兎にも角にも、これで更新速度を上げられる……といいな。
ISには量子化することでアクセサリーのような待機状態になり、持ち運びを容易にする機能がある。元はというと宇宙往還機の積載量を減らすために搭載されたものなのだが、競技や軍用の側面でもその利便性は高く評価されている。
だが、この機能には一つ問題がある。機体を一次移行させなければ――つまり自分の専用機として登録しなければ使用できないのだ。何故、と問われてもそういう性質だとしか説明しようがない。世の中そう上手い話ばかりではないという事である。
よって訓練機の運搬にはカートやトレーラーを用いる。そして、それは一次移行していない専用機についても言えることだ。
「このような時間から出向いてもらって悪いな、真耶。面倒をかける」
「いえいえ、これも教師としての務めですから。それより博士はちゃんと寝たりしていたんですか? 目元に隈が浮いてますけど」
「案ずるな。己の限界は弁えておるよ」
日が昇って間もない時間帯、人通りも通行車も疎らな道路を一台のトラックが走る。積んでいるのは言うまでもなく完成した一夏坊の機体だ。そして助手席に座る私と語らいながら、それを運転するのは学園から呼びつけた真耶である。
いや、呼びつけたと言っても無理矢理にではない。たまたま学園側と都合がついたから――具体的に言えば、メガフロートに建設された学園に物資を運び込む貨物船が、偶然にも近場の港湾施設に寄港していたのだ。それならば、と機体も載せてもらえることになり、真耶にこうして迎えに来てもらったという経緯で今に至る。
ありがたい事だ。倉持技研の者らのそのほとんどが(姉者に扱き使われたため)疲労で使い物にならない状態では、機体を輸送することも儘ならなかったからな。それに外部からではなく、学園側の貨物として運び込めるから面倒な検査も幾らかは省ける。良いこと尽くめである。
しかし真耶が来るとは思っていなかった。顔も知らぬ奴が来るよりは今のように談笑も出来て遥かに良いのだが、此奴が大型車両を運転する姿は想像だにしておらんかったのでな。運転席から慣れた様子で颯爽と降りてきたときは呆気に取られたわ。
「あ、その手には騙されませんからね。博士はいつもそう言っておいて無茶ばかりするんですから。帰ったらすぐに寝なきゃ駄目ですよ」
「ほう、教師が生徒に堂々と授業をサボれと言うとは。如何なものかと思うぞ?」
「ふふん、からかおうとしたってそうはいきません。生徒の健康管理も教師の立派な役目です。職務からは外れていませんよ」
お節介を焼く奴を昔のようにからかってやろうとしたら、鼻で笑いながら受け流された。どうやらある程度の耐性を身に付けられたらしい。それとも年を経て落ち着きを払えるようになったのか。
何にせよ私としては残念だ。以前は良き場の清涼剤だっただけに悔やまれる。
「……チッ、弄り甲斐の無い奴になりおって」
「舌打ちしなくてもいいじゃないですかぁ!」
おっと、つい本音が口から出てしまった。これは失敬。
だが今の反応もなかなか良いものだった。今後はこの方向で真耶を弄ろうか……ああ、悪かったからそう睨むな。まったく、冗談の通じない奴め。それに前を見て運転しなければ危ないぞ。
「もう……今日は何時にも増して意地が悪いですね。そんな調子で織斑君の専用機は大丈夫だったんですか?」
「それに関しては万事抜かりない。今まで手掛けた中でも随一のものだと自負しておるぞ」
ここ二日間碌に睡眠も食事もしていないので異常なテンションになっている事は自覚しているが、それだけは自信を持って断言できる。そのような心配は無用である。
何しろ千冬殿の専用機、『暮桜』以来の姉者と共同制作したISだ。一切の妥協を抜きにして取り掛かった結果、完成したのは夜明け直前になってしまったが、それだけに達成感も一押しだ。後は一夏坊がこの自信作を操る姿を見られれば、取り敢えずは満足である。
……そう、あくまで「取り敢えずは」だ。科学者としての充足を得るためにはそれだけでは飽き足らない。一夏坊が己のISを真に理解し、一心同体の相棒として共に空を駆ける極致に至った時――その時こそ、正に開発者として冥利に尽きるというものだ。
「くくく……ああ、楽しみだ。千冬殿が至った境地にお主は辿り着けるのか? 或いは姉を超えて更なる高みへと上り詰めるのか? ははははっ! 実に興味が掻き立てられる! ふはははははゲホッ! ゴホッゴホッ!」
「……博士、疲れているのだったら寝てもいいんですよ? 着いたらちゃんと起こしますから、ね?」
