IS ‐もののふ少女伝-   作:お倉坊主

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第六話 誇り有る者

 IS学園の新学期が始まってから四日。新入生たちはようやく学園の生活に慣れ始め、教師陣は試験運転は終わりとばかりに授業の厳しさを吊り上げていく時分である。噂によると、とあるクラスでは抜き打ちテストが行われたのだとか。そして結果が基準の点数に満たなかった者は補習および再テストとなり、貴重な自由時間を潰すことになった……と聞き及んでいる。

 ちなみに我らが担任である千冬殿は最初から完全稼働状態で、試験運転など生温いとばかりに生徒を扱いておった。授業中に何の前振りもなく質問、間違えれば容赦なくそれを指摘、そして辛口の一言と共に正しい知識を教授する。厳しいことだ。

 だが、そのような気力を搾り取られるような指導でも、生徒たちは未だに弱音を吐いてはいない。そのあたりは、流石に厳しい入試を乗り越えて入学を勝ち取って来ただけの事はある。お小言の一つや二つくらいで挫けはしないという訳だ。

 ……ごく一部の生徒は罵られて逆に恍惚とした表情を浮かべておったが、それらについては捨て置いておく。そのような性癖を否定する気はないとはいえ、理解できるかと問われれば首を捻ってしまうのでな。

 何はともあれ、その勉学への姿勢と気概は大したものだ。そして先日の一件で火が付いたのか、一夏坊もそれに倣ってひたむきに知識を吸収しておるようで嬉しい限りだ。発破をかけた甲斐があったというものである。

 

 そのような未来への展望あふれる若人たちと過ごした後に訪れた放課後の時間、私がいるのは第三アリーナのピットだ。

 そう、本日は木曜日。千冬殿が指定したオルコットを相手にした入学試験の当日である。

 

「うわ、観客席のほとんどが埋まっているぞ。たかだか一人の試験を、何でこんな大勢が見に来ているんだ?」

「推測だが、オルコットの専用機が目当ての者が多いのであろう。試験段階とはいえ、新進気鋭の第三世代型機だ。一目見ようと思ってもおかしくはあるまい」

 

 試合開始前の準備を整えるピットにいるのは私だけではない。アリーナの全景を表示しているスクリーンに映る観客席の混み具合を見て唸る一夏坊。そして彼に引っ張られるようにしてやって来て、今は壁際で黙り込んでいる箒もいる。

 一夏坊はともかく、箒まで来るとは想像外だった。斬ってしまった竹刀の件で謝った際も拒絶することはなく素っ気無い態度で受け答えてはいたが、根の部分では私の事を避けていると思っていた。なのに、一夏坊が無理に誘ったからとはいえ自ら赴いてくるとは……やはり他者の心は理解し難い。

 

「第三世代型機っていうと……今、色々な国が開発している新型のISなんだっけ?」

「うむ。第一、第二世代型機で完成した基礎をもとに、新たにイメージ・インターフェイスを用いた特殊兵装――俗に言う第三世代型兵器が搭載されているのが特徴であるな。国ごとに様々なアプローチを試みておって、私が調べた限りではいずれも個性に富んだ性能を持っていて中々面白い」

「……そういうのは機密になっているんじゃないのか?」

「カタログスペック程度なら公開しておるよ。あくまで目安にしかならんが」

 

 黙り込んでいた箒の純粋な疑問に答える。

 学園に専用機持ちを入学させるには、少なくともどのような機体であるかは知らせなければならない。他にも欧州の第三次統合防衛計画――イグニッションプランに参加している国はコンペに勝つために機体性能の宣伝をしておるし、そうでなくとも外部に全く情報を開示していない国は滅多にいない。適度な威圧感を出すと共に、開発方針が他国と被らないようにするためだ。

 そのような訳でどこぞの馬鹿姉者のようにハッキングせずともある程度の情報は手に入るのだが、それは表面上の物に過ぎない。第三世代型兵器の詳細な機構など開示するわけがないし、最高巡航速度は何々と記されていても、それが真実とは限らない。公開されたスペック上はそうなっていても、実機ではそれを上回る可能性もあるし、はたまた下回る可能性もあるのだ。

 まあ、だからこそ実機の性能を見るために多くの観客が詰めかけて来ているのだろう。イギリスの最新技術を目にする機会がこんなにも早く巡って来たのだ。国家または企業に所属していなくとも、誰もが興味を持つであろう。

 

「そうか」

 

 そう説明すると、箒は軽い返答をしてまた黙り込んだ。

 またもや素っ気無い反応……彼奴の中で私への対応はそうすることに決めたのであろうか? だとすればそれに合わせるが、何とも寂しい限りだ。無視されるよりはいいのだが。

 そんな微妙な気分に陥っていると、通路に繋がる自動扉が空気の抜ける音共に開くのが目に入った。そして当然というべきか、そこにいるのは担任の世界最強であった。

 

「そろそろ試験開始時間だ。篠ノ之姉、準備しろ」

「む、もうそんな時間か。承知した」

 

 唐突にピットに入ってきた千冬殿が指示を出す。

 無駄が無いのは結構な事だが、前置きくらいはしても良いのではないか? 私はともかく、一夏坊は急な事に頭が追いついておらん様子であるぞ。

 

「お前たちもいたのか。織斑、篠ノ之妹」

「え……あ、ああ。椛の試合がどうしても気になったからさ」

「……私はただの付添いです」

「要するに応援か。まあ、観客席でしなければいけないという規則もないし、別にいいだろう。だが織斑、自分の対戦相手の情報を探るというのは思いつかなかったのか? 余裕をかますのは自由だが、当日に無様を晒すなよ」

「ぐうっ!? わ、わかりました……」

 

 実姉からの厳しい言葉に言葉を詰まらせる一夏坊。

 まさか本当に私の応援をする事だけを考えておったのか。腹の内では先に相手の戦術を観察できる利点も見込んでここにやって来たのであろうと思っていたが、まさかここまで純粋な奴であろうとは。好ましい人格とはいえ、社会に出てから苦労しないか心配になる。

 そこらの事を考慮した上で千冬殿も厳しい事を言っているのであろうが、それでもやはり刺々しいものに聞こえてしまうのは致し方のないことだ。まあ、普段の授業風景にはそれに真耶の優しさとも甘さとも取れる態度が加わる事で均衡を保っているのだが……ん?

