東方狂宴録   作:赤城@54100

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 さっくり入る紅魔郷編。分割思考って便利だな、という感じのお話。


紅魔郷編
第17話『俺と始まりと招待状と』


 俺の住む場所についての話し合いと、射命丸への報復を行った日から数日経ったある日の夜のこと。

 教師の仕事と何でも屋の両方が休みで、時間が出来た俺は一日中アリスから借りた本を読んでいた。その八割を読み終えた頃合いだ。

 

 ———コンコンコンコン

 

「……む?」

 

 しっかり四回、ノックをされた。ノック自体は珍しくないが、四回というのはそうそう無い。

 ノックとは相手と状況によって回数が変わると聞いたことがある。二回ならトイレ、三回なら友人や家族に知人と……親しい間柄。で、四回というのは取引先や上司や……まぁ言ってしまえば目上の相手の場合にするものだ。所謂ビジネスマナー的なものだから、何故この世界で適用されているのか分からないが。

 さておき、音からして急いだ様子が無かったということは、意味を理解しての四回なのだろう。だが、だからこそ分からない。

 俺の知り合いにはノックは三回かバラバラ、またはノックはせず声をかける奴らだけだ。毎回、三回ノックをする面子にしても阿求は音が小さいし、慧音と幽香は妖力を多少は感じる…慧音の場合は本当に微々たるものだが。しかし音は響いたし、妖力は感じない……本当に誰なのだろう。

 

「今開ける」

 

 ガラガラと扉を開けて、俺は驚いた。そこには一人の少女が居た。

 

「ズェピア・エルトナム・オベローン様ですね?」

「あぁ、確かにそうだが……君は誰かね?」

 

 問い掛けに答え、失礼とは思いつつ俺からも問う。だが十中八九名前は確定している。

 幻想郷では珍しくそうは見かけないメイド服に身を包み、頭にはカチューシャを着けて。

 

「失礼致しました、私は紅魔館のメイド長を務める」

 

 綺麗な銀髪を少し編んだ、可愛らしくも落ち着きからか大人びた印象を与える少女。

 

「——十六夜咲夜、という者です」

 

 十六夜咲夜が、そこに居た。名前を聞いてから、また口を開く。

 

「十六夜咲夜、か……それで君は何の用でここに?」

「私のことは咲夜で構いません。我が主の命により、ズェピア様へ招待状を持って参りました……こちらを」

 

 言い終わると同時に手渡される一枚の封筒……赤いな、恐いぞこれ。

 

「我が主……レミリア・スカーレット様は吸血鬼、同種であるズェピア様を歓迎したいとのことです」

「歓迎? 私をかね?」

「はい、我が主はズェピア様の噂を聞きお気に召したそうです。なので一度、お招きしたいと」

「……成る程」

 

 封筒から取り出した手紙を見つめ、考える。噂というのは……少し悲しいが見当がつく。それを聞いての行動、同種というのもあって好奇心が抑えられなかったのだろうか?

 だが館の主、そんな軽率ではあるまい。そう考えると……。

 

「狙いは私を従わせること……か?」

 

 ピクリと、微かにだが反応を示す。当たりか、はたまた演技で別の何かか……。

 

「失礼、少しばかり侮っていました」

「確かに失礼だな……で、真意は?」

「従わせる、というのはありました……ですが」

 

 無表情だった顔を変え、目の開きを薄くさせる。口元にも僅かではあるが笑みが浮かんでいる。

 

「それに気付いた場合は違います」

「ほう? では何かね、これは合否判定の類いだと?」

「はい、気付いた場合は……交渉を、とのことです」

 

 ……交渉? なんでまた、交渉なんか……?

