IS ‐もののふ少女伝-   作:お倉坊主

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奇跡的に一週間で最新話投稿。
恐らく次はもうない。


第十四話 鬼師範

「……酷いものだな」

 

 端的にそう評した。そんな評価しか下しようがなかった。

 鈴音が転入してきてから数週間が経ったある日。アリーナの観客席の一角に腰を下ろす私の眼下に映るのは、ある三人組の訓練風景。否、もはや訓練とも言えぬ。何時もと変わらぬ痴話喧嘩を繰り広げているに過ぎない。

 白式、ブルーティアーズ、そして打鉄。贅沢にも三機のISを使っての訓練だというのに、実際にやっている事がアレでは宝の持ち腐れだ。周りで訓練する他の者らが若干鬱陶しそうな目を向けるのも仕方あるまい。もっとも、当人たちは口論に白熱して気付いておらぬようだが。

 

 ――今更だが、少しは関与した方が良かっただろうか。

 

 私は一夏坊の訓練に関しては本人任せにしている。助けを求められれば応じるつもりでも、自ら進んで鍛えようとは思わない。私のやり方は、今の世では決して褒められた物ではないと自覚しているからだ。漏れなく付いてくるであろう箒と顔を合わせ辛いというのもある。

 

「何度言わせれば分かる!? 今の一夏に必要なのは剣術の向上だ! 零落白夜も当てられなければ役に立たん。その相手は私が最適な事などわかりきっているだろう!」

「そちらこそ聞き分けのない事を言わないで欲しいものですわ。格闘技能を鍛える以前に、接敵する技能が身に付いていなければ話になりません。そして、その訓練により適しているのは打鉄ではなくわたくしのブルーティアーズ。一夏さんもそう思いませんこと?」

「まあ、そういうものなのか……?」

「私の意見を蔑ろにするか、一夏!」

「別にそういう訳じゃないけど」

「一夏さん、どちらかはっきりしてください!」

「ええー……」

 

 とはいえ眼前の惨状を見せられては、その判断も誤りだったかと考えてしまう。

 そもそも、あの二人は本気で一夏坊を鍛える気があるのか怪しい所だ。その気があるのならば方針の相違があったとしても、妥協する事で時間を有効に使おうとするであろうに。訓練という理由に託けて共にいる、出来得る限り二人きりの時間を作ろうとしているようにしか見受けられない。

 一夏坊も一夏坊だ。己の訓練なのだから、何に重点を置きたいかくらい己で決める主体性を持って臨んでも良かろうに。彼奴は妙な所で積極性を発揮する癖に、こういう時に限って受動的だから困る。

 

「ここに居たか、篠ノ之姉」

 

 どうしたものかと頭を悩ませていると、後ろから声がかかった。相手は振り向くまでもなく分かるが、呼び方からして私的な話ではないのであろう。最低限の礼儀として立ち上がり目を合わせる。

 

「織斑教諭、如何したか?」

「お前に客人だ。相手をしろ」

「客人? ならば普通に呼び出しすれば……ああ、そういう事か」

 

 僅かに感じた疑問は早々に解消した。千冬殿の呆れ顔はそのためか。

 なれば為すことは単純明快。徐に上げた右腕を後ろに振り――

 

「よう! 椛ちゃんひっさしぶほぉっ!?」

 

 ――背後に回って来ていた男の鼻面に裏拳を見舞ってやった。

 

「くおぉぉ……は、鼻が……!」

「阿呆が。姿は見えなくとも、音と風の流れで分かるわ。出直してこい」

 

 床に蹲って悶えるボサボサ頭に白衣姿の男に吐き捨てる。

 如何にして姿を消していたかは知らぬが、調子づいて下らぬ悪戯を仕掛けようとするから痛い目に合うのだ。かなり手加減してやっただけ有り難いと思え。

 

「アタタ……それ出来んの椛ちゃんくらいでしょ。ねえ、千冬ちゃん?」

「いえ、私も出来ますが」

「……あっそう」

 

 よろよろと立ちあがったと思ったら、ガックリと肩を落として大げさな溜息をつく。「最近の若い子は凄いわー」とか言っておるが、お主も年寄りと言う訳ではないだろう。老け顔とはいえ、まだ三十路前の筈だ。

 ……まあ、再会して早々に悪戯されそうになった事は置いておくとして。

 

「何はともあれ……以前の通信以来だな、恒延よ。こうして会えて喜ばしく思う」

「そーね。オッサンも椛ちゃんみたいに可愛い子にまた会えて嬉しいわ」

 

 けらけらと笑いながら道化染みた事を言う友人に苦笑が漏れる。

 まったく、三枚目な性格も相変わらずか。私の友は癖の強いものばかりだ。

 

 

 

 

 

「それにしてもステルス迷彩があんな簡単に見破られるなんてショックだわー。一応オッサンの自信作だったのよ、アレ」

「確かに視覚は完全に誤魔化せていたが、他が駄目だ。足音、臭い、気配……存在を察知される要因は腐るほどある。完璧な隠形には程遠い」

「やっぱそうなのね……スニーキングスーツの併用も考えようかな」

「玩具ばかり作っていないで仕事をしろ。馬鹿者が」

 

 三人そろって腰かけながら、相変わらずの訓練風景を眺めて、のんべんだらりと談笑する。千冬殿も既に普段の態度だ。鈴音がやっていたゲームから発想を得て作ったという品への酷評を受けて恒延はしょげておったが、何時もの事なので軽く流しておく。

 

 ――李 恒延(リー・ホンイェン)。中国科学院でも指折りの研究員であり、同時に最も煙たがられている厄介者である、私たちの十年来の友人だ。ボサボサの黒髪に無精髭、三十路前としては老け顔をしており、お茶らけた性格のせいか姉者とも気が合う。

