IS ‐もののふ少女伝-   作:お倉坊主

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皆さん、お久し振りです。別作品に現を抜かして約十カ月もこちらを放置していたお倉坊主です。
まあ、好きなものを書いていた結果として放置していた訳なんですけれども、やっぱりこっちもこっちで書いていて楽しいなとこの機に再確認できたので、自分の中では一度離れてみて良かったとも思っています。今後も不定期ながら更新していくつもりです。
ただでさえ更新が遅いのに二足の草鞋を履くという無謀極まりない私ですが、それでもよろしければ今後ともお付き合いください。


第二十四話 例え力及ばずとも

 六月最終週、IS学園には週初めより学年別トーナメントの熱気が渦巻いていた。

 このイベントのために学園には今、様々な人物が訪れている。企業の重役に研究員、各国の代表候補生関係者に来賓、その他諸々といった具合だ。学年ごとに趣旨は異なるとはいえ、機体性能、操縦者の技量を明確な形で測ることが出来る機会であることには違いない。盛況となるのも無理はなかった。

 無論、それは生徒側も承知している。企業または国から支援を受けているものは、その期待に応えるべく全力を尽くすだろう。そして一般生徒にとっては自身の能力を売り込むチャンスでもある。もし目に留まれば、憧憬の対象である専用機にも手が届くかもしれないのだから。

 その意気込み、大変結構。己の目的に向かって邁進する姿は好ましく映る。

 ただ、私個人はこの客人が数多訪れている状況に気苦労を感じてしまっているのだった。

 

「手間を掛けさせて済まぬな、簪。客席にいては色々と面倒故」

「それは構わないけど……私も、あまり人混みは好きじゃないし」

 

 まだ人も疎らなピット。そこに私と、今回コンビを組むことになった簪はいた。

 本来ならば、まだ更衣室で着替えているか、着替えたとしても自分の試合が近付くまで観客席にいるような時間。そもそも、まだ対戦表すら開示されていない。急遽タッグ戦に変更した影響でシステムが動作しなかったのだとか。

 何にせよ幾分と気が早くピットに赴いた理由は至極単純。この機にIS学園を訪れている客人たち、その中でも私に寄って集ってきそうな連中の目から逃れる為である。

 

「やはり曙を陽の目に晒したせいか。彼奴等、少しでも情報を引き出そうと付き纏わんとする気配を隠そうともせぬ。身を忍ばせた方が上策よ」

 

 先月の騒動で秘匿を解かざるを得なくなった私の専用機、曙。IS粒子の試験運用機でもあるこの機体の存在を聞きつけて、研究者連中もお偉方も放っておく訳がない。人のことを探し回る気配を感じ、一足先にピットに引っ込んだ次第だ。

 肩を竦める私を見て、簪が呆れたように溜息をつく。最近、彼女も態度に遠慮が無くなってきた気がする。

 

「でも、それって問題の先送りにしかなっていないんじゃ」

「どうせ試合は見せることになるのだ。そこから勝手に情報を得て、勝手に理解して満足するであろうよ。後はトーナメントが終わるまで見つからなければいいだけのこと」

「要するに、引き籠り」

 

 ボソッと呟いた言葉が胸に刺さる。的確なだけに返す言葉もない。

 籠城も立派な戦術の一つ。そう胸中で言い訳しながらも、苦笑と共に口を開いた。

 

「まあ、これは私に都合でしかない。試合前までに集まればいいのだし、お主は客席で本音らと居ってもいいのだぞ」

「……ううん。いい」

 

 簪は首を横に振る。何故か、と視線で尋ねる。

 

「一応パートナーだし、トーナメントの間くらいは付き合う」

 

 理由であるようで理由になっていないその言葉に、私は「そうか」と頷くに留めた。彼女は彼女で、何か思うところがあるのだろう。

 諸々の事情によりタッグ戦に変更となった今回のトーナメントで、組んでくれないかと申し入れてきたのは簪の方からだった。私より従者であるという本音の方が適任ではないかと思わないでもなかったが、拒む理由も無かったのでこうして共にいる。

 姉の事を思い起こされる近しい者よりも、私のように付き合いが浅い方が今はいいのかもしれない。適当に推論を下し、そこで考えるのは止めた。下手に立ち入る事もないだろう。

