ひぐらしのなく刻に ~巡りくる日常(とき)~ 作:十宮恵士郎
ひぐらしのなく刻に ~巡りくる日常(とき)~ の後編をお届けします。
今回の主役は梨花です。
23年後の雛見沢で、梨花は何を想い、どう生きているのか。
自分なりに考え、書き綴ってみたつもりです。
前編の前書きに書いた通り、
独自設定・独自解釈(多少)・原作キャラ死亡有りとなっております。
そういうのが苦手という方は読まない方が良いかもしれません。
それではどうぞ。
……いつの間にか、セミたちは合唱をひぐらしに委ねていた。遠くから沸き上がっては薄れ、
沸き上がっては薄れを繰り返すその合唱は、とても弱々しくて儚い。
そんなひぐらしの声を聞きながら、古手梨花は神社の境内、その裏側へと歩を進めていく。
その顔に浮かんでいるのは怪訝の表情、そして、不満。何か気に入らないことがある時に、
彼女はよくそういう表情をするのだった。
境内裏に着くや否や、彼女はやはり不機嫌な表情で、どすっ! と一度足を踏み鳴らす。
そして辺りに響く程度の、大きくも小さくもない声で言う。
「……いるんでしょ、羽入! 出てきなさいよ。」
そんな彼女の声が、木立の間に響きわたると。
それに呼応するように、木々の間から、小さな少女の影が姿を現した。
ふわりとした長い髪の毛。大らかそうに見える外見。小ぎれいな制服姿に、
頭に生えた曲がった角。
羽入。……それが彼女の名。
古手梨花にとって、腐れ縁であり、相棒であり、また仲間とも呼べる存在だった。
だが今の梨花には、彼女をそうした相手として敬おうとする様子は微塵もなかった。
不機嫌な表情をさらに強めて彼女に近寄っていく。
「一体どういうつもりよ……こんなところに呼び出して。
いくら今日が日曜で、沙都子も出かけてるからって、私が暇を持て余していると思ったら
大間違いなんだからね!」
その言葉は嘘ではなかった。梨花は、“あの6月”を乗り越えて以降、様々なことに挑戦するようになっていた。
パズルの解読というような些細なものから、神社の古文書の整理というなかなかの大仕事まで。
とにかく、これまでやってこなかった、いややってみることさえ考えなかったことに
挑戦することが、最近の梨花の習慣になっていた。
彼女は退屈し過ぎていたのだ。長い長いループを強いられる暮らしの中で。
そうした鬱憤が自分に溜まっていることには、彼女自身もループを乗り越えるまでは
気づかなかったのだが。
……ともかくそんなわけで、彼女は羽入に食ってかかろうとする。
だが、
「梨花。……初めて会ったときのことを、覚えていますですか?」
「…………は?」
羽入は、何だか妙に改まった態度で、妙な質問をしてきた。
梨花は混乱する。
初めて会ったときのこと? それって一体……?
「……ごめん、ちょっとはっきりとは思い出せないわ。何せ……“随分昔”の出来事だし」
「そうですね……僕も、つい先日、ふと思い出したぐらいなのです。
梨花が覚えていないのも仕方のないことなのです。」
何を言っているんだ、こいつは……?
梨花の表情が曇っていく。……だが、そこに怒りや苛立ちの色は、あまりない。
なぜなら……梨花は、気づいてしまったのだ。
羽入が、いつもあんなにあぅあぅ言っている羽入が……そんな間抜けな口調を抜きにして、
自分に話しているということに。
「ね……ねぇ羽入。あんたどうしたの……?」
「……初めて会ったとき、梨花はまだ無邪気で可愛い、年相応の女の子だったと思うのです。
それから長い長い時を超えて、二人で繰り返し続けて……いつの間にか梨花は、
口が悪くて腹も黒い、しょうもない女の子になってしまっていた。
……それでも僕は、梨花といることが、楽しかったのです。本当ですよ。」
「……羽入……!?」
一瞬梨花は、自分の目を疑った。
羽入の身体が一瞬透けて、背後の森が見えたような気がしたからだ。
―― 一体何を考えているのよ私は、そんなバカなことが……。
そう自分に言い聞かせようとする、だが……。
「いえ……最近はそれだけじゃない。梨花と二人だけでいるのではなく、圭一たち……
たくさんの仲間と一緒にいることも、覚えたのです。
それは……梨花と二人でいる時とは違う意味で、楽しかった。
…………できることなら、もっと、もっとずっと、
梨花や、みんなと、一緒にいたかったですよ。」
「……ねえ羽入、何言ってるのよ…………頭でも打って、おかしくなったんじゃないの?
……診療所に行くわよ。 ……ほら、シュークリームあげるから……!」
「でも…………ちょっとそれは、難しかったのですよ。
僕は…………僕は、もうここには、いられなくなってしまったのです。」
梨花は、愕然とした。自分の目に映る光景に。
…………羽入が。羽入の体が、透けはじめていた。
見間違いでは、ない。何度も目をこするが、それでも変わることがない。
羽入が…………だんだんと透けて、透明になって…………消えようと、している。
「な……なんで! どうして!!!」
「多分……神の力を、限界まで使い倒した上で、実体化という無茶をした結果が、
これなのですよ。
…………本当は梨花に……圭一やみんなに……ちゃんと、相談、したかった。
でも…………気づいたときには、もう、時間がほとんど残ってなかった、のです。
僕一人の頭では…………こんなしょうもないやり方しか、思いつかなかったですよ。」
「…………う……うそ……嘘よこんなの! 嘘ッ!!」
「……梨花。…………長い長い時間の中で、僕は気が狂うほどたくさん、謝ってきたのですよ。
あの6月を乗り越えたとき、もう謝るのなんてこりごりだと思ったのです。
……でも、一度だけ言わせてください、梨花。…………ごめんなさい。
梨花が出した結論……完成された、世界。……もう見守っていくことが、できないのですよ。」
「……っふ……ふざけないで!! バカにするんじゃないわよ!!」
驚きの次に浮かんできた感情は、怒りだった。
一体どこに溜まっていたのかと思えるほど強い怒りを、羽入にぶつけていく。
「あんたはあの6月を乗り越えただけで、私が満足したとでも思ってるの!!?
