スズ・クラネルという少女の物語   作:へたペン
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お祝いをするお話。


Chapter02『お祝いの仕方』

「ベル様ー! スズ様ー! こちらですよー!」
 待ち合わせの時間より早く『豊饒の女主人』に着いた筈なのにリリはもっと早くに席について待っていてくれていたようだ。

 多くの客でにぎわっている酒場の中、店の奥の方で椅子に乗ったリリが嬉しそうに手を振っている。
 テーブル席にはリリの他にシルとリューが座っていることから今まで雑談をしていたのだろう。

 そんな最中でも多くの客の中からベルとスズをすぐに見つけられたリリは本当に幅広くものが見えているんだなとベルは思わず感心してしまった。
 ベルの為に歓迎の席を用意してくれているみんなのところに向かい軽い挨拶をしている最中、周りが少しざわつき始めた。

「うし、『白猫ちゃん』来た! ほら見ろ当たりだ!」
「『豆柴ちゃん』がいるからその時点で俺の負けだろ。くそ、もってけ泥棒!」
「スズたんキタコレ!」
「『白兎君』おめでとー! あれ、今は『最速の白兎(リトル・ルーキー)』かな。とにかくおめでとー」
世界最速兎(レコードホルダー)? あんなひょろいガキがか? 『あの里』出身だからっていくらなんでも一ヶ月はねぇだろ」
「でも、LV.2冒険者とミノタウロスを殺ったのは本当らしいぜ。『白猫』の方はダンジョンに大穴を空けたとか。怪物(モンスター)とあいつ等どっちが化け物なんだか」

 ほぼあっているがザニスは殺していないからそこはおっかないので訂正してもらいたい。
 スズは特に気にした様子もなく遠くから声を掛けてきた冒険者達や神様達に軽く手を振っている中、今迷宮都市(オラリオ)で自分達はどんな扱いを受けているんだろうとベルは思わず引きつった笑いが出てしまった。

「『あの里』出身ということで馬鹿げた速度でのランクアップはあまり驚かれてはいませんが、スズ様だけでなくベル様も人気になってしまいましたね」

「いつも皆スズの話題ばかりしてるからなんだか落ち着かないんだけど……」

「名を挙げた冒険者の宿命というものです。『あの里』出身ということで変なちょっかいを掛けて来る人達がいない分ベル様はまだマシな方ですよ。普通一ヶ月半でランクアップしたなんて聞いたら娯楽に飢えた神様達の注目の的になって今頃追い掛け回されていたと思いますよ?」

「そういえば神様と歩いていたらなぜか……その……か、彼氏扱いされて女神様達に追い回されたことがあったっけ。あれが日常茶飯事になるのは嫌かな」

「ヘスティア様方面で既に一度経験済みでしたか。ベル様もそうですがスズ様も本当に気をつけてくださいね。『あの里』のネームバリューも良し悪し関係なく度が過ぎた感情の前では無意味なんですから。ザニスみたいに自分の欲望に忠実な悪い人がいることを忘れてはいけませんよ?」

 リリは追いかけられた事実がすでにあることを呆れ、今後のことを心配してくれて、最後には「今日は祝いの席ですしこのくらいで湿っぽい話は抜きにしましょう。おめでとうございます、ベル様」と最後はそう笑いかけてくれた。
 仲間って本当にいいなとベルは自分の心が温まっていくのを心底感じる。

「ふふ、ではベルさんとスズちゃんもいらっしゃったことですし、少し早いですが始めましょうか」
「シルさん達はお店の方は大丈夫なんですか?」
「私達を貸してやるから存分に笑って飲めと、ミア母さんから伝言です。後は金を使えと」

 女将のミアが気を利かせてくれたのだろう。
 主にシルが変な料理を人前に出さないように。
 今日はハメを外して騒いでもらいたいのかシルもスズに給仕服を着せようとはしなかった。

 ミアのおすすめでベルはエール、スズはいつも通り蜂蜜酒、リリはジュース、シルは果実酒、リューは水、それぞれグラスに持ちベルのランクアップを祝って乾杯をした。

 食事はこれまたいつも通りスズが注文していくが皆で食べるだけあって注文量がいつもよりかなり水増しされている。
 あっという間にテーブルが料理で埋まる様にリリは少し呆れてしまっていた。

