すべての提督に捧ぐ。

 慢心することなかれ。

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うちの加賀さんが轟沈したときの話

 こんにちは、赤城です。

 本日お話しするのは、私たちの鎮守府であった悲しい出来事についてです。

 タイトルの時点でもうお気付きだとは思いますが……。

 ……そうです。

 正規空母・加賀。

 うちの鎮守府の加賀さんが、轟沈した時のお話です。

 

 あれは、4-5海域を攻略していた時のことでした。

 ボス前のHマスにて深海棲艦と交戦していて、このとき加賀さんは大破する重傷を負っていました。

 ここで母港へ帰還する事になるかと思いきや、提督からの指示は“進軍”でした。

 提督はすぐに伝達ミスに気付きましたが、時すでに遅く、艦隊はボスマスへの進行を開始した後でした。

 これまで、伝達ミス(クリックミスとも)による大破進軍は実は幾度か事例があり、その度に鎮守府に残った艦娘たちと一緒に冷や汗をかきながら無事を祈ったものです。

 今回も、これまでのように轟沈を回避して無事ボス戦を終えることを祈っていましたが、そうはいきませんでした。

 

 相手はあの港湾棲姫。

 幾度も戦いを重ね、追い詰められていた彼女の目には、ボロボロな姿で迫り来る加賀さんは格好の獲物にでも見えたのでしょう。

 敵の艦載機の一撃は、加賀さんの命を容易く奪っていきました。

 

 第一艦隊に配属されていた艦娘たちの話で、加賀さんが最後に私の名前を呼んでくれた事がわかりました。

 もう二度と、彼女がただいまと言って微笑んでくれることはありません。

 もう二度と、彼女におかえりなさいと言ってあげることができません。

 

 それでも、私たちの戦いは、まだ終わりません……。

 

 

 

 1、提督の執務室にて

 

 

「……4-5海域にて港湾棲姫交戦。小破1、中破1、大破3、轟沈……1。 轟沈したのは、正規空母・加賀です……」

 

 報告を行っているのは扶桑さんです。

 大破3の内には彼女も入っていて、衣装はボロボロ。右腕を三角巾で吊っているので、本来はいけない左腕での敬礼です。

 扶桑さんの目には大粒の涙が溜まっていて、報告の最中もずっと辛そうでした。

 旗艦の努めを果たした直後、提督の執務机の前で泣き崩れ、妹の山城さんに連れられて執務室を後にしました。

 自力で立っていられない程の重症です、すぐに入渠ドックに搬送されることでしょう。

 そこまでして、仲間の死を、ちゃんとみんなに伝えたかったのです。

 

 提督の執務室には、私・赤城をはじめ、当鎮守府の正規空母の面々が集まっていました。

 二航戦の蒼龍さん、飛龍さんと。

 五航戦の翔鶴さんと、瑞鶴さん。

 うちの鎮守府には大鳳さんも、雲龍型の姉妹たちもお目見えしていないので、私を含めた5隻が、この鎮守府の正規空母です。

 つい先日までは、加賀さんを含め、6隻でした……。

 

「……まったく、何よ……! 帰ったら、一から訓練し直しだって言ってたのに……。その根性、一から叩き直してやる、なんて言ってたくせに……!」

 

 そう言ってぼろぼろと泣き出してしまうのは瑞鶴さん。

 出撃前に加賀さんと喧嘩していて、そんな事を言われていたようです。

 

「……ちゃんと、帰って来なさいよ……! 訓練見てくれるんじゃなかったの……!?」

 

 両手で顔を覆ってしまう瑞鶴さんを、姉の翔鶴さんがなだめます。

 その姿を見ていられなくなって視線を外すと、二航戦のふたりが私を見ているのに気付きました。

 心配そうな表情。加賀さんのことで、私の心中を案じてくれているのだとわかります。

 大丈夫よと微笑みかけ、しかし私は顔を俯かせてしまいます。

 