 俺の疑問を察したのか、咲夜が説明をしてくれた。

 

「考えに気付かないような愚図なら力ずくで、だが気付ける程度の賢さを持ち合わせているならば此方もまた相応に……とのことでした」

 

 おいおい……気付かなかったら愚図とか辛辣すぎだろ。まぁ、吸血鬼ってのはプライドが高いものらしいし、そう考えたら見下すような発言も普通なのかもしれないな。

 ……キツいことには変わりないけど。

 っと、今はそれより交渉についてだな。

 

「それで、交渉とはどのような内容かな?」

「簡単なお話です。一週間後に、主は悲願を達成すべく動きます」

「ふむ……それで?」

「その日に一切の手出しをしないこと、それを守れば貴方の無事と相応の地位を約束します」

 

 確か紅霧異変、だったか? それを起こすから手出しをするな、と……ふむ。

 

「しかし、結局それでは私は君達に従う形になるではないか?」

「少しばかり違いますね。この場合、貴方にも利益がありますので」

「成る程ね……どうやら、君の主とやらは随分と自信があるらしい」

 

 あくまで自身が上であり、他は下。故に同種である吸血鬼でも下として扱い、計ろうとする。筋金入りの、最早どうしようもない絶対的な自信家。俺とは真逆だな……羨ましいとは思わないけど。

 

「……ズェピア様、お返事のほうを頂けますでしょうか?」

「む? あぁ、そうだね……」

 

 手紙を見ながら考える。

 この話を受けた場合、利益がかなり多い。そもそも霊夢か魔理沙が異変解決に乗り出すだろうし、俺が残るのは人里を守るためという大義名分だってある。仮に霊夢と魔理沙が敗北しても、俺に損は無いし所詮は一介の何でも屋だから何も言われることは無い。

 次に受けなかった場合。この場合は損しかない、レミリアとは完全な敵対関係になるわけだし目の前のメイド長も何をしてくるか分からない。また仮にだが霊夢と魔理沙が負けた場合を考えると、次に狙われる可能性は大だし勝てるかと問われれば否だ。

 ……やはり、損得を考えるなら受けるのが吉、か。

 

「……決めたよ」

 

 上手く出来たか分からないが、微笑みを浮かべながら口を開く。

 

「ではそちらの同封しておいた契約書にサインを」

 

 言われるままに契約書を取り出し

 

「では、私はこの話を」

 

 見えるように構え

 

 

 

「―———断らせていただくとしよう」

 

 縦に、引き裂いた。

 

「なっ……!?」

 

 驚き、それまでとはまったく違う表情を見せる。

 だが気にせずに契約書を丸め、火を灯す。簡単な魔法だから大した火力は無いが、ライター程度にはなる。それだけあれば、薄い紙切れ一枚は容易く燃やせる。掌の上で紙は燃えているが、別に熱さは感じない……これが魔法の素晴らしさか。

 完全に燃え尽きたのを確認し、灰を払う。

 

「……一応、お聞きいたします。何故お断りになったのですか?」

 

 眼に明らかな敵意を宿しながら、咲夜が聞いてくる。何故か、ねぇ……。

 

「強いてあげるなら……気にくわない、だね」

「気にくわない?」

「あぁ、そうだとも」

 

 なんだそれは、と言いたげだが無視して話を続ける。

 

「なんでも思い通りに、自らの筋書き通りになる、そう思い込んだ脚本家気取りな点が酷く気に入らない」

「脚本家……?」

「あぁ、そうだ」

 

 両手を広げ、大袈裟といえる動きをする。一歩だけ歩み寄り、笑みを浮かべながら言う。

 

「自らの思い描いた通りに人が動き、望んだ通りに事が運ぶ、それも全て都合の良いように…これでは気に入りようが無いよ」

 

 さらに一歩、歩み寄る。

 

「二流以下、三流でさえ考え付かない程に愚かで珍しいまでのご都合展開、馬鹿にしているとしか思えないね」

 

 咲夜が一歩下がったのを確認し、さらに一歩歩み寄る。狼狽えた表情をしているが、関係ない。

 

「故に、逆らわせてもらう。思い上がった君の主に教えてあげよう、役者は時に———アドリブに走ると、ね」

 

 口角を思い切り吊り上げ、笑みを深める。今の俺はニヤリ、という擬音が相応しい表情だろう。

 咲夜は大きく後ろに下がり、此方を睨み付けてくる。殺気も感じるが……幽香のものに比べたらなんてことは無い、微々たるものだ。

 

