「吹雪くん、敵戦艦が見えたら可能な限り近づいてくれ。そして、限界だと思ったら俺の手を叩いてくれ」
「はい、大神さん」
「あとは俺がなんとかする」
敵戦艦を撃破するため、艦娘と二人羽織にも似た格好で海に出ることとなった大神一郎と吹雪。
互いに緊張し錯乱していたが、港を出る頃には拙いながらも意思疎通が出来る程度にはなっていた。
「慣れれば慣れるもんだな」
天龍は、最初こそおたおたしていた二人の様子に楽しげな視線を向けていたが、意思疎通を交わせるほどになった二人の様子を見て納得したのか、駆逐艦娘を連れて二人に先んじて戦場へと舞い戻っていった。
あとは、各々が自分たちの為すべきことを成し遂げるのみ。
「一撃必殺でいく、一撃も必殺も俺の方でやるから、吹雪くんは敵砲撃をかわし近づくことだけを考えてくれたらいい」
「はい!」
昂揚する心のまま、全力で海を駆ける吹雪。
やがて、延々と続いていた戦艦の砲撃の中心点、タ級が見える位置へと近づいていく。
「気がついてないみたいだ。速度を上げて!肉薄するぞ!」
「ええ、いきます!」
やがて、全力で駆ける吹雪たちの様子に気がついたタ級は警備府へ向けていた砲撃を取り止め、こちらへ砲口を向ける。
「回避は任せる!」
「はい!」
タ級から第一射が放たれる。
左斜めに軽く跳び、砲撃を回避する吹雪。
問題ない、いける!
続けての第二射は右に飛び退く、
若干たたらを踏んだが、回避にはさほど影響はない。
今だ、いける!
そして第三射、
「大神さん!」
近傍に着弾した余波の水を被る吹雪たち。
次弾は当てられる!?
限界を感じた吹雪は、抱きついた大神の手を軽く叩いた。
「応!!」
大神は腕力だけでその場で軽く宙返りすると、吹雪の肩を踏み台にして更に跳んだ。
吹雪の水面を駆ける勢いも利用したのか、それは光武に乗っていたときと同程度の跳躍となった。
「私を踏み台にしたのっ?」
一組の敵生体が上下に分かれたことにタ級の砲撃の判断が鈍る。
常ならば、艦娘こそが深海棲艦の脅威であるはず。
次の射撃こそ艦娘を打ち砕かんと、タ級は砲撃を行おうとする。
チガウ――
が、艦娘は男が跳び上がると、自分から離れるコースを駆けた。
よく見れば連装砲一つ持って居ない。
キケンナノハカンムスデハナイ!?
逆に自らに近づく大神の、全身から立ち上る霊気を見て、この男こそが危険なのだと知る。
砲口を上へと向けるタ級。
しかし、その判断は遅きに失した。
「おそいっ! 狼虎滅却! 無双天威!!」
掛け声と共に雷が天より大神の振りかざす神刀滅却に降り注ぎ、光刃と化さしめる。
天へ向けたタ級の砲撃が大神に放たれるよりも早く、雷撃にも似た一撃はタ級を切り裂く。
海上に立ち尽くしたままタ級は沈黙した。
「おっと」
そしてそのまま大神は袈裟懸けに切り裂いたタ級にしがみつく。
沈黙した深海棲艦と言っても、パッと見女性にしがみつくその姿はやはりどこか情けない。
「大神さん、敵にしがみつくんですか……」
「そんな事いわれても、俺は君たちみたいに浮けないんだ、こうするしかないんだよ」
振り向き先ほど踏み台にした吹雪に声をかけるその姿も、お世辞にも格好いいとは言えた物ではない。
港を出るまでの自分たちの姿が見えるようで、吹雪は苦笑しながら大神を回収するためタ級に近づいた。
しかし、吹雪が近づく前にタ級からピキピキという音が聞こえ淡白く光り始める。
イ級のときと同じように切り裂いた箇所からタ級全体へと淡白い光がひび割れの様に走った。
「ちょっと待った! これって――」
大神が全てを言い終える前に、戦艦タ級は光に包まれ――
ポン
と音を立てて、高校生から大学生程度の何処か異国めいた風貌の茶髪の美少女へとその姿を変える。
全裸の。
もう一度言おう。
しがみついた大神の腕の中で、
戦艦タ級は、
高校生から大学生程度の茶髪の「全裸の」少女へとその姿を変えたのだった。
だが、光と共にタ級の艤装は失われ、大神と少女はそのまま海に落ちる。
意識を失った少女が水を飲まないように口元を押さえながら少女を抱きかかえた大神は、泳ぎながら吹雪に呼びかけた。
少女の柔らかな、それでいて起伏に富んだ肢体には意識を配らないようにしつつ。
「くはっ、吹雪くん! この子を!!」
しかし、少女の身体は海中から幾重もの手が水底へ誘うかのように、鋼のように重く感じる。
押し寄せる波の音が、シズメシズメと海の底に誘うメロディーのようにさえ大神には聞こえた。
