大神は海軍技術部の方に出向いていったが、残る艦娘たちのやることは基本変わらない。
瑞鶴は空母の持ち回りで行っている偵察機による周囲の警戒を行っていた。
違うことは、ペアになるのが姉の翔鶴ではなく、赤城ということ。
「なーんか、いつもと違ってやりづらいなー」
「ごめんなさいね、瑞鶴さん。私達が独断専行したばかりに」
「そんな、謝らないで下さいよ、赤城さん! あれ?」
そう、MIに残る艦隊を選ぶ際、流石に独断専行した4人を全員残す訳には行かなかったので、翔鶴と赤城が交代することとなったのだ。
赤城と瑞鶴、翔鶴と加賀のペアになった理由は、勿論、加賀と瑞鶴をペアにする訳にはいかなかったからである。
「どうしましたか、瑞鶴さん?」
「……いえ、何でもありません。気のせいでした」
一瞬、違和感らしきものを感じ首を傾げる瑞鶴だったが、再度偵察機と感覚をリンクさせてもおかしなところはないように思える。
赤城に異常なしと伝える。
後にその判断を瑞鶴は、死ぬほど、死んでしまいたいほど後悔することとなる。
『隊長、何を考えているんですか!!』
北方棲姫?――大神は仮にほっぽと呼ぶことにした――を連れ帰ることを大淀に連絡したところ、待っていたのは大淀の強烈な反対だった。
曰く、艦娘としての自我を十分に持たない娘をどう扱っていくのか、とか、
曰く、深海棲艦の外見を持つ子が有明を自由に闊歩したら混乱するだろう、とか、
とにかく、反対意見を例に上げて羅列された。
だが、大神もほっぽをこのまま技術部に置いて行く訳には行かない。
『けれども、浄化が完了して悪しき怨念がもうない以上、彼女は紛れもなくこちら側の存在だ』
『それはそうですが……』
『それに艦娘の一人として保護しなければ、研究材料とされるのは目に見えている。それだけは黙視できないんだ。頼む、大淀くん』
先程見た北方棲姫の姿を思い出し、大淀に頼み込む大神。
だが、大淀も先程熾烈に反対した手前、そう簡単にうんとはいえない。
それが一変したのは、近くの店で買った幼児用の衣服を着込んだほっぽが、大神の袖をくいくいと引いて、
「ぱぱー、このひとこわい」
と言ってからだ。
通信に移る大淀の眼鏡がきらりと輝く。
また、遠眼鏡で大神たち二人を見ていた人影が歯軋りしていた。
『ぱ ぱ ?』
『ああ、どういう訳かそう懐かれてしまってね』
『……じゃあ、ままも必要になりますよね?』
『え? まあ、そうなるかな』
一瞬の間黙りこくる大淀、そして、
『分かりました、有明でお待ちしております』
そう言って通信を切った。
大神は寒気を感じて、周囲を見渡すが不穏な影はない。
「どうしたの、ぱぱ?」
「……いや、なんでもないよ。帰ろうか、ほっぽ」
「はーい」
そして、大神はほっぽの手を引いて最寄の駅から有明へと戻っていった。
ゆりかもめから降り立った二人を待っていたのは大淀と明石。
明石には医師役として流石に伝えないわけには行かなかったのだろう。
しかし、大淀は目一杯めかしこんでいる。
強敵たちがAL/MIに居り、鹿島たちも未だ知らない状態のうちに先んじてほっぽにままと言わせて、既成事実を上積みして勝利する戦略か。
さすがは連合艦隊旗艦。
だが、
「ままー」
そう言ってとてとてとほっぽが近づいていったのは、明石だった。
「どうしてですか!?」
「いや、そんなに化粧しちゃったら、子供にはきついわよ」
ほっぽをナデナデしていた明石が愕然とする大淀にツッコミを入れる。
がっかりと肩を落とす大淀。
「化粧落としてきます……」
「隊長さん! 大淀さん!」
そして、その場を去ろうとするのだが、羽黒が慌ててそんな3人の下に駆け込んでくる。
「どうしたんだい、羽黒くん?」
「敵増援をAL/MI近くにて確認! 更に新たな敵艦隊がAL/MIとは別の硫黄島近海で発見されました! ルート的には本土を強襲するものと思われます!!」
「本土強襲ですって!?」
その報に愕然とする明石たち。
しかし大神は動じない。
「いや、作戦会議で懸念された要素が表面化しただけだ。手は打ってある! 大淀くん、念のため選考していた艦隊編成で出るぞ! 二度と本土強襲なんてさせないよう、徹底的に叩く!!」
「はい、隊長!」
「隊長さん……」
その堂々とした佇まいに慌てていた羽黒が落ち着いていく。
大淀と明石も、その様子を見て安心する。
大丈夫だ。
大神が、彼が居る限り、敗北はない、ありえないと。
だが――
「かはっ」
次の瞬間、大神の胸に血の赤い花が咲く。
大淀たちが現実を認識出来なくなっているうちに、遅れて銃声が鳴り響く。
大神の身体が力なく崩れ落ちていく。
「大神さん!!」
大神が狙撃された――
そう直感した明石は艤装を展開させて、真っ先に大神に飛びついた。
無論大神を庇う為に。
予想通り二度三度と大神の近辺を銃弾が掠め、庇った明石の身体に傷をつける。
でも、今は自分の傷なんて心配している場合じゃない。
「大淀さん、羽黒さん! 救援を早く呼んで! このままじゃ大神さんが!!」
「はい! 有明の艦娘全員に緊急連絡、みんなデッキ上に上がってきて! 大神さんが、大神さんが、狙撃されました!!」
その声に我に帰った大淀が、電信を放つ。
大淀の連絡に騒然とする鎮守府。
いや、一人だけ顔を蒼白にさせている艦娘が居た。
瑞鶴だ。
「瑞鶴さん、赤城さん! 周囲の警戒は問題なしではなかったの!? どうして……どうして、こんな――」
「確かに問題はありませんでし――瑞鶴さん?」
まさか。
『なーんか、いつもと違ってやりづらいなー』
まさかまさか。
『そんな、謝らないで下さいよ、赤城さん! あれ?』
まさかまさかまさかまさかまさかまさか――!
『……いえ、何でもありません。気のせいでした』
「嘘だーっ!!」
とあるビルの屋上。
その女はライフルを仕舞おうとし、いや、もはやそんな必要はないと、後を立ち去る。
「要は居なくなったわ。これで貴方達はおしまい……オシマイネ! アハハハハハハハ!!」
ライフルの照準の先で、艦娘たちが大神に集まってきていた。
デッキが大神から流れ出す血で染まっていく。
「大神隊長! 大淀さん、狙撃の方角は!?」
「あちらの方です! 赤城さん、偵察機による確認を! 大神さん、しっかりして!」
「大神さん! お願い、返事をして下さい、大神さん! 大神さん!!」
「「「大神さん!!」」」
次回予告
狙撃され、重態となる大神さん。
その身体からは命の灯火が刻一刻と消えていく。
大神さんとの魂の繋がりが薄れ、恐慌に陥る私たち。
そして私たちは『艦』であることを忘れ、ただの『娘』になった。
深海棲艦の反攻の中だと言うのに。
近づく崩壊の、破滅の足音。
でも、死なせない。
大神さんは絶対に死なせないわ。
工作艦の名にかけて……ううん、この私の命にかけても。
だから……
次回、艦これ大戦第十話
「決戦! AL/MI作戦!(後編)」
だから私が居なくなっても……暁の水平線に勝利を刻んで下さいね、大神さん。
「大神さん……愛しています…………」