 かといって仕事をしない訳ではないし、信頼は出来る男だ。そうでなかったら鈴音に此奴を紹介などしていない……いや、性格のそりが合うかは心配だったのだが、実際に上手くやれていたようなので良しとしよう。

 

 で、この男が何をしにIS学園に来たのかというと、暇つぶしがてらに噂の一夏坊を一目見に来たらしい。しかも体面上は鈴音の専用機である甲龍(シェンロン)のデータ取りが目的としているあたり、強ち嘘とも言い切れないので性質が悪い。

 表向きの目的を遂行するためにもクラス対抗戦までは此処に滞在するとのことだ。対抗戦は来週だというのに気が早い。余程暇だったのであろうか……玩具を作る余裕があるなら暇で当然か。

 

「へえー……要するに一夏君は、鈴ちゃんの初々しいプロポーズにさえ気づかない超絶鈍感ハーレム糞野郎ってことでいいんだな?」

「……否定できる要素が一つもないとは。自分の弟ながら見下げ果てた奴だ」

「一夏坊が鈍感なのは常の事だが、流石にあれは酷い。翌日に少しばかり灸をすえてやったわ」

 

 取り敢えず近況報告をする中で鈴音に関する一連の騒動を説明した途端、此奴の中の一夏坊に対する評価が著しく低くなってしまったのは致し方あるまい。私もつい腹が立って出会い頭に飛び膝蹴り(近頃はシャイニングウィザードというらしい)を叩き込んでしまったほどだ。

 恒延の場合は単純な苛立ちだけではなく、男としての嫉妬の情を多分に混じっているような気もするが。女の恋慕の情を一身に集めておきながら、まるでそれを意に介さない一夏坊を内心腹立たしく思っているのであろう。自らをオッサンと呼ぶ割に、随分と若々しい願望を持ち合わせているようで大変結構である。

 

「そういう訳で一夏坊と鈴音はあれから真面に顔も合わせておらぬのだ。鈴音は相手から謝らせるつもりで当面は待ちに徹するらしいが……一夏坊は何を考えておるのやら。時間が解決するとでも思っておるのか?」

「あの馬鹿の事だ。理由も知らずに謝れないとか、放っておいて欲しそうだからそうしておこうとか考えているのだろうさ。恋愛ごとに関しては致命的に頭が回らないからな」

「なんじゃそりゃ。本気でそんなこと考えるもんかね?」

「信じられんかもしれんが、本気だ。いったいどこで育て方を間違えたのか……」

 

 眉間を押さえる千冬殿に私も恒延も憐憫の目を向けざるを得ない。姉としては非常に悩ましい問題なのであろう。なまじ弟が異性に好かれやすいだけに尚更だ。

 だが、今の状況も長くは続くまい。確かに生来の朴念仁ぶりは救いようがないが、彼奴も直接対峙するような事態になれば何かしら動かざるを得ない筈だ。

 

「まあ、彼奴らが仲違いを終わらせる時期は対抗戦あたりが妥当であろう。一度拳を交えれば、鬱憤も晴れて鈴音も頭を冷やすさ」

 

 開催が近づき話題も高まりつつあるクラス対抗戦。数週間前に発表されたその第一試合の組み合わせが、何の偶然か一夏坊と鈴音の対決だったのである。喧嘩のけりをつけるには絶好の機会だ。

 因みにこの組み合わせ、騒動の翌日の朝に発表されたのだが、鈴音が知ったのは夕刻になってからだった。彼女と同室のティナ・ハミルトンによると、朝からベッドと手洗いを往復する事しか出来ない状態だったため、ようやく収まりを見せた放課後にしか知らせられなかったそうだ。

 ハミルトンは重度の月の物と勘違いしていたが、実際は見事なまでの二日酔いだ。流石に飲ませすぎたと後日になって謝罪したのは言うまでもない。

 

 とまあ、そんな感じで私はあまり心配していない。原因は酷くてもそれほど深刻な事態と言う訳でもないし、余計な手出しはせずとも己らで解決すると見越している。

 それは二人も同意見なのか、この話題は千冬殿の軽い愚痴を聞いたところで終いとなった。

 

「そういや椛ちゃん、ここの会長さんと最近仲良いらしいね。どういう腹積もりよ?」

「……ああ、その件か」

 

 ――そして話は次へと移る。恐らくは恒延が私を訪ねてきた最大の理由であるものに。

 

「そこらへんの裁量はお任せにしてきたからオッサンは文句を言う気もないけど、ああいうどデカい所とお付き合いするのは初めての事じゃない。他の面子にも理由くらいは言っとかんとダメよ?」

 

 口調は普段と変わらない。だが、私を射抜く視線は普段とは似ても似つかぬ鷹の如きものだ。

 千冬殿は黙して語らない。彼女は昔からこの類の話には積極的に参加して来ない。己が関わらざるを得ない時に、必要な分だけの力を振るうだけだ。

 さて、会長殿と手を組んだ理由か。説明するほど大したものでもないのだが納得してくれるかどうか。

 

「此方の人員を把握する程度には探りを入れられておるのだ。放置しておくよりかは利用しつつ目を付けておく方が良かろう。私たちの弱みである数の少なさも補えることだしな」

「そりゃそうだけどねぇ……アイツらの尻尾の一つだったらどうするのよ」

「無いな。その点については断言しよう」

「……そりゃまた、どうして?」

「私が会長殿を見極めた結果だ。それ以上でもそれ以下でもない」

 