 シルが酌をとったり料理を小皿に移したりとせっせとベルの世話を焼きながら嬉しそうにベルに話しかけている。
 リリが負けじとスズに世話をし出すと今度はシルはスズの世話を焼き出し、入れ替わるようにリリがベルの世話を焼き出す。

 二人とも普通に笑っている筈なのにものすごい威圧感をベルは感じてしまった。
 何をこんなにも張り合っているのだろうか。
 結局それが分かる前にスズが「食事は仲良く食べるものだよ?」と子供らしく頬を膨らませて機嫌を損ねそうになったところで謎の給仕対決は終わりまた普通の楽しい雑談が始まる。

「クラネルさん、今後はどうするんですか? 貴方達の動向がいささか気になります」
「えっと、とりあえず装備品を整えようかと思います。防具とかいっぱい壊れちゃったんで」
「だから明日りっちゃんと一緒に破損した武具を購入した後、私がランクアップするまでは12層までの探索にとどめておこうかと思っているんですよ」
「なるほど、賢明な判断です」

 リューの質問にベルが答えるとスズがそう補足をつけてくれた。
 リューが聞きたかったのは今後の方針だったようだ。
 するとなぜかリリが申し訳なさそうな顔をしてしまう。

「方針的にはそうなのですが、すみませんスズ様、ベル様。実は下宿先の仕事が急に立て込んでしまいまして……。明日、リリは同伴できそうにないのです」
 どうやら一緒に買い物にいけないことを申し訳なく思ってしまったらしい。
 リリはベル達のサポーターの他に下宿先の手伝いや【ソーマ・ファミリア】の方針を変える為に頑張っている最中なので忙しい身なのは十分理解している。

 一緒に買い物が出来ないのは残念に思うが、今までやりたいことすら満足にできなかったリリにやりたいことをさせてあげたいというのが正直な気持ちだ。

「いつもリリにはお世話になりっぱなしだし気にしないで大丈夫だよ。ちょっと気になる鍛冶師(スミス)もいるし、スズがしっかりしてるから間違った物を買うこともないから心配しないで」
「そうだよりっちゃん。また時間がある時に一緒にお店回ろうね」
「ありがとうございます、ベル様、スズ様。もう少しで【ソーマ・ファミリア】の方は落ち着きそうです。おそらく遅くても来週にはサポーターとして完全復帰できると思いますよ」

 なによりも一緒に冒険してくれることも楽しみにしてくれていることがリリの笑顔から感じ取れたのが嬉しかった。

「思ったより早く毒気が抜けたみたいだね。やっぱり『あれ』が効果あったのかな?」
「はい。スズ様の再現度は完璧でしたから。あのような物を作らせてしまって申し訳ないです」
 スズとリリが苦笑をした後ちらりとシルの顔を見て、それにシルは不思議そうに首を傾げた。

 『神酒(ソーマ)』の酔いは時間で醒めるものだが、もっと手早く覚まさせる案はないかとリリが『レスクヴァの里』の知識頼りに相談したところ、スズが『美味しい物に酔っている』なら『不味い物を与えてショック治療』をすればいいのではないかと物は試しにシルが作り出してしまった『物体X』を完全再現してリリに渡したのだ。

 シル本人が作ったものを直接渡さなかったのは『味はともかく不味い物を作らせるのは失礼だから』といった理由からだが、『不味い物』として真似るのも十分失礼な気がした。
 しかし実際に『物体X』と化してしまっているのだからそれも仕方がないことだとベルが苦笑したのはつい最近のことだ。

 今の会話の流れからしてどうやらそのショック療法は成功してしまったらしい。
 神威を放つソーマの威厳と違反を犯せば『物体X』を食べさせられる罰、真面目に頑張っている者には未完成のソーマを分け与える褒美。

 真面目に頑張りランクアップした者には『神酒(ソーマ)』を与える餌も吊るされているが、どちらかというと今の【ソーマ・ファミリア】は『物体X』から逃れる為に頑張っているようにも見えなくもない。
 好き放題できなくなったことを耐えられない者達は出て行ったようだ。

 冒険に向いていない者は酒の販売と宣伝もしくはサポーターとして頑張ってもらっているらしい。
 リリがサポーターの役割や重要性を【ソーマ・ファミリア】に叩き込み、【ファミリア】間の亀裂を埋める為に怯えている子も含めて話し合い寝食を共にしたことで、まだまだ亀裂は大きいものの酔いが醒めたこともあり加害者側が罪悪感を覚えてくれたのは大きかった。

