IS ‐もののふ少女伝-   作:お倉坊主

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投稿開始から二日目で想定外の高評価をいただき唖然としているお倉坊主です。

閲覧、評価してくださった方、ありがとうございます。
これを励みにより良い文章を書いていけるように精進する所存です。


第三話 気まずい再会

 世界で唯一ISについて専門的な教育を行う学校、IS学園は洋上に浮かぶメガフロートに存在する。詳しい事はよく知らないが、機密保持の都合上このような立地になったらしい。

 日本本土とはモノレールによって行き来する仕組みとなっており、真っ当な方法に限ればだが、これ以外にIS学園へと向かう手段はない。

 ちなみに本土側の駅には関所のようなものがあり、素性を確認してから乗車しなければならない。これは学園の在籍生なら生徒手帳を提示するだけで済むのだが、外部の人間だと少々手間がかかる。いくら機密が満載された場所とはいえ、ここまで厳重にしなくともよかろうに。

 

 そのような手間をかけて海を渡り、私はやっとのことでIS学園の校門へとたどり着いた。

 日にちは千冬殿の指定した通り入学式から一日後以内に到着することが出来たが、残念な事に始業の時間には間に合わなかった。お偉方どもの仕事は相変わらず遅い。

 その旨を先ほど恐る恐る千冬殿に伝えてみたら、若干苛立たしげではあったが、何とか罰は無しにしてくれた。今日の私は運がいいらしい。

 

 彼女が言うには迎えを校門によこすそうだ。どうやらまだ来ていないようなので、しばらくここで待つとしようか。

 

「それにしても、ここは無駄に広いな」

 

 思わずそう呟いてしまう程にIS学園は広い。校門から見える範囲だけでもかなり多くの建物がひしめいているのがわかる。正面の校舎、それに隣接された学生寮、学園の中心部に建っているのであろうタワー。奥の方に見えるのはアリーナだろうか? 

 そういえば、資料によると校庭は一周で五㎞もあるらしい。恐らくISを展開した場合の事を考慮しての規模だとは思うのだが、噂によると規則違反の罰としてランニングさせるのに有効活用されているそうだ。無論、その罰を言い渡すのは千冬殿だ。そのような鬼畜の如き所業をする者は他に居まい。

 

「――――は~か~せ~!」

「む?」

 

 ぼんやりと景色を眺めていたら、校舎の方から声が聞こえてきた。目を向けると、見覚えのある眼鏡をかけた緑髪の女性がこちらに走り寄ってくるところだった。察するに彼女が迎えなのであろう。

 それにしても、もう少し落ち着いて向かって来てもいいのではなかろうか? 走り方が少々危なっかしくて転ばないか心配になる。

 

「はー、はー、はー……お、遅くなってすみません博士! 授業が終わってから急いで来たんですけど、もしかして待たせちゃいましたか!?」

「落ち着け、真耶。私もつい先ほど来たところだから大して待っていない」

「そ、そうなんですか? よかった~」

 

 迎えの女性、もとい元日本代表候補生の山田 真耶は安心したようにホッと息をついた。

 彼女とは私が以前の職場で働いていた頃からの付き合いだ。暇な時間によく千冬殿も交えて他愛もない話をしたものだ。

 

「相も変わらず落ち着きが無いな、お主は。いったい何をそんなに急ぐ必要があったのだ?」

「だって博士がここに来るって織斑先生から聞いてから私、ずっと楽しみにしていたんです! お世話になった博士が来る日を指折り数えて待っていたくらいなんですから。それなのに、もしかしたら待たせているかもしれないと思ったら……」

「あー、分かったからそこまででいい。あまり次の授業まで時間が無いのであろう?」

「はっ!? そ、そういえばそうでした! 急がないと先生なのに遅刻になっちゃう!」

 

 ……学園に就職したと聞いたときにも思ったが、此奴は教師としてちゃんとやれているのだろうか? どうにも生徒に敬われそうにない気がする。

 彼女は能力面なら全く問題はないのだが、以前からこのような気の抜けた性格に加え、その子供が大人ぶっているかのような容姿故に敬意とは無縁である。むしろ皆から可愛がられることの方が圧倒的に多い。

 教師としてそれは不味いものがあるのではなかろうか……とも思うが、これは本人の問題だ。私如きが口を出すことではないだろう。

 

「じゃあ、さっそく教室に向かいましょう。博士を皆に紹介しなきゃいけませんし」

「――いや、その前に言う事があったな」

「ええ!? わ、私なにか博士に文句を言われるような事をしてしまいましたか?」

「……違うに決まっているだろう。ただの挨拶だ」

 

