勘違いモノのこういう回は書いていて本当楽しいものです。
「号外ー、号外ですよー!」
鴉天狗、射命丸文のとても陽気な声とともに新聞が配られていく。その陽気さといったら、契約の有無関係なしに新聞をばらまいていると言えば伝わるだろう。
その結果、様々な者が戯れ程度に新聞を読み、そして様々な考えが出た。
ある者は嘘だと、ある者は真実と。ある者は不可能だと、ある者は可能だと。ある者は笑ったし、ある者は驚いた。怯える者も居た、尊敬する者も居た。
人々を考えさせるその記事には、こう記されていた。
———【狂気の吸血鬼、大妖怪風見幽香を粉砕!!】
ズェピアが風見幽香を倒し、横抱きに抱えた様を写した写真とともに、それはもうデカデカと。細かい説明———多少の誇張表現もあるが———も付いて、見事なまでに一面を飾っていた。
人里に住む者以外にも、届けられた新聞。その反応はやはりと言うべきか、様々だった。
———博麗神社———
神社にて、その巫女は朝早くから新聞を凝視していた。いや、正しくはそれに載った写真を、であるが。
「これって、やっぱり……」
写真、次に文面を読み確信する。説明文に記された名前は彼女の知る人物のものだった。
何故か、どうしてか、なんなのか、理由はさっぱりとして分からない。分からないが、確かなことはある。少なくとも私利私欲のためではない、ということだ。
初めて訪れたあの日以外にも、彼は幾度かやって来た。常に何かしらの土産を持参し、時折賽銭を入れていったりもしていた。結果、食事を共にすることも珍しくはない。その食事の最中で、博麗霊夢は彼がどんな性格なのかを捉えていた。
吸血鬼らしくなく、優しく、甘ささえ感じ、されど鋭さも併せ持った……そういった風にだ。
ならば退治の依頼かと考えたが、それもまた微妙だ。風見幽香という妖怪は非常に強く、また厄介な性格をしているもののルールは守る。
人里でのルールだけでなく、幻想郷全体でのルールもだ。暴れるとしたら花に危害を加えようとしたか、花畑の近くをうろちょろしてる場合ぐらい。
とりあえず花畑に近付かなければ基本的に危険性は低くなる、縄張りを持ったタイプの妖怪と言えよう。
それに対して退治、それも実力を考えたら相当な額が必要になるのだからありえないだろう。そうなると何故か、と疑問が湧いてくる。
「……………………」
考える。
「……………………」
考える。
「……………………」
考える……が。
「……分からないわね」
結局分からなかった。
当然といえば当然だろう、十数年生きた程度の自分が数百年……もしかしたら千年単位で生きているかもしれない彼の考えだ、分かるはずが無い。
ならどうするか? ……決まっている、彼の所に行き、話を聞く。ただそれだけだ。もし何かはた迷惑な騒動を起こそうなんて考えがあるなら、博麗の巫女として止めなければならない。
立ち上がり、新聞を投げ置きふわりと浮き上がる。そして……飛んでいく。
彼、ズェピア・エルトナム・オベローンが住む人里まで、一直線に。
…………………………
……………
………
目的の家に到着し、ノックを数回してから扉を開ける。返事を待たないのはいつものことだ。
しかし、今日はいつもとは少しばかり違うらしい。
「む?」
「あれ?」
「あら?」
家主であるズェピアは何故か居らず、代わりに居るのは里の守護者、阿礼乙女、さらには四季のフラワーマスター。
本来なら一堂に介する事は、特に最後の一人なんかは尚更な組み合わせ。それを見た霊夢は。
「…………どういう組み合わせよ」
至極、真っ当な疑問を呟いた。しかもだ、空気までかなりおかしな感じになっている。
入った瞬間から、微妙にではあるものの約二名の敵視するかのような視線を感じている……何故だろうか?
