IS新装版第8巻にて倉持技研の所長が登場。しかも女性。
こりゃ不味い……と思ったら、第2研究所の所長でした。ならセーフかな?
「織斑君、頑張っていますね。経験がほぼ皆無なのに、あれだけ動けるなんて凄い事ですよ」
「伊達に訓練していた訳ではないという事だろう。だが、無駄が多すぎる。あれでは機体性能に任せてただ飛び回っているだけだ。矯正すべき点は多々あるな」
「織斑教諭は厳格に過ぎるのではないか? 健闘する弟を酷評せずともよかろうに」
「私は教え子を叩いて伸ばす性質だ。文句は受け付けん」
試合映像はもとより各機体の現時点における詳細なステータスなど、試合を監督するための機器、情報が備えられた管制室。立ち入り厳しく制限されているように見えて意外と緩い此処で、私たちは一夏坊とオルコットの見ながら思い思いの言葉を口にしていた。
嵐の如きレーザーを前にしても足を竦ませぬ一夏坊を褒める真耶。努力は認めながらも、散見させられる粗を見逃さぬ千冬殿。箒は口を動かす余裕もないのか、画面の向こうを食い入るように見つめている。
「それにしてもセシリアは随分と修練を積んできたように見える。私と一戦交えた時よりも増して攻撃的ではないか。隙も埋めて来ている」
「代償として射撃の精度が落ちているがな。一見すれば回避は困難なようだが、当たらないものを見極められてしまえば最低限の動きで突破されてしまう危険性もある……が、相手が織斑ではそれも関係ないか」
「一夏坊の目はそこまで鍛えられておらぬからな。どれが命中弾か判断できぬ以上、本人がやっているように大きく動かざるを得ないであろう」
ライフル、ビットを同時に運用して圧倒的な攻めを見せるセシリアだが、千冬殿が言う通り簡単に切り抜けられてしまう隙間が確かに存在している。それを防ぐためのミサイルビットなのであろうが、あれは弾数があまり多くないのがネックだ。
しかし、一夏坊が相手ではそんな心配も無用。むしろ狙いがばらける事で、回避しようとした先にレーザーが来て着弾というケースも生じていた。手数重視になったデメリットが、逆に一夏坊を苦しめるようになった形である。
差し詰め、一夏坊の今後の課題は見切りを身に付ける事か。白式は近接格闘に一辺倒の機体。相手に接近するためにも、当たるか当たらないかを見極めるのは絶対に必要となってくる技能だ。否が応でも体得してもらわなければならぬ。
「ふむ、そのためには濃密な弾幕に晒されるのが手っ取り早い……セシリアに一夏坊の訓練を見てもらうのも一考の価値があるやもしれぬな」
「なっ……!?」
む? 何やら箒が反応しおった。途中から思考が口に出ていただけなのだが……気に障る事でもあったか?
「ふ、ふざけるな! 一夏の訓練は私だけで十分だ! オルコットの助けなどいらん!」
「そこまで人が増えるのを嫌がらなくともよかろうに。土曜の訓練も相川らと共にしたそうではないか」
「あれはやむを得なかっただけだ! ええい、本当なら私だけで良かったものをあいつらが……!」
訂正。気に障る事しかなかったようだ。主に乙女の事情的な方面で。
別に私に一夏坊の訓練を管理する権限は無いからとやかくは言わぬが、お主にも彼奴を己の都合で振り回して良い理由など無いと分かっておるのだろうか。最終的に己の訓練を如何するかを決める事が出来るのは一夏坊のみである。せめて彼奴の希望くらいは聞いて欲しいものだ。
「あまり騒ぐな。それに目を離していていいのか? 試合が動き始めたぞ」
千冬殿の言葉に箒がパッと試合の状況を映す画面に目を戻す。そこには如何なる理由があるのか、白式のスラスターを瞬かせてアリーナの上空へと飛翔していく一夏坊の姿があった。
「何をしているんでしょうか? 態勢を整えるためにしても、オルコットさんが相手ではビットにすぐ追いつかれてしまうのに……」
「ジリ貧になって博打に出る事にしたのだろう。あの馬鹿者め、後先を考えずに自分の退路を塞ぐ奴がいるか」
千冬殿の言う通り、一夏坊がやった事は文字通りの博打であった。不可視のシールドバリアを背にする事でビットの進路を阻害し、動きを止めた所を狙って破壊する作戦。セシリアがシールドバリアを失念しなければ自滅は免れない捨て身の策だ。
結果を言えば、それは功を奏した。ビットの一機を破壊することに成功したのだ。代わりに完璧に包囲され、二進も三進もいかぬ状況に追い込まれてしまったが。
「こちらは……まだ終わらぬか」
ディスプレイの一つを立ち上げ、そこに示される白式のステータスに嘆息する。最適化の進行状況は今しがた九割方を超えた所だ。あと少し耐えれば起死回生の一撃も狙えるが、その前にセシリアに止めを刺されてしまうであろう。あの今も光を増し続ける銃口を見れば容易に想像がつく。
ここまで、か。勝負がつく前に敗北を決め付けるのは好きではないが、そう思わずにはいられないほどに現状は一夏坊にとって絶望的だった。
「一夏ぁ!!」
一夏坊の危機に箒が悲鳴を上げた。しかし、その言葉は決闘の場に届くことはない。無情にも放たれた極太のレーザーとミサイルが一夏坊に向けて殺到する。一夏坊はダメージ覚悟で包囲を抜けようと試みるが、残存エネルギーを一撃に集約したビットに阻まれた。そして、それを見越していたかのように怯んだ彼に向かって直進する攻撃の数々。その全てが直撃コース。
『こんな所で……こんな所で……俺はぁ!!』
最後の足掻きとばかりに、雄叫びを上げてブレードを振るう一夏坊。その刃は意図したのか将又偶然か、吸い込まれるように着弾間近のレーザーとぶつかり合い――
響く爆音、宙に咲く爆炎。ブルー・ティアーズの全武装が炸裂した。
「……あれでは実体ダメージもかなり負っている筈。エネルギーが残っていても、試合の継続はほぼ不可能でしょうね……」
「そんな……」
残留した黒煙により一夏坊の姿は見えない。だが、それでも一夏坊の敗北は決定的と思われた。真耶は残念そうにしながらも冷静に予測される事実を述べ、箒は悲嘆の表情を浮かべる。あれだけの火力を叩きつけられては無事で済む筈が無い。二人の反応は至極真っ当なものであった。
「…………」
しかし、私にとってはどこか釈然としない。言い知れぬ違和感、何かを見落としてしまっているような予感がしていた。具体的に何が妙に感じたかと問われると返答に窮するが……ああ、そうだ。一つだけ確かな疑問があった。
――最後に放たれたあのミサイル、爆発するのが早過ぎではなかっただろうか?