 被害者側が人間不信に成り過ぎていて差し伸べた手を中々取ってくれなかったようだが、最近ようやくリリとなら目を合わせて会話してくれるようになったらしい。
 リリの頑張りは確実に【ソーマ・ファミリア】を良い方向へと持っていっていた。

「りっちゃん、このまま【ソーマ・ファミリア】のことに集中しててもいいんだよ?」
「確かに手間のかかる子達ばかりなので心配ではありますが、スズ様の方が危なっかしいのでお二人のサポーターを止めるつもりはありません。もしもリリを置いてきぼりにしたらいくらスズ様でも引っぱたきますよ?」

「ごめんね。ありがとう、りっちゃん」

「いえいえ。スズ様のこともベル様のこともリリは大好きですから離れたりしませんよ。それはもうスズ様の義姉になってリリルカ・クラネルになってもいいくらい大好きなんですから、ええ!」

「そうなると僕がリリの義兄になるのかな。リリなら神様も大歓迎だと思うし、いつでもコンバージョンしにきてよ」

 ベルがそう言うとなぜかリリはむくれてすねてしまった。
 何か悪いことを言ってしまったのだろうかと首を傾げていると、シルがご機嫌そうにベルのジョッキにエールを注いでくる。

「では、スズがLV.2になり次第そのまま中層に挑むおつもりですか?」
 一方リューは話の切れ目だと判断して先ほどの話の続きを振って来た。
 友人であり教え子であるベルとスズを心配してくれているのだろう。

「できればりっちゃんもある程度自衛ができるように鍛えてあげたいところですが、理想は前衛か回復役が後一人は欲しいところですね。ダンジョンの奥まで行くとなると私の精神力(マインド)が尽きた途端に戦線が維持できなくなってしまいますし」

「それは同意見ですが、スズ様がランクアップなされるだけで余裕が持てるとリリは思いますよ?」

「それでも数で来られたらどうしても【魔法】に頼らなければいけなくなっちゃうから、りっちゃんをカバーする為にももう一人居てくれたら嬉しいかなって」

 ダンジョンの基本は三人一組だがリリはサポーターである。
 リリはサポーターとしての能力は秀でているものの戦闘能力は低い。
 低い【基本アビリティ】を知識と道具で補っているがベルとスズが突破されるほどの緊急事態に対処できる能力はない。

 あくまでリリは仲間のサポートをして仲間が全力で戦える状況を整える縁の下の力持ちなのだ。
 あと一人前衛がいればスズとその前衛が前方と後方の怪物(モンスター)を押さえている間にベルが自由に立ち回る余裕ができるし、回復役がいればある程度の無茶が利くようになるので強引に怪物(モンスター)を押し込むこともできるようになる。

「そこを言われると痛いですが……。今から信用できる仲間を探すと言うのも中々に大変ですよ?」
「だからりっちゃんを鍛えようと思ってるんだけど……」
「スズ様、リリはそこまで頑丈な体ではありませんし、ベル様のように痛めつけられて喜ぶ趣味もありませんよ?」
「僕もそんな趣味ないからっ!」

 ベルは慌てて否定するが「サンドバックになることを受け入れているベル様は十分にマゾです」とリリに笑顔で断言されてしまった。
 ショックが大きいが反論ができないのが悲しいところだった。


「はっはっ、パーティーでお困りかぁ? 『最速の白兎(リトル・ルーキー)』」


 他のテーブルに居た冒険者の男が仲間を二人引き連れてこちらに向かって来た。
 それに対してスズが少し震えた後に人前であるにも関わらずスクハに変わるのを感じ取れた。

 スクハの謎センサーに引っかかる『スズが怯える人種』なのだろう。
 周りに大きな変化を悟られないようにスクハはうつむいて表情を隠しているが、この冒険者がスクハの逆鱗に触れればおそらく即座に【ソルガ】が発射されるだろう。

「話は聞ぃーた。仲間が欲しいんだってなぁ?」
「リリ達が欲しいのは信頼できる仲間です。見ず知らずの冒険者様達ではありません。申し訳ありませんが席に戻ってくださらないでしょうか?」
 リリも当然スズの反応が可笑しいことに気付いて相手の言葉に割り込むように作った笑顔で即座に断りを入れた。

