珊瑚海開放まで終わったことで、先ずはひとまずの終了を見た南方海域開放作戦。
救出した夕雲型たちを連れて大神たち華撃団は有明鎮守府、帝國ビッグサイトへと帰還していた。
「ふぇ~、ホントに帝國ビッグサイトなんだ~」
写真でしか見た事のない自分にとっての憧れの聖地、帝國ビッグサイトを大神に抱きかかえられながら呆然と眺める秋雲。
海から近づいているため、コミケの写真でよくある橋の下から見上げた構図ではないが、それでも特徴的な逆三角形の建造物は紛れもなく帝國ビッグサイトだ。
「今日から、ここが私たちの住処になるんだー。……なんかちょっと複雑な気分」
「大丈夫、俺も居るし、他の艦娘たちもここに居る。何か困った事があったら相談に乗るよ」
「あー、そういうんじゃないから大丈夫だよ」
秋雲は頬を赤らめながら、優しく見下ろす大神に小さく手を振る。
一人の絵師として、一応いっぱしの身だった者として、一度は参加してみたいとは思っていた場所が、寝床になろうとは考えても居なかっただけ。
夢にも思わなかった事態を前にして、少々戸惑っているだけなのだ。
「そうかい? 君の所持してた私物は、舞鶴から持ち込んでいるし、君たちの部屋も用意した。詳しい生活のルールは後で教えるから気兼ねなく過ごして欲しい」
「え? 私物? 私の私物残っているの!?」
私物、というか絵描きの道具は処分されたと思っていたから、それは秋雲にとって嬉しい誤算だ。
「ああ、舞鶴の皆が処分されるのを必死に抵抗したらしい。一つ残らずここにあるよ」
「ホント!? 陽炎姉さん! 不知火姉さん! 舞鶴のみんな、ありがとー!!」
また通販で一からそろえる必要がなくなった。
それにpixivとか、ツイッターにアップした絵はまだ残っていると思うが、それ以外の表に出してない(出せない)絵もいっぱいパソコンにあったのだ。
それらが失われてなくてよかった。
でも絵師にとっての第二の聖地、秋葉原で買い揃えるのも悪くなかったかも、と秋雲は思い直す。
「まあ、それは部屋で私物を確認してから、買い足しに行っても良いかな~」
「秋雲くん、楽しそうだね」
腕の中で未来の生活に思いを馳せはしゃぐ秋雲の様子につられて、大神にも笑みが浮かぶ。
「うんっ! ビッグサイトでの、じゃなかった有明鎮守府での生活、楽しみだよ~」
「ははは、秋雲くんの言いやすい方で構わないよ」
そう言うと、大神は有明鎮守府の港湾部から陸に上がり、秋雲を下ろす。
ずっと抱き抱えられていた大神の腕の感触を失い、寂しさを感じる秋雲だったが、しょうがない。
代わりに、大神の腕に抱きつこうとする秋雲であったが、大神はそれをするりと避ける。
そして、待っていた大淀たちへと向き直る。
「大神さん。南方海域開放、お疲れ様でした」
「ああ、自分の留守の間迷惑をかけたね、大淀くん。補給弾も助かった、お疲れ様」
「この程度秘書官筆頭として当然の事です! 大神さんこそ、無事で何よりです、よかった……」
そう言って、大神の事を涙で潤んだ目で見上げる大淀。
なんか少しばかり二人の雰囲気が良いように秋雲には感じられた。
それが、ちょっと秋雲は気に食わない。
「隊長?」
大神の袖を引っ張って気を引く。
「ああ、秋雲くん、ごめん。大淀くん――」
「分かりました。神通さん、秋雲ちゃんたちの有明鎮守府の案内、お願い致しますね」
「はい、分かりました。皆さん、付いてきて下さいね。先ずは皆さんの制服に着替えていただきますから」
「「「はーい」」」
見ると、夕雲たちも既に傍にいる。
移動を開始しようとする神通だったが、大神が呼び止めた。
