第十二話 1 シベリア鉄道の車窓から1
朝日が車内の窓から差し込み、大神は目を覚ます。
隣のベッドからは、窓から広がる風景に感動した様子の川内の声が聞こえてくる。
「うっわー、朝焼けの草原に広がるいっぱいの風車! すっごーい!!」
だが、隣のベッドに目を向けようとすると、寝起きの川内が上半身裸のまま起き上がって窓から外の風景を見入っている。
大神も川内が感動しているその風景を目にしたいが、見ようとすると窓からその風景を見る前に無防備な川内の姿が視界に入ってしまう為、視線を向けられない。
どうしたものかと大神が考えていると、川内の上のベッドから鳳翔が川内を嗜めた。
「川内さん、風景に感動するのも良いですけれど、隊長が視線をどうしたら良いのか困ってますよ。早く何か着て下さい」
「あ、大神さん。ゴメンね。これで大丈夫だよね?」
そう言って川内は近くにあったタオルをその身に巻きつける。
確かにこれで最低限視界を遮られはしたが、川内の健康的な色気は全く変わらない、いや、むしろ更に色っぽくなったように見える。
風景に目をやる大神だったが、視線が川内の方も向いてしまうのは致し方のないことだろう。
「なーに、大神さん? やっぱりタオルがない方が良い?」
そんな視線はお見通しとばかりに、タオルの結び目に手をやり大神を挑発する川内。
「川内さん、もし車掌さんが来たらどうするんです? 遊んでないで早く着替えて下さいね」
「はーい。これから着替えるからあっち向いててね、大神さん。振り返ったら夜戦に付き合ってもらうから!」
流石に大神以外の男性に身体を晒すのはイヤらしい。
鳳翔の指摘に川内は荷物から私服を取り出すとベッドの上で着替え始めた。
鳳翔もベッドに腰掛けて着替えているらしく、衣擦れの音が二重に重なって部屋の中に響き渡る。
艦娘とは言え女が二人、男一人と同じ部屋に居る、そのことに大神は頭を抱える。
本来は二人部屋の一等室を二部屋押さえており、二人とは別の部屋になっている筈だったのに。
ウラジオストクで乗車しようとしたときに、いきなり発生した予約システムのトラブルで四人部屋の二等室にまとめて押し込まれることになったのだ。
「はぁ、あと一週間近く、こんなのが続くのか……」
それでも、艦娘と遠く離れた車両になったり、別の便になったりするよりかは遥かにマシか。
そう自分に言い聞かせる大神ではあるが、一週間にわたり艦娘の寝息や寝言に踊らされることは間違いない。
ため息の絶えない一週間になりそうだ。
(大神さん、私のことチラチラ見てた。意識してくれてるのかな? でも、どうしよう……)
一方、川内は川内で敷居もカーテンも何もない同室に大神と居ることに、大神と同じ空気を吸っていることに高鳴り続ける鼓動を止められずにいた。
そう、川内はたまたま早起きしたから絶景を見つけられたわけではない。
単純に一睡も出来ず、そのまま翌日の朝を迎えただけだったのだ。
(うぅ、こんな状況だと、いつものように夜戦しよってあんまり言えないよ。隣のベッドだし、ちょっと引っ張られたら大神さんのベッドに引きずり込まれちゃうし。別の意味にとられちゃったら、薄い本的な意味で大神さんに夜戦されちゃうっ)
夏コミで買った薄い本の中身を思い出してしまう。
夜戦ってそう言う意味もあるのかと、そのときは仰天した。
いつもの鎮守府では訓練や秘書艦のときくらいしか大神との接点がなかったので、忘れかけていたのだが――こんなに大神との距離が近いと、イヤでも薄い本のことを思い出してしまう。
自分が大神を押し倒す話もあった。
逆に大神に押し倒される話もあった。
今だってそうだ。
もし、大神がその気になったら着替え中の川内は今すぐにでも大神の腕の中に、ベッドの中に引き込まれてしまうだろう。
そして――、
(ダメダメダメっ! 大事な任務の途中なんだからっ! ヘンなこと考えちゃダメッ!)
