というかトワ会長が良い人すぎる。どこかの胡散臭い生徒会長よりずっと……おや、誰か来たようだ。
「この……しつこいわね!」
甲龍から衝撃砲が放たれる。不可視のそれは敵に回すと恐ろしい代物だったが、味方となった今はこの上なく頼もしい援護射撃だ。
しかし、相手もそう易々とはやられてくれない。スラスターを駆使して回避し、躱しきれないものは重厚な装甲で受け止める。その見た目に違わず、かなりの防御力があるらしい。衝撃砲を受けても小揺るぎするのが精々といった様子であり、防御重視の打鉄を上回るタフさを感じさせられる。
衝撃砲だけでは火力が足りない。ならば、その重装甲を丸々無視できるだけの一撃を叩き込むまでだ。
『一夏、今よ!』
『おう!』
プライベート・チャンネルで鈴から合図が出される。衝撃砲に気を取られている間に回り込んだところから一気に加速、両腕を交差させて衝撃砲を凌いでいた敵の背後を取った。
鈴が相手の隙を作り、そこに俺が必殺の零落白夜を決める作戦。上手くいくか不安はあったが、何とか形にはなっていた。後は右手のエネルギー刃で斬りつけるだけでいい。完全に背後を取ったこの状況から、掠っただけでも無視できないダメージを与える攻撃を完全に回避する事など不可能だ――その筈だったのだ。
「――――」
「なっ……!?」
「アイツ、また……! 一夏、一度離脱して!」
胴への横薙ぎは上半身を屈める事で外された。驚きの声を漏らし、鈴から指示が飛んでくる間に極太の腕が棍棒のように振るわれる。それを何とか掻い潜り距離を取ると、戦況は再び振り出しに戻った。
千日手の様相にうんざりする。目をやれば、鈴も似たようなもので眉を顰めていた。
戦闘を開始して早十数分、既に二度の必殺をふいにされ、三度目の正直も届かなかった。タイミングは完璧な筈なのだ。しかし届かない。セシリアとの試合で学んだハイパー・センサーの死角に入り込み、普通の人間である以上は絶対に完全な回避は出来ない攻撃であるのに掠りもしない。そんな事、余程の人外でもなければ不可能だ。
これは何かがおかしい。俺たちは作戦の変更を考えなければいけない時だと感じ取った。
『どうする? このままじゃ埒が明かないぞ。カウンター狙いで行ってみるか?』
『でも、アイツ自分からは様子見程度に遠くからビーム撃ってくるだけじゃない。そんなの相手にカウンターも糞もないわよ。それともアンタの残り少しのエネルギーで殴り合いをしに行ってくる?』
『……まあ、それは遠慮したいな。普段ならともかく』
鈴の言う事は尤もだった。カウンターしようにも、相手が仕掛けてくれなければ成り立たない。
ただ、至近距離での格闘戦を行おうなんてことも非合理的だ。三度の零落白夜の発動で、六割あった白式のシールドエネルギーは雀の涙だ。威勢よく啖呵を切りはしたが、この戦闘の目的が足止めである以上、自滅の可能性がある特攻などナンセンスすぎる。無論、鈴も本気で言ったわけじゃないだろうが。
生徒の避難は大凡完了している。数分前に隔壁の解除に成功したらしく、予め上級生やクラス代表を中心として準備を整えていた彼女らは迅速かつ整然と退避していった。あと五分もしないうちに増援である教員の制圧部隊も到着するだろう。
『ガチンコが無理なら付け入る隙を捜すまでだ。何かいい知恵を貸してくれないか?』
けど、鈴との試合を邪魔された以上は一矢報いてやりたいと思うのが男の意地と言う訳で、俺はガシャリと雪片弐型を構え直しながら鈴に助言を仰いだ。
『簡単に言ってくれるわね……とにかく今わかっているのはアイツからは積極的に攻撃してこない事、死角からの攻撃は通じない事、そして武器は両腕のビーム砲だけって事よ。最後のは不確定だけど』
『やっぱ死角からの攻撃が通じないのは痛いな。あっちからの攻撃が少ないのが唯一の助けか』
『ま、あたしたちが舐められているだけかもしれないけどね。それもあそこまで完璧な躱しっぷりを見せられたら文句も言えやしないわ。あんなの人間業じゃないわよ。機械よ、機械』
『まあ確かに千冬姉や椛みたいな達人技というよりは機械と言った方がしっくりくる……?』
ふと、何かが頭に引っかかった。何が引っかかった? 俺たちが舐められている? 違う。完璧な躱しっぷり? 違う。機械。そう、これだ。この言葉が妙に気に掛かる。ただの例えではなく、相手の本質を表しているような――
『……なあ、鈴。ISって機械だよな?』
『はあ? なに頓珍漢なこと言ってんのよ。そんなこと当たり前でしょうが』
『いや、言い方が悪かった。そうじゃなくてだな……ISを機械が動かす事って可能なのか?』
『無人機ってこと? 出来るわけないわよ。どこの国も成功してないもの。そもそも型にはまった動きしか出来なくて利点が少ないとか……』
そこで鈴は言葉を途切らせた。改めてじっくりと観察するように、無言で佇む敵に目を凝らす。
『……そう言えばアイツ、さっきから同じこと繰り返してるわね。こっちが攻撃したら回避と防御、後は様子見にビームを撃ってくるくらい。何か目的があってそうしているのか、それとも……』
