Fate/AD 655   作:コ王

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 アーサー王が活躍したあの時代から二世紀もの歳月が流れた。
西暦665年現在のブリテン島は七王国時代と呼ばれる戦国の世に突入している。
ブリテン島の主役は今や七王国を打ち立てたアングロ=サクソン人である。
かつてブリテン島の主であったブリテンの民は西方に追いやられ、ウェールズ人(異邦人)と侵入者に呼ばれるありさまであった。

 現在のところ七王国で有力な国は次の二国、
七王国の覇者≪ノーサンブリア王国≫と中原の最強国≪マーシア王国≫である。
取るに足らない辺境の国だったマーシア王国はこの近年で急激に勢力を拡大し、最大勢力を誇るノーサンブリア王国と覇を競い合うようになっていた。そして幾度となく両者は激戦を繰り広げていった。
ほどなく、七王国の覇者に与えられる≪ブレトワルダ≫の称号を保持した二人のノーサンブリア国王たち、エドウィンとオズワルドが戦場の露と消えた。

 マーシア王国の急激な勢力拡大にはいくつか理由があった。
 マーシア王ペンダは身も蓋もない言い方をすれば、とてつもなく強かったのだ。定住する土地を得て徐々に戦士としての気概をなくしていったアングロ=サクソン人の王族のなかで、依然として彼は戦士の勇敢さと他者を寄せつけない圧倒的な強さを併せ持っていた。
 そしてもう一つの大きな理由は、マーシア王国の西方に割拠するウェールズ諸侯の存在である。彼らウェールズ諸侯にとって北イングランドで勢力を拡大したノーサンブリア王国は仇敵だったのである。それというのも、ウェールズの多くの諸侯の血筋は元をたどればかつて北イングランドに存在した北方ブリテンの民に行きつくのだ。
北方ブリテンがノーサンブリア王国によって危急存亡の淵に立たされると、ウェールズ諸侯は剣を手に取ってノーサンブリア王国と敵対する道を選んだ。このようにして彼らはマーシア王国と同盟を結ぶに至ったのである。

 マーシア国王ペンダは妹を、ノーサンブリア王国と長年にわたって戦い続けてきたウェールズの英雄、グウィネズ国王カドウァロンに嫁がせ、連合軍を形成して共闘することで前述のノーサンブリア王エドウィンを敗死させることに成功した。しかしこの時、ペンダは一度遠征を切り上げ帰国し、カドウァロンは遠征を続けたことが仇となった。
カドウァロンがまさかの戦死を遂げ、ウェールズ軍は大敗を喫することとなったのだ。

 それからマーシア・ウェールズ連合軍とノーサンブリアを筆頭とする七王国の死闘が二十年以上続き、ついにペンダ王とウェールズ諸侯の連合軍は先代のオズワルド王の弟であるオズウィ王率いるノーサンブリア王国の王都バンボローを陥落せしめたのである。



プロローグ

―――西暦655年8月、イングランド北部バンボローにて

 

 周囲のいたるところから臭気が立ち込めていた。血と鉄と、焦げた臭いである。人や家屋や備蓄品の残骸がごった煮になって散らばっていた。

 

 そこに一人の男がいた。辺りを見ている。

なにかを探すわけでもなく、ただ漫然と目を開いていた。

年齢のわりに童顔なおかげで、どことなく少年の面影を残している彼は既に一人前の戦士であり、そして王であった。

 

「……王のいない国はこんなにも脆いものか」

 

 バンボローに王座を置いていた敵王は既に逃走したと見え、想像していたほどの抵抗戦はなかった。彼我ともにそこそこに戦った後に、守備部隊から降伏の申し出を受けて攻城軍はちょっとしたお遊び程度の略奪を行った。

以降は双方共に心得たものでさしたる混乱もなく現状に至っている。

 

 彼が立ち尽くしているその場に、鎖帷子をカチャカチャ鳴らしながら数人の戦士たちが現れた。

内、二人は見知った顔である。

その一人が王に呼びかけた。呼びかけた少年は彼の従者だった。

 

「探しました、カドウァラダーさま。急にふらっといなくなるものですから。このようなところでなにをしておいでで?」

「ただ、見ていただけだ。それでなにか」

 

 するともう一人の顔見知りの戦士が進み出た。彼は顔に傷をいくつもつけた古参兵だった。

 

「叔父上がお呼びですぞ。さらなる戦いのため軍議を催すのですが、その前に話すことがあると」

「軍議の前に……わかった、すぐに向かおう」

 