 加賀さんとはずっと一緒だったものですから、いざこうして轟沈したと言われても、どうにも実感が湧かないのです。

 ひょっこり帰ってくるのではないか、なんて楽観的な事はさすがに言えませんが……。

 やっぱり、その最後を直接この目で見ていないから、実感が湧かないだけなのでしょうか。

 これから、加賀さんのいない毎日が続いて行けば、嫌でも彼女の喪失を受け入れざるを得なくなります。

 そのとき、わたしはいよいよ取り乱して、泣き出してしまうでしょう。

 人目もはばからず、子供のように……。

 

「……畜生が」

 

 低い声で恫喝するように吐き捨てたのは、提督でした。

 報告書――扶桑が重症だったため、他の艦娘が代筆したもの――を執務机に叩き付けるように伏せて、提督は片手で顔の半分を覆いました。

 

 提督も私たちと同じように心を痛めている。

 そう考えていたものですから、次に提督が発した言葉には、驚きを隠せませんでした。

 

「こんなところで沈みやがって。出来そこないが……。しかも、烈風3機に本式缶も詰んでたんだぞ? レベルも98まで上げてたっていうのに……。損失も損失、大損だよ」

 

 ため息交じりにやれやれ、といった仕草を見せる提督に、私たちは言葉を失ってしまいました。

 すぐに、カアッと頭に血が昇ってきましたが、瑞鶴さんが提督に掴み掛ったので冷静さを失う機会を逸してしまいました。

 すぐに、翔鶴さんや二航戦のふたりが瑞鶴さんを提督から引きはがします。

 提督の方はというと、別段気にした様子もなく、軍服の襟を正して執務机から立ち上がりました。

 瑞鶴さんが悲鳴のような声で「どこに行くのよ!?」と問いかけるのには、「煙草、買いに行くんだよ。イライラするんだ」と返して、足早に執務室を出て行ってしまいました。

 

 残された私は一瞬呆けてしまいましたが、すぐに瑞鶴さんの嗚咽が聞こえて来ました。

 

「なんなのよ……! なんなのよあれ……!? 提督、加賀さんと仲良かったんじゃないの!? あんな事言うヤツだったの!? ……この、クソ提督!!」

 

 執務室の前で中の様子を伺っていた霞ちゃんや曙ちゃんが、びっくりして逃げていきます。

 みんなで瑞鶴さんを宥めながら、私はふと提督の言葉に気になる部分があることに気付きました。

 それは、私の次に付き合いの長い翔鶴さんも同じだったようで、困ったような顔でこちらを見てきます。

 

「……あの、赤城さん。提督、煙草なんて吸っていましたか? 私、見た事がないのですが……」

 

 うちの鎮守府の提督は、煙草を吸わない方です。

 でもそれはあくまで、今は、というだけで。

 翔鶴さんが着任する前は、提督も一日に何本もおやりになるヘビースモーカーだったはずです。

 

「そうですね。提督、以前はお煙草をお吸いになっていましたね。でも……」

 

 確か、何かきっかけがあって、吸うのをぱったりとやめてしまったのです。

 

「……思い出しました。提督がお煙草をお吸いになられなくなったのは……」

 

 加賀さんに、臭いが付いて嫌だからと言われて、ぱったりとお辞めになったのです……。

 

 

 

 

 2、ソート1部屋の整理

 

 

 うちの鎮守府には、ソート1部屋という待機部屋があります。

 レベルが高い艦娘が待機している部屋です。

 つい先日まで、加賀さんもこのソート1部屋で待機していました。

 加賀さんが居なくなって、繰り上げで私がこの部屋に入る事になりました。

 

 今は、部屋に置いてある加賀さんの私物を整理しています。

 と言っても、それほど物は多くはありません。

 同じ部屋で待機しているみなさんにも手伝ってもらっているので、すぐに片づけは済んでしまうことでしょう。

 

「……私は、手伝いませんからネー」

 

 その中でひとりだけ、金剛さんだけは窓の外を見つめて手伝いに参加してくれませんでした。

 聞けば、加賀さんとはいつも言い争っていた仲だったそうです。

 つい先日も一緒に出撃して、帰還後、提督にお出しするのは紅茶か緑茶かで言い争っていたのだとは、ドックから戻ってきた扶桑さんの言葉です。

 帰還時には金剛さんも大破の重傷を負っていたので、結局提督にお茶をお出しする事は叶いませんでした。

 