自分でも訳が分からない勢いで哄笑を上げる身に、真耶の気遣いの言葉が染みる。やはりお主は心優しき娘だ。いずれは良き妻になれるに違いない。
それだけにその気遣いを受け入れられぬのは残念だ。今の状態で寝入るのは非常によろしくない。
「睡眠ならば後で取らせてもらおう……今はどうやら、無粋な客人の相手をしなければならないようなのでな」
「客人……?」
「先程から後ろを付け回す輩が居る。まあ、狙いは間違いなく積荷であろう」
「っ!?」
サイドミラーで背後を見れば、ある程度の距離は取りつつも確かにこちらを尾行する黒塗りの車両(べたと言ってはいけない)を確認する。同じく気付いたのであろう真耶はゴクリと息をのんだ。
やれやれ……一夏坊の身が難しいならば、代わりにその機体を頂こうという魂胆か? 何処の誰かは知らないが面倒な真似をしてくれる。出来れば不用意な真似などせずに大人しくしていてもらいたい。
そもそも、一体どこから嗅ぎつけてきたのやら。完璧には及ばずとも情報の漏洩には気を遣い、この運送も突発的に決まった事なので察知するのはかなり難しかった筈なのだが。
「……どうしますか? 足はあちらの方が速いので振り切るのは難しいです。流石に街中で直接的な手段に訴えてくることはないでしょうけど……」
「楽観は捨て置け。奴らにとって周囲の被害など二の次であろう。それに相手が単独とも限らぬ」
既に普段の温和な雰囲気を脱ぎ去り、有事の鋭利な表情に切り替えた真耶と対策を練る。
とは言ってもこちらから打てる手は無いに等しい。真耶の言う通り撒くにはこのトラックでは積荷の分足が遅い。急に頼んだのに加え速さを重視したために護衛はおらず、応援を呼ぼうにも駆けつける間に事は終わっているだろう。
こちらから仕掛けるという手もあるが、可能な限りそれは避けたい。現段階では尾行されていると思われるだけで特に被害を受けた訳ではない。斯様な状況で先制攻撃に及べば、事後に難癖をつけられるのは目に見えている。揉み消す事も出来なくはないが、何処かしらに借りを作る事になる。後々の事を考えると良い手とは思えない。
「こんな事になるなら護衛をつけるべきでした……私の不手際です」
「己だけを責めるな。それを言うならば急に迎えを頼んだ私も不注意であった。だが今考えるべきことは誰の非かではなく、如何に状況を打開するかだ。反省は後に……む?」
「尾行を……やめた……?」
私と真耶の顔に怪訝の色が浮かぶ。今の今までどうするべきか頭を悩ませていた尾行車両、それが急に進路を変更して姿を消したのだから当然だ。
諦めて退いた……という線はないだろう。護衛も無い唯の輸送車は傍から見れば格好の獲物だ。諦める理由が無い。
だとすれば――
「博士、これは……」
「わかっておる。警戒を密にせよ」
――相手が仕掛けてくる、嵐の前の静けさに他ならない。
「……来るぞ!」
十字路に差し掛かったところで己の勘が警鐘を鳴らす。それに従い声を発したのとほぼ同時に、先程のものと同型と思しき黒塗りの車両が二台目の前に飛び出してきた。
そこから明らかに訓練を積んだ動きで出てきたのは、これまた黒一色の服装に身を包んだ怪しげな者たち。まるで「その手の者です」と主張しているような恰好にふざけているのか問いたくなるが、流石に黒光りする凶器まで向けられては冗談にならなかった。
「伏せて下さい! 強行突破します!」
「ええい、物騒な物を持ち出しおって!」
悪態をつきながらも、真耶の言う通りに身を屈める。その直後に黒ずくめ共の方から凶弾が殺到した。
それらが車体に突き刺さり、フロントガラスに穴を穿たんとする音が響く。しばしの間断続的に身に伝わってきた衝撃は、締めに着弾によるものとは段違いの盛大な激突音と激震を響かせて一応の終わりを見せた。
最後の揺れで頭をぶつけてしまったではないか、畜生め。
「間に車体を捻じ込んだか。轢いたか?」
「いいえ、咄嗟に飛び退いていたので……それより、まだ安心はできないみたいです」
「そのようだな。しつこい奴らだ」
頭をさすりながら身を起こし、ギリギリ前が見えるようにして頭を下げていた真耶に念のための確認をする。殺してしまっては事後処理が色々と面倒だ。
しかし、後ろから追跡してくる新たな車両を目にしてしまっては気が滅入る。並走して銃を乱射し始めれば尚更だ。
まったく、IS学園特別仕様の装甲トラックだから良いものを、普通のトラックだったら最初の銃撃で御陀仏になっていたぞ。防弾ガラスのフロントが罅だらけになるとか、どれだけ撃ったのだ。
「おい、このトラックには何か武装は積んでおらぬのか?」
「護身用の拳銃が一丁あるだけです。元々、単独運用を想定されていた訳じゃありませんし……」