 

「ういーっす。椛ちゃん、いるかぁ」

 

 試合まで瞑想でもしていようか。そう思った瞬間、気の抜ける声がピットの入り口から響く。ボサボサ頭の黒髪と、しっかり撫でつけられた白髪がそこに並んでいた。

 うろうろされても困るので手を振ってやる。白髪の方が「おや、そちらでしたか」と気付いた。

 

「いやはや、お久し振りです。通信は何度かしましたが、直接会うのはいつ振りでしょうか……」

「一年と三月ばかりといったところか。ヴェルナー殿は壮健で何より」

「椛さんこそ、改めてお会いするとお美しく成長なさった。爺めの健康より余程喜ばしいことです」

 

 近づくや否や、丁寧に挨拶するヴェルナー殿。通信でも分かっていた事だが、其の几帳面さに変わりはないようだ。相変わらず世辞も上手い。

 

「おーい椛ちゃん、オッサンには何か言うことないのかよ?」

「お主は一月前に会ったばかりであろう。強いて言わせてもらうとすれば、二十代後半で背を丸めるでないわ。もうちっとしゃんとせい」

「アウチッ!」

 

 何やら文句をつけてくる恒延は無理矢理に背を正してやった。隣の老体はしゃんと背を伸ばしているというのに、其れより四十は下の男が猫背とは情けない。何やら背から小気味のいい音がしたが気にする必要もなかろう。

 急にやって来た友人二人とじゃれ合うが、ふと背後に視線を感じて振り返る。内気な少女が所在なさ気にそこに居た。男二人も其れに気付く。

 

「や、これは失礼お嬢さん。急にお邪魔して申し訳ありません」

「あっ、い、いえ……その、お構いなく……」

「オッサンたち仕事ついでに腐れ縁の応援に来ただけだから、あんま気にしなくてもいいのよ。あ、オッサンは中国でしがない研究員やってる李 恒延っていうもんね」

「私、ドイツの代表候補生管理官を務めさせていただいているヴェルナー・シュヘンベルグと申します。どうぞ、よろしく」

「だ、代表候補生の更識 簪です。こちらこそ、よろしく……え?」

 

 戸惑いつつも名乗り返そうとして、簪はポカンと口を開いてしまう。打ち上げられた魚のように口を開閉させる彼女に此方も首を傾げる。何か驚くような事を言っただろうか?

 どうも恒延の方に注目がいっているようなので、お主何かしたのかと目を遣れば、オッサン何もしてないってばと同じく目で返してくる。ますます理由が分からない。

 恐る恐るといった様子で簪が言葉を紡ぐ。其の瞳には畏れの他に若干の期待が含まれているように窺えた。

 

「もしかして……『基礎骨格構築論』の李博士ですか?」

「うん。そりゃ確かにオッサンが昔に書いた論文だけど、よく知ってんねぇ。地味な内容だからあまり見向きされなかったんよ、それ」

「椛博士の研究室に所蔵されているのを見させてもらって、その、私の専用機開発にとても参考になる部分が多くて……お、お会いできて光栄ですっ」

 

 ほぉー、と感心した声を漏らしながら恒延は私の方を見る。一夏坊の件の煽りを受けてしまったので、其の詫びに場所を貸している旨を説明してやる。ちなみに今回、彼女は訓練機での参加だ。専用機は使えなくとも腕は鈍らせたくないそうな。彼は成程ねぇ、と頻りに頷いた。

 

「オッサン、頑張っている子は割と好きよ。どうよ、鈴ちゃんの試合が始まるまでだったらレクチャーしてあげてもいいけど」

「え……で、でも、そんなご迷惑をお掛けする訳には……」

「いいからいいから。ほれ、あっちで座って話しましょ」

 

 突然の申し出に慌てふためく簪の背を押し、恒延はピットの端の休憩スペースに闊歩していく。ずぼらな見た目の割に彼は面倒見がいい。傍から見れば、怪しい男が女子高生を奥まった所に連れて行くという事案物の光景だが。

 まあ、妙な性的嗜好を持ち合わせている訳でもないし、此方としても有り難いので任せておくとしよう。似合わないウィンクを振り向き際に送ってきたのも、そういう意図があっての事なのだろうし。