守護者はまだ分かる、真面目だからノックしただけで入った云々だろうが……阿礼乙女のほうはさっぱりだ。そもそも、人に敵意を向けるような系統の人間では無かったように記憶している。
故に霊夢は困惑しているのだ。漂う微妙な空気含め、本当に訳が分からない。
「……座らないのか?」
「え、あ、あぁ、そうね、座らせてもらうわ」
急に声を掛けられたことで少し慌てるも、なんとか返し用意された座布団に座る。座布団は隅にいくつか重ねて置いてあるようだ……何故か近くに新聞のようなものが見えるが、気のせいだろう。
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
無言である、ただひたすらに無言である。誰も口を開こうとしない、流石に霊夢もこの状況ではグイグイと行けるはずも無い。
今の心境を一言で表すなら「来るんじゃなかった」で事足りる、酷いものだ。
阿礼乙女はうーっと唸りながら不機嫌そうに頬を膨らませて、守護者は腕を組みながら目を瞑り身動ぎ一つせず、フラワーマスターはニコニコと楽しげに微笑みながら座っている。
何度目かは分からないが……再度、霊夢は言いたくなった。なんだこの空気は、と。
非常に気まずいが埒が明かない、一先ず自身から切り出す。
「それで、どうして貴方達がここにいるの?」
最初、来た時からあった疑問だ。すると各々一部の新聞を取り出した。
それは霊夢がここに来る理由となったもの、即ち……文々。新聞だ。さらに、全員が全員一面を表にしている。
「えーと……つまり、この新聞……の記事が理由ってことでいいのよね?」
同時に三人が頷く。それを確認した霊夢は、何故かしてきた頭痛を堪え考える。
まず……風見幽香は分かる、この記事でも倒されている側として大きく報じられている以上、彼女なりに何かしらあるのだろう。
次に守護者、上白沢慧音……ズェピアの安否確認と幽香の見張り、といったところだろう。
最後に阿礼乙女、彼女が一番分からない、ズェピアに助けられたという話は聞いたが……果たしてそれだけで態々来たりなどするだろうか?
……駄目だ、考えたらまた頭痛が酷くなる。
「……ハァ」
ため息をついてしまったが三人は意に介さない、霊夢より他の二人に意識を向けているようだ。
と、ここで扉が開かれた。ノックが無いということは家主であるズェピアだろうと思い振り向いた———が
「邪魔するぜー」
「魔理沙……貴女には礼儀とか無いのかしら?」
「失敬だな、挨拶はしたじゃないか」
「そういう問題じゃないでしょう?」
「シャンハーイ」
「ホラーイ」
———魔法使い二人組だった。
「増えた……」
まさかの事態に頭を抱える霊夢。どうやら、今日は博麗霊夢にとってこの上無い厄日らしい。
「———と、いうわけなんだ」
「そう、分かったわ」
魔理沙から来た理由を聞き終わり、今日は酷く多いため息をまたつく。
話を聞いてみれば、来た理由は自分達とまったく同じだった。なんだズェピアは、計六人もの———自分でいうのもなんだが———容姿の整った女性と少女に心配されるとは……傾国の美女ならぬ傾国の美男か何かか?
見た目が良いから成り立つのが余計に腹立たしい。
「ま、とりあえず待とうぜ。茶もあるしさ」
「魔理沙、それはズェピアのだろう?」
「人の物は私の物、私の物は私の「指導!!」もにょ!?」
なんとなく可愛らしい叫びを上げて、魔理沙は気絶した。あの魔理沙を気絶させる……流石は慧音の頭突きだ……というか、気絶させれるじゃないの、いつかだかに言ってた気絶するほどではって発言は一体なんだったのか。
だがまぁこの十分後に魔理沙は無事に起き、そのさらに二十分後ズェピアは帰ってくる。里の人の対応に困惑しつつ、のんびりと。
…………………………
……………
………
時は経ち、ズェピアが烏天狗を狩りに行った後となる。慧音は仕事があると、そしてアリスと阿求は遅くなるとマズいからと帰ったが、まだ三人がここには残っていた。
「行ったわね」
「そうだなぁ……まぁ平気じゃないかな、ブン屋だし」
「そうね、ブン屋だもの」
煎餅をかじりながら霊夢と魔理沙が呟く。これには、自分はどうするか……といった意味も含まれている。
だがふと思い出したように、幽香に話しかけた。
「幽香、アンタズェピアと戦ったのよね?」
「えぇそうよ」
「……負けたのは、事実?」
それを聞いた瞬間、幽香から僅かに殺気が漏れたがすぐに落ち着き、答えた。
「……えぇ、負けたわ、見事にね」
それを聞いた霊夢は悩む。正直、ありえないという考えが強い。
ズェピアは強いと言われればそれは間違いないだろう。だがはたして風見幽香と戦闘、それも弾幕ごっこではない殺し合いをして勝てるかと問われれば……否だ。
負けるとは言わない、相討ちといったところが妥当な線、それが霊夢の考えだった。
そんな霊夢の表情から察したのか、幽香が説明を始めた。
「最初はなんてことなかったわ。速さはそれなりだし弾幕も面白い、不思議な技も使ってた……ただそれだけ、少し本気で駆け寄って殴ったら呆気なく吹き飛んだ」
だけど、と言って続けた。
「そこからは逆転された、何もかもが桁違い。弾幕は綺麗に相殺されるし殴ろうとしても避けられる、雰囲気も大きく変わったわね」
「雰囲気?」
ピクリと、魔理沙が反応した。雰囲気が変わった……戦闘中に突然それが起きるなど、そうは無い話だ、気にもなるだろう。
「雰囲気よ、それまではさっきみたいな人間のような、戦闘慣れしていないものだった。でも急に……狂気に染まった」
狂気、確かにそう幽香は言った。だが霊夢達は信じられない、あのズェピアが狂気に染まる……それこそありえない、そう考えていた。
「発言もおかしかったわね、甲高い声で叫ぶように何かを言ってたわ。自分の存在がどうのこうの、死がどうのこうの……」
「存在に、死……か……」
いつかのように考え込む魔理沙、それを見ながら霊夢もまた考える。
自分の存在、というのは間違いなく吸血鬼としての自分に関してだろう。だがしかし、そうなると死とはなんだ?