「無いよりはマシという程度だな……港まで持つと思うか?」
「幸いロケットランチャーの類は持っていないようですから、もうしばらくは持つでしょうけれど……良くて十数分、もしタイヤを撃ち抜かれでもしたら絶望的です」
「逃げ切れる可能性は皆無、か」
煩わしい銃声に掻き消されぬよう声を張っての会話の結果わかったのは、このままでは嬲り殺しにされるというお先真っ暗な未来だけ。言葉こそしてはいないが、真耶の表情にも不安が浮かんでいる。戦いに臨む覚悟はあっても、その身は経験の少ないうら若き女性なのだから当然の反応だ。
……仕方がない。ここは少し無茶をさせてもらうとしよう。志半ばで倒れる事も、得難き友人を失う事も御免だ。
「時に真耶よ、運転に自信はあるか?」
「は……こ、こんな時に何を……」
「いいから言え」
「……た、多少は」
戸惑った様子で答える真耶。その言葉に私は笑みを浮かべる。
少しばかり自信なさげにも見えるが、私としては十分なものだ。正直な所、自信が無くてもやってもらう腹積もりであるから虚勢であっても全く問題ない。
「それは重畳。これで私も遠慮なく打って出られるというものだ。上手くやれよ?」
「ちょ、ちょっと博士? 何でドアを開けようとしているんですか? というか、その日本刀はどこから……そ、それに上手くやれってどういう意味ですか!?」
「簡単な事よ。私が奴らを仕留めてくるから、お主は上手く運転して足場になってくれと言っておるのだ」
「…………」
極めて簡潔に説明すればポカンとした表情をされた。こうしている間にも銃撃は続いておるというのに、随分と呑気なものだ。
反応を待っていては埒が明かない。そう判断した私は行動を開始。手始めにドアを蹴り開け、上部のふちに手を掛ける。そこから宙返りをするように運転席の真上に移動した。
――刀はどこから出したのか、だと? 気にするな。大したことではなかろう。
「……はっ!? ま、待ってください博士!」
ようやく再起動を果たしたらしい真耶の声が下から聞こえてくるが、相手をしている暇はない。開けたドアに足を引っ掛け……
「私まだ免許取ってから一年しか経っていないんですよぉー!」
車内から響く叫びを遮るように、勢いよく閉めてやった。
ふむ、これで流れ弾が入る事はあるまい。余計な心配をせずに済むであろう。
「まったく、この期に及んで泣き言とは情けない。彼奴にはもっと自信を持って……っと!」
真耶のヘタレ発言に嘆息しつつ荷台の方へ足を進めると、車外に出てから止まっていた銃声が再び響き始める。そして明らかに我が身を狙う弾丸が、鍛え上げた五感と第六感によって知覚された。その数、十数発はくだらない。常人であれば蜂の巣になること請け合いである。
だが、生憎と私は常人の域に収まる者ではない自覚している。数々の戦場を駆け抜けた私にとって、この程度の弾幕を凌ぐ事など児戯に等しい。
視て、躱し、抜き、弾く。
唯この四動作で全ては事足りる。
「どうした下郎ども。銃で倒れぬ人間は初めてか?」
車窓から身を乗り出しハンドガンやらサブマシンガンやらの銃口を向けたまま、唖然とした様子で固まる黒ずくめ共に挑発混じりの言葉を吐く。御丁寧にサングラスまでかけているため目の色は窺えないが、差し詰め化物を見るような目をしているのであろう。
獲物は一、二、三……四台か。人の少ない時間帯だからといって、随分と大手を振るってきたものだ。ロケットランチャーを用意して来ないあたりに妙な詰めの甘さを感じるが……そこは運が良かったという事にしておこう。
「臆する者は退け。されば手出しはせぬ」
抜身の刀身を肩に担ぎ、告げるは最後通告。
これで去るならば、それはそれで構わない。逃げに徹する者の背を斬るほど私は情けが無い訳ではないし、そうする必要もない。逃がした者が再び敵として立ち塞がったのならば、その時に斬ればよいのだから。
「立ち向かうのならばそれも良し。斬られる覚悟があるならば掛かってくるがいい」
その言葉を境に数秒の猶予を与えるが、反転する車両はついぞ現れなかった。代わりに目に映ったのは激情が浮かぶ黒ずくめ共の表情と、今にも悪意を放たんと突き付けられた銃口のみ。
……挑発に過ぎたか? いや、生身に刀一つでは現実味の無い戯言に聞こえただけか。少しでも数が減ればと思っての言葉だったが、逆効果であったな。
「よかろう、ならば往くぞ愚か者ども! 骨の一、二本は覚悟するがよい!」
暗に殺しはしないと言いつつも、殺気を振り撒き獲物へと埒外の脚力を解放して跳躍する。
手始めは向かって左手の真横に付ける輩。その天蓋に微塵も揺らぐことなく着地する。黒ずくめ共は目の前の光景が信じ難いのか、呆然として此方を見るだけだ。