 軽く周囲を見渡し、問題が無い事を確かめる。声音を落とし、隣の老翁に問い掛けた。

 

「それで、其方はどうなっておる?」

「査察の用意は整っています。ただ、向こう側に引延しを図られましてな。部下に任して此方に来る事になってしまいました。念のため部隊も待機させておりますので、大丈夫だとは思うのですが」

 

 端的に問うのは先日、通信で交わした研究所の件。ボーデヴィッヒの専用機、シュバルツェア・レーゲンに何かを仕込んだと思しき連中の調査の進捗状況である。

 聞く限り、順調とは断言できないようだ。引延している間に証拠の隠滅しているのかもしれないし、逆に抵抗の準備をしているとも考えられる。とはいえ、決定的な証拠がない以上、査察を強行する訳にもいかないのだろう。ヴェルナー殿の表情は芳しくない。

 

「私の方でも、修理を手伝うという名目で少し確かめてみたのだがな」

「ほう、いかがでしたか?」

「何かがあるのは確かだ。が、そこから先には易々と通してくれぬ。下手したらレーゲンがお釈迦になりかねん。その場では手を出せなかったよ」

 

 模擬戦の後、態度がやや軟化したボーデヴィッヒに接触し、なんやかんや言い訳を弄してレーゲンの状態を確かめたが、其処に秘されたものを即座に解明するのは不可能だった。

 ただでさえ巧妙に隠されている上、不用意に手を出そうものならISのシステム自体が瓦解しかねない念入りな代物。余程、性根の悪い奴が仕込んだに違いない。言い訳を弄して触っている身には、とても其れに着手する時間も余裕もなかった。

 時間を掛ければ解明できない事もない。だが、其れは担い手に新たな問題を呼び込む事にもなるだろう。

 

「ふむ……今からでも私がラウラさんに言って精密調査する事にしましょうか? トーナメントは棄権する事になってしまいますが……」

「考えなかった訳ではないがな、今のボーデヴィッヒは頑なさが薄れた分、盲信しておった支えを失って不安定になっておるとも言える。其処から専用機を取り上げるとなれば悪影響になりかねぬ」

 

 私はボーデヴィッヒに「力」を求める以外の「強さ」の道を示した。其れは間違いではないと思っている。

 しかし、人はすぐに変わることは出来ない。今の彼女は言うなれば蛹から蝶になろうとする途上にある。内面は不安定であり、外部からの刺激を受け止める準備が出来ていない。不用意な干渉は後に禍根を残す可能性がある。

 多くの専用機持ちにとって、専用機とは自身の能力の証明にしてアイデンティティーである。其れは彼女も変わるまい。時期的にレーゲンを手放させるのは良い判断とは思えなかった。

 

「一応、手は回して保険を取り付けておる。何かあったとしても大事にはならぬであろう」

「ならよいのですが……やはり、何も起きてほしくないものですな」

「然り。平穏無事が最上よ」

 

 二人揃って大きく溜息をつく。何もなければ、こうして裏でコソコソしなくても済むのにと。

 若干憂鬱な心持ちでいると、視界の端で壁面に備え付けられたモニターの画面が切り替わる。どうやら対戦表が決まったらしい。

 何となしに其れに目を走らせ……よりにもよって左端の第一試合の組合せに、再び嘆息した。

 

「しかして、運命とやらは我らに苦難を求めるか。忌々しい事よ」

 

 織斑 一夏-シャルル・デュノア対篠ノ之 箒‐ラウラ・ボーデヴィッヒ。明らかに何か起こりかねない空気が其れには漂っていた。

 

 

 

 

 

―――――――――――

 

 

 

 

 

「まさか一回戦で当たることになるなんてな……まあ、よろしく頼むぜ」

「……ああ」

 

 一夏とボーデヴィッヒさんが試合前の挨拶を交わす。どこかぎこちない雰囲気、だけど険悪という程でもない。その光景に僕は内心で首を傾げる。

 一夏の方はともかく、ボーデヴィッヒさんはもっと好戦的だと思っていた。二度に亘って一夏と戦おうと仕掛けてきたし、椛博士とも派手にやり合っていた。苛烈という印象を持つには十分だったし、それは今回も同じなのだろう、と。