 ごり押しである。こればかりは理屈ではなく感性の問題なので致し方ない。

 反発があるのもまた承知の上での言葉だ。異論、批判があるのならば甘んじて受けようぞ。

 

「あっそう。ならいいんじゃないの」

 

 が、この男は予想に反してあっさりと納得してしまった。目つきももはや何事もなかったかのように普段の気だるげなものへと戻ってしまっている。

 ……拍子抜けさせてくれる。いったいどういう了見なのか。

 疑惑の目を向けているのを気取られたのであろう。此方が問い質す前に恒延が再び口を開いた。

 

「あのねぇ、こちとら伊達に十年もお宅と付き合いがある訳じゃないのよ? タマを預けられるくらいには信頼しているし、だからこそ束ちゃん方面に来るその手の話を任せているんだから」

 

 呆れ顔で言い切られた。何を今更、とでもいうかのように。

 ……どうやら阿呆は私の方だったらしい。幼き時分より培ってきた仲間との信頼を疑ってしまうとは。いやはや、一年も人と直接触れ合わぬ環境にいた弊害であろうか。

 

「たぶん束ちゃんと他の二人も一緒でしょうよ。椛ちゃんが頑張ってくれてるのはみーんな知ってるからね」

「成程、愚問だったか。今のは忘れてくれ」

「えー、どうしよっかな~。何も無しにお願いを聞くのは何かな~」

「分かった分かった。飯でも奢ればよいのであろう?」

 

 棒読みで暗に対価を要求してくる様に今度は此方が呆れてしまう。此奴が年下相手にたかる情けない大人なのか、将又私が子供扱いされていないだけなのか判断に迷う所だ。

 

「話は終わったか? 時間を無駄にするなら無理やりにでも終わりにするが」

 

 と、軽く馬鹿話をしているところに千冬殿が割って入ってきた。

 そういえば彼女はてっきり恒延の案内に付いてきていたとばかり思っていたのだが、ならば何故この場に留まっているのであろうか? 対抗戦に向けて教職員は忙しくしている時期だ。あまりのんびりしている時間は無い筈である。

 

「それには及ばぬ。丁度一段落ついたところであるよ」

「一段落ついてなくても終わりにするけどね。千冬ちゃんの拳骨の餌食になったら敵わな……」

「お前は黙ってろ、李」

「おお、怖い怖い」

 

 身を竦めて口に封をする恒延に呆れは更に深まる。千冬殿相手に斯様な真似をする度胸は素直に感心する所なのだが、何もこのような場でそれを発揮しなくても良いのではなかろうか。

 

「この道化は放っておくとして……千冬殿、何か用件でも?」

「お前に少し頼みたい事があってな。李を連れてくるついでに話をしようと思ったのだが……」

 

 目線がアリーナの方へとずれる。何かと思いそれを追えば、先ほどまで遅々として進んでいなかった一夏坊らの訓練に進展が訪れていた。

 唯でさえ混沌とした状況に絶賛喧嘩中の相手が現れるという、どう考えても良い方向には進みそうにない進展ではあるが。

 

「どうやら先に馬鹿騒ぎを鎮めなければいかんらしい。行くぞ」

 

 そう言って立ち上がると、大股でピットに向かい始める千冬殿。口ぶりからして、私たちもついていかねばならぬのであろう。そして頼みとやらも十中八九一夏坊絡みに違いない。

 同じく嫌な予感がしたのであろう恒延と顔を見合わせて溜息をつく。お互い渋々といった様子で腰を上げ、既に遠くなりつつある背中を追う事にした。此処で無視すると後の制裁が怖い。

 

 ――やれやれ、厄介な事になりそうだ。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

「何で謝らないのよ!? この唐変木!」

「俺が謝らなきゃいけない理由が分からないって言ってんだろ! 約束はちゃんと覚えていただろうが!」

「言葉の意味を明後日の方向に取り違えている奴が偉そうに言ってんじゃないわよ!」

「じゃあどういう意味なんだよ!?」

 

 うわぁ……面倒くさい。

 ピットからアリーナ内に足を踏み入れ、目に入ってきた光景に辟易とする。突如始まった言い争いに周囲の生徒は困惑し、側にいる箒とセシリアもあまりの剣幕に割って入ることが出来ないでいる。下手すれば殴り合いになりそうな一夏坊と鈴音の怒声が、この場に居る者に余すことなく聞こえるような状態だ。

 衆目の集まる中でよくもあのような真似が出来るものだ。それとも怒りに任せて羞恥心を忘れているだけなのか。

 

「おーおー、派手にやってるねぇ。あんなデカい声出しちゃって」

「感心している場合か。さっさとあの恥知らずどもを止めるぞ」

「とは言っても如何する? 即刻止めるか、状況を把握したうえで止めるかの二択になるが」

 

 千冬殿の事だから実力行使で即座に前者を取るのであろうと、何となく予想しながら提案する。案の定そうするつもりのようである彼女は迷いなく騒ぎの渦中へと向かおうとするが……途中で足を止めさせられた。

 

「あ、織斑先生! 椛さん!」

「あと知らないオジさ~ん。ヘルプミ~」

 

 相川と布仏、よく一緒にいる事が多い二人組が私たちに気付いて駆け寄ってきた。

 布仏に関しては駆けるというより相川に引き摺られているような感じだが、別に不思議には思わない。どうせ本人に任せていては遅すぎて歩調が合わないとかそんな所であろう。

 

「お、カワイ子ちゃんなら大歓迎だよー。オッサン頑張って助けてあげちゃうよー」

「ふんっ!」

 

 取り敢えず隣の阿呆は足を踏み潰して黙らせておこう。足を抱えて飛び跳ねておるが知った事ではない。

 