ひとたび疑問が鮮明化すれば、それが生じた原因に考えを巡らせる。一夏坊が何かした? 否、あの切迫した事態では不可能であろう。ブルー・ティアーズの整備不良? セシリアがそのようなミスを犯すとは思えない。やはり外的要因が働いたと考えられる。
あらゆる可能性が脳内で数瞬の内に浮かんでは消え、思考が正答へと近づいていく。そして、その結果辿り着いた答えが閃き、まさかと思いながら確認した時……私は思わず唖然としてしまった。
これは偶然なのか、運命なのか。それとも彼奴が手繰り寄せた勝機なのか……何にせよ確かな事が一つある。一夏坊、お主はやはり面白い奴だ。
「くく……まったく、この上なく愉快な事だ」
「っ!? お前は何を……!」
「これを見てみろ。愉快と言わずして何と言えばよいのだ?」
言葉の意味を履き違えてか、怒鳴りかけた箒を制してディスプレイを見せてやる。先ほど立ち上げた白式のステータスと一次移行の進行状況だ。それを見て箒は怪訝な顔をし、真耶は驚きを浮かべ、千冬殿はニヤリと笑みを浮かべた。
「なるほど……機体に救われたか。運のいい奴だ」
――最適化、終了。一次移行、
ディスプレイに映された明快ながらも有り得ないと思ってしまう情報。それが事実だと主張するかのように『白』は黒煙を斬り裂き現れる。
燦然と輝く全てを断ち斬る極光の刃が、其処に在った。
――――――――――
――守られてばかりだった。
俺と千冬姉には両親がいない。いや、居たのだろうけれど、少なくとも俺の記憶にはいなかった。気付いたら家族は俺と千冬姉の二人きりで、まだ高校生だった千冬姉が歯を食いしばりながら俺を守ろうとする後姿ばかり見ていた。
生活していくための金を稼ぐために駆けずり回っていただけじゃない。俺が学校で暴力沙汰を起こした時には、何も悪くない千冬姉が唯一の保護者だからという理由で口煩く喚く相手の親に頭を下げていた。幼馴染の事を馬鹿にした奴らを殴った事は後悔していない。けど、そのせいで千冬姉に迷惑を掛けたのは酷く心苦しかった。
俺はどうしようもなく弱かった。姉の自由を、夢を、名誉を犠牲にしなければならない程に弱かった。
それが情けなくて、せめて家計の一助になればとバイトをしたり、早く自立して千冬姉に楽をさせてやろうと就職率の高い高校に行こうとしたりもした。だが、結局は千冬姉の保護下にいる事に違いはない。今思えば、自分は姉の役に立っていると自己満足しようとしていたんだろう。
……滑稽すぎて笑い話にもなりやしない。何の力も持たない奴がいくら足掻いたところで無駄にしかならないなんて、誰でも少し考えたらわかりそうな事なのに。それでも俺は性懲りもなく姉の助けになろうと中途半端な真似ばかりし続けた。その結果、他の人にも迷惑を掛けたりもしたんだから余計に救いようがない。
――力が欲しい。大切な人、その全てを守れるだけの力が。
弟が姉の庇護下に居るのは当たり前? 世界最強と呼ばれる人相手におこがましい? ……そんな事は関係ない。家族を、友人を守りたいと思う事に理由なんか不要だ。途轍もなく困難だとは分かっているが、決して無理ではない筈だ。今の俺には「
何故これが俺に反応したのかは分からない。俺だけに反応したことに意味があるのかも理解できない。けど、これが力を与えてくれるのならば、俺の望みに応えてくれるのならば、俺は……
――貴方の願いは伝わりました。ならば私は、それを為すための刃となりましょう。
一次移行、完了。
――――――――――
「……あ、あれ? 俺、何で負けていないんだ?」
視界が真っ白になった瞬間、反射で閉じてしまった目を恐る恐る開けてみる。すると、そこにあるのは全く以て無事な自分の体。そして呆然とこちらを見つめるセシリアの姿だった。
爆音は聞こえてきた。攻撃の残滓である黒煙も周囲を漂っている。それにも関わらず、自分が敗北せずに未だ宙に浮いている理屈がさっぱりわからない。いったい何がどうなったらあの状況を傷一つなく乗り切られたっていうんだ?
……いや、それ以上に不可解な事がある。俺は包囲される前にも散々攻撃を受けていたのに、その損傷が全て修復されているのだ。しかも元通りにではなく、より鋭く洗練された形状にだ。
そして振り切ったままのブレードもまた姿を変えていた。刀身の中程から機械的な構造により形状を変え、そこから輝く光刃が発生している。何故こうなっているのかは分からない。だが、この光り輝く刃には見覚えがあった。
そうだ……これは、千冬姉が振るっていた最強の刃だ。
「一次移行……!? ま、まさか今まで初期設定の機体で戦っていたのですか!?」
言葉を失っていたセシリアがやっとの事で驚愕の声を出す。
なるほど、これが椛の言っていた一次移行なのか。白式に振り回されている感があった先程までとは違い、自分の意のままに動かせそうな一体感がする。終わるまで回避に専念するよう勧められたのも納得だ。
――近接ブレード『雪片弐型』。単一仕様能力『零落白夜』発動中。
頭に流れ込む偶然にしては出来過ぎな巡り合わせを感じさせる情報。
ショックから立ち直れていないのか、宙に立ち尽くしたままのセシリア。
そして、俺はまだ戦える。
正直な所、俺自身まだ平静を取り戻したわけではないが、ここまで揃ったらやる事は一つ――!
「突っ込んで、叩き斬る!!」
「っ!? くっ……!」
雪片弐型を大上段に構え突貫。流石にそれを見て何もしないでいるほど間抜けではないらしく、慌ててライフルをこちらへと向ける。それでも初動が遅れただけに、その分俺の方が有利だ。
「エネルギーが……! ええい、インターセプター!」
そして俺にとっては幸運な事に、ライフルの威力が大幅に減衰していた。おかげで当たっても大した被害にも足止めにもなりはしない。白式の解析結果によると先ほどの大出力攻撃の反動らしい。ビットが出てこないのもそのせいか。
まさに千載一遇のチャンスって奴か。これを逃したら最後、セシリアに肉薄する事はもう出来ないだろう。俺が勝つには、ここで決めるしかない!