『――そうなるようにプログラムされているのか、だな。可能性はあると思わないか?』
『
無人機ではないかという予想した根拠は一応ある。俺の零落白夜を躱した敵の動きは、ハイパー・センサーから送られてくる背後の情報を完全に把握していなければ不可能だ。そしてその前提も、それこそ人の領域から足をはみ出しているような達人でもなければ不可能だ。
そんな人外がそうそう居る訳がない。ならば、それ以外で背後の情報さえ完璧に網羅できる存在――機械がアレを動かしているのではないだろうか。
そう説明しようと思っていたが、鈴は思いの外すぐに納得してくれた。何やら遠い目をしているあたり、ここ一年ほどで苦労する事でもあったのかもしれない。
『仮にアイツがAIを搭載した無人機だとすれば活路はある。予め与えられた選択肢から最適な答えを導き出す事は出来ても、もし想定されていない事態に陥ったら……』
『僅かな間でも隙を作れるかもしれないって訳ね。良い案だけど、アレが自立稼働じゃなくて遠隔操作だった場合は?』
『その時はその時。また別の手を考えるさ』
『まったく、当てずっぽうなんだから……ま、今回はあたしも乗ってあげるわ』
鈴も乗り気になってくれたようで少しだけ微笑む。そう来なくっちゃな。
『で? 具体的にはどうやって隙を作らせるの?』
『ああ、それは……』
今さっき思いついた即席の作戦だが、案はある。少々……いや、かなり危なっかしい作戦かもしれないが、非常に効果的だと思われるものを鈴に説明しようとする。
その時、俺も鈴も想像さえしていなかった事態が起きた。
「一夏ぁ!!」
突然アリーナに響く大音響の呼び声。俺の名前を呼んだハウリングするその声は、中継席の放送機器を通じたものだ。
まさか、と思いながら目を向ける。居た。観客席の最前列に位置する中継室に箒の姿があった。
「こんな所で……こんな所で躓いていてどうする! 男ならこの程度の障害、容易く乗り越えてみせろ!」
そんな所で何をしている。今すぐそこから逃げろ。真っ先に言うべきことがあったはずなのに、箒が必至の面持ちで発した言葉に気圧されて機を逸する。
それは声援だった。顔にはありありと不安が浮かんでいるのに、それでも俺の勝利を信じて不器用な言葉で紡いだエールだった。
「――――」
「ぁ……」
だが、それは箒自身に危険を招くことになる。いったいAIがどのような思考を経たのかは知らないが、無人機の視線が箒へと向けられた。感情の無い空虚な目に見据えられた彼女は弱々しく声を漏らす。
不味い。直感的にそう感じた俺は声を張り上げた。
「鈴! 今すぐアイツに向けて衝撃砲を最大出力で撃ってくれ!」
「はぁ!? そ、そんなことしたって当たらないわよ!」
「当たらなくていいんだ! 早く!」
怒鳴りつけるように鈴に頼む間にも無人機は動き続ける。ゆっくりとその両腕を持ち上げ、内蔵されたビーム砲の砲口を箒に突き付けた。箒は竦んだように動かない。やはりこちらから何とかするしかない――!
「まったく、箒は何だってこんな……って何してんのよ!? そんな所にいたら撃てないでしょうが!」
「これでいいんだ! いいから撃て!」
鈴と無人機の間、つまり衝撃砲の射線上に躍り出ると、当然の如く鈴から怒鳴られる。しかし、これが俺の作戦では正しい立ち位置なのだ。ここで鈴に躊躇われたら間に合わない。説明する暇もなく、俺は負けじと怒鳴り返した。
「どうなっても知らないわよ!?」
「そんな事はどうでもいい!」
「ああもう、分かったわよ! いっけぇーーーー!!」
鈴のやけくそ染みた声が響く。直後、背骨が軋むばかりの強い衝撃が背中を叩いた。それが俺の体を弾き飛ばす前に、瞬時加速を発動させる。
俺の作戦はこうだ。無人機のAIがどれ程のものかは分からないが、普通の人間でも驚くような事態――例えば
その上乗せとなるのが衝撃砲だ。衝撃砲はつまるところ空気の塊を撃ち出すもの。考えようによっては物凄い突風とも言える……と思う。普通に突っ立っていれば吹き飛ばされてしまうが、莫大な推力で動いていればどうだろうか。
エネルギーが放出、集束、解放の過程を経て推進力へと変わる。瞬時加速で一気にトップスピードに入った俺の体は、背中を叩く衝撃砲と同調し――その流れに、乗った。
「う、おおおおぉーー!!」
雄叫びを上げる。瞬時加速のスピードに暴力的な追い風を加えた影響で、保護機能が追いつかずグレイアウトする。だが関係ない。我が身を省みず突き進み、砲口に光を灯す敵へと雪片弐型を振り上げる。
果たして、零落白夜の刃は敵を断ち切った。時間が引き伸ばされたように全てがスローモーションで動く景色の中、自分が斬ったものを目で追う。そして同時に、斬れなかったものも。
――斬り飛ばした右腕が爆散し、残された左腕から閃光が放たれた。
「ほ――!!」