「せ、先生どうしたらいいんでしょう!? 凰さんが急にやって来て織斑君たちと話していたんですけど、いつの間にか怒鳴り合いになっちゃって止めようにも止められなくて……!」

「落ち着け、相川。どうやって言い争いになったか簡潔に説明しろ」

「りんりんがしののんとセッシーを脇役呼ばわりして~、おりむーに早く謝れって言って~、それにおりむーが何で? って言ったらこうなりました~」

 

 流石布仏、斯様な時にさえ笑顔とマイペースさを崩さぬとは恐れ入る。そして想像していた通りの展開であったことに気が滅入る。しびれを切らして接触してきた鈴音にいつも通りの鈍さで対応したのであろう。流石一夏坊……これは褒めておらぬぞ。

 

「事情は分かった。後は私たちに任せて、お主らは訓練に戻るがよい。実機を扱う機会は貴重であろう? 時間を無駄にするものではないぞ」

「うん……でも大丈夫なの? 結構険悪な雰囲気だし、簡単には終わりそうにないよ」

「りんりん、すっごく怒ってるしね~」

 

 此方に向かってくる際に置いてきたと思われる起動準備状態のラファールに目をやりながらそう言うが、二人が案ずる気持もわからなくはない。理由は兎も角、恒延の言う通りかなり派手に言い争っておるしな。

 だが心配無用。普段はおっかないが、斯様な事態になった時は非常に頼りになる存在がいるではないか。

 

「案ずるな。餓鬼の喧嘩を収める事など訳もなかろう。なあ、千冬ど……の……?」

 

 半歩後ろほどに居た筈の人物に声を掛けようとして、その姿が消えている事に困惑する。

 はて? 我らが鬼教師は何処に消えたのだ?

 

「椛ちゃん、椛ちゃん。千冬ちゃんならあっちだよ」

「あっち?」

 

 足の痛みが引いたらしい恒延が指差す方向に振り向く。相川と布仏との話を中途半端に切り上げて何をしているのやら、と思いながら見てみると。

 

「いい加減にしろ、この馬鹿者どもがっ!!」

「ごふぅ!?」

「ふべっ!?」

 

 拳が唸りを上げ、制裁対象の脳天に突き刺さる。一足先に騒動の中心に向かった千冬殿は、その鉄拳を以て鎮圧していた。

 

「あれ……? 織斑君、IS展開しているのに何で普通に殴られているの……?」

 

 気にするな、相川。人は時に理屈では説明できない力を発揮するものなのだ。

 

 

 

 

 

「まったく、人前で痴態を晒すとは何を考えているんだ。少しは頭を冷やせ」

「織斑先生のおっしゃる通りですわ、一夏さん。このままでは何も解決しません。ひとまずは落ち着きましょう」

「…………分かったよ」

 

 相川と布仏と別れ、千冬殿に一歩遅れる形で近くに寄ってきてみると、既に一夏坊は矛を収めているようであった。介入してきた姉とようやく口を挟む機会を得たセシリアによって宥められていた。

 

「この頑固者が! 落ち着けと言っているのが分からないのか!?」

「うっさい! 今回ばかりはアイツにぎゃふんと言わせてやらなきゃ気が済まないのよ!」

 

 反対に鈴音は未だに興奮冷めやらぬ様子。抑え込もうとする箒までもが何故か怒鳴っている始末だ。片方が落ち着きを取り戻しても、これでは話し合いにより落としどころを探ることさえ出来はしまい。

 仕方あるまい。このまま放っておいても良くはなりそうにないし、一肌脱ぐとしようか。

 

「箒よ、そこを代われ。後は引き受けようぞ」

「む、椛と……その後ろの男は誰だ?」

「げっ! 中年オヤジ!?」

 

 恒延に気付いた鈴音が心底嫌そうな声を上げた。彼女なりの挨拶なのであろうと勝手に解釈しつつ、それを向けられた当の本人に目を移してみる。

 ……ガックリと膝をついていた。

 

「うう、なんてこった。鈴ちゃんが人を見て『げっ!』とか言うような子に育っちゃうなんて……」

 

 わざとらしい。非常にわざとらしい。

 頭を軽く引っ叩いてふざけた真似を終わらせる。初っ端からそれでは話が進まぬであろうが。初対面の箒でさえも呆れ返るようなことを見境もなくするでないわ。

 

「……で? 何で中年オヤジがいるかは知らないけど、アンタたちもあたしを止めるつもり?」

 

 だがまあ、鈴音の気勢を削ぐ役には立ったらしい。気は立っているものの、少なくとも人の話を聞いてはくれそうだ。

 

「おう。これほどの騒ぎになっては放っておく訳にもいかぬのでな。怒り心頭となる理由もわからぬではないが、せめて暴力ではなく理性ある弁論で解決してくれぬか?」

「そーよ鈴ちゃん。駄々こねてもどうにもならんって」

「ふんっ、そんなのお断りよ! 一発はぶん殴ってやらないと気が治まらないわ!」

 

 話を聞いてはくれても聞き入れようとする気はないようだ。気炎を上げて物騒な事を口にする鈴音に、恒延と揃ってほとほと困り果ててしまう。今の彼女に理屈に沿った説得は通じないらしい。

 ……致し方なし、強硬手段をとるしかないか。許せよ、鈴音。

 

「ならば実力行使だ。やれ、恒延」

「アイアイ、マム」

「なっ!? き、消えただと!?」

「ちょ、何処に行ったのよ中年オヤジ!?」

 