「はあぁぁっ!!」
「くぅ!? これしきの事!」
間合いに入り込むと同時に振り下ろした全力の一撃は、セシリアが迎撃のために展開したショートブレードをいとも容易く押し切る。がら空きになった胴が晒され、箒によって鍛え直された直感がそこに返す刀を叩き込むべく体に指示を下す。
しかし、相手もただではやられてくれない。片手に保持していたライフルを間に捻じ込み、本体を守るための盾とする。雪片弐型の刃は長大な銃身をバターのように切り裂いたものの、セシリア自体には腕部装甲を掠めるにとどまった。
くそっ、当てられなかったか。距離が離されないうちに終わらせなければいけないってのに……ん? 何かセシリアの顔が蒼白になっているぞ? いったいどうしたんだ?
「掠っただけでシールドエネルギーを六割も……!? そ、そんな馬鹿な事が……」
セシリアの愕然とした言葉を聞いてふと思い出した。昔、椛から千冬姉がどんなISを使っているのか聞いた時の話だ。
――千冬殿が操る暮桜の最大の特徴は何と言っても零落白夜……つまるところバリア無効化攻撃であるな。少しでも当たればエネルギーを根こそぎ削り取られる鬼畜能力だ。
千冬姉の使っていた刀の銘は『雪片』。単一仕様能力の名に至っては完璧に同じ名称だ。これはつまり、白式にも同じバリア無効化攻撃ができるという事じゃないか?
確証はない。確かめる暇もない。けど可能性はある。そもそも、もしそうだったとしてもやる事には変わりないか。俺はただ、目の前の敵にこの光刃をぶち当てる事だけを考えればいい。
「生憎と俺は椛みたいに頭が良くないからなぁ!」
「な、何の話ですの!?」
「独り言さ! さあ、まだまだ行くぜ貴族様!」
無用の長物となったライフルを捨て、とにかく距離を取ろうとするセシリアに、一次移行したことで更に向上した白式の機動力で追い縋り雪片弐型を振るう。零落白夜の光とセシリアのショートブレードがぶつかり合い、時に鍔迫り合い、この試合で初めての近接戦闘で凌ぎを削る。
セシリアは近接戦があまり得意ではないのか、攻撃を防ぐのに手一杯な様子だ。零落白夜を警戒して及び腰になっているのもあるのだろう。対して俺は最も得意な間合い。一週間の間、箒にボロボロになるまで扱かれたのは伊達ではない。軍隊仕込みのナイフ捌きにだって負ける気がしない。
いける、いけるぞ! 流れは完全に掴んだ。このまま押し切ってみせる!
「身体は箒に、刀は椛に鍛えてもらって、力と誇りは千冬姉がくれた! ここまで来て負けたら示しがつかねえよなぁ!!」
「この……! それも独り言ですの!?」
「いいや、違う! これは……宣誓だ!」
意識の全てを眼前の斬り合いに注いでいる筈なのに、出てくる言葉は流暢だ。もしくは何も考えずに本心を曝け出しているからこそ、流れるように話せるのか。
「俺は今まで守られたり、助けられてばかりだった! 情けないくらい弱くて家族に頼りっ放しのただの餓鬼だった!」
自分の不甲斐なさへの苛立ちを乗せて剣を振るう。
ああ、そうだ。俺は弱い。だから三年前のあの時も、為す術もなく身柄を捕らわれて千冬姉の名誉に傷をつける事になってしまった。しかも助けられた時の状況さえまともに把握していない体たらくだ。
「けど、今は違う! 一人で立つ力が、前に進んでいくための力が、この手にある!」
そんな俺のもとに降って湧いたように現れた力。驚きもしたし戸惑いもしたが……自分の手にした力を正確に理解した時、湧いた感情は高揚だった。これで俺は無力な弟をやめることが出来る――そう思ったのだ。
短絡な考えなのかもしれない。だが、それでも願わずにはいられない。強くありたいと、自分も誰かを守り救うことが出来る人でありたいと。宿願を叶えるための切符を手にしたからには、その行き先を目指してもいいじゃないか。
だから想いをこの刃に乗せて言い放ってみせよう。このIS操縦者としてのスタート地点で、俺の目指すべき在り方を。
「守られるだけの関係はもう終わりだ……今度は俺が守ってみせる! この力で、全てをっ!!」
「…………っ!」
上半身を最大限に使った剣戟がついにショートブレードを弾き飛ばす。これでセシリアは完璧に丸腰になった。ビットは残っているけれど、それもまだエネルギーを補給中のようだ。あと一撃、零落白夜の能力をもってすれば最後の一撃になり得るものを放つ余裕はまだある。
「わたくしが……この程度でぇ!!」
「ぐおっ!?」
その猶予が油断を生んだのか、セシリアに不意打を許してしまう。碌にエネルギーが蓄えられていない筈のビットが本体から分離し、猛スピードで特攻。腹に突き刺さったそれに息が詰まり、一瞬ながらも足を止めさせられる。その隙に雪片弐型の間合いから抜け出そうとするセシリアが目に入った。
どてっ腹に金属塊が直撃した痛みは結構なものだ。だがな、ここまで来て逃がしてたまるかよ。今まさに誓った事を、嘘にする訳にはいかない!
「逃がしはしねえぞ、セシリアぁ!!」
「この……! しつこい人は嫌われますわよ!」
「例えそうだとしても、男には退いちゃいけない時ってものがあるんだよ!」
腹部に激突してきたビットを切り裂いて即座にセシリアを追撃。最短距離を最大速度で突貫する。負けじと迎撃を試みる残りのビット二機。一つは上手く躱せたが、もう一つは俺の進路を先読みしたセシリアにより衝突させられた。
――警告。敵自立兵器のエネルギー集束率に異常を発見。暴発の危険性あり。
白式から響くビットのオーバーロードを知らせるアラート。爆発に巻き込まれればただでは済まないだろう。
なら離脱するか? 冗談じゃない! 無理矢理だろうがなんだろうが、前に進んでみせる!
「気張れよ白式ぃ!!」
――――!