 真耶はどういう思考をしたのか、私に怒られるのではと勘違いして身震いし始めた。そのような気は全くないので即座に否定させてもらう。

 やれやれ……本当に相変わらずだな。そそっかしい所も全然変わっていないではないか。私は形式だけでも挨拶をしようとしただけなのに、何を想像して怒られると思ったのやら。

 

「今日よりIS学園に入学することと相成った篠ノ之 椛と申す。これからよろしく頼むぞ、山田教諭」

「あ……はい! こちらこそよろしくお願いします、篠ノ之さん」

 

 うむ、察しが良いのも変わらぬようで何よりだ。

 いくら親しかろうと、ここでの私と彼女の関係は生徒と教師。体面のためにも、けじめはつけなくてはなるまい。それは千冬殿と一夏坊についても同様の事が言えるだろう。

 まあ、彼奴のことだから「千冬姉」といつも通りに呼んで、彼女に怒られていそうではあるが。

 

「えーと、ところで篠ノ之さん」

「如何したか?」

「そのー、今着ている服はもしかして制服ですか?」

「おう、すぐに授業を受けるのであるから当然着替えて来ているぞ」

 

 学園の制服は世界各国から生徒が集まってくるためか、個人で自由に改造してよいということになっている。もとはそれぞれの国の風習に合わせられるようにとの配慮だったのだろうが、生徒の中には御洒落として改造してくる者も多いという。

 ちなみに私の制服は袴姿の和服となっている。やはり普段から着慣れているものでないと落ち着かないからな。

 

「馴染みの呉服屋に仕立ててもらったのだ。良いものであろう?」

「そ、そうですね。あはは…………はぁ」

 

 ふむ、溜息などついてどうしたのだろうか? 悩み事でもあるのなら相談してほしいものだ。

 何はともあれ、教室に向かうとしようか。同じ組の同輩に挨拶しなければならないからな。千冬殿に聞いたところによると、そこに一夏坊と箒もいるらしい。

 箒との再会には少々思う所もあるが……この一か月で覚悟は決めてきた。迷いは既に断ち切り、あとは事を為すのみ。臆することなど何があろうか。

 

「山田教諭、そろそろ教室に行かんか? 時間も迫っているであろう」

「そうですね……うう、織斑先生が見たらなんて言うか…………」

 

 待っているがいい、我が半身よ。

 この篠ノ之 椛、そなたのもとに今こそ参らん!

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

 

(なんでこんな事になっちまったんだろうなぁ……)

 

 IS学園の一年一組の教室、その最前列のど真ん中にある机で学園唯一の男子生徒である俺――織斑 一夏は頭の中でそうぼやいていた。

 何が「こんな事」なのかと問われれば、ここ最近に俺の身に起きた全てと答えられるだろう。

 

 世界で唯一ISを動かせる男である俺がISと接触してしまったのは全くの偶然だった。自分が受験する高校とIS学園の試験会場が同じで、そこで情けない事に迷子になった俺は適当に入った部屋で試験に使用するISを発見、好奇心に駆られて触れてみると起動してしまったのである。

 その後なんやかんや色々とあって、本人の意思とは関係なくIS学園へと入学することが決定。当初は女子だけの学校に行く事を渋ったが、千冬姉に脅され……もとい説得されて入学を承諾した。決して「ホルマリン漬けにされたいのか?」なんて言われていない。

 

(昨日だけであれだけの目に合うとか、俺って疫病神でも憑いているのか?)

 

 入学初日に俺は参考書を間違えて捨ててしまった事が担任でもある千冬姉――ここでは織斑先生と呼べと言われたな――にばれて出席簿ではたかれ、何故か知らないが難癖をつけてきたイギリス少女と決闘することになってしまい、寮が同室になった幼馴染の篠ノ之 箒とピンクなハプニングを起こして気まずい感じになってしまったのである。

 決闘云々に関すること以外は自分の不注意が原因とわかっているのだが、こうも立て続けに悪い事が起こってしまうと作為的なものを感じてしまう。特に箒は何度謝っても許してくれないので尚更だ。

 

(週末になったら神社に行ってお祓いしてもらおう。うん、それがいい)

 

 我ながら妙案だと思うのだが、実はその神社が今のところ許してもらえていない幼馴染の実家なので、果たしてそれが正解なのかはわからない。賽銭の量次第ではお許しを貰えるかもしれないが、下手をすれば神罰が下るかもしれない。

 まあ、それ以前に仲直りが出来るのならばそれに越した事はないのだが、先のことなんてそれこそ神のみぞ知る事だ。だからこそ、こんな物凄くどうでもいいことを考えてしまうのだろう。

 

(それよりも……)

 

 そして俺は、どうでもいい事を考えていたもう一つの理由に意識を向ける。途端に押し寄せてくる情報の数々に逃げ出したくなるが、既に退路は断たれている。

 

(俺、週末まで無事でいられるのかな……?)