 カドウァラダーたちは兵に先導させながら未だ戦いの空気を残した廃墟を立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 東岸の北海に臨む王都バンボローは、難攻不落の要塞である。

海岸に沿って切り立つ断崖の上にそびえる城であり、塁壁から500フィート程度離れた湾には港を具えている。

急斜面にはぽつんと配された見張り櫓といくつかの小屋があり、そこから彼らは坂道を登って行った。

道中はごつごつをした岩がむき出しになっている。そして海の反対側の遠景には畑が点在し、ところどころサンザシの並木や石でできた垣根が放牧地を仕切っていた。

上り坂の道すがらに行き交う人々は忙しげに戦いの後始末に追われているようだ。

 

 王の館は塁壁の内に巡るように設けられた城柵の中心にある。

柵門の前には人だかりができていて、なにか揉め事が起きているようだった。

喧騒の中で衛兵たちの制止の声が際立って響いていた。

 

「なにごとか、貴様ら!」

 

 顔の傷を歪ませて先導の古参兵が咆えるように問いただす。この怒声に驚いた野次馬たちは蜘蛛の子を散らすように退いた。

ようやく人ごみが開けた門前には槍を携えた数人の兵士が陣取り、襤褸(ぼろ)をまとった老人が土にまみれて座り込んでいた。

 

「物乞いか、その程度に手惑うとはなんたる不手際だ」

「いえ、なにやら怪しげな放言をする輩(やから)でして……その、呪術師かと思うと、気がひけて」

「ええい、情けない。その首が飛ばないうちにさっさとその子汚い不審者を放り出せ、よいか!」

 

 古参の戦士が剣の柄に手を掛けると、衛兵たちは震えあがって急いで老人を捕縛しようと動いた。彼らは老人の肩を掴み、強引に立たせると急いで離れるように急き立てた。

そして二人の兵士が老人の両脇から腕をからめるようにして連れ出そうとする。

 

 そこで初めて老人は古参戦士、そしてカドウァラダーのほうに視線を移した。老人は白髭の奥に見え隠れする干からびた唇を開いたかと思うと、目をむき、口角泡を飛ばして叫んだ。

 

「おお、なんと恐ろしい。行く末に無惨な死が待ち受けているというのに、お前たちはなにも知らないのだ! わしはそれを教えにきた……!

血の河で女が歌を謳い、王たちは臓腑の城に至るであろう……」

 

 その時、近くの柵を止まり木にしていた大鴉が一際大きく不吉な鳴き声を放ち飛び立った。死肉をついばみにバンボローの戦場跡に多く飛来してきていた鴉の群れの一羽だろう。

老人は全てを言い終える前に衛兵にその口を無理やり押えられ、うめくように暴れながらも連れ出されていった。それを見た群衆たちは仕事を思い出したのか、関心を失って続々とその場を離れていく。

しかしカドウァラダーは老人の狂気を孕んだ言葉に一抹の不安を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 解散していく人々の様子を見届けた古参の戦士は渋い顔をして呆れと怒りが入り雑じったようなため息をついた。それから彼は門衛に道を開けさせ、カドウァラダーたちはようやく王の館にたどり着いた。

 

「イドウァル、それではペンダ王に会ってくるからどこか適当な場所で休んでいてくれ。」

 

 カドウァラダーは彼の従者にそう言ってやったのだが、イドウァルはどこか棘のある言葉でやんわり断った。

 

「わかりました。ではこの辺りが適当と心得ておりますので、警備の邪魔にならないように待っております。私の主君は先ほどもふらりとどこかへ出かけてしまわれて……かえって探すほうが大変なのですから」

 

 カドウァラダーは苦笑しつつ王の館に入って行った。館の内部は薄暗く、重苦しい屋根にぽっかりと空いた天窓から光が差し込んでいる。

柱には精緻な彫刻がなされ、壁には見る者の目を奪うような見事な布が掛けられている。かつてこの館、そしてバンボローはノーサンブリア王オズウィが有していたのだ。

 

 七王国に冠たるノーサンブリア王の館だけあってその栄華を偲ばせる面影をそこらに見て取れる。

しかし数年間にわたる戦役の中でペンダ王率いる連合軍により王都バンボローは包囲され、火攻めにあったために塁壁や防衛拠点の損傷が著しかった。そういう理由で、今回のバンボロー包囲網に対して早々に王都放棄を決め込んだオズウィは北方へと軍の主力を引き連れて逃走してしまっていた。