 

「そういえば織斑教諭、山田教諭は一緒ではないのか? どうも姿が見えないようなのだが」

「言われてみればそうだな。いつもなら一緒に来そうなもんだけど」

「ああ、山田先生ならこちらには来ないぞ。試験監督を担当するのは私だけだ。言っただろう、教員は忙しくて手が空いていないと」

 

 ふむ、確かにそうは言っていた。一応は理屈も通っているであろう。

 しかしながら、それだと何故千冬殿が試験監督を務めることになったのであろうか? 担任だからという理由で済むものかもしれないが、ならば副担任の真耶でも別に問題は無かろう。

 そもそも、副担任より担任の方が仕事は多いはずだ。それにもかかわらず千冬殿がこちらに来ているという事は、恐らく真耶が仕事の一部を肩代わり、もしくは押し付けられている可能性が……

 

「――余計な事を言うなよ、篠ノ之姉。大人には大人の事情というものがあるんだ」

 

 ……まあ、その事については忘れるとしよう。わざわざ自分から地雷を踏みに行く必要などあるまい。

 ただ、次に真耶に会った時に労いの言葉くらいはかけておこう。それがせめてもの情けだ。

 

「さて、無駄話はこれで終わりだ。さっさと準備をしろ」

「別に無駄と言わなくても良かろうに」

 

 千冬殿の急かす言葉に、それこそ無駄口を叩きながらも準備を始める。

 とはいっても既にピット内に私が使う打鉄は運び込まれており、制服の下にISスーツも着込んでいる。することと言えば制服を脱ぐだけだ。さっさとそれを済ませてしまえば、後はISを纏うのみ。

 歩を進め、ピットの一角に鎮座する打鉄のもとへと向かう。待機状態で沈黙を保つその姿は、かつての生で多く見た武者鎧の如く目に映る。もっとも、その本質は天と地ほどに違うが。

 無機質な鋼色の装甲に手を付ける。ひやりとした冷たさと共に、体の芯に届く温かさを感じる。やはり、この感覚は良いものだ。ISに関わって早十年経つが、これは何時何時でも心地よく感じる。

 

(お主の力……一時ではあるが貸してもらうぞ、打鉄よ)

 

 心の内で語りかければ、それに応えるかのように装甲が展開し、打鉄は私を受け入れる態勢を整える。その装甲が展開したことによりできた空間に背を預けると、僅かな駆動音を響かせながら打鉄は完全に装着され稼働状態へと移行した。

 

 ――ハイパーセンサー、感度良好。

 ――被膜装甲(スキンバリアー)、展開完了。

 ――PIC(パッシブ・イナーシャル・キャンセラー)、出力安定。

 ――各駆動部、推進機関、問題なく機動可能。

 ――ISコアおよびエネルギー供給ライン、正常状態。

 

 ざっと確認事項を洗ってみても問題は見られない。此奴も含めて、学園のISは大切にされているようで何よりだ。

 

「よく整備されている。流石と言った所か、腕の良い整備士がそろっておるようだな」

「ISはそこらの備品とはわけが違う。入念に整備することも、それをする者を手塩にかけて育て上げるのも当然のことだ」

「くく……違いない」

 

 PICで機体を浮遊させながら三人の方へと意識を向ける。ハイパーセンサーにより明晰化された視覚には、どことなく心配げな一夏坊、いつも通りの泰然自若とした様の千冬殿、そして顔を無表情に固めたまま眉一つ動かさない箒の姿が映る。三者三様とはまさにこの事か。

 そんな感想を抱いていると、ふとハイパーセンサーが脳に情報を送ってきた。

 

 ――相対方向にてISの起動を確認。戦闘待機状態で移動中。

 

 それに一拍遅れるようにして、アリーナの方から観客の声援が鳴り響く。

 どうやら相手は準備万端のようだ。ならば、私もそろそろ行くとするか。

 

「では行ってくる。オルコットも既にお待ちかねのようだ」

「ああ……負けんなよ」

「誰にものを言うか。勝負ごとに負けに行くほど落ちぶれてはおらぬぞ」

「ふん、なら精々好きに暴れてくるんだな」

「おう。好きにやらせてもらおう」

 

 心配そうな一夏坊には冗談めかして、気心の知れた千冬殿には軽口のようでいて割と本気の言葉を投げ交わしながらもゲートへと向かう。その最中、ハイパーセンサーの360度視点により背後の箒を見やるが、そこにあるのは相変わらずの無表情。口を開く様子も無い。

 やれやれ、本当にどうしたものか。避けてくれたのならばしばらくはそのままにしておくつもりだったが、この微妙な距離感では何をすればよいのかさっぱりわからん。

 ゲートの開放を待ちながらそう思い悩むが、数秒でその思考は打ち切った。分からぬのならば考えても仕方がない。兎にも角にも、今は目前の事に集中しようではないか。一夏坊や箒、そして希望ある前途を進む者たちのためにも。

 ……おお、そういえば一つ聞き忘れていたことがあったな。

 

「千冬殿。つかぬ事を聞くが、この試験は映像記録に残るのか?」

「ああ、そうだ。試合映像はデータベースに保管され、申請をすれば誰でも閲覧できるようになる。自身の欠点の洗い出しや、他の者の動きを参考にするためにな。それがどうかしたか?」

「いや、特に深い意味はないとも」

 

 千冬殿には少し訝しげな顔をされたが、別に問題なかろう。どうせ試合中に気付くことであろうからな。

 では往こうか打鉄よ。我らが敵の待ち受ける決闘の地へ。

 鈍い音共にゲートが開放される。その向こうに見える蒼天へと、私は身に纏うものに己の意志を乗せて飛び立った。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「まさか本当に訓練機でわたくしの相手をしようだなんて……いくら椛博士とはいえ、些かわたくしの事を過小評価なさっているのではありませんか?」

 

 ゲートから飛び立ち、歓声を浴びながら試合前の規定位置に着いたところでオルコットは開放回線(オープンチャンネル)で私に非難混じりに問うてきた。

 やれやれ、まだそれを引き合いに出すのか。いい加減納得してほしいものだ。

 

「私はむしろお主が何故そこまで専用機に固執するのか聞きたいな。別に訓練機の相手をするのが嫌な訳ではあるまい」

「ふん、理由など当たり前の事ですわ。椛博士は世界でも有数のIS研究者。それならば使用するISもその優れた技術を用いて作り上げたものに違いない……わたくしだけではなく、この試合の話を聞いた人のほとんどがそう思っていました」

 

 淡々と語るオルコット。ただ有りのままの事を口にするその様には、何に対する感慨も見受けられない。

 だが次の瞬間、その瞳には怒りに似た感情が浮かび上がっていた。

 

「ですが実際は何の変哲もないただの打鉄。これに失望せずにどうしろと? このわたくしのブルー・ティアーズの前では、そんなものは敵にすらなり得ませんわ」

 

 そう言いながらオルコットは身に纏う蒼い装甲を撫でる。まるで騎士が己の剣に指を奔らせるかのように。

 イギリスの第三世代型機『ブルー・ティアーズ』――BT兵器を搭載することでオールレンジ攻撃を可能とした機体だったか。確かに打鉄はお主のISに性能では劣るであろう。打鉄は第二世代型機の中でも初期に設計されたもの、最新鋭機とは悪い意味で比べものにならぬ。

 

「くく……」

「……何が可笑しいんですの?」

 

 だが、その程度で勝利を確信するとは……存外、短慮に過ぎる性格らしい。

 

