IS ‐もののふ少女伝-   作:お倉坊主

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レポート提出・テスト期間終了キターーーーーーー!

……コホン、失礼しました。
というわけで諸事情あって更新が遅れてしまいました。
もしかしたらいるかもしれないお待ちになっていてくださった方、御免なさい。
次からは事前に申し上げるように心がけます。


第五話 妹の心姉知らず

「お疲れさん、二人とも……ところで、箒は大丈夫なのか?」

 

 手合わせが終わっても興奮冷めやらぬ様相の観客たちの中から、一夏坊が出て来てこちらに向かってきた。

 道中で女子に道を阻まれては二言三言話してからどいてもらっているのを見て箒が眉を吊り上げたが、私は関知しない。藪をつついて蛇を出すのは遠慮願いたいからな。

 その箒の苛立ちも、一夏坊が近くに来てから発した第一声で心配されたことにより怒りから照れに変わったようだが。

 

「だ、大丈夫だ。お前などに心配される必要なんて――」

「これ、あまり無茶をするな。しばらくは大人しく座っておれ」

「む……」

 

 無理に立ち上がろうとする箒を押しとどめる。

 自分でやっておいてなんだが、最後の回し蹴りはまともに喰らっていた。数分は体を動かすのに支障が出るだろう。好き人に無様な姿を見せたくないからといって、足元も覚束ない状態で動こうとするものではない。

 箒も頭では分かっていたのであろう。特に抵抗することも無く言う事に従ってくれた。もっとも、あまり良い顔はしていなかったが。

 

 座った箒はふうと息を吐き、床に目を落とす。その姿から普段の凛々しさは感じられず、むしろ何かが抜け落ちてしまったかのような弱々しさが滲み出ているようだった。

 

「…………やはり、私には届かないのか……?」

「ん? なんか言ったか、箒?」

「な、何でもない!」

 

 箒の俯きながらの小さな呟きに反応して聞いた一夏坊。それに対して箒はいつも通りの不機嫌そうな表情をして顔をそむける。

 ただ、そこには隠し切れていない感情が垣間見えていた。少なくとも一夏坊が違和感を覚えて首をかしげ、私が箒の本当の気持ちを察せられるくらいには。

 

 今まで箒が私を避ける訳は、六年前の一家離散に起因するものとばかり思っていた。単純にそれが最も可能性としては高いというのもあったが、それ以前の私と箒の関係に問題が無かったと無意識に思い込んでいたのである。

 だが、今わかった。それは私の独り善がりによる幻想に過ぎなかったのだと。

 

 箒が私に対して抱く感情は怒りでも、親愛でもない。己の非才への嘆き、いくら手を伸ばしても届かぬ者への嫉妬、切っても切り離せぬ間柄であるが故に生まれるどうしようもない劣等感だ。

 何故、とは思う。六年前はそのような感情を見せた事はなかった。時には悔しがることもあったが、その程度だった筈だ。ここまで強い負の感情には身に覚えがない。六年の間に何かがあったのか、もしくは私が勘付かなかっただけで以前から抱いていたものなのか。

 だが、同時に納得しているのも事実だ。箒は私のように老成した精神を持っているわけでも、ましてや聖人君子でもない。十五ばかりの歳になる一人の少女なのである。己とは異質な者に対して暗い感情を抱くことに、いったい何の不思議があろうか。

 

(我が半身などと、随分と戯けたことを言ってしまっていたものだ。箒のことを真に理解できぬ身では、冗談にすらならぬ戯言ではないか)

 

 心の内で己に失笑する。

 私は今まで箒の何を見てきたというのだ。考えてみれば自明のことにも気づかぬとは、姉とあろう者が聞いて呆れる。これでは元の関係に戻るなど望むべくもない。

 

「おーい、なんか二人とも暗いぞ。そんな様子だと友達出来ないぜ?」

 

 知らず知らずのうちに私も陰鬱とした空気を醸し出していたらしい。一夏坊の茶化すような言葉でそれを自覚し、外面はいつも通りの体面を取り繕う。箒も同様に暗い感情を隠していた。

 しかし一夏坊よ。気遣いで発した言葉なのであろうが、些か失礼であるぞ。

 

「ふん、人の気持ちを察することもできない奴に言われたくない」

「それを言うならば一夏坊、お主はどう足掻いても異性の友人しか作れぬぞ。男心を解する者が居なくて残念であったな」

 