 例のステルス迷彩なる玩具を使って姿を消した男に驚愕する箒と鈴音。臭いや足音までは消えていないのだから多少注意すれば大凡の居場所はわかる筈なのだが、二人がそれに気付く様子は見られない。

 普段から視覚に頼り切っておるからそうなるのだ。ほれ、そうこうしておるうちに後ろに回り込まれておるぞ。

 

「鈴ちゃんゲットだぜー!」

「わきゃぁぁーーーー!!?」

 

 背後に回り迷彩を解除した恒延が、雄叫びを上げながら鈴音を腋から抱え上げる。悲鳴を上げられるほどデリカシーに欠けた行為だと理解しているが、今は必要な事だ。何も言うまい。

 

「な、何をするのよ!? このっ、このっ!」

「がははは! 効かん、効かんぞぉ!」

 

 振り解こうと鈴音は足をばたつかせてもがくが結果は芳しくない。いつも猫背なせいで分かり辛いとはいえ、恒延は身長百八十センチを超える長身で体格も悪くない男だ。小柄な彼女では脱出するには骨が折れるであろう。

 

 さて、前準備は整った。遠慮なくいかせてもらおうか。

 懐から二本の棒状の機械を取り出す。電源を入れるとそれは蛍光灯のように発光し始め、接触させ合うと微細に振動している事を示す共鳴音を響かせる。その音に気付いたのであろう。ふと目を向けた鈴音は私が手に持つものを認めるや、暴れるのをピタリと止めて顔を蒼くした。

 

「あの……椛? それなんなの?」

「これは電磁くすぐり棒といってな。昔、気紛れに作ってみたものなのだが意外と有用で重宝しておるのだ……お主のように、人の話を聞かぬ輩に反省させるのにな」

「ひっ……!」

 

 おや、可愛らしく声を上げるなど如何したのだ? 私は笑顔を浮かべているというのに。

 

「自律神経に与えられる電気的な刺激は、通常のくすぐりでは考えられないほどの強烈さを誇る。下手したら笑い死ぬかもしれぬな。どうだ、落ち着いて話し合う気になるであろう?」

「じょ、冗談いうんじゃないわよ! くすぐりなんかであたしをどうにか出来るなんて考えているなら大間違いよ! 掛かってきなさいっての!」

「ほう、活きが良い」

 

 抱え上げられて無防備になっている鈴音の腋に、ゆっくりと焦らすように電磁くすぐり棒を近づける。振動音を上げるそれが近づくにつき、鈴音がゴクリと息をのんだ。

 ああ、残念だ。友に斯様なものを向けねばならぬとは。だが鈴音よ、これはお主の行いが故に招かれた事態。甘んじて受けるがいい……

 

「では望み通り、その身を以て受けてみよ!」

 

 ――姉者はおろか千冬殿さえも陥落寸前に追い込んだ、この魔具の力をな。

 

「そいや」

「ぶふっ!? あは、あははははっふはっはははっ!?」

 

 突如狂ったように笑いだした鈴音に、一度は離れていった周囲の視線が再び集まる。そこにあったのは身をよじり己を苛む元凶から逃れようとするも、意地の悪い笑みを浮かべた男に拘束されてそれは叶わず、ただ神経の過剰反応がもたらす笑いに身を委ねるしかない哀れな少女の姿だった。

 つい先ほどの険悪な罵り合いに比べたら取るに足らないことだと思ったのであろう。皆は何をしているのかと首を傾げるだけでそれぞれの訓練へと戻っていく。

 しかし、鈴音にとっては今の状況の方が余程切羽詰っている。人は鍛えれば痛みに耐えられるようにはなる。だが、くすぐったさは違う。いくら鍛錬を積もうとも逃れる事など出来はしない。故に、例え尋常ではない頑健さを誇る姉者でさえも屈服せしめる力を誇るのだ。

 

「あはっははっはは! わ、わかったからもうやめふはははっはははは! ちゃんと大人しくするかひははははっははは!?」

「それでよし」

「はい、くすぐりの刑終了―」

 

 二十秒か。存外短かったな。

 白旗を上げて降伏した鈴音を電磁くすぐり棒と恒延の拘束から解放する。地面に下ろされた彼女はべちゃりと潰れて痙攣していた。刺激の余韻により口からはひぃひぃとか細い息が漏れるだけだ。

 額を拭う。いい仕事をした。箒から外道を見るような目を向けられておるが気にせんでおこう。

 

「千冬殿、此方も片付いたぞ」

「ああ、ご苦労……やり方はともかくとしてな」

 

 この場の責任者に報告をすると引き攣った顔で労われた。嫌な記憶でも思い起こしたのかもしれぬ。

 

「そら馬鹿共、頭を冷やしたならさっさと妥協点なり落としどころを決めろ。また同じような事が起こされてはかなわん」

「わ、わかりました……って鈴は大丈夫なのか?」

「はーっ……はーっ……だ、大丈夫よ……」

 

 小鹿のように足を震わせていては一夏坊も気を遣わずにはいられない。少なくとも平常心には戻った彼に怒りの色は見られなかった。対する鈴音も心中は兎も角、大人しくすると約束したのに加えて肉体的疲労から直接的な手段には出ないであろう。

 喧嘩の仲裁に必要な膳立ては整った。此処までしてやったのだから荒らすような真似はするでないぞ?