幼馴染を呼ぶ声は最後まで続かなかった。無人機に強かに蹴りつけられた俺は、エネルギー切れでもはや最低限の保護機能しか維持できない白式と共に地に墜ちる。
箒は呆然としていた。自分に迫る脅威を現実と認識しているかどうかさえ分からない。少なくとも、放たれたビームから逃げる余裕は皆無であった。
――もう間に合わない。箒は光に呑まれて、塵も残さず焼き尽くされる。
頭の理性的な部分が下した判断に絶望した。結局、何も変わらないのか。力を手に入れても、俺には何も守れないというのか。
嫌だ、と反抗しようにも体はいう事を聞いてくれない。重力に引かれるままに落下する体は鉛のように重く、指一つ動かす事さえ叶わない。ただ箒が死にゆく様を見届ける事しか出来ない。
諦念に囚われ、唯一自由の利く瞼を閉じようとして……
「――――!!」
碧い光の奔流が目の前に広がった。
――――――――――
それに気付いたのはセシリアであった。私と恒延は上級生を指揮する会長殿と連携してシステムクラックを進め、千冬殿と真耶はいち早く回復させた通信系を使って各所に指示を飛ばす中、シークレット・チャンネルを使って専用機持ちたちと情報を伝達し合う役目を担っていた彼女だけが、その時に比較的余裕があったからだ。
「あら……? 箒さんは何処に行きましたの?」
独り言のような小さな呟きだったが、それは確かに私の耳に届き尚且つ忙しなく動かしていた手を止めさせるには十分な威力を持っていた。つい数分前にようやく使えるようになった有線接続したインカムを乱暴に外しながら振り返る。
余程険しい表情をしていたのであろうか。私の顔を見てセシリアが怯んだように一歩下がる。しかし、この時すでに最悪の想像にまで至っていた私にそれを気にする余裕はなかった。
「――最後に見たのは?」
「え……か、隔壁が開放されるまではいたような……」
漠然とした答えをセシリアが口にした次の瞬間、私はインカムを投げ捨て管制室から飛び出していた。背中から聞こえる「ちょっ!? オッサンに丸投げ!?」という喚き声を聞き流し、観客席の方に向けて全速力で駆ける。
己の見通しの甘さに渋面が浮かぶ。如何して箒を放置していたのか。彼女の性格を考えれば、己だけ何をするでもなく立ち尽くしているだけの状態など看過するはずが無いと予測がついたであろうに。
何度も失敗してばかりの己に嫌気がさす。結局のところ、私は妹の事を何一つ分かっていないではないか。
『一夏ぁ!!』
通路のスピーカーから箒の声が響く。
中継室か。ならば距離は遠くない。差しかかった曲がり角を最低限の減速で駆け抜け、急激な方向転換に甲高い摩擦音が鳴った。
『こんな所で……こんな所で躓いていてどうする! 男ならこの程度の障害、容易く乗り越えてみせろ!』
箒の声援が誰の姿もない通路に木霊する。きっとこれが彼女にとって、一夏坊のために己が出来る最善の行動だったのであろう。その是非を問いはしない。それを判断するのは私の役目ではなく、元よりそのような真似をする権利もない。
――故に私が為すべきことはただ一つ。
辿り着いた中継室に息を整える暇もなく飛び込む。放送部の者たちは当の昔に避難したそこにいたのは呆然と佇む箒。その肩越しに例の襲撃者が両腕の砲口を向けているのが目に入った。それは既に眩い光が灯り、シールドバリアさえ貫く脅威が今にも放たれんとしている事を示していた。
間に合わぬ。即座に判断を下した私は
十年の間に息をするに等しくなるほど繰り返したISの展開を行う。白と黒の装甲を身に纏った私が箒の前に割り込むのと、敵機の砲口から熱線が迸ったのはほぼ同時であった。
左肩の物理シールドが稼働、溢れだした碧い粒子――IS粒子が膜状に広がったその瞬間、中継席を覆っていたシールドバリアを貫通した熱線が殺到した。
「ぬう……!」
「な、何をしているんだ椛!? そんな事をしたらお前まで……!」
咄嗟に発動したフィールドバリアは辛うじて熱線を食い止める。しかし、それは危うい均衡だ。否、徐々に此方が押し込まれてさえいる。
箒が悲鳴染みた声を上げる。そのような微かな光で、矮小なる人の身で何を為すのかと。
「愚問! 私がお主に為すことは唯一つしかありはせぬ!」
その言葉を切って捨てる。斯様な事、自明の理ではないか。
――そうだ、私は矮小な人間だ。己の過ちにも気づかず、妹から敬遠され嫌悪されるような愚か者だ。だが、人は過ちを正すことが出来る生物でもある。既に取り返しはつかないかもしれぬ。それでも私はこの意志を貫こう。
故に叫ぶ。偽りなき私の想いを。
「例え愚かであろうとも……姉として在ろうと言うのだ!」
「……っ!」
フィールドバリアを形成する粒子の流れが歪む。限界が近い証だ。
やはりドライヴの稼働が不完全では無理がある。斯くなる上は強制的にでも起動させるまで。
「眠りの時は終わった! 今こそ目覚め再び我が刃となれ!」
此奴は十年も私に付き添い続けてくれてきた。
如何なる望みにも無茶にも付き合ってくれた。
ならば、ここで私が信じずして如何するというのか――!