 

 内側に逸らしていた視線を現実に向ける。

 過去の回想――または現実逃避ともいう――を終えて、俺は情報の暴風の中へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

「ねえ、織斑君って彼女いる? いない?」

「いないわよね! それ以外の答えは求めていない!」

「じゃ、じゃあ今日の夜に私が手取り足取り……ぐふふ」

「えーと、とりあえず落ち着こうぜ。な?」

 

 とかなんとか格好よく書いてはいるが、要するに俺がクラスメイトに質問攻めにされているだけである。いい加減聞き流すことも限界なので、逃れられない現実に心の内で涙を流しながらも、頑張って質問に答えることにしよう。

 

 とはいえクラスメイト達は一度に色々と聞いてくるので、質問が混ぜこぜになって彼女らが何を聞いてきているのかさえ理解できない。

 ひとまずこの場を落ち着かせようとすると共に、不気味な笑みを浮かべている女子に涎を拭いてほしいと思う。それと少し離れたところにいる箒も睨まないでくれ。後でまたちゃんと謝るからさ。

 

 そんな俺の思いが伝わってか、若干周囲に静けさが戻ってきたところに――

 

「織斑先生って私生活ではどんな感じなの?」

 

 こんな質問が飛び込んできた。

 初めてまともに質問が聞こえてきたが、近ごろの女子というものはそんな事が気になるだろうか? あれか、アイドルの私生活が気になるとかいうのと同じ理屈か。

 まあ、特に隠す事でもないだろうから素直に答えよう。

 

「いや、普段の様子からは想像できないほどだらし……」

「何をしている貴様ら」

 

 スパン!!

 

「休み時間はもう終わりだ。さっさと席に着け」

 

 音も無く俺の背後に出現し鉄槌を下した担任教師の言葉に、集まっていた女子たちは蜘蛛の子を散らすように自分の席へと逃げ戻っていく。

 それにしても出席簿はいつから生徒を叩くための武器と化したのだろうか? いくら頑丈とはいえ、あまり学校の備品を乱暴に扱う事は推奨できない。使用方法は正しい使い方に限るべきだろう。

 

 スパァン!!

 

「このクラスでは私が法だ。文句は言わせん」

 

 そんな俺の考えは千冬姉には筒抜けだったようだ。同じところを二回も叩かれるとさすがに痛い。

 とりあえず、これからはこの暴君に逆らわないようにしよう。

 

「話は変わるが織斑、お前に学園の方から専用機が用意されることになった」

「へ? 専用機?」

 

 突然の話題転換に頭が付いていかなくて、千冬姉の言葉を呑み込むのに少し時間がかかってしまう。そんな俺より早く言葉の意味を理解したクラスメイト達はざわつき始め、驚いたり羨ましがったりしている。

 

「えーと……確か専用機って国や企業からの支援を受ける人に与えられるんだよ……ですよね。コアも四百個くらいしかないのに、なんで俺に用意されるんですか?」

 

 頭の中からなんとか専用機に関する情報を引っ張り出して千冬姉に質問する。

 ちなみに途中でため口から敬語に直したのは、千冬姉の出席簿を持つ手がピクリと動いたからだ。下手したらまた叩かれるところだった。

 

 それにしても、もう一人の幼馴染には感謝しないとな。あいつからISについて聞きかじっていたおかげで、辛うじて授業も今の話にもついていけているんだから。まあ、授業については少しでも気を抜くと置いてかれそうになるけど。

 

「ふん、どうやら最低限の知識は持っているようだな。お前の言う通り専用機は本来、国家または企業に属する人間にしか与えられない。それはISの核であるコアが467個しか存在せず、開発者である篠ノ之 束博士もそれ以上の製造を拒否しているため、各国で厳重に管理されているからだ」

 

 そりゃ、それだけしかなかったら厳重に管理するよな。どんなに多く持っていたとしても、精々三十個程度って聞いたこともあるし。

 

「だが、お前は事情が事情だからな。データ収集を目的とした特別待遇で国からコアを提供されることになった。簡単に言ってしまえばモルモットと実験器具の関係だな」

「モ、モルモット……」

 

