ひぐらしのなく刻に ~巡りくる日常(とき)~ 作:十宮恵士郎
(……どうして、こうなってしまったんだ……!!)
“その世界”の宗二は、懸命に走っていた。
後ろから迫ってくる黒服から、逃れるために。
そして走りながら、自問する。
なぜ……どうして、自分が今、こんな目に遭っているのかと。
(……僕が母さんの……鷹野三四の、息子だからか!?)
そして思い出す。数日前。
自分を取り巻く状況を何とかしようと、相談を持ちかけた父の知人が、ファミレスで漏らした情報を。
『鷹野三四……君のお母さんは、“入江機関”の最高責任者として決断を迫られた。研究の成果を示す代償として雛見沢を滅ぼすか、それとも命を賭けて続けてきた研究を終わらせるか……そして、雛見沢を滅ぼす選択をした。古手梨花とその友人たちの横槍で、計画倒れになったがね。』
『このことは機密事項となったが、事件の関係者は当然知っている。そしてその中には園崎魅音をはじめとした、現在の雛見沢の重鎮たちが含まれている。……彼らは鷹野三四がかつて雛見沢を壊滅させようとしていたこと、そんなことをしでかそうとした彼女がまだ生きているということに不満を持っている。』
『……気をつけた方がいいよ、宗二くん。今はまだ、君と鷹野三四の血縁は知られていないが……もしこれが“彼ら”に知れ渡れば、何が起こるかわからない。』
――正直、今でも実感が湧いていない。
実の母親が、そんな途方もない陰謀の一部を担っていたということに。
……けれど、それを否定しきれないのもまた事実なのだ。
思えば昔から、母の表情にはいつも陰があった、と宗二は述懐する。
何か深くて恐ろしいものに通じているかのような、陰が――。
(……でも、多分、それだけじゃない。
あの時の魁月は、何かもっと違う感情を持ってた……。)
続いて脳裏に浮かぶのは、父の知人との相談の直後。
雛見沢のバス停で、待ち構えていたかのように現れた魁月が口にした言葉。
『お前……ボクたちに何か隠し事、してるんじゃないかな……?』
『お前はいつも通りにしてればいいよ……どうせ、すぐに片付く。』
その時の魁月の目……鷹のような目は、もっと強い悪意を伝えてきていた。
ただ邪魔だから消すんじゃない、憎いから、許せないから消すんだとでも言うような。
……つまり、“よそ者”だからなのだろうか。
祭の夜――分校の新人教師を1人、葬ったように。
1人ずつ着実に、よそ者を消していくつもりなのか。
いつの間にか、背後を走る黒服はもういなくなっていた。
懸命に走ったおかげで、振りきることができたようだ。
――園崎組K班。
あの黒服たちは、園崎組の一員として現当主である園崎魅音と、その懐刀である園崎圭一に忠誠を誓っている。
つまり、雛見沢の中でも特に保守的な層の、走狗と言っていい。
そう教えてくれたのは、犠牲になってしまった新人教師の
宗二は思い出す。椎野が殺される直前、祭の夜、二人きりの時に語った言葉を。
『奴らは――決して、よそ者を許さないの。
今、開放的になっている雛見沢も、奴らにとっては許しがたいもの。
外から来た連中に対する見せしめのために、
血祭りに上げる生贄を――奴らは求めている。』
『私は殺されるかもしれない……でも、あなたたちはせめて、生きのびて……ね。』
宗二はその言葉を、何度も頭の中で反芻する。
(――そうだ。こんなところで、しかもくだらない理由で。殺されてたまるか。
生きのびるんだ。
生きのびて――帰るんだ、東京へ。)
そう自分に言い聞かせて、呼吸を整えて、立ち上がる。
そして、興宮へと向かう道へと、脱出ルートへと歩を進める。