「ちょっと待ってくれ、神通くん。俺宛ての支払いで構わないから、案内の途中で間宮君の処でみんなに甘味を食べさせてあげて欲しい、勿論神通くんも」
「え? 宜しいのですか? 大神隊長?」
「ああ、みんな初めての鎮守府だからね、案内する神通くんも手数をかけるし」
大神の提案に頷き先導する神通に続き、秋雲たちはビッグサイトの中へと移動するのであった。
大淀は大神に連れ添って、別方向から有明鎮守府の司令室へと向かっている。
「羨ましくなんかないもん……」
自分で言ってて、説得力がないと秋雲は思った。
そうして、神通による有明鎮守府の案内を終え、甘味処間宮で甘味を堪能した秋雲たちは自室へと案内された。
「よーし、早速私物をチェックしないとね!」
言うが早いか、勢い込んで一つ目のダンボールを開ける秋雲。
そこには、色鉛筆、パステル、水彩絵の具などのアナログ画材や、スケッチブックのほか、イラスト以外の漫画のネタ帳などが入っていた。
それはそれで大事なものなのだが、今必要なのはこっちではない。
「となると、こっちの方かな?」
棚に物をしまい、秋雲は他のダンボールを開けていく。
そこにはパソコンやスマホ、液晶ペンタブなどが入っていた。
「さあてっと、早速セットアップしないとね~」
「えー、秋雲~、もう始めるの~。もう少し休もうよ~」
「何言ってるのさ。このオ-タムクラウド先生の生存報告を、みんな待ってるに違いないのさ! 仕事が忙しくなるって言ってから8ヶ月以上絵は上げられなかったし、沈んでたからツイッターも半年近くしてなかったからね!」
天に拳を突き上げ熱弁する秋雲。
「そんなに無言だったら~、忘れられてるかもしれないですよ~」
「うぐぅっ!?」
巻雲のツッコミに衝撃を受ける秋雲。
「そ、そんな事ないもん! 顔を合わせた事は殆どないけど、みんな良い人ばっかりだったもん! き、きっと……」
「いや、半年も音信不通だったら、普通消えたって思われてるんじゃね?」
珊瑚海の制圧後の掃討中に救出された長波も、容赦ないツッコミを入れる。
「うがー! 待ってろ、とっとと生存報告を上げてやるんだからー!!」
そう言うと、秋雲はパソコンのセットアップを始める。
しばらく半年近く起動していなかったから、起動後Windowsとか、お絵かきソフトとか、ブラウザの更新作業にしばらく時間を取られたが、1時間もしない内にそれは終了する。
Windowsの再起動が完了し、ブラウザからツイッターにログインする秋雲。
そして、ツイートする。
『オータムクラウド、ふっかーつ! 半年も連絡がなくてゴメン! 仕事場も変わって楽になって、絵描ける様になったから、これからはまたバリバリ絵描いてくよ!!』
そして、みんなのリプを待ちわびる。
だが、その反応は待っていたものとは異なっていた。
『オータムクラウド先生は、いや秋雲ちゃんは半年も前に沈んだんだ! なりすますな!』
『捨て艦にされ、犠牲にされ、沈めさせられた秋雲ちゃんを追悼しようってときに不謹慎だ!』
『半年前目茶苦茶泣いたのに、思い出させるんじゃねーよ!!』
「え……なんで、オータムクラウドが秋雲だって、私だってみんな知ってるの?」
みんなのリプから、自分が慕われていたってのは分かる。
それは嬉しい。
だけど、なんで、オータムクラウドが秋雲だとばれているのか、勿論秋雲は話した覚えがない。
『何で、オータムクラウド=秋雲だって分かるのさ!? 話した覚えないよね?』
それは自分で認めたようなものだが、ここに至っては今更だ。
その返事もすぐに返ってくる。
