ペルソナカグラ FESTIVAL VERSUS -少年少女達の真実- 作:ゆめうつつ
書き溜めがほぼ尽きました……誰か時間を下さい……
まるでガラスが砕けるような音を響かせて、結城理は己の頭蓋を撃ち抜いた。
その光景を、飛鳥はどのような思いで見ていたのだろう。
結城理が、拳銃で自らを撃ち、狂気の笑みを浮かべたその姿を。かの特徴的な銀灰色の瞳も、今では青く染まっている。
――――否、穿つは頭蓋に非ず、心の外殻だ。
発狂しての自殺、などという考えを浮かべる者はいない。
恐ろしい程に破滅的でありながら、神秘的なまでに美しい行為であったからだ。
それは正に、死と再生の儀式なのだと飛鳥は本能的に理解した。
撒き散らすは脳漿に非ず、結城理の心の片鱗。彼の中に在る『もう一人の自分』。
青い光が理を中心にして渦巻き、その光は彼の頭上背後にて構成され、異形の姿を織り上げる。
『我は汝、汝は我――――。我は汝の心の海より出でし者――――』
理によく似た顔付きと白髪。しかしその眼は、人間ではない異形であることを示す紅。
首から下は、神話にて引き裂かれた己の身体を補修する為に機械染みたモノとなっている。その背には巨体に見合った竪琴を掲げていた。
本来ならば無意識の海のみで形作られるそれを、現実世界にて構成し、物理的干渉能力を与えるその異能。
『幽玄の奏者《オルフェウス》なり――――!』
「ペルソナ……」と、飛鳥の口から無意識で紡がれる。それこそが、結城理の能力なのであった。
そして理は、唐突に狂気染みた笑みを引っ込め、何時もの無表情に変わる。それはまだ短い付き合いの飛鳥でも解る、彼が戦闘態勢に入った証だった。
背後に浮かぶオルフェウスをちらりと一瞥すると、すぐさま視線を戻し左手をマジシャンに向け、小さく呟く。
「……《突撃》」
理は短く命令する。オルフェウスが持つ『スキル』は、精神を通じて理解は出来るものの、やはり実際に使用しなければ判断がし辛いからだ。
オルフェウスが竪琴を掲げ、躊躇いも無くマジシャンに向けて振り下ろした。
マジシャンも黙ってやられる筈が無く、それを剣で防ぎ、両者の鍔迫り合いは拮抗する。力は、ほぼ互角といった所か。
「《アギ》」
次いで紡がれるのは、ペルソナ能力に覚醒したことによって、正しく発現した《火炎魔法》であった。それにより、以前と比べ威力も練度も更に引きあがり、マジシャンを包み込まんとするほどの爆炎が発生する。しかし、マジシャンは元より《火炎耐性》を持つシャドウだ。全くのダメージが通らない訳ではないが、この攻撃はやや分が悪いようだった。
両者の間で発生した爆炎がお互いを――理はワザとその爆風に乗り――吹き飛ばし、間合いという戦闘において絶対的な要素がリセットされる。
ついでに理は、こういった使い方もアリだなと、頭の片隅にメモをしておいた。
「■■■■■――――!!!」
「防御性能は、っと……」
マジシャンが無数の腕を撓らせ、伸ばし、その剣群を以て理を串刺しにせんとする。ペルソナという遠隔攻撃手段を手に入れても、向こうが攻撃のリーチが上なのは変わりない。
理は、そしてオルフェウスは慌てず騒がず、両腕を広げ、その腹を見せつける様にして晒す。何処かで悲鳴を上げるような声が聞こえた気がするが、それに構うのは後だ。
次の瞬間、先の《アギ》の破壊音にも匹敵する轟音が鳴り響き、マジシャンの剣先を押し戻す。
それは、スピーカー状となったオルフェウスの腹部から発生した――正しくは、ハウリングや共振現象とでも呼べばいいのかもしれないが――音響波だった。
そこでオルフェウスは今の役目を終え、霞の様に消えていく。理の意思で自在に戻すことが可能であるようだが、やはり長時間の召喚は負担が掛かっていた。
攻撃、魔法、防御――――。この僅か三手で、理はオルフェウス、引いては己自身のスペックを理解し、マジシャンとの戦力差を改めて吟味する。半蔵学院トップクラスの明晰な頭脳を持つ理は己の能力を、そしてマジシャンの能力を、過小にも過大にも評価しない。それが齎した最終的な勝率を、理は冷静に受け止める。例えそれが、残酷な結果であったとしても、だ。
(……勝率は二割も行けばいい方か。やっぱり、《アギ》が効き辛いのが痛いな)
足りない――――、と理は判断する。