だが――その前に、1つの人影が立ちふさがった。
佳奈だった。
『この先へは……行かせないよ、宗二くん。』
その言葉と共に、彼女は手に持った金属バットを構える。
その目は、魁月と同じように冷徹で鋭く――こちらに対して容赦はしないと、訴えていた。
それに応じるようにして、宗二もまた、護身用に持っていた木刀を取り出して――
「……宗二! 宗二! 大丈夫かい!?」
「――!!」
そこで、目が覚めた。
目の前には、眼鏡をかけた中年の男の顔。久しぶりに見る父の顔。
それを見て――宗二は、自分が今、どこにいるのかをはっきりと思い出した。
ここは、東京の病院。その待合室だ。
父より先にこの場所に着いて、父を待つうちに居眠りをしてしまっていたのだ。
夢とわかると、さっきまでの不気味なビジョンに対する恐怖も和らいでいく。
しかし……一体、何だったのだろう。
ただの夢にしては、妙にリアルで、真に迫る絶望感があったような――。
「……ごめん父さん。待ってるうちに寝ちゃったよ。」
「それは別にいいよ。随分と待たせてしまったからね。だけど宗二、何だかひどくうなされてなかったかい。大丈夫?」
「う……うん。ちょっと、怖い夢を見ただけだから。体調が悪いとか、そういうんじゃないよ。」
「そうか……父さんが早く来ていれば、そんな夢を見させることもなかったのにな。」
「気にしないで。……それより、早く母さんに会いに行こうよ。僕、1年以上ぶりなんだって。」
「……そうだね。じゃあ、行こうか?」
待合室の椅子から起き上がり、父の背中を追って歩いていく。
不吉な夢の記憶は、ゆっくりと薄らいでいった。
「ふふ……どうしたんだよ佳奈姉ぇ、何だかおびえてるじゃないか……?」
夕刻の雛見沢。いつもとは違う、よどんだ空気の中で、歪んだ笑みを浮かべる魁月ちゃん。
彼女とはそれなりに長い付き合いだが、こんな邪悪な笑みは今まで見たことがない。
正直に言って、少し恐い。逃げ出したくなってもくる。
だが――今はまだ、逃げても無駄だと第六感が告げている。
だからまだ彼女からは逃げない。毅然とした態度で、彼女に対峙する。
「ふざけないで! ……魁月ちゃん、どういうことなの、宗二くんが“雛見沢の敵”って?」
「ふん……正確に言えば、雛見沢を脅かす敵の一員、といったところかな。あいつは諸悪の根源が手塩にかけて育てた一人息子だ。だからこそ雛見沢に送りこまれてきた。ボクたちの行動を見張るために。」
「見張る……? いや、それより……“諸悪の根源”って……?」
「鷹野三四、だよ。」
それは、ある程度予想のできる言葉だった。
ある夜の悪夢から今まで、何度かその名前に突き当たってきた。
しかしそれでも……驚きはあった。
その名前に、宗二くんと何の関係がある?
「タカノ……ミヨ……。」
「鷹野三四は、雛見沢を潰すために存在するような女さ。過去、あらゆる世界で、幾度となく雛見沢を襲い、踏みにじってきたが……この世界では、それは叶わなかった。彼女は表舞台から退き――けれど、決して諦めてはいなかった。」
「世界……? 表舞台……?」
何となく聞いているだけだと、魁月ちゃんの正気を疑いたくなるような言葉。
しかし……それでも、何となくその意味を理解できてしまう自分がいた。
なぜなら――魁月ちゃんの言葉が“あの夢”で見せられた出来事を指しているのだと、直感でわかったからだ。
母さん――竜宮レナは確かに、数年前に命を落とした。だが父さん、前原圭一は今も生きている。
だから、父さんも母さんも命を落としたあの夢の出来事は、恐らく現実ではない“別の現実”。
その“別の現実”で、多くの人を殺したのが……鷹野三四……?