 まあ、私は分からないわけではないが、別にわざわざ言う程の事でもなかろう。それに女に男心を理解されても微妙な気分になるであろうし、ここは言葉通りに「居ない」という事にしておく。

 

「あれ? 普通に戻ったと思ったら俺をフルぼっこ?」

 

 勝手に膝から崩れ落ちて床に手をついている一夏坊は放っておくとして、これから私は箒とどう接するべきなのであろうか? 当初の想定通りでは決して上手くいくまい。とはいえ、余計な気遣いをしては逆効果となるに違いない。それでは箒に惨めな思いをさせるだけで何の解決にもならないであろう。

 端的に言ってしまえば、箒が私に劣等感を抱いてしまった時点でこちらからはどうしようもないのだ。善意で何かしらの事を為そうとも、箒には悪い意味でしか捉えられないのであろうから。

 

 ……本当に駄目な姉であるな、私は。妹を守るつもりでいたものが、結果的にはただ苦しめていただけであったとは。

 

 こうなってしまえば仕方があるまい。無念ではあるが、解決の糸口を見いだせぬまま不用意に接するのは避ける他にない。それが現状において私が箒にしてやれる唯一の事であろう。

 そうと決めたのならば、今この場からは早急に去るのが得策か。未だに座ったままの箒を最後まで面倒を見れぬのは心苦しいが、その心情を鑑みればどうするべきかは論ずべくもない。後の事は一夏坊に任せればよかろう。

 

「一夏坊、すまぬが私は先にお暇させてもらう。少しばかり用事があるのでな」

「ああ、別にいいけど……用事って何だ?」

「私物をまだ片づけていないのだ。早くやらねば明日に響く」

 

 思いついたことを適当に言っただけだが、一応は事実である。

 荷物は自室に先に送ってあるが、当然の如く段ボールなどに入れられたままだ。それほど量は無いとはいえ、一から片づけるとなると割と時間がかかる。特に電子機器などの配線接続は手間が多い。可及的速やかに取りかからねば寝不足になりかねない。

 ならば明日にすればよいのではと思うかもしれないが、こういうのはさっさとやらないと後に引きずってしまい、結局は適当にしてしまいがちだ。千冬殿の私室のような魔窟化を避けるためにも、早々に済ませてしまうのが一番なのだ。

 

「という訳で、私はもう行く。箒、今日一杯はあまり無茶をせぬようにな」

「……わかった」

 

 せめて一言と思い、箒に極々自然な形を心がけて声をかける。

 それに対して返って来た言葉は素っ気ないもの。先ほどのように怒気や陰鬱な感情が乗っているわけではなかったが、逆に何の感情も込められていない事務的な返答であった。

 何も感じていないのか、それとも心を封じているのか。どちらかは判別できないが、何にせよ良くない状態である事には変わりない。そして、それが分かっていながらも、私には如何ともし難いのである。

 

「ではな。また明日会おう」

「おう、じゃあな」

 

 そんな歯痒い思いを抱きながらも、二人に背を向けて歩を進める。

 ――だが、いつまでも後ろ向きでいるわけにもいかぬ。前を向かねばどうするべきかなどわかる筈もない。そして考えなければ、望みうる結果なぞ訪れる訳がない。

 今は箒に対しては何もできぬのならば、時が来るのを待とう。離れていた六年の時の流れとは違い、共に学び舎で過ごす時の中でなら何かしらの変化も訪れるであろう。その時を待ち、今の己の為すべきことを為す。それが考え得る限りで最善の道である。

 もしやしたら待っていても何も変わらぬかもしれないが、その時はその時。事実を受け入れてまた別の道を探すまでだ。

 

 心の内で悩みを断ち切り、さらに歩を進める。手合わせの最中は脱いでいた羽織を途中で拾い、観客の人垣を割り、剣道場の戸を開ける。ここに居るうちに夕刻となったのか、日は既に暮れかけていた。

 

 さて、今の己の為すべきことを為すと決めたのであれば、まずは口にした通り自室の片づけにでも行くとしようか。急に何とも気楽になってしまったが、これが性分であるのだから仕方あるまい。

