「何をなさっているんですか、隊長! あんまり無茶な事はしないで下さい!」
響を間一髪のところで守った大神、彼を待っていたのは有明に居る大淀の声であった。
ほんの少し前に響に言った台詞そっくりそのまま受ける大神。
「しかし、大淀くん。無茶かもしれないが、ああしなければ響くんが危険だったんだ」
「う……それはそうですが……」
そう返されると、大淀は弱い。
艦娘が危機にさらされて黙っていられる大神でないのは、元々分かっていたことだからだ。
「それに、響くんたちによる潜水艦の掃討も終わった。これからは俺達、離島攻略艦隊の出番だよ」
大神の後ろには攻略艦隊と支援艦隊が並んでいる。
そう、響たちを助けることを決めたのは大神だけの意思ではない、攻略艦隊全員の意思。
でなければ、ビッグサイトキャノンによる射出を早める事に異議が出ている筈である。
「……分かりました、このことについてはもう言いません。でも隊長、もう無茶はしないで下さいね」
諦めたかのようにため息をつく大淀。
念を押すかのように大神に注意を促す。
「すまない、大淀くん。善処はするつもりだけど、確約はできない。これからの離島攻略、何が起きるか分からないから」
「隊長! 不吉なことを言わないで下さい!」
何が起きるか分からないだなんて、不吉にも程がある。
そんな発言を大神の口から聞きたくはなかった。
しかし、
「ただ、これだけは約束する。誰一人として失わせはしない、全員必ず帰還させると」
「大神さん……」
続く大神の言葉に、大淀は頷く以外の行動をとることが出来ない。
「隊長、私も約束するヨー! 隊長に迷惑はかけないデース!」
「大神さん、睦月も精一杯頑張ります!」
同じく、大神の言葉に感極まった金剛と睦月が大神に後ろから抱きつく。
武蔵と長門は苦笑しながら、瑞鶴と翔鶴、加賀は歯噛みしながらその光景を見守っていた。
そして潜水艦を撃滅した響たち対潜艦隊と別れ、大神たちは一路W島へと向かう。
その際、大神は響たちに敵増援がないか、周辺海域の状況を確認を行なうように言及した。
敵航空戦力を打破したことから、対潜艦隊の編成も最初のものに戻し響たちは周辺海域の索敵へと向かう。
大神たちも艦上偵察機による偵察をW島に対し行なう。
程なくして、索敵の結果が大神たちに伝えられた。
「隊長、未確認の深海棲艦を2種類、計3隻確認しました。一隻はW島の陸上にいることから陸上型深海棲艦と予想されます」
「やはり居たか……それがW島守備の親玉と云うわけだな。仮にではあるけれど離島棲鬼と呼称しよう。未確認の他の2隻は?」
大神からの問いに、偵察機からの情報を再度伝える翔鶴。
「それが今までに見たことのないタイプなんです。本体と思わしき女性型の深海棲艦に巨大な深海棲艦が帯同しています」
「二体一組と云うわけか、厄介だな。こちらは戦艦棲姫と呼称しておこうか。二隻とも陸上型と行動を共にしているのかい?」
「いえ、一隻は行動を共にしていますが、もう一隻は別艦隊を率いています」
翔鶴の答えに大神は少しの間考え、そして変更を決断する。
二体一組の深海棲艦、恐らく耐久も火力も見た目どおりのものだろう。
道中で当たり、本島攻略前に無闇に消耗するわけにはいかなかった。
「榛名くん、離島攻略の支援艦隊として君達を動員したけど、攻略時の支援ではなく、道中の戦艦棲姫の居る敵艦隊の陽動を頼みたい。出来るだろうか?」
「はいっ、榛名は大丈夫です! しかし、本島攻略時に榛名たちが居なくて大丈夫でしょうか?」
「ああ。陸上型深海棲艦なら、金剛君たちに装備させた三式弾や睦月くんの対陸妖精隊が効果的だろうからね。それよりも二体一組の深海棲艦、戦艦棲姫の方が気になる。その巨大な体躯で庇われたりしたら厄介だ」
大神の懸念に榛名は大きく頷く。
つまり、大神の危惧しているところとは、
「なるほど。榛名、了解いたしました! 戦艦棲姫が間違っても二体集わないようにすれば良いのですね!」
「その通りだ、榛名くん! だから、君達には道中に居る戦艦棲姫の艦隊を北側からひきつけて欲しい。自分たちは南側からW島に向かって一気に攻め込み撃滅する!」
大神の案に全員が頷く。
その他の深海棲艦は各々の鎮守府・警備府にて撃破経験のあるものだ、撃破に際してそれほど問題になったと言う話も聞かない。
恐らく他艦隊については何とかなるだろう、問題は新種の深海棲艦2隻だ。
大神たちは道中の装甲空母姫の率いる艦隊を13隻14人がかりで、鎧袖一触に撃破して、戦艦棲姫との会戦を榛名たちの陽動によって回避し、W島へと直行する。
W島が近付くに連れ、睦月の動悸は高まっていく。
如月の沈んだ島に、近傍海域にこれから向かうのだ。
如月はこの先に居るのだろうか。
もし如月を沈めた深海棲艦が居たらそのとき自分は冷静に戦えるだろうか。
とりとめのない事を考え始めた頭は、理性が今そんなことを考えちゃダメだと忠告しても聞いてくれない。
「睦月くん、気持ちは分かる。でも、今はこれから先の戦いに注力して欲しい」
近付いた大神の言葉に頷こうとしても、睦月の身体は緊張で強張り頷いてくれない。
どうしよう。
自分で言い出したことなのに、志願したことなのに、こんなときに――