「いざ昇れ! 原初たる黎明の光……『
――――!!
声高にその名を叫ぶ。それと同時に変化は生じた。
ドライヴの回転数が跳ね上がり猛りを上げる。弱々しく放出されるだけであった粒子はその勢いを増し、熱線を雲散霧消せしめるだけに留まらず、奔流となりて中継室を青白い光で満たし、外へ向けて竜巻のように吹き荒れる。
それは一種、幻想的な光景であった。箒も、熱線が消えた先に見えた一夏坊と鈴音も言葉を失い、絶望を打ち砕いてみせた奇跡にただ見入る。
一歩動く。その動作を行った途端、真紅の警告ウィンドウが目の前に表示された。
――コアとドライヴの同調不備により異常発生。限界稼働時間、残り三分。
……やはり試験運用も無しでは異常が発生するのも致し方ないか。
道理である。兵器であろうと民生品であろうと、あらゆる機械には完成までに幾度にも及ぶテストが必要だ。それはこのドライヴも例外ではなく、ISに搭載するからには通常よりも厳重に行うべきであった。
「だ、大丈夫なのか?」
「心配無用。ある程度は想像の範囲内よ」
用意の不足を嘆く暇はない。むしろ即座に強制解除されぬだけ僥倖と考えるべきであろう。別段、無理をして前向きに考えておる訳でもない。ただ事実として、悲観する要素など有りはせぬだけの話だ。
右手が発光、白柄の大太刀が握られる。
――大型近接ブレード、『
「一分で終わらせる」
眼前の警告ウィンドウが消え、背後からは瞠目の気配。
笑みを浮かべる。片方からでも信用されたのならば、応えなくてはなるまいて。
「曙、篠ノ之 椛――参る!!」
瞬時加速を発動。静から動に一転した機体は碧い円環を生じさせ飛翔する。
すぐさま敵機が此方目掛けて片腕だけとなったビーム砲を撃ち放つ。しかし、それは標的を捉える事は叶わない。通常のISより小型である事を鑑みても常軌を逸する機動力を誇る曙の足を止める事は出来ず、瞬く間に距離を詰めていく。
熱線を掻い潜りつつ敵機を観察する。喪失した片腕は一夏坊が斬ったのであろう。地に転がっているのは無茶をした代償か。いや、それよりも重要なのは斬られた切断面。そこには本来ある筈の夥しい出血ではなく、破損した機械類が原因の漏電があった。それが示すことはつまり――無人機。
……嫌な想像ばかり当たってくれる。ここまで迷惑を被ると流石に苛立ちが募る。
「――――!」
間合いまであと僅かとなり、私を正面に捉えた無人機が切り札を切る。左腕が変形。エネルギー消費量、反動、その一切合財を無視した
砲口に際立って暴力的な光が宿る。この距離から回避するなら一旦離れるのが常道。余程の機動技術を持っていなければ、此処から尚も前進する事など不可能である。
「はっ!」
「――――!?」
――だが、それはISの機動技術に限った話。生身の歩法は含まれぬ。
宙を踏み締め、傍目からすれば熱線と無人機を透過したかのように駆け抜ける。実を言えば反復跳びをしているだけであっても、目に留まらなければ認識する事など出来はせぬ。駆け抜け様に振り抜いた刃により、無人機の頭部が刎ねとんだ。
「――――!!」
センサー類が集約された頭部を失っても無人機は尚も止まらない。与えられた使命に従い、私を排除すべく砲撃の反動で紫電を上げる腕を振り上げる。だが、そこに意志は無いのだ。在るのはただ、命令に従う空虚な存在。
故に軽い。襲い来る剛腕を鎧袖一触、容易く切り裂いた。
「木偶が、地に還れ!」
右肩口からの袈裟懸けの一閃。両腕を失った無人機に防ぐ術は無かった。一瞬の硬直の後に力を失ったように落下してゆき……両断された体が完全に泣き別れになったところで、呆気なく爆発四散した。
「…………ふう」
一先ずは眼前の脅威を排除したことで一息つく。
とはいえ心休める事など出来ぬ。考えるべきこと、やるべきこと、羅列していけばそれこそ枚挙に暇がない。眼下で燃える無人機の残骸を見ているだけでも、気を抜けば嘆息が出てきそうであった。
――これは流石に看過出来ぬ。
内心で一つの決意を固め、行動を開始する。後始末すべきことは掃いて捨てるほどある。何時までもぼんやりしている訳にはいかなかった。
……取り敢えずは蓑虫の如く転がっておる一夏坊を救護するとしよう。放置していたことが知れたら千冬殿に怒られる。
相当の無茶をしたのであろう友人を助け起こすべく、私は曙を降下させていった。
――――――――――
――IS学園、地下五十メートルの機密区画。
薄暗い室内に真耶と共に入室すると、先の戦闘の記録映像に見入っていた人影が此方を向く。千冬殿に会長殿、双方ともに学園の守護に携わる者である。何時になく鋭い視線の二方に、私は重々しい声を発した。
「解析は終わった。案の定、無人機であったぞ」
「そうか。だが、それだけではないだろう?」
「まあな」
所属不明機の襲撃、及びその撃破から既に数時間が経過していた。あれから間を置かずに制圧部隊は到着し、状況を把握して迅速に事態の収拾のために動き出した。負傷者――と言えるのは一夏坊だけであったが――の治療も無事に完了し、学園全体が一先ずは落ち着きを取り戻したところで、問題は回収した侵入者の残骸へと移った。