 悩みを抱えようとも、歩みを止めることは無し。答えが見つからなければ、見つかるまで探し続ける。一時は気を沈めようが、再び前に進み始めし時となれば威風堂々と在る。それが私だ。今も昔も、そして未来になろうとも、それは変わらぬし、変える気も無い。

 

 己が信念を再確認し心機一転することも出来た。ならば、ここに既に用は無い。そろそろ後にするとしよう――――というところで、今更ながらに言い忘れていたことがあったのを思い出した。

 ああ、何をしているのだ、私は。完全に当初の目的を忘れているではないか。

 

「おい、一夏坊。久方ぶりに見た手合わせ、どうであった?」

「え?」

 

 振り返って一夏坊に問い掛ける。案の定、それに対して彼はきょとんとした顔になった。

 

「どうって……どんな感じで答えればいいんだよ?」

「単純な事だ。お主が感じ、思い、その胸に去来したもの。それを言葉にすればよい」

「言うのは簡単だけど、それって結構難しいと思うぞ。うーん、そうだなぁ……」

 

 少しばかり文句を言いながらも、答えを探して頭を巡らせる一夏坊。考え込むという事は、何かしらを感じてはくれたという事だろうか。

 もともと、あの手合わせは一夏坊に奮起を促すためのもの。箒に気を取られてうっかり忘れてしまっていたが、当の本人にその効果がなければ何のためにやったのやらという話になる。

 

 頭を捻って考え込むこと、およそ十数秒。納得のゆく答えが見つかったのか、一夏坊は一つ頷いてから口を開いた。

 

「何というか、負けたくないって気分になったな。二人を見ていて自分もこうなりたいとか、対等になりたいというか、多分そんな感じだ。…………はは、そういや千冬姉に連れられて初めて道場に行った時もこんな感じだったっけ」

「一夏……」

「くく……そうか。負けたくない、か」

 

 一夏坊は期待通りの返答をしてくれた。いや、ある意味では期待以上のものか。その根底にあるものが何も変わっていなかったのだから。

 過去に誘拐の憂き目にあい、多少は影響が――もしやしたら悪い意味で――残るであろうと思っていた。だが、そんな心配は無用であったようだ。私の憂慮などものともせず、一夏坊はただ真っ直ぐに成長しているではないか。

 

「お主は相変わらず青臭いな。よく恥ずかしげも無く、そんな事を言えるものだ」

「あ、青臭いって……正直に言ったのに酷い言われようだ」

「だが、まあ――」

 

 それに「負けたくない」と語った時の瞳。そこには先ほどまでは見受けられなかった『光』が、確かに宿っていた。

 

「男らしい、良い答えだ。その思いが偽りとならぬよう精進するがいい」

「……はは、言われなくてもそうするさ」

 

 この様子ならば、私が手を貸さなくとも大丈夫であろう。思うが儘に進むことが出来る此奴に道標など不要。私はただ、無粋な輩が伸ばしてくる手を払い、その行く先を見守るだけでよい。

 

 そう心に決め、今度こそ剣道場を後にする。一夏坊に問答しているうちに日はさらに沈み、あたりは暗がりはじめていた。

 だが、私の胸中は若干ではあるものの、先ほどよりは明るくなっていた。悪しき事だけで一日が終わっては味気ない。ただ一つだけでも良き事を齎してくれた一夏坊に感謝するとしよう。

 

 ――あくまで、心の内だけであるが。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 IS学園は全寮制であるが故に、生徒たちは校舎に隣接された寮で寝泊まりする。いわば学生生活を過ごす三年間の家である。男の一夏坊でさえそこに入っているので、基本的に例外は無い。

 

 ……その筈であるのだが、私の部屋は寮に無かったりする。整備区画に隣接した研究区画、そこの一室が学園から私に割り当てられた自室の場所だった。

 これはこちらが要望した訳ではない。学園側が勝手に用意してきただけであって、姉者や千冬殿が圧力をかけたりなどした事実は一切ない。

 

 別に不都合があるわけでもないし、設備的にはむしろ都合が良いのでありがたく拝領した。一つだけ残念な事を上げるならば、寮と違ってルームメイトなど影も形も存在しないことか。

 多くの時間を共に過ごす友人という存在にも心惹かれるものがあったのだが、仕方あるまい。私の持っているIS関連のデータには世間一般にも知られているものから、下手をすれば国家機密に相当するものまであるのだ。何かの拍子に情報が漏洩するのを防ぐためにも、一人部屋にするのが妥当な判断だ。