 大変わかりやすい説明をしてくれてありがとう千冬姉。でも最後の方はいらなかったんじゃないかな。

 おぼろげながらそうだとは分かっていたけれど、いざ言われると結構傷付くんだぜ? ほら、さっきまで睨んでいた箒でさえ憐みの目を向けてきているじゃないか。

 

「あのー、織斑先生。篠ノ之さんってもしかして、束博士と椛博士と何か関係があるんですか?」

 

 近くで話を聞いていた子がそう千冬姉に遠慮がちに質問してきた。

 あー、そりゃわかっちまうよな。篠ノ之って珍しい苗字だし、片方は顔立ちもほとんど一緒だから誰にでも察しはつくだろう。

 

 ISを独力で開発した世紀の天才、篠ノ之 束は箒の実姉だ。俺も何度か会った事があるけど、あの人って癖が強いから凄く印象に残っている。今は行方不明で国際指名手配中らしいけど、どこで何をやっているんだろうな。

 

 そして、その大天才のもう一人の妹にして高名なIS研究者、そして箒の双子の姉が篠ノ之 椛だ。こっちは一緒に剣道をしていたから良く知っている。あと、俺にISについて多少なりとも教えてくれたのもこいつだ。

 中学一年の最後くらいまでは学校も一緒だったんだけど、仕事が忙しいとかでどこかに行っちまった。連絡先は貰ったけど、忙しいのに電話するのも悪いと思って一度も使っていない。でも、いろいろ教えてもらったおかげで今助かっているからな。お礼を兼ねて今度電話してみよう。

 

 それにしても「椛博士」か。そう呼ばれたりしているのは知っていたけど、改めて聞くとなんか変な感じだな。あいつの口調とか態度が一般的な博士なんてものからはかけ離れている事を知っているから余計そう感じる。

 

「そうだ。篠ノ之は束の妹で、椛の双子の片割れだ」

 

 特に隠すつもりがなかったのか、すんなりと答えてしまう千冬姉。

 どうせ知られることだとはいえ、そういう事は少なくとも本人に言わせるべきなんじゃないかな。当の箒が凄く苦々しげな顔をしているぞ。

 ……っていうか箒は何であんな嫌そうな顔をしているんだ? そこまで嫌がる事でもないと思うんだが。

 

「ええっ! そ、そうなの篠ノ之さん!?」

「あの天才姉妹の妹……しかも椛博士とは双子だなんて!」

「や、やっぱり篠ノ之さんも頭が良かったりするの!? よかったら今度勉強とか教えてよ!」

 

 驚愕の事実を知ったクラスメイト達は箒の机に殺到した。さっき俺を質問攻めにしたのと同じくらいの密度を誇っているな、あれは。

 しかし女子たちよ。気になるのはわかるけど、今は止めておいた方が良いと思うぞ。なにせ千冬姉の授業時間だ。それ以上騒いでいたら俺と同じように鉄拳制裁を……

 

「――あの人たちとは、関係ないっ!!」

 

 突然、箒が大声を上げた。急な事に俺もクラスメイト達もポカンとしてしまう。平然としているのは少し離れて様子を見ている千冬姉だけだ。

 そして数秒前はあんなに騒がしかったのが嘘のように静まり返ったクラスの外から――

 

 ――グハァ!?

 ――きゃー! だ、大丈夫ですか博士!?

 

 そんな感じの、緊迫した空気をぶち壊しにしてくれる声が聞こえてきた。

 

「……え? 今の声って何?」

 

 誰が言ったかは知らないけど、それは正にこの場にいる全員の心の声を代弁したものだろう。大声を上げた箒でさえもきょとんとしているんだからな。

 千冬姉は何故か眉間を抑えているけど。頭でも痛いのか?

 

 ――ふ、不覚……まさか会う前から傷を負わせられるとは……

 ――博士、傷は浅いですよ! まだがんばれますよ!

 

 片方の声は山田先生……だよな。でも、もう一人は誰なんだ? なんとなく聞き覚えがあるような気もするけど。

 

 ――言われずともわかっている……私は、これしきのことで倒れたりはせん!

 ――た、立ったー! スリーカウント以内に立ちました!