私はその残骸の解析に駆り出された。直接交戦したこと、情報漏洩の心配が無い程度には信用があることなどが理由らしい。暗に完膚なきまでに破壊して解析を困難にした責任を取れと言われたような気もしたが、そこに言及するのは藪蛇か。
ちなみに恒延はこの場に居ない。今頃、担当の者に今回の件は他言無用と口酸っぱく言われておる最中であろう。
「……どういう意味かしら? 無人のISと言うだけで一大事だというのに、それ以上にまだ何か?」
会長殿が怪訝な顔をする。当然の反応だ。その疑問に答えるべく解析結果の仔細を報告する。
「まず前提が異なっておる。あれは自立稼働を可能とした無人機であったが、断じてISではない。AIを積んだ唯の機械――
「オートマトン……? でも、ISと何の違いがあるというの? この学園に侵入してみせたステルス性、攻撃能力……どれも遜色ないわ」
「そうでもないとも。オートマトンにはコアネットワークに接続する機能もなければ、絶対防御を発動する事も出来はしない。私に言わせれば、ISをISたらしめる機能が欠落しておる」
会長殿がはっとしたような顔をする。先ほどまで見ていた映像の中で、私が事も無げにオートマトンの頭部を刎ね、腕を斬り飛ばし、胴を両断していたことを思い出したのであろう。そのような事、IS相手には有り得ぬ。
曙の布津御霊はIS粒子の恩恵により通常の近接ブレードとは比較にならぬほどの攻撃力を誇るが、それでも絶対防御を貫通する事など出来はせぬ。唯一例外があるとすれば、リミッターを解除した最大出力の零落白夜のみである。
「成程な。それで肝心の回収した機体の状態はどうなっている?」
「修復は不可能であるな。どうやら破壊された場合、自爆するように設定されておったらしい」
「それ以前に博士が真っ二つにしちゃったのも大きいですけどね……」
真耶が渇いた笑みを浮かべながら付け加える。
痛い所を突いてくれる。仕方が無かろう、苛立ちの捌け口が欲しかったのだから。
「ま、まあ侵入者を逃がすよりはずっと良かったと思いますよ? あの無人機が仮に織斑君のデータを収集していたのなら、それをみすみす逃すような真似をせずに……」
「……いえ、みすみす逃してしまったかもしれません」
「ええ!? ど、どういう事ですか、更識さん!?」
会長殿の言葉に思わずと言った様子で大声を上げる真耶。直後、眉を顰めた千冬殿にじろりと睨まれて萎縮してしまう。睨みを利かした張本人はそのまま視線を会長殿に向けた。
「更識、説明しろ」
「はい。これは後になって聞いた話なのですが、例の無人機……オートマトンが破壊された直後に、太平洋方面に向けて離脱していく機影を何人かが確認していたようです。監視衛星の記録にも確認しましたが……どうやら水中に潜航したらしく、行方は定かではありません」
「……無関係ではないだろうな。椛、どう思う?」
ふむ……オートマトンが撃破されたと同時に離脱か。仮にそれが同型の機体だったとして、最初から二機で仕掛けなかった理由は……
「恐らくはデータ収集を担当していたのであろう。もしやしたら、ECMを発生させておったのも其奴かもしれぬな。無線通信が回復したのはオートマトンを撃破してすぐと言う訳ではなかったからには、別の下手人が居ったと考えるべきだ」
「そうね……はあ、やっぱり椛ちゃんも私と同じ結論か。参っちゃうわねぇ」
「織斑先生、学園で対策を……いえ、IS委員会に報告して助力を得るべきでは? きっと逃走した機体は首謀者に織斑君のデータを渡したに違いありません。それをどうするかは分かりませんが、何かある前にこちらから手を……」
険しい表情を浮かべた真耶が千冬殿に進言する。
委員会に助力を求めるとは大きなことを言う。彼奴らは欲の張った連中であるから助力を口実に何を求めてくるか分からぬというのに……それ程までに危機感を抱いておるという事か。
しかし、真耶の言葉に対して千冬殿は頭を振って答えた。
「その必要はない。この一件を起因として新たな問題が起こる可能性は低いだろう。浮き彫りになった警備上の問題点や、緊急時マニュアルの修正を行うだけで構うまい」
真耶と会長殿が目を見開く。二人とも千冬殿が希望的観測でものを言わぬ事を知っておるが故に、その予想が確信に近いものだと気付いたからだ。
「織斑先生……首謀者に心当たりが?」
「完全ではないが、な。裏を取り次第、説明しよう」
「……分かりました。後の事は先生にお任せします。山田先生もそれでいいですか?」
「はい、織斑先生なら安心してお願いできますから」
上手いこと纏まった様子を見てうむと一つ頷く。
これならば私はもうこの場に居る必要はあるまい。処置が簡単に進むとも限らぬ故、先にお暇させてもらうとしようか。
「では私は此処で失礼する。用があればまた呼んでおくれ」
断りを入れ、背を翻して退室しようとする。
しかし止められる。振り向くと、私の肩をがっちりと掴んだ会長殿がにっこりと笑っていた。