 けど、目の前の彼女は静かなものだ。敵愾心とでも言うのだろうか。それが内に秘めている訳でもなく、本当に窺えない。覇気がない、という表現が一番しっくりくる状態だ。

 僕と同じ感覚を抱いたのだろう。隣の一夏も不思議そうな顔をする。深く尋ねるような事はしなかったけれど。

 

「箒さんも、どうぞよろしく」

「無論だ」

 

 僕が相対する箒さんも、どこか取っ付きにくい。彼女とあまり付き合いが深いと言う訳でもないけれど、ここまで取り付く島がない性格だっただろうか。いつもはもう少し感情豊かなはずだったのだけど……

 ううん、と首を横に振り頭に渦巻く疑念を振り払う。余計なことを気にしていたら勝てない。様子がおかしいとはいえ、ボーデヴィッヒさんが強敵であることには変わりないのだから。

 一夏にとっては少なからず因縁のある相手だ。そうでなくても、一回戦で敗退するのは悔しい。僕も一夏も、勝とうとする気持ちだけは人一倍あるつもりだった。

 

「一夏、準備はいい?」

「ああ。打ち合わせ通りに、だろ。任しておけ」

 

 試合開始までのカウントダウンの最中、確認するように問い掛ける。僕のパートナーは自信満々に頷いた。

 そう、大丈夫だ。タッグを組むことになってから、出来るだけの努力はした。後は全力を出し切って戦うことが出来れば勝てない相手じゃない。

 漠然とした不安を振り払い、目の前の試合へと集中する。試合開始を告げるブザーが鳴り響いた。

 

「いって、一夏っ!」

「おおっ!!」

「来るか……」

 

 火蓋が切って落とされると同時に、一夏がボーデヴィッヒさんに向けて突っ込んでいく。開始直後の急速接近、そして近接戦への移行。それに相手もプラズマブレードを展開して応じる構えを見せる。

 レーゲンの第三世代兵装、AICで迎え撃たれた場合に備えて援護射撃の準備をしていたけれど、その必要は無さそうだ。僕は僕の役目を果たすべく、もう一人の対戦相手と向かい合う。

 対戦表が決まって、即席で考えた作戦はこうだ。まず一夏がボーデヴィッヒさんに近接戦を仕掛け、可能な限り時間を稼ぐ。椛博士との試合を見た限り、AICは距離が近いとそう易々と使えないようだ。無理をしなければ、ある程度の膠着状態は保てる見込みがあった。その間に僕が箒さんを撃破し、続いてボーデヴィッヒさんを二対一で封殺する。これが一番、勝算が高い方法だ。

 

「さあ僕らも始めよう。悪いけど、後が詰まっているからね。速攻でやらせてもらうよ」

 

 一夏から箒さんは気性が激しい方だと聞いている。挑発すれば必ず乗ってくるはずだ、とも。

 だからこその喧嘩を売るような言葉。一夏の方に向かわせず、一対一に持ち込むための口撃。学園に潜り込むために手に入れた身分とは言え、僕は仮にも代表候補生だ。一般生徒に負けるつもりは更々なかったし、それが冷静さを欠いた相手であるなら尚更だ。

 

「急かさずとも、そのつもりだ」

 

 けど、彼女の反応は思っていたものと違っていた。激する訳でもなく、淡々と僕の前に立ちはだかる。打鉄の近接ブレードを展開し、静謐にさえ感じられる構えを取る彼女は、どう見ても挑発に乗っているようには思えない。ちら、とボーデヴィッヒさんと打ち合う一夏を一瞥し、僕へと視線を戻す。

 

「男とはいえ代表候補生、並以上の実力は持っているのだろう。それに今の私がどれだけ喰い付けるのか……試させてもらうぞ」

 

 無意識のうちにごくりと息をのむ。僕を見つめる瞳が、獲物を見定めた猛獣のようにギラギラと光っていたから。

 一拍おいて、彼女は「それと一つ」と付け加える。

 

「篠ノ之を、舐めるな」

「え――っ!?」

 

 瞬間、彼女は僕の目の間にいた。

 大上段から振り下ろされた近接ブレードをまともに喰らい、吹き飛ばされて地面を転がる。なんとか体勢を立て直して正面を向く。相手は攻撃の手を緩めるつもりはないらしく、追撃するべく接近してくる。

