冬のある日。
 雪の降る夜。
 あまりに雪が綺麗なので大神は見回りの途中に中庭にでて、落ちてくる雪を飽くことなく見つめていた。
 そこに、マリアがやってきて……

 帝劇の中庭で起こる日常を描いた帝劇中庭シリーズ第4弾です。

1 / 1
 帝劇中庭シリーズ第4弾です。


真白き天使

 見上げる空に風花が舞うー

 途切れることなく次々と、はかなくも美しい雪の花。

 唇を伝い漏れる吐息も真白に、肌に伝わる夜気はどこまでも冷たく冴え渡る。

 

 

 

 

 その夜、大神は中庭にいた。

 雪の降る夜である。

 彼は、一人中庭のベンチに腰掛け、飽くことなく空を見上げていた。

 

 美しい、夜だった。

 

 もうだいぶ夜も更けていたが、見回りの途中に降り始めた雪のあまりの美しさに、大神は誘われるまま、気がついたときには中庭に立っていた。

 どれくらい、ここにいるだろうー大神は思う。体の芯まで凍るほどの寒さのはずだ。

 しかし、ちっとも寒さを感じない。

 短く切りそろえた黒髪にも、体にも、うっすらと白く雪が積もり始めていると言うのに、まるで寒くないと言うのはどういうことだろう?

 夢を見ているのかなーそんな風に考えてみる。

 今こうして、目を開けたまま、俺は夢を見ているのだろうかーと。

 

 それならそれもいいか…大神はほんの少し、かすかに唇を微笑ませる。

 美しいものは、夢の中で見てもやはり美しい。

 大神はゆっくりと目を閉じた。雪の降る音に、じっと耳を澄ませるようにー。

 こんな夜には雪の声さえ聞こえてきそうだ、と、半ば本気でそう思いながら。

 

 

 

 

 「隊長」

 

 雪の声が、本当に聞こえたのだと思った。

 だが、本当は違うと分かっている。

 優しく、どこまでも澄んだ響きのその声を大神は良く知っていた。

 目を開けずに、大神はただその唇を微笑ませる。

 

 彼女気配はまだ遠い。

 もう少し近くに来るまでこのままで待っていよう。

 

 キュッ、キュッ、キュッ……

 

 雪を踏む音もリズミカルに、彼女はゆっくりと近づいてくる。

 その足音が、大神のすぐ近くでピタリと止まった。

 

 「隊長…眠ってしまわれたんですか?」

 

 そんな声とほとんど同時に、のぞき込んでくる人の気配ー大神は静かに目を開けた。

 

 「ちゃんと起きてるよ。マリアー」

 

 見上げるそこに、黄金の天使がいたー。

 美しく清らかな、優しすぎるくらい優しい、彼だけの天使が。

 彼女は少しだけ怒った顔をしている。

 なんて無茶をしているんですかと、その翡翠の瞳で大神を叱りつける。

 そんな彼女をごまかすように微笑む大神。

 

 「雪があんまり綺麗だったから……」

 

 言い訳にもならない言い訳を呟きながら、彼はベストを脱いでベンチの上にそっと置いた。

 促すようにマリアを見ると、彼女は形のいい眉をひそめて困ったような眼差しを返す。

 

 「風邪を引きますよ」

 

 と、マリア。

 

 「ちっとも寒くないんだ。むしろ暖かい……」

 

 吐く息はどこまでも白いのに、本当に、まるで寒さを感じないのだ。

 少しだけつきあってくれないかー言いながらマリアに微笑みかける。

 彼女はますます困ったような顔をして、それでもそれ以上は言い募らず、素直にベンチへ腰を下ろした。

 互いの温もりを感じ会えるくらい近くに座り、大神の冷え切った右手の上にマリアの手の平が重なる。

 大神は伝わる体温を素直に暖かいと感じた。

 

 

 「寒くない?」

 

 「えぇ」

 

 「綺麗だね……」

 

 「はい……ロシアのー」

 

 

 マリアの重みが、そっと大神の肩にかかる。

 その重さを心地よく感じながら、大神はマリアの声に耳を傾けた。

 

 「うん?」

 

 小さく答えた大神の声に促されたように、マリアがささやくような声でー

 

 「-ロシアの冬に、よく似ています」

 

 そう、言った。

 

 

 「懐かしい?」

 

 「えぇ……少しだけ……」

 

 

 緑の瞳を本当に懐かしそうに細めて、遠くを見つめながらーマリアは静かに思いを語る。

 

 「最近、やっとそう思えるようになってきました」

 

 そして、その瞳がそっと大神を見上げた。

 

 「あなたの、おかげです。隊長……。あなたがいてくれたから、私は……」

 

 大神の手を取るマリアの指先に力がこもり、それを握り返すように大神もまた指に力を込める。

 そこにある存在を、何よりも愛おしく大切なものの存在を確かめるかのように。

 大神はマリアの金糸の髪に頬を寄せ、空を、見上げた。

 二人は寄り添い会ったまま、次から次へと降り積もる風花を、ただじっと見つめていた。

 互いの温もりだけを感じあいながらー

 

 

 

 

 どれだけそうしていたかー先に動いたのは大神だった。

 

 「このままじゃ、風邪を引いてしまうね。そろそろ行こうか……?」

 

 頷くマリアの体をそっと引き離すと、立ち上がって彼女の前に立ち、その手を取った。

 何か言いたげなマリアの瞳ー。

 揺れるその瞳を見ながら、大神は彼女の言葉を待つ。

 

 「ずっとーずっと私の側にいて下さい…」

 

 消え入りそうなほど、小さな小さな声。

 だがその声ははっきりと大神の耳に届いた。

 大神は微笑み、伝える。それは俺の言うことだ、と。

 

 俺の方こそ言いたい。

 君に側にいて欲しい。

 君がいなければダメなんだーそう言って大神は、握ったままのマリアの手を引き、腕の中に飛び込んできた彼女の体を強く抱きしめた。

 そしてその耳元にささやく。

 密やかに、だが力強くー

 

 「愛してる、マリア。君を誰よりも、愛してるよ」

 

 マリアの体が堪えきれない感情に震え、その腕が大神の背に回される。

 

 「隊長ー隊長……」

 

 今にも泣き出してしまいそうな声が大神を呼んだ。

 そして彼女は言葉を継ぐ。

 優しく、秘めやかなささやきでー

 

 「私も…私も愛しています……。あなたを、誰よりもー」

 

 小さくはあるが、それでもはっきりと響いたその言葉。

 白で埋め尽くされた世界に静かに、美しく…そう、それはまるで雪の声のようにー

 

 

 

 

 


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。