「あら、それなら早速用事があるの。あなたの専用機の事、詳しく教えてくれないかしら?」
……オートマトンの件で有耶無耶にならぬかと期待していたが、やはり無理があったか。「使う気はない」とか口先八丁で所有しておるのを誤魔化してきた努力も、これで水の泡か……後でセシリアにも問い詰められるのであろうなぁ。
一縷の望みにかけて千冬殿に目線で救援を求める。逸らされた。嗚呼、無念。
「うふふ……キリキリ吐けなんて言わないから安心していいわよ? 時間はたっぷりあるんだから、ゆっくりじっくり聞き出してあげるわ」
「……お手柔らかに頼むよ」
「御用!」と書かれた扇子を片手にクスクスと笑う会長殿に、私はそう返すのがやっとであった。
今宵は長き夜になりそうだ。私は観念してがっくりと肩を落とした。
――――――――――
――――とある秘匿回線通信の一幕――――
『――大変お待たせしました、椛様、恒延様。ただいま束様を連行してまいりました』
『ご苦労、クロエ……さて姉者よ、年貢の納め時であるぞ』
『まったく束ちゃんは学習しないんだから。派手な真似をすればこうなる事くらいわかりそうなもんだけどねぇ?』
『あ、あはは…………』
深夜、そのあらゆる傍受妨害を受け付けない専用の通信回線で、四人の人物が映像越しに顔を合わせていた。椛、恒延、そして束とその助手である銀髪の少女、クロエ・クロニクルである。
厄介ごとに巻き込まれた二人の静かな怒りに束は冷や汗をだらだらと流し、クロエは瞑目し我関せずと一歩下がっている。この助手、割と薄情だったりする。
『一応確認しておこうか。此度のオートマトンによる学園への襲撃、姉者の手によるもので相違ないか?』
『や、やだな~。束さんがそんなことする訳……あ、すいません。私の仕業です。ごめんなさい』
この期に及んで誤魔化しを図る束を椛の絶対零度の視線が射抜き、妹がガチ切れ寸前であることを察した姉はすぐさま平身低頭する。傍から見ている恒延からしてみれば呆れる他ない。
『やれやれ……で? 束ちゃんはどうしてあんな真似した訳よ? 何か考えがあっての事なんでしょ』
『も、もちろんだよ、ホンくん! 束さんが面白半分でお手製のオートマトンを動かす訳ないじゃない! あ、ちなみに機体名はゴーレムⅠって言ってね、宇宙開発用の作業機をちょこ~っと弄った奴で――』
『御託はいい。さっさと吐け』
『ひいっ!? りょりょりょ了解です!!』
まことにこの天災は学習しない。無表情がデフォルトのクロエも流石に溜息をついてしまうレベルの馬鹿者ぶりである。馬鹿と天才は紙一重とはよく言ったものだ。
情けない悲鳴を上げて作品自慢を中断した束は、ごにょごにょと口を動かして本題に入った。
『ほ、ほら、いっくんの今後を考えるとどうしても争い事とは無縁ではいられないでしょ? そういう時のために身を守れるよう訓練に励むのはいいんだけど、いざ実戦になったら動けなくなっちゃうかもしれない。そんな事にならないためにも、今の内から経験を積ませてあげようと思ったんだよ』
『……つまり、善意からの行動だとでも?』
『そのとーり! 言うなれば束さんからの愛の鞭だよ!』
『ふーん……まあ、一応筋は通ってるのかね』
胡乱げな目を向けられながらも、束は良かれと思っての事だと主張する。
他意があろうとなかろうと仕出かした事は覆らないが、正当な理由があれば椛の怒りも幾分かは治まるかもしれない。少しでも自分に是があったように取り繕う。妹が本気でキレた時の恐ろしさを知っている身としては藁にすがる思いである。
しかし、そんな姑息な真似は早々に無に帰せられた。今まで束の背後で沈黙を貫いていた助手によって。
『ちなみに、今回の件はゴーレムのAI学習に丁度いいものはないかとお考えになっていた時に思いつかれたものです』
『くーちゃん!?』
『あらら、嘘をつくなんていけない子だねぇ』
『…………』
『あのー……椛ちゃん? これはその、何と言うか……』
顔を若干俯かせて表情を見せない椛に束はしどろもどろとなる。もしかして怒りが一周回ってゼロになったのではないかと馬鹿な事を考えていると、酷く平坦な声が耳に届いた。
『作業用オートマトン、ゴーレム……以前に人前に晒すべきではないと言った筈だったのだがな』
『も、椛ちゃん……?』
『乱入した箒を撃つ選択をしたAI。無用に被害を拡大させる恐れのあるものを放つなど、愚かしい事この上ない』
『う……』
『そして曙の露見。奴らに対抗するための隠し札を晒す羽目になる事態を、自ら引き起こすとは何事か……!』
『うう……』
徐々に語気を荒げて糾弾してくる椛に束は萎縮するしかない。
だが、確かに利己的な目的が最初にあったとはいえ、一夏への善意(それが良い事かどうかは兎も角)があったのも事実な訳で。
『で、でも椛ちゃん、束さんだって良かれと思って……』
つい、そんな言い訳をしてしまったのが運のつきだった。
『黙れ! このうつけ者がぁ!!』
『うひぃ!?』