 

 ……ああ、わかった。この箒以上に古臭い口調に博士ときたら、あいつ以外にいないじゃないか。それにしても、話しているところにちょうど本人がやって来るなんてな。これが噂をすれば影ってやつか。

 

「やれやれ、妙なタイミングで来るものだ……諸君、このクラスには事情があって昨日には来れなかった新入生がいることを話したな。そいつが今ちょうど来たようだから紹介しておく」

 

 ああ、そういえばそんな話もしていたな。俺の隣が空席だったから気になっていたんだ。まさかあいつのことだとは思っていなかったけど。

 女子たちは新しい(?)クラスメイトが登場するという話を聞いて、再びざわつき始めている。しかし、俺と同じように察しがついたのであろう箒は周囲の様子に反して顔が青ざめているように見えた。

 そりゃあ、関係ない発言の直後に本人が来たら気まずいよなぁ……

 

「よし、入ってこい」

 

 千冬姉の合図で教室の扉が開き、山田先生と件の人物が入ってくる。久しぶりに見るそいつは周囲の視線をものともせず、堂々とした足取りで教壇に上がった。

 見た目は最後に見た時より背が高くなり、千冬姉と同じくらいある。長い黒髪は箒とは違い、うなじあたりで適当に質素な髪紐で結んであるだけだ。何故か制服が和服になっているが、それは気にしないでおこう。

 そして、その箒によく似た顔には――

 

「篠ノ之 椛と申す。諸般の事情により一日ばかり遅れたが、これからお主らと生活を共にする者だ。よろしく頼む」

 

 俺の記憶にはない、閉じられた左目を縦に走る傷跡があった。

 

「……おい、篠ノ之姉」

「む、何だ織斑教諭?」

 

 ヒュッ!

 ビシィ!

 

「その制服は何だ? ふざけているのか?」

「私は至極真面目なのだが」

 

 ……とりあえず白刃取りの実演をしているあの二人を誰か止めてくれないか? 山田先生がどうしていいかわからなくて涙目になっているから。

 

 

 

――――――――――――――――――――――

 

 

 

「久しいな一夏坊。息災なようで何よりだ」

「あ、ああ。体はいたって健康だぜ」

 

 授業が終わり、隣の席に座る一夏坊と再会の挨拶を交わす。

 三年ぶりに見る彼は記憶の中の姿より精悍になったのに加え、声も低くなっている。俗にいう「いい男になった」という奴だな。まあ、内面はそう変わってはいないのだろうが。

 

 ――ちなみに制服については千冬殿にお許しをいただいた。規則では改造の範囲がどこまで許されるのかが明記されていなかったのが勝因だったな。

 

「それにしても、急に入学してくるなんてどうしたんだよ。仕事、忙しいんじゃなかったのか?」

 

 彼にはそういう理由で姿を消したのだから疑問に思って当然か。

 しかし、素直に姉者の差し金と言う訳にもいくまい。ここは適当にあしらっておくか。

 

「最近はそうでもない。個人的にやっていたことにも一段落着いたから、むしろ余裕があるくらいだ。それに……」

「それに?」

「昔馴染みが女の園に放り込まれたと聞いたのでな。肩身が狭い思いをしているであろうお主の様子を見に行くのも悪くないと思ったのだ」

「ぐっ……他人事だと思って……」

 

 図星だったのか言葉に詰まる一夏坊。

 まあ、女の中に男一人で気まずさを感じない方がどうかしているからな。別に恥じる必要はないぞ。こう言ってはいるが、私にはそんなお前を見て笑い者にしようとする気など欠片もないし。

 

「あー……それよりもさ、ちょっとお前に聞きたい事があるんだ」

「何だ?」

「えーと……その……答えたくなかったら言わなくてもいいんだけどさ。左目、どうしたんだ?」

「ああ、これか」

 

 聞いてくるとは思っていたが、随分と遠慮気味な聞き方だったな。もしや、女子に生々しい傷跡のことについて聞くのが憚られるのだろうか。普段は無神経なくせに妙な所で遠慮をするものだ。

 ……そういえば、周りの者たちが先ほどから私を遠巻きに見るだけで話しかけてこないのも、この左目が原因か? だとしたら申し訳のない事をした。私自身は大した思い入れも無いのに、関係のない者に気を遣わせてしまったのだからな。

 

「実は実験中に爆発事故を起こしてしまってな、その時にさっくりやってしまったのだ」

「ば、爆発事故!? 大丈夫だったのかよ!?」

「いやはや、あれは死ぬかと思ったよ。はっはっはっは」

「軽っ!? 大怪我したくせに気楽に笑ってやがるよ、こいつ!」

 

 ほう、なかなか良いツッコミをするではないか一夏坊。その鋭さを少しでも女性関係の方向に向けてもらいたいものだ。

 

「ねえ、もしかして椛博士って……」

「見た目によらず結構お茶目……?」

「厳しそうな感じだけど、実は話しやすい人なのかな……」

 