吸血鬼としてここまで生きてきた以上、自殺願望があるようには思えない。幽香に対してのものだろうか?
……それも考えにくい、あまりにも彼らしくない。
「私からも一つ、質問があるわ」
幽香が真剣な顔付きで聞いてきた。恐らく、彼女もズェピアについてだろう。
「ズェピアの雰囲気について……私はさっき、変わったと言ったわよね?」
「えぇ、言ったわ」
確認してくる幽香に答え、続きを促す。
「聞きたいのはそのことで……彼は、もしかしたら以前は吸血鬼以外……例えば人間として、生きていたんじゃないかしら?」
「———ッ!?」
驚き、声にならない叫びが出る。まさか彼女が、風見幽香が自分達と同じ考えを持つとは……。
魔理沙に目をやるが、まだ考え込んでいるらしい。……まぁ、大丈夫だろう。
「幽香、一つだけ約束して」
「何?」
「これから話すことはあくまで、私達……私と魔理沙の憶測に過ぎないこと。だから誰にも話さない、いいかしら?」
スッ、と目を細めて霊夢を幽香が見つめる。そして少し間を置いてから
「……誰にも、何があろうと、話さないと誓うわ」
そう、言った。
霊夢もまた幽香を見つめ……決心した。
「分かった、じゃあ貴女を信じて話すわ。私達の考える……ズェピアの今までを」
「……成る程ね」
話を聞き終えた幽香の第一声はそれだった。淡白なものに感じられるが、表情は違う。酷く複雑に、悩むような表情をしている。
少し置いてその表情から切り替え、真剣な顔つきで霊夢を見た。
「残念だけど、所々突拍子も無いような部分はあるわね」
「うっ……」
それは霊夢自身、分かってはいたことである。今の少ない判断材料で些か考えすぎではないか、ということだ。しかし。
「でも……全体として考えるなら、ありえない話じゃない」
「……え?」
そう幽香は呟いた。急な言葉に、霊夢はつい間抜けな声を出してしまう。
すぐに脳内を整理し、幽香の発言を理解する。ありえない話じゃない、と言った……自身より圧倒的に長生きである彼女が、だ。
知識量も、吸血鬼と会った回数も段違いであろう彼女が、言ったのだ。
「彼が昔人間だった、というのはまず間違いないと思うわ」
幽香が口を開き、自身の考えを述べる。
「あまりにも在り方が、雰囲気が、語りが、私の知る吸血鬼のものとは違った」
それは魔理沙が言っていたことに近い、あくまで知識で知っているだけだが……。
「次に戦い方、此方もまた吸血鬼らしからぬものだった。障壁を用いた中、遠距離からの黒い何かと魔力で作られた弾幕による戦法。魔法使いだとか、陰陽師なんていう類の戦い方に近いものね」
黒い何か……というのは見たことがある、幾度か神社に来たときに修行してやったら見せていたものだ。妙な発言というか宣言は必要らしいが、あの攻撃は使いこなせば間違いなくかなりの武器になるだろう。
……と、今は関係ないことか。
「そして——急に変わった雰囲気」
これに関しては霊夢は分からない、いや、知らない。
霊夢の知るズェピアは、酷く人間味を帯びた……優しい雰囲気を持つからだ。
「彼は嘲笑
幽香は語る。霊夢の知らない、ズェピアの狂気を。
「そして戦い方も変わったわ。まるで他人のような……殺すこともためらわない、そんな戦い方に」
殺す? あのズェピアが?