『お主は何時も何時も傍迷惑な事を仕出かして! いったい誰が尻拭いをする羽目になっておるか分かっておるのか、ええ!? 此度に至っては曙が露見したおかげで余計に面倒なのだぞ! そもそも姉者は――!』
『……時間かかりそうだねぇ』
烈火の如く激昂した椛に、恒延は処置なしとばかりに頭を振る。こうなってしまっては彼女が静まるまで放置しておくしかない。それに晒される束は自業自得につきご愁傷様だ。
椛が溜めに溜め込んだ鬱憤を晴らすかのように束に説教するのを、恒延とクロエはぼんやりと眺める。そんな中、新たに回線に接続した人物がウィンドウに映し出された。
『皆さん、こんばんは……おや、お取込み中でしたかな?』
『おー、シュヘンベルクの爺さん。見ての通り椛ちゃんの説教タイムなんで、もうちょい待ってくれや』
『こんばんは、ヴェルナー様。お仕事はよろしいのですか?』
『ほっほっほ、ご心配には及びませんぞ、クロエさん。爺めにかかれば書類の山程度ちょちょいのちょいですからな』
そう朗らかに笑う白髪白髭の老紳士。名をヴェルナー・シュヘンベルクという。その姓から分かる通り、かのイオリア・シュヘンベルク博士の子孫にあたる。もっとも、本人は科学者ではなくドイツで公務員をやっているのだが。
そんな彼に怒られながらも目敏く気付いた束は助けを求める。
『笑ってないで助けて、ヴェル爺! 束さんのライフはもうゼロよ!』
『手を出してくれるな、ヴェルナー殿! 今日という今日こそは、この馬鹿姉者の精根を叩き直してくれる!』
『ふむ、困りましたね』
両者から正反対の願い出をされてしまっては迂闊に手を出せない。ヴェルナーは恒延のそれとは違う綺麗に整った白髭を撫でながら思案気な顔をする。
『椛さん、取り敢えずお説教は中断して頂いてよろしいですかな。束さんを庇う訳ではありませんが、私も忙しい身なので何時までも話し込んでいる訳にはいきませんので、先に用件を済まさせてもらいたいのです』
『む……ならば致し方あるまい。お主の話を無碍には出来ぬからな』
一先ずは説教から解放されて束がホッと息をつく。
しかし甘い。怒り心頭となった椛がこの程度で引き下がるわけがない。
『姉者よ、先にこれを送っておくぞ』
『へ? なにこれ?』
椛から束に何やら文書が添付されたメールが送りつけられる。説教が終わったという安心感があったせいだろうか、束は特に警戒もせずにそれを表示し……直後、ピシリと硬直した。
そこに書かれていたのは数字の羅列。より具体的に言えば、破損したアリーナ設備の修繕費やら生じた損失やらを並べ立てたものである。その総計が、気が遠くなるような単位となっているは想像に難くない。
『学園長と交渉して如何にか金銭で解決できるようにしてやったのだ。余すことなく払うがよい』
『あの、ゼロが一つか二つばかり多いかな~って……』
『現実逃避はよろしくないかと。表示されている金額は――束様の全財産の四分の三といった所でしょうか』
『それと口止め料は別途となっておる。其方については追って沙汰を伝えよう』
最早、これからの生活が侘しくなるのは確定的である。束は目の前が真っ暗になった。
『そろそろ話し始めてもよろしいですかな?』
『うむ、待たせた』
『ちゃっちゃと済ませちゃいましょ。オッサン、いい加減に眠くなってきたわ』
そして真っ白に燃え尽きた彼女に目もくれない友人たち。揃いも揃っていい性格をした者たちである。
『では報告を二つほど。どうやら《彼ら》がイギリスで動きを見せているようです。恐らくは数年前の「アラクネ」と同じように、新型ISの強奪を画策しているのではないかと』
『また? 奴さんらも飽きないねぇ。今のイギリスの新型といえば、ブルーティアーズだっけか?』
『……その二番機、「サイレント・ゼフィルス」であろうな。ビット機能を更に強化しているのだとか』
『ええ、それですね。情報を掴んだはいいのですが、どうにも手をこまねいていまして。どうしたものでしょうか?』
『正直、手が出せぬな。奴らはいつも通り軍部との繋がりを利用して奪取していくのであろうが、それに対して我々は対抗手段を持たぬ。そもそもイギリスとはあまり付き合いが無いが故にコネもない。事態の静観が精々であろう』
『歯痒い話だねぇ、ホント』
ふうと三人で溜息をつく。敵の所業を黙って見過ごす事しか出来ないというのは非常に口惜しいが、これに限っては仕方がない。軍関係のコネクションはあちらの方が上手なのだから。
殴り込んで強奪しに来るのなら幾らでもやりようはあるのだが、秘密裏の内に事を運び、あくまで自然な形で持ち出されてしまってはどうしようもない。それが自分たちとは関わりのない所とくれば尚更である。
『まあ、目だけは離さない様にしておくということで。次の報告に移りましょうか』
『おー、巻いていこうか』
『実は政府の方から、我が国からもIS学園に代表候補生を派遣しようという話が持ち上がりましてね。そちらについて一応は椛さんにお伝えしておこうかと』
『またか。一夏坊は相当人気のようであるな』