 

「どんな手品か知らないけど……!」

 

 目は離していなかったはずだ。それでも接敵を感知できず、初撃を許してしまった。

 タネは分からない。だが、今はそれを重視するような時ではない。追撃を許さず自分の距離を保ち、ペースを取り戻すことが最優先だ。

 幸か不幸か、派手な一撃を喰らって距離はそれなりにある。まずは接近を止めるべく、アサルトライフルを撃ち放つ。防御するか、回避するか。どちらにせよ接近は中断するはず。そう思っていた。

 

「だから舐めるなと……言っている!」

「はあっ!?」

 

 だから苦も無く銃弾を弾き飛ばし、尚も接近する姿に驚愕した。

 

『ちょ、ちょっと一夏!』

『むおっ! くっ! どうしたシャルル! あんまりこっちは余裕ないぞ!』

『なんか箒さんが銃弾を弾き飛ばしてくるんだけど! 聞いていた話と違うよ!?』

 

 射撃を続けながら後退し、大慌てで通信を一夏に繋げる。ボーデヴィッヒさん相手に必死に喰らい付いているのだろう。苦しげな声が漏れるのが聞こえたが、それでも問い詰めるように聞かずにはいられなかった。

 あんな大道芸じみた真似をする相手だなんて聞いていない。一夏は椛博士と比べたら普通だと言っていたはずなのに。

 

『え、銃弾を弾くくらい普通だろ?』

『Oh! Mon Dieu!』

 

 そんな僕の心中など察することなく、さも当然のような一夏の返答に母国語が飛び出したのは仕方の無い事だろう。僕のパートナーは非常識に頭を毒されてしまっていた。

 嘆きの言葉を口にする間にも箒さんは近付いてくる。迫り来る非常識という名の現実に対抗するべく、僕も次なる手を打つ。

 僕の十八番、高速切替(ラピッド・スイッチ)で間髪入れずに展開したのはショットガン。箒さんは突如として得物が変わった事に目を見開くけど、すぐに動きを変えることは出来ない。引き金に力を籠め、彼女を面射撃に晒した。

 直線での射撃が弾かれるのなら、面射撃で制圧してしまえばいい。そう考えた僕は間違っていなかった。彼女は夥しい数の弾丸に対応しきれず、打鉄の装甲には着弾の火花が散る。

 

「肉ならくれてやる!!」

 

 けど、箒さんは尚も止まらない。肩の装甲を盾代わりに驚異的なスピードで突っ込んでくる。瞬時加速(イグニッション・ブースト)。そう気付いた時には強かに体当たりを喰らっていた。

 

「はああああああっ!!」

 

 視界を埋め尽くしていたボロボロの装甲が外れた途端、今度は別のものが僕の視界を奪う。鋼によって形作られた、打鉄の無骨な手。頭を正面からむんずと掴み取ったそれは勢いのままに僕を地面へ叩き付ける。

 衝撃に息が詰まる。このままじゃ不味い、ただその一念で拘束を外そうともがく。そして顔面を覆う爪先の間から見えた光景に戦慄した。

 逆手に握られた近接ブレード。馬乗りになるように僕の上を取った彼女。装甲に守られない首の一点に狙いを定めた目。その瞳に宿る殺意。僕は反射的に手榴弾を展開し、そのピンを抜いていた。

 間を置かずに起爆。爆風が僕たちの身体を押し飛ばし、密着していた状態から距離が離れる。ほぼ自爆ではあるけれど、なんとか絶体絶命の状況から脱した僕は体制を立て直す。

 

「げほっ……まったく、普通だなんて丸っきりの嘘じゃないか……ああ、怒りやすいっていうのは本当だったかな」

 

 爆発の余波により、もうもうと立ち込める煙の奥を見据えながら悪態をつく。

 今の一連の流れで分かった。彼女は特別、操縦技能に長けている訳ではない。他の一般生徒に比べたら上手いかもしれないけど、まだまだ粗が見える。僕やセシリア、鈴といった代表候補生の方にまだ分があるだろう。先ほどの瞬時加速だって一夏と同じように直線的な動きでしかなかった。

