私は彼の剣、彼に寄り添い、彼の理想のために力を振るう。ならば私は彼の命令に従うため、生き残るために戦うまでです」

そこまで言うと『加賀』は口を噤んだ、『天津風』が心配するまでもなく彼女は既に決心はついている。

『天津風』は彼女の微笑みに応えるように、微笑み返した。

一瞬で、これまで悩んでいた事が、ただ深く考えすぎていたと思えた、皆同じように故人と折り合いをつけて、自分がどうすべきか分かっている、自分にあのような頼み事をした提督は心配性なのかもしれない。

 「次は、私も戦います。みんなの力になれるよう、おちおちしていられません」

同じように『天津風』血気づいて見せた、そしてここで自分も決心した、自分もあの心配性であろう提督に心配されないような艦娘になると。

『加賀』は窓の外に目線をやり遠くの海を見据え、そう息衝く『天津風』に言った。

 「今度の戦い、負けるわけにはいきません。必ず勝ちます、私が勝たせて見せます。この第一航空戦隊の名に懸けて」

目線の先には、眩い太陽の光を湛えた海が、その希望の光を乱反射させていた。




あけましておめでとうございます。
昨年度中に投稿しようと思っていましたがなかなか煮え切らず元旦まで延びてしまいました。
お待ちになっていた方には深く謝罪します。

今年もこの作品をよろしくお願いします!!
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