願わくば、そのまま大人しくしていて欲しいものだ。抵抗が無ければ早く済む。
――まあ、きっと叶わぬ泡沫の願いであるのだろうが。
心中で苦笑を浮かべ、刀を一閃。
刹那の静寂の後、車両の後輪は轟音を立てて周囲の部品ごと吹き飛んだ。
――――――――――
「…………遅いな」
「…………そうだな」
放課後、観客たちのざわめきが聞こえるフィールドとは相反して、しんと静まり返った第三アリーナのピットでポツリと呟く。小声で言った筈なのに良く響いた独り言に、箒は律儀にも相槌を打った。
時計を見てみると、既にピットに来てから一時間が経過、後に控えているセシリアとの試合まで数分と指し示していた。
しかし、その針は後どのくらい待てばいいのかは示してくれない。時計にそこまで求めるのは酷だとわかってはいるけど、今はそうも思いたくなる心境だ。何しろ、午前中には届くと言われていた俺の専用機が今になっても来る気配がないのだから。
「試合の開始時間まで五分を切ったぞ。どうするんだ?」
「どうするって言われても……千冬姉も電話が掛かってきたと思ったらどこかに行っちまったし、待つしかないだろ」
「それはそうだが、このままではオルコットはもちろん、観客にも迷惑を掛けることになるぞ」
箒が懸念している事はもっともだ。機体が届かなければ何時まで経っても試合は始められないし、最悪の場合は中止になる可能性もある。少なくともこの場の責任者に事情を説明する必要はあるだろう。
ただ、問題はその責任者――担任の千冬姉が出払っているという事だ。ピットに来てからしばらくは一緒にいたけど、急に掛かってきた電話にでて苦い顔をしたと思ったら、「待っていろ」と一言残してどこかに行ってしまった。そう言われてしまえば一生徒としては待つ事しか出来ない。教師陣の中でも群を抜いて厳しい織斑先生のお言葉ならば尚更だ。
「仕方ないか。俺が誰か先生を探してくるから箒は――」
だからと言って、何もせずに待ち惚けている訳にもいかない。せめて他に責任者になり得る人を捜しに行くとしよう。もし途中で千冬姉が戻って来たとしても、箒がここに残れば大丈夫……だと思う。たぶん。
若干不安を感じながらも、箒にその旨を伝えようとした時だった。
「お~り~む~ら~く~ん!」
「ん?」
副担任の山田先生が、息も絶え絶えに駆け寄って来たのは。
「はぁ、はぁ……お、織斑君。お、遅れ……はぁ、はぁ」
「山田先生。何があったか知りませんけど、まずは深呼吸でもして落ち着きましょう。はい息を吸って~」
「そ、そうですね……す~~」
「吐いて~」
「は~~」
「そのまま吐いて~」
「は~~……ぁ……ぁ」
俺の指示に素直に従った山田先生は、肺の中が空っぽになっても息を吐き続けようとして声にならない声を出す。次第に顔が真っ赤になって陸揚げされた魚みたいに口をパクパクし始めた。
出来心で言っただけなんだけどなぁ……まさか本当にやるとは。
「教師には敬意を払え。この愚弟が」
ズバァン!
頭に響く背後から何かで叩かれた打撃音。これは間違いないと思い振り返ると、案の定まだかまだかと待っていた人がいた。
「ち、千冬姉……」
ズガン!
「織斑先生、だ。何度言えばわかる」
「……ハイ、すみません。織斑先生」
再び出席簿で叩かれた痛みに涙ぐみながら返事をする。
何も縦にして叩かなくてもいいじゃねえか。ズガンっていったぞ。ズガンって。
「まったく……山田先生も何時まで戯れに付き合っている。君にはやるべき仕事がある筈だが?」
「ぷはぁ! そ、そうでした。織斑君、持って来ましたよ! 遅れてしまいましたが、何とか持ってきました!」
もはや肩を震わすほど息を吐き続けていた山田先生が、千冬姉の言葉でやっと復帰する。その途端に俺に詰め寄って興奮気味に捲し立てた。
全然落ち着いてないじゃん。せめて主語を入れて話してください。
「織斑君の専用IS、持ってきましたよ!」
「――!」
ついに、ついに来たか。
待ち望んでいただけに胸が高鳴る。そして同時に言い知れない緊張も感じていた。
「織斑、試合開始まであと僅かだ。直ぐに準備しろ。試運転をする時間はない」
「正に一発勝負か……だが、この程度の障害など乗り越えてみせろ。出来ないとは言わせないぞ」
「……ああ」
けれど緊張に足を止めはしない。むしろ周囲の女性陣が許そうとしない。
背中を押してくれるのはありがたいけど、もう少し親切な言葉でもいいんじゃないのか……とも考えたが、数秒で無理という結論に落ち着いた。ちょっと悲しくなったのは秘密だ。
ゴゥン!