「おぉ? なんだいお嬢ちゃん。そんなに邪険にするなよ。俺達はこれでもずっと中層にこもってるんだがよ」
「そうですか。それはおすごい」

「だろ? LV.2さ。俺達全員な。ちょっと別嬪なエルフ様達を貸してくれるだけでおすごい俺達がお守をしてやるんだぜ? 借りるって言っても卑猥なことはしねぇ。ただ酌をしてもらうだけだ。エルフの酌を受けるなんざ男の夢だろ? いくら貢いだかはしらねぇが俺もエルフから酌をしてもらいてぇ。それだけだ。わかるだろ、『最速の白兎(リトル・ルーキー)』」

 そう言って男はベルに目を向ける。女の子に酌をしてもらいたい気持ちはわかるが相手の気持ちを無視してまるで物のように女の子を扱う相手と手を取り合うことなんてできない。
 スクハのセンサーに引っかかる訳である。

「シルさんとリューさんは僕の大切な友人です。そういう目で見ないでください」
 だからベルははっきりと拒否した。

 男を睨みつけていつでも戦えるように気持ちを切り替える。
 同じLV.2が三人だが何となく相手が自分よりも弱いことを感じ取れる。

 リューやアイズと比べれば圧倒的に格下だ。
 3階層で出会ったミノタウロス以上大剣と大盾を持ったミノタウロス以下といったところか。

 周りに迷惑が掛かることを視野に入れなければ勝てる。
 周りの客のことを考えると五分五分。シルとリリを守りながら戦うと負ける可能性が高い。
 リューが加勢してくれれば圧勝できる。
 スクハと二人で挑んでも苦戦することはないだろう。

「カスみたいなクソガキがいっちょまえに吠え―――――――」



『【雷よ。粉砕せよ。第三の唄ミョルニル・ソルガ】』



 しかし何よりも早くスクハが我慢の限界を超えてついに【ミョルニル・ソルガ】が男に振り注いだ。

 いつもダンジョンで放たれるものより特大の【ミョルニル・ソルガ】に男は反応したが避けることは叶わず意識が刈り取られる。
 特大にも関わらず床や周りは無傷なことから、店に気を使って術式に何か手を加えてくれたのだろう。男も黒焦げになっているものの息はあるようだ。

『女の子を物でも見るような目で祝いの席に水を差さないでいただけるかしら。ここは楽しく物を食べる場所なのだから土足で人の敷地に入って来てもらいたくないのだけれど』

 他の客と【ミョルニル・ソルガ】で意識を刈り取られた男の連れが呆然とスクハを見ている。

『文句があるなら聞くけれど、続きをやるならお店に迷惑が掛かるから外でお願いするわ。リハビリと【経験値(エクセリア)】稼ぎに付き合ってくれるのなら大歓迎よ、LV.2の冒険者さん』

 スクハの威圧感に二人の冒険者達はたじろいでしまうが、LV.2としてのプライドがある。

 何よりも『レスクヴァの里』もとい『白猫ちゃん』相手に、それも『豊饒の女主人』で絡んだ輩が場を弁えられる訳もなく、殺気立ち始めるリューという存在が近くに居ながら力量を測れない二人は無謀にもスクハに手を出そうと動いてしまったのだ。

 それも武器を抜こうとして。

 しかし、ベルとリューがそれに対処しようと動く前に別の場所で大爆発が起きた。
 突然の音に男達の武器を抜こうとする手もベルとリューの行動も未然に止められてしまう。

 音のした方向を恐る恐る目を向けてみるとミアが拳でカウンターをV字に叩き割っていた。
 カウンター席に座っていた冒険者が腰を抜かしてしまっていて申し訳なく感じてしまう。

「騒ぎを起こしたいなら嬢ちゃんの言う通り外でやりな。ココは飯を食べて酒を飲む場所さ」

 鬼のような形相のミアに店内は静まり返っていた。
 真っ青になった冒険者二人は黒焦げになった男を抱えて逃げ出そうとしたが「金ははらっていきなっ!」というミアの怒鳴り声に金の入っているだろう巾着袋を床に投げ捨てて慌てて逃げていく。