そんなわけない!! ……私が欲しかったのは! 6月を超えて、みんなと生きていく未来!!
みんなと一緒に過ごす人生!!
…………なのに…………なのに! あんたが欠けたりしたら…………!」
「……………………」
だが、羽入はもう何も言わない。
悔しそうで、でも、少しだけ嬉しそうで。
そんな表情で梨花を眺めている。
――そして、ぽつりと口を開いて、こう言った。
「いまさら……こんなことを言って……何になるかはわからない。それでも……言わせてください。
梨花……僕は、あなたの幸せを願っていますです。
この先も…………みんなと、一緒に、仲良く過ごして……」
「……羽入ッ!!!」
「……さようなら、梨花。今まで、ありがとう…………」
その言葉が、最後だった。
もうすっかり、背景に溶けこんでしまっていた羽入の姿が、完全にかき消える。
……見えるのは…………夏の日差しにあふれる木立。それだけ。
ひぐらしの合唱が――梨花以外に誰もいない森、その虚ろを埋めるように響いていく。
……それに、耐えられなくて。
何かせずにはいられなくて。
梨花は――――声の限りに叫んだ――。
「はにゅううううぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
――そこで、梨花は目を覚ました。
反射的に、辺りを見回す。……そこは、改修した古手家の本宅。
自分が寝ているのが寝室で、その傍らには書き物机。
机の上に積まれた、作業中の原稿と、何冊かの古文書――。
「…………夢、か。」
そして同時に、思い出す。……今日は、平成18年の6月18日。
綿流しの祭りの、朝だ。
そこまで把握したところで、さっきまで見ていた夢の意味が、梨花にはようやく理解できた。
今までの人生の中で、最悪と呼んでいい、記憶。
長いこと一緒にいて、共に歩んできた相棒に、置いていかれたという悪夢――。
「……はっ。ふざけるんじゃないわよ、まったく。
よりによってこんな大事な日に、こんな夢…………。」
そんな風に呟きながら、梨花は身を起こす。
ベッドから起き上がって、書き物机の方へ歩いていく。
キャミソールの紐がずり落ちるが、誰もいない自室なので、気にしない。
……机の傍に立ち、彼女が見つめるのは、その上に置かれた古文書だった。
古手家に代々伝えられる、家そのものや雛見沢の歴史を紐解くための本。
その解読は、いまや梨花のライフワークであり、そして……。
「……私は、認めないわよ。こんな……。」
静かにそう呟いて、梨花は古文書から目を逸らした。
窓の方へ歩いていって、朝の薄明りに染まるカーテンを引く。
窓からのぞくのは、雛見沢村。天気は快晴。
今日この村で――祭が始まる。
毎年この祭の日になると思うことだが、綿流しのお祭りのもたらす活気はものすごい。
とても静かで、風の音や鳥の声がしっかり聴きとれる、そんないつもの様子から一変!
色とりどりの提灯、連なる露店、それら露店を開く人たちと、そこに群がる人たちによる話し声
――とても賑やかで、煌びやかだ。
「ふわぁ……すごい数の人だなぁ……。雛見沢に、こんなにたくさん人がいたなんて……。」
呆気にとられた顔でそう呟くのは、隣を歩く
彼は、最近雛見沢にやって来た転校生。インターネットから仕入れた情報以外を除けば、
まだまだ雛見沢のことを知らないと言っていい。
そんな彼には、特にこのお祭りは新鮮に映るようだった。
「村人総出で行うお祭りですからねぇ。特に古参の人たちは、
ほとんどが参加しているという話ですよぉ?」
宗二に答えるのは、佳奈をはさんで反対側を歩いている
スリムながら肉付きのよい体つきで、薄い青のロングヘアを揺らして歩く姿はさながら
祭の華という感じで、時折何人かの男が見とれて振りかえる。
彼女は、自他ともに認める美少女なのだ。あまり口を開かなければ、という条件がつくが……。
「それに、近くの町……特に興宮から、たくさんの人が来てくれるんだよ、だよ。」
「……なるほど。そういえば、普段は見ない感じの子が、何人か目につくな……。」
「うん。多分、興宮から遊びに来てくれた人たちだろうね……。」
「おやおや宗ちゃん。今、通りがかった興宮の女子高生に目を奪われてませんでしたかぁ?
我々という美少女を目の前にしながら、何てことをするのでしょう!
このウ・ワ・キ・モ・ノ☆」
「え……ええぇっ!!? ごっ……誤解だよっ、僕は別にそんな……。」
「宗二くん……それ、本当なのかな……かな。」
「佳奈まで!! だから誤解だってぇっ!!」
残念な美少女、と優乃を理解している佳奈だが、別にそれはネガティブな意味ではない。
こうやってみんなで他愛もない話をしている分には、そういう性格の子がいた方が楽しい。
そうわかっているからこそ、彼女の存在をとても大切に思っている。
今もこうやって、息の合ったやり取りで宗二をからかうぐらいには。
「おおっと! ようやく来やがったね!! 本日のハンティングの獲物どもが!」
……と、そこに、可愛くもありながらどこか獰猛さをにじませる、幼い女の子の声が響く。
三人揃って前を見ると、そこには部においてトラップシスターズと呼ばれる二人の片割れ、
園崎
プラスチックのダミーナイフを器用にくるくると振り回し、すっかり臨戦態勢という感じだ。
「やーやー魁っちゃん! 今日も今日とて元気ですねぇ!」
「あたぼうよ! 今日は部活の特別イベント! 綿流祭五凶爆闘だからね!!