突如、重い錠前を外したような鈍い音が耳に届いた。それに続く駆動音。ピットの搬入口が開く音だ。
徐々に開く重厚な防壁扉。斜めに噛み合ったその向こうが晒された時――呼吸が、止まった。
――『白』
飾り気のない、何色にも染まらない純白がそこに在った。無意識のうちに見入ってしまう程の存在感を放って。
これが、俺の専用機。これが俺の……
「気に入ったか? これがお主の剣だ」
「え……も、椛?」
不意に『白』の方から聞こえた椛の声。どこにいるのかと思って近寄ってみると……いた。正面からは見えない機体の後ろに、空中に投影した四枚のキーボードと高速でタップし、同じく投影した洪水のように情報が溢れるディスプレイに流れるように目を通しながら。
「すまぬがあと一分……いや、三十秒待ってくれ。すぐに済む」
「別にいいけど……っていうか、何で椛がこの機体と一緒に来ているんだ?」
「私の本職を忘れたか? 昔馴染みの機体が開発されると聞いては黙っておれぬ。微力ながら手を加えさせてもらった」
愉快そうに笑いながら答える椛。ちなみに口を動かしながらも、その手と目は作業を続けたままだ。
土日の間も今日の朝も姿を見なかったからどこに行っていたのかと思っていたら、そういう事だったのか。こいつにはどうも博士というイメージが似合わないから思いもよらなかった。
「……うむ、これで良し。待たせたな、一夏坊」
「さっさと装着しろ。試合まであと三分だ」
椛が展開していたディスプレイを閉じて離れるのと同時に千冬姉に急かされる。
ここでもたもたすると怒鳴られることは目に見えている。俺は促されるままに『白』に触れた。
(あれ……? 何か初めて触れた時と違うような……)
奇妙な感覚だった。あの入試会場で触れた時の、脳が閃いた時のような刺激的な感覚ではない。もっと馴染み深い……そう、家族の温もりのような感覚だった。
「調子は如何だ? まあ、其奴は大した忠義者だ。安心して身を任せるがよい」
椛の言葉を夢見心地に聞きながら装着を進める。やり方は一昨日に習ったから大丈夫だ。背を預けるようにしてISに身を任せれば、後は自動的に俺の体に合わせてくれる。
「今日より其奴がお主の相棒となる。縦横無尽に空を駆け、立ち塞がる者をその白き刃で斬り伏せる者――」
身に纏うと触れた時の感覚が一層強くなる。やっぱり、彷彿させられるのは俺の唯一の家族、世界最強の姉――
「その名を――『白式』」
俺の大好きな、千冬姉の感覚だった。
「起動は問題なく完了したようだな。気分は悪くないか?」
「あ……」
ぼんやりとしていると千冬姉に声を掛けられた。その態度は一見すれば普段通りに見えただろう。けど、今の俺はISのハイパーセンサーを通して見ている。そのため千冬姉の声が僅かに震えている事がわかった。
心配……してくれているのか。きっと俺がわかっていなかっただけで、今までにもこうやって心配してくれていたんだろうな。
「……うん、大丈夫だ。いけるよ」
「そうか」
今度はホッとしたような声。もっとも、それも先ほどと同じようにハイパーセンサーが無かったら分からないだろう微細な差異だったが。
「一夏坊、白式の初期化は既に終わらせておる。だが、最適化は四割ほどしか完了しておらぬ。流石にそれ以上はお主を抜きでは進められぬのでな」
「最適化って……この処理中の数字か?」
「おう。それが完了するまでは一次移行したことにはならぬ。不本意かもしれぬが、最初の内は回避に専念する事を勧める」
「サンキュ、参考にする」
アドバイスをくれた椛に素直に礼を言う。他ならぬIS研究の第一人者が言う事だ。間違いではないだろう。
それにしても、バックグラウンドで行われている処理中の桁が凄い事になっているな……こんな数字見た事が無いぞ。けど、直前まで椛がやっていた作業が無ければ桁は更に跳ね上がっていたんだと思う。椛の話振りからして、それだけは何となくわかった。
「一夏……」
「箒? どうかしたのか?」
そろそろハイパーセンサーに表示されるセシリアの方に向かおうとしたところで、仏頂面をした箒に呼び止められる。箒は呼び止めてから数秒視線を迷わせると、何かを決心したかのような目を向けて口を開いた。
「小難しい事なんて知らない私がお前に言えることは一つだ……勝ってこい。それ以外は許さん」
「……ああ、もちろんだ」
激励を受けてゲートの方へと体を傾ける。それだけで白式は俺の意思に従って宙に浮いた。
千冬姉、椛、そして箒……浮かべる表情はそれぞれ違うけれど、どれも俺の事を考えた言葉で送ってくれた。後は俺がそれに応えるだけだ。
ここまで来たらやるしかない……その思いを胸にして俺は空に飛び立った。
――――――――――
「時間ぎりぎりまで待たせるなんて、紳士としてなっていませんわね」
「そりゃ悪かったな。相棒の方がちょっと遅刻しちまったんだよ」
出会い頭に文句を言ってきたセシリアに、白式の白い装甲を叩きながら返す。試合開始の鐘は既に鳴っているので、これは開戦前の余興みたいなものだ。
お互い完全に武装した上での会話の雰囲気は、思っていたよりも険悪ではなかった。散々に悪口を吐いてきたこいつの事だから、試合前に二言三言こちらを挑発するような発言をしてくると予想していただけに拍子抜けだ。