武器を持たないことによる基本攻撃力が足りない。
魔法による火力が足りない。
それを発動する為の精神力が足りない。
そもそもペルソナを使った戦闘経験が足りない。
このままでは、先程までよりはマシとはいえ、ペルソナ覚醒前の展開と何ら変わりないことになってしまう。
ならばどうするか? 思考をフル回転で巡らせる。彼に出来るのはそれだけなのだから。
人間には『知恵』というモノが有る。それは、人間を人間たらしめる原罪にして、人間をこの地球の覇者とした最強の武器。
何時の間にか、先の理とは打って変わって、諦めるという思考は存在していなかった。その為には、まず――――
「……オルフェウス、《突撃》」
再び召喚器の引き金を引き、オルフェウスを召喚する。今度は竪琴を振りかぶることはなく、マジシャンとがっしり組み合ってその行動を制限した。理はその隙に、ある地点へと向かう。ペルソナ能力に覚醒したことにより、元から高い身体能力が更に引き上げられ、瞬く間にその場へと到達する。
その地点とは、言うまでも無く――――
「ひあっ?! ゆ、結城くん……?」
倒れ伏した飛鳥の下へであった。理はすぐさま彼女に《
「あ、ありがと……」
「……」
オルフェウスを還し、飛鳥の感謝の言葉に返答することもなく、理は再び思案を巡らせる。シャドウは例外なく仮面を弱点とする為、それを砕ければマジシャンを倒すことが出来る。
そして、《アギ》による遠隔攻撃に火力が見込めない以上、理に残された手札は近接攻撃による一撃のみであった。
しかし当然、あのマジシャンに近接戦闘を挑むとは、その無数の剣群に身を晒すということであり、危険度は計り知れない。つまりは――――
「《死なばもろとも》、かな」
「ちょっと!? 何か物騒すぎる言葉が聞こえたんだけど!? 危ないって~っ!」
理の腕に抱えられていた飛鳥が、彼の呟きに耳聡く反応する。
其処で漸く理は飛鳥に反応し、その行動を制しようとする彼女に諭すよう、懇切丁寧に説明した。
「……兎に角、こっちは遠距離攻撃の火力が足りない。近づいて一撃、大きいのを見舞えば勝機はある」
「それは……、そうかもしれないけど……」
というよりも、それ以外に方法が無いのが現状だ。そもそも彼が持つ近接戦闘のスキルは、己の肉体かオルフェウスの《突撃》のみである。幸いにしてマジシャンに残された体力では、オルフェウスの攻撃を耐えれないのを、理の知覚は感知出来ていた。
ペルソナ能力に覚醒し、理が元より持つシャドウへの解析能力もまた成長した。相手の耐性やスキルなどは手探りだが、残りの体力程度ならば把握できるのだ。
飛鳥とて説明されれば、残された手段がそれしかないのは理解はでき、それ以前に先の自分の行動がまさにそれである為、咎めることも出来ない。
だが、またしても自己犠牲に走ろうとする理に苦言を申すくらいならば許されるだろう。
「けどそれは、結城くん一人で戦おうとするからでしょ?」
「……? そんなの当り前だろ?」
飛鳥の言葉に、理は理解できないとばかりに首を傾げる。どうでもいいことだが、彼は時折、何処か子供っぽい反応を見せるのに飛鳥は気付いた。
それはそれとして、理の作戦は兎に角、独り善がりと言っていいのだ。それは結城理が、今までそうやって戦ってきたことの証だ。
しかし今ここに居るのは、決して彼一人ではない――――
「結城くんは、もう少し誰かを頼っていいと思うよ」
「……っ――――」
理が一瞬だけ表情を強張らせるのを、飛鳥は見逃さなかった。飛鳥にはそれが、理が抱える心の傷なのだと理解する。
結城理は、孤独に生きようとしている。他者を忌避するという彼のトラウマ。だからこそ起こった、斑鳩たちとの擦れ違い。それを見過ごすことなど、飛鳥には到底出来ない。
「貴方は一人じゃない、『仲間』が居る。……今だけでもいいから、それを信じてほしいの」
「……俺は」
思考の海に沈む。理は此処に至っても尚、忍というものを信用できずにいる。……正確には、忍なのが問題なのではなく、他者というのが原因なのだが。
自分以外に信用できないという生き方をしてきた彼が、一朝一夕どころか、飛鳥の一言二言で変わる筈が無いのだ。
そして、そんな様子を晒す彼らをマジシャンは、いい加減焦れた様に攻撃を仕掛ける――――!
