東方狂宴録   作:赤城@54100

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所謂、繋ぎの回。みんな大好き(だと良いな)なワラキアさんはこの辺りからしっかりとした出番があります。多分。


第十五話『俺と持ち主と話し合いと』

 どこまでも白く、どこが地面でどこが空かも分からないような空間。そこに二つの影があった。

 まったく同じ姿を持つ二人の吸血鬼、先ず口を開いたのはワラキアの夜と呼ばれた吸血鬼……ではなく。

 

「……さて、話をしようかワラキア」

 

 ズェピア・エルトナム・オベローンと“なった”元一般人であり。

 

『いいだろう、現ズェピアよ』

 

 応えるのはズェピア・エルトナム・オベローン“だった”吸血鬼。

 つまり、今から始まるのは同じ顔と声……そもそも同じであるはずの者同士での。

 

「君には質問に答えてもらう」

『私に答えれる範囲なら答えてあげよう』

 

 ――――奇妙な質問会というわけだ。

 

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 

 俺は今、瓜二つの顔に話しかけるという奇妙な体験をしている。

 いや、瓜二つというのは語弊があるか? 結局は同じ存在で顔なんだし……いやでも、本当にどうなんだ?

 

『……一人百面相のつもりかね?固執はしてないとはいえ元は私の身体だ、妙なことはしないでほしいのだが』

 

 目の前の俺、いやズェピアが口を開く……やっぱりワラキアと呼ぶか、ズェピアって名乗ってるし少しばかり分かりにくい。

 とりあえずワラキアに反論するために口を開く。

 

「それは私に言う言葉ではないよ。考えてみたまえ、意識を失ったかと思えば勝手に身体が動いて挑発して、狂ったように笑ってしまう……あれこそ妙と言えば妙だと思うがね」

 

 そう、あのとき意識を失ったはずだったんだが意識自体は割とすぐに回復した。

 まぁ、本当に意識があるだけ、という状況だが。何故か一切として身体は動かせない、まるで超リアルな映画でも見ているかのような気分だった。しかもダメージは自分にもあるであろうアクション映画。何度また意識が飛ぶかと思ったことか。

 

「その後は無言で帰って来たかと思えば急に寝支度して布団に入って眠り、そしたら身体を自由に動かせるようになった。と、思ったらこのような意味不明な空間にいて目の前には自分自身」

 

 これは本当にビクッとした。格好付けて、なんか答えたら面白いなぐらいで言ったら返事が返ってきたんだからな。すぐに持ち直せたのは奇跡に近い。

 改めて考えると夢で別の人格と喋るというのはありがちなネタだろうが、実際に見てみるとあまり具合は良くない。何せまったく同じ顔で声の奴が相手なんだ、気分は微妙に決まっている。

 

「つい一月程前まで一般人だった私には、とてもじゃないが理解し難い現象ばかりなのだよ」

『……成る程、言いたいことは理解した。だが少々今更な気がするね』

「今更……? 何がだね?」

 

 俺の質問に驚いた―――恐らくだが―――表情を見せる。いや本当に何さ?

 

『先の君の言い方を借りることになるが、時折勝手に口が動き出すことはなかったかね?』

「確かにあるが……まさか!?」

『あれは私という存在の影響で起きている現象の一つだよ、別に私の意思でああ言わせたわけではないがね。いやはや気付かないとは如何程の鈍さなのか……計り知れない』

 

 そうか、だから口調がワラキアのままなのか……。

 いやしかし、鈍いって……否定は出来ないけど仕方ないだろ!? 俺は

 

『この間まで一般人だったから、かね?』

「なっ……」

『考えぐらいは読めるさ。それより……君はいい加減にしたほうがいい』

「……何をだね?」

『一般人だった以前を、主張することだよ』

 

 主張? んなこと言っても、一般人だったのは変わり無いし事実なわけだが……。

 

『英雄は生まれつき英雄かね?』

「む?」

『つまりはそういうことだよ。伸びる才能云々は抜きにして大概の者は生まれた時には力が無い、君の言う一般人のようなものだ――まぁ、一部のなるべくしてなる者もいるがね』