「彼女は……そして、彼女の属する“東京”は、今も雛見沢を虎視眈々と狙っている。世にも珍しい風土病の存在するこの土地を、自分たちの力になる研究の土台にするためにね。ボクたち雛見沢の人間の都合なんてまるで考えちゃいない。……わかったかな。これが仲瀬宗二と鷹野三四、そして、奴らの所属する組織の真実だ。」
「……ふざけないで!!」
魁月ちゃんの語ることが、単なる嘘八百でないことは、理解できた。
彼女の言葉は、今まで単なる悪夢で片付けていた出来事に根拠を与えてくれた。
だが、それでも……私は、信じない。
宗二くんが、そんなおかしな連中の片棒を担いでいることを。そして――
「真実だか何だか知らないけど、あなたは1つ嘘をついてる!! ……あなたは、魁月ちゃんじゃない! 魁月ちゃんは確かに時にトラップを使う、でもこんな風に、親しい人を惑わせて傷つけるようなトラップは使わない!」
「……ふーん」
「正体を見せなさい、さもないと――」
「――一発喰らわせるって? 嫌だなぁ、怖い怖い……。」
魁月ちゃんの笑顔が、さらに歪みを増していく。
……いや、もう歪んでいるなんてものじゃない。波紋が広がる水面のように、その輪郭がたわんで、ぼやけて、また別の形に再構成されていく。
気がつくと、そこには魁月ちゃんとはかなり趣の異なる女性が立っていた。
顔の上半分に鬼の仮面を付けていて、どんな顔をしているのか、はっきりとはわからない。
ただ彼女は長髪で、そして――巫女服を着ていた。紅白の、やや独創的なデザインで、だがしかしどこか、古手神社の巫女服を思わせるような形。
――長髪で、巫女服。
その姿は、どこか、父の古い知り合いである女性を思い起こさせる。
「……梨花、さん……?」
だが、梨花さん本人でないことはすぐにわかった。
髪色も髪型も微妙に違うし……何より、側頭部から、水牛を思わせる曲がった角が生えている。
ひょっとしたら、ただの飾りなのかもしれない。
だがそれにしても、異様な風体だった。……人間ではないかのようだ。
仮面を被ったその女性は、何がおかしいのか、歪んだ笑みを浮かべて、話しはじめた。
「古手梨花、ね。なかなか察しがいいじゃないか。……古手梨花と私には、決して切れない深い繋がりがある。一時は親戚などと名乗っていたこともあったね。」
「……親戚……?」
「そう。だが、勘違いしないで欲しい。私は人間ではない……私のことは……オヤシロさま、とでも呼んでくれ。」
「……何それ、冗談のつもり……?」
人間ではない、というのはまだいい。
問題なのは“オヤシロさま”というその名称だ。
それは、古手神社に祀られている古い神様の名前。
それを自分から名乗るなんて……まるで、神様を気取っているみたいじゃないか。
「……冗談ではないさ。私は神だよ? お前たち雛見沢の民を見守る守り神だ。」
「そんなの……口ではいくらでも言えるじゃない?」
「やれやれ……最近の若い者には信心というものがない……」
神を名乗る女性は、わざとらしく肩をすくめ、一度深く俯いた後――
「じゃあ証拠を見せてあげよう!」
――思いきり手を真横に広げた。
多分……それが合図だったのだろう。
太陽が地平線に沈みきった時のように、さっきまで黄昏色だった雛見沢が、一気に夜の闇に包まれていく。
そして、空には不気味に輝く月が上る。
そこまで変わったところで、私は気づいた。
……これは“あの夢”の再現だ、と。
目の前に広がる景色は、この前見た悪夢と寸分違わないものになっていた。
そして――
いつの間にか地面には――6つの死体が、転がされていた。
「…………!!」
「もうわかるね? 私がご丁寧にも、過去の記憶を蘇らせて、夢としてお前に見せたものだ。だがあれは夢ではない。過去の、事実だ。」