 

 そのような訳で、私が今歩いているのは整備区画につながる通路だ。何でも、研究区画に行くには整備区画を突っ切っていった方が早いらしい。

 真耶から聞いた話だから間違いはないだろう。後日に比較して違った場合でも、教師の一人が近接格闘訓練で扱かれるだけだ。何も問題はない。

 

 その通路を一人で歩きながら私は悶々と思い悩んでいた。何をというと、他ならぬ箒のことだ。

 しばらくは静観することに決めたのだから、普通は思い悩むことなど無いだろう。だが、実際には悩んでしまっていた。正確に言えば、少しばかり後悔……もとい反省している。姉妹関係云々ではなく、即物的でごく当たり前な事で。

 

「やはり竹刀を斬ってしまったのは不味かったか? 消耗品とはいえ、仮にも彼奴の私物であっただろうし……」

 

 私が真っ二つにしてしまった箒の竹刀。あの時は正直なところ私も気が昂ぶっていて、あまりよく考えずにやってしまったのだが、後から考えると悪い事をしてしまった。

 明日会ったら謝らねば。まともに取り合ってくれる可能性は限りなく低いが、やらぬよりはマシであろう。相手をしてくれぬからと言って、人の私物を壊したのを無かったことにするなど私の矜持に反する。玉砕することになろうとも行かねばならんのだ。

 

 ……そういえば己が使っていたのも壊してしまっていたのであった。恐らく剣道部の備品であったのだろうが、壊した張本人が部外者の私であるからには弁償した方が良いのであろうか?

 

「そこらは千冬殿にでも聞いてみるか。竹刀一本はいくらだったか……む?」

 

 色々と考えながら歩いていると、いつの間にか整備区画にたどり着いていた。

 それはいい。問題は、そこにポツリと一人たたずむ生徒らしき少女の後ろ姿があった事だ。

 

「……機材は十分。場所も少し大きめにとれば問題ない……筈。ここなら、アレを完成させることだって……」

 

 少女はその水色の髪を揺らしながら、整備用の設備を物色しているようであった。何事かをブツブツと呟きながら動き回るその姿は中々に奇怪である。そこが日も暮れて人がいなくなった薄暗い場所であるのだから尚更だ。

 まあ、これも何かの縁だろう。近くを通る時に気付かれるであろうし、どうせならば声でもかけて行こうか。

 

「問題は私にそれが出来るのか……でも、それくらいしなくちゃあの人には――」

「もし、そこの少女よ。いったい何をしておるのだ?」

「ひゃあぁぁ!!?」

 

 途端、小さな物音がするだけだった空間に少女の甲高い悲鳴が響く。急な事態に身を固めていると、少女は瞬発的な動きで大型の整備器具の物陰に身を隠してしまう。頭半分だけ覗かしてこちらを見る眼鏡をかけた目には、警戒心がありありと浮かんでいた。

 声をかけただけでこのような事態になるとは想定外もいい所だ。あちらも驚いているのだろうが、私も同じくらい驚いておるぞ。というか身を隠すのが異様に早かった。何かの訓練でも受けておるのか?

 

「だ、誰っ!?」

「いや、別に怪しい者ではないぞ。何もせぬから怯えてないで出て来ておくれ。このままでは私が変質者みたいではないか」

「……変質者は皆そう言う。それに、そんな恰好と口調で言われても説得力がない」

 

 ぬぐっ! そ、そう言われると何も言い返せぬ……!

 私の服装は原型など色彩しか残っていない和服型の改造制服。それに加えて古風な口調、極め付けには左目の傷跡だ。怪しいと思わない方がどうかしている。このような時に己の特徴が仇となるとは想像だにしておらんかったわ。

 

 それはともかく、早急に何か弁明を考えなければあの少女の中での私のイメージが「侍かぶれの変な奴」になってしまう。下手に言葉を弄するだけでは疑いを深めることになりかねん。ここは物的証拠を以て説得せねば。

 とはいえ、そのような都合の良い品が手元にあっただろうか? 駄目もとで懐の内を探ると、意外や意外。丁度良いものがあるではないか。

 

「ほれ」

「わっ……」

 