気合いが入らないはずがないッ!!」
「……それ正式名称だったの!? てっきりジョークか何かだと思ってたのに!」
「あはは……転校生の人はよくそう言うね。でも、これが正式名称なんだよ。
このイベントは、部活の黎明期からあるものでね。
初代部長のネーミングが、今に至るまで引き継がれてるってわけ。」
「へぇ…………。」
自分で説明していて思うが、よくこんなグループが二十何年も存続しているものである。
厳密に言うと、一度だけ内部分裂で崩壊したことがあるらしいが、
次の綿流し祭りを期に早々と再結成されたとのこと。
何だかんだで息の長いこの部活のOB・OGは、都会に出てしまっている人が多いものの、
雛見沢にもそれなりの数が残っていると聞く。
よく注意して周りを見ると、分校のアルバムに残された、歴戦の戦士たちの顔もちらほらと……。
「皆様ーーっ! 遅れて申し訳ありませんわーーっ!!」
などと考えているところに、愛らしい妹系ボイスが聞こえてきた。
振り向くとそこには、部の妹分にしてトラップシスターズのもう一人、
というより主犯の少女、北条
可愛らしい純白のワンピース! 園崎の血を引く者特有の若葉色の髪!
そこに映える赤色のフチのオシャレ眼鏡!
今日の彼女は、いつもにも増してかぁいい要素満載なのであった!!
「はぅぅ~!! 悟月ちゃんかぁいいよ~!! テ・イ・ク・アウトーー!!」
「ひゃーーっ!! 佳奈さんがいつもに増して激しいのですわ!!」
「そんなかな姉にストライクゾーンな服なんか着てくる方が悪いだろ……。」
「ですぅ……。」
「あ、あはは……。」
……などと、しばらくかぁいいモードの激情に身を任せた佳奈であったが、
しばらくして冷静さを取り戻す。
そう……前原佳奈は、この部活の部長なのだ。
今から始まる超重要イベントを前にして、いつまでも腑抜けた態度でいるわけに
いかないではないか!
「みんな集まったところで、確認するよ! 本日の種目はッ!?」
「「「「綿流祭屋台巡り!!!」」」」
「制限時間は!?」
「「「「奉納の舞の太鼓が鳴るまで!!」」」」
「OK! それじゃ、始めようか!! 綿流祭五凶爆闘! レディーーー……」
「「「「「GO!!!!」」」」」
思わず、周りの客も振りかえるような鬨の声を上げた後、佳奈たちは五人揃って、
祭の雑踏の中に身を投じていく。
――最初の標的は、たこ焼き屋。
そこでこれから始まるであろう激戦を思い浮かべるだけで、
佳奈の心は大いに昂ぶるのであった……!
「おーおー、やってますねー……若い子たちが、意気揚々と。」
前方の喧騒を見つめ、わたあめをもぐもぐと頬張りながら、園崎詩音はそう呟いた。
彼女の視線の先には、かき氷店での早食いに挑戦する現役部活メンバーたちの姿がある。
その視線は、物珍しそうでもあり、懐かしそうでもあり、同時にほんの僅かだが、
自分も機会とあればそこに加わってやりたいとでもいうようなやる気を秘めている。
それを見てとっているのかそうでないのか、傍らの北条悟史が応じる。
「言うほど君だって、そんな年じゃないだろ? 君なら現役であの子たちと渡り合えるさ。」
「うふっ☆ やだ悟史さんたら、女性を持ち上げるのがお上手なんだから!
……何だか……燃えてきちゃった。ねぇ悟史さん、どう? 今夜……。」
「え!? え、えーーと……。」
「はいはい! 夫婦のお惚気トークはその辺にしといてくださいまし!」
一瞬ピンク色の空気になりかけたのを、後ろを歩いていた北条沙都子が割りこんで阻止した。
沙都子は赤い顔でおほん! と咳払いをした後、じと目で二人を見つめる。
「盛り上がるのは一向に構いませんけど、目の前のお祭り以外のことで盛り上がるのは
何か違うと思いましてよ!」
「沙都子……カタいことは言いっこなしですよ。ほら、見てごらんなさい……
明らかに“お祭り以外”を楽しんでいる子たちが何人かいるじゃないですか。」
少しだけ視線を部活メンバーから外し、それとは反対方向の雑踏を指さす詩音。
なるほど、そこには、興宮からやって来たと思しき男女カップルの姿がちらほらあった。
中には、手を繋いでいるというだけの状態で顔を真っ赤に染めている、
初々しい中学生カップルの姿も……。
「まあ……それはそうでございましょうけども。
大人である以上、子供の模範になるような行動を取らねばならないと思いましてよ!」
「ほほう! これはいいことを言いますね……
沙都子、思えばあんたも、随分大人になったものですね。」
「いつまでも、にーにーやねーねーに甘えている妹分ではないということですわ!」
「あら、頼もしい。……それじゃあ私の妹分としてではなく、部活の同志として訊きましょう。
今年の部活メンバーを、どう見ます?」
「ふむ……佳奈さんや、優乃さんは、相変わらず正攻法で攻めていますわね。
前もって買っておいたミネラルウォーターで溶かしながらの早食い、見事ですわ。」
「確か私たちの頃は、あれ、金魚すくいの水槽の水で溶かしてましたよね?」
「ええ。……あのやり方では味が犠牲になってしまいますが、
ミネラルウォーターを使う分にはそれも抑えられる。
現代人らしい見事なやり方だと思いますわ。」
「……でも、全員が全員、正攻法で攻めているわけではない。そうですよね?」
「ええ……詩音さんも気づいておられますでしょう? 悟月ちゃんのトラップに。」
2人して、再び部活メンバーの争いに注目する。
沙都子の発言通り、佳奈と優乃はペットボトルの水を混ぜつつ
順調にかき氷を消化していっているが……
突然、その手からペットボトルが弾け飛んだ!
慌ててそれを拾いに行く2人。だがそれが原因で、体勢を崩してしまう。
これは相当なタイムロスだ。そして……それは決して、偶然ではない。
彼女たちの正面で、一見黙々とかき氷を食しているように見える悟月。
その手にはよく見ると…………何個かの輪ゴムが握られている……!