密着してくるビットをそのままにブースターを噴かす。俺の雄叫びに呼応するかのように出力を高める白式。それは推進器系だけではなく武装にも及び、零落白夜の光さえも伸長してみせる。
そう、たとえセシリアが後退し続けていても、その切っ先を届かせることが出来るほどに。
「これで、終わりだぁぁ!!」
「くっ、そんな……!?」
一刀一心、今の自分にできる限り最高の一振りを放つ。勝敗を決する極光の刃は蒼い装甲目掛けて振り下ろされ……
――途中で消失し、元に戻った雪片弐型の刃が空を切った。
「「………………は?」」
間の抜けた声。点になる眼。俺もセシリアもあまりの事に思考が追いつかない。
え、ちょっと待ってくれよ。今、すっげぇ俺が勝てそうな流れだったじゃん。かなりシリアスな雰囲気だったじゃん。こんなサプライズなんかいらないんですけど。
あれ? なんか密着しているビットから火花が散っているような……
次の瞬間、俺の視界は光に包まれた。感じる衝撃波。光がやんだと思ったら黒煙を上げながら落下している自分の姿。
「なんじゃそりゃぁーーーー!!?」
心の底からの叫びを上げながら落下する最中、どこか遠くから勝敗を告げるアナウンスが聞こえてきた。
織斑一夏、シールドエネルギー残量ゼロ。勝者、セシリア・オルコット。
俺は、負けた。ちくせう。
――――――――――
「さて、何か言い訳はあるか? あれだけの啖呵を切っておいて、ものの見事に敗北を喫した愚か者。自分に過失が無いと思うなら言ってみるがいい。その腐れ根性に喝を入れてやる」
「あ、ありません…………」
「よろしい」
バシーン!
小気味の良い打撃音。ピットに戻ってきて早々千冬殿に正座を強要された一夏坊の頭部に、早くも御馴染みと化した出席簿アタックが炸裂する。言い訳しなくても叩いているではないか、と言ってはいけない。上手く世を渡るには時に理不尽も看過せねばならぬのだ。
「まったくお前は……自分がどうして負けたかわかるか?」
「そりゃシールドエネルギーが無くなったからだろうけど……最後に雪片弐型が急に元に戻ったのかはよく分から……分かりません」
「まあ、そうだろうな。椛」
「承知。開発関係者として責任を持って説明いたそう」
何となく想像できていた流れだ。唐突な呼びかけから意を汲み取り、解説用のディスプレイを展開する。
「まず前提として、白式の特性から説明しておこうか。装備構成などから気付いているであろうが、白式は千冬殿が現役時代に使用していた機体『暮桜』の後継機だ。そのコンセプトを継承しつつ、最新鋭の技術を投入し基本性能の底上げをしておる」
「だからと言って装備をブレード一本にしなくてもよくないか? まさかお前の趣味で決めたとかじゃないだろうな」
「…………確かに疑わしいな」
「あ、あはは……いくら博士でもそんな事は……しない、ですよね?」
一夏坊、箒に真耶もそろって疑わしげな目を向けてきおった。
失敬な。相応の理由があるに決まっておろうが。私はそこまで趣味人ではないぞ。
「阿呆、そんな訳があるか。装備が剣一本なのは、拡張領域が単一仕様能力に容量を取られているせいだ」
「単一仕様能力……零落白夜、か」
一夏坊が呟いた能力名、かつて千冬殿を世界最強たらしめたものを聞き、千冬殿と真耶の詰問するような目が私に向けられる。冗談など欠片も無い本気の瞳だ。
答える用意はある。しかし、それは後だ。その意を同じく目で返して取り敢えずは待ってもらう。
「然り。この能力が白式の最大の力であり……同時に己の身を削る諸刃の剣でもある」
「諸刃の剣? 千冬姉が使っていた能力が?」
「どういうことだ?」
「順を追って説明しよう。零落白夜の力はバリア無効化攻撃、相手のシールドバリアを問答無用で突破し強制的に絶対防御を発動させる能力だ。ここまでは分かるな?」
「ああ、昔にお前から聞いた事があるしな」
む、そういえばそのような事もあったな。よく覚えているものだ。姉に関わる事柄だからか?
一夏坊の記憶力に感心しながらもディスプレイを操作する。映し出したのは先ほどの試合で白式が一次移行した後からの映像。それにシールドエネルギー残量を視覚化したものだ。
「強力な力には代償が伴うのが世の常。零落白夜もそれは変わらぬ。発動中は自身のシールドエネルギーを食い潰していくという欠点がある」
「うわ、本当だ……しかも結構な勢いで減っているぞ」
「一次移行して回復したエネルギーが瞬く間に半分以下か。これは使い所が難しいな」
時間の経過と共に湯水のように垂れ流されていくエネルギーを見て、一夏坊と箒は揃って難しい顔をする。世の中そうそう上手くいかない事を実感したという所だろうか。
実際、零落白夜の扱いは非常に難しい。戦況を見誤れば即座に敗北への道が拓けてしまう不安定な力だ。極めれば千冬殿のように頂点に上り詰める可能となるが、そこに至るには一夏坊はまだまだ力不足だ。
「解説はこれくらいにしておこう。では、肝心のお主が負けた理由だが……」
「お、おう。何なんだ?」
「己の能力を把握せぬうちに突貫し、なおかつ減少していくエネルギー残量に気付かなかったこと。簡潔に纏めれば――もう少し落ち着け、阿呆が」
「……ストレートだなぁ」
遠慮なしに言ってやれば、どこか遠い所を見るような目をする一夏坊。どうやら精神的に限界が近いらしい。
まあ、今のうちに叩かれていた方が後になって楽だ。しばしの間は我慢の時を過ごし、日々を自己練磨に費やして欲しい。そうすれば、いずれは皆に認められるようになるであろう。今回の試合も結局は負けてしまったが、偶然の結果だろうが代表候補生を追い込んだのだ。世間体も悪くはなるまい。
「ぼんやりしている暇があるならさっさと帰れ。この愚弟が」
バシーン!