 懐にしまってあった一つの電子手帳を取り出し、物陰から出てこない少女に投げ渡す。おっかなびっくりといった様子で受け止めた少女は、それを不思議そうな顔でまじまじと眺めた。

 

「学生証?」

「それで身分証明にはなるであろう。二度目になるが、怯えてないで出て来ておくれ。驚かしたことは謝るから、な?」

「……わかった」

 

 まだ警戒は抜け切っていなかったが、少女はこちらの求めに応じて出て来てくれた。

 改めて正面から見たその姿は、大人しそうな女子という言葉が似合うものであった。この少女が先ほど物陰に隠れる時に見せた身のこなしからすると、少なくとも身体能力は外見通りとはいかないようだが。

 付け加えて言うならば、その眼鏡には度が入っていないように見受けられた。伊達か?

 

「悪かった。急に話しかけては驚かせるのも無理はなかったな。配慮の足りぬ真似をした」

「別にいい。私も、大げさに驚きすぎた」

「そうか。忝い」

「…………」

「む、むう……」

 

 お許しは得られたものの、少女が私を見る目には未だに警戒心が残っているようだった。

 出会って数分で心を許せなどとは言わないが、もう少し柔らかい対応をしてくれてもよいのではなかろうか。誰彼にも関わらずそうしているのか、私相手だからそうしているのかは知らないが、そのような愛想なしでは人生を楽しむことなど出来ぬぞ。

 

「ところで、お主はこんな所で何をしていたのだ? わざわざ日も暮れて人のいない時間に一人で」

「どれくらい設備が整っているか確かめていただけ。かなり大掛かりな作業をする事になるから、その下見に」

「ほう、一年から大したものだ」

 

 制服のリボンの色から判断した学年に比して大きなことを言う彼女の言葉に感心する。

 整備室で作業するとなれば間違いなくIS関連のことだろう。まだ整備科が無い一年生、しかも入学して間もない時期からそれを為すほどの知識を持ち合わせているとは。もしかしたらオルコットと同じ代表候補生なのかもしれぬ。

 

「あ、あなたこそ、何でこんなところに来たの?」

 

 私がそうかそうかと頷いていると、今度は彼女の方から問い掛けてきた。心なしか早口で、その顔には少し赤がさしていた。

 ふむ、誉められて照れてでもおるのか? 私としては正当な評価をしただけだが、そのように急な話題転換を図られるとは、中々に可愛らしい反応をするものだ。

 まあ、そこを突っ込んで苛めるわけにもいくまい。素直に質問に答えてしんぜよう。

 

「私か? 私室がこの奥の研究区画にあるのでな、そこに向かう途中であったのよ」

「……生徒なんだよね?」

「おう。その学生証を見れば分かるであろう」

「じゃあ、何で部屋が寮じゃないの?」

「そこら辺は個人の事情という奴だ。別に訳を話しても構わないのだが……その前に他の事を済ませぬか?」

「他の事……?」

 

 私の言いだした事に少女は不思議そうな顔をする。

 なにも特別な事をしようとしているわけではない。人と人が会った時に為すべき当然のことをしようというだけの事だ。

 

「私たちはまだ名を交わしてなかろう。いつまでも互いに名を知らぬ状態で言葉を交わすというのは気掛かりが残る故、先にそちらを済まそうではないか」

「……つまり、自己紹介をしようという事でいいの?」

「然り。だが、別に要約せずともいいだろうに」

「あなたの語り口調は、古めかしくてたまに分かり辛い」

「それは生来の癖である故、どうしようもない」

 

 むしろ、これでも最初よりは改善した方であるぞ。爺言葉を出すことは無くなったからな。

 

「……まあ、いいや。私は、更識 簪。あなたの名前は――」

「うむ、心して聞けい! 我が名は……」

「――この学生証で、確かめればいいや」

「おおい!?」

 

 武士に名乗りを上げさせぬとは何たる仕打ち。衝撃のあまり、つい大声で突っ込んでしまう。そんな私を見て、更識と名乗った少女は――

 

「……ふふ」

 

 面白がるように、微かながらも笑みを浮かべておった。

 こ、此奴……最初から狙っておったな。小娘にしてやられるとは、私もまだまだ精進が足りないという事か。

 

 私の釈然としない様子を見て悪戯心が満たされたのか、更識は満足そうな顔をして学生証の方へと目を移す。キーを操作して立体スクリーンを展開、そこに表示された私の生徒情報を見ると、