「かき氷をペースを落とさず食しつつ、密かに輪ゴム鉄砲で他のプレイヤーを狙撃する。
……さすが沙都子の教え子です。こんな場所でもトラップの使用に余念がありませんね。」
「いえいえ。私もあんなトラップは思いつきませんでしたし、もちろん伝授など
しておりませんの。あれは、彼女が自分で考えたトラップなのですわ。」
「我が娘ながら、恐ろしい子……!」
「……ただ、それで独走させてくれるほど、甘くないのが部活ですわね……。」
そう言った沙都子が見つめる先。淡々とかき氷を口に運んでいる悟月……。
その悟月が、突然ゴホゴホとむせ始めた!
これまた相当のタイムロス、そして…………そんな悟月の背後には、
やはりかき氷を頬張りつつも、タバスコの瓶を持ちにやりとほくそ笑む魁月の姿が!!
「あらあら……お姉の愛娘も、なかなかやりますね……。」
「勝負の行方、わからなくなってきましたわよ……ほら、宗二さんも。」
沙都子の指さす先には、金魚すくいの水槽をバックに、ものすごい勢いで
かき氷をかきこむ仲瀬宗二の姿があった。
その姿は……かつてこの部活でルーキーだった頃の、前原圭一を連想させる。
「圭ちゃんと同じく、気がついたようですね。この場における最適解に。」
「発想力も、思いつきを実行する根性も、昔の圭一さんと同じぐらいありますわね。
……これは、本気で今後が楽しみになって参りますわ。」
「……………………」
「ねえ、梨花さんからも何かコメントないんですか? 我らが部活の後輩たちについて。」
「……え? あ、そうね…………私は、特に優乃を推したいわ。
さっきは虚を突かれてしてやられたけど……結構、トラップには耐性があるみたいよ。
わたあめ屋での勝負を見たけど、悟月のトラップを、全部かわしてみせてた。」
「まあ。おっとり屋さんかと思いましたけど、意外とやるものですね!」
「おーい、詩音! リンゴ飴を買ってきたよ。食べないかい!」
「あら悟史さんたら、気が利く!」
詩音は五凶爆闘の観戦を中断して、悟史とリンゴ飴を食べることにしたようだった。
その場には、沙都子と梨花が残される。
いつになくしまりのない表情で部活メンバーの戦いを見つめる梨花。
その背中に、沙都子が声をかける。
「……羽入さんの、こと?」
「え……?」
「さっきから梨花がぼーっとしているのは、羽入さんのことを考えているからですわね。
そうでしょう?」
「…………。」
梨花の表情からすると、その指摘は図星のようだった。
梨花は、戸惑いの表情を見せていたが……しばらくして、口を開く。
「……どうして、わかったの? 私は何も言ってないのに。」
「それは親友の勘というやつですわ。あと……最近、私、昔の事をよく思い出すんですの。
みんなで部活をやっていた、あの頃を。
圭一さんや、魅音さんも同じようなことを言っていましたの。
だとしたら……梨花もそうではないのかと、思いましてよ。
よく覚えていますもの。羽入さんがいなくなったと私たちに告げた、
梨花のあのどうしようもなく悲しげな表情は……。」
「…………なるほど。それはなかなかの名推理ね。」
「あれから、またいくつか古文書を解読し終えたのでございましょう?
何か新しくわかったことは?」
「……特にない、というのが正直なところね。御三家の血のつながりについて、
興味深いこともわかったけれど、依然として、古手家のルーツには謎が多いわ。
なぜ羽入が突然、消えてしまったのか、あいつがどこへ雲隠れしたのか……
それを明らかにするには、まだまだ時間がかかると思う。」
「そうでしたの……。」
沙都子は、梨花の話していることが真実だとわかっていた。
だが同時に、梨花が何か強い気持ちを、まだ隠し持っていることにも気がついていた。
一体梨花は今、何を想っているのだろうか?
それを沙都子は少しでも知りたいと思い、梨花に声をかけようとして……
「キャアアアアアーーーーッ!!!」
突然、祭の会場に響く、あられもない悲鳴。
祭の会場の人々の目が、そちらに向く。
当然、梨花と沙都子も考えるのをやめ、そちらを振り向いた。
そこには、一人の女性が腰を抜かして倒れていた……。
「な……何だ? 何が起こったんだ??」
宗二が、かき氷をかきこむ手を止めて、落ち着きなく辺りを見回す。
そして佳奈も、他のメンバーも、彼ほど動揺してはいなかったにせよ、
勝負の手を休めて周囲を観察する。
……とても、嫌な感じがした。確実に、面倒事に発展していきそうな、トラブルの臭い。
そして……それは、かん高い悲鳴を上げた浴衣姿の女性の辺りから、濃厚に漂ってきていた。
地面に尻餅をついて、一体何に怯えているのか、神経質に目の前の人々を見ている、
二十代ほどの女性。
その顔に見覚えがあった。……いつもより数段化粧っ気が増しているが、間違いない。
佳奈たちの通う分校に務める、
椎野は、大丈夫ですか? などと言って近寄ってくる祭の客たちを呆然とした表情で
眺めていたが……すぐにはっ、と何かに気づいたような表情になった。
浴衣の裾に付いた汚れも気にせず、パッと立ち上がって、近くに並んで立っている男を――
いや男たちを、指さして、叫んだ。
「と……盗撮です!! この人たちが、私の写真を!!」
――何だって!?
盗撮。言葉にすると簡単だが、聞き捨てならない言葉だ。
他人の姿を、相手に無許可で撮る行為。特にそれは、男性が女性に対して行う場合、
性犯罪の色を帯びる。
そんなことを――この、三人の男たちが?