「……先に沈むのはゴーヤだと思っていました……」

 

 やりきれない表情でダンボールを組み立てるのは潜水空母の伊58、通称ゴーヤさん。

 というのも、オリョール海への度重なる出撃や、前回のイベントではダメコンを積んでの大破進軍など、かなり無茶なことまでさせられていたのです。

 出撃回数も鎮守府一で、確かに伝達ミスで大破進軍してもおかしくない身ではあります。

 

「これ、無理やり押し付ければよかったでち……」

 

 そう言ってゴーヤさんが取り出したのは、前回のイベントで装備していたダメコン妖精です。

 無理やりにでも、加賀さんに持たせていれば……。

 そう思う気持ちは、こんなことになってしまった後なら、誰でも同じでしょう。

 でも、うちの提督はそもそも大破進軍など絶対許さないという考えでしたから、当然ダメコンも使わず倉庫の肥やしになっているのです。

 

「赤城先輩、あの、これ……」

 

 私の袖を引っ張るのは、夕立ちゃんですね。

 その手に持っているのは、櫛ですか?

 

「加賀さんの。これでよく、髪を梳いてくれていたの……」

 

 無愛想に見えて、人の世話を焼くのが大好きでしたから、加賀さん。

 この部屋で、夕立ちゃんの髪を梳いている加賀さんの姿を思い浮かべるのは容易いことでした。

 もうこの櫛で誰かの髪を梳く事もないと思うと、やりきれない気持ちになります。

 

「これは、あなたが持っていて? お願いね」

 

 夕立ちゃんに櫛を預けると、ぐずり出してしまったので、見かねた綾波ちゃんが部屋から連れ出して行きました。

 

 そうして片づけを続けていると、思わぬものが見つかったのです。

 

「……あ、あのさあ、これってさあ……?」

 

 困ったように、みなさんに問いかけるのは、北上さんです。

 その手には、小さな箱と、書類のようなものがありました。

 

「これさあ、ケッコン書類一式じゃないかな……?」

 

 頬を引き攣らせて言う北上さんのところへ、みなさん慌てて駆け寄っていきます。

 見れば、確かにそれはレベル上限の解放を行うアイテムでした。

 

「……そう言えば、加賀さんももうすぐレベル99でしたから……。提督に頂いていたのでしょうか……?」

 

 扶桑さんが思い出したかのように言いますが、それを言うのなら扶桑さんこそレベル98。

 それに、書類一式を見付けた北上さんや、ゴーヤさんに関しては、ふたりとも先日レベル99になったばかりです。

 

 何故加賀さんにだけ、ケッコン書類が渡されていたのでしょうか。

 その答えは、金剛さんの顔を一目見ればわかりました。

 金剛さんは、「ああ、やっぱり」という顔をしていました。

 加賀さんが提督から書類と指輪をもらっていた事を、薄々わかっていた。

 そう言う顔をしていたのです……。

 

 

 

 3、工廠にて

 

 

 見つかった書類一式は、私から提督に返却することになりました。

 そのことについて特に異論はありませんし、提督の口から加賀さんのことをどう思っていたのかを聞きたくもありました。

 そういうわけで、執務室に言ったのですが、提督は昨日から戻っていないようです。

 煙草を買いに行ったとしても、それ程遅くはならないはずです。

 妙な胸騒ぎを覚えながら、私は鎮守府中を、提督の姿を探して回りました。

 でも、どこを探しても提督の姿は見つかりません。

 そうしている内に日も暮れて、さあいよいよどうしたものでしょうかと途方に暮れていると、偶然立ち寄った工廠施設で気になる光景を目にしました。

 

 工廠施設の入り口の前で、明石さんと夕張さんが困った顔でしゃがみ込んでいたのです。

 

「……あ、赤城さん……」

 

 立ち上がったふたりは、加賀さんのことについてのお悔みの言葉と、私を気遣う言葉をくれました。

 気遣いにお礼を言いつつも、ふたりがどうして外で所在なさげにしているのかを問うと、言いにくそうに顔を伏せながらも答えてくれました。

 