 

「では確認から入ろうか。まず鈴音、お主は一夏坊が約束の意味を正しく認識していなかったことに怒り、謝罪の意思も見られない事から今回の件に至った」

「そうね」

「で、一夏坊は愚かしくもその意味が分からず、分からない以上は謝罪も出来ないと」

「……間違ってないけど、『愚かしい』はいらないだろ」

 

 聞く耳持たぬわ。乙女の純情を粉々にしておいて偉そうなことを言うでない。

 

「鈴音は意味を説明する気はないのだな?」

「あ、当たり前でしょうが!」

「だから何で説明してくれないんだよ? そうすれば俺だってちゃんと謝るのに」

「アンタが自分で気付かなきゃ意味が無いの!」

 

 鈴音が半ば憤り気味になりつつ怒鳴るも、一夏坊は首を捻るばかりだ。これでは約束の真意に気付くのに何年かかる事やら。定型文から改変を加えた求婚とはいえ、全く気付く気配が無いのは偏に彼の超常的な鈍感さの為せる業であろう。

 これでは埒が明かぬ。どちらかが譲歩しなければ解決は望めまい。事前に予測していた流れに誘導するとしようか。

 

「二人とも引っ込みがつかぬならば、後は勝負事で決着をつけるしかあるまい。都合よく来週のクラス対抗戦はお主らが戦うのだ。それの勝敗如何で譲歩する側を決めたらどうだ?」

「俺が負けたら素直に謝る。勝ったら鈴に説明してもらうってことだな? いいぜ、水掛け論よりはずっといい」

「せ、説明はちょっと……」

「鈴音」

「ああもう、わかったわよ! やればいいんでしょ、やれば!」

 

 渋る鈴音に念押しするように呼びかければ、やけくそ染みてはいるものの、大人しく従ってくれた。助かる。これも却下されてしまっては私では収められなくなってしまう。

 兎にも角にも、一先ず事態の収拾の目処はつけることが出来たか。気苦労のかかる仕事であった。

 

「上手く事を運ぶものだ。流石と言っておこうか」

「よく言う。言う事だけ言って後は後ろに退いていた者の言葉とは思えぬな」

「適材適所という奴だ。餓鬼の扱いはお前の方が得意だろう?」

 

 後は放っておいても大丈夫であろうと見当をつけて離れると、結局最初にけしかけてから何もせずにいた千冬殿がやって来た。得意げに浮かべる笑みに眉を顰めざるを得ない。

 つまるところ、私に面倒な部分を任せただけであろう。人使いが荒い御仁だ。

 いい様に使われたことに溜息をこぼしていると、千冬殿に続く形で箒とセシリアが近づいてきた。箒は相変わらずの仏頂面だが、セシリアは心なしか安堵の表情を浮かべているように見えた。

 

「助かりましたわ、椛さん。わたくしたちではどうしようもありませんでしたもの」

「礼は要らぬよ。ただ傍迷惑な友人の尻拭いをしただけだ」

「……しかし大丈夫なのか? まだ何か言い合っているようだが」

 

 箒の言葉にふと後ろを見やる。確かに飽きもせずに口を働かせていた。「絶対に負かしてやるから覚悟しとけよ」とか「そっちこそ謝る練習しときなさいよ、朴念仁」やら「いやー若いねー」といった具合だ。

 あの程度なら問題あるまい。挨拶代りのようなものであるし、恒延も側に付いているのだから滅多な事にはならないであろう。

 

「啖呵を切り合うくらい構うまい。彼奴らもようやく収まりを見せた所に油を注ぐような真似は……」

 

 

 

「うるさい、貧乳」

 

 

 

 ――やりおった、あの阿呆が!

 不味いと思った瞬間にはもう遅い。凄まじい爆音とともに足元が揺れ、舞い上がった土煙が明けたそこには小規模なクレータが出来上がっていた。鈴音が展開したISの拳を地面に叩き込んだのだ。

 俯いた鈴音の表情は見えずとも容易に想像がつく。よりにもよって女として劣等感を感じている事を指摘されたのだ。怒りの暴風雨が吹き荒れているに違いない。そのただならぬ様子に一夏坊も己の不手際を悟ったらしく、見るからに焦っていた。

 

「言ってくれたわね……! 鈍感だ唐変木だと思っていたけど、ここまでデリカシーに欠ける奴は初めてよ、この最低野郎!!」

「わ、悪い。今のは言葉が過ぎた」

「今更素直に謝ってんじゃないわよ! こうなったら手加減なしでボコボコにしてやるんだから――覚悟しておきなさい」

 

 誇張なしに殺意が見え隠れする眼光を一夏坊に向け、鈴音はアリーナから足早に去っていった。

 この場で怒りをぶちまけなかったのは偏に彼女の忍耐力ゆえであろう。私が整えた落としどころを台無しにしないよう配慮してくれたのは感謝すべき所だが……あれでは激情の遣り所が見つかるまい。

 

「……恒延、頼めるか?」

「へいへい、お安いご用ですよっと。ちょっくらサンドバッグにでもなってくるわ」

「すまぬな」

「代わりにしっかりお仕置きしといてくれや。それでチャラにしてやるよ」

 

 いつも通りの軽薄な笑みでそう言い残すと、彼はひらひらと後ろ手を振って鈴音の後を追って行く。愚痴を吐く相手がいれば多少なりとも気が紛れるであろう。彼女へのせめてもの気遣いだ。

 

「この陥没具合、相当な膂力ですわ。恐らくは近接戦主体の機体……」

「しかし一夏の白式のように一辺倒と言う訳でもないだろう。中距離射撃武装もあると考えた方が良いな。とにかく訓練を再開するぞ。時間をこれ以上無駄には出来ん」

「え……あ、ああ……」

 

 あちらは恒延に任せるとして、私は早々に流されかけておる馬鹿者に仕置きをするとしようか。

 はてさて、そうするとなると箒とセシリアは如何しようか……と考えていると、千冬殿から意外な言葉が発せられた。

 