佳奈と同じことを考えたのか、男たちの周囲の客たちが、咎めるような眼差しで
彼らを見始めた。
そんな視線を鬱陶しそうに見やり、三人のうちの一人――サングラスの若い男が、
椎野に向かって言う。
「おうおう姉ちゃん、大層な言いがかりをつけてくれるじゃねえかよ。
……証拠はあんのかよ、証拠はよ!」
「しょ、証拠って……あなたたち、確かにさっき、カメラか何かで私を撮って……!」
「あぁん? そんなもん証拠になるかっつーの!!」
「勝手な妄想でお縄になるってんならな! この世はとっくに冤罪地獄だってんだよ!」
サングラスに続き、眼帯を付けた男も女性の攻撃に回る。
……正直、男たちの方があまりにガラが悪すぎて、彼らが無実だとは思えない状況である。
しかし彼らの言い分にも一理ある。
いくら「見たんだ」と主張したところで、それを立証するものがなければ
男たちを捕まえることはできない。
何か決定的なものを突きつけることができなければ……これ以上男たちを追及することは、
不可能だ。
だが椎野の様子を見る限り、新しい証拠が出てくる気配はない……。
その様子に、男たちは自分たちの勝利を確信したようだ。椎野のことを鼻で笑い、
何かまた新しい暴言を投げつけようとして――
「証拠なら、ちゃんとありましてよ?」
――その直前に響いた、凛とした声に、それを妨害された。
何事か、と男たちが声のした方を向く。佳奈たちも同じだ。
そこには――佳奈たちの同居人にして、所属する部活のOGである女性。
北条沙都子が立っていた。
「……あぁん? 何だ姉ちゃん、部外者が首突っこんでくるんじゃねーよ!!」
「確かに。……確たる証拠も何もなく、ただ感情的に口を挟んだのならお邪魔ですね。
けれど……あいにくそんな野暮な真似ではありませんの。私……見たんですのよ。
そこのあなた……マスクの彼が、今、こっそりとカバンのチャックを閉じていたのを!」
「な……何ぃ!!?」
沙都子に指名されたのは、今まで口論には加わらず、サングラスと眼帯の後ろで
漫然と立っていた、前髪の長いマスクの男だった。
確かに、男はカバンを腕から提げている。……カメラか何か入れていても、
決して不自然にはならないような大きさのカバンを!
「ばっ……バカか、てめえは! それもさっきのと同じ、証拠にならないでっち上げじゃねーか!
どうやって証明すんだよ、コイツがカバンのチャックを閉じてたってよ!」
「別に、そこの是非についてどうこう言っているわけではありませんの。
私が言っているのは、あくまでそこのカバンが“疑わしい”というだけのことですのよ。
……あなた、自分が無実だと言い張るつもりなのですよね?
なら……その怪しいカバンの中を改めさせてもらっても、問題はないということになります。」
「く……な、何を……!」
「ああっ! そういえば前にテレビのドキュメンタリーで見たことがあります!」
沙都子の後ろから、どこかわざとらしい大げさな声が上がる。
誰かと思えば、悟月の母親――北条詩音だった。
「確か……駅のエスカレーターで女性の背後に立って、その下着を撮影しようとした
男の手口だったはずです。大きめのカバンを用意して、その中にビデオカメラを入れる。
そうすることで、あくまで周囲には不自然な行動と悟らせないまま、盗撮をしていた
ということでしたね。
まあ、結局駅の警備の人に逮捕されたんですけど。」
「なっ……そ、それが……一体……。」
それが一体何だ、と言いたいのだろう。
実際、今詩音が言ったことはあくまでテレビで観たドキュメンタリーの話で、
目の前で繰り広げられているいざこざとは無関係だ。
だが、明らかに今の話を聞いて、男たちは焦りはじめていた……。
ちらちらとカバンを持った男の方に視線を送り、どこか挙動不審になり始めている。
恐らく、そうさせることが狙いで、詩音はあんなことを言ったのだろう。
沙都子への援護射撃として。
北条沙都子の注意力・観察力。園崎詩音の心理掌握術。
これが元部活メンバーの力か、と佳奈は内心舌を巻いた。
「……さぁ、どうなんですの? そのカバンの中身、見せるのか、見せないのか!」
沙都子が、三人の男に向けて息巻く。それに対して、男たちは明らかに押されている。
……このままカバンの中を改められて、何か証拠を発見されて、それで終わりか。
佳奈はそう思った。部活の皆も、周りの客も、きっと同じように考えたことだろう。
…………だが。
「ふふふふふ……くくくくく! くく、あーっひゃっひゃっひゃっひゃ!!」
突然、サングラスの男が狂ったように笑い出した。
皆、怪訝そうに男を見る。それは、沙都子や、詩音もだった。
―― 一体、この男は何を考えているのか!?
そう思って皆が見つめる中、サングラスは笑うのをやめて言った。
「で、どうすんだよお姉ちゃん? 仮に俺たちが美人教師を盗撮してたとしてな、
お前ら俺たちを捕まえられんのか?」
「な……何ですって!?」
「何のために、こんなクソ厚い中、こんな恰好してると思ってやがんだぁ!」
「サングラスに、マスク……面が割れなきゃ、そうやすやすと捕まることはねーよ。
……仮に捕まるとしてもだ、ただ捕まるだけで終わりゃしねー。
恥をかかせてくれたお返しだ、さっき撮った分のデータ、
ネット中にバラ撒いて晒してやるよ!」
「な……何ですって!!?」
想定外の展開、男たちの圧倒的な底意地の悪さに、沙都子が唖然とする。
そしてその瞬間――眼帯を付けた男が動いた。
袖口から取り出したカメラのようなものを、沙都子に突きつける。
そしてそのレンズから、フラッシュの光がほとばしった!
「…………っく!!」
「ふふん……よく見りゃあんた、診療所の美人ナースの北条沙都子じゃねーか。
マニアの間じゃ相当有名だぜぇ? ……せっかくだ、あんたの写真も撒いてやるよ。
全国のナースマニアが狂喜乱舞するだろうぜ!」
「フゥゥ! いいねぇ! 喜ぶ全国の同志諸君の顔が、目に浮かぶようだぜ!!」
「……兄者たち、そろそろいいだろ。ずらかろうぜ!」
「ああ、そうだな。……あばよ、美人ナースさん!