 ふむ、どうやらクラスメイト達の方も変に気を遣う必要はないとわかってきたようだな。

 私はこんな(なり)に加えて古風な口調なので厳格と思われやすいが、どちらかというと肩の力は抜いている方だ。思い違いで変に畏まったりせず、気楽に話しかけてくれたらこちらとしても嬉しい。

 

「まあ、左目は盲いてしまったが、特に不自由はしていないから心配はするな。それに、失ったものに足る結果も出せたしな」

「そうか……でも、自分の体は大切にしろよ? お前だって女なんだし」

「ふふ、頭の隅にくらいは置いておこう」

「隅じゃなくて念頭に置いてくれよ……」

 

 そうはいうが一夏坊よ。私は自分が女であることは認識しているが、だからと言って女らしく出来るかと言ったら違うのだぞ。八十年近く男として過ごした記憶があると、どうしてもそこだけは直せないのだ。

 

「ま、それは別にいいか。ともかくまた同級生になったんだ。これからよろしく頼むぜ椛」

「おう。わからない事があったらノートくらいは貸してやるとも」

「マジか!? 今日からでもぜひ貸してくれ!」

「お、おう……」

 

 ノート如きにここまで喰い付いてくるとは、余程切羽詰っているようだな。他に誰か頼る者をいなかったのか? 例えば箒とか。

 ……うう、関係ないと言われたことを思い出してしまった。好かれているとは思っていなかったが、まさかここまでだったとは。しかも想定外の時に聞くはめになったから、アレにはかなりの痛手をこうむられた。

 おかげでまだ話しかける決心がつかない。こうして一夏坊と長々話しているのも時間稼ぎの意味合いが強いのだ。視線だけなら先ほどから背中に感じているのだがなぁ……

 

「あら、名高きIS研究者が極東の猿と親しげに話しているなんて」

 

 ちなみに私の席は一夏坊と箒の間だ。小学校時代の三人が横一列に並ぶなど、珍しい事もあるものだ。

 いや、私の席に関しては千冬殿の差し金である可能性もあるな。入学前に電話した時に「一夏の勉強もたまに見てやってくれ」と言っていたし、ブリュンヒルデの威光を用いずとも、彼女の辣腕ならば席の位置くらいどうとでも出来るだろう。

 

「優れた人がそんな低俗な男と親交があってはいけませんわ。今からでも遅くありませんからわたくしと友誼を深めませんこと?」

 

 席の決め方云々については置いといて今の状況を説明すると、私が一夏坊の方を見て話をしていて、箒に背中を向けている形となっている。その背中に我が妹の刺々しい視線が刺さっていると言う訳だ。

 お主が一夏坊を好いているのは知っているし、彼を私が占有している状況に苦々しい気持ちを抱くのもわかるつもりだぞ。しかしながら、そこまで邪念のこもった視線を向けずともいいのではないか? 嫉妬にしても度が過ぎるだろう。

 もしくは、やはり私が嫌いなのだろうか……

 

「それとも、博士もこの男と同類なのかしら? お名前を以前からうかがっていただけに残念ですわね」

 

 ……いや、例えそうだとしても私が箒から逃げる理由にはならない。もとより嫌われている事を承知の上でここに来たのだ。それを突き付けられた程度で折れるほど、私の信念は柔なものだったろうか。

 ――否、断じて否である。忌避されていようとも私は妹と向き合いたい……向き合わなければならないのだ。

 

「……ちょっと、聞いていますの?」

 

 ならば、ここで足踏みをする理由など微塵もない。いい加減足を踏み出すとしよう。

 昔のように笑い合える関係に戻れるかは分からない。だとしても、はじめの一歩が無ければ何も変わらない。千里の道も何とやらだ。

 

 さあ、まずは振り向いて妹に再開の挨拶を――

 

「日本人というものは人の話を聞かない習性でもあるのでしょうか? ここまで無視されたのは初めてですわ……」

「な、なあ椛。そろそろ何か反応くらい返してやったらどうだ? なんかいじけちまったし」

「む?」

 

 という訳にはいかないようだ。

 一夏坊の目線に促される形で同じ方向を見ると、金髪の少女が何故かしょんぼりとしていた。そんなところで何をしているのだろうか?

