艦娘たちの生活、それは深海棲艦の産まれる前の軍組織と等しく、有明鎮守府においてある程度の期間は単独で完結できる様になっている。
食糧が備蓄されているのは勿論の事であるが、炊事洗濯掃除などに関しても艦娘たちが鎮守府内において自ら出来るようになっているのだ。
そして鎮守府維持の為の生活必需品は、基本海を介さない輸送手段によって流通が為されている。
だから、食料を深海棲艦に強奪されると言う珍光景は見られない。
海外の嗜好品については流石に注文から時間がかかるが、艦娘が餓えたり、食料奪還のために立ち上がる!
などと言う事態は、この世界では起こらなかったのだ。
しかし、艦娘たちが自ら炊事洗濯を行う事は少ない。
料理を作る事を趣味とする艦娘は一部居るが、洗濯や掃除を趣味とするものはほとんどいない。
その為、艦娘の衣服の洗濯や大掛かりな掃除に関しては纏めて業者に依頼することとなっていた。
勿論、艦娘のプライバシーなどを守るため、女性のみの会社に依頼しての業務である。
それで今までは問題が起こる事はなかった――のだが、
「――!!」
迎え入れた米田、山口両大臣との会議を終え、二人を玄関より見送った大神は大淀たちと共に司令室に戻ろうとしていた。
そんな時、とある艦娘――霞の駆逐艦らしい幼さを感じさせる高い声が聞こえてきたのだ。
声の様子からすると霞は頭に血が上っているようだ、頭を下げる洗濯業者の担当に怒鳴っている。
「どうされますか? 隊長」
「霞くんらしいと言えばらしいし、完全に元気になった証拠でもあるね。だけど、あまり人を怒鳴るのは良くないな。止めた方が良いね」
大神はそう言うと、司令室に戻る道から外れて声の元へと近づいていく。
無論、大淀たちは当然のように大神に帯同している。
そうして、霞の声の内容が聞き取れるほどに近づいたとき、霞の次の怒声が響いてきた。
「なんて! なんてことしてくれたのよ!!」
「すいません、これについては完全にこちらの落ち度です。もう一度洗濯いたしますので――」
「洗濯なんか何回やってもムダじゃない!!」
どうやら、洗濯物についてのトラブルらしい。
今まで問題が起こった事はなかったのだが、ついに起きてしまったかと溜息を吐く大神。
何事も起きずにとは思っていたが、やはり生活の中では思わぬ事が生じてしまう。
「でも、もう一回洗濯してもダメと言うのは、ちょっと洗濯のクレームにしては言い過ぎかな。霞くんを止めないと」
曲がり角の先で洗濯業者を怒鳴っている霞を止めようと、大神が一歩を踏み出したとき、霞の次の声が放たれた。
「なんで! なんで、私の下着を隊長の服と一緒に洗濯したのよ!!」
その声に大神は大きな衝撃を受けた。
霞の声を聞いてよろめく大神。
「まさか――」
まさか、これは年頃の娘が父親に言い放つ必殺の――
大神の脳裏にこの世界の父親達から聞いた、とある愚痴が思い出される。
そして、霞の次の言葉は大神の予想を裏切らなかった。
「た、隊長の服と一緒だなんて、私、もうこの下着着れないじゃない!!」
「ぐはあっ!」
おおう、と、全身から力が抜ける大神。
そのまま地面に崩れ落ちそうになるのを、壁に手をついてこらえる。
艦娘のことは家族のように慈しみ愛していたが、まさか――まさか反抗期の娘のように大神の事を考えている艦娘も居ただなんて。
世の父親達に聞かされた愚痴と同じ目にあい、同じ悲哀を味わって初めてその辛さを知る大神。
100人以上も艦娘が居るのだから、一人くらいはそのような艦娘がいてもしょうがないのだが、やはり辛い。
「隊長、大丈夫ですか?」
「だいじょ――ゴメン、あまり大丈夫ではないかもしれない」
大神を心配する声が大淀から投げかけられるが、精神的衝撃はやはり大きく、復帰には少しばかり時間がかかりそうだ。
流石にこのまま霞と直で対面する事は出来そうもない。
「すまない大淀くん……霞くんへの注意は任せてもいいかな?」
「え? それは構いませんが、隊長はどうされるのですか?」
