「響、来たわよー!」
睦月の独白から数日の間、明石による検査の合間に6駆の面々は絶えることなく響の病室を訪れていた。
朝食を持ち込んで一緒に食べ(大神も司令官も笑って許していた)、
午前の訓練が一段落したら訓練が上手くいったか、時には失敗したことも喋り、
昼食も一緒に食べた後、響が一眠りするまで話し、
教室での講習が終わったら、また保健室へと赴く。
「それでね、それでね、響は――」
沈んだ響の遺品は何一つ残されていない、けれども一緒に時を過ごしてきた6駆には響との思い出がある。
いくら話しても暁たちが響に語りかける言葉は尽きることはない。
話を聞かせることで響の記憶が戻ればと、暁たちは響への語りかけを続ける。
勿論、渥頼提督についての話は避けた上で。
「そうか、私はそんな悪戯もしていたんだね、正直信じられないかな?」
響も6駆の話す起伏に富んだ過去の話を楽しそうに聞いていた。
「そうですね、響ちゃん一人だったらやっていなかったかもしれないのです、雷ちゃんの影響かな?」
「ひっどーい、電だって嬉々として企みに参加してたじゃない」
「ふふっ、君たちは本当に仲がいいんだね」
だが、響の表情には何故か時折影がよぎっていた。
「何言ってるのよ、響。これからは私たち4人でなんだからね」
「そうなのです、響ちゃん。そんな他人行儀はダメなのですよ」」
「うん……そうだね」
曖昧な表情で頷く響。
なぜそんな表情をするのかと問いたい6駆だったが、陰りを帯びた響の表情に口が止まる。
暁たちの会話は止まり、時計の秒針の音がいやに大きく聞こえる。
「響くん」
「響さん、大神さんを連れてきましたよー」
そんな保健室に、明石と大神が現れる。
「あ、大神さん」
ぱあっと花が咲いた様な笑みを大神に向ける響。
いつもの、クールささえ漂う様子とは異なり、少女らしい表情を見せていた。
「あらあら、私の検査のときより嬉しそうですね、響さん」
「そんなことない、明石さん。私の体を検査してくれて感謝してる。本当に感謝しているんだ」
「明石くん、響くんの検査は終わったのかい?」
「あと少しですけど、ほとんど終わりましたよ」
「そうか、その表情は問題ないってことでいいのかな?」
朗らかに響の検査状況を話す明石に、その場に居る全員の緊張感が緩む。
だが、響の表情はわずかに強張っていた。
「いやだなー、大神さん。女の子のプライベートですよ。詳しく話せるわけないじゃないですか」
「いいっ!? そういうつもりで聞いたんじゃないって!」
「隊長さん……」
「少尉さん……」
「隊長……なんてね、分かってるわ。隊長がそんな人じゃないってことくらい」
「暁ちゃんをお姫様抱っこで運んできましたの、カッコよかったのです」
「ちょっと、電! それは関係ないじゃない!」
「あーあ。私も隊長さんにお姫様抱っこされたかったなー」
そんな響の表情を見た明石は、大神を槍玉に挙げる。
6駆も大神をジト目で見やるが、すぐにフォローを入れようとして、脱線してやいのやいのと騒ぎ始めた。
「大丈夫ですよ、響さん。身体はピカピカですし、どこも汚いところなんて――」
その隙に明石は響の耳元に近づき、一言二言口にする。
その言葉に安心したのか、響の表情から硬さが取れる。
「はいはい、6駆のみんな、今から大神さんにヒーリングしてもらいますし講習の時間ですよ、教室に戻ってくださいね」
「え、もう、そんな時間?」
明石の声に時計を見ると、確かにもうすぐ講習の時間だ。
というか若干時間を過ぎている。
「明石君の言うとおりだね、もうすぐ始まるんじゃないかな」
「いっけなーい、遅れたら神通さんに補習言い渡されちゃう!」
「響ちゃん、講習が終わったらまた来るからね!」
パタパタと保健室をあわてて駆け出すと、6駆は教室へと向かうのだった。
ちなみに、暁たちは講習には完全に遅刻してしまったのだが、