「なに、お主の中での私はどうも過大評価されているようだと思ってな」

「過大評価、ですって?」

「然り。お主も含めて多くの者は私が専用機を使って当然と考えていたようだが、そう易々と使えるほど私の立場は強くない。所詮は一介の技術者だからな」

「つまり、椛博士とて世情に足を捉われる存在にすぎないという事ですか」

「当然であろう。私は超越者ではなく、ただの人間なのだ」

 

 いくら力があろうと、知識があろうと、それは変わらない。人が人の世に生きる限り、必ずどこかでしがらみは生まれる。そして力を得れば得るほどに、それは増していく。力有る者には同時に責任が伴うからだ。

 姉者や私のような技術を持つ者には生み出した物に対する責任が。千冬殿のような純粋な力を持つ者には、それを振るった結果を背負う責任が。専用機持ちにも、ISについて学ぶ権利を勝ち得たこの学園の生徒にも、それぞれに責任としがらみが付いて回る。

 

「だが、例え専用機を用いなくとも負ける気など私にはない。性能で劣るとはいえ、油断してかかれば痛い目に合う事を約束してしんぜよう」

「……ならばこちらは徹底的に叩き潰すことをお約束しましょう。技術屋風情が、代表候補生に勝るわけがない事を教えて差し上げますわ」

 

 しかし、そのしがらみの中で生きるからこそ人はその真価を発現できる。思い通りにならない現実を前にして、「それでも」と前に進むために足掻ける者が本当に強い人間なのだと、私は信じている。

 それを示してみせよう。この場にいる全ての者に。

 

『これより篠ノ之 椛の入学試験を開始する。試験官は臨時採用のセシリア・オルコット。双方ともに準備はいいか?』

「おう」

「はい」

 

 通信から千冬殿の声が響く。それに対し返答をすると共に、互いの間に緊張に満ちた空気が漂い始める。

 

『よし、では試験開始だ。好きに始めろ』

「わかりました。では……」

 

 千冬殿に応えると、オルコットはおもむろに右手を水平に掲げた。その手先に瞬間的に光が集束し、人の背丈ほどはあるのではないかという程の長大な銃身を形成する。

 『スターライトmkⅢ』――高い火力を誇る大口径レーザーライフルだ。

 

「そちらは何も武器を出さなくてよろしいのですか?」

「構わぬ。始まる前から相手に間合いを知らせる必要もあるまい」

「確かに、そういう考え方もありますわね」

 

 私の言い分にオルコットは納得したような様子を見せるが、同時に欠点も理解している筈だ。無手の状態では先制をすることは出来ない事はもちろん、武装を呼び出し(コール)して展開するのに数瞬とはいえ隙が生まれる。今のオルコットはその隙をどう突くかを考えているのであろう。

 まあ、武装の展開速度には多少は自信がある。そちらは特には問題にはなるまい。後はオルコットの不意を突けるかどうかが、最初の流れを決める要点か。

 

「では踊っていただきましょうか。このわたくしと、ブルー・ティアーズが奏でる円舞曲(ワルツ)と共に!」

 

 長大な主兵装がこちらに銃口を向ける。同時にエネルギーの集束を伝えるアラートが頭に響き、相手が完全に戦闘態勢に入った事を知らせる。

 

「生憎と西欧の踊りは知らぬ。代わりと言っては何だが……」

 

 それに呼応してこちらも意識を戦闘状態へと切り替える。態勢はほとんど変わっていないが、目はオルコットの一挙一動を捉え、脳は敵を如何に打倒するかを思考する。

 

「この身に染みついた武の舞を以て、お相手仕る!」

 

 私の言葉と共に、その場に満ちていた緊張は飽和を迎える。

 人に人以上の力を与えるものを用いた二人だけの小さな戦の火蓋が、今まさに切って落とされた。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「墜ちなさい!」

 

 先手は当然ながらオルコットが取った。レーザーライフルの銃口が閃き、膨大な熱量を持つ破壊の矢が放たれる。対して私は後ろに退くのでもなく、横に飛ぶのでもなく、前に進みながら高速で迫るそれを身を捻って躱した。

 予想外の躱し方だったのか、オルコットは僅かながら身を固める。狙い通りだ。躱した勢いのままに直進し、メインスラスターを全開にすることで更に距離を詰める。

 

「いざ……!」

 

 武装を展開、右手に太刀を模した近接ブレードが握られる。開始直後のため彼我の距離はそれ程遠くはない。すぐさま間合いの内に入れ、横薙ぎの一閃を見舞おうとする。

 しかし、オルコットは仮にも代表候補生。予想外の行動をとられたくらいで何時までも硬直しているわけも無く、その場から急上昇することで私の剣閃から逃れた。

 

「残念でしたわね。その程度ではわたくしを捕らえる事など出来ませんわ」

「…………ふん」

 

 上昇して距離を取りつつも、オルコットは再びこちらに狙いを定めようとする。

 機体の速度はあちらの方が上。追撃しようにも迎撃に晒されるのが関の山であろう。たとえ取り回しの悪い大型火器であってもそれが可能なほど、打鉄とブルー・ティアーズの機動力の差は大きい。

 

「誰がこれで終いと言った?」

「なっ……!?」

 

 もっとも、それは近接ブレードに限った話。武装を変えれば問題はない。

 ブレードを空振りした状態からPICを操作して姿勢を転換。背を地に向けることでオルコットを前面に捉える。そして姿勢転換の間に左手に展開した銃器――五五口径アサルトライフル『ヴェント』をフルオートで掃射した。

 

「くうっ!」

 

 蒼い装甲に着弾の火花が散る。片手で撃ったのでお世辞にも狙いが定まっているとは言えないが、直線上に相手がいれば適当な射撃でも当たるものは当たる。火薬の炸裂音と共に放たれた銃弾の幾つかはブルー・ティアーズのシールドエネルギーを削っていった。

 黙ったまま撃たれてはいられないとばかりに、オルコットも回避機動を取りながら応射する。だが、拙い。弾道を見切って回避するのも実に容易い。

 

「剣で届かないと見た途端に銃を使うなんて……ジャパニーズサムライなのは外見だけという事ですの!?」

「それは偏見というものだ。侍とて火縄銃くらいは使っておったぞ」

「屁理屈を!」

 

 何とでも言うがよい。あと私は侍ではなく武士だ。別に声に出して訂正するほどの事でもないが。

 撃ち切った弾倉を捨て、新たに展開して装填。今度は三発のみを速射する。近接ブレードは格納(クローズ)して銃身を両手で保持し、手数よりも精度を重視する。

 一連の動作の間にもこちらを滅さんとする閃光は降り注ぎ続けているが、簡単には当たってやれない。落ち着きを取り戻したのか正確さを増してきている射撃を、小刻みに動き狙いを絞らせず、銃口の向きから弾道を予測することで躱し続ける。

 