……しかし、物理的に叩かれる頻度は減らした方が身のためであろう。あそこまで頻繁に叩かれていては、脳に何か障害が出はしまいかと心配になる。
「明日も授業は平常通りに行われる。寝坊して遅刻するなよ」
「大丈夫です、織斑先生。私が叩き起こして定刻通りに連れて行きますから」
「いや、そこは普通に起こしてくれても……」
「何か文句があるか?」
「……ナンデモアリマセン」
箒の気迫に屈服する一夏坊。それいいのか男子よ。
「とにかく今日はご苦労であったな。明日に備えてゆっくり休むがよい」
「あ、それとこれを渡しておきますね。専用機を運用するうえでの規則事項です。ちゃんと読まなくちゃダメですよ」
「……分かりました」
最後の最後で電話帳と見紛う書物を渡されて、完全に意気消沈した一夏坊は箒を伴ってピットから出て行った。時刻からすると今は夕刻。きっと綺麗な夕日が拝めるであろう。そして、それが勇気を出して訓練の継続を誘う箒の赤面を隠すことも容易く想像できた。嫌な想像力である。
……さて、私はもう一仕事するとしようか。そろそろ突き刺さるような両人の視線が痛い。
「二人も帰った事だ。そろそろ聞かせてもらうぞ。あの機体……白式についてな」
「構わぬとも。もともと聞かれても仕方ないと思っておった」
重苦しい空気が満ちる。千冬殿が纏う雰囲気は格段にその鋭利さを増し、歴戦の剣士としての威圧感を醸し出してきた。
まったく、そのように気を張らなくとも素直に答えるというのに。
「織斑先生の暮桜とまったく同じ単一仕様能力、既存のISでは絶対に有り得なかったことです。しかも
「白式は本来、零落白夜の発動だけを目指した実験機らしくてな。結局上手くいかず放置されたものを引き取って、それを実践可能なレベルにしたものだ。私と、姉者がな」
「篠ノ之……束博士ですか」
ISの生みの親の名に追及の手を緩める真耶。かの者の手によるものならば、と無意識のうちに納得してしまったのかもしれない。一般大衆にとって篠ノ之 束の名はそれ程の効力を持つのだ。実際はただのコミュ障と知っている身としては、どうにも滑稽に感じてしまうが。
「零落白夜を再現するためだけの機体か。誰だか知らないが、突飛なものを作ろうとしたものだ」
「そのようなものを作ろうとするほど、千冬殿の活躍は鮮烈であったのだろうよ。現在の日本は公式戦において成績が良いとは言えぬ。ならば、かつて世界最強になった力があれば……という思惑でもあったのではないか?」
「ふん、ご苦労な事だ。そんな事をする暇があるのなら、新しい人材の発掘でもすればいいものを」
白式の開発経緯については全て推論でしかない。姉者が捨て置かれた機体を発見した時には、既にプランの全容を把握する事は不可能になっていたという。もしやしたら正式に認可されたものですらなかったのかもしれぬ。
だが、推論であったとしても千冬殿は気に喰わなかったらしい。呆れたような顔をして誰へともなく毒を吐いた。
「実際どうやって零落白夜を発現させたかは気になる所だが……まあ、それはいいだろう。技術畑の話など私にはお門違いだからな。聞いてもどうせ半分すら理解できないだろう」
「何を言うか。千冬殿はそこらの操縦者より余程精通しておろうが」
「あはは……確かにそうですね。織斑先生で半分だったら、私なんて十分の一も理解できませんよ」
「そうか? 手のかかる幼馴染とその妹のせいで実感が湧かん」
おおう、さりげなく私も含まれておったぞ。いったいどういう事だ。これでも姉者よりは自重しているつもりでいるのだが。
「取り敢えず、お前もご苦労だったな椛。あいつの世話をするのは手間がかかっただろう?」
「今回は倉持の者たちに手を貸して貰えた分、楽をすることは出来た。それに不本意だが慣れた事だ。大した苦労ではない」
「いえ、流石に運搬中の襲撃も含めたら大した苦労に含まれると思うんですけれど……」
「む、そういえばそれもあったか」
真耶の言葉で搬入が遅くなった原因を思い出す。
車両を全て破壊し黒ずくめ共を無力化するのにあまり手間はかからなかったのだが、その後の煩雑な処理は面倒だった。特に捕えた身柄を日本政府に引き渡すのに時間を取られた。日本の国土内で起きた襲撃だったので、犯人の調査、法的な執行権は政府にあったのだ。
「彼奴らについて何か情報は出てきたのか? こちらの動向を把握していた割に用意が整っていないのが気に掛かったのだが」
「政府によるとまだ調査中とのことだ。学園に報告が来るまでは様子見だな」
「歯痒いですね……織斑君に危険が及ぶかもしれないのに、待つ事しか出来ないなんて」
真耶が悔しげに顔を歪める。責任感の強い此奴の事だ。己の生徒が危機に晒されるなど我慢ならないのであろう。持ち前の優しさもそれに拍車をかけていると思われる。
だが、気を張り詰めすぎていざという時に動けなくなってしまっては本末転倒。多少なりとも肩の力を抜いてもらわねば。
「動きがあるまでしばしの猶予があると取れなくもあるまい。真耶もそう肩肘を張っていては気疲れするぞ」
「博士、でも…………」
「それにな、私たちは全能ではないのだ。一夏坊を、ひいては学園の生徒全てを全力で守ろうとするのは良いが、いずれは手の届かぬ部分が出てくる。その時まで全てを背負う気概でいてみろ――潰れるぞ?」
「…………」
畳み掛けるように言ってしまったが、これも真耶の事を気にかけての事だ。
戦国の世にもいたのだ。彼女のように己の国の民を守ろうとした者が。しかし、人一人の手で守れるものなどたかが知れている。ふとした気の緩みから生じた戦火は瞬く間に国を焼き、民を蹂躙し……その者は、失意のうちに果てた。
同じ道を歩ませるわけにはいかぬ。その想いが間違っているわけではないが、想いだけが逸っては身を滅ぼすことになる。それだけは知っておいてほしいのだ。
「はぁ……お前はもう少し気の利いたことが言えないのか? 山田先生もそう気を落とすな」
「自覚はしておるがどうにも直せなくてな。すまぬ、真耶。気を悪くさせた」