 その場の空気に飲まれて呆然となっておりスクハもいつの間にかスズに戻っていた。
 スズは逃げている男達やVの字に折れ曲がったカウンターを見てきょとんとしていた。

「えっと……すみませんミアさん。お騒がせしてしまったみたいで」
 黒焦げになった男と飛んだ記憶からスズはスクハが原因だとしたようで深くミアに頭を下げた。

 スクハから【魔法】を撃ったものの、しっかり場を弁えていたことと冒険者達が従業員に手を出そうとしていた節があったのでお叱りは受けなかった。

 むしろ「可愛い顔して、しっかり冒険者してるみたいじゃないか。細かいこと気にせず今日も沢山食いな」とミアは盛大に笑いながら少し落ち込んでいるスズの背中をバンバンと叩いている。

「『白猫ちゃん』ああいう連中のことで気に病まなくてもいいよー」
「『白猫ちゃん』怒ると怖いんだな」
「なんや、精霊部分と人の部分『恩恵』で切り離されてるんかいな。お兄ちゃんバカにされて怒る精霊スズたんも可愛ええなぁ。スズたんこっちおい…そんな睨まんといてな。ジョークやジョーク」
「あいつらの顔覚えてる?」
「いや、その後がインパクト強すぎて忘れたわ。まあ凛々しい『白猫ちゃん』なんて珍しい物見れたからいっか」
「目が据わった『白猫ちゃん』に罵られたい。むしろ踏んでくださいお願いします」 

 他の冒険者達やヘスティアと同じく『神会(デナトゥス)』の打ち上げで来ているだろう神々も先ほどの騒ぎを特に気にした様子もなく各自騒いだり少し落ち込んでいるスズを励ましたりフォローしてくれたりとテーブルの方から声を飛ばしてきてくれる。

 冒険者の街ということだけあって荒事には慣れきってしまっているようだ。

「ささ、スズ様。気を取り直してお祝いの続きをしましょう」
「スズちゃんもベルさんもとてもカッコよかったです。追加注文は何にしますか?」
「スズが手を出していなくても私かクラネルさんが手を出していました。あのような者のことで貴女が気に病む必要はない」

 他の皆も特に気にした様子もなく祝いの続きを始める。
 スズもそんな様子に気に病むのをやめて純粋にまた楽しみ出すのだから皆逞しいものだ。
 そのまま夜遅くまで美味しい料理と酒を味わい楽しくランクアップ祝いをするのだった。


§


 リリと一緒にいつもの風呂屋へ行き、ホームに戻るとヘスティアが帰って来ていた。「おかえり」と言われて「ただいま」と返せる今がとても幸せに感じる。

 三人で今日の宴会の様子を語って、笑って、特には奇怪な話に苦笑して、次こそはヘスティアと一緒に『豊饒の女主人』に行きたいなという話で締めくくった後にいつもと違う出来事が起きた。

「えっと、今日はベルに髪を梳いてもらいたいんだけど、ダメかな?」
 いつもスズの寝る前の髪の手入れはヘスティアがやっていたのだが、なぜか今日に限ってスズは少し頬を赤めながら胸に抱きしめていた櫛を手渡して来たのだ。

 スズがここまで積極的に甘えて来る時はたいてい不安を抱えている時や怖い夢を見た時なので、今回は『豊饒の女主人』での一件が少し堪えたのだろうか。
 しかしそうだとしてもいつも通りヘスティアに甘えている筈である。
 それに加えて今回はなんとなくだがスズから不安の色は一切見られない気がした。

「おやおや、今日のスズ君はずいぶん積極的に甘えてるじゃないか。何かいいことがあったのかい?」
「いいことはいつもありますけど……その、すーちゃんに何かお礼したいかなって」
 お礼というのはおそらく『豊饒の女主人』での一件なのはわかるのだが、なぜそのお礼がベルに髪の手入れをさせることなのかが全くわからない。

「えっと、僕なんかがやったらスズの綺麗な髪を傷めちゃうと思うんだけど。髪の手入れって難しいんでしょ?」
「そこはボクが手取り足取り教えてあげるから心配しないでおくれよ。ボクが留守の時もスズ君が甘えられるようにしてあげるよ!」
「そういう時はリリに頼めば―――――――――」
「君はスズ君のお兄ちゃんだろ。妹の髪ぐらい梳けるようになってあげないとダメだぜ、ベル君」

 スズがちょこんとベルの膝に座り、ヘスティアが後ろからベルの手首を握りしめて髪を櫛で梳くやり方を教えてくれる。

 確かに妹の髪くらい梳ける兄になりたいとは思うのだが、前と後ろ両方に女の子の温もりを感じるのは不味い。
 特に背中に当たるヘスティアの殺人兵器と下半身に圧し掛かる太腿とお尻の柔らかさは不味い。