「それにしても紳士か……お前の中で俺は大道芸の猿じゃなかったのか?」
「…………っ」
何となく気になった事を聞いてみると、セシリアの表情に変化が生まれた。先ほどの箒と同じように言葉に迷っているのか、視線があっちに行ったりこっちに行ったりしている。
いったいどうしたんだ? 喧嘩を売って来た時はお構いなしに罵倒してきたのに。
「それは……何と言いますか……その……」
「あ、わかった。俺と自分の国の男を比較してお国自慢にしたかったんだな?」
「違いますっ!」
えー……違うのか。英国紳士とかよく言うから、その辺の自慢かと思ったんだけどな。
「わたくしはただ……自分が非礼に過ぎていたと思い直しただけですわ。今更ですが、申し訳ありませんでした。あの時はわたくしも気が立っていたせいか、酷い事を言ってしまいましたわね」
「へ?」
「……人が真面目に話しているのに、間抜け面を晒すのは感心いたしませんわ」
そう言われても、驚いたんだから仕方ないだろう。教室のど真ん中であれだけの事を堂々と言ってのけた奴が、いざ決闘という時になって謝るなんて誰が予想できただろうか。
「勘違いはなさらないように。わたくしは自分の非礼を認めただけであって、あなたの事を認めた訳ではありません。今でも男にクラス代表を任せるなんて論外と思っていますわ」
「……なるほどな。つまり、お前に認めてもらうにはここで勝つしかないってことか」
「そういう事ですわ。まあ、出来ればの話ですけれど」
挑戦的な笑みを向けると、セシリアは高貴な者特有の気品というか、強者の余裕が滲み出るような優美な微笑を浮かべる。御丁寧な事に挑発も込みで返してくれた。
俺は別にクラス代表になりたいわけじゃない。唯一の男子で目立つからという理由でそんなものに祭り上げられるのは遠慮したい。それは推薦された当初から変わっていないし、そもそも代表なんて柄じゃないと思っている。
けど、だからと言ってコケにされて黙っていられるほど俺は我慢強くない。第一、男だからどうのとかいう理屈は好きじゃない。俺は――男はそんなに捨てたもんじゃないと、目の前のこいつに分からせてやりたかった。
「はっ……いいぜ、セシリア・オルコット。お前に男の底力を見せてやるよ」
「どうぞご自由に。素人がどこまで食い下がれるか見ものですわね。ただ、それでもわたくしに認めさせたいというのならば――」
セシリアの指示に従い、ブルー・ティアーズから四つのビットが分離する。
初っ端から全開ってわけかよ。まったく、油断してくれていた方がやり易かったんだけどな。
「その力とやら、このブルー・ティアーズにぶつけてみなさい! 織斑 一夏!」
「やってやるさ!!」
ビットから閃光が煌めき、実弾とはまた違った発射音がアリーナに木霊する。
それを狼煙に、対峙していた白と蒼は激突した。
――――――――――
開始早々にビットの十字砲火に晒された俺が取った行動は、奇しくも以前の試合で椛がやった事と同じだった。
退くのではなく、前に出る。
ただ単に潜り抜けられそうなのが正面しかなかったというのもあるが、近接戦闘が得意な俺としてはありがたい。ぶっちゃけて言えば射撃とかはお粗末すぎるため、セシリア相手に勝機を見出すには接近戦しかないのだ。
接近のチャンスを逃す理由はない。このまま仕掛ける!
「おおおおっ!!」
武装の一覧から真っ先に目のついた近接ブレードを展開。セシリア目掛けて突貫する。以前の試合から反省したのか、セシリアはビットの射撃直後に距離を開けようと後退していたが、白式のスピードがそれを許さない。俺自身予想もしていなかった速度でブルー・ティアーズに迫っていった。
打鉄はおろかラファールよりも速い。こりゃ打鉄だけに乗っていたら体がついていけなかっただろうな。ラファールを貸してくれた相川さん一同に感謝だ。
「ふふ……元気のよろしい事。でも、そんな馬鹿みたいに真っ直ぐに突っ込んできてはいい的ですわよ?」
「げ……」
ライフルを構えていないセシリアを見て初撃は貰ったと思っていた。しかし、あと十数メートルという距離にまで接近したところで甘い考えだったと思い知らされることになる。スカートアーマーから突起が外れ、砲門が露わとなった。
……ミサイル使うの早すぎじゃありませんか、セシリアさん。
ズドォォーーン!
「うおぉぉおお!?」
正に間一髪といった所で何とか直撃を回避することには成功する。がむしゃらになって避けた事と爆風に煽られたせいで接敵は失敗に終わったが、大きなダメージを喰らう事にならなかっただけ御の字だ。
「あら、外してしまいましたわ。着弾の衝撃で怯んだところに畳み掛けるつもりでしたのに」
「そんなえげつない手を喰らって堪るか! 一瞬でエネルギーを空にされるのが目に見えているじゃねえか!」
「えげつなくとも立派な戦術……いくら素人が相手でも、わたくしは勝利のためには手を抜きませんのよ? 織斑さん」
うわー、嬉しいなぁー。全力で相手してくれるなんて嬉しすぎて涙が出てきそうだなー。
……畜生め!!