 カドウァラダーは前に進むと、玉座に座る人物を認めた。ゆうに百人以上は収容できそうな大広間にいるのはマーシア国王ペンダただ一人だった。

 

「不用心ではありませんか、叔父上」

「さて、人がおらぬほうが安全ということもある。軍議の前に話があってな」

 

 ペンダは顔の深い皺を一撫でして、流し目にカドウァラダーを見た。それから椅子に座り直して話を続けた。

 

「そなた、聖杯というものを知っておるか?」

 

 聖杯といえばイエス・キリストの血を受けた器であるとか、はたまたイエスが最後の晩餐に用いた器だという伝説があるキリスト教の聖遺物だろうか。

しかしそのいずれにもカドウァラダーには覚えがなかった。少なくとも聖餐に使うような凡百の品を指しているわけではあるまい。

 

「聖杯というとキリストにまつわる杯という程度しか……」

「その様子では知らぬか」

「ご期待に添えず申し訳ありません」

「そう畏まるな。知らねばそれでよいのだ」

「そうですか。しかし叔父上、今さらキリストに宗旨替えですか?」

 

 ブリテン島にはローマ帝国時代からのキリスト教組織がローマ教会と分断されながらも残存していた。一方でブリテン島に侵入してきたサクソン人たちは長らく異教徒であった。

しかし近年、ローマ教会からブリテン島の蛮族サクソン人に布教を開始したためにキリスト教に鞍替えする王たちも珍しくなかったのだった。

 

 だがペンダ王は古くから伝わる部族の信仰を守り続けていた。かといってペンダはキリスト教の影響力を軽視していたわけでもなかった。

布教を禁ずることなく教会とは一定の距離を保っていたのは、自らが古い価値観に属する人間だと自覚していただけではない。

戦いに明け暮れた辺境の戦士たちもまた古い価値観を棄てることが出来はしないと悟っていたに他ならなかったのだ。

 

 ペンダは応えずにフンと鼻を鳴らした。まったく、今さらそんなことが出来ようか、という明快な態度である。

 

「前もって儂はオズウィの軍勢の動向を調べるべくこのバンボローに手の者を数名忍ばせておいたのだが、その者たちから気になる報せがあったのだ。ブリテンの民から奪った数々の軍資金や財宝が運びだされた、という報せだ。

その中に聖杯と呼ばれている物があったそうだ。

それはこれからの戦局を左右しうるほどのものだそうだが、詳しくはわからぬ。

そしてもう一つ、これは儂の息子、そしてそなたの従兄であるメルウァルからも報せがあった。この北方遠征にかこつけてウェールズ諸侯の一部の者が聖杯とやらを探しているようだ、とな。

知っての通り、メルウァルはマーシア王族でもあるが同時にウェールズのマグニス市の王でもある。おそらくそれらの報告は正しいのだろう。

なにか儂の与かり知らぬことが水面下で動き出しておるようだ」

 

 北方ブリテンの領土恢復を大義名分に掲げたペンダ王が指揮している今回のノーサンブリア遠征には多数のウェールズ諸侯が従軍していた。

だがメルウァルやスパイの情報を信じるならば諸侯の中にはその大義の裏に隠れるように聖杯なるものを探している者がいるのか、とカドウァラダーは思った。王なら持っていて当然の使命感を穢され、表情には出さなかったが彼は内心では鼻白んでいた。

 

「なるほど、それでそのようなことをお尋ねになったのですか。しかし戦争の展開を左右する聖杯とは……こちらのほうでも探ってみましょう」

「うむ、盤石の状態でこれからの戦いに臨めるように計らって欲しい。そなたには期待しているぞ。いずれウェールズを束ね、わが義弟の遺志を継いでもらわねばならん。

これからする話は聖杯よりも大事なことだ。

北伐に片がつけば故国グウィネズに凱旋するがいい。そなたは正統なるブリテンの王だが、治める領地がなくば虚しいだけだ」

 

 聖杯の話を切り上げたペンダ王はカドウァラダーの故国と王位の話を持ち出した。

だがその前に少し事情を説明しなければならないだろう。

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 昔の話だ。カドウァラダーの父にあたるカドウァロンはグウィネズの国王であり、ノーサンブリア軍に対して手勢を率いて果敢に戦っていた。

本人たちは既に亡くなったため、なにが戦いの発端となったのかは今となっては定かではない。

だが、かつて互いに友人と認め合っていたカドウァロンとノーサンブリア王エドウィンの決裂は熾烈な戦闘の呼び水となったことだけは確かである。

しかし大国ノーサンブリアとグウィネズの国力の差は歴然であり、多勢に無勢であった。

そして一度は戦いに敗れ、カドウァロンは軍団とともに海を渡りようやくアイルランドで難を逃れたこともあった。

 