「3人とも響さんのところに、保健室に行ってたんでしょう? 本来なら補習ですけど大目に見てあげます。席についてくださいね」
教官役の神通は優しく微笑むと、責めることなく講習を始めるのだった。
鬼教官だの何だのと言われることはあっても、神通とて一人の女の子。
暁たちの心情が分からないわけがないのだ。
「大神さん、計測機器の準備が出来ました、響さんのヒーリングをお願いしますね」
「分かった、狼虎滅却――」
多数の計測機器が大神と響に照準を合わせセットされた。
明石の声にいつものように霊力を高め、必殺技を放とうとする大神、だが―
「あ、大神さん。今日はそれ、なしでお願いします」
「え?」
大神の集中力は途切れ、高めた霊力が霧散する。
「大神さんのヒーリング技って周囲に効果を及ぼしますよね。でも、思ったんですよ」
「思ったって何をだい?」
「周囲に拡散するヒーリングの力を一人に集中したら、より高い効果を発揮できるんじゃないかって」
「なるほど……」
確かに明石の言には一理ある。
「あと、大神さんの手から直接流し込んだ方が効果高いかと」
「今日はやけに注文が多いなあ、明石くん」
一理あるとは言っても、それが簡単に実行できるかどうかは別の話だ。
明石の注文にどう答えようか考えながら、大神は答える。
「そうですね、では大神さん、響さんの手を握ってください」
睦月に聞いた渥頼提督のことが大神の脳裏をよぎる。
渥頼提督に殺されたも同然の響、彼女に無遠慮に触れていいものかと大神は少し躊躇う。
「ええと。響くん、いいかな?」
「わたしは、私は構わないよ、大神さん。大神さんこそ艦娘の私なんかに触れていいのかな?」
遠慮がちに大神は響に手を差し伸べる。
響は一瞬嬉しそうな顔を浮かべるが、大神の遠慮がちな態度に僅かに傷ついたような目をする。
「もう、大神さん。ここはもっと力強く、です!」
そんな響の様子に明石はギュッと響の手を大神の手に押し付ける。
一瞬、響はビクリと手を震わせるが、やがて大神の手にそのたおやかな指を絡ませるのだった。
それはいわゆる恋人繋ぎと呼ばれるものである、だが勿論大神はそんなこと分からない。
「なるほど、この方がただ手を握るよりいいのかな」
「大神さん……」
明石は半ば呆れたような声をしている。
「それじゃ、響くん、明石くん、始めるよ」
「あ、はい! 計測準備もオッケーです!」
「狼虎滅却――」
大神の声とともに霊力が高まり、つなぎ合わせた手から響へと霊力が流れ込んでいく。
「あ……」
響の脳裏に、深海棲艦から助け出されたときの情景が浮かぶ。
どこまでも深く沈んでいく私。
一人昏き海の底へ沈んでいる私。
怨念に囚われ、自分の意思を失った私。
周囲には怨嗟の声を撒き散らすものたち。
自ら以外を憑き殺さんばかりに。
怖い。
こんな場所に居たくない。
助けて。
誰か、ここから私を連れ出して。
そう願っても、私は一人身動きすらとることも出来なくて、
いくら涙を流しても、それは昏い海にすぐ飲み込まれ消え去ってしまう。
そんな時、聞こえたのだ。
今、自分の手を握り締めている彼、大神さんの声が。
彼の剣閃が私を取り込んでいた深海棲艦を切り裂いたとき、
彼の思いが流れ込んできた。
すべての人々の幸せを、平和を守るために戦う、という思いが。
その思いには一片たりとも邪な思いは含まれて居なかった。
そして、恐怖で怯える艦娘を救ったのだ。
ならば――なら、私も――。
そう考えるより早く、彼の思いと霊力が私を深海の呪いから解き放っていく。
怨念も怨嗟の声も聞こえなくなって、やがて彼の霊力で身体が、心がいっぱいになっていく。
暖かい白光に包まれて、わたしは、新しく生まれ変わる。
薄汚れた響じゃなくて、大神さんみたいな純白の艦娘として――生きたい。
もう少し先まで書こうかなと思ったけど文字数的に区切りがいい感じなので見切り発車、ちょっと修正するかもしれません。
あと世界観に結構踏み込んだ描写になったけど大丈夫かなあ。