 

「……っ!!?」

 

 途端に、びしりと固まってしまった。

 やはり驚いておるようであるな。狙ってやったわけではないが、心せよと言った意味が分かったであろう。

 

「更識、如何したか? そのような間抜け面をして」

「あ、あの……あなたって、本当に……?」

「くく……」

 

 やけに狼狽している更識から学生証を返してもらいながら、今度は私の方から笑みを向ける。

 この私がやられっぱなしで終わるとでも思ったか。名乗りを遮られた借り、お主の驚愕をもって返させてもらうぞ。

 

「改めて名乗らせてもらおう。我が名は篠ノ之 椛。一年一組所属の生徒にして、しがないIS研究者だ」

 

 やれやれ、ようやく自分で名乗れたな。昔からの習慣で、こうしないとどうにもすっきりしない。染みついた所作というものは中々抜けないものだ。

 

 ……それはそうと、更識は大丈夫であろうか? 何やら冷や汗のようなものが浮かんできておるぞ。顔色も若干青ざめているような気がする。

 私の名を聞けば少なくとも驚きはしようと思っていたが、このような反応をするとは思わなんだ。調子に乗ってやり過ぎてしまったのであろうか。

 

 そんな心配をしておると、更識は勢いよく頭を下げてきおった。

 

「す、すみませんでした!!」

「お、おい……」

 

 そう何に対してか分からぬが謝罪の言葉を述べると、呼び止める間もなく彼女は整備室から飛び出して行ってしまった。その速度はやはり、大人しそうな少女にしてはやや過剰なものだった。

 

 いや、確かに驚かそうという魂胆はあったが、別に逃げなくともよかろうに。私は妖の類ではなく単なる人間であるのだから、無垢な人を誑かしはしても取って食う気は無いぞ。

 はたまた、私の名が更識にとっては逃げるに値すものだったという事か。そうであったのならばどうしようもない。出来ることと言えば、無用であるというのに勝手に名を広めてくれたマスコミに心の内で文句をいう事くらいだ。

 

「…………はぁ。せっかく良い友人になりそうであったのだがなぁ」

 

 再び自室へと向かい始めながらも溜息をつく。

 まあ、いい。更識が整備室に用があるのならば、今日に限らずこれから会う機会はあろう。その時にまた声をかけてみるとしようか。相手が嫌がるのであれば、手を引くほかにないが。

 

 ……そういえば、「更識」という名はどこかで聞いた覚えがあったな。いったい何だったか。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ふう……」

 

 椛との試合の後、言われたとおりにしばらく休んでから私は寮の自分の部屋に戻ってきていた。ベッドに腰を掛け、息を吐く。圧倒的な実力者と対峙した緊張と文字通り自分の全力を出し尽くしたことによる疲労は、いまだ体に重くのしかかっていた。

 そう、私は全力を出したにもかかわらず、双子の姉にかすり傷さえ負わせることが出来なかったのだ。

 

「箒、どうかしたのか? そんな辛気臭い顔して」

「うるさい。私に構っている暇があるなら、その参考書を一ページでも進めたらどうなんだ」

「うっ……おっしゃる通りで」

 

 何でか知らないが私と同室になった一夏は、昨日再発行してもらった電話帳並みの厚さを誇る参考書を開いて勉強で遅れている分を取り戻そうとしている。心なしか、その姿はやる気に満ち溢れているように見えた。

 まあ何だ、腑抜けた事を言っているよりは随分と良くなったと思うぞ。傍目から見ていても、その勉学に打ち込む姿は格好よく……いやいや、好ましく思うぞ。あくまで一人の学生としてだがな。うん。

 

「椛にも発破掛けられたんだ。ここでやらなきゃ男じゃねえよな」

「…………」

 

 その言葉を聞いて複雑な心境に陥る。やはり一夏のそばにいるべきなのは、私ではなくあの人なのかと思ってしまう。

 

 私にとって双子の姉は複雑極まる感情を抱く存在だ。同じ時に生まれて共に育ってきたのだから家族の情は当然ある。だが同時に、一緒にいるのが躊躇われるほどの引け目を感じるのも、また事実だ。