 しかし運命はカドウァロンに味方した。なんとか危機を脱出したカドウァロンはペンダ王と出会ったのだ。

当時のマーシアは辺境の蛮族に過ぎず、周辺国の意向によって乱立した複数の王が互いに争っていた。そしてペンダは各地を暴れ回る戦士の王だった。

 それは偶然の出会いだったが、ペンダにとっては初めて自分の王道を歩むきっかけとなったと言ってよかった。ともかくカドウァロンとペンダは意気投合し、マーシアとグウィネズの同盟は成立した。

 そして英雄が誕生した。あの頃のカドウァロンとペンダは向かうところ敵なしだった。

当初はノーサンブリアとの戦争を日和見していた他のウェールズ諸侯たちも英雄の出現に次第に態度を変えていった。

そして北方ブリテン奪回という旗印を掲げたカドウァロンが兵を募れば、諸侯たちはこぞって参加するようになったのだ。

 

 かつてこれほどまでにウェールズから認められた英雄はアーサー王をおいて他にいなかった。全ブリテンの団結にはまだほど遠かったが、カドウァロンの勢いは伝説の英雄アーサーに比せられるようになるほどだった。

アーサー王の死後、ブリテン全土は統一されないまま年月が過ぎ去り、それにしたがってブリテン王という称号も廃れていた。しかしいつしかカドウァロンはブリテン王と呼ばれるようになったのだった。

 そしてとうとうエドウィン王率いるノーサンブリア王国軍を打ち破り、ハットフィールド・チェイスでの決戦に勝利したウェールズ・マーシア連合軍だったが、この直後の判断をペンダは何度も悔やんでも、悔やみきれない。

 カドウァロンは北方ブリテンの奪回のために戦いを続け、一方でペンダはマーシア国内に割拠する他の王たちを降すために帰国したのだ。

それから一年あまりしてカドウァロンの訃報がペンダの元に届いた。そしてカドウァロンの幼子であるカドウァラダーと母親であるペンダの妹はグウィネズ王国を追放され、代わりに王座に座ったのはカダフェルという素性の知れない男だった。

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

「……! しかしまだグウィネズには……」

「今のグウィネズを統治するカダフェル王は所詮はどこの馬の骨とも知れぬ平民の子で簒奪者に過ぎぬ。あの者が奪った王位は本来そなたの手にするものだ。北ウェールズ諸侯も民も内心は平民に王は務まらぬと思っておる。

心するのだ、カドウァラダーよ。王は民に認められ、その力を振るわねばならぬ。

北ウェールズ諸侯の血筋の故地である北方ブリテンの領土を取り戻せば、皆がそなたを無二の王として迎え入れるだろう。

そしてゆくゆくは儂の息子たちとそなたがこのブリテン島の次代を担うことになる。儂がそなたの父カドウァロンとともに目指したものをそなたたちに託したい」

 

 グウィネズ王国との同盟関係を崩したくないペンダはカダフェルの王位を認めざるをえなかったが、彼は盟友の息子であり自らの甥でもあるカドウァラダーを追放したカダフェルをいずれ排除する計画をずっと練っていたのかもしれない。

ペンダはこれから戦いの前にどうしてもそれを話しておきたかったのだろう。今後はこの機会を逃せば落ち着いた話を出来そうにないのだ。

 

「やはり急な話で戸惑うか。もっと早い段階で話すべきだったが……儂には敵があまりにも多い。ウェセックス王国やイーストアングリア遠征で思うように時間が取れなかったのだ、許せ」

 

 マーシア王国はブリテン島中部に位置するため、ノーサンブリアと同盟関係にある周辺国とも敵対関係にあった。つまりノーサンブリア遠征のためにはまずは後顧の憂いであるそれらの国々を打ちのめす必要があったためペンダは何年間も戦いに次ぐ戦いに赴いていたのだ。

 

「カドウァラダーよ、戦いも大事だが王は何を為すべきか、よく考えておくことだ。儂は戦いしか見せてやることしかできなかったがな」

 

 ペンダの言うことは正しい。

ウェールズ諸国は互いに反目しあい、激動の時代に取り残されつつある。

このままではブリテンの民という形骸すら失い、いずれは消え去るのかもしれない。

 