 

「おい、そこの金髪。何を落ち込んでいるのだ?」

「あなたが無視するからですわ! というか金髪ってなんですの!?」

 

 何って、お主の身体的特徴で一番わかりやすいのが髪の色だったから一時的にそう呼んだだけだ。名前さえ教えてくれればそちらで呼ぶとも。

 あと、無視していたのは私が罵詈雑言の類は聞き流すことにしているからだ。私自身に対してか一夏坊という友に対してかは特に関係ない。どちらにせよ侮蔑の言葉で話しかけてくる者はお断りだ。

 

「人に話を聞いて欲しいのなら、まずは挨拶するのが筋というものだろう。その程度の常識はわきまえろ」

「おお、すげえ正論だ」

「ぐっ……ま、まさかあなたもわたくしの名前を知らないというの? イギリス代表候補生にして入試主席のわたくしの名を?」

 

 むしろ何故名前を知られていると思っているのか聞きたいものだ。

 代表候補生とはいえ、国ごとに十数人はいる者の内の一人を覚えておくなど余程有名でない限り無理がある。それに入試主席は大したものだが、それを確認する者が何人いようか。大抵は自分の合否しか気にしないと私は思う。

 この娘はそれらのことを承知の上で発言しているのだろうか。だとしたら、それは傲岸不遜であると言わざるを得ない。自信過剰にも程があるだろう。

 

「名乗る気があるなら早く言ってくれぬか? 私は気が長い方だが、面倒くさい輩にいつまでも付き合ってやるほどお人好しでもないのでな」

「くっ……セ、セシリア・オルコットですわ。 このわたくしに恥をかかせたこと、いつか必ず後悔させてあげますからね! 覚えてらっしゃい!」

 

 すまん、明日には忘れているかもしれない。どうでもいい事に関してはあまり覚えが良くないのだ。

 

「それとそこの男! 専用機が与えられるからといって、決闘でわたくしに勝てるとは思わない事ですわ!」

 

 言いたいことを言い切ったのか、オルコットとかいう娘は気品あふれる優雅なしぐさで歩き去って行った。出来ればしぐさだけでなく態度にも気品が欲しかったものだ。

 

「……なんだったんだ、あいつ?」

「さあな。別にどうでもよかろう」

 

 幼い時分から大人たちに混じってISの研究開発をしてきた私は嘲りや侮蔑の言葉を投げかけられることも多かったため、既にその類には慣れてしまっている。あの程度、どうという事はない。

 もしそうでなくとも、小娘の戯言一つで激したりはしないが。伊達に百年近くも人生経験を積んでいるわけではない。

 

 最後に一夏坊に言い残していった決闘というのが気になるが……それについては後で聞くとしよう。今はそれよりもはるかに重要な事がある。

 昼飯の時間だというのに背後の気配はまだ消えていない。何故かは知らないがこれは好都合だ。オルコットと話しているうちに食堂に行かれてしまっていたら、また覚悟を決めるのに時間がかかっただろうからな。

 

 小さな幸運に感謝しながらも、私は意を決して箒の方に振り返る。急に自分の方を向いた私に驚いた顔をする箒。そんな彼女に私は再会の言葉を投げかけた。

 

「箒、その……ひ、久しいな」

「……そう、ですね」

 

 ……まさか敬語で返されるとは。六年とはここまで人の心の距離を離させるものだったということか。

 

「あー……元気、だったか?」

「ええ、まあ……」

「…………」

「…………」

 

 しくじった……話しかける事だけを考えていて肝心の内容を失念していた。

 ど、どうすればいいのだ。このままではにっちもさっちもいかぬぞ……

 

「二人とも何で黙り込んでいるんだよ? それより飯食いに行こうぜ。腹が減って仕方ねえんだ」

「なっ!? い、一夏!」

 

 おお、助かったぞ一夏坊! お主の鈍感もたまには役に立つではないか。

 せっかくできたこの流れ、乗らせてもらおうか。

 

「そうであるな。時間も限られている事だし、さっさと行くとしようか」

「そうそう。おーい、他に一緒に行くやついるかー?」

「はい! ぜひご一緒させて!」

「お~、私も行くよ~」

「わ、私も行く! お弁当持っているけど行かせてちょうだい!」

 

 一夏坊がクラスメイト達の方に話を振ると、三人ほど反応してきた。

 うむ、飯は大勢で食べた方が美味いからな。私は全然構わないぞ。

 

「わ、私は行かない……」

「そんなこと言うなって箒。だいたい何で椛に敬語を使っているんだよ? むちゃくちゃ違和感があるぞ」

「お前には関係ないだろう!」

 

 が、どうやら箒はお気に召さないらしい。

 そうか、飯を一緒に食うのも嫌なのか……これは手厳しいな。

 

 ……仕方があるまい。名乗り出て来てくれた三人を放っておくわけにもいかぬし、今回は彼女抜きで行こうか。箒とはまたの機会にするとしよう……その時までに少しでも仲を改善せねばな。

 