 甘い女の子の香りも加わりベルの顔は真っ赤に染まり頭は真っ白になっていくが、ヘスティアから感じる酒の臭いでかろうじで平常心を保つことができた。

 今すぐにでも逃げ出したいのに既にスズの髪に櫛は入れられている。
 ここで緊急離脱を試みたら間違いなくスズの髪を思いっきり引っ張ることになり痛い思いをさせてしまうことになるだろう。
 逃げ場は閉ざされているので妹の髪を梳いているだけだと何度も頭の中で繰り返し呪文を唱える。

「スズ君もずいぶん後ろ髪伸びてきたね。肩の下まで伸びてきたから色々と結って遊べそうだよ。前髪は少し切った方がいいかな?」
「そうですね。前髪は少し切りそろえないとそろそろ戦闘に支障が出てきてきそうですし。後ろ髪はどうしよう。ベルは後ろ髪が長いのと前までのどっちがいいと思うかな?」
「えっと、長い方が女の子らしくていいんじゃないかな?」

 ふとアイズが頭を過ってついそう答えてしまった。
 どちらにしても髪が長い方が好みではあるもののもう少し真面目に答えてあげたかったなと少し後悔してしまう。

「そっか。それじゃあ背中くらいまで伸ばしてみようかな」
 はにかむように笑うスズに水を差すのは悪いのでその想いは心の奥底にしまっておいた。
「そうだ。ベル、明日の買い物の時にまた魔除けの首飾りと髪飾りを買いたいんだけど、行きに買って行ってもいいかな?」
「うん。そのくらい別に――――――――」
 そこでベルの言葉が止まってしまう。

 明日はスクハとデートの約束をしていた日だ。
 内容まで被ってしまっている。

 スズとリリが買い物の約束をしても出てこなかったことから一方的にからかわれただけだと思うのだが、単純に息抜きがしたくて遊びに出かけたいと伝えるのに『ベルとのデート、楽しみにしているから』と言っていたのかもしれない。

 まさか同じ妹と約束が被ってしまうとは思わなかった。
 スクハと既に約束をしていたことを伝えるべきだろうか。

「すーちゃんも鈴が大好きでね、今度は壊さないように大切にしたいなって。ダメ、かな?」
 嬉しそうに髪を梳いてもらいながら自分がやりたいことを珍しくねだるスズのお願いを断る。
 それこそスクハに怒られてしまいそうだ。
 だけどスクハも『デート』という言葉でからかって来たものの一緒に出掛けることを楽しみにしていると言ってくれた。

 それに一緒に買いに行こうと誘ったのはベルの方だ。
 この約束も無下にはできない。
 ベルの予定ではスクハと買い物をした後にリリと合流するというものだった。
 それならばスクハが指定した日にちと時間を守りつつスズとリリの買い物にも付き合えたのに、ここにきて全ての予定が狂ってしまった。

 このままだとスクハは間違いなく『スズ・クラネルを優先しなさい』と遠慮して引きこもってしまう。
 ベルにとってはスズとスクハどちらも大切な妹だ。
 我慢や遠慮なんてさせたくない。

 今ものすごく恥ずかしくても逃げ出さず髪を梳いてあげられているのもこの想いが強いおかげでもある。
 約束が被ってしまってはどうやってスクハに遠慮させず出てきてもらえばいいのかが見当がつかない。スズにスクハと買い物がある約束を言ってもスクハが出てきてくれなければどうしようもないのだ。
 ベルは同じ妹との約束のブッキングに頭を無駄に悩ませるのだった。


§


 体調がよくなってきたので【愛情欲求(ラヴ・ファミリア)】の効果で魔力がどれだけ伸びたか確認する為にスズの更新を行なったのだが、いつも通り出て来たスクハが枕に顔を埋めたまま動かない。

「えっと、スクハ君?」
『貴女のせいで『スズ・クラネル』に勘違いされてしまったわ』
 心配で声を掛けるとようやくぼそりとスクハがそう呟いた。

『お風呂屋に行く時は手を繋ぐわいつもより距離が近いわ帰ってみれば髪を梳いて欲しいとベルにねだるわ。『私』がベルのことを好きだと『スズ・クラネル』が勘違いして、感覚共有で『私』を喜ばせようと頑張ってしまっているこの状況を貴女はどう責任を取ってくれるのかしら』