『ほっほっほ、そうですね。つきましては私の方からラウラ・ボーデヴィッヒ少佐を推薦させていただきました』
『…………!』
その名を聞いてクロエが反応を示す。驚きにより閉じた瞼がわずかに開き、黒の強膜と金の瞳を露わにする。その様子を見てヴェルナーは優しげに微笑んだ。
『ふふ、やはり妹の事は気になりますかな?』
『……そうですね。私はもう彼女たちとは別の存在になってしまいましたが、それでもかつての同胞が気懸かりではないと言えば嘘になります』
『なら会いにでも行けばいいじゃないのよ。後ろ暗いことなんてなーんにもないでしょうが』
『ええ、まあ……機会があればという事で。束様のお世話もしなければいけませんし』
そう言ってチラリと視線を投げかけた先には、渇いた笑い声を上げながらどこかにトリップしている主人の姿。どうやら、もうしばらくの間は現実に帰ってきそうにない。
『……すまぬ、手間をかけるな』
『いえ、お気になさらず。それよりもヴェルナー様、どうしてボーデヴィッヒ少佐をご推薦に?』
『私の手の内の者というのもありますが、どうにも彼女は世間知らずに過ぎる。それならば、IS学園で軍隊以外の生活を経験させるのも良いのではないかと考えた次第です。ちょうど頼れる元教官もいらっしゃることですしね』
『ああ、そういや千冬ちゃんドイツで教官やってたことあったな。その時の教え子って訳か』
ポンと手を叩き納得した様子の恒延にヴェルナーが頷きで肯定する。
親切な事だ、と椛は思う。自分たちで潰した研究の被験者たちを引き取ってごく普通の生活を送れるよう尽力しただけにとどまらず、軍に残ることを選んだ者の行く末も気にかけているのだから。当然と言えばそうかもしれないが、実行できる者は思いの外少ないものだ。
『機体の整備が終わり次第、そちらに出立する予定です。ご迷惑をおかけするかもしれませんが、お願いできますかな?』
『微力を尽くそう』
だからこそ椛はヴェルナーを信頼している。この程度の願い出など断る筈が無かった。
『後お伝えする事と言えば……そういえば、フランスが何やらコソコソ動いていましたな』
『別にほっといてもいいんじゃないの? 奴さんら関係じゃないなら』
『あの国はイグニッションプランに参画出来ずにおるからな。恐らくはそれ関連であろう。私たちには直接関係はないと思うが』
『それもそうですね。では問題が無い限りは放置という事で……おっと、そろそろお暇しなければいけませんな。今日はこれまでとしましょう』
『束様、いい加減帰って来て下さい』
『うふふ……ゼロがいっぱい……ゼロがいっぱぶふぅ!?』
何処から取り出したのか、クロエが右手に持ったハリセンで思いっ切りしばかれ堪らずつんのめる束。その衝撃は彼女を現実に連れ戻すには十分だったらしい。
『え、あ、うん! じゃあ今日は解散! お疲れ様!』
『待て姉者、悪いがまだ返す訳にはいかぬぞ』
『まだお説教するつもりなの椛ちゃん!? もういいでしょ! 束さんに平穏をちょうだいよ!』
すぐさま去ろうとするも、椛に呼び止められ激しく動揺する。それ程までに説教と請求書の連続攻撃に束は堪えていた。そもそも平穏を乱したのは自分なので、誰の目から見ても自業自得としか言えないのだが。
『いや、用があるのは私ではなく……ああ、来たな』
『え…………』
そこに新たに立ち上がる通信ウィンドウ。
この秘匿回線に接続できるのは、この場に居るものを除けばあと二人。そのうち一人は多忙につき顔を出せないと連絡を受けている。ならもう一人が接続してきたのが自明の理と言う訳で。
『たーばーねー……!』
『ひ、ひいいぃぃっ!?』
憤怒の形相で自分の名を呼ぶ戦乙女に恐怖するのも、また当然の事だったのだろう。
『貴様ぁ……もしや生きて明日を迎えられると思っていたか……?』
『ととと当然じゃない! い、いくら殺気を叩きつけられても画面越しならダメージなんて発生しないもんね! ちーちゃんだって次元跳躍攻撃なんて出来やしないでしょ!』
だがまあ、鬼神がいるのは画面の向こう。物理的な制裁を加える事はどう考えても不可能だ。そのおかげもあって束も虚勢を張ることが出来たのだが……
『ああ、そうだな……なら間接的にやるまでだ。クロエ!!』
『畏まりました』
『え』
その前提はあまりにもあっさりと覆された。
『痛たたた!? くーちゃん、折れる! 束さんの腕が折れちゃう!』
『申し訳ありません、束様。しかしご理解ください。私とて命は惜しいのです』
見事な関節技を極めながらしれっとそう嘯くクロエ。もう一度言っておこう。この助手、割と薄情である。
『えー……それでは私たちはこれで失礼いたします。どうぞ、ごゆっくり』
『お疲れっしたー』
『さらばだ、姉者よ……生きていたらまた会おう』
『ちょっ、助け……!』
『聞く耳持たんな……! クロエ、コブラツイスト!!』
『
『ふんぎゃああぁぁーーーー!!?』
そそくさと回線を切っていく他三人。下る冷徹な命令とそれに応える機械的な声。阿鼻叫喚の断末魔。
――まあ、これも彼らにとっては日常的な光景である。