「ああ、もう……じれったい戦い方をする人ですわね!」

「そちらこそ、そろそろ出し惜しみは止めたらどうだ? 噂のBT兵器、まさか実戦での使用に耐え得ぬ欠陥品ではあるまい」

「……いいでしょう。なら御覧なさい、このブルー・ティアーズの真骨頂を!」

 

 オルコットがいったん静止してレーザーライフルを掲げる。

 ……正直なところ隙だらけなのだが、ここは彼奴の様式美を尊重するとしよう。下手に接近して反撃を喰らうのも避けたい。

 

「おいでなさい、ブルー・ティアーズ!」

 

 声高に響いたオルコットの指示を受け、本体から四つのフィン状のパーツが分離する。それらは彼女の手の動きに従い周囲を旋回すると、従順な猟犬のようにピタリと主人の近辺に静止した。

 あれがイギリスの第三世代型兵器、イメージ・インターフェイスを利用した自立機動兵器か。スターライトmkⅢよりは小口径だが、同様のレーザーを放つ銃口が四つ増えたと考えれば中々の脅威と言える。単純であるが故に効果的な手法だ。

 

「さて、あなたはこの子たちを前にして何時まで耐えられるでしょうか?」

「御託はいらぬ。さっさと掛かってくるがよい」

「ふふ、後で後悔なさらない様に……お行きなさい!」

 

 管弦楽団の指揮棒のように振るわれたレーザーライフルを合図に、ブルー・ティアーズ――差別化を図るために今後は『ビット』と呼ぶとしよう――は空を駆ける。それぞれが複雑な軌跡を描いて駆け巡り、瞬く間に私の周囲に布陣した。

 

序曲(オーヴァーチュア)は終わり。ここからは交響曲(シンフォニー)の時間ですわ!」

 

 刹那、四つの光条が私に咬みつかんと迫り来る。何とか躱し切るが、猟犬からの攻撃は一度ばかりでは終わらない。執拗なまでに幾度も仕掛けられては、流石に凌ぎ切れなくなるのが道理だ。何発かは肩部の物理シールドで受け止めることになり、徐々にではあるがシールドエネルギーが持っていかれる。

 振り切ろうにも、打鉄は防御力を重視したISだ。機動力は鈍重と言わざるを得ず、機動力に勝る相手――しかも本体より小型で小回りが利くビットの包囲網から逃れることは適わない。

 

「わたくしの事もお忘れにならないように……そこですわ!」

「むう……」

 

 そして合間を突くように放たれる本体からの一撃。時に無理な回避姿勢を強要され、その直後にやって来る四筋のレーザーの被弾率を上げさせられる。

 状況はこちらが不利。序盤に取ったアドバンテージはこの時点で帳消しになったと考えて間違いない。客観的に評すれば、むしろ押され始めているとさえ言えるだろう。

 

 ――それがどうした。逆境など跳ね返さずして何とする。

 

 包囲網から抜けられぬのならば、抜けようとする必要などない。降り注ぐ光線を掻い潜り、氷上を滑るかのような機動を行いつつ、包囲網の外を悠々と漂いながらこちらに狙いをつける姿を捉える。その余裕が浮かぶ表情に照準を付けるや否や、即座にヴェントを構えて引き金を引き絞った。

 

「あうっ!?」

 

 小気味の良い音に乗って飛び出した三発の弾丸は、包囲を抜けて吸い込まれるようにオルコットへと向かう。一発は被膜装甲に弾かれ、もう一発がそこに穴を穿ち、最後の一発が標的の眉間に命中した。

 着弾の衝撃が伝播するようにビットの動きが鈍り、その隙に態勢を整えてフルオートでの射撃を試みる。オルコットが直ぐに弾幕から逃れて攻撃を再開させたのであまり当たらなかったが、その表情から余裕を取り払う程度の成果はあった。

 だから言っただろう。油断して掛かれば痛い目に合うと。

 

「くっ、わたくしに絶対防御を発動させるなんて……」

「うつけ者め。戦場で立ち止まるなど下策中の下策であるぞ。入試主席がその程度もわからぬとは、片腹痛いわ」

「こ、この……!」

 

 眉間に直接撃ち込んだ一発でシールドエネルギーの差は稼げた。だが、あのような手が通じるのは一度限り。次は良くて装甲を叩く程度にしかなるまい。それではこちらが先に消耗する羽目となる。

 勝負をつけるにはあと一手足りない。その一手をどうするか考えを巡らせつつ、再び牙を剥いてきたビットの合間を縫って空を舞った。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「……すげえ」

「…………そうだな」

 

 ピットから千冬姉に連れられてやって来た管制室。そこに備え付けられた大型スクリーンに映る激戦を目にして、俺はただ呆然と呟くのがやっとだった。

 宙を飛び交い、絶え間なくその銃口を閃かせる四つのビット。それらを制御しつつ、手に握るレーザーライフルで狙撃するセシリア。そして自分を狙う光の嵐をやり過ごしながらも、反撃の手を緩めず互角の戦いを展開する椛。試合はまさにデッドヒートと呼ぶべきもの発展していた。

 始まる前はあんなに騒々しかった観客席も今は静かなものだ。皆が固唾を飲んで試合の行く末を見守っている。俺も、箒も、この試合を見ている全ての人たちが。

 

「椛の奴、何を考えている? あの程度で梃子摺るわけがないだろうに……」

 

 ただ例外が一人だけいて、千冬姉はさっきから苛立たしげに画面の向こうの椛を睨みつけていた。

 正直なところ、かなりおっかない。例えて言うなら真横に抜身の刀を持った奴がいるようなものだ。俺はもちろん、心なしか箒も冷や汗をかいているように見えた。

 このままじゃ精神的な負担がやばい。危険ではあるけれど、理由くらいは聞いて苛立ちを軽減しなければ。

 

「な、なあ千冬ね……」

 

 スパァン!

 

「……織斑先生、さっきからご機嫌がよろしくないように見えるのは何故でしょうか?」

 

 少し呼び方を間違えたくらいで叩かなくてもいいじゃねえか。というか、その出席簿はどこから出てきたんだ?

 

「何故だと? そんなもの、そこで未熟者とやりあっている小娘の戦いぶりのせいに決まっているだろうが」

「え、それだったら良くやっているんだから、別に不機嫌になる必要なんて……」

「良くやっている、か。実のところを知らない奴が見たらそう思うだろうが、私は違うな。あれはオルコットに合わせてやっているようなものだ」

 

 そう言って千冬姉はますます眉間に皺を寄せる。

 あ、あれ? 苛立ちを軽減させるどころか、逆に加速させているような……

 

「それは椛が手加減をしているという事ですか?」

 

 唐突に千冬姉に質問する箒。こっちも何故か表情が険しい。

 それはともかく手加減だって? あの椛が?