「いや、でもほら、スズ君も本当は甘えたいみたいだし万事解決じゃないのかい?」

『全然解決じゃない。これが『スズ・クラネル』が純粋に甘えたくて頑張っているならまだ我慢できるわ。だけど『私』の為に頑張って甘えているなんて罰ゲームもいいところよ。その好意と行為を『私』は受け入れるしかないの。例えるならそうね、毎日着ぐるみパジャマを着るのを強要された気分なのだけれど、一度貴女もそういった恥ずかしさを味わってみなさい』

「着ぐるみパジャマならスズ君にもスクハ君にもとても似合うとボクは思うんだ」
『例えが悪かったわ。街中で強制的に裸で恥ずかしい踊りをさせられている気分だわ』
「それは確かに嫌だな。でもスクハ君」
『街中で強制的に裸で恥ずかしい踊りをさせられている気分だわ』
 意地でも恥ずかしいだけで嬉しくないというのを突き通そうとしているらしい。

 ぼふぼふぼふと枕に何度も頭突きをしてまた動かなくなってしまったのでこれ以上は言わないでおいてあげることにした。

「でもずいぶんと魔力伸びてるよ。三日間空きがあったとはいえ876から1020とSSに到達したんだからいいじゃないか」
『そうね。甘えたい相手に恥ずかしながらも全力で甘えるだけでこの伸びなのだから本当にままならないわね。『スズ・クラネル』がもう少し自分に正直になってくれると嬉しいのだけれど』
「それは君もだろう、スクハ君」
『6号は黙ってなさい』
「ボクのNo.がものすごく下がってる!? 誰だいボクのベル君にちょっかいを掛けている奴等は!?」
『自分で探しなさいよ。神様でしょ?』
 うぐぬぬぬと唸るヘスティアにスクハは顔を上げて大きく溜息をついた。


『『私』は『スズ・クラネル』が幸せでいてくれたらそれで幸せなの。勿論貴女やベルと話しをするのも『楽しい』けれど、こうやってまだ出てきて話せるのだから現状に不満はないし貴方達の滑稽な生活を眺めながら『スズ・クラネル』と五感を共有しているだけでいい。幸せは押し付けるものではなく、与えてもらい、感じて、自分で掴み取るものだと思うのだけれど、『私』のこの考えは間違っているかしら?』


「ボクは君も幸せになってもらいたいって何度も言ってるじゃないか。これは押し付けじゃなくて与えたいんだぜ?」

『それに関してはいいのよ。余計なおせっかいだと笑って済ませられるのだから。今問題視しているのは『スズ・クラネル』に幸せを押し付けられているところよ。まったく、頼んでもいない幸せを押し付けるだなんて誰に似たんだか』

「鏡なら化粧台にあるぜ、スクハ君?」
『それはいつかのお返しかしら。だれど残念ね。『私』は願っているだけよ』
「本当に素直じゃないな君は」

『一度ディアンケヒトに目をみてもらいなさい。それともなに、貴女は本気で私がベルに気があるとでも思っているの。だとしたら―――――――――』
「いや、ボクが言いたかったのは幸せがどうのって話の方でベル君のことじゃなかったんだけど……」

 ヘスティアがそう言うとスクハがぼふりと枕に沈没した。
 呼びかけても全く動かないところを見ると本当に気があると見ていいだろう。

 これでスズもベルのことを異性として好きだったら何の問題もなく二人をくっつけてヘスティアは安心できるのだが、スズがベルに抱く好意が家族に対する想いなのか異性に対する想いなのかが今だ判断つかずにいた。

 おそらく【スキル】としての【心理破棄(スクラップ・ハート)】と【愛情欲求(ラヴ・ファミリア)】がスズの心をゆがませて、スズが相手の為だと思った行動を無意識に行っていることが原因だ。

 そう思うとスクハの言う通り魔力は上がって幸せを感じてくれている筈なのにままならなかった。




ある意味予想通りヴェルなんとかさん登場前に1万時を超えてしまったので次回に持ち越しました。
スズからスクハへの変化とミア母さんのインパクトが強かったおかげで顔を覚えられなかった為彼らはセーフです。
次回ようやくヴェルなんとかさん登場……になるといいのですね。
寄り道が多いですが早く彼を念願の顧客に会わせてあげたいところです。

【ファミリア】構成員のほとんどが遠征に行っている暇人神様はようやく張り込みに成功したようです。