霊夢は悩む、何せ先程彼は阿礼乙女を抱え、上海蓬莱なる人形と戯れていた。些か……不釣り合いだ。
「……多分、アレは吸血鬼としての彼の面ね。彼であり、彼でない、もう一つの人格」
「もう一つの、人格……」
ポツリと呟く。
そうか、確かにありえない話じゃない。普段の彼はあくまで抑え込んだ、人としての彼だと考えれば……自分達の予想とも辻褄は合う。
「難しいところね……彼が話してくれたわけでもないし、力ずくで聞くわけにもいかない問題だし」
……なんだ、そういう常識はあるのか、意外。
「何か?」
「いいえ、何も」
睨まれたので笑顔で返す、殺気が出てるけど気のせいだろう、うん、気のせい。
……そういえば。
「魔理沙、さっきから黙りっぱなしだけどどうしたの?」
「うん? ……あぁ、ちょっとな」
それだけ言い、また黙る魔理沙。と、思ったら急に立ち上がり
「私はもう帰るぜ、またな」
これまた急な帰宅宣言をして帰ってしまった。
霊夢はあまりの急な魔理沙の行動に呆然とし、言葉を返すことが出来なかった。彼女なりに何か思い付いたのだろうが、それにしても説明が無さすぎる。
「……ズェピアについて、かしらね?」
「だと思うけど……」
幽香の問いにも曖昧にしか答えられない。もしズェピアのことだとしたら、調べに帰ったのだろう。
魔理沙の家には魔導書が結構な数あったはずだし……アリスから盗ったものもかなり含まれてるけど。
「まぁ、どのみち私達もこうして憶測で話し続けても意味無いわね」
言いながら立ち上がる幽香、彼女も帰るつもりなのだろう。
……確かにこのまま話していても意味は無い、か。
「そうね…また機会があったら話しましょう」
「あら、いつでも来たらいいのに……歓迎するわよ?」
「お断りよ」
幽香の誘いをバッサリと切る、もし乗って行こうものら間違いなく戦闘が始まる。弾幕ごっこだとしても、あまりやりたくない相手だ。
「じゃあね」
「ええ」
トンッ、と地面を蹴り飛ぶ幽香を見送り、霊夢自身もまた、神社へと帰ったのだった。
…………………………
……………
………
そこは人里から程近い、とある名前も無い森。そこを上機嫌に飛ぶ一つの影があった。
「あややややーあややーあやややー」
鴉天狗、射命丸文だ。妙な歌を歌いながらゆったりとした速度で飛んでいる。彼女が上機嫌な理由は簡単、ついに彼を記事にした新聞を発行することが出来たからだ。
彼……ズェピアがあの風見幽香を倒したのを目撃したのはまったくの偶然、しかしだからこそ彼女は舞い上がった。自身の勘がこの戦いに巡り合わせてくれたのだ、と……。
だが彼女は知らない。
「あやー……あやや?」
その記事を見て
「やぁこんにちは、良い日没時だね」
一人の吸血鬼が怒りを覚えていたことを、知らない。
「あやや! こんにちはズェピアさん、どうです? 私の新」
「カット!!」
「あや!?」
挨拶をしようとしたら突然の攻撃、素早く避けるも
「逃がさない」
腕を掴まれ、逃げることは出来なくなってしまった。
慌てながらも、理由を聞くためにズェピアに問いかける。
「な、なんです!? 約束通り一回記事にしただけで」
「あぁそうだね、約束はしたよ。だが……これはいけない」
何が、と言う前に彼女は放り投げられていた。なぜか飛びなおすための制御が効かない中、ズェピアの言葉が聞こえてくる。
「私はね、目立つのが嫌なんだ。名声欲なんか無いからね。でも君は……その私の【嫌な】ことをした、態々誇張までして。だから」
———報いは、必要だろう?
その後、射命丸文が見たものは黒い竜巻。そして聞いたのはらうんどつーという、意味の分からない、だが不幸なことだと分かる単語だった。
射命丸さんのオチ要員感。
尚、別に彼女が嫌いだとか、不遇枠というだけで終わるわけでないです、本当です。
なろう時代にひと悶着ありましたので念のため。
とはいえ多くを説明するわけにもいかないので、「文ちゃん不憫可愛い」ぐらいに今のところは考えてくださると幸いです。