 けど、それを補って余りあるものが彼女にはある。銃弾を容易く捌き切ってみせる剣術、面射撃の圧力に怯みもせずに突っ込んでくる胆力、剣だけに頼らない柔軟性。いずれも一朝一夕で身に付けたものではないだろう。きっと日々の鍛錬の末に習得したそれらは立派な脅威だった。

 ただそれ以上に、僕は彼女が恐ろしかった。不意打ち気味とはいえ、自分に少なくないダメージを与えた彼女の技術が、ではない。もっと根源的な部分、彼女の精神性が僕は怖い。

 

「とんだ鬼武者だよ、君は……!」

 

 煙の奥からゆらりと彼女が姿を現わす。粉塵が薄らと姿を隠す中、爛々と輝く瞳は彼女の意思を分かりやすいほどに物語っていた。

 ――お前を倒す(コロス)

 内に秘めた激情。それを全て僕という敵を倒す意志に転換し、確実に仕留めようとしてくる。そこに遠慮もなければ、普通なら存在するはずの人を傷つけることへの躊躇いもない。今の彼女には、僕を斬るという一念しかないのだ。

 おっかない同級生が切っ先を向けてくる。僕は一筋縄ではいかない事を覚悟した。

 

 

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 

 

 袈裟懸けの一撃が容易くいなされ、返す刀の逆袈裟も軽々しく打ち払われる。生じた隙に放たれた手刀の一閃を、首を逸らすことで躱しながらも、俺は必至の思いで近距離を維持する。ラウラの表情に変化はなかった。

 試合が始まってどれくらい経っただろうか。もう十数分は経ったかもしれないし、まだ数分も経っていないかもしれない。それを確かめる余裕もないほどに、俺はラウラ相手に喰らい付くことに集中していた。距離を離されたら負ける。ただその一念の下に。

 優勢は築けていない。俺の攻撃は悉く防がれ、有効打を与えることが出来ていない。むしろ時折繰り出される反撃で俺の方がダメージを負っていた。

 それでも押し込まれてはいない。手も足も出ずに叩き潰されることもなく、この一年生で最高クラスの操縦者と渡り合えている。傍から見れば、そう見えるだろう。

 だが、俺の胸中は焦燥に満ちていた。

 

(糞……どうして攻めてこないんだ……!)

 

 先日の椛との試合、あれで見せた光の剣舞こそが彼女の全力と考えて間違いないだろう。俺などでは及びもつかない、少しでも油断したらあっという間に伸されてしまいそうな力量差。それだけの実力がラウラにはある筈だ。

 それなのに今の彼女は攻めてこない。俺の攻撃を受け流し、たまに反撃を加えてくるだけ。前に試合を無理やり申し込まれた時のような敵愾心が、俺を倒そうとする意志が感じられない。無表情のまま淡々と攻撃を受け止める彼女に違和感ばかりが募っていく。

 作戦の事を考えれば、悪い状況ではない。俺がラウラの足止めをしている隙にシャルルが箒を倒し、その後に二対一に持ち込んで勝負を制する。このままなら足止めの役目は十分に果たせるだろう。

 だが、俺の心は現状を維持するよりも、耐え切れなくなった違和感をかなぐり捨てようとする側に傾いてしまった。

 

「っ……おおっ!!」

 

 零落白夜を発動し果敢に斬りかかる。触れるだけでシールドエネルギーを削るこれなら防ぐことは出来ない。今の何を考えているか分からないラウラも、何かしらの反応を示さなければならない筈。

 結果から言えば、その考えは間違っていなかった。確かに彼女は動きを変えた。

 白刃を振り下ろそうとする腕が、動かない。宙に縫いとめられた俺の右腕にラウラの右掌が向けられていた。

 

「……やはり、弱い」

 

 噛み締めるようにラウラが呟く。この近距離で正確にAICを発動されたことに驚愕していた俺の耳にもそれは届く。

 侮蔑している、というようには感じられなかった。どういう訳かその声音には困惑が見え隠れしていた。

 

「どうして力が無いのにお前は必要とされる……私には無い強さが、お前にはあるというのか……?」

「な、何を……」

 

 何を言っているんだ。そう言おうとして、言葉に詰まる。何も浮かんでいなかった表情が変わるのを見てしまったから。

 

「分からないんだ。どんなに考えても、私がどのように『強く』あればいいのかが……!」

 