「何が言いたいのか、さっぱりなのだが?」

 

 ニヤリと笑いつつも、呆れを感じさせる声色でワラキアは言った。

 

『まだ分からないのかね? 一般人だなんだと自分を擁護するのは止めろということだ。どう抗おうとしても今の君は吸血鬼だ、化け物なのだよ』

「擁護、だと……?」

『違うと言えるかね? 言えないだろう、言えるはずがない。君は逃げ道を作っていたんだ、元は一般人なんだから仕方ない、どうしようもない、そうすることでいつか失敗を犯しても心に安寧を作り出そうとしていたんだ』

 

 逃げ道……いや、しかし。

 

『ほら、また君は逃げようとした。事実なのは事実なんだと、考えかけただろう?』

 

 ……成る程、な。否定は出来ない、俺が考えかけたのは間違いなくそれだから。

 

『確かに、君は吸血鬼となったことも認めていた。だがそれはあくまで今のこと、過去を捨て去ったわけではない……どっち付かずなわけだ』

「……………………」

 

 目の前に立つワラキアはただ語る。それはあまりにも正しすぎて俺は何も言えない、言えるはずが無い……。

 そうだ、俺は自分が吸血鬼と、ズェピアとなったことを認めながらも一般人だった過去を捨てきれなかった。捨てきれなくても、今とは区別すべきだった……しかし出来なかった。

 俯き、何も言えなくなった俺にワラキアは話続ける。

 

『君の境遇は稀有だ、それは間違いない。だが認め、そして慣れたまえ。全てはそこからだよ』

「容易く言ってくれるね……」

『これでも慰めているつもりだがね? それに私自身も困惑はしている』

 

 そういや叫びの中にあったな、何故か分からないとか不愉快だとか。そうなると当面はこのまま生活するしかないか……。

 ……まぁ、これまで平気だったわけだし問題はあまり無さそうだからいいけど。

 

『さて、そろそろ私は消えるしようか』

「む……もうかね? 些か早くはないか?」

『私が出ている間は魔力を意外と消費するのでね、長々と出るのは拙いのだよ。それに戦闘もしている、話し合いは次の機会にしよう』

 

 ありがちだが、分からんでもない理由だな……この空間も魔術を利用して用意したんだろうし。

 次の機会、というのがいつかは分からないが仕方ないか。

 

「分かった、では次の機会を待つとしよう」

『すまないね……あぁ、それと一つ』

 

 ピッ、と人差し指を立てて若干ニヤつきながらワラキアが言う。

 

『頑張りたまえ、色男』

「……どういう意味かね?」

『自分で考えたまえ、先ずは人の感情を理解することだ』

「だからどういう意味かと聞いているのだが?」

 

 困惑し、問うだけの俺にニヤニヤとしたままワラキアが言う。

 

『自分で考えたまえ、そう言ったろう? ヒントはあげたのだからこれ以上は諦めたほうが無難だよ』

 

 ワラキアの言葉が終わると同時に周囲が暗くなる。おそらく時間切れ、なのだろう。

 聞きたいことは山々だし、正直ありすぎて困るが……少しの間は待つとするか。なんとなく、先の長さにため息が出てしまったのは仕方のないことだと思う。

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

 完全に真っ暗になった直後に、最近になって見慣れた天井が目に入る。

 

「戻った、か……」

 

 再度、軽いため息をすることで若干混乱する頭を整理する。流石に今回のは規格外だし、些か目覚めも急すぎた。意識がハッキリとしているのが何故か腹立たしく思えるくらいだ。

 ……しかし、色男? これは最後に聞こえたからか引っ掛かっている。見た目を言ったなら自画自賛でしかないが、ワラキアはそんなナルシストではないだろう。そうなるとなんだろうか?

 

「…………まったく分からん」

 

 少しばかり考えてみるも答えは出ない。そもそも俺程度がワラキアの考えを理解出来るわけ無いんだが……。

 

「……考えていても仕方ないか。先ずは空腹を満たすとしよう」

 

 切りの無い思考を止め立ち上がる。

 晩飯は本来なら慧音に食べさせてもらう予定だったが、流石にもう時間が遅いので無理だろう。うどんは少し惜しいが……諦めて後日どこかで食べることにする。

 

 ―――ドンドンドン!!