大神がいくら必死に泳ごうが、少女の身体は海面から見えなくなっていく。
「!?」
少女の重みに耐えかね、大神の身体も海中へと没する。
途端、海中に沈む少女を、取り巻く想念が更に引き込まんとする。
負の魔力にも似た怨念とも云える想念から守らんがため、大神は少女を強く抱きしめ霊力を燃やす。
怨念から少女の口を守り、海の中で神刀滅却を振り払う。
『させない。怨念よ、立ち去れ!』
霊力に導かれ、水面へ、水中へと浄雷が落ちる。
雷に打たれ、少女にまとわりつく怨念は断末魔の叫びを上げ海底へと消えていった。
怨念を打ち払った大神と少女の身体はゆっくりと浮上する。
「大神さん!」
水面に浮上した大神たちの目の前には、心配そうに自分を見つめる吹雪の姿があった。
しかし、真に一刻を争うのは自分の身ではない。
海の魔とも言うべき存在に引きずり込まれそうになったこの子こそ、優先するべきだ。
「俺の事はあとでいい! 今はこの子を頼む!」
救助に来た吹雪に、少女を託す。
少女とは言え、吹雪より一回り大きいその身体、意識を失った彼女で吹雪は精一杯のはずだ。
「でも、大神さんを放っておけません」
大神に少女を託されて手がふさがり、しかし、大神のことも放っておけない吹雪。
所在なさげに少女と大神を交互に見やる。
「なら……」
そんな吹雪に大神は一つの提案をするのだった。
「おーい、吹雪ー。そっちは大丈夫か? 誰だそれ?」
「あはは……これはー、大神さんがやっちゃったと言いますか……」
「ああ、なるほど。深海棲艦から光に包まれて出てきたって奴だろ、海から上がったら確認するか」
意識を失った少女を抱え、もじもじしながら海を行く吹雪に、先程別れた天龍たちが近づく。
そこには今朝方遠征に出立した第3艦隊、川内、神通、那珂たちの姿もあった。
海上で合流して戦艦以外の艦隊を叩いたらしく、川内たちは目立った損傷を受けていない。
重巡を相手にしたと言うのに、ピンピンしている辺りは流石と言うべきか。
「聞いたよー、戦艦を昼戦で沈めたんだって? ちぇー、夜戦で撃破したかったなー」
「だから、そういう場合じゃなかったんだって! TPOくらい弁えろよ!」
川内と天龍は軽口を交わしながら、水面を軽快に駆ける。
深海棲艦を一掃した海は穏やかで、何処までもいけそうだ。
「ん? そう言えば、臨時司令官は何処に行ったんだ?」
「えーと、それは……」
天龍の質問に、顔を赤らめ言葉を濁す吹雪。
視線があちらこちらへと所在なさげに動いていた。
「俺ならここだー」
そんな吹雪の足元から声がする。
天龍たちが視線をやると、大神は吹雪の足に掴まって浮いていた。
吹雪の足に掴まってプカプカ浮いている様は酷く締まらない。
「臨時司令官、何やってるんだよ?」
「いや、吹雪くんはその子で手一杯だったみたいだから。足に掴まって運んでもらったんだよ」
「春先の海水はまだ冷たいし、そのままだと風邪引くぜ」
確かに春先の海水はまだ冷たい。大神が指先を確認すると少し悴んでいた。
「しょうがねーな、引き上げてやるよ。川内、ちょっと手を貸してくれ。二人で運べば問題ないだろ」
「了解ー。水も滴るいい男って奴だね!」
二人で大神の両脇に腕を回し、一気に大神を引き上げる天龍と川内。
上背のある艦娘二人でかかれば、大神を運搬できるようだ。
大神の両手が塞がる神刀を扱うことが出来なくなるので、海戦の際には出来ない方法となってしまうが。
「ありがとう、二人とも。そっちの戦いはどうだったんだ?」
「おおよ、臨時司令官。川内たちが合流したってのもあるけど、撃ちもらしなしのS勝利だぜ」
天龍の報告に、大神は安心したと大きく吐息を漏らす。
「こっちも敵戦艦を無事撃破したし、警備府の安全は確保された。作戦完了だな」
「「「やったー!」」」
言い切った大神の言葉に、艦娘たちは色めき立って喜び始める。
これだけの敵の大部隊を相手にして苦戦もしたけれど、見事S勝利をもぎ取ったのだ。
嬉しいに決まっている。
「そうだ、皆。俺が士官学校で勝ったときにやってたことがあるんだけど、一緒にやらないかい?」
「なんだか分からないけど楽しそうだな、いいぜ。駆逐艦娘、お前らもいいよな」
「「「はーい、何をすればいいの?」」」
大神の提案に賛成した艦娘たちが大神の近くに集まってくる。
そして、
「せぇの――」
大神の言葉に続き、
「「「勝利のポーズ、決めっ!」」」
全員が思い思いの勝利のポーズを取るのであった。
ワシの金剛はレベル150