「……嘘。父さんも、魅音さんも、沙都子さんも、まだ生きてる。」
「往生際の悪い……いいかい? “あの時”に死んだのは、今君が生きる現実とは違う世界の前原圭一たちだ。いわば、君たちが今生きている現実の、あり得た別の可能性が“ここ”だ。……さて、せっかくこの世界まで来てもらったんだ。当事者たちの貴重な証言を聞いてもらおうか。」
“オヤシロさま”が手を振ると――突然、死体の1つが、がばっと勢いよく起き上がった。
ぎょっとする佳奈の前で、死体はゴキゴキと首を鳴らすと、まっすぐ佳奈の方を見た。
――それは父。前原圭一だった。
父は、何も映っていない虚ろな目でこちらを見ていたが、やがて何かを思い出したかのように一つ頷くと、語り出した――。
「そうダ……たかの、鷹野、鷹野さんが……うらぎっタ。あの人のせいデ……みんな、殺されタ。梨花ちゃんを……守れなかっタ。」
「……やめて」
「さぁ、次はレナの番かな? 思うところを述べたまえ。」
「……たかのさ、鷹野さんガ、圭一くんヲ……梨花ちゃんを、殺しタ…………ゆ、許せない……許せなイ……!」
「……やめてよ、母さん!」
聞きたくない、こんなおぞましい告白は。
その想いを乗せて、訴える。けれど、届かない。
告白は、止まらない……!
「……佳奈ちゃン……仇キ……討っテ……!」
「佳奈ァ……」
「やめてぇ!!!」
「もうやめて? ……何、ムシのいいこと言ってるんだよ……先に仕掛けてきたのは……お前らの、方じゃないか……。」
“その世界”の宗二は、佳奈にそんな言葉を投げかけた。
――実力差ははっきりしていた。
佳奈は野球部のキャプテンをする肉体派だが、宗二もまた剣道部のレギュラーだった元スポーツ少年だ。そして、この時期の若者で言えば男子の方が女子よりも圧倒的に筋力で勝っている。
単純に腕力の差だった。佳奈は宗二をここで返り討ちにしようとしているのだろうが……そんな簡単にやられる宗二ではなかった。
自分から踏みこんで、二打、三打と木刀で打ちこんでいく。佳奈も金属バットで防御するが、守りに入るばかりで攻めることができない。
後はどこかに一撃を浴びせて、無力化すれば先に進める……のだが、宗二はまだそうすることができずにいた。
佳奈の薄気味悪いほどに冷静な目つきと、笑みが、宗二の恐怖心を煽り立て、ひるませる。
「宗二くんは勘違いしてるよ……私たちが宗二くんに危害を加えようなんて……そんなことするわけないじゃない……?」
「ふざけるな……そんなごまかしはもう通じないぞ! こそこそ僕をつけ回しやがって!! 足音をはっきりと聞いたんだ……園崎家の連中だろ。そうだな!?」
「宗二くん……何言ってるの? くすくす、園崎の人たちはそんなことしないよ。」
「ああそうか、シラをきるんだな……だが裏はとれてるんだ! 園崎家のやってきたことはすぐに明らかになる。椎野先生を殺したことだって!」
「……宗二くん……今、お父さんたちが動いて、調べてくれてるの。だから、焦らないで……落ち着いて、ね?」
“お父さんたち”。
その言葉で、宗二はK班のことを思い出した。……そうだ。振りきったとは言っても、あいつらはまだ僕を探している。このままでは追いつかれる。
……早めにカタをつけなくては!
「うるさい、黙れ!!」
「……あっ……!」
宗二の繰り出した一撃で、佳奈の金属バットは吹き飛ばされた。
好機とばかりに、宗二は踏みこんでいく。
佳奈の肩を掴んで、地面に叩きつけ……彼女の上に馬乗りになる。
そして両足を使って、彼女の両腕も封じる。
――マウントポジション。
これで……後は、木刀さえ振り下ろせば、終わる。
全てが、終わる。
「……はぁ……はぁ……はぁ…………!」
――終わらせてしまって、いいのか?