 

「む、こんな時間に誰だ?」

 

 荒々しい、強い力でされているノックを聞き玄関に向かう。今も鳴り続けている、かなりの急用なのだろうか。

 でも人里には知り合いは少ないから考えにくいな……あるとしたら慧音か阿求かな? 妹紅は急用だったら蹴破るぐらいするし、妥当な線か。

 

「今開ける……おや、君か」

「ズェピア! 無事だったか!!」

 

 やはりというかなんというか、ノックしていたのは慧音だった。予想通りだが……しかし、無事?

 

「それは……どういう意味かね?」

 

 ワラキアに対してもそうだったが、今日は聞いてばかりだな……なんだが少しばかり悲しい。

 

「どういう意味も何もあるか!! 怪我は無いか、腕は足は繋がってるか、臓器は無事か、マントはどうした!?」

「待て待て待て、一旦落ち着きたまえ!!」

 

 とりあえず肩を捕まれて振り回されるのはキツいため話しかける、だがまったく聞く耳をもってくれない。

 あ……なんかリバースしそう……。

 

「落ち着くも何もあぅ!?」

「本当に落ち着きなって……ハァ」

 

 ため息をつきながら妹紅が慧音の後ろから現れた。どうやら頭を小突いて止めてくれたらしい。

 妹紅が呆れた表情で、慧音を止めるというレアな光景は見れたがそれよりまずは礼を言っておく。

 

「恩に着るよ、おかげで死なずにすんだ」

「いや、大したことじゃないさ。こうなるのは少し予想してたしね」

 

 苦笑いを浮かべながら話す妹紅、なんか手のかかる妹を持つ姉のように見える……完全にいつもとは真逆だな。

 

「里の人からアンタが夕方頃に帰ったって聞いてね。こんな時間なのに慧音ったら走り出しちゃって……余程心配してたんだろうさ」

「それはありがたいんだが……なんというか」

 

 突っ走りすぎだろ慧音……口には出していないが通じるものがあったのだろう、妹紅の苦笑が濃くなったように見える。

 

「悪気は無いんだけどね、良くも悪くもこれが慧音だから許してやってくれないかな?」

「私は構わないよ、先にも言ったが心配してくれるのはありがたいことだからね」

 

 互いに顔を見合せ、互いに……妹紅も苦笑ではなく、普通に笑みを浮かべる。

 ……さて、纏まったところで一つ。

 

「聞きたいんだが良いかね?」

「何?」

「慧音は大丈夫なのかね?」

「……………………」

「目を逸らさず答えてほしいのだが?」

 

 慧音がさっきからピクリとも動かないんだが、そろそろ心配になってきた。

 

「大丈夫だよ、気絶させただけ。あのままじゃ暴走したままだろうから……」

「ふむ、それなら当然とも言えるか」

 

 とりあえず大丈夫だと分かったので妹紅を招き入れつつ、自分は慧音を横抱きにして家に入る。妹紅が何か言いたそうだが、文句は無さそうだし良いだろう。

 

「……成る程、合点がいった」

「どうした?」

「いや、こちらの話だ」

 

 慧音という美しい女性を横抱きにし、その親友も文句は言わず許容している。これは見方によれば色男の図かもしれないな。ワラキアが言っていたのはこういうことか。

 一先ず慧音は寝室の布団に寝かせ、妹紅に茶を淹れる。

 

「茶で構わないね?」

「あぁ、ありがとう」

 

 妹紅に茶を渡し、暫し雑談をすることにした。

 だが結局慧音は起きず、妹紅が背負って帰っていった。多分明日また来るんだろうけど……一応茶菓子でも用意しておくか。幾分かは冷静にもなってるだろうし。

 

 

 この時俺は、翌日にワラキアの言っていた言葉の本当の意味を知ることになるなどとは予想もしていなかった。

 とりあえず今言えるのは、あの言葉は直後ではなく先を見据えてのものであり、尚且つワラキアは中々皮肉的に言っていたということぐらいか。


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