 千冬姉に言い縋っていたラウラの姿が思い出される。あの時の去りゆく小さな背中。今の彼女は、あの時と同じだ。その顔は帰り道が分からなくなってしまった幼子のように歪んでいた。

 何を話すべきか分からない俺は、ラウラに返す言葉を持たない。そして彼女も言葉による返答を望んでいた訳ではないのだろう。

 茫洋としていた瞳に色が宿る。懊悩するがあまり抑え込んでいた感情が、思考の袋小路に迷い込んだ末に爆発したかのように溢れ出てくる。目尻が吊り上げられ、俺を睨みつける。

 

「お前が必要とされる理由があるのなら……お前に『強さ』があるのなら示してくれ! ドクトルがそうしたように!」

 

 瞬間、レーゲンの脚部が振り上げられ蹴り飛ばされる。右腕を拘束された状態では回避も防御も儘ならず、もろに喰らって吹っ飛ばされた俺は地面を転がる。態勢を立て直した頃にはプラズマブレードの手刀が迫って来ていた。

 舌打ちしつつ雪片弐型を構え直す。何が理由かは分からないが、ラウラを本気にさせてしまったらしい。俺は来る猛攻に備え身構える。

 

「何の話かは知らねえが、こっちも簡単に負ける訳にはいかねえんだよ!」

 

 左右のプラズマ手刀が襲い来る。装甲に守られていない、絶対防御を発動しかねない弱点を的確に突いた攻撃。それにフェイントを織り交ぜてくるのだから堪ったものではない。必死に防ぎ、身を躱すが、それを擦り抜けて傷は蓄積されていく。

 臍を噛む。これが本来、想定していた試合の展開。俺とラウラの実力差から考えてこうなるのは必然だった。今までは彼女の気紛れか何かで渡り合えていただけに過ぎない。

 

「がっ!?」

 

 腹に再び蹴りが叩き込まれる。倒れはせずとも、後ろに吹き飛ばされた俺に向けてワイヤーブレードの追撃が迫る。不規則な軌道を描くそれを、完全に防ぐ術を俺は持たない。

 本気を出された途端、これだ。技量が、反応速度が、判断能力が、あらゆるものが及ばない。圧倒的な実力差が俺を押し潰そうと迫ってくる。

 ――だが、それでも。

 襲い来るワイヤーブレードの一つを弾き飛ばす。僅かに空いた空間に体を捻じ込み、前へ進む。追尾してきた別のワイヤーブレードが装甲を抉り飛ばした。それでも俺は前へ進む。

 そうだ、それでも負ける訳にはいかない。実力が及ばないからなんだ。セシリアだって、鈴だって俺より実力は上だった。それでも食い下がり、必死になって勝利に手の伸ばし続けてきたのだ。今更になって勝負を諦める理由なんて微塵もない。

 追撃してくるワイヤーブレードを気合と根性で突破し、再び剣の間合い。持てる限りの剣技を尽くしラウラと切り結ぶ。

 そして、やはり彼女に俺の剣は届かない。

 

「こんな半端者の剣が貴様の強さだとでもいうのか!?」

 

 左の手刀が雪片弐型を弾き、右の掌が俺にかざされる。縫い止められたように動かない体。怒号と共に放たれたAICが俺の全身を縛る。

 

「ならば、私の前から()ね!!」

 

 レーゲンの大口径レールガンが展開される。向けられる怒りと失望の眼光、眼前に晒される黒い砲口。俺の頭を吹き飛ばさんと甲高いチャージ音が猛る。

 絶体絶命の状況。身体を動かすことも儘ならず、目の前には必殺の巨砲。ひれ伏せ、絶望しろ。弾頭を吐き出さんとする暗闇が現実をまざまざと示しつけてくる。

 ああ、認めよう。俺の剣は半端者のそれだ。千冬姉や椛のように達人のそれでもなく、箒のようにストイックに鍛え上げてきた訳でもない。一度は手放し、必要性に駆られて再び手に取った付け焼刃の剣。ラウラにとって歯牙にも掛けないほどの力しかないだろう。

 だが、そうであっても。

 例え、届かないとしても。

 

「ぐ――」

 

 それでも俺は、諦めたくない!