 幼い頃はいつも一緒にいた。引っ張っていく役は椛の時も、私の時もあった。もっとも、私の時は我儘に付き合ってもらっているようなもので、椛の時は勝手に私が後をついていっていたようなものだが。あまりよく覚えてはいないが、この古風な口調もあの人から移ったものらしい。

 

 ――幼い頃の私に何で真似をしたと言ってやりたい。おかげで学校に入ってから苦労したんだ。

 

 例外があったとすれば、椛が姉さんのところで勉強していた時だろうか。一度だけ一緒になってやったが、私にはさっぱりわからなくて十数分と持たずに諦めてしまったのを覚えている。

 それに対して椛は石に噛り付く勢いで姉さんの教えを理解しようとしていた。その結果が今の名声に繋がっているのだろうと思うと、やはりあの人は凄いと素直に感じてしまう。正当な努力の末に手に入れたものなのだから、妬む余地などある筈がない。

 

 けど、武道の方はそうにもいかない。あれは最早、才能という言葉で片づけることは出来ない。齢五つの幼女が父親に本気を出させるんだぞ。いつも一緒にいたはずなのに、何がどうなってそうなったのかわからない。

 そんな化物じみた相手に私が敵う筈もなく、試合をしてはいつも負けていた。一夏が初めて道場に来た時もあっさり負けてしまって、それで私が弱いと勘違いして挑んできた一夏を叩きのめしたりもした。

 

 悔しかった。私と椛の何が違うのかと、家族に隠れて泣いたこともあった。

 

 だが、その時は今のように距離を開けるようなことはしなかった。確かにコンプレックスを感じてはいたが、それ以上に憧れていたからだ。父と渡り合う程に強く、どんなことがあっても決して曲げることのない強い意志を以て剣を振るう、その姿に。

 少しでもその姿に近づきたい。そう思えたからこそ、悔しさも成長のための発条にすることが出来た。たとえ負けてしまおうが、何度も何度も勝負を挑んでは少しずつその技を盗んで自分の糧にしていった。

 結局、あの人と過ごした日々は充実していたのだ。強くなっていく自分を実感して、それを全力でぶつけることが出来る相手がいて、負けてしまったらまた強くなるために剣を振るう。

 そして何よりも、私と一夏、椛の三人で笑い合っていたあの時が、今でも否定することが出来ないほどに――楽しかった。

 

 そんな日々が崩れ去ってしまったのは小学四年生の時、要人保護プログラムで転居せざるを得なくなった時のことだ。家族一同が集まった中で、椛が厳然とした表情で告げたのだ。

 

『私はここにとどまる。すまないが、これだけは譲れぬ』

 

 納得できなかった。何で私だけが一夏と、無二の友人と別れなければならないのか。何でお前はここにとどまるのか。感情に任せてそう問い詰めたが、椛はついぞ答えることはなかった。

 そして今から思えば妙に落ち着いていた両親――たぶん予め話してあったのだろう――に連れられて生まれ故郷を去る時、私の中でふとこんな考えがわいた。

 

 ……私が一夏の側にいれないのは椛より劣っているからだ、と。

 

 きっと的外れな考えなのだろうが、それは何度振り払おうとしても私の頭から離れてくれなかった。そして一夏が側にいる今でも、目を離した隙に自分の居場所が無くなりはしないかと、たまにそう思ってしまうのだ。

 今日の試合で勝てればそんな思いをせずに済むようになると思い全力で挑んだが、結果は惨敗。こちらは剣の腕が立つだけなのに対し、相手は武芸十八般のほぼ全てに通じる達人だ。当然の結果だった。

 

 それがまた椛との差を見せつけられた気がした。その時に湧いてきたどろりとした感情を自覚した途端、必死になって自分の心を締め切った。誰にも見られたくなかったのだ。あんな事(・・・・)を考えてしまうような、汚れきった心を。

 昔はそんな事なんてなかったのに、負けてしまっても次はどうやって強くなろうかと前を向いていられたのに、いつからこんな事になってしまったんだろう。ただ昔のような関係に戻るだけでいい筈なのに、それを認められない自分がいる。

 

 そんな複雑な感情を抱え込んでしまったせいで、今の私は椛にどう接すればいいかわからなくなっている。もう少し柔らかく話せればとも思うが、同時にもやもやとした物が胸に広がって突き放したくもなってしまう。

