渥頼達の件が一件落着し、数日たった夜のこと。
金剛は明石による検査と入渠剤を用いた基礎リハビリを終え、金剛が元気になるまではテコでも動かないと言って一人残った比叡とお風呂に入っていた。
入渠剤を用いてとは言え、僅か数日のリハビリで、普通の運動なら問題ない程度まで回復する辺りは流石艦娘と行ったところか。
「お姉さま、髪の毛洗いましょうか?」
「お願いしマース。う~、髪の毛は枝毛でボサボサですし、お肌もまだ微妙にカサカサしてマース。こんな姿じゃ隊長の横に並べないヨ~」」
金剛のボヤキに、比叡が耳をピクリと動かせる。
「お姉さま、どうして少尉の事をそんなに気にしているんですか?」
「それはネー、隊長ガー、私のHeroだからなのデース!」
ああ、また始まったと思う比叡。
最初こそ、もの凄い事なんじゃないかと興味を持って聞いていた比叡だったが、毎晩お風呂に付き添いで入るたびに同じ事を聞いていては流石に聞き飽きる。
「比叡をGuardして沈んだ私は、どこまでも、そう、何処までも深く沈んでいたのデース」
「納得して沈んだはずだったのに、海の底は何処までも昏くて、周りには怨念と怨嗟しかありマセーン」
「それが怖くて、もがいてもどうすることも出来なくて、やがて怨念と怨嗟は私に取り憑こうとしマース」
「嫌がっても、私の心も、艤装も黒く染め上げられ、やがて私は一人の深海棲艦に囚われたのデース」
「そうして、深海棲艦たちが警備府をAttackしたとき、隊長が居たんデース!!」」
話し続ける金剛のテンションが一気に上がる。
「隊長のSlashが私を取り込んでいた深海棲艦を切り裂いたとき、隊長の想いも、私に届いたんデース」
「すべてのPeopleのHappyを、Peaceを守るために戦う、という想いがネ」
「そして、隊長の想いと霊力が、私を深海の呪いから解き放っていったのデース」
「怨念も怨嗟も聞こえなくなってネ、隊長の霊力で身体が、心がいっぱいになっていきマース」
「そして暖かい白光に包まれて、私は、新しく生まれ変わったのデース」
「少尉にはいくら感謝しても、したりませんね」
比叡にとって、大神は姉の存在を救い、自分をも渥頼の手から救い出してくれた人だ。
渥頼から響を守り、警備府の艦娘を守り、そして私達をも守りぬいた時に聞いた台詞は忘れようがない。
それを思い出すと微かに比叡の胸は熱くなる。本当はそれが少し、嬉しい。
だが、こうも嬉しそうに少尉との馴れ初めを話す金剛を見ていると、その熱さは吹き飛んでしまうのだ。
「それにネ、それにネ? 今日もっとSpecialなことを思い出したのデース!」
「Special? そこで終わりではなかったのですか?」
キャイキャイとはしゃぐ金剛の姿に、訝しげな表情をする比叡。
「NonNon! 艦娘に戻った私は意識を失ったままデース。そのままではまた海に沈んでしまいマース」
「確かにそうですよ! お姉さまはどうして大丈夫だったんですか!?」
「もちろん、隊長が颯爽と助けてくれたのデース!」
比叡に向けてビシッと指を突きつける金剛。
「海中に落ちた私に、すぐさま怨念と怨嗟が取り憑こうとしたのデース」
「ええっ、そんなに早くですか?」
「そうデース。再度憑かれる事を恐れても、私の身体は動かすことが出来なくて、わたしの心には恐怖しかありマセーン」
金剛の珍しく緊迫感に富んだ話に比叡の喉がごくりと鳴る。
「そんなときデース!! 隊長が私を強く抱きしめて、その霊力で私を守ってくれたのデース!」
「……」
「それにネそれにネ! 私そのとき何も着てなかったのデース。そんな状態で強く抱きしめられたりなんかされたら、私、隊長のところにしかお嫁にいけマセーン」
「…………」
「その上デース! そのときの隊長の心は、『私を守る』、もう! それしか考えてなかったのデース!」