「くそっ……何か他に武装は……」
雨あられと降り注ぐレーザーを荒削りな機動で辛うじてやり過ごしながら、現在使用可能な武装の一覧を再び表示する。最初から遠慮なしにミサイルをぶち込んできた相手の懐に潜り込むのは難しい。なら今必要なのは無用の長物と化したブレードではなく、牽制するための射撃兵装か攻撃を耐えるためのシールドだ。
先ほどは咄嗟の事だったのでブレードしか目に入らなかったが、他にも装備はある筈だ。そこに現状を打開するための希望が……
――現在使用中武装、近接ブレード『名称未設定』。拡張領域内empty
「って何もねぇー!!?」
な、何という事だ……まさかブレード以外に何も無いなんて。状況を打開するための希望なんて欠片も無かった。普通は申し訳程度でも射撃武器の一つくらい付いているもんだろ。椛の奴、自分の趣味で白式を作った訳じゃないだろうな。
「俺は剣一本で何でも出来るような達人じゃねえぞ。自分と一緒にするなっての……うおっと!?」
「何をブツブツ言っているのか知りませんが、反撃しないのなら一気に仕留めさせていただきますわ」
製作に関わった幼馴染に対する愚痴を吐いていたら、レーザーが頬の間近を過ぎ去っていった。危ない危ない。当たっていたら絶対防御が発動しちまうところだった。
しかし、これは本格的に不味い。今の状態ではセシリアに勝つヴィジョンなんて全く浮かんでこない。こうなったら椛の言う通り、一次移行が完了するまで回避に徹するしか……とも思ったが、それはどうも無理そうだ。セシリアからの攻撃が激しすぎて躱し切れそうにない。
今は白式の機動力にものを言わせて大振りに動くことで多少の被弾で済んでいるが、それも時間の問題だ。徐々に狙いを修正してきているのか、被弾率が上がり始めている。
――警告。敵ミサイルビットに次弾の装填を確認。
白式からの知らせを聞いて、顔が若干青ざめた気がした。
マジかよ……あのミサイル、単発式じゃなかったのか。そりゃ拡張領域にミサイル弾頭の一つ二つくらい入るだろうけどさ……あれだけの火力を持ったものが何発もあるなんて考えたくねえぞ。
「どうしたのです! あなたの言う男の底力とはこの程度のものなのですか!」
セシリアの啖呵と共に襲い掛かってくるビットによるレーザーとミサイルの波状攻撃。全てを躱すことは不可能。瞬時にそう判断した俺は可能な限りダメージを抑えるための行動に移った。
「ぐうっ!」
レーザーに当たった衝撃で呻き声が出る。けど、白式へのダメージは深刻なものではない。俺は構う事なくレーザーの中を突き進み――追って来ていたミサイルを振り切る事に成功した。
ブルー・ティアーズの武装の中で最も威力が高いのは恐らくあのミサイルだ。そして二番に大型レーザーライフル。この二つには当たってはいけない。レーザーライフルの方はともかく、ミサイルに直撃なんかしたら目も当てられない事態になる。
対してビットのレーザーは比較的に威力が劣る。当たっても装甲が削られる程度で、回避するべき優先順位は低い。実験的な装備であるためか、もともと攪乱を目的としていて威力を重視していないせいかは知らないが、おかげで無茶をしても目を瞑れるくらいの損傷で済んでいる。
とはいえ、いくら微々たるものであってもダメージはダメージ。塵も積もれば何とやらという訳で、流石に放置できなくなってくる。せめてビットの一つくらい落としたいんだが……どうやらこれも難しそうだ。
「まさか、こんな早くに自分の弱点を直してくるなんてな……流石は代表候補生ってことか」
試合映像でわかったセシリアの弱点……ライフルとビットの同時使用の不可、ビットを常に死角に送り込む癖を突こうとしても、その隙が今に至っても見当たらなかった。これは既に修正されたと考えた方が良いだろう。
普段ならその対応の早さに感心するところだが、生憎と今は試合の真っ最中だ。感心なんてする気になれず、むしろ予測のつかない不規則な動きをするビットを見て舌打ちしてしまいそうな気分である。
ビットがエネルギーの補給に戻ろうとしたところを、とも考えたが、それも無理だ。セシリアはローテーションを組んでビットを一つずつ補給しており、俺の周囲には常に三つが浮かんでいる状況を維持している。油断も隙もありやしない。
ああ、もう……こんなの見えない壁に当たって動きを止めてくれなきゃ、落とす事なんて出来そうにないぞ…………ん?
「見えない壁……いけるか? でも、あいつが引っかかるかは微妙だなぁ……」
ふと思いついた策を吟味する。
成功する見込みは無いに等しい。何も出来ずに自滅する可能性すらある。だが、もしセシリアが見落としをしてくれたら……一矢報いる事は出来るかもしれない。
「敵を前にして考え事だなんて、言語道断ですわよ!」
「くっ……! ええい、儘よ!」
またもや迫る波状攻撃。一日限りの訓練で身に付けた機動では既に限界が近く、シールドエネルギーも半分を切った。これでは手も足も出ないまま終わってしまう。例え運任せだろうと、この策に賭けるしかない!
