大神に霊力を流し込まれた響は、やがてゆらゆらと身体を揺らし始めた。
目はトロンとしており、無防備な言いようのない色気をかもし出している。
「あちゃー、霊力が大きすぎちゃいましたか。大神さん、ストップ。ストップです」
「分かった、明石くん。響くん、大丈夫かい?」
霊力の高まりを抑え、響から手を離そうとする大神。
しかし、響の指はしっかりと大神のそれと絡んでおり、そう簡単に離れそうもない。
「――やだ」
何より響が離してくれそうにない。
虚ろげな表情でも、はっきりと大神から離れたくないと意思を表し、更に指を絡める。
「参ったな、これから書類仕事がある予定だったんだけど」
言葉とは裏腹に大神は困ったような表情を見せない。
器用なことに大神から手を離すことなく、くたりと傾斜のついたベッドに倒れ込む響に優しげな表情を向ける。
「仕方ないですねー。後で私も手伝ってあげますから、今は響さんについていて下さいよ、ね?」
「分かっているよ、明石くん。書類仕事より響くんの方が大事だからね」
そうすることしばらくして、響の寝息が聞こえてくる。
大神と手を繋いでいるからか、響の胸元はむき出しとなっており若干寒そうに見える。
明石は響に布団をかけなおすと、椅子を動かして大神の隣に座った。
大神と手を繋いだ響は陰りのない実に安らかな、幸せそうな表情で寝ている。
彼女はいったいどんな夢を見ているのだろうか。
寝ている響を起こさないように声を潜めながら、二人は話し始めた。
「明石くん、響くんはいつごろ退院できそうなのかな?」
「そうですねー、明日中には大丈夫なんじゃないかと」
「そんなに早いのかい? 俺のヒーリングももう必要ないって事なのかな?」
「ええ、元々身体には何の問題もありませんでしたからね、唯一の懸念だったところも――」
「そういうことか」
二人は話を中断させ視線を交差させる。
それは間違っても響には聞かれてはいけない内容だからだ。
お互いの伝えたいところを目で会話すると、お互い一つ頷くのであった。
二人の懸念をよそに響の寝息は時に「大神さん……」と呟いている。
しばしの間、二人は響を見守る。
「大神さん。退院後の響さんのフォロー、お願いしますね」
「勿論だよ、明石くん。彼女たちの隊長として、出来る限りのことはやるさ」
「本当に?」
「明石くんは俺が信じられないのかい?」
自分でも少し卑怯な言い方かなと思いつつ、大神は明石に向き直って答える。
だが、明石の次の言葉は大神の予想を超えていた。
「だ、そうですよ、暁さん。良かったですね~、これで響さんの衣服を買う軍資金は問題ありませんよ~」
「え?」
言質を取ったとばかりに6駆が保健室に入ってくる。
いつの間に示し合わせたのだろうか。
「やった。明後日響の私服買いにいこうと思ってたのだけど、私たちのお財布の中身じゃ物足りなくて」
「でも、隊長さんもお金を出してくれるのなら全く問題ないわね」
「少尉さん、宜しくなのです」
やられた、と大神は天を仰ぐ。
だが、よくよく考えてみると、大神にとって給金の使い道はあまり多くない。
艦娘が自らを着飾りたいと言うのなら、それはそれでよいのではないか。
「ああ、構わないよ、暁くん」
それでも、女の子の買い物、しかも一式以上となればお金が飛ぶのは避けられない。
冷や汗混じりに大神は答えるのだった。
そうして、二日後、大神と6駆の4人は警備府近くのショッピングモールに来ていた。
深海棲艦が現れる前は、小さなスーパー以外は個人経営店しかなかったこの町だったが、
警備府が再建されるに従って、警備府の人員のためなどの店が集まる形でこのシュッピングモールが誕生したのだ。
ある意味皮肉な話でもある。
とは言え日本が大陸にほど近く、多数の艦娘を擁しているからこそ実現出来ている現状であるが。
「ほら、隊長! 早くブティックに行こう! 響にうんとかわいい服を見繕ってあげるんだ!」
笑顔で大神の腕を引く暁。レースに彩られた淡い橙色のワンピースがひらひらと翻る。