次に会う時までに、口先以外も磨いておくんだな!!」
「あっ……こら、待て!!」
まずマスクの男が、次に眼帯が、最後にサングラスが、順番に駆け出し、
進行方向に進む客を突き飛ばしながら逃げようとする。
沙都子はとっさに、袖口から何かスプレーのようなものを取り出したが、間に合わない。
普通の変質者なら、それで仕留められただろう……だが、相手が一枚上手だった!
逃げる動きがあまりにも洗練されていて、今まで傍観者に徹していた客たちは、
彼らを止めることができない。
……このまま逃がしてしまうのか!?
佳奈を含めた客たちが、そう思った、その時。
「……ふざけんじゃないわよっ!!」
怒りを爆発させて、叫んで、走り出した女性がいた。
沙都子の背後で成り行きを見守っていた、古手梨花だった。
沙都子でさえ、思わず足を止めてしまったほどの距離。
尚更、梨花には追いつきようもないように見える。
だが、それでも梨花は走る。何かに憑かれたように、罵倒を吐き散らしながら――走る。
「この祭はっ! ……あんたにとってはただの、盗撮のチャンスでしかなくても……!
私たちにとっては特別なものなんだ! 私の……私“たち”にとっての、特別な祭なんだ!!
そんな祭でふざけたことをやらかして! それでのうのうと逃げおおせようなんて! 絶対……
絶対許さない!!」
その鬼気迫る様子が、男たちにも伝わったのだろう。いまいちよく見えないが、
少しだけ走る速度が遅くなった。
……だが、それでも、男たちとの差は歴然。追いつかない。
……どうすればいいのだろう。
男たちを捕まえるのに……自分は、何をすれば。
誰もがそう思い、自らの非力さを痛感して、目を閉じかけた時に――
「悪ぃなお前ら。……ここは通行止めだぜ。」
そこに――“彼”は現れた。
誰も、何も感じなかった。本当に、まるでどこかからテレポートでもしてきたみたいに、
三人の男たちの前に、彼は、立ちはだかった。
彼の服装は黒いスーツ。優男風の外見だが、その眼光は鋭い。手には何か、
警棒のようなものを携えている。
その、何とも言いがたいが、他人を引きつけるような気迫に呑まれて、三人の男が立ち止まる。
そして――その三人に対し、彼は語りはじめた!
「お前たちがエロに命を賭けているらしいこと、それは俺にも伝わった。
……確かに、エロとは本来崇高なものだ。それに命を賭けること自体はまったく正しい……
だがッ! お前たちはエロに傾倒するあまり、美少女や美女を敬う心を忘れたッ!!
そんな外道を俺は許さない!」
「貴様……何者だ!!」
「俺の名はK……口先の魔術師・Kだ!!」
「「「Kぇぇぇぇーーーーい!!!」」」
同じく、一体どこから現れたのか、Kと呼ばれた男の周りに集まった取り巻きが絶叫する。
いや……Kと呼ばれた男、なんて他人行儀に語る意味はもはや無い。
なぜなら……彼は他でもない、佳奈の父親なのだから……!
「け……K、だと……!?」
「聞いたことがある……聖地エンジェルモートに時折思い出したように降臨し!
萌えやエロにこだわるあまり道を踏み外した者に、正しい道を説いて去っていく!
伝説の萌えの伝道師!!」
「それが……アイツだとでもいうのか……!」
どうやら、父親に関して、いろいろと変な噂が立っているらしかった。……初めて知った。
時々エンジェルモートに喜び勇んで出かけていくことは知っていたけど、
まさかそんなことをしていたなんて。
驚き半分、恥ずかしさ半分で、何だかいたたまれないような気持ちになる。
「くっ……だがKと言えども、俺たち三人を同時に止めれるはずはねぇ!」
「突破してやるよぉ! 俺たち三人! 力を合わせてなぁ!!」
……三人の男たちは、まだ諦めていないようだった。
父の左・前・右の三方を取り囲んで、威嚇する。
……だが! そこにまた突然、横から助太刀が入ったのだった!
父の背後から滑らかな動作で現れた別の男が、父の右横に立つ眼帯の腕を掴んだのだ!
「な……何すんだこの眼鏡! 放せ! 放せよ!」
「いけませんねぇ……神聖な綿流しのお祭りに、こんな不貞の輩が紛れこんでいようとは!」
「うるせぇ! てめぇ何者だ!!」
「私の名はイリー! メイド王のイリーだ!!」
「な……何ぃ!?」
「メイド王のイリー! 聞いたことがあるぞ!」
「聖地エンジェルモートにおいては、Kよりも発言権があるかもしれないと噂される
伝説のメイドマニアだ!
エンジェルモートのレジェンドと噂される奴らが、なぜ二人も!?」
「……レジェンドって……あれどう見ても、監督だよなぁ、優乃……?」
「ですぅ……」
傍らの魁月と優乃が、呆気にとられた様子で会話する。
佳奈も似たような気持ちだった。いい歳をして何をやっているのだろう、この人たちは!?
「くっ……ならこいつはどうだ、イリーさんよぉ!!」
「……何と!?」
眼帯はしぶとく抵抗する。何と、側に立っていた無関係の老人の襟首を掴んで、
監督の方へ突き飛ばしてきたのだ!!
監督は老人を受け止めざるを得ず、従って眼帯は監督の手から自由になる……はずだった。
だがその目論見は失敗する。横から現れた別の男が、突き飛ばされた老人を
受け止めたからだ!