「睦月くん、大丈夫だよ」
「あ……」
大神は睦月を横から抱え上げ、抱き締めた。
「さっき約束したように誰も沈めさせない。如月くんも助けてみせる。だから、大丈夫」
抱き締めた睦月の耳元で囁く様に、子供に言い聞かせるように話す大神。
トクントクンと鳴る大神の脈動が睦月には聞こえた、そう感じた。
「はい……」
とりとめのない事を考えていた睦月は瞬く間に何処かに行ってしまう。
その場に残ったのは、大神に抱きしめられて赤面する睦月だけだ。
「……ごめんなさい、大神さん。もう大丈夫です」
しばしの間、大神に抱き締められた睦月。
もう少しと思わないこともなかったが、大神の言うとおり今は戦いに注力するべきだ。
大神の横に立つと、大神に併走する睦月。
そうすることしばらく、やがて戦いの始まりを告げる鏑矢が放たれる。
「W島守備部隊を確認!」
「みんな慎重に攻めよう! 作戦『林』で行くぞ!」
「「「了解!!」」」
大神の言葉に頷くと、自分達の全ての力が底上げされていくのを感じる。
矢を弓に番え、力を矢にこめる。
「艦載機発艦! 航空戦開始します!」
「五航戦の子なんかと一緒にしないで」
「一航戦! あんた、この場でそれ言うの!」
三人の空母から放たれた矢は、一瞬の時を転じて艦載機の大編隊へと姿を変え、敵艦載機との航空戦を演じる。
元々制空には余裕を持たせた艦載機編成だ、程なくして敵艦載機群に対し制空優勢を取れたことを感覚で掴む三人。
「隊長さん! 制空優勢とったわ!」
「よし、艦載機はそのまま爆撃を! みんな、敵艦載機の爆撃に気をつけてくれ!」
「了解しました」
「隊長には航空機なんか近付けさせマセーン!」
こちらの爆撃機が航空戦から抜け出て敵艦へと向かうのとほぼ同時に、敵側の爆撃機もこちらへと接近してくる。
だが、こちらの戦力は元々対空力が潤沢な戦艦、空母が主力だ。
制空優勢をとった状態で抜け漏れた程度の機数であるなら、『林』の効果で上がった能力であれば全滅させる事も難しくはない。
「Sorry! 隊長、一編隊そっちに行くデース!」
「分かった、狼虎滅却――」
「大神さんの霊力は無駄遣いさせないません! てーい!!」
大神の前に出た睦月の対空砲火が次々と敵機を落としていく。
「Hey! 睦月もなかなかやるデース!」
そうして、敵爆撃機が帰還するときその数は殆ど全滅に近い状態となっていた。
「みんな、損害状況は!」
「ああ、問題ないぞ!」
そう応える武蔵のほかにも損害は殆どなし。
逆にこちらの爆撃では、浮遊要塞一機と戦艦ル級flagshipを落としたと連絡が入る。
「よし! みんな、このまま砲戦距離へと接近する! 一気に決めるぞ!」
「「「了解!」」」
そのまま海を駆けると、W島が、守備部隊が姿を見せる。
確かに陸上に陸上型深海棲艦-離島棲鬼の姿が、その横に二体一組の深海棲艦-戦艦棲姫の姿が見える。
巨大な人ならざる深海棲艦に寄り添っていた長髪の深海棲艦が、姫とも云うべき存在がこちらへと振り向く。
黒いドレスのようなものは身体の線をはっきりとさせるが、離島棲鬼と共に居る戦艦棲姫は比べると幼さを感じさせる。
そして、振り向いた姫から覗き見えたものは、睦月にとって見覚えのある髪飾り。
如月の髪飾りだった。
「!!」
それを目にした瞬間、睦月の頭に瞬間的に血が上る。
如月の髪飾りを身に付けたと云うのか、深海棲艦が。
「それを返して! それは如月ちゃんのものなんだからーっ!」
届かないと分かっていて、尚、姫に叫んで連装砲を構える睦月。
睦月の『如月ちゃん』と言う叫びに姫は反応し、こちらを見やる。
「睦月くん落ち着いて! 君の武装ではまだ届かない!」
「だけど大神さん! あの深海棲艦、如月ちゃんの! 如月ちゃんの髪飾りを!!」
「奪って身に付けたとは限らない、睦月くん。可能性はそれだけじゃない!」
姫が、自身を如月と呼ぶ声に反応したことから、可能性はまだ残されている。
「大神さん、それってどういう事なの?」
「あの深海棲艦をよく観察して欲しい、睦月くん。多分君じゃないと分からない」
大神に請われ、再度睦月は深海棲艦の姿を良く見やる。
その姿は戦艦のような大人の肢体ではない、どちらかと云うと睦月たち駆逐艦に近い。
パッと見、大人っぽいドレスと巨大な深海棲艦の姿に目を奪われるが、落ち着いて見ると、幼さを捨てきれない駆逐艦が背伸びしているようでもある。
まるで、睦月の記憶にまだ鮮明に残る如月のように。
「まさか……」
とそこに一陣の風が吹く。
姫は深海棲艦でありながら潮風を嫌うかのように、潮風にたなびく髪を撫でつける。
『いやだ、ほんと、髪の毛が潮風で傷んじゃう……』
その様は記憶にある如月が、海に出る度にしていた癖と同一であった。
「そんな……まさか、如月ちゃんなの……?」
震える声で問いかける睦月の『如月ちゃん』と呼ぶ声に再度姫は反応する。
間違えようがない。
如月と髪飾りだけでなく、癖まで同一な深海棲艦。
そんなものがいる筈がない。
つまり、
あの戦艦棲姫は、如月そのものなのだ。
アイアンボトムサウンドの突破は失敗している為、13秋イベのボス戦艦棲姫は初出となります。
ダイソン嫌い。