「篠ノ之妹、オルコット、今日はもうそいつの面倒を見る必要はない。帰れ」

「なっ!?」

「ど、どういうことですの織斑先生!?」

「言い方が悪かったな。今日はもう織斑の訓練に関わるな。去れ」

 

 言い直した方が酷い。彼女らからしたら残酷極まる宣告を受け、言葉も出ぬ様子で固まってしまうのも無理はない。

 それにしても千冬殿は如何いうつもりなのか。いくら弟に甘い気があるとはいえ、私情でここまで強行的な真似をすることは無い筈。何かしらの事情があっての事だと思うが……

 内心で疑問を呈しながらも静観する。一夏坊は突然の事に頭が追いついてないようだ。揃って黙っていると、思考停止に陥っていた両名が復帰して反駁を開始した。

 

「いくら織斑先生だからと言って、そんな勝手な事は聞きいれられません! 教師が自主訓練に口を挟む義理は無い筈です!」

「そうですわ! わたくしたちがやっている事に問題点は何一つ……」

 

 一見、筋が通った主張。己らに非が無いと確信するがために、普段は尻込みする千冬殿相手にも強気の態度だ。

 

「――問題が無い、だと? 笑わせるな」

 

 しかし、返って来たのは底冷えするような恐ろしげな声。二人は又しても体を固まらせ、直接それを受けた訳でもない一夏坊さえもぶるりと体を震わせる。千冬殿は苛立ちを滲ませながら続けた。

 

「お前らの訓練が周りにどう思われているか知っているか? 専用機持ちという利点をいい事に、言い争いばかりの効率など欠片も感じられない惰性の塊だ。それだけならまだ良いものを、篠ノ之妹が訓練機を持ち出せば周りの迷惑など顧みずに急に模擬戦を始める傍若無人ぶり……おかげで先日、ついに担任の私の所に苦情の申し立てが来た」

 

 感情が抑え込まれた淡々とした言葉に「うっ……」と足を一歩退く。少なからず心当たりがあるのであろう。二人の顔には負い目に似たものが見て取れた。

 

 共有の施設である以上言うまでもない事だが、アリーナの使用にはそれ相応のルールが明文にしろ不文律にしろ存在する。要点を纏めるならば、「訓練するからには真面目に取り組み、他の生徒の訓練を妨害しないよう十分配慮すること」といった所であろうか。

 IS学園に配備されている訓練機の総数は十五機。一学年に付き五機が割り当てられおり、今年の一年生で見てみると一組約三十名が四組まであるので、基本的に一クラス一機と余りが一機となる。そのような状況では当然の如く訓練機を申請してもすぐに回ってくるわけがない。相川と布仏のように集団で一機を使いまわす事を前提としても、二週間に一回が良い所だ。

 故に一回の訓練をより濃密なものとするために生徒は努力を欠かさない。そして、そんな彼女たちからしてみれば一夏坊の一団は至極不快なものに見えたことは想像に難くない。専用機持ちという特権が悪いのではない。その訓練に臨む態度が気に喰わないのだ。

 考えてみてほしい。己らとは異なる権利が与えられる者がいる事には、その者が優れた能力と実績があるからだと納得する事ができる。しかし、その者が権利に胡坐をかいて努力を怠っていたら? とてもではないが好意的に見る事は難しいであろう。

 一方的な意見かもしれないが、つまりはそういう事だ。専用機持ちが揃いも揃って毎度馬鹿騒ぎばかりしていれば業腹にもなろう。

 だが、それだけなら千冬殿が動くような事態にはならぬ。あくまで一個人が抱く感情にすぎないからだ。

 ならば何故というと、その答えは一夏坊たちが行っていたという模擬戦――と言うのも烏滸がましいものであったそうだが――にある。

 模擬戦はISの三次元起動や流れ弾を考慮して、相応の広さを確保する事が必要だ。無人であれば気に掛ける必要はないが、他の者が居ればその旨を説明して場を譲ってもらうのが筋というものであろう。規則云々以前の至極当然の礼儀である。

 とはいえ嫉妬に目が眩んで手が出るような阿呆どもが、そんな気を利かせる筈もない。模擬戦は突拍子もなく始まり、横から割って入って止めるわけにもいかず、生徒たちは渋々とばっちりを受けない位置まで引き下がらざるを得なくなる。甚だ迷惑だ。

 

 事がそこまで至ってしまっては千冬殿も無視は出来ぬ、という訳だ。決して私情ではなく、担任としての責務を果たすべく箒とセシリアに勧告したのだと私は理解した。

 

「最低限の礼儀さえも弁えない馬鹿共にアリーナを使う資格など無い。篠ノ之妹とオルコットは一週間、放課後の自由行動を禁ずる。指導室に入れないだけ有り難く思え」

「な……な……!」

「し、しかし! わたくしたちには来週のクラス対抗戦に向けて、一夏さんを鍛えるという重要な使命が!」

 

 想定外の罰則に箒は絶句して口をパクパクさせるばかりだ。一方、セシリアは尚も反論を試みる。

 止めておけばいいものを。相手は千冬殿である上に大義も備わっている。これ以上の反抗は愚策であるぞ。

 

「織斑の面倒は篠ノ之姉に見させる。お前らは必要ない」

 

 それ見た事か。容赦なく一刀両断に…………待て、千冬殿は今何と言った?