「い、いえ……博士が心配をしてくれているのは分かっていますから謝らないでください。それに言っている事も……何となく理解できますから」
いかんな。たまに説教臭くなってしまうのは私の悪い癖だ。前世の記憶など持っているが故に、時に老婆心から口を挟んでしまう。しかも妙に重い話ばかりだ。
改めようにも元が節介を焼きがちな性分だ。気付いた時にはつい、という感じで高説を垂れてしまっている。救いは親しい相手くらいにしか言う気が起きないことか。
「お前は相変わらず損な性格をしているな。素直に自分たちにも頼れと言えば良いものを、小難しい言葉で飾るからそうなるんだ。いい加減少しは学習したらどうだ?」
「精魂に染みついたものを変えるのは多大な労力を要するのでな。悪いが、今のままで勘弁しておくれ」
諸手を挙げて降参の意を示せば、千冬殿はやれやれといった様子で苦笑を浮かべた。
何だかんだ言いながらも、長い付き合いの内にどうせ直らないと諦めがついているのであろう。この十五年で私に変化があったところと言えば、口調から爺臭さが抜けた程度である。実に微々たるものでしかない。
「ともかく危険が無い訳ではないが、そう悲観する必要もないだろう。学園の防備はそこらの軍事基地より余程優秀だ。人材も揃っている。それに一夏自身も専用機を手にしたんだ。訓練を積めば時間稼ぎくらいは出来るようになるだろう……心構えも、そこまで悪くはなかった」
「あ、織斑先生やっぱり嬉しかったりするんですか? 弟さんがああいう事を言ってくれると」
微笑しながら一夏坊を評価した千冬殿に、真耶が少々からかい交じりの声で問いかける。
馬鹿が。それが自殺行為であるとは分かっているであろうに……ほれ見た事か、羅刹が降臨しおったぞ。
「……山田先生、後で剣道場にでも行くか? 最近ストレスが溜まっていて運動したい気分なんだ」
「あわわわ……す、すみませんでしたぁ! もうしませんから許してくださいぃ!」
「…………はぁ」
大きな溜息をついて千冬殿は気迫を緩める。どうやら本気ではなかったらしい。もっとも、実際に真耶相手に組手などしたら後日の業務に支障をきたすであろうから当然なのであるが。
「まあ、嬉しかったことは否定しないさ。まだまだ未熟な奴の言葉でも、家族に『守る』と言われて悪い気はしない」
「……だったら最初からそう答えて下さいよ」
「何か言ったか?」
「な、何でもありません!」
ふむ、千冬殿が好意的な心情を吐露するとは珍しい。それ程までに一夏坊の大々的な宣言が嬉しかったという事か。どうせなら私たちではなく本人に言ってやればよいものを……いや、それは有り得ぬか。
それにしても一夏坊は大層な事を言ってのけたものだ。多くの観衆が居る前であのような事が出来るのは大した度胸に違いない。
……その言に多少の憂いを覚えはするが。
「ん? 椛、難しい顔をしてどうした?」
「……何、一夏坊の言う『守る』とは、いったいどれだけの人がその範疇に入っているのかと思ってな」
己の友、或いは手の届く範囲の事であるなら良い。その理想が独り善がりにならぬよう手を貸すことも吝かではない。だが、もし文字通りの『全て』を守ろうとしているというのならば……
杞憂であると願いたい。とはいえ案じずにはいられない。幼馴染の純粋さに初めて不安を覚えた時であった。
――――――――――
クラス代表の座を賭けての決闘から一夜、一年一組の教室にはSHRの時間きっかりにやって来た真耶が教壇に立っていた。まずは日直の合図により礼。日本の学校ではどこでも見られる当たり前の光景である。
さて、それが終われば教師からの伝達事項。教室がしんと静まり返り副担任の言葉を待つ。言わずもがな、皆が期待しているのはクラス代表の選考結果だ。
「試合結果、その他諸々の事から……一年一組のクラス代表は、織斑 一夏君に決定しました! 今年一年頑張ってもらいましょう!」
「…………へ?」
拍手万来。黄色い歓声が吹き荒れ、囃し立てるような口笛が鳴り響く。その中で小さく零れた一夏坊の呆然とした声を幾人が聞き取れたであろうか。
隠しようもない戸惑いを浮かべた顔が此方に向けられるが、黙って首を振るくらいしか出来ぬ。どうしてこうなったかなど私が知りたいくらいだ。
「せ、先生。何で試合に負けた俺がクラス代表になっているんですか?」
「ああ、それはですね……」
「それはわたくしから説明いたしますわ!」
がたんっ、と後ろで椅子を引いた音が聞こえた。目を向ければ、案の定そこに居るのは腰に手を当ててポーズをとり悠然と立つセシリア。本来クラス代表になっていた筈の者である。
「確かに試合ではわたくしが勝ち、その時点でクラス代表に就任する事が決まっていました。ですがその後にわたくしは辞退し、逆にあなたを推薦させていただいたのです」
「じ、辞退……? それに推薦って……」
セシリアの発言に一夏坊は困惑を増していく。つい先日に本気で戦い合った相手が、急にそんな事を言い出せば当然の反応だ。私にも彼女が何を考えて斯様な行いをしたのかは解せぬ。取り敢えずは最後まで話を聞かせてもらおうか。
「……わたくしは今まで、この時代の男は情けない方ばかりだと思っていました。けど、あなたは違った。結果的に負けたとはいえ、わたくしを追い詰めて啖呵を切ってみせた。男の底力とやらを思い知らされるには十分でしたわ」
朗々と語るセシリアの言葉に淀みはない。微笑を湛えて話すその姿は、どこか吹っ切れたようにも見えた。
「そういう意味ではあなたはわたくしに勝ったのです。試合前の言葉通り、わたくしに『男』を認めさせたのですから」
「確かにそんな事を言った気もするけど……お前はそれでいいのか? というか俺はクラス代表なんて遠慮願いたいんだが……」
「構いませんわ。決闘を仕掛けたのも一時の感情の爆発のようなものでしたし、未練などありません。ならば当初から推薦されていたあなたが就任するのが当然というもの」
セシリアが「それに」と言葉を区切る。そして言ってみせた。上品に、それでいて年相応の笑みを浮かべて。
「ここまで来て固辞するなんて、男らしくありませんわよ?