 

「ぐぅおあああああああぁぁっ!!」

 

 自分でも訳の分からない雄叫びを上げ、力を籠める。上半身に比べ拘束力の緩かった下半身に。火事場の馬鹿力で振り上げた足はレールガンの砲身を蹴り上げた。ラウラが驚愕に目を見開く。

 発射される弾頭。僅かに逸れた砲口から放たれたそれは、頭上擦れ擦れを疾駆していく。巻き起こされた暴風だけでシールドエネルギーが削られた。

 だが、まだ余力は残っている。まだ俺は戦える。まだまだ膝を折るには程遠い。

 

「白式ぃ!!」

「ちっ!」

 

 蹴り上げたのと時を同じくしてAICの拘束は解かれていた。ラウラの集中力が乱れたせいかは知らないが、それはどうでもいい事。重要なのは剣を振るえる事だ。

 機体に呼びかけると共に形成される極光の刃。それを振り下ろすのとラウラが後方へ瞬時加速するのはほぼ同時だった。

 距離が離れる。土煙を上げながら急制動したレーゲンの装甲に傷は無い。あちらの回避の方が早かったのだろう。どうやら一矢報いる、という所まではいかなかったらしい。

 しかし、近づくことは出来た。ラウラも表情を険しくし、油断なくこちらを見据えてくる。試合はここらで仕切り直し、といったところか。

 そこに背後から声が掛けられる。待ちに待った増援の合図であった。

 

「……ごめん、一夏。遅れた」

「シャルルか。丁度いい、こっちも仕切り直しに……」

 

 なったところだ。そう言い掛けて、振り返った俺は絶句した。

 煤に塗れ、ところどころに見られる斬痕や凹みでボロボロになった装甲。シャルルの専用機、ラファール・リヴァイブ=カスタムⅡは元の鮮やかな橙色の色彩が煤けるほどに傷ついていた。

 それを身に纏うシャルル自身も無事ではない。綺麗に整えていた金糸の髪はボサボサ。頬は装甲と同じく煤が付き、挙句の果てには鼻血を流していた。

 

「ど、どうしたんだ。それ」

「箒さんが思っていたよりもずっと強くてね。凄いよ、彼女。ブレードが無くなっても容赦なくぶん殴ってきたし、まさか頭突きされるなんて考えてもいなかった」

 

 鼻血を拭いながらシャルルは称賛の言葉を述べる。苦笑しつつ「おかげで切り札切らされちゃった」と左腕を挙げた。そこにあった筈の物理シールドの装甲は弾け、リボルバー機構と鉄杭が合わさった装備、パイルバンカー『盾殺し(シールド・ピアース)』が露出していた。

 話を聞くに、箒は追い詰められて尚、執拗に攻撃したのだろう。頭突きをしたとなればかなりの密着状態での取っ組み合いだったに違いない。それに業を煮やしたシャルルが第二世代機でも最強の威力を誇る鉄杭を叩き込んだ、と言う訳か。

 シャルルの肩越しに彼女が来た方向を見る。アリーナの壁際にもたれ掛り、リヴァイブよりも遥かに損傷が激しい打鉄を纏った箒が沈黙していた。息遣いから無事なのは分かる。しかし、まるで死んだようにぐったりしている幼馴染の姿に俺は「うわぁ……」と声を漏らさざるを得なかった。

 観客席の様子を窺えば、少なからずドン引きしているような雰囲気が伝わってくる。俺が見ていない間にいったいどんな戦いが行われていたのやら。

 

「一夏の方は……無事とは言い切れないみたいだけど」

「それはお互い様だろ」

「確かに」

 

 俺とラウラの様子を見比べて言ったシャルルに、笑みを浮かべながら返す。彼女もまた笑みを浮かべた。

 俺もシャルルも軽傷という言葉では済ませられない損傷を負っている。対してラウラは殆ど無傷。一応は思惑通りに二対一に持ち込めたとは言え、これでは優勢を築けたとは言い難い。

 

「じゃあお互い様同志、頑張って残り一人も倒そうか」

「おう!」

 

 そんなことがどうした。優勢でないのなら、それを引っ繰り返して勝利に持ち込むまで。

 切っ先と銃口を眼前の相手へと突き付ける。それに応じるように、ラウラもまたプラズマブレードを展開。試合の第一幕が終わり、第二幕が始まろうとしていた。

 


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