「………………」
「あんな純粋な心を直接ぶつけられたら、私、もう……」
言い終えると、金剛はとろけそうな笑顔の両頬を押さえるとふにゃんと床にへたり込む。
比叡はすごく大神を殴りたくなってきた。
少し走った胸の痛みには気付かない振りをして。
翌朝、警備府中の艦娘が食堂に集められていた。
大神の姿が未だ見えないため、各々が話をしている。
「ねえ、深雪ちゃん、白雪ちゃん、何の話なのかな?」
「多分、有明鎮守府に行くメンバーの選出じゃねーか」
「ええっ、一部の艦娘しか行けないの!?」
行けるものだと思っていた吹雪が驚愕の声をあげる。
「だってさー、考えてもみろよ、日本中の艦娘が集められるんだぜ。そんなの精鋭に決まってるじゃないか」
「うぅ……そんな中に入っていける気がしません……」
考えてみるともっともだ。吹雪は半ばあきらめた表情で両手の人差し指を合わせている。
「この朝潮、隊長に選ばれるのなら有明だろうと海の果てだろうと何処までもお供するつもりです」
「まー、あんたはそうよね。私はどうでもいいわ……隊長の下で戦えるならそれが一番だけど」
「うふふふふ。どうなるのか、楽しみ」
吹雪につられ徐々に話し声が大きくなる艦娘たち。
神通が注意をしようか迷い始めたとき、
「みんな、待たせてすまない」
大神が艤装姿の金剛を連れて、食堂に入ってきた。
一斉に静まり返る食堂。
「大神隊長、どうして私達を集めたのでしょうか?」
疑問顔の艦娘たちを代表して神通が大神に尋ねる。
「あー、それはね、金剛……くんのことを異動してしまう前に皆に紹介しておこうと思ってね、眠っていたとはいっても警備府の仲間じゃないか」
「はい、では有明鎮守府に向かうメンバーの選出のことではないのですか?」
「何を言ってるんだい? 有明鎮守府には全艦娘が異動する事になるよ」
「嘘。準備……してない」
「だりー、そんな準備してないっつーの」
当然のように口にする大神に、逆に慌てだす艦娘たち。
「えーと、本題に戻ってもいいかな?」
「すいませんでした、みんな静かにしてっ」
神通が注意すると、艦娘たちは再び静まり返る。
「よし、じゃあ、金剛……くん、自己紹介を頼むよ」
大神の言葉に合わせて、金剛が一歩前に歩み出る。
「英国で産まれてここで生まれ変わった帰国子女の戦艦、金剛デース! みなさーん、ヨロシクオネガイシマース!」
そして、おもむろに大神の左腕を取ると、
「そして、皆さんに宣言しマース! 隊長のハートを掴むのは、私デース!」
「いいっ!? ちょっと、金剛……くんっ?」
艦娘たちにビシッと指を突きつけると宣言してみせる金剛。
次の瞬間、
「Ураааааааааааа!」
と、響が大声を放ち大神の右腕を取る。
「一人前のレディーとしてこの手は離せないわっ」
「出来ればこの手は離したくないのです」
「少尉さんのお世話をするのは私なんだからー」
暁たち6駆も混じって大神の腕を取り引っ張ろうとする。
「ああっ、教官役としては皆を止めないと、でも――」
「いいんじゃない、私達、何より艦『娘』なんだもん、純情可憐な乙女でいようよ! 神通!」
「――っ! 大神隊長には責任を取ってもらいます!」
「大神さん、やっぱり修理いたしましょうか?」
「吹雪ちゃんは行かないの? 私はいくよ」
「ええっ!? 睦月ちゃん、何時からそんなことになってたの?」
「ああ、そうじゃ。確かこんな感じで13人に追われて大帝國劇場から外に飛び出す彼を見たんじゃった」
感慨深げに何度も頷く司令官。
それでいいのか。
金剛の好感度高すぎじゃねと云うツッコミがありましたので、説明を兼ねて金剛ノロケ話回です。
こういう経緯があるのでポップ艦娘の好感度は初っ端から激高です。