「このままだと業務に差し障りが出そうだから、剣道場でこの気分を断ち切るためにちょっと剣を振ってくるよ。そんなに時間はかけないから」
そう言って、大神は大淀たちと別れ一人剣道場へと向かっていった。
大神に取り残された大淀たちをよそに、霞の大声でのクレームは続いている。
「大淀さん」
「ええ、そうですね」
言葉も短く、頷きあう大淀と秘書艦たち。
大淀たちは霞たちの元へと近づき、大神を精神的に傷つけられた怒りのままに言葉を浴びせた。
「霞! 何をして居るんですか!!」
「え? 何って洗濯物のクレームを――」
いつもは怒鳴りつける側の霞だったが、怒鳴られることにはそう慣れていないらしい。
大淀に怒鳴りつけられて少し呆けたような顔をしている。
「些細な事で怒りすぎです! 隊長と共同生活をして居るのだから、そう言うことだって起きるでしょう! あなたはそんなに隊長が嫌いなのですか!!」
「ち、違うわよ! なんで洗濯物のクレームをすることが、隊長を嫌ってるなんて事になっちゃってるの! き、嫌ってなんかいないわよ!!」
大神が嫌いなのかと言われて、流石に霞もカチンと来たらしい。
大淀に大声で怒鳴り返す霞。
だが、さっきまで怒鳴っていた事と言っている事が違う、大淀たちを首を傾げる。
「? じゃあ、なんで隊長の服と一緒に洗濯された事でクレームをしていたのですか? さっき言ってたじゃないですか、『もう下着着れない』と」
「ええっ? 聞かれてたの!?」
「あんな大声でまくし立てていたら、聞こえるに決まってるじゃないですか。それより隊長を避けたり嫌ったりしていないのなら、何が理由で洗濯物のクレームを?」
大淀たちは当然の疑問を霞に投げかける。
世の反抗期の娘のように、大神を嫌ったり避けたりしていないのならつじつまが合わない。
「え、それは……言わないとダメ?」
「ダメです、そうでなければ業者の方も納得しないでしょう」
途端に声が小さくなり、顔を赤らめる霞。
それでなんとなく大淀たちは想像が付いたが、話が大きくなってしまった以上なあなあでは済ませられない。
「えと……だって! 恥ずかしいじゃない! 隊長の服と一緒に洗濯された下着を着るなんて、隊長に触られてるみたいで!」
「あー、やっぱり」
逆ギレして大声でまくし立てる霞。
だが、霞の言葉は大淀たちの予想通りのものだった。
「下着を着ている間、ずっと隊長の事を意識しちゃうじゃない! ただでさえ、隊長の事が気になって仕方がないのにそんなの耐えられないわよーっ!」
とうとう真っ赤な顔を手で覆ってイヤンイヤンと頭を振る霞。
そう、霞はただ初心なだけだったのだ。
けれども、これからも大神と艦娘の共同生活が続く以上、そのような事が起きる度にいちいち気にかけていたらやっていられない。
そう考えた大淀は霞に釘を刺すことにした。
「あの、霞。その論法で言うなら、隊長も霞に触られている事になりますよ」
「え……」
真っ赤になっていた霞の顔が、今度は蒼白になる。
だが、大淀の指摘は確かに間違っていない。
霞の下着、ブラとショーツと共に洗われた服を大神が着ると言う事は、霞の論法に従えば、霞の胸とあそこが大神に触れているようなものであって――
うむ、まるで泡だらけな風俗のようである。
『大神さん。大神さんの身体、霞の身体できれいにしますね――』
霞は悶々と想像した。
そう言った自分が大神の体に自分の身体を擦り付ける光景を。
想像逞しいね。
「いやーっ!! 回収する!! 隊長の服を回収するーっ!! 私、そんなエッチな艦娘じゃないんだからーっ!!」
そう言って大神の部屋に走り出そうとする霞を取り押さえる秘書艦たち。
「放してー! そんなの無理ーっ!!」
「ああ、もう! 割り切りなさい、霞!!」
完全に洗濯業者の担当を無視してヒートアップする霞。
どうやら、霞が落ち着いてこの場が収まるまでにはまだ時間がかかりそうだ。
リハビリとして、改めて別のお話を書き直します。