(佳奈は……部活の、大事な……仲間で……。)
そんな言葉が、脳裏をよぎる。
だが……園崎組は、今も確実に迫ってきている。
時間は…………ない。
だから。
心を決めて……宗二は、ゆっくりと、木刀を天高く……振り上げる。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
突然、閉鎖された空間に響き渡る絶叫。
それと同時に、背後に殺気を感じた。
勢いよく飛びのいた。
そして……さっきまで私が立っていた場所に、誰かが飛びこんできたのを見る。
それは――宗二くんだった。
だけど……様子がおかしい。
全身が切り傷だらけだし……目が血走っている。息も荒い。
そして……背筋が凍るほどの殺気を放って立ち上がり、私を見る。
手に持った木刀を、確かめるように触りながら。
「おやおや、他所からお客さんのようだねぇ。……君が悪いんだよ、佳奈。
いつまでも心を決めないからさ。」
後ろから、“オヤシロさま”の嘲るような声が聞こえる。
振り向くと、彼女は余裕の表情で、私と宗二くんの様子を悠々と観察していた。
その様子で、悟る。今ここにいる宗二くんは、あの女性が連れてきたのだと。
……でも、一体何のために?
「どうして宗二くんを……ここに!?」
「なあ、もう忘れたのかい?
仲瀬宗二は、鷹野三四が手塩にかけて育てた一人息子だ。いわば鷹野のとっておきの切り札なんだよ。
宗二を殺すことは、鷹野にとっても相当な痛手になるだろう。……そして私たち雛見沢の者たちにとっては、大きなアドバンテージになる。」
「…………それって。」
「仲瀬宗二を、殺せ。……そうすれば、君の覚悟に免じて、この悪夢のような空間を解いてあげるよ。
私は、君がこの男と仲良くしているのが気に入らないのであって、君本人をいじめたいわけじゃないからねぇ?」
神を名乗る女性の残酷すぎる提案に、絶句する。
そしてその瞬間――
「があああああああ!!!」
宗二くんが襲いかかってきた。獲物の木刀を大上段に構えて。
大振りなので、隙を見つけるのは難しくなかった。何とか横へ回避して、体勢を立て直す。
だが宗二くんは一振り程度では止まらない。避けた私のところまで一瞬で距離を詰めて、木刀を振り回す。何度も、何度も。血走った目を私に向けながら。
その殺気と勢いに、気圧される。
……このままでは……
そう思ったとき、足に何か硬い感触が当たるのを感じる。
……金属バットだった。
とっさに拾い、殺気を感じる方向にかざす。
うまく、木刀の勢いを殺すことができた。腕にびりびりと、木刀が伝える衝撃が響くが、耐えられないほどではない。
しばらく、そのままの膠着状態が続いて……宗二くんはらちがあかないと判断したか、一旦離れた。
「……佳奈! 佳奈ァ!!」
離れた場所で、殺気の籠った怒声を上げる。
その隙に、私は手に持つ獲物をよく確認した。
……見たことのないものだった。私がいつも野球で使っているバットとはだいぶ違う感触と、外見。
それなのに、どこか懐かしい感じがした。
まるで、このバットを持つことが、私の必然であるかのような……。
「……殺セ。」
思考を、気味の悪い呪詛が中断する。
その言葉を発したのは……父だった。
死体と成り果て、神と名乗る女性に操られている父が、悪趣味な野次を飛ばす。
それを認識しているのかいないのか、宗二くんは再び雄叫びを上げながら襲いかかってきた。
金属バットで何とか防御する私。今度はきちんと木刀の力を受け流して、一つ一つの打撃を回避していく。……だが、現役ではないとはいえ剣道部員、受け流すだけでもだいぶ気力を持っていかれる。このままでは……きつい。
一体、どうすれば……。
「……殺セ!!」
「殺しテくださイ!!」
「殺しテ……佳奈ちゃン!!」
苦しい状況を、嫌らしい呪詛の言葉がさらに苦しくしていく。……今のは魅音さんと、沙都子さんと、母さんだろうか。
焦りだけでなく、苛立ちまでもが胸の中にわく。
――どうして。どうしてそんなことを、あなたたちが言うの?