 カドウァラダーは常に危惧していた。

まだ幼い頃。母や吟遊詩人、民草から聞く父の武勇やブリテンの王たちの活躍に心を躍らせ、ふと幼心に気が付いたのだ。

―――敵を蹴散らしてきた英雄は滅び、そして徐々にブリテンの王土は狭まりつつある―――

 サクソン人との戦いで既にブリテン島の半分は失われた。もしも全てを奪われたならブリテンの民はどこへ行くというのだろうか。

カドウァラダーは自らの責務にまだ答えを見いだせずにいた。

 

 

 

 

 

 ペンダ王との会談を終えたカドウァラダーはひとまず館の外へ出た。聖杯とはなにか、まずは探ってみなければならないだろう。それが優先事項である。

それに幸い軍議の時が近いため、各地の有力者がそこらにいるのだ。

早速、第一歩を歩み出したカドウァラダーは首根っこをいきなり引っ張られた。いや、正確にはマントを引っ張られた。

マントの留め具がはじけ飛びそうなくらいにその裾を掴んでいるのはイドウァルだった。

 

「!? イドウァルか。まったく、いきなりで変な声が出そうになっ」

「従者を置いていかないでくださいって、何度も言ってますよね。

未遂を含めると置いてきぼりはこれで本日、三回目です」

「そうだったか……うん」

 

 カドウァラダーの緊張感が徐々に和らいでいく。自然と笑みがこぼれた。

 

「変に納得して微笑まないでください、ちょっと気持ち悪いです」

「その言い方はひどいな。まあいい、それじゃついてきてくれ」

 

 カドウァラダーは歩きながら先ほどの聖杯についての話をかいつまんでイドウァルに聞かせた。するとイドウァルは立ち止まって小さな眉間に皺を寄せていた。

 

「どうした? なにかわかったか」

「とりあえず整理してみましょう。

まずは聖杯はブリテンの民に伝わる。

そして、ウェールズ諸侯の一部がその聖杯を探しています。

そこで、なぜウェールズ諸侯の一部しか知らないのか、と疑問に思いませんか。戦局を一変させうるような物がもっと知られていないのは不自然です」

 

 確かに聖杯が仮に戦争の行方を一変できるようなシロモノであれば、それ相応に周囲に知られているはずだ。しかし聖杯なるものをペンダもカドウァラダーもメルウァルも知らなかった。

そしてもう一つのことにカドウァラダーは気づいた。主君の様子を見て、イドウァルは言った。

 

「それに、なぜ今までノーサンブリア王オズウィは聖杯を使わなかったのでしょうか。

理由はわかりませんが、聖杯は軽々しく使うことができないのかもしれません」

 

 まだまだ子供だと思っていたイドウァルの頭の回転の良さに、カドウァラダーは目を見張った。そんなカドウァラダーの目を見たイドウァルはため息をつく。

―――子供だと思って……。

 

 カドウァラダーはイドウァルのため息の意味も知らず、そのまま話を続けた。

 

「しかし、聖杯なんて、実在するのだろうか」

「案外、聖杯はあるかもしれませんよ」

「ふうん?」

「仮に聖杯というのがマーシア・ウェールズ連合の結束を乱すための実体のない流言飛語の類いだとして、どうしてオズウィ王は根も葉もないような噂を流す必要があるんですか?

人をだます時は本当にありそうなことを言うものですよ。

あ、そうだ、カドウァラダーさまは聖杯を探してどうするつもりなんですか?

もしかするとすごい力とか手にできるかもしれません」

 

 イドウァルは悪戯めいた笑みをカドウァラダーに向けた。それから二人は木陰を求めて太い瘤を地面にうねらせている木の根に腰を下ろした。

 

「そうだな……。

私は聖杯がなになのか知らないし、その力にも懐疑的だ。だがそれに力で為すことは限界がある。

だからあまり聖杯に魅力を感じない。

でも悪用されたらすごく困る。だから見つけたら悪用されないように埋める」

 

 カドウァラダーはがそういった途端、木にいつの間にか留まっていた鴉が大きな羽音を立てて飛び去った。

鴉に気を取られた二人に背後から話しかける人物がいた。

 

「面白そうな話だ。だが、周囲を気にしたほうがいい。

このバンボローでは誰が聞き耳を立てているか、わからぬのだからな」

 

 振り返ったカドウァラダーの表情が凍りついた。話しかけてきた相手は現グウィネズ国王カダフェル、かつて幼いカドウァラダーとその母親を追放して王になった男だったのだ。

 


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