そう考えたとき、列車がブレーキをかけたらしく、川内たちの体にGがかかる。
「きゃっ」
「わわっ」
ベッドに軽く腰掛けていただけの鳳翔も川内も、それでバランスを崩し倒れそうになった。
「おっと、大丈夫かい。二人とも」
反対側のベッドで横を向いていた大神であったが、二人が倒れそうになるのを察して片手で一人ずつ受け止める。
だが、当然のことながら鳳翔と川内は着替え中である。
着物を羽織っただけで前を未だ閉じていない鳳翔の素肌の感覚が腕を通して大神に伝わるし、川内の胸の谷間も上から実に良く見える。
それに二人とも下半身は下着だけしか着ていない。
大神に見られたことを察して、二人の顔が紅に染まっていく。
叩かれるかなと大神は覚悟して身構えるが、二人とも助けられたことをよそに大神に当たれない程度には理性が働いている。
「あの、隊長。ありがとうございます……」
「大神さん、ありがと……着替え直すから、あっち向いてね…………」
そう言って二人はゆっくりと大神の傍から離れていく。
「ゴメン! 川内くん、鳳翔くん!!」
慌てて反対側を向く大神の耳には再び衣擦れの音が聞こえてくる。
大神だけでなく真っ赤になった鳳翔、川内のため息をよそに、海を奪われた大陸での交通の要、シベリア鉄道が大地を駆け抜けていく。
そして8時頃になって列車は駅に到着する。
その頃には鳳翔・川内の赤らめた顔も元に戻ったらしく、3人は座席で車内の給湯機で入れた緑茶を飲んでいた。
すぐに列車の周囲にはさまざまな種類の食べ物・飲み物を売る女性が集まってくる。
「鳳翔くん、川内くん、朝食もまだ食べてないし何か買って食べようか?」
「そうですね、隊長。私は部屋番をしていますから、お任せしてもいいですか?」
「やったー! お腹ペコペコだったし、賛成! じゃあ、行こっ隊長!」
そう言って川内は大神の腕を取って、車外に出ようとする。
見慣れない東洋人の姿に上客が来たとおばちゃんたちが集まってきた。
「――――――」
「え、えぇっと……」
だが、話しかける言葉は勿論ロシア語だ、川内にはよく分からない。
このままではおばちゃんにたかられてオシマイかと思われたが、海軍主席の大神がロシア語が全くわからないなんて事、ある訳がない。
おばちゃんたちの会話を聞きわけ、3人が必要な分だけフライドチキンや、ポテトなどを購入していく。
「ふぇ~、さっすが主席」
「まあ、勉強した甲斐があったってところかな? 川内くん、鶏肉とポテトを買ったけど他にほしいものはあるかい?」
「うーん、そうだなー。ソーセージとかないかな?」
「了解。――――」
そう言ってロシア語でおばちゃんと会話する大神。
と、とあるおばちゃんの言葉で大神が顔を赤らめだした。
「ん、どうしたの隊長?」
「いや、なんでもないよ――」
そういっておばちゃんたちのほうへと向き直ろうとする大神だったが、またとあるおばちゃんがつたない日本語を話し始めた。
「コイビト、デスカ?」
「ええっ!?」
その言葉に顔を朱に染める川内。
でも、そう言われても大神の傍から離れようとしない川内の姿を見て、おばちゃんたちは執拗に大神に花を勧めてくる。
結局押し切られて、花束を二つ買う大神だった。
言葉が通じなくても、そこまで見れば次に何が起こるのか川内にだってわかる。
「大神さん、その花束……くれるの?」
「ああ、押し切られちゃったけど、俺なりに川内くんに似合う花束を選んだつもりだよ。貰ってくれるかな?」
明るい色彩の、見ているだけで元気が出そうな花を取り揃えた花束。
その花束をゆっくりと川内に差し出す大神。
「もっちろん! ありがと、大神さん!!」
満面の笑みと共に、その花束を受け取る川内であった。
二人部屋を二つか、四人部屋か考えたのですが、To Loveる発生的な意味で強引に四人部屋にw
あと、シベリアの案内役として響投入も考えたのですが、響が美味しいとこ掻っ攫ってしまうのでボツ。