「その、提督が中に入ったきり、出て来なくって……。私たちは邪魔だからと、締め出されてしまいました……。あんな怖い顔の提督、始めて見ましたよ……」

「提督は、何故工廠に?」

「さあ……。禁煙スペースにするからと、おっしゃってましたが……」

 

 何となくですが、提督の考えていることがわかったような気がします。

 私は工廠の扉を開けて中に入っていきます。

 明石さんと夕張さんは必死に止めましたが、気にせず奥へ進んで行きます。

 

 提督の姿は建造ドックにありました。

 もちろん、煙草など噴かしていません。

 提督が行っていたのは、建造した艦娘を近代化改修へ回す、それを繰り返していたのです。

 

「……違う。……違う。……ああ、違う! 違うんだ!」

 

 パネルを力任せに殴りつけて叫ぶ提督に、着いて来た明石さんも夕張さんもびっくりして腰が引けてしまっています。

 ふたりに外に出ているように言って、私は提督のところに歩いて行きます。

 そのあいだにも、提督の悲痛な声は聞こえてきました。

 

「……千代田、違う。……翔鶴、違う。……くそ! 違う違う! 隼鷹、お前じゃないんだよ!」

 

 こうして何度も建造を繰り返しているのは、加賀さんを新しく建造するためでしょう。

 例え、運良く正規空母・加賀が建造できたとしても、轟沈した加賀さんは、もう二度と帰ってこないというのに……。

 

「……くそ、ごめんよ……。ごめんよ、加賀あ……!」

 

 ついには資材が底を尽きてしまいました。

 建造どころか出撃さえできない状態にまで陥って、提督は深く息を吐いて、やっと手を止めました。

 

「気は済みましたか? 提督」

 

 私が声を掛けると、たった今気付いたのでしょう、提督は驚いてこちらに振り向きます。

 その顔は、涙と鼻水でひどい有様でした。

 すぐに軍服の袖で顔を拭った提督は、開き直ったかのように胸を張りました。

 

「……ああ、俺のせいだ。俺の慢心が加賀を沈めたんだよ。全部俺のせいだ……」

「それで、次は私たちを解体した資材で建造を続けますか? それとも、不貞腐れて提督業をお辞めになりますか?」

 

 私の言葉に、提督はぎょっとして目を見開きます。

 普段から柔らかな言葉遣いを心掛けているので、こういったきつい言葉を使うと、びっくりされてしまいますね。

 

「確かに、加賀さんの轟沈は提督の失態だと思います。ですが、だからと言って、提督が取り乱していては、どうにもなりません。悪戯に資材をつぎ込んだところで、沈んだ加賀さんは返って来ません。提督はそのことを良くお判りのはずですが?」

 

 レべリングの難しさというものは、提督業に就いている方ならば誰でも実感していると思います。

 まして、それをレベル90以上にまで育てるなど、いったいどれだけの時間を費やしたことでしょう。

 それだけ膨大な時間、一緒に向き合って来た艦娘に、愛着のひとつも湧かないわけがないのです。

 それに、加賀さんは通常海域はおろか、イベント海域でも常に主力となる艦娘でした。

 それに……。

 

「……この指輪と書類、本物ですよね? わざわざ本物の婚姻届と婚約指輪なんてプレゼントするくらい、愛していたのに……。建造で生まれてきた加賀さんも、海域ドロップで着任した加賀さんも、まったくの別人なんですよ? わかっているはずでしょう、提督!」

 

 現実を突き付けられて、膝から崩れ落ちる提督を、私は胸倉を掴んで無理やり立たせます。

 不器用ながら、私たちのことを考えていてくれた提督です。

 絶対に無理な進軍はせず、海域情報が揃うまでは攻略に乗り出すことすらしなかった慎重派で、今まで誰も沈めたことがないと、誇りにしていたくらいです。

 そんな提督が初めて艦娘を轟沈させてしまって。

 それは、実物の婚約指輪を渡すほどに愛していた艦娘で。

 何をしてももう取り戻せないことは、提督だって充分わかっているはずなんです。

 

「建造するなとは言いません。ドロップ海域への出撃命令にも逆らいません。もしも、提督をお辞めになるというのなら、私には止める権利などありません。それでも……」

 

