雪の降る夜。
あまりに雪が綺麗なので大神は見回りの途中に中庭にでて、落ちてくる雪を飽くことなく見つめていた。
そこに、マリアがやってきて……
帝劇の中庭で起こる日常を描いた帝劇中庭シリーズ第4弾です。
見上げる空に風花が舞うー
途切れることなく次々と、はかなくも美しい雪の花。
唇を伝い漏れる吐息も真白に、肌に伝わる夜気はどこまでも冷たく冴え渡る。
その夜、大神は中庭にいた。
雪の降る夜である。
彼は、一人中庭のベンチに腰掛け、飽くことなく空を見上げていた。
美しい、夜だった。
もうだいぶ夜も更けていたが、見回りの途中に降り始めた雪のあまりの美しさに、大神は誘われるまま、気がついたときには中庭に立っていた。
どれくらい、ここにいるだろうー大神は思う。体の芯まで凍るほどの寒さのはずだ。
しかし、ちっとも寒さを感じない。
短く切りそろえた黒髪にも、体にも、うっすらと白く雪が積もり始めていると言うのに、まるで寒くないと言うのはどういうことだろう?
夢を見ているのかなーそんな風に考えてみる。
今こうして、目を開けたまま、俺は夢を見ているのだろうかーと。
それならそれもいいか…大神はほんの少し、かすかに唇を微笑ませる。
美しいものは、夢の中で見てもやはり美しい。
大神はゆっくりと目を閉じた。雪の降る音に、じっと耳を澄ませるようにー。
こんな夜には雪の声さえ聞こえてきそうだ、と、半ば本気でそう思いながら。
「隊長」
雪の声が、本当に聞こえたのだと思った。
だが、本当は違うと分かっている。
優しく、どこまでも澄んだ響きのその声を大神は良く知っていた。
目を開けずに、大神はただその唇を微笑ませる。
彼女気配はまだ遠い。
もう少し近くに来るまでこのままで待っていよう。
キュッ、キュッ、キュッ……
雪を踏む音もリズミカルに、彼女はゆっくりと近づいてくる。
その足音が、大神のすぐ近くでピタリと止まった。
「隊長…眠ってしまわれたんですか?」
そんな声とほとんど同時に、のぞき込んでくる人の気配ー大神は静かに目を開けた。
「ちゃんと起きてるよ。マリアー」
見上げるそこに、黄金の天使がいたー。
美しく清らかな、優しすぎるくらい優しい、彼だけの天使が。
彼女は少しだけ怒った顔をしている。
なんて無茶をしているんですかと、その翡翠の瞳で大神を叱りつける。
そんな彼女をごまかすように微笑む大神。
「雪があんまり綺麗だったから……」
言い訳にもならない言い訳を呟きながら、彼はベストを脱いでベンチの上にそっと置いた。
促すようにマリアを見ると、彼女は形のいい眉をひそめて困ったような眼差しを返す。
「風邪を引きますよ」
と、マリア。
「ちっとも寒くないんだ。むしろ暖かい……」
吐く息はどこまでも白いのに、本当に、まるで寒さを感じないのだ。
少しだけつきあってくれないかー言いながらマリアに微笑みかける。
彼女はますます困ったような顔をして、それでもそれ以上は言い募らず、素直にベンチへ腰を下ろした。
互いの温もりを感じ会えるくらい近くに座り、大神の冷え切った右手の上にマリアの手の平が重なる。
大神は伝わる体温を素直に暖かいと感じた。
「寒くない?」
「えぇ」
「綺麗だね……」
「はい……ロシアのー」
マリアの重みが、そっと大神の肩にかかる。
その重さを心地よく感じながら、大神はマリアの声に耳を傾けた。
「うん?」
小さく答えた大神の声に促されたように、マリアがささやくような声でー
「-ロシアの冬に、よく似ています」
そう、言った。
「懐かしい?」
「えぇ……少しだけ……」
緑の瞳を本当に懐かしそうに細めて、遠くを見つめながらーマリアは静かに思いを語る。
「最近、やっとそう思えるようになってきました」
そして、その瞳がそっと大神を見上げた。
「あなたの、おかげです。隊長……。あなたがいてくれたから、私は……」
大神の手を取るマリアの指先に力がこもり、それを握り返すように大神もまた指に力を込める。
そこにある存在を、何よりも愛おしく大切なものの存在を確かめるかのように。
大神はマリアの金糸の髪に頬を寄せ、空を、見上げた。
二人は寄り添い会ったまま、次から次へと降り積もる風花を、ただじっと見つめていた。
互いの温もりだけを感じあいながらー
どれだけそうしていたかー先に動いたのは大神だった。
「このままじゃ、風邪を引いてしまうね。そろそろ行こうか……?」
頷くマリアの体をそっと引き離すと、立ち上がって彼女の前に立ち、その手を取った。
何か言いたげなマリアの瞳ー。
揺れるその瞳を見ながら、大神は彼女の言葉を待つ。
「ずっとーずっと私の側にいて下さい…」
消え入りそうなほど、小さな小さな声。
だがその声ははっきりと大神の耳に届いた。
大神は微笑み、伝える。それは俺の言うことだ、と。
俺の方こそ言いたい。
君に側にいて欲しい。
君がいなければダメなんだーそう言って大神は、握ったままのマリアの手を引き、腕の中に飛び込んできた彼女の体を強く抱きしめた。
そしてその耳元にささやく。
密やかに、だが力強くー
「愛してる、マリア。君を誰よりも、愛してるよ」
マリアの体が堪えきれない感情に震え、その腕が大神の背に回される。
「隊長ー隊長……」
今にも泣き出してしまいそうな声が大神を呼んだ。
そして彼女は言葉を継ぐ。
優しく、秘めやかなささやきでー
「私も…私も愛しています……。あなたを、誰よりもー」
小さくはあるが、それでもはっきりと響いたその言葉。
白で埋め尽くされた世界に静かに、美しく…そう、それはまるで雪の声のようにー