「自分の身が危ういからって、年配の人に対して暴力とはな。
……まったくお前ら終わってやがる。終わってやがるぜ!」
「き……貴様も仲間か! 何者だぁ!」
「俺はブルマー戦士・コニー!! エンジェルモートの超新星にして、Kの永遠のライバルだ!」
「えっ……ちょっと待って! あれってひょっとして分校の……」
「……
「あの人もお父さんの仲間なの……?」
ひょっとして、佳奈の周りの男性はこういう変態ばかりなのだろうか?
……頭が痛くなってくる。
せめて宗二だけは、こういう方向性には染まらないことを願いたい……。
「ひっ! ひぃぃ……助け……!」
「おっと。さすがに逃がすわけにはいかないなぁ。現行犯だし。」
「あ……ひ、ひぃぃ……!」
すっかり父たちに気圧されて、怯えて逃げようとしたマスクを、別の人影が捕まえる。
その人は……何だろう、どこかで見たような気がした。
さっきの言い方からすると……警察官?
「さぁ、署で話を聞かせてもらおうか?」
「あ……あんたは誰だ!!」
「熊谷勝也。……刑事だよ。」
「よぅテディ! 興宮からわざわざ来てくれるとはご苦労なことだな!」
「けいい……K。その呼び方はやめてくれと前にも……。」
「よぅし、これで四人全員揃ったぜ!!」
悪党三人を取り囲むように集結する、父たち四人の謎の集団。
彼らは一人ずつ、何やらポーズをとり、叫ぶ。
「K!」
「イリー!」
「コニー!」
「……て、テディ!!」
「4人揃ってぇ!!」
「「「「ソウルブラザー!!!!」」」」
古式ゆかしいヒーロー然とした名乗り。そしてポーズ。
その姿を見た祭の客たちの一部が何やら驚愕し、どよめき出す。
「そ……ソウルブラザーだって!? 雛見沢が混沌に陥るとき、必ず現れるというあの!」
「漢でない者が引き起こす、卑怯で卑屈な事件の起こるところに、必ず現れるという
ソウルブラザー……まさか実在したとは……。」
この村の人たちの頭の中が心配になってくるが、まあそれはいい。
盗撮犯三人組は、いまや完全に袋のネズミとなっていた。
前方にはソウルブラザー4人(そのうち1人は警察官)。
後方には、ようやく追いついてきた梨花、沙都子、詩音。そしてその傍らには、
父の古い友人である富田・岡村の姿もある。
「さぁて……心の準備はできてるかしら? この不届き者ども!!」
「ひっ……ひぃぃ!!」
「や……やめて!! 見逃してください!! 映像のデータ全部返すから!!」
「……ふん、ダメだな! そらみんな、犯人どもをとっちめちまえ!!」
「「「「おおーーーっ!!!」」」」
父の号令の下、熊谷を先頭に、興二、富田、岡村などが三人の犯人を取り囲んで拘束していく。
三人は当初は泣き言などをわめきながら抵抗していたが、すぐに大人しくなった。
熊谷が無線を取り出して、何やら連絡し始めたところで観念したのかもしれない。
その一連の様子を、佳奈たちは輪の外から眺めていたのだったが。
そんな様子の佳奈たちを見つけて、父は悠々とこちらに歩いてきた。
「よう、佳奈! 部活のお仲間も一緒か! どうだ、祭を楽しんでるか?」
「え……ええ、まあ……」
「そこの盗撮犯たちが現れるまでは、確かに楽しんでおりましたが……」
「なぁに、そこの奴らは気にすることない。……ただの祭の余興みたいなもんだと思っとけ。
お前たちはお前たちのやり方で、ちゃんと祭を楽しめばいいのさ。」
「祭を……。」
「……たの、しむ……。」
「そうだ。……ホラお前ら、時計を見ろ!
奉納の舞が始まるまで、もうあんまし時間がないぞ!」
「ああっ! たっ、確かに……!」
「部活は年中いつでもできるが、綿流しの祭は年一だ!
楽しめるときに楽しんでおかないと、後で後悔するぜ!」
「……そうだね、わかったよ、お父さん。
……みんな! それじゃ、綿流し五凶爆闘! 再会するよ!!」
「「「「おおーーっ!!!!」」」」
「でもお父さん! さっきの口先が何だとか、その辺の話は水に流したりしないからね!
後でじっくり話を聞かせてもらうよ!!」
「ええぇぇっ!!? お、おい佳奈、ちょっと……!」
「はぁい、じゃあみんな! 次は射的屋に行くよ! よぉい、どん!!」
「おいちょっと!!」
背後に響く父の叫びを聞きながら、佳奈は、仲間たちと一緒に露店の並ぶ道を駆け抜けていく。
父親のよくわからないキャラ付けには、正直ドン引きした佳奈だったが。
それでも、祭の貴重な時間を守ってくれたことには、ちゃんと感謝しているのだった。
「……ったく、あいつ…………って、おお、梨花じゃないか。お前も来てたのか?」
圭一にそう声をかけられて、ようやく梨花は我に返った。
さっきまではあの男たちのことで頭がいっぱいで、他のことを考える余裕がなかったのだ。
改めて、目の前に立つ圭一を見る。
黒いスーツを着こなして、警棒というそれなりに物騒な武器を携帯する圭一は、
昔の記憶の中に残るどこか幼さを残した顔立ちの、細身の少年の印象とは
だいぶ違ってしまっている。
今の仕事を始めてから、それなりに筋肉を増したようで、そのことも
記憶との印象の違いを強めている。
だが、それが何だ。
圭一は、圭一だ。いつも、仲間たちがピンチの時になると颯爽と現れて、力を貸してくれる。
そして、美味しいところを持っていってしまう。
そんな……部活の皆にとっての、そして梨花にとっての、ヒーローなのだ。
「……ありがとう、圭一。おかげで少し、吹っ切れたような気がするわ。」
「え? おい梨花、それって一体どういう……。」
「何でもない!」
梨花は、そう言って圭一の言葉を遮り――
とびっきりの笑顔で、彼の労に応える。
「いつもありがとうね、圭一!!」
――そして、祭の晩は、いつもの喧騒の中で更けていった。
梨花は、今年も今年とて、奉納の舞をしっかりとやりきった。
……正直、舞そのものは、昔よりずっと楽になってきている。
昭和58年の頃に比べれば、身体がしっかりできているから、
鍬も圧倒的に振り回しやすいのだ。
昭和58年に積み重ねた記憶を元にすれば、手順を間違えることもない。楽な仕事だ。
それでも……梨花はこの舞において、手を抜いたことはない。
なぜならそれは……大切な、儀式だからだ。
辛いことも、喜ばしいことも、みんなこの祭を通じて学んできた。
普段から感じている仲間たちとの繋がりを、特に強く感じられるのもこの祭だ。
だから……梨花は、奉納の舞で手を抜かない。
特別な祭を、特別なままで終わらせるために、今年も全力で舞を舞うのだ。
「ほら、宗二くん。こうやるんだよ、よく見ててね……
ワタは右手で、左手で払う……それから額、胸、おへそを……。」
佳奈たち部活の面々が、新人である宗二に綿の流し方を教えている。
宗二はぎこちないながらも、動きをちゃんと把握して、自分のワタを流していく。
……そんな様子を、背後からひっそりと見守っているのは……言うまでもない。
圭一に魅音、悟史に詩音、それに沙都子、梨花。
彼らの親を含む、初代部活のメンバーたちだ。
「宗二くんと佳奈ちゃんってさ、なかなかいい雰囲気じゃない?
