キス島を開放した後のある日、海軍技術部の神谷が女性仕官を一人帯同し有明鎮守府を訪れた。
霊力に関する調査の為と事前に聞いていたので、自分の事かと思い大神は司令室に通す。
だが、神谷の話を聞く限りそうではないようだ。
「大神君、君が光武を起動させることの可能な唯一人の霊力の持ち主であり、かつ他者の霊力を同調させる触媒の能力の持ち主でもある事はもちろん山崎少佐からの説明で把握している」
そう説明しながら、スーツケースから測定機材を取り出す神谷。
「ただ、そのことが艦娘の飛躍的な能力上昇に繋がることが説明出来なくてね、今日はその調査のために伺わせてもらったんだ」
「はあ。作戦も終了したことですし、出撃予定もないので構いませんが、どのような調査になりますか? その話からすると、艦娘への調査がメインとなるようですが、それだとあまり時間は取れませんよ?」
メルが出したコーヒーを一口含みながら、神谷に尋ねる大神。
「ああ、その点は大丈夫。霊力検知器による霊力値の測定と、簡単な身体能力の測定、後聞き取りで済ませる予定だよ。全員を対象にはしないし、半日もあれば終了する筈だ」
「分かりました。では会議室の一室をお貸しいたします」
「助かる。では、調査の協力をお願いするよ」
説明通り、神谷は無作為に選んだ艦娘を一人ずつ呼び出しては、霊力値の測定と簡単な身体能力の測定、そして聞き取りを行っていった。
男性に回答するには些か酷な質問も中にはあったらしい。
聞き取りは帯同した女性の技術仕官が行っていた。
「にゃにゃ、そんなこと恥ずかしくて答えられないよぉ~」
それでも答えに困る質問もあったらしく、会議室を出て自室に走って逃げ去った艦娘も居た。
何を聞いたんだ。
艦娘の調査自体は午前中には終わったが、昼食の時間となっても神谷は会議室から出てくる様子がない。
女性の技術仕官を一人捨て置くわけにも行かないので、確認を取った上で大神は昼食を女性と共にとる。
「神谷さんは、昼食は良いのかな?」
「ええ、こちらでサンドイッチなど販売していれば、それを買ってきてほしいと」
「それであれば大丈夫、一つ残しておいて貰おう。間宮くん――」
「はい、了解しました。サンドイッチを一つですね、取り置き致しますね」
大神の呼び声に間宮が返答する。
と、言うか見慣れぬ女性が大神と共に居ることに、全艦娘が警戒しているようだ。
二人の一挙手一投足に目を光らせており、妙な沈黙が食堂に漂う。
「あらあら、どうやら、『帝國の若き英雄』さんを独り占めするには、ここは不向きみたい」
「いや、いつもはこんな筈じゃないんだけどね……気分を悪くさせてしまったら、すまない」
「うふふっ、今度は外でお会いしましょうね、二人っきりで」
「「「あー!!」」」
そう言って大神の両手をぎゅっと握る女性士官に艦娘たちの声が上がる。
そんな視線を受けながら女性仕官はサンドイッチを一つ購入し、颯爽と食堂を後にする。
その後大神がどうなったかは言うまでもあるまい。
そして午後に入って数時間後、日が傾き始めた頃合になって、神谷が興奮した様子で会議室から出てきた。
艦娘の飛躍的な能力上昇について、何かしらの結論が出たらしい。
大神と一対一で話がしたいとのことだったので、司令室から会議室からへと移り話を始める。
女性仕官も部屋を出ているようだ。
よほど秘匿性のある話らしい。
「これは推論の範疇を出ない! その上で聞いて欲しいが、君に対する信頼などの好意的な感情によって、君と魂の繋がりを持つことが霊力の同調を起し、霊力の共鳴に起因する飛躍的な霊力の出力上昇、能力上昇を引き起こしているみたいだね! 元々霊力を持つ艦娘と君との間だから起きる現象だよ!!」
新現象の仮説を思いついたせいか、神谷の鼻息は荒い。
「はぁ……なんとなく分かったような気は致しますが、すいません、勉強不足でして」
大神の専門はあくまで戦闘であり、技術仕官ではない。
総司令の経験などからある程度の議論にはついていけるが、流石にそれ以上は難しい。