 

「言ってしまえばそういう事だ。今のあいつは本来の半分程度しか実力を出していないだろう」

「あれで半分って……どんだけ強いんだよ。セシリアも言ってたけど、あいつ本職は一応技術者だろ?」

「別に不思議に思う事はないだろう。現役時代の私の練習相手をしていたんだ。それなりに強くなくては歯応えが無くて困る」

 

 世界最強の練習相手か……それは嫌でも強くなりそうだ。まあ、椛の事だから嬉々として相手を務めていたんだろうけど。

 

「ともかく、今の篠ノ之姉は基礎操縦技術こそ手を抜いていないが、自分の持ち味を全く出していない。意味も無く手心を加えるような奴じゃない筈なんだが……いったい何を考えているのか」

 

 それは確かに俺も思う。椛は大怪我しないようにするためのもの以外、手加減なんて滅多にしない。剣道の鍛錬の時だって容赦なく打ち込んでくるし、面倒くさくなれば一撃で仕留めに来る。相手が格下だろうと全力で潰しにかかる鬼のような、それでいて誠実な奴なのだ。そんなあいつが手を抜くのは、俺が知る限り本当に気が乗らない時だけだ。

 だけど今はそうでは無い筈だ。試合前の様子からして、気が乗らないという訳ではなさそうだった。

 それなのに何で自分に枷をはめるような真似をしているのか、俺にはさっぱりわからない。もっとも、椛の考えを自発的に理解できたことなんて数える程度しかないけど。

 

「手加減してあの強さ……しかも訓練機で専用機を相手にしてあそこまでやれるのか」

「まあ、今のお前たちには強く見えるかもしれないが、あの程度なら半年くらい真面目に訓練を積めば何とか手が届くレベルだ。それに性能差は絶対的な差には為り得ないぞ、篠ノ之妹。そんなものは戦術次第でどうとでも出来る」

「そ、そうですか? 何か特別な才能があるから専用機相手にあそこまで出来るのでは……」

 

 千冬姉の言葉に箒が意表を突かれたような顔をする。

 正直な所、俺も箒と同じような事を考えていた。他のクラスメイトから聞いた話じゃ、専用機は性能が段違いっていうことだったからな。それにどう考えても、あの場にいるのが椛じゃなくて俺だったら勝てる気がしない。

 

「ふん、それは新入生にありがちな悪い先入観だな。確かに機体性能は重要な要素だが、扱うのは操縦者自身だ。機体の特性を理解し、それを十全に発揮できる戦術を構築する頭脳と実行する技術を併せ持てば、性能で劣っていても余程相性が悪くない限り簡単に負けはしない。今の篠ノ之姉がいい例――」

 

 そこまで説明したところで、千冬姉は突然声を途切らせた。いつもは鋭い目を見開いて、少しではあるけれどその顔には驚きに似た表情が浮かんでいた。

 

「……なるほど、そういう事か。どうりで基本通りの動きしかしないわけだ」

「へ? 何がそういう事なんだ?」

「篠ノ之姉が手を抜いていた訳だ。あの小娘、この場を利用して新入生の意識改革でも行うつもりらしい」

「い、意識改革?」

 

 いきなり話が大きくなって頭が付いていかなくなる。箒もそれがどう椛が手加減していた訳に繋がるのかわからないらしく、俺たちは揃ってきょとんとしてしまった。

 

「あまり小難しい話ではない。要するに、あいつは訓練機では専用機に勝てないと思い込んでいる奴らに訓練機なりの戦い方を見せることで、その下らない先入観を取り払おうとしているんだ」

「それがどうして手加減することに?」

「大方、基本的な操縦技術に限る事で誰でも参考にしやすいようにしているんだろう。その証拠に先ほどから使っているのは無反動旋回(ゼロリアクトターン)三次元躍動旋回(クロス・グリッドターン)、初歩的なシューター・フローといった一年の内に学ぶ基礎技術ばかりだ」

 

 千冬姉が言っている基礎技術に関してはチンプンカンプンだけど、椛がやろうとしている事はなんとなく理解出来た。つまりは皆の手本になろうっていう事か。

 

「試合開始前に聞いてきたアレもこのためか……あいつは教材でも作るつもりなのか?」

 

 さっきまでの苛立ちからくる険は取れたけど、今度は呆れを浮かべて試合の様子を見やる千冬姉。

 千冬姉の言うアレとは、たぶん椛が「この試験は記録映像に残るのか?」と聞いてきた事だろう。あの時は何でそんな事を聞くのかと思ったけど、これを考えての事だったっていう訳か。そりゃ千冬姉のツッコミももちろんだ。

 

 試合に目を戻してみると、お互いに決め手を欠ける膠着状態になっているように見えた。セシリアのレーザーはほとんどが躱され、当たったとしてもシールドによって防がれ大きなダメージを与えられない。一方の椛はアサルトライフルだけでは装甲を少し削るくらいの火力しかなく、シールドで防いでいるとはいえダメージが徐々に蓄積しているようだった。

 それぞれの機体は所々の装甲が欠けて、管制室のモニターに表示されているシールドエネルギーの残量も三割を切っていた。酷い損傷はないが、見た目は既にボロボロだ。あまり長く戦い続けることは出来ないと思う。

 

「二人とも消耗してきたな。そろそろ仕掛ける頃合いか」

「仕掛けるって……どっちが?」

「篠ノ之姉の方だ。闇雲に撃っていたオルコットと違って、ずっと相手の事を観察していた。隙や弱点の一つくらいは既に見抜いているだろう」

「……なあ箒、どっちが観察していたかなんてわかったか?」

「……いや、全然わからない」

 

 だよな。そんな事がわかるなんて、流石はブリュンヒルデだ。常人じゃ出来ない事を易々とやってのけてくれる。

 何にせよ、そろそろ決着が近いらしい。流れを見失わないようにしっかり見ておかなくちゃな。

 ……あ、その前に気になる事を一つだけ聞いておこう。

 

「織斑先生、椛って本気出したらどれくらい強いんですか?」

「そうだな……IS勝負で私があいつに負けた事はないが――」

 

 そこで言葉を区切り、にやりと笑って千冬姉はまるで自分のことを自慢するかのように言った。

 

「PICのマニュアル操作技術は、私より上手いぞ」

 

 ……うん、何が凄いのかよくわからない。

 やっぱりまだまだ勉強不足か……目標への道のりは遠いなぁ。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

 マズルフラッシュが閃き、生身の人間であれば細切れにしてしまう弾丸が蒼い装甲を僅かながら削った。頭の中で無意識に行う弾数計算が、今ので弾倉が空になったと体に告げる。

 

(やれやれ、思ったよりも上手いものだ)

 

 金属と金属がぶつかり合う音を響かせて弾倉を交換する。これでもう弾は在庫切れだ。そして、恐らくこの武器ではオルコットのシールドエネルギーを削りきることは出来ないであろう。

 想定していた通り、レーザーを回避しながらの射撃は二度目以降になると相手の装甲に当たる程度にしかならなかった。それでもダメージを蓄積させることは出来るだろうと思って続行していたのだが、思っていた以上にオルコットの技量が高かったのは盲点であった。おかげで微々たる損傷しか与えることが出来ず、絶対防御を発動させて稼いだ残存エネルギー差も既に存在しない。

 

「はぁ、はぁ……どうやら手詰まりのようですわね。散々手を煩わせてくれましたが、それも終わりですわ。もう観念したらいかがですか?」

 

 レーザーを受け止め続けたシールドは表面が焼け焦げ、もう一、二発でも喰らえば限界であろう。これ以上の持久戦は防御力の高い打鉄でも不可能だ。

 攻め手に欠き、機体の耐久力も底を突きかけている。オルコットの言う通り、このままのやり方では私の負けは必至。並の者であれば諦める所なのかもしれぬ。

 

「…………くく」

 

 ――だが、例え追い詰められようとも、観念する事など出来ようか?