 

「も、椛さんが……!?」

「また……またお前なのか……!」

「分かったら部屋に戻って反省していろ。今後も同じことを繰り返さないようにな。次やったら指導室にぶち込んでやるから、そのつもりでいろよ……ああ、そうだ。篠ノ之妹、打鉄はここに置いていけ。こちらで使わせてもらう」

 

 それぞれISを解除した二人は千冬殿に出口へと追い立てられていく。気力さえも使い果たしたのか力の無い歩みであったが、時折私に対して向けられる視線には怨嗟の念がこれでもかと込められていた。

 ……気が重い。何故私が斯様な仕打ちを受けねばならぬのだ。

 

「あの……織斑先生。俺は椛と訓練すればいいんですか?」

「そうだ。私が事前に頼んであるから問題ない」

「……内容は聞いておらぬし、承ってもいないのだが」

 

 流石に納得できず、さも当然のように事を進める千冬殿に遺憾の意を示す。

 確かに頼みがあるとは聞いた。だが、それが一夏坊の訓練の面倒を見る事とは唯の一言も聞いていない。急に押し付けられては困るし、というか箒たちに無用の敵意を抱かれる程度には既に実害が生じている。

 教師としては横暴であるし、友人としても許容しがたい。タダでは受けてやらぬぞ。

 

「――そういえば数週間前に凰が体調不良で欠席したそうだな。確かお前にアレをやった翌日だったと思うのだが、何か知らないか?」

 

 しかし、私の決意は早くも罅が入る柔なものであったようだ。何の気も無しに発せられた千冬殿の質問に冷や汗が流れる。

 ば、ばれていただと……!? 何も言わぬから隠し果せていると思っていたが、知っていて放置しておったとは……もしや、この時のための布石だったとでも言うのか……!

 鈴音に酒を飲ませただけならまだよかった。問題は彼女が翌日、二日酔いで欠席してしまった事だ。千冬殿は未成年飲酒には意外と寛容だが、それが学業に支障をきたすとなると話が違う。主犯者は間違いなく罰せられる。

 これはもはや頼みではない……脅迫だ。断れば有無を言わさず処断を下され、恐らくは魔窟と名高い生徒指導室行き……最悪の場合、鈴音と会長殿も同罪となり得る……くっ、無念……!

 

「……いや、何も。それよりも、やるならば早く始めるとしよう」

「そうか。そうだな」

「?」

 

 コンマ数秒の思考の末に私は降伏した。渋面を浮かべる私と勝ち誇った表情の千冬殿を見比べて一夏坊が首を捻っておったが、仔細を説明する気にはとてもなれない。

 

「取り敢えず『瞬時加速(イグニッション・ブースト)』を使えるようにはしておけ」

「…………本気か? 基本的な機動も完璧とは言えぬのに?」

「無論だ。白式を扱うにはあれが必須技能だ」

 

 さらりと途轍もない要求をしてくる千冬殿に目を見張る。確認してもそれは覆らない。冗談の類ではないと分かり、私は思わず天を仰いだ。

 『瞬時加速』はその名の通り機体を瞬間的に急激な加速させる高等技能だ。確かに千冬殿の言う通り、近距離格闘戦を主眼に置く戦術構築をするならば非常に有用な技能となるであろう。現に千冬殿は零落白夜と瞬時加速を極めたからこそブリュンヒルデの座を射止めたと言っても過言ではないし、私自身も世話になる事が多い。

 だが問題はそれを習得したとしても、実戦で使いこなすための他の技術が一夏坊に全くと言っていいほど伴っていない事だ。

 相手の懐に飛び込むのに必要なのは速さだけではない。戦況を見極め、機を逃さず、或いは自ら機を作り出す業も、また重要なのである。それが出来なければ、折角の高等技能もただの突進技になりかねぬ。

 その事を千冬殿は分かっているのであろうか?

 いや、分かっているのであろう。分かった上でそれを教えろと言って来ている。つまりは問題点の解消も、私の仕事の内という事だ。

 何たる難問、何たる無茶振りか。しかし、私に退くことは許されない。例の自棄酒の一件が露見している以上は手も足も出せはしない。大人しく命に従うしか道は残されていないのである。

 情けない。一夏坊に仕置きをするつもりが、逆に仕置きをされてしまうとは……

 

「まあ、こいつに合わせてやっていては大変だろう。お前が好きに稽古をつけてやってくれて構わない」

 

 ピクリと反応する。その言葉に、僅かな希望を見た。

 

「訓練に付き合うのではなく、稽古をつける、で構わないと?」

「ああ、好きにやってくれ」

「……どっちも一緒じゃないのか?」

 

 一夏坊は訳が分からんと疑問を挟んでいたが、今は気にしていられぬ。千冬殿の申し出を鑑みて、要求を達せられるか思案する。

 ……自重も一切無しにさせてもらえれば無理ではない、か。その場合、一夏坊には辛い目を見てもらうが……それを仕置きと考えれば問題あるまい。うむ、問題ない。

 

「承知した。来週までには何とか形にしてみせよう」

「頼む。では、私はこれで仕事に戻るが……織斑」

「は、はい。何ですか?」

「お前は来週に試合を控えているのを考慮して謹慎は無しにしてやったが、周りに迷惑を掛けていたのはあの二人と同じだ。明後日までに反省文を書いて提出しろ」

「……分かりました」

 

 無情な通告にガックリと項垂れる一夏坊。

 いや、無情というのは間違いか。本当に容赦が無いのであれば、明後日と言わずに明日と言う筈である。

 ならば何故、千冬殿は猶予を持たせたのか。考え得る理由を挙げるとすれば……

 

「…………一夏」

「へっ? こ、今度は何だよ千冬姉」

「死ぬなよ」

「は?」

 

 ――これから扱かれる羽目になる、弟を案じての事か。

 去り際の姉の言葉に困惑する一夏坊には見えぬところで、私はニヤリと頬を釣り上げた。

 

 

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