「…………反則だろ、それ」
男は云々と言った手前、そう言われてしまっては何も言い返せぬ一夏坊は悄然と呟くのみ。この時点でクラス代表はほぼ決定したようなものであった。
それにしても「一夏さん」か。妙に艶のある声色であったし、これはもしや……
「……先生、失礼ですが、もう少しお時間を頂いてもよろしいですか?」
私の勘が新たな旗の建立を予感する。そのような勘繰りに気付く筈もなく、セシリアは真耶と千冬殿に問うた。今度は笑みを消し、この上なく真面目な顔つきで。
「ええ、大丈夫ですよ。時間は十分にありますから」
「私のクラスで何時までもいざこざが残るのは許容しがたい。さっさと終わらせてみせろ」
「…………ありがとうございます」
両人は何の話をするのか予め知り得ているらしく、何も聞き咎めることなく了承した。礼を述べセシリアは向き直る。一夏坊だけではなく、クラス全体の方へと。
ああ、そうか。お主は決めたのだな。己の罪を清算し、よりよき明日へと進むための覚悟を。ならば私はその姿を見届けよう。それが友の責務というものだ。
「皆さん、わたくしは先日の場で日本を侮辱するような真似をしました。このクラスに不快な思いをした方が多くいらしたでしょう。この場を借りて謝罪をさせていただきます。申し訳ありませんでした」
頭を下げるセシリアをクラスの者たちは黙って見つめる。驚き、戸惑い、憮然、その表情は様々だ。
国際色豊かなIS学園とはいえ、やはり生徒には日本人が多い。そのためセシリアの暴言――私は居なかったので良く知らないが――は表立たずとも波紋を呼んでいたらしい。この一週間でセシリアが会話したのも、己と同じ留学生だけだったそうだ。
このままではいけないと思ったのだろう。私と友誼を結んだ後に、彼女は相談を持ちかけてきた。自業自得ではあるがどうにか関係を改善したい。知恵を貸してはもらえないだろうかと。友の頼みを断る理由など無かった。
「非難は甘んじて受けます。わたくしはそれだけの事をしたのですから。けれど、もしよろしければ、もう一度わたくしにチャンスはいただけないでしょうか? ……都合のいい事をと思う方もいるでしょう。ただ、それでもわたくしは皆さんと過ごす一年を無為に帰したくはないのです」
私が教えたことはただ一つ……真摯であれ。本当に悪いと思っているのならば、その思いを飾る事なく伝えればよいと教えた。
人とは実に複雑極まる生き物だ。一人への対処法が全てに適用することは叶わず、むしろ個々に異なる事がほとんどである。真摯であっても全ての人に許してもらえるとは限らないとも補足した。彼女はそれでも構わないと頷いた。
「簡単に許してもらおうという気はありません。これからの生活の中で、皆さんに歩み寄っていけるよう精一杯努めるつもりです。だから、その第一歩として……わたくしが一夏さんをクラス代表に推薦する事を、認めていただけないでしょうか?」
セシリアは再び深々と頭を下げ、皆の反応を待つ。
誠心誠意、出来得る限りの事を尽くしたおかげであろう。潔いその姿にクラスの者たちから罵倒はあがらない。ただ、どうしたものかと皆が困ったように顔を見合わせる。そのような中から、一人の生徒から声が上がった。
「まあ、私はそんなに気にしてなかったからいいけど」
「あたしも構わないかな…………トトカルチョで勝たせてもらったし」
「別に仲悪くしたいわけじゃないし、謝ってくれたならいいんじゃない?」
ぽつぽつと上がる意見の数々。理由はともかく、それらは好意的なものに占められていた。
俄かにざわつき始めた教室内。そろそろ収集をつけねばならぬかと考えた所で、間延びした呑気な声が聞こえてきた。
「は~い。それじゃあちょっと~、セッシーにお願いがあります~」
「せ、セッシー……? い、いえ、それはともかくお願いとは?」
セシリアが恐る恐るといった様子で顔を上げた先に居たのは布仏 本音。常人の二倍ほどの時間を掛けて行動する彼女は、見ている方が焦れるようなのんびりした動作でセシリアの前へと進み出る。
「簡単なお願いだよ~。私もセッシーのお願いを聞いてあげるから~」
そして差し出した。緩々とした動きで、そのやけに袖の長い制服に包まれた手を。
「セッシーに~、私の友達になって欲しいな~」
「……っ! よ、よろしいのですか……?」
布仏の申し出にセシリアの瞳が揺れる。すぐさまにでもその手を取りたいと思う本心。己に布仏の好意を受け取る資格があるのかという躊躇。二つがせめぎ合い、伸ばし掛けた手が宙を彷徨う。
「つ~かま~えた」
「あ…………」
その逡巡は、他ならぬ布仏の手によって断ち切られた。お主、普通に動けたのかと言いたくなる速度でセシリアの手は捕らわれる。
にへら。
布仏は微笑んだ。
「これで仲直りだね~。皆もそれでいいでしょ~?」
「……まったくもう、そんなのを見せられたら許さないなんて言えないじゃない」
「あはは、いいじゃんいいじゃん。クラスは皆が仲良い方が良いでしょ」
「ま、それもそうね。じゃあオルコットさん、これからよろしくって事で」
「皆さん…………ありがとうございます」
クラスメイトの温かな言葉にセシリアは感極まる。その眼尻には涙。心優しき皆に彼女はただ感謝した。
……斯くも美しきは人の情だからこそ為せる技か。久々に胸に来るものがあったぞ。人は確かに愚かな面もある。何時の時代にであっても争いは絶えず、同じ過ちを繰り返す。だが、この様に許しあえる素晴らしい美徳がある事も、また確かなのだ。
「うむ、丸く収まったようで何より。良きかな良きかな」
「椛さん……あなたにもお礼を言わせてください。わたくしがこの場に居られるのは、間違いなくあなたのおかげですもの」
「なに、全てはお主の意志が為した事。私は礼を言われる程の事をした覚えはないよ」
謙遜ではない。私がセシリアにしたのは実に微々たるもの。皆の許しが得られたのは、セシリアに罪を告白する勇気があったからこそだと考えておる。己に礼を言われるような功があるとは思えぬ。
されどセシリアは納得いかぬようだ。いいえと首を振り、尚も私に向かい言葉を紡いだ。
「そんな事はありません。椛さんが居なければ、きっとわたくしは大事な事に気付けないままだったでしょう……だから、ありがとうございます」
「……そうか、ならば受け取っておこう。如何致しまして」
そこまで言われてしまえば断るのも憚られる。何がそこまでセシリアを掻き立てるのかは知らぬが、例は素直に受け取るとする。無論、それに対する挨拶も忘れはしない。
さて、セシリアに関する悶着も一件落着したことだ。ここは私が一つ締めをして終いとしようか。
「では皆の衆、答えてほしい。この場を以てセシリア・オルコットを……否、個性も、出身も、一人においては性別さえ違う皆を、一年一組の
「「「「「はいっ!」」」」」
「その言葉、この篠ノ之 椛が聞き届けた! ならばいざ邁進しようぞ! 我らが担任の名にも恥じぬ、この学園における至高のクラスへと!」
拳を振り上げて鼓舞すれば沸き立つクラスメイト達。その盛り上がり様、後日になって他の組から文句が出ること請け合いの勢いである。今この時を以て、一年一組は真の意味で結束した。