「とにかく食堂行こうぜ。ほれ、立った立った」

「こ、こらっ! 腕をつかむな!」

「こうでもしないとお前ついてこないだろ。食堂に着いたら離してやるよ」

 

 私が箒と食事を共にするのを半ば諦めかけていても、一夏坊はしつこく彼女を連れて行こうとしている。お人好しの此奴のことだから、他人との間に壁を作りがちな箒の友達作りになればとでも思ってのことだろう。

 それはありがたいのだが一夏坊、少々強引すぎるのではないか? 周りの者たちが「う、腕組んでる……」とか言っておるぞ。

 

「い、今離せ!……ええい!」

 

 どうやら箒の堪忍袋の緒が切れたらしい。羞恥が混じっていた顔を怒りに歪ませて、組まれた方の腕に力がこもったのが見て取れた。

 投げ技でもかける気か? 幾らなんでもそこまでせんでもよかろうに。

 

 何にせよ、今ここで箒に暴力行為をさせる訳にもいかない。

 私は今まさに一夏坊を宙に浮かせかけている腕を掴んで投げ技を止めさせた。

 

「も、椛!? 何をする!」

「いや、むしろお前が何をしてんだよ。今俺を投げようとしてただろ?」

「そ、それはお前が悪いんだ!」

「……一夏坊、すまんが少し黙っていてくれ」

 

 怒りと驚き故か私に対して敬語が外れながらも抗議をしてくる箒。

 被害者になりかけた一夏坊には悪いが、今は口を噤んでいてほしい。どれほど仲が悪かろうと、私には彼女の姉として言わなければならぬ事があるのだ。

 

「……箒」

「な、なんだ? 言っておくが悪かったのは一夏――」

「腕を上げたようだな。動作の一つ一つが格段に早くなっていた」

「え……」

 

 誉め言葉が来るとは予想外だったのか、箒は抗議の声を途切れさせた。もちろんその顔に喜びなど浮かんでいる筈もなく、どこか釈然としないような様子だが。

 まあ、嬉しそうな顔をされてもこちらが困る。私には彼女の武を誉める気はあっても、その行為自体は非難されて然るべきと思っているのだから。

 

「――が、その振るい方はなっていないな。お主が鍛錬を積んできたものは感情をぶつけるための暴力だったのか?」

「っ!!」

 

 箒の体が何か衝撃を受けたかのように揺れる。顔を先ほどのような怒りではなく悲痛で歪ませて、私の視線から逃れるかのように俯いた。

 この様子からすると、どうやら武術を学ぶ上での心構えを忘れたわけではないようだ。誉められたことではないとわかっていながらも、つい一時の感情に任せて暴力を振るってしまうと言ったところだろう。昔からその兆候はあったが、いまだに克服は出来ていなかったか。

 

 ……いや、もしかしたらこれも私たちが原因で悪化させてしまったのかもしれないな。箒にはきっと鬱屈とした感情を溜め込ませてしまっただろうから、その捌け口が暴力に向かってもおかしくは無い。

 

「何はともあれ、あまり無闇に力を振るわないことだ。周りの者のためにも、お主自身のためにもな」

「…………わかって……いる……」

 

 そうだとしても、やはり言わなければなるまい。妹を歪ませてしまったのが私や姉者だというのなら、それを正してやる事でしか罪は償えない。

 それは偽善かもしれない。だが、それしか私が妹に出来ることはない。このような不甲斐ない姉で申し訳ない限りだ。

 

「待たせてしまったな。そろそろ飯を食いに行こう」

「そ、そうですね。それじゃあ、食堂にレッツゴー!」

「ご~!」

「ほら、箒。一緒に行こうぜ」

「あ……」

 

 いつまでも辛気臭い事を考えているわけにもいくまい。とりあえずは当初の目的であった腹ごしらえに行くとしようか。

 待たせていた一夏坊と女子三人に声をかけて食堂へと向かう。私の言葉が効いたのか、箒は特に抵抗もなく一夏坊が引く手に従った。望んだ形ではないが、箒と食事を共にすることは出来そうだ。

 

 少し厳しく言いすぎたかと気になって私の後ろを一夏坊と並んで歩く箒に視線を向けると、気まずそうな顔をして目を逸らされた。

 ……やはり一筋縄ではいかないか。再会だけでも予想以上に気を揉む展開だったというのに、これからの生活でどうなっていくことになるのやら。

 幾ら年を経ても変わらぬ人間関係の難しさに思わず溜息をついてしまう。そんな私の陰り気味な心持に反して、廊下の窓から見える景色は春の陽光に満ちていた。

 

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