ミサイルに細心の注意を払いながら上昇を開始する。レーザーの間を縫うように、今の自分で制御できる白式の最大速度で。
「上に……? 逃がしはしませんわよ!」
追い縋るセシリアとビットを尻目に高度を上げ続ける。アリーナの天頂から見える青い空を目指して。そして観客席からは点にしか見えないほどまでに上り詰めた頃、俺は一週間の間で詰め込んだ知識を総動員して急速反転。打って変わってセシリアの懐に突っ込む姿勢を見せる。
「はあぁぁ!」
「ふん、何をしようとしたのかと思えば結局は突進するだけ……後ろががら空きですわ!」
ブレードを上段に振りかぶり、雄叫びを上げて急降下の挙動を示す。それに対してセシリアは焦る事も無くビットに背後に回り込んで撃つように命じた。
――――俺の予想通りに。
バチィッ!
「掛かったぁ!」
「しまっ……!?」
ビットが背後に回ろうとした瞬間、スパーク音が鳴りその動きを止める。頭を悩ましてくれるそれも動きを止めてしまえばただの的だ。悩むことなく構えたブレードを取って返すように横薙ぎに振るい――切り裂かれたビットは派手に爆発した。
何故ビットは急に動きを止めたのか? 種は簡単だ。このアリーナには肉眼では見えないが、観客席を防護するための壁が張り巡らされているのだ。俺はそのギリギリまで接近し反転、直後に回り込もうとしたビットは背後の壁にぶつかってしまったという訳だ。
「くぅ……わたくしとしたことが、シールドバリアを失念してしまうなんて……!」
「上手い事引っ掛かってくれてありがとよ。まさか成功するとは思っていなかったけど」
「……言ってくれますわね」
怒気を孕んだ瞳でこちらを睨んでくるセシリア。このまま冷静さを失ってくれると助かるんだが……そうはいかないらしい。俯いて一度息を吐くと、上げられた顔には優美な笑みが取り戻されていた。
「ふふ、どうやらわたくしも熱くなり過ぎていたようですわね……それにしても、随分と危なっかしい手を取りますのね。そんな逃げ道を自分で塞ぐような真似をするなんて」
「頭の悪い俺には、これくらいしか思いつかなかったもんでね。説教は勘弁してくれよ」
「その気はありませんわ。わたくしこそ、その危なっかしい手にまんまと嵌ったのですから……だからと言って、この絶好の機会を見逃すことはしませんけれど」
セシリアの言葉に苦虫を噛み潰したような表情をしてしまう。俺は作戦のためにシールドバリアのギリギリまで移動した。そのせいで後ろに退く事は不可能となり、回避する方向は著しく制限されてしまっている。しかも相手はオールレンジ攻撃が可能な機体だ。残った三機のビットによって既に周囲は囲まれてしまい、無傷で済ますことはもう叶わない。あちらにとってはチャンス以外の何物でもなかった。
やっぱり、この作戦を選んだのは失敗だったか? いや、でも時間は稼げたし悪い事ばかりでも……って、今はそんな事よりもどうやって包囲を抜けるかだな。囲まれたままでは敗北に加速していくばかりだ。
「次など考えさせません。このブルー・ティアーズの全力の一撃を以て、一思いに葬って差し上げましょう!」
「……勘弁してくれよ」
しかし、それさえもセシリアは許さない。ブルー・ティアーズに残された全ての砲門を突き付け、ライフルとビットの発射口に光を纏わせる。そこから観測されるエネルギーは今までの攻撃とは比べ物にならない数値を示していた。
あれはヤバい。一発の威力を限界まで高めて撃って来るつもりだ。全弾当たりでもしたら一瞬で勝負を持っていかれる。
「これで……終わりですわっ!!」
「くっ……南無三!」
煌めく閃光、放たれる破壊の矢。ダメ出しとばかりにミサイルまで飛んでくる。立ち尽くしている訳にもいかず、生き残る可能性を求めて右に飛ぶ。
そちらにはビットがあるが、無理に突破できない事も無い。シールドエネルギーは削られても勝負にはまだ負けずに済む……筈だった。
「がっ……!?」
誤算があったとすれば、それはビットの威力が予想以上に高かったこと。チャージした効果を甘く見た結果だった。先ほどまでは装甲を僅かに削る程度だったビットは、一回り以上に肥大化した光線で白式の左腕装甲を砕き、衝撃により俺の脚を完全に止めた。
そして怯んだ隙を逃さず迫る三条の光と二つの弾頭。躱すような余裕も、受けきる程の耐久力も無い……完全な、詰み。
「…………ざけんな」
――負けたくない。
「こんな所で……」
――負けたくない!!
「こんな所で……俺はぁ!!」
体を無理やり動かし、右腕のブレードを振るう。それを為したのは完全に意地だった。
眼前に迫る閃光。スローモーションになった世界の中でそれはブレードとぶつかり合い……
――全ては『白』に包まれた。