個人的には非常に満足である。クラスの蟠りが解消し、正に『雨降って地固まる』を体現したのだから。万事解決したことに何の文句がつけられようか。
「あのー、大変綺麗に纏めたところ悪いんだけど……」
「む、何だ一夏坊?」
「やっぱりさ、クラス代表って俺がやらなくちゃいけないのか?」
だから意外に思った。この場に及んで此奴はまだそのような事を言うのかと。
「何を今更。それを論ずるべき時は当の昔に過ぎ去ったぞ。現にお主はセシリアに言い包められておっただろうが」
「それはそうだけど、やっぱり経験不足なうえに素人の俺が務めるには無理があるような……」
「あら、経験なら代表を務めていれば嫌でも積めますわ。そちらにとっても悪い話ではないでしょう? ……そ、それにですわね…………」
渋る一夏坊を諭すように話すセシリア。それが途中から何故か歯切れが悪くなる。いつも自信ありげな彼女からしたら珍しい事態である。
「そ、その……訓練でしたらわたくしが見て差し上げますわ。て、手取り足取り付きっ切りで」
だが、その謎は早くも解明される。頬を赤く染め、妙に意味深な言葉で訓練に誘うその姿からして答えは一目瞭然であった。
……やはり、やはりだったか。呼び名からして予感はしていたが、これはもう疑いようもない。お主も此奴に墜ちたのかセシリアよ。
「そうだな……そこまで言うなら引き受け……」
「ちょっと待て!!」
少し迷い、承諾しかけた一夏坊を大声が遮る。誰かは容易く想像がつくであろう。今の今まで鳴りを潜めていた箒である。
「一夏の訓練は私が見る事になっている。そちらの出る幕はない」
「……可笑しなことを言いますのね、篠ノ之さん。わたくしも含めて複数人で一夏さんの訓練に当たった方が、早期のスキルアップに繋がるとは思いませんの? 例えば弾幕を張られた際の回避動作でしたり」
「…………っ!」
ギロリと箒の血走った眼が私へと向けられる。冤罪で恨まれては敵わぬ。必死の思いで首を横に振る。確かに昨日そのような旨の事を言いはしたが、セシリアには一言も告げてはいないぞ。
「おい二人とも、せっかく椛がいい感じで纏めてくれたのに、早速喧嘩なんてするなよ……あ、そうだ。セシリア」
「な、何ですの? 一夏さん」
「お前が謝ったのに俺だけ何もしないなんてフェアじゃないと思ってさ……イギリスの飯が不味いなんて言って悪かった。だからさ、今度聞かせてくれよ。イギリスの良い所を、たくさんな」
「「…………!」」
一夏坊が決め顔でそのような事を言ったせいで、セシリアは頬を染めてふらりとよろめき、箒は怒りの度数を更に引き上げる。女の戦いという火に油を注いだ形であった。
あまりの朴念仁ぶりに頭が痛くなる。だからお主は坊なのだ。
「い、い、一夏! 貴様はまたぁぁ!!」
「うおぉぉ!? な、何でいきなり殴りかかってくるんだよ!? って、竹刀は止めろ! それマジで洒落にならない痛さだから!」
「ご安心を一夏さん! このセシリア・オルコット、全身全霊を以てあなたをお守りしてみますわ!」
「そこをどけオルコットォ!!」
「お~、カオスだね~」
「まったく貴様らは…………朝一から私のクラスで騒ぐなぁ!!」
「「「ギャアアァァァ!!?」」」
SHRはどこに消えたのやら、教室は阿鼻叫喚の大乱闘の場と化す。乱闘とは言っても、主に千冬殿がちぎっては投げの独壇場だが。
やれやれ、余程若さが有り余っていると見える。大人しくしておれば千冬殿の逆鱗に触れずに済んだものを、鉄拳制裁に処されるばかりか周囲からの笑い者になっているではないか。真耶さえも苦笑いしておるぞ。
「……だがまあ、斯様な喧騒も悪くはないか」
「黄昏てないで助けてくれ椛ぃ! あ、ちょ、ま、ゲフゥ!?」
上がる悲鳴、響く笑い声。一年一組は今日も平和(?)である。
――――――――――
――――とある国際回線の通信記録――――
『よっ、久しぶりだねぇ。お宅がお空に飛んで行って以来だから……一年ぶりってとこか?』
『そんな所か。お互い壮健なようで何よりだ』
片方はお茶らけた男の声。もう一方は古臭い口調の若い女の声。交わす言葉は和やかなもので、二人が友好な関係にある事を窺わせる。
『ははは、そりゃそうだ。少なくとも、そっちがくたばる姿なんて想像がつきやしねぇ』
『お主も似たようなものだと思うがな……それはそうと、如何なる要件で連絡を寄越した? よもや、ただの世間話ではあるまい』
『ああ、実はな、お宅に頼まれていた嬢ちゃんの件なんだよ』
『鈴音か? どうした、血気に走って問題でも起こしたか?』
女が冗談交じりに問い掛ける。まさかと思っての言葉であり、決して本気で言っているわけではない。故に、それに対する男の返答に驚かされることになる。
『ご名答。一夏君だっけか? そいつのニュースを見て自分もIS学園に行くと言いだしてな、お偉いさんを強請って無理矢理転入しようとしたのさ。困った嬢ちゃんだよ、ホント』
『それは何というか……迷惑を掛けた』
『おいおい、お宅が謝る必要はないでしょーが』
悄然と謝罪する女を男がフォローする。普通ならば不祥事の責任は男の言う「嬢ちゃん」にあり、女が頭を下げる必要など何処にもないからだ。例え「嬢ちゃん」が女と縁のある人物であったとしてもである。
……そう、普通ならば、だ。
『いや、その一夏坊の件が……また、姉者の仕業なのだ』
『…………どんまい』
『……胸に沁みる言葉だ』
一言で全てを察した男は、ただ励ましの言葉を掛ける。女の声には哀愁が滲み出ていた。
『……まあ、それはともかくだ。不始末はオッサンが片づけて、学園への転入手続きも済ましたから、あと数日もすれば嬢ちゃんがそっちに行くのよ。だから、そのお知らせに電話したってわけ』
『くく、面倒見のいいことだ。一年を共に過ごして少しは懐かれたか?』
『さてね、仲は悪くないと思うが。取り敢えずよろしく頼むぜ。嬢ちゃんにはうちの機体も預けてあるんだから、学校に馴染めなくて帰ってきましたなんて洒落にならん』
からかうような女の声に男は淡々とした評価を下すのみ。
だが、わざわざ電話をして知り合いに根回しをするあたり、この男の気質が知れるというものである。実利的な面もあるかもしれないが、心情的な面が多くを占めている事には違いないだろう。
『その心配は要らぬ。何だかんだ言いながらも、基本的には気の良い者らばかりだ。鈴音ならばすぐに溶け込めよう』
『へえ、お宅が言うのならそうなんだろうな。オッサンも一回行ってみたいもんだ』
『男が無断で入り込んだら間違いなく変態扱いされるぞ?』
『なーに、それっぽい理由をつけて正面から堂々と行くさ』
飄々と嘯く男に女は溜息をもらす。実際それが可能な立場に男がいるのだから困りものだ。もっとも、そこに悪意はないと知っているため特に止めたりする気もないのだが。
『じゃーな、椛ちゃん。今度は直接顔を合わせようぜ』
『ああ、また会おう……我らが同志、
最後に再会を約して、通話はぷつりと切れた。
――数秒後、この通信記録は跡形もなく消えていたという。世界の誰しもが気付かないうちに起きた、ささやかな異常である。