『まだなりすますか! まあいい、姉妹艦の不知火ちゃんがツイートしてくれたんだよ、秋雲ちゃんが沈んだって!』
「なんだってー!!」
慌てて、秋雲は自分のツイート履歴を確認する。
半年間の空白の後、そこには自分以外の、不知火によるものと思われるツイートがあった。
『オータムクラウドこと、駆逐艦秋雲は先の海戦で轟沈いたしました。生前の皆様からの友誼を感謝いたします。艦娘でありますので、失礼ながら葬儀などは行いません。その点につきましてはご了承のほどお願いいたします』
「不知火姉さんーっ!?」
確かに、音信不通となるよりは死んだなら死んだと書くべきかもしれない。
でも、今の自分の立場としては、この誤解をどう解いたものか。
『絵が描けなくなるってツイートの後に撮られてた、秋雲ちゃんの憔悴しきった写真見てられなかった』
『あんな可愛い子が、ただの捨て艦として沈められるなんてやってらんねーよ!』
『いつかコミケで会えればって思ってたのに、もう二度と会えないんだぜ!?』
『沈むくらいなら、僕が養って上から下のお世話をしてあげたのに、デュフフ』
不知火のツイートに対して、オータムクラウドへの、秋雲への想いが次々にリプされていた。
その数は、数千を優に超える。
その事に俄かに感動して、秋雲は涙ぐむ。
最後のリプは鳥肌が立ったので、見なかった事にしたが。
「って、感動してる場合じゃなかった! みんなの誤解を解かないと!!」
『ホントに! 私、オータムクラウド、秋雲なんだって! 艦娘の秋雲さんなんだって! どうしたら信じてくれるのさ?』
そのツイートに『なりすますな』などの罵倒のリプが寄せられるが、一つのリプでそれは変わる。
『そんなに言うなら、自撮り写真上げてみれば良いだろ。オータムクラウド先生=秋雲ちゃんなんだから、自撮り写真上げれば一発で判別できるだろ』
『ああ、確かに』
『秋雲ちゃんの写真、出回ってるものもあるしな。一発で判別できるな』
『どうせ出来ないだろうけどな』
『ほら、上げてみろよ』
「う……」
ネットリテラシーとしては、自撮り写真を上げるのはあんまりしたくない。
普通であればそうなるのだが、
「あ、よく考えたら、ここまでオータムクラウド=秋雲ってバレてる時点で隠す意味ないか」
そう秋雲は考え直す。
ここまで公になっている以上、オータムクラウド≠秋雲と主張する意味がない。
自分、秋雲の自撮り写真を上げたところで何も変わらない。
そう思い、秋雲はスマホで自分の写真を撮影する。
未だにオータムクラウドを、秋雲を想い、なりすましを許さなかった、自分のフォロワーへの感謝の思いを込めて、満面の笑みで。
『オッケー、分かった。今、自撮り写真上げるね。みんな、私の事を思っていてくれてありがと』
そして、その写真を添付してツイートする。
その効果は覿面だった。
『マジか……』
『こんな満面の笑みの秋雲ちゃんの写真、初めてみた。マジだ……マジ、オークラ先生だ』
『あんなに憔悴してた秋雲ちゃんがこんな満面の笑み、泣ける』
『こんな至近距離の写真、保存しねーと』
出てくると思わなかった秋雲の写真に呆然としたようなリプが続く。
そこに一報のツイートが飛び込んでくる
『みんな、オークラ先生、いや、秋雲ちゃんの話マジだ!! さっき正式に発表があった!! 南方海域開放に伴い、沈み深海に囚われていた秋雲ちゃんたちを救出したって!!』
『本当だ! 正式発表されてる!!』
そのツイートに一瞬のリプの勢いが沈黙する。
そして、
『オータムクラウド先生、いや、秋雲ちゃん! なりすましだなんて言ってごめん!』
『失礼しました、オークラ先生!』
『秋雲ちゃん良かったよー、今度は感激で泣ける!』
