目を覚ました山風たち4人の艦娘。
起きた事はもちろん喜ばしい。
だが、先程も述べたように山風たちは髪も肌もケアされていない状態だ。
時雨に手で梳かれたとは言っても、やはり髪の毛はサラサラと流れる事はなくボサボサだし、肌もカサカサしている様に感じられる。
起きた後も山風たちは何度も髪や肌の状態を気にしていた。
やはり艦娘とは言っても女の子なのだ。
可能ならば、改めてお風呂に入りたいと思っているだろう。
しかし、パラオ泊地のお風呂は有明鎮守府のように24時間使えるわけではない。
昼間からお風呂に入ると言うのなら、その許可を貰う必要がある。
だから時雨は、渾作戦の全体における旗艦役を担っている長門の元へと向かう。
「すいません、長門さん。入室しても良いかな?」
「ん? 構わんぞ、時雨」
部屋に入ると、長門は渾作戦第三段階を担当している艦娘や、有明鎮守府と連絡を取っていた。
どうやら渾作戦の事について報告などを行っていたらしい。
「ごめん、時間を改めたほうが良かったかな?」
「いや、もう終わった。ピアク島に上陸しようとしていた敵戦力は壊滅したからな。第三段階も終了だ。それで時雨、何の用だったんだ?」
通話を終了し、連絡機を机の上に置いた長門は時雨へと向き直る。
「うん、救出した艦娘たちが目覚めたんだ」
「それは朗報だな、救出した4人の艦娘の名前は分かったのか?」
「もちろん確認済。山風、春雨、野分、秋月の四人だよ」
「ほう、秋月型防空駆逐艦まで戦列に加わるとは頼もしいな。だが、時雨、その様子からすると用件はそれだけではないのだろう?」
「うん」
促す長門に、小さく頷いて応える時雨。
そして、目を覚ました4人をお風呂に入れさせて上げられないかと頼むのだった。
「風呂か……ちょうど良かったかもしれんな」
「ちょうど良かったってどういう事?」
小首を傾げる時雨。
「渾作戦第三段階が終了したと言っただろう? 帰還する艦娘達のために風呂の準備を指示したところだったんだ。良かったな、直ぐに入れるぞ」
「本当?」
「ああ。北上を除いて、我々は最終段階に向けて警戒をせねばならないが、その他の艦娘は風呂に入る許可を出そう。なぁに、共に汗を流せばすぐに艦娘たちの輪に入る事も出来るだろうさ」
「そうだね! ありがとう、長門さん」
そうして山風たちは、いや、渾作戦の最終段階に向けて準備をしている艦娘以外はお風呂に入るのであった。
「え? 輸送作戦は今はそんなにしていないのですか?」
「もっちろん、今みたいに制海権を握ってる状態なら大型の輸送船でした方が早いでしょ?」
「確かにそうですね、でも護衛任務もお任せ下さい!!」
「今度のMI作戦は大勝利に終わったのですか!?」
「うん、隊長のおかげでね! 一時期はどうなることかと思ったけど」
「それじゃあ、赤城さんは……」
「大丈夫! 今回は誰一人として犠牲者は居なかったんだよ!!」
「防空駆逐艦だなんて、助かるわ~。MI以降、敵艦載機が強くなったような気がして」
「はい、艦隊のお守りはお任せ下さい! 敵機動部隊にも負けません!!」
春雨、野分、秋月はするするとお風呂場で会話を弾ませる艦娘たちの輪に入っていくのだが、山風はなかなかそうはいかなかった。
姉と呼ぶ時雨から手を離すことなく、おどおどと艦娘たちの視線から時雨の背中に隠れたまま。
でも、それでは良くないと時雨は思う。
江風や海風が居ないからといって、自分にべったりではまずい。
どうにかしてみんなの輪に入り込ませないと、と周囲に視線をやる。
ちょうど心配そうに山風を見ていた涼風と目が合った。
――山風の事、お願いしても良いかな?
――がってんだ!