 

「――舐めるなよ、若造が」

「ッ!?」

 

 ――否。そのような事、有る筈がない。

 

「手詰まり? それがどうした。私は未だに壮健であるぞ。降参などする訳がないに決まっておろうが」

 

 元より諦めの悪い性格だ。窮地に陥った程度で、どうして勝負を降りることが出来ようか。そのようなことが出来るのならば、初めから腑抜けた者たちの性根を叩き直そうなどしていない。出来ぬからこそ己を縛った戦い方を続けているのだ。

 私を観念させたくば、両手両足を砕くまで完膚無きほどに叩き潰し、この精神をへし折ってからにするがよい。今の状態では到底その誘いに応じることは出来ぬ。

 

 この手にはまだ得物が握られているぞ。

 

 私の四肢はどこも失われてなどおらぬぞ。

 

 お主を倒そうとする闘気は潰えておらぬぞ。

 

「甘い考えは捨てよ、代表候補生。お主の敵はまだ目の前にいるぞ」

「くっ……負け犬の戯言をっ!」

 

 オルコットの手が振るわれ、指示を受けたビットが私を穿たんと動き出す。数多の閃光を撃ち出すそれは確かに厄介だ。動きが速い上に表面積が小さいが故、撃墜しようにも狙いが定まらない。

 だが、それにもいい加減飽き飽きしてきたころだ。そろそろ黙ってもらうとしようか。

 

 格納領域からハンドグレネードを二つ展開。ピンを抜き、徐に放り投げる。方向は真後ろと真下。あらぬ方へと投げられたそれは、一拍の後に何もない虚空で盛大に爆発した。

 

「なあっ!?」

「ふむ、当たりだったか」

 

 だが、その爆発の瞬間にビットが飛び込んでいた。爆風をもろに受けたビットは激しく損傷し、青い稲妻が奔ったかと思うと爆散した。

 これで残り二機。先ほどまでより随分と楽になった。

 

「な、何をしましたの!?」

「わざわざ答えると思うか? まあ、何も考えずに戦っていた訳ではないとだけ言っておこう」

 

 オルコットのビット操作には幾つかの癖と欠点がある。

 まず、ビットを操作している際には他の武装を使用することが出来ない。四つもの自立機動兵器を操るには多大な集中力を要するが故、他の照準に気を回す余裕が無いのだ。つまり、オルコットがビットでの攻撃を試みている最中はレーザーライフルの方は気にしなくても良いという訳だ。

 次点に、ビットの射撃ポイントを常に相手の死角に配置される。ハイパーセンサーは360度の視点を有するとはいえ、その情報を受け取る人間の脳はどうしても目に入る範囲を中心に捉えてしまう。それによって生まれる死角をオルコットはビットで狙っていた訳だが、種さえ割れてしまえば相手に塩を送るようなものだ。何せ、そこを集中的に攻撃しておけば勝手に的がやって来るのだから。

 試合開始から今まで観察し続けた末に推測した二つの仮定。証明は見ての通り成功だ。おかげでレーザーの包囲網も崩れ去った。ここらで一気に決めさせてもらおう。

 

 先ほどのハンドグレネードと同じ形のものを展開。それを見たオルコットの顔に警戒の色が浮かぶ。

 

「またグレネード!? 同じ手は喰らいませんわよ!」

 

 意気込みは大変結構。だが、それは空回りする羽目になるであろう。

 今度は正面に投げたそれが起爆した途端、爆発的に広がる黒い靄。広範囲にわたって視界を遮るそれは、あっという間に私とオルコットを包み込んだ。その隙に距離を詰めるべく動き出すが、正直な所これの攪乱効果は薄い。

 

「スモークグレネード……? そんなもの、ISには無意味ですわ!」

 

 そう、ハイパーセンサーには光学系以外にも様々な系統の探知機が備え付けられている。視界が封じられようが、熱源を探知して即座に居場所を特定するなど容易いことだ。接近する私の位置を当然の如く把握したオルコットはスターライトmkⅢを撃ち放つ。

 

 ――直撃コース。避けることは適わない。

 

 光の矢は装甲が損傷した部位に突き刺さり、濃霧の如し煙の中でもわかるような爆炎を吹き上げさせた。傍から見れば、絶対防御を発動させてシールドエネルギーは底を突いたかのように目に映ったであろう。

 

「ふん、大口を叩いておいて所詮はこの程度――」

「――だと思ったか?」

「ッ! う、後ろ!?」

 

 残念ながら、それは見当違いも甚だしいが。

 不意を突かれ、慌てて振り返るオルコット。その隙だらけの姿にめがけて、接近する合間に展開した近接ブレードで殴るように斬りかかる。狙うはレーザーライフル。鉄を切り裂く重い感触が手に広がり、両断したそれは主を傷つけながら爆散した。

 

「くっ、その姿……まさかシールドを捨てて!?」

「気付いたか。だが、遅きに失したな」

 

 煙が晴れはじめ、私の姿を見たオルコットが驚きの声を上げる。そして理解したのであろう。何故私が後ろを取ることが出来たのか、打鉄の肩部に二枚ある筈の物理シールドが一枚欠落しているのを目にして。

 私がやった事は実に単純だ。レーザーが直撃する寸前にもはや張りぼてと化したシールドをパージ。それを己の前に蹴りだして身代わりとし、ついでにグレネードを放り投げ、恰も攻撃によって機体が爆発したかのように欺瞞する。後は爆発の熱量に紛れて回り込んだだけ。撃墜したという油断を突けば簡単な事だ。

 

 まあ、気付いたからといって逃がす訳がない。斬りつけた勢いのままオルコットに組み付き、その胸元にアサルトライフルの銃口を突き付ける。弾が残り僅かとはいえ、この距離で撃たれては耐えきれまい。

 至近距離で銃口を向けられ、表情を強張らせるオルコット。それに構う事なく、必中を期してトリガーを引く。

 

「く……うあああぁぁっ!」

「ぬうっ!?」

 