 例え、提督が明日からいなくなったとしても、今やってもらわなければならないことが、ひとつだけあります。

 とても重要なことです。

 

「せめて今は、ちゃんと悲しんで下さい。逃げずに、ちゃんと加賀さんのこと、悲しんであげてください……」

 

 顔を覆って泣き出した提督を、私はゆっくりと座らせました。

 気が付くと、建造ドックにはみなさんが集まっていて、一部始終を見守っていたようです。

 

 提督を建造ドックに残して、私たちは工廠施設を後にしました。

 帰り道、蒼龍さんに「赤城さんは泣かないんですね?」なんて聞かれてしまいましたが、困ったような表情を返すことしかできませんでした。

 だって、まだ泣くわけにはいかないんです。

 加賀さんは、強い私が好きだと言ってくれた方ですから……。

 

 

 

 終、カレー洋リランカ沖島(4-5海域)にて

 

 

 資材が底を付いた私たちの鎮守府は、しばらくは遠征と倹約の日々が続きました。

 次の大規模イベントへの参加も見送るしかありません。

 イベントの要だった加賀さんが、もういないのですから……。

 

 でも、それでもひとつだけ、やらなければならないことがありました。

 4-5海域の攻略です。

 雪辱戦という面も、加賀さんの弔い合戦という面もありますが、そうしないと私たちも提督も前に進めませんから……。

 

 短い期間で集めたわずかな資材を頼りに、私たちは出撃しました。

 第一艦隊の編成は北上、扶桑、金剛、筑摩、羽黒……。

 そして、最後の6隻目。

 いつもは加賀さんが着いていた位置には、私、赤城が。

 烈風はもうないので、代わりに紫電改二を3機。

 4番目のスロットには、ゴーヤさんが押し付けてきたダメコンを。

 

 そうして出撃して、私は加賀さんがいつも見ていた景色を初めて見る事になりました。

 前を行く5隻の背中を見つめ、索敵と制空権の確保を行う重要な役割。

 みなさんが安心して戦えるように艦隊を支えること。

 それを、たったひとりで……。

 

 私には荷が勝ちすぎているなんてわかっています。

 艦娘としての性能で加賀さんに劣る事は、私自身がよくわかっています。

 でも、私がやらなければならないことです。

 私自身のためにも……。

 

 

 提督は執務室で、戦況を伝え聞いていることでしょう。

 到底立ち直ったとは言えないお姿ではありましたが、それでも作戦支持を出せないほどではありません。

 出撃前に提督が言っていた言葉を、ふと思い出しました。

 

「戦績表に轟沈数が記録されないのは、大本営の優しさか……。それとも、艦娘のことを捨て駒程度にしか考えていないのか……」

 

 提督は自分を罰する何かを欲していました。

 自分の戦績に数字として残るのならば、それを戒めにしようと思っていたのでしょうか。

 きっとそんなものが無くても、提督はもう二度と、誰も轟沈させたりはしないでしょう。

 

 ボス前のH海域を中破以下で切り抜け、いよいよ決戦の時は迫ります。

 索敵機の帰還を待つ間、みなさんの表情は硬く、重苦しいものでした。

 その緊張感いったら、どの海域でも見たことのないものでした。

 ここまで誰も大破せず、最終決戦に臨めるというのに……。

 かつて仲間が轟沈した海域を、再び訪れんとしている緊張感。

 

 私は、そんなみなさんを奮い立たせるための言葉を持ちません。

 きっと、加賀さんだって、こんな時にみなさんを叱咤するような言葉を発する事はなかったはずです。

 ただ後方に控えて、先頭を、前を行く背中を見守る。

 それが、艦隊のみなさんを安心させていたのだと、この位置についてはじめてわかりました。

 

 私は、懐から鉢巻を取り出します。

 出撃前に、二航戦のふたりから譲り受けたものです。

 白無地の鉢巻をしばらく眺めていた私は、唇を強く噛んで血を出し、鉢巻に接吻しました。

 

 白一色の中に不格好に灯った日ノ丸を額にすると、みなさんが私の方を見ていました。

 言葉はもはや不要です。

 後は、持てる全力を出し切るのみ。

 

 

 私たちは進軍を開始しました。

 

 

 



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