そう視線で会話すると、直ぐに涼風は山風の元へ向かう。
「山ねえ、こっち来いよ!!」
「え、あ……あなた、は?」
急に声をかけられて、時雨の後ろに逃げ込む山風。
「ひっどいな、あたいは涼風だよー」
「涼風? 二十四駆だった?」
「そうだよ、山ねえ! あたいの事も忘れないでくれよー」
「涼風、山ねえは……やめて。ちゃんと……名前で呼んで」
「あいよっ、山風ねえ! こっち来なよ、背中流しっこしようぜ!!」
「うんっ、分かった」
会話のきっかけとしてわざと崩して呼んだ事が功を奏したのか、山風の警戒感が解ける。
そして、ようやく時雨から離れ、涼風と共にシャワー台の椅子に座るのだった。
「あ、山風ねえは髪の毛も洗いたいんだよな? あたいが洗ってあげよっか?」
「いいよ……自分でやる。涼風は……なんか雑そうだし」
「山風ねえ、そりゃねーよ!」
半ば道化を演じながら、大きめの声で涼風は山風との会話を弾ませる。
「山風。なら私が髪の毛を洗ってあげようかしら。今のシャンプーとかコンディショナーとかトリートメントとかオイルとか、髪の毛のケアに必要なものの使い方、まだ分からないでしょう?」
涼風の狙い通り、その会話に飛鷹が入り込んだ。
「こんでぃしょなー? とりーとめんと? おいる? そんなに……必要なの?」
自分の全く知らない世界の単語に『?』の表情に浮かべる山風。
そんな山風の髪の毛を飛鷹は少し手に取る。
「ええ。こんなに綺麗な髪の毛しているんですもの。ちゃんとケアしないと勿体無いわ。艦娘とは言え女の子ですもの、もっと綺麗になりたいでしょう?」
「うん……なりたい、かな」
「じゃあ、飛鷹さんに任せて。色々教えてあげるから」
「はい、お願いします……飛鷹さん」
そうコクリと頷くと、山風は飛鷹に髪の毛の洗い方やケアの仕方を教わり始める。
その様子を見て、これならもう大丈夫だろうと一息吐く時雨。
今、言葉で伝える訳にはいかないので、涼風にお疲れ様と視線で伝える。
もちろん涼風からも、どう致しましてと視線で返された。
「ねえ春雨、背中の星印の痕、なに?」
そうしていると、夕立や村雨と背中を流しっこし始めた春雨の背中を見て、村雨が声をかけた。
「え? 村雨姉さん、春雨の背中にそんなのあるの?」
春雨は振り返って背中を見ようとするが、本人にはちょうど見えない位置にある。
「ホントだ、小さいけど星印っぽい~。春雨、痛くない?」
「うん、特に痛くはないけど……」
夕立が春雨の背中に触るが、特に代わった感触は感じない。
春雨にも特に変な感触はない。
「あら、秋月の背中にも星印の痕あるわね」
「のわっちの背中にも……なんだろ、これ?」
「山風の背中にもあるわね」
しかも、救出した艦娘に限って星印の痕がある。
一体何故だろうか、と一瞬思う艦娘たちだったが、
「まあ、ずっと寝てたからその痕なんじゃない?」
と、ひときわ大きく声を出して、涼風は疑念を、嫌な雰囲気を吹き飛ばそうとする。
「そうね! あまり身じろぎもせずに寝たわけだし、それくらい付いてもおかしくないわ!」
「気になるなら有明に帰った後、明石さんに見てもらえばいいじゃん?」
「そうですわ! あの方、隊長が絡まない限り腕は確かですから」
涼風の行動に乗っかって、足柄や鈴谷、熊野が声を上げる。
それでお風呂場の雰囲気は落ち着き、再び艦娘たちの会話が始まる。
けれども、
一抹の不安が艦娘たちの中に残っていた。
そして彼女達はその事を嗚咽と共に思い出すのであった。
さあ、だんだん雲行きが怪しくなって来ました。