神谷大佐もそのことに気付き、やってしまったと照れくさそうに頭をかいた。
「ああ、すまない。分かりにくい言い方になってしまったようだね。では簡単に言い換えよう、大神君。艦娘は! 君を信頼――いや、好きになればなるほど、強くなる!!」
大神には、神谷の背後に雷が落ちたように見えた。
「な、なんだってー!!」
大神も思わず、神谷の勢いに押され、某漫画のような表情をして答える。
「だから、大神君。君は艦娘とより関係を深めてくれたまえ! そのことが君達の戦力強化へと繋がる!」
「……」
だが、大神の表情は一変し冴えない。
「どうしたんだい、大神君?」
「……神谷さん。艦娘の信頼は得たいとは思います。ですが、それは日々の生活、訓練、業務で培うべきものの筈です。ただ戦力を得たいがために、艦娘に接するようになったら、それは艦娘をモノ扱いすることと同じです。俺にはそれは……出来ません、艦娘の、みんなの事が大事ですから」
大神の言葉に神谷はハッとさせられる。
大発見で浮かれていたが、確かに大神の言うとおり艦娘のその扱いの行き着く先は、モノ扱い。
ブラック提督とはまた方向性が違うが、確かに褒められたものではない。
「すまない、大神君。私が柄にもなく舞い上がっていたみたいだ。先ほどの発言を撤回するよ。君は君らしく艦娘と信頼関係を築いてくれ。君がそういう人格だから、艦娘は君を信頼し慕っているんだろうね」
「生意気なことを言ってすいませんでした、神谷さん」
「いや、こちらこそすまなかった。今回の仮説、当面は非公開にしておく。ただ確証が得られた時や、本仮説に基づいた新装備が完成した際には公開にせざるを得ない、そこは了承して欲しい」
「……分かりました」
そして、神谷は一枚の表を重ねた書類から抜き出す。
「あと艦娘の霊力・能力から試算してみた艦娘の君への信頼・好感度を表にまとめているが、どうするかね?」
「処分をお願いします。艦娘のみんなも、俺にそんな事は知られたくないでしょうし、俺も見ようとは思いません。みんなの俺に対する態度が全て、それで良いんです」
「分かった、君らしいね」
その言葉を最後に書類と機材を纏めると、神谷は有明鎮守府をあとにした。
あの様子なら無為に公開する事はないだろう。
会議室から司令室に戻り、大神は業務を再開する。
だが、大神の脳裏には先程の神谷の発言が蘇っていた。
『艦娘は! 君を信頼――いや、好きになればなるほど、強くなる!!』
大神を信頼する、好きになることが艦娘自身の強化に繋がる。
この事は、大神と艦娘の関係性を一変させかねない。
「はぁ……」
「どうされたんですか、隊長? はい、ハーブティーをお持ちしました」
思わず溜め息をついてしまう大神。
そんな大神に、大淀がティーポットを持って現れる。
「ありがとう、大淀くん」
「いいえ、隊長も少しお疲れのようですから、一休憩入れてくださいね」
ニコリと微笑んで、大神にハーブティーを淹れる大淀。
そうだ、全ての人の笑顔の為だけではない、艦娘たちのこの笑顔の為にも、俺が居るんだ。
気を入れなおす大神。
それ故に大神はこの事を自分の胸一つに仕舞い、いつもと変わらず艦娘と接することを改めて誓うのだった。
一人の艦娘に見られていた事にも気づかず。
そのことが翌日騒動を巻き起こす。
「アオバ、ミチャイマシタ、キイチャイマシタ……でも、不味いです、大神さん格好いいです。青葉、かなりキュンときちゃいました」
大神の預かり知らぬところでハートを撃ち抜いてしまっていたようだが。
そして、不穏な影も動き出す。
「うふふっ、やはり艦娘たちの要は『帝國の若き英雄』大神一郎なのね。彼さえ殺せれば――」
思いのほか真面目かつ不穏な話しになってしまった。
ゲーム内ではプレイヤーの計算に基づいて時間単位で好感度稼ぎに奔走させられたりする大神さんですが、大神さん自身はそういう事を考える人には見えないので、このような解釈となっています。ご承知置きを。