 ……情けない。こんな優柔不断な様子では、いつまでたっても中途半端な距離感でいるだけだというのに。

 

「よし、参考書の方はここまで! そろそろ授業の復習に移るか」

 

 急に耳に飛び込んできた一夏の言葉に、考えに沈みこんでいた意識が浮上する。どうやら随分と長い時間黙考してしまっていたらしい。時計の長針は最後に見た時よりも半周以上進んでいた。

 

 い、いけない。こんな長い時間後ろ向きな事を考え込んでいたら、一夏に暗い女と思われてしまう。どうにかして誤魔化さなければ。

 ……そうだ。勉強を手伝ってやる事で、私の知的なところを見せてやるのはどうだろう。そうすれば暗い顔で黙り込んでいたのも、物静かに佇む少女として好印象を与えられるかもしれない。うん、これで行こう!

 

「何なら私が手を貸してやろうか? 剣道場ではああ言ったが、一応お前のコーチを引き受けたのだからな。授業の事くらいなら教えてもいいぞ」

「いや、最初からはしてくれなくていい。人に頼ってばかりじゃ、いつまでたっても成長できないからな。どうしてもわからなくなったら頼むよ」

 

 ぐう、すげなく断られてしまった。けど言っている事は正しいし、その笑みを浮かべた顔は格好いい。それに、どうしてもという時は頼むと言われるのも悪い気は――

 

「まあ、椛にノートを借りているから自分の力だけとは言えないけど、これくらいはいいよな。初心者のハンデとして」

「…………ふんっ」

 

 前言撤回、お前はやっぱり軟弱者だ。

 

「あれ、何で急に不機嫌になっているんだ?」

「不機嫌になどなっていない」

「でも明らかに……」

「ごたごた言っていないでさっさと勉強しろ。明日になって千冬さんに叩かれても私は知らないからな」

「……わかったよ」

 

 まったく、事あるごとに椛、椛と……私に対して嫌がらせでもしているつもりなのか?

 それにハンデとは何事だ。昨日オルコットに啖呵を切った時は逆に与えようとしていたのに、勉学のことになったら都合よく言い訳として利用するというのは男としてどうなんだ。

 

「……なあ、箒」

「何だ!? 大人しく勉強することもできないのか!」

 

 苛々してきたせいで一夏への返事が荒っぽくなる。

 というか勉強しろと言ったのに、ノートを開けただけで声をかけてくるなんてどれだけ集中力が無いんだ。

 

「いや、早速わからなくてさ。悪いけど手伝ってくれないか?」

「いくらなんでも早すぎるだろう!? ノートを開けた途端にわからないと言うとはどういう事だ!」

「本当にわからないんだって! 嘘だと思うなら箒も見てみろよ!」

 

 そう言われて半信半疑ながらも椛のノートに目を通す。

 もしかしたら教科書以上に専門的な事が書いてあるのかと思ったが、そのような事は全くない。達筆な文字で授業の内容を事細かに記してあり、専門的どころかむしろ噛み砕いてわかりやすく書いてある。内容は誰が読んでも理解できる理想的なノートだ。

 

 ……ただ、表記方法に問題があった。

 なるほど。確かにこれは一夏にはわからないだろう。

 

「文字が草書体ではな……」

 

 この省略に省略を重ねた書体では、一夏にはミミズがのたくったようにしか見えなかったに違いない。

 椛の奴め、人に貸すなら普通の文字で書けというのだ。昔から変な所で抜けていて、そのたびに私が後始末をしているんだぞ。もう十五なんだからそこら辺もしっかりしてほしい。

 

「仕方ない。私が読み上げるから、それを写していくといい」

「おお、サンキュー箒。やっぱり持つべきものは良き幼馴染だな」

「それを言うなら良き友だろう」

 

 ……まあ、その抜けているところも含めて、椛は何も変わってはいないのだろう。つい暴力を振るってしまいがちな私でも卑下することなく、時に諭し、家族として大事にしてくれた、あの頃から。

 だからといってすぐに態度を変えることは出来ないが、せめて普通に話せるくらいには出来るように努力しよう。今のままでは、鈍感な一夏でも流石に気懸かりにしてくるであろうから。

 

 いや、考えてみれば普通に接するくらい努力しなくても出来る事だった。

 この六年で、自分の感情を押し殺すのにはすっかり慣れてしまったのだから。

 

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