次々になりすましとみなした事への謝罪と、秋雲復活に対する感激のリプが列を並べる。
『ううん、分かってくれれば良いんだ!』
もともと、秋雲の事を思ってなりすましを非難してくれてたのだから、秋雲が怒る理由なんてない。
むしろ、感謝したいくらいだ。
『で、秋雲ちゃんはどうやって助けられたの? やっぱり大神大佐に助けられたの?』
「え、いや、ちょっと待って。私たちを助けた人が誰かって話して良い事なのかな?」
自分の事と違って、こっちは答えて良いか分からない。
秋雲はお茶を飲んでいる巻雲たちに向き直る。
「ええっ、そんなこと巻雲に聞かれても~」
「うふふっ、秋雲さんの様子から、大淀さんに電話で確認しておきましたよ。大丈夫ですって」
「さっすが~、夕雲姉さん!」
指をパチンと鳴らすと、秋雲はパソコンに向き直りリプを返す。
『うん、そうだよー。隊長の煌めく光刃が深海棲艦をズンバラリンして、それで助けられたんだ』
そこまで書いて良いとは誰も言ってないと思うが。
『ひぇー、帝國の若き英雄は相変わらずか、すげーよ』
『華撃団が発足してから、本当に破竹の勢いだな。海を取り戻せそう』
『ねぇねぇ、大神大佐ってイケメン? 写真とか殆ど出回ってないの』
女性のものらしき疑問のツイート。
その程度なら答えても良いかな、と秋雲は思ったところを素直にリプする。
『うん、イケメンだよ。素の表情も良いけど、優しく微笑むとことか、刀を持った凛々しいとこが特に!』
かなり欲目が入っている。
『いいな、いいな。私も会いたいな! 大神大佐ってどうやったら会えるの?』
『流石に今は難しいんじゃないか? 南方海域開放したばかりだから有明鎮守府の公開はまだ難しいだろうし、観艦式の予定もなかった筈』
『でもでも、大神大佐って週刊誌やテレビで全然報じてくれないし、やっぱり一目会いたいよー』
『だよね、帝國の若き英雄! 東洋の奇跡! 日ノ本の剣狼! せめて写真でも良いから見てみたいよね』
大神の話題になって女性のフォロワーが俄かに活発になってきている。
なんとなく秋雲は胸の辺りがムカムカしてきた。
そして嫉妬を覚えたまま、ツイートする。
『えへへ~、今日から秋雲さんは大神さんと一つ屋根の下の生活、明日からは訓練とかも一緒なんだ。許可取れたら大神さんの絵もアップするね』
『ぐぬぬ……羨ましい』
『ホントに? 絵アップしてくれるの?』
と、羨ましさ半分、絵があがる事の嬉しさ半分の女性陣。
『秋雲ちゃん、まさか……』
『ロリ神さんかよ……』
一方、秋雲の口調の端々から何かを感じ取った男性陣。
そんなやり取りをしばらくして、やがて話題が変わる。
『そう言えばどうなるんだ、あの企画……』
『秋雲ちゃん、蘇っちゃったもんな……』
「企画倒れ、か? あれはあれで俺コミケ行くつもりだったんだけど』
『なになに~、あの企画って?』
自分の知らない事なので食いつく秋雲。
『えっと、説明するよりここのサイト見てもらう方が早いかな? http~~~~~~~~』
と書かれていたので、秋雲はそのリンクをクリックする。
新たなタブが開かれて、ホームページが表示されていく。
そのホームページには、
『オータムクラウド先生こと、駆逐艦秋雲、追悼企画』
と書かれていた。
「なんじゃ、こりゃー!!」
思わず立ち上がって秋雲は叫んだ。
たぶん本作品過去最大文量になったw
掲示板形式にしようか迷ったんですが、秋雲の行動・心情も書きたかったのでこっちで。
しかし秋雲は書いててマジでネタが尽きない、ヤバイw
今回、最長話になりそう。
いいのかそれで、俺www