 が、それは中断せざるを得なくなった。他ならぬオルコットの手によって。

 咄嗟に展開したらしきショートブレードが銃身に突き立てられ、出口を塞がれた銃身が破裂する。思わず怯むと、続いてオルコットの蹴りが入ってきた。腕の装甲で防ぐが、その反動を利用して距離を取られることになる。

 まさか、そのような無茶苦茶な手段を用いてくるとは。おかげで仕留める絶好の機会をふいにさせられてしまった。

 

 自機の損傷具合を確認し、次いでオルコットの様子を見やる。息は荒く、優雅さを備えていた機体は見る影もないほどに傷だらけだ。この様子ならば即座に仕掛ければ討ち取れるであろう。

 だが、そうする気にはどうしてもなれなかった。彼女の纏う空気が、言い様のない高揚を感じさせてくれるものへと変貌していたのだから。

 

「負ける訳には……いかないのです……!」

 

 息も絶え絶えにオルコットが声を紡ぐ。

 

「オルコットの名を守るためにも……わたくしの、依るべき所を失わないためにも……」

 

 その瞳に浮かぶは固き意志。いくら体が傷つこうが、曲げることなど出来ぬ絶対の信念。

 

「わたくしは……勝たなくてはいけないのです!!」

 

 私と相対するに足る、戦士の心――!

 

「くく……そうか、そうであったのか」

 

 思わず笑みがこぼれる。

 ああ、私は何たる思い違いをしていたというのか。この両目は何時の間にか節穴となっていたようだ。斯様な望外の存在を目の前にして今の今まで気づかぬとは。

 

「……私の言葉を嗤っているのですか?」

「嗤うだと? まさか。むしろ、これは歓喜の笑いだ。お主のような戦士に会えて、私の魂が今まさに打ち震えておるのだ」

 

 当初は俗物だと思っていた。所詮は借り物の力で虚栄心を満たし、人様の技術力を目当てに近寄ってくる者と同じだと。

 それが今ではどうだ? 己の意志を以て私の前に立ちはだかっているではないか。傷にまみれようが、気高き誇りを胸に抱いているではないか!

 

「オルコット、どうやら私はお主に謝罪せねばならぬようだ」

「え……?」

「お主を有象無象の一人と見做し、私の下らぬ自己満足の相手をさせた。誇り有る者に対して礼を失した真似であったな……すまない」

 

 愚物が相手ならば、と思い加減した戦いをしていた。

 だが、今まさに相対する者に対し手を抜くなど無礼千万。私なりの礼節を以て武を振るわなければなるまい。

 

「詫びと言っては何だが、見せてくれようぞ――」

 

 それ即ち――

 

「この私の剣を!」

 

 全力を振り絞り、敵を叩き潰すのみ――!

 

「……わかりました。それなら、こちらも最後までお相手しましょう――終演(フィナーレ)に立っているのはわたくしですわ」

「よくぞ言った、異国の騎士よ!」

 

 オルコットに残った武装はビットが二機にショートブレード。対して私はブレードが一本のみ。グレネードは先ほど使い果たした。加えて機体は双方ともに強制解除寸前の状態だ。何の拍子に勝負が決まるかわからない。

 面白い、実に面白い。やはり決闘はかくあるべきだ。この緊張が、満ち溢れる闘気が、互いを高める原動力へとなってゆく!

 

「篠ノ之流、免許皆伝。篠ノ之 椛――」

 

 ブレードを納刀、居合の構え。

 

「いざ尋常に――」

 

 PICを完全マニュアル制御に移行。私の十八番、精密な操作を開始する。

 

「推して参る!」

 

 スラスターを全開にし、オルコットめがけて突進する。迎え撃つべくビットからレーザーが放たれるが、勢いを殺さずにそれを回避。追い縋るビットらを意に介さず前進する。

 惰弱。二機程度で私を止められるとでも思ったか。

 

「まだ、まだですわ……」

 

 接近する私を見ても、オルコットは怯むことなくこちらを見据え続けている。

 何かを狙っているのか? 面白い、ならば見せてみろ!

 

「――っ! 今ですわっ!」

 

 剣の間合いまであと僅かに迫った瞬間、ブルー・ティアーズのスカートアーマーから突起が外れる。そこから現れたのは新たな砲口。撃ち出された二つの弾頭が、白煙を上げながら一直線に飛んできた。

 ミサイルか。なるほど、確かにここまで引き付けられてしまっては不可避の攻撃だ。オルコットにとって現状における最高の一手と言えよう。

 ならば私はどうする? 大人しく負けを認めるのか? ――否!

 

「篠ノ之流居合術――」

 

 ただ前へと進み、我が意志を貫き通す!

 

「一閃二断ノ型!」

「なっ……!?」

 

 横に一閃、一発目を切り裂く。即座に頭上に翻しての一撃、二発目を断ち斬る。両断された弾頭は標的を通り過ぎ、数瞬の後に爆発した。その風圧を背に受け、更なる加速と共に宙を駆ける。

 

「刮目せよ! この私の剣技を!」

「くっ……!」

 

 懐に踏み入られても諦めの色を見せず、ショートブレードを振り上げて尚も抵抗の意思を示すオルコット。

 策破れても屈しないとは実に天晴れ! それでこそ我が武を振るうに値する強者なり!

 

 構えは再び居合。PIC、脚部スラスターにアポジモーター。その全てを極限の緻密さで制御し、虚空を踏み締める。そして、スターライトmkⅢを叩き斬った時とは段違いの鋭さを内包する剣を抜き放った。

 

 受けてみよ! 一生の研鑽の果てに習得せし絶技が一つ!

 

鬼ノ三枝(オニノサエグサ)!!」

 

 雄叫びを上げ、瞬きする間もないほどの速度で斬り抜ける。

 その跡を、吹き散る蒼き花弁が彩った。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

『試験終了。勝者、篠ノ之 椛。この場で受験者を合格とする』

 

 冷たい土の感触をISが解除された背に感じながらぼうっとしていると、決着を告げる織斑先生の声と、湧き上がる歓声が耳に届いてきました。

 ああ、そういえばこの勝負は椛博士の入学試験でしたわね。途中からすっかり忘れていました。それだけ集中していたという事でしょうか。周りの事が頭に入ってこなくなるくらい精神を研ぎ澄まして、わたくしの持ち得る限りの全てを出し切って。

 

 ……そして。

 

(負けて……しまったのですね……)

 

 敗北する訳にはいかなかったのに。オルコットの名を守るためには、勝利し続けなければいけなかったのに……わたくしは、自身にかけた誓いを守ることが出来ませんでした。よりによって、必勝を確信して臨んだ試合で。

 

 椛博士は確かにIS世界でその名を知らない人はいないと言われるほどの著名人です。けれど、それは技術者としての名声。操縦者としてものではありません。必死に訓練を積んできたわたくしに勝る訳がないと思っていました。