「もう、暁ったら、レディがそんなにはしゃいでどうすんのよー」
「今日はいいの! 響の快気祝いなんだもん!」
警備府の設立で街が活性化したのか、ショッピングモールを通る人通りは多い。
何人かの少年が、私服姿の可憐な暁たちの姿に振り返る。
そして、両手に花どころか、暁たち4人に囲まれた大神に敵意の視線を飛ばす。
「分かった分かった、でも、そんなに急がなくても響くんの服は逃げたりしないよ」
「そうだよ、暁。それに私は暁たち6駆の服を借りられれば問題なかったんだけど……」
響は体調は全く問題ないようにしか見えないが、久方ぶりに外に行くのだからと大神と腕を組んで歩いている。
大神にひっそりと寄り添う響の姿は、身長の差もあって兄妹のようにしか見えない。
響の要望としては違う形に見られることを望んでいたようだったが。
「何言ってるのよ、響。響は女の子なんだから、ちゃんと可愛くしないと!」
「そうなのです。今回は逃がさないのですよ」
今回と言うことは、前は逃げた実績もあったのだろう。
強張る響の背を冷や汗が伝う。
でも、今の響は少しばかり事情が異なる、だからこそここまでやってきたのだ。
と、喋っている間にブティックの前に到着する。
そこには、色とりどりの衣服がかけられていた。
「さー、響に合うお洋服を探すわよー」
「「おー」」
気勢を上げて、勢い込む暁たち3人。
一方――
「大神さん――大丈夫?」
「あはは……程々でお願いするよ」
財布の中身を確認して、6駆の全力に耐えられるか少しばかり心配になる大神であった。
そして――
暁たちは大量の衣服を見繕っていく。
響を着せ替え人形のごとく、次から次へと衣服を合わせる。
衣服の束が出来上がっていく様子に大神は冷や汗を流す。
と、周囲を見ると脱衣所から響が居なくなっていた。
「あれ、響くん?」
「ねえ大神さん、これは、どうかな?」
トテトテと歩きながら、響は一着の衣服を持ち歩いてきた。
珍しく響が選んだ衣服は薄手の白いブラウス。
「清楚な印象で響くんに合いそうかな、ただ――」
「ただ――?」
大神の言葉に一喜一憂する響。
続く言葉は何なのか、と。瞳が戸惑いに揺れる。
「薄手すぎるから肌とか下着とか、透けて見えてしまわないかい?」
「……大神さんの、えっち」
頬を紅に染め、胸元を腕で隠しながら響が呟く。
「いや、そんなつもりは!?」
慌てて否定する大神の姿に、クスクスと笑う響。
「じゃあ、大神さんが選んで?」
「いや、俺はこういうの良く分からないから店員さんに――」
「構わないよ。私は大神さんに選んで欲しいんだ」
大神の腕に抱きつきながら、上目遣いでお願いする響。
「分かった、気に入ってくれるものを選べるか分からないけど、不肖ながら全力で選ばせてもらうよ」
大神はハンガーラックに向かい、取った衣服を身に着けた響の姿を想像しながら、どの服が合うか考え出す。
女物の服を手に取る大神の姿は、一緒に店に入った暁たちの姿があったせいか不審者扱いされていない。
いや、先ほどの一部始終も聞いていたのだろう。
店員たちも、響たちも、全力で服を選び考えている大神の姿を微笑ましく見ている。
本来であれば、声をかけに来る店員たちも大神を見守っている。
店員に聞いて揃えてもらうのは確かに間違いはない、見栄えの良い物が買えるだろう。
けど、想い人が全力で自分のために全力で考え選んでくれたものはまた格別なのだ。
やがて大神は一着の衣服を選び出した。
それはフロントにフラワーレースが施されたチュニック。
「響くんの綺麗な銀髪に似合っていると思ったんだけど、どうかな?」
「うん、響に似合ってるじゃない!」
「お客様、良い選択を致しましたね」
暁たち以外にも、店員も大神の選択を褒める。
「そう、かな――?」
嬉しそうに顔をほころばせながら、服を掲げて身体に合わせる響。
パッと見でも、そのチュニックは響によく似合っていた。
けど、大神が選んでくれたという事実の方が、響には嬉しくてたまらなかった。
響ちゃん、『今は』幸せです。