ああいうのを見てるとさ、おじさん若い頃を思い出すねぇ……。」
「そ……そうかな。俺には、ただの仲のよい友人同士にしか見えねえが……。」
「あらあら圭ちゃん、過保護な親にありがちな娘への執着心ですか?
良くないですねぇ~。」
「いや、圭一のことだから、単に恋愛事に弱いだけかもしれない。
昔から、そういうのになるとてんで鈍感だったよね……。」
「おぉい悟史! 詩音! お前らちょっと言い過ぎだぞ!!」
昔と違って、皆、大人としての風格みたいなものがある。
でも、みんなで他愛無い話をして盛り上がるのは、昔と変わらない。
そんなどこか奇妙な光景を見ながら、梨花はふと、頬を緩めて微笑んだ。
ぱっぱ、と袴についたホコリを払って、傍らに立つ沙都子にだけ聞こえる声で言う。
「ねぇ沙都子。……私、絶対諦めないわよ。」
「……え?」
「……羽入のこと。あいつ、消えていっちゃう時も、絶対に『死ぬ』とか、
『命』がどうとか、言わなかったんだ。
だったら、やっぱり、どこかでまだ生きてるんだと思う。
……そうだとしたら、私は諦めない。
どんなに時間をかけたとしても、羽入のところへ行く方法を見つけて……
必ずあいつを、この雛見沢へ連れ戻してみせるわ。
あいつがダメだと言ったとしてもね。」
「梨花…………。」
沙都子は、それが梨花にとって辛い戦いになるのだと理解していた。
前に、梨花が話しているのを聞いたことがある。障害に立ち向かうことが戦いなのではなく、
本当の戦いは選ぶこと。選び続けることなのだと。
そして今梨花は、辛い決断をしようとしている。
そのことを、沙都子は必ずしも快く思わない。けれど……。
「もし、羽入さんのところへ行く手がかりが、見つかったら。」
「……うん?」
「その時は、私たちも一緒ですわよ、梨花。……全員は、揃わなくなってしまったけれど。
それでも私たちはやっぱり、部活メンバーなのですわ。
みんなで……みんなで、羽入さんを迎えに行く。それが、正しいことだと思いましてよ。」
「…………そうね。まったくその通りだわ。ありがとう、沙都子。」
そんなことを話しているうちに、梨花と沙都子の番になった。
手慣れた手つきで、二人は川に綿を流す。
そして……そんな二人を、残る四人が背後で見つめている。
川面に映る影は、六つ。……本来あるべき影が、二つ欠けてしまっている。
……けれど、梨花はもう、心を揺らしたりはしなかった。
例えそこに影が六つしかなくとも、私たちの魂は常に八つ。
それは、時がどれだけ巡ろうと変わらない、真実なのだ。
<了>
いかがでしたでしょうか。
「こんなのひぐらしじゃない」という思われた方は、きっといるのではないかと思います。
そうしたことを考え、「わざわざこんなものを今更投稿する意味があるのか」と思ったりもしました。
それでも投稿しました。
それは、自分なりにこの作品にとても愛着があり、
二次創作とはいえそれに連なるものを、粗末に放り出したくはなかったからだろうと思っております。
ヲタを語るときと、真剣に人を信じることを語るときのギャップがすごい圭一が好きです。
心の中に強い狂気を持っているのに、周りの人間を無条件に幸せにできるような雰囲気を作れるレナが好きです。
いろいろ読者から厳しいツッコミを受けつつも、ぶれずに姉貴分を続けている魅音が好きです。
萌え属性山盛りでありながら、重い過去も同時に背負っている沙都子が好きです。
思っていることを、解決編であらかた語ったはずなのに、なおミステリアスさを残す梨花が好きです。
とても善人とは呼べない性格ながらも、魅音とは違った魅力をもって心を引きつけてやまない詩音が好きです。
後発のキャラクターにも関わらず“神”として、強い存在感を示す羽入が好きです。鷹野の賽銭を跳ね返す場面は最高だと思います。
それ以外にも――富竹、鷹野、入江……好きなキャラクターは山のようにいます。
昔の事なので、よく覚えてはいませんが、多分そんなキャラクターたちのために何かがしたくて
この物語を書きはじめたのだと記憶しています。
扱いが決して良くない状態のキャラ(特にレナと羽入……)も出てしまいましたが、
私はそれをどうやって償えばいいのでしょう。
これから考えていきたいと思います。
最後になりましたが、この作品を最後までお読みくださり、
本当にありがとうございました。