 ただ不安だったのは、優れた技術力によって作られた専用機を使ってくる可能性があった事。結局それは杞憂に終わりましたが、今度は逆に腹が立ってきました。無理をすれば用意することも出来る筈なのにそうしないのは、わたくしの事を侮っているからではないかと。

 誇りを傷つけられた――そう思いました。だから刻みつけてやろうとしたのです。わたくしの強さを、完璧な勝利を手にすることによって。

 

 ですが、椛博士は予想外にも手強い相手でした。セオリー通りながらも、機体の特性を活かした堅実な戦法。そして知識に裏打ちされたような操縦技術の数々。それらを前にして、互角の戦いを余儀なくされました。

 それでも、その時はまだ勝てると思っていました。確かな根拠はありませんでしたが、ただそう思えていたのです。

 

 そんな虚勢さえも打ち崩されそうになったのは、椛博士がわたくしに頭を下げ、そして自分の剣を見せると宣言した時。観客の方々にはわからなかったかもしれないですけれど、確かにあの時を境にして椛博士の雰囲気が一変したのです。

 剣気、とでも言うのでしょうか。尋常ではない気迫を感じて、ただ気圧されてしまいました。

 

 ――負けるかもしれない。本能的にそう思ってしまったのです。

 

 当然、そんな事を認める訳にはいきません。認めてしまったら、両親が亡くなってから必死に家を守ってきたわたくしのプライドが崩れ去ってしまうのですから。

 ただ一つの意地を支えに彼女の前に立ちはだかり、会心の一撃を外されても足掻こうとインターセプターを振り上げ……十文字に切り裂かれるような衝撃を感じて、気が付いたら地に墜ちていました。その様を見ていた人は、きっとわたくしの事を無様に思われた事でしょう。

 

 完璧な敗北。普通でしたら、失意の底に沈んでいるところです。

 けれど今、わたくしの中を占める感情はそれとは真逆の、自分自身にさえも理解し難い感情でした。

 

(この胸のつかえが取れたような清々しさは何? わたくし自身、負けることを望んでいたという事ですの?)

 

 敗北したのに、誓いを守ることが出来なかったのに、悔しさも感じているのに、それ以上に喜びが胸の内に湧いてくる。その理由が全く分かりません。

 自分が負けることを望んでいたのかと疑いますが、そんなことある筈がありません。もしそうだとしたら、とっくの昔にわたくしは全てを失っていたに違いないのですから。

 けど、そうでないのなら、いったいどうして……?

 

「意識は……あるようだな。何の抵抗もなしに落下したものだから、気を失ったのではないかと肝を冷やしたぞ」

 

 ふと、この数十分の間に随分と聞きなれた低めの声が聞こえてきました。顔だけをそちらに向けると、椛博士がこちらを見てホッとしたような顔をしています。

 それが何だか可笑しくて、つい皮肉気な笑みを顔に浮かべてしまいました。

 

「ふふ……ついさっきまで戦っていた相手を心配するなんて、随分と甘い方なのですね」

「はっはっは! そうであろう! 昔から気に入った相手はどうも失うに惜しく感じてしまう性分でな。己が斬った相手を己で治すという珍妙な真似をしたものよ。おかげで首を挙げた事などほとんど……おっと、口が過ぎたな」

「…………」

 

 嫌味で言ったつもりだったのに、大笑いしながら機嫌の良い様子で答える椛博士を見て唖然としてしまいます。

 この人はいったいどういう頭をしていますの? それに今語った事は、まるで彼女がわたくしの事を気に入ったかのような口ぶりでした。自分で言うのもなんですが、あれだけ好き放題に言った相手を?

 

「それはそうとオルコット、実はお主に話があって来たのだ」

「は、はあ。何でしょうか」

「うむ、私と友になってはくれぬか?」

「…………は?」

 

 今度こそ完全に目の前の人が理解できなくなりました。

 自分の事を散々に言った相手を気に入るのはまだしも、友人になりたいだなんて。とても普通の考え方では思えません。やはり天才と呼ばれる人はどこか常人離れしたところがあるのでしょうか。

 

「虫のいい事を、とでも思っているのであろう。確かに私はお主を侮った。礼節を欠き、真剣なる勝負にあるまじきことをした」

 

 わたくしを侮っていたとは、最後に見せたあの剣を最初から使わなかったことでしょう。手加減されていたのはとても腹立たしいですが、それは先ほど謝られたのでもう怒る気はありません。

 

「だが、それでも私はこの手を差し伸べたい。お主のような誇り有る者と互いに認め合い、高め合う存在でありたい」

 

 彼女の言葉が胸を打ち、同時に理解しました。何故わたくしが負けたにもかかわらず、喜びを感じていたのか。

 

 ――分かってみれば簡単な事。わたくしは、彼女に認めてもらって嬉しかったのです。

 

 オルコット家を継いでから、わたくしに近寄ってくるのは財産を狙う汚い目をした人ばかり。心を許せるのは幼馴染の従者だけでした。そんな中でわたくしの頑張りを認めてくれる他者なんて、存在するわけがありません。

 けど、彼女はこんなにも真っ直ぐな目でわたくしだけを見て誇り高いと認めてくれた。オルコットも何も関係ない、一人の少女を見て。

 その喜びが負けた悔しさよりも強かった――ただ、それだけの事だったのです。

 

「もしそれを許してくれるのであれば、この私と友誼を深めてはくれまいか?」

 

 何の偶然か、初めて会った時にわたくしが投げかけたのと同じ言葉と共に、地面に倒れるこちらを助け起こそうと手を差し伸べる椛博士。思わずその手をまじまじと見詰めてしまいます。

 

 この手を拒む理由がどこにありましょうか。何の躊躇いもなくこちらも手を伸ばしました。椛博士――いえ、椛さんと友人になるために。

 

「……こちらこそよろしくお願いしますわ、椛さん」

 

 握り返してくれた手はとても暖かくて、力強くわたくしを引っ張り起こしてくれました。少し乱暴でしたけれど、不思議な事に嫌とは感じません。

 

「それと、わたくしの事はセシリアで構いませんわ」

「そうか。ではそう呼ぶとしよう。我が友セシリアよ」

 

 微笑む椛さんに自然とこちらも笑みを返します。

 その笑顔を浮かべた時、まるで憑き物が取れたかのように感じたのは、きっと勘違いではないと思います。今のわたくしは、この上なく素晴らしい気分なのですから。

 

 彼女は認めてくれた。わたくしを気高い貴族であると。

 なら、わたくしも誰かを認められるようになるべきなのでしょう。

 自分の周りにいるのは敵だけではない……それを教えてくれた椛さんの友人として、相応しい存在であるために。

 




鬼ノ三枝(オニノサエグサ)
 篠ノ之流居合術、一閃二断ノ型の一つの完成形。
 一で閃き二で断つのではなく、一の閃きで二の断ちを放つ超高速連撃。
 技のコツは「シュバッとする感じ」らしい。
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