「畏まりました……この日この時この瞬間から貴方、ズェピア・エルトナム・オベローンを私達の、主の宿願を邪魔する敵と見なします」

「好きにしたまえ」

「……クッ!」

 

 苦々しげに吐き捨て、次の瞬間には姿が無かった。能力を使ったのだろう……やはり厄介だな、あれは。

 周囲を一応見渡すも仕掛けてくる気配は無い、どうやら帰ったらしいな……。

 

「……さて、本の続きを読むとしよう」

 

 家の中に戻り、ついでに思考を第三から第一に戻す。

 ———分割思考切り替え、第三より第一、第二第三思考を一時廃棄。

 

「…………ふぅ」

 

 思考を普段のものに切り替えたことで、一気に吹き出た汗を拭う。正直に言うと、もう一杯一杯だった。

 第三思考は常に冷静で戦闘とああいった場面に向いている、普段の俺とは真逆のものだ。難点は発言と仕草がワラキアのものに近付く点…どうみても挑発だよなぁ、アレ……。

 まぁとにかく、相手が咲夜だと確認した時から先程までは第三思考で対応したわけだ。

 しかし、これがまたかなり疲れる。普段の四倍近くの疲労感、その為今はこのように第一思考…つまり俺本来の思考に戻している。

 結果、俺は現在……疲労感に足して先程のプレッシャーがフィードバックしてグッタリといった感じだ。いや本当に疲れた……しかも敵対しちゃったし。

 

『まったく、だらしないね君は』

「黙りたまえ、私にしてはよく演じたほうだよ……」

 

 突然脳内に響いた声に返す。本来の身体の主であるワラキアは時折、こうして話しかけてくる。

 曰く、話すだけなら魔力を必要としないらしい……まぁ回復も出来ないから疲弊した時は素直に休むらしいが。

 ちなみにここでいう魔力はワラキアのもので、俺のではない。どうやら俺とワラキアでは別々らしく、ワラキアの魔力は俺のそれとは段違いに多い、妬ましい。

 

『だったら修行を頑張りたまえ、ある程度までなら上げようがある』

「そのある程度に至ったら?」

『効率的な運用、及び燃費の良さを身に付けてもらうしかないな。まぁ、此方は錬金術師の得意分野だから高速・分割思考の出来る君なら簡単にこなせるだろう』

 

 ……ごめん、頭痛い。

 

『……今度余力があれば詳しく説明するよ、今は君が駄目なようだしね』

「本当にすまない……」

 

 どのみち修行は必要だな……幽香と戦った時よりはマシとはいえ、まだ勝てるレベルじゃない。正直レミリアを相手にするのはかなり厳しいだろう、幽香以上とは言わないが……吸血鬼としてのポテンシャルを最大限に発揮できるわけだし。

 これは……拙いどころじゃないな、なんとかしないと。

 

『タタリについて教えようかね?』

「……また今度にしてくれ、今は……寝たい……」

 

 のろのろと体を動かし布団を敷く、さっさと着替えて潜り休む。……出来たら逃げたいけど、策も用意しとかないとな。

 

 

 …………………………

 ……………

 ………

 

 

「では、私はこの話を———断らせていただくとしよう」

 

 ズェピアの言葉と同時に、裂かれる契約書。それを見ながら。

 

「へぇ……意外とやるじゃないか」

 

 藤原妹紅は、笑っていた。

 何も難しい話は無い、彼女はただ十六夜咲夜がズェピアの家を訪ねるところを目撃し、興味を引かれたから傍観していた……それだけのこと。だがその行動の結果、彼女のズェピアへの評価は変わった。

 

「話を承けたりなんかしたら燃やしてるところだけど……まさか破るとはね」

 

 クツクツと、楽しげに笑う。十六夜咲夜がズェピアに問いかけたり、慌てたりする様も良いアクセントになっている。

 時間にして数十秒……一頻り笑ったところで満足したのか、踵を返し自分の住む家に向かった。

 

「面白そうだし———私もちょっと首を突っ込んでみようかな?」

 

 ……そんな一言を残して。




 もこたん(異変に)inするお!

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