あなたたちはいつも優しく。温かく。……本当の家族のように、私を導いてくれていたのに!
「佳奈ちゃン…………殺しなさイ!!!」
母さんのその言葉で……力が抜ける。
……違う。
……違う!
何を言っているんだ、せっかくまた会えたのに……
あなたの口から聞きたいのは……そんな言葉じゃない!!
「……どこ……見てんだッ!!!」
……そんな風に、つい、気をそらしてしまったのが運の尽きだった。
閃く殺気。迫る木刀。
衝撃が走って、私は吹っ飛ばされた。
一瞬遅れて、痛みが体に走る。
場所は脇腹。
……ひどいな……女の子のこんなところを……何の、容赦もなく……!
「……宗二くん……やめてよ……
こんな……ひどいこと……!」
「……うるさい…………死ね。」
私が吐く言葉も、まるで聞いていない。
手に浮かんだ汗を、手早く吹き取ると、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
手からぶら下がった木刀が、地面にこすれて音を立てる。
「前原佳奈。今が決断の時だ。」
事態を静観する“オヤシロさま”が、言う。
「まだお前はやれる。殺されるな……殺し返せ!
生きのびるんだ!!
それが……お前の父や友人……雛見沢を守ることになる!!」
煽り立てる神。
それに同調する、6つの死体。
迫ってくる、宗二くん。
…………迷わざるを得ない。
私は……どうすればいい?
宗二くんを殺せば、ここから出られると、あの“神”は言う。
それは本当かもしれない。
……けれど、そのためにと言って宗二くんを殺せるのか。
あの宗二くんを。
大切な仲間を。
そして…………
「佳奈ぁ!!!」
――その声に、私は一瞬、我に返った。
驚いたのは……父が、自分の名前を呼んだからではない。
その響きが、私に何かを訴えようと、しているようだったから。
「……父さん?」
ちらりと、神の側に立つ父さんを見る。
特に変わった様子は見られなかった。父さんだけじゃない、残りの5人も同じ。
全員がさっきと同じ虚ろな視線で、私たちを眺めている。
…………だが。
それでも、気持ちの変化があった。
「……っぐ、うう……」
バットは、地面に置いた。
空いた手で、脇腹を押さえた。
そして……立ち上がった。
痛みに耐えながら、しっかり立って……そして、近づく宗二くんを、まっすぐに見た。
「……何……見てる……!」
宗二くんが、顔を歪める。
目に一瞬の、迷いが映る。
それを私は見逃さない。
痛みを感じながら、それでも、目を逸らさない。
宗二くんの目を、見つめ続ける。
「何をしている! 佳奈、バットを手に取れ!」
神の声を聞き流しながら、考える。
今のお父さんたちは、“神”の言葉に従って、呪詛を吐く死体に過ぎない。
……でも、あの人達の姿を通じて、思い出せることもある。
あの時沙都子さんが言った、“宗二くんからの信頼を信じてみてほしい”という言葉。
父さんと母さんがこれまでくれた、優しい気持ち。
それを――その気持ちを、あの人たちが私に託してくれたんだとすれば。
私は!
「佳奈!!!」
「……うぁああああああああああああああ!!!」
神が叫び、宗二くんが吼える。
それを確認しながら……私は、手を伸ばし、宗二くんの頬に触れた。
……無防備な距離。
今木刀を振り下ろされたたら確実に命取りになる。
それでも。
私は精一杯の笑顔を作って……言った。
「大丈夫だよ宗二くん……私を、信じて。」