「――――はぁっ!」
「――――オラァッ!」
――――無論、彼らが何の考えのも無くそんな隙を晒す筈が無いのだが。
飛鳥よりも洗練された鋭い剣閃で、理たちに向けて飛来する剣を弾き飛ばす、長刀の担い手。
強大な旋風脚によって発生した突風により、マジシャンの巨体を吹き飛ばした剛脚の担い手。
それらは紛れもなく、忍学科三年生にしてクラス委員長の斑鳩と、同じく忍学科三年生葛城の姿だった。次いで、忍学科一年生、柳生と雲雀の姿も現れる。
「あはっ♪ ありがとうみんな! 来てくれるって、信じてたよ!」
「……斑鳩先輩に葛城先輩? 柳生や雲雀まで……」
飛鳥自身は期待していたと言わんばかりに笑顔を見せるが、理はやはり何故という困惑の表情を見せる。斑鳩はそんな理の心情を汲み、その眼を見据えて、ハッキリと宣言した。
「結城さん。今、私達がここに居るのは、貴方を助ける為です。……私達が愚かでした」
理は斑鳩の謝罪を黙って聴いている。流石の彼も、ここで水を差すほど他人の心が読めない訳ではない。
「シャドウを、そして貴方を恐れて逃げ出した臆病者です。今すぐ信用しろとは言いません。罵詈雑言など幾らでも受け入れましょう。
……ただそれでも、貴方と共に戦うことを、そして謝罪を、お許しください」
斑鳩は、この場に居る忍メンバーの代表として宣言する。
「――――申し訳ありませんでした」
そうして頭を下げる斑鳩を、理は黙って見つめている。敵から目を離し、命の危険があるというのにだ。そうするまでに、斑鳩は理を見捨てたことを悔いているのだろう。自身がそうさせたのだから、彼女が気に病む必要は無いのだが、と理は思う。
しかし今、彼女達はここに居る。その後悔を呑み込み、糧にし、この死地へと舞い戻って来た。結城理を、助けるために――――
これこそが、飛鳥の言う『仲間』なのかと、理はぼんやりと理解し始めていた。
それでもまだ、理は信用出来ない。他人という存在を、忍という組織を、それらを忌避する己の心そのものを信用できない。それは最早、ただの意固地だった。
――――だが今は、それらを信じる飛鳥を信じてみようと、理は思う。
信用ではなく、信頼を。形式上の繋がりではなく、心と心の繋がりというものを、飛鳥に託してみよう――――
それは奇しくも、斑鳩達が飛鳥に抱いた想いと全く同じだった。飛鳥という少女こそが、忍とペルソナ使いを結んだのだ。
ふと、理の纏う雰囲気が和らぐのに飛鳥は気付いた。眼を閉じ、顔を伏せ、全くの無表情であるというのに、確かに感じた。
理はゆっくりと歩みを進め、斑鳩の傍へと近寄り――――、彼女に目をくれることもなく、その脇を通り過ぎた。やはり信用されないか、と斑鳩が落胆したその時、彼は信じられない行動に出た。
拳銃を取り出し、躊躇いも無くこめかみに押し付け、引き金を引こうとする。斑鳩達には、それを止める術は無く――――
「ペルソナッ――――!」
「なっ?!」
無論それは、シャドウに対抗出来るもう一人の自分を呼び出すための儀式。ペルソナという理の真の能力を、彼女たちは初めて目にし、そして理の意図に気が付いた。
召喚されたオルフェウスは、斑鳩の頭上を駆け抜け、竪琴を振り回し、跳躍で接近していたマジシャンを吹き飛ばしたのだ。奴への警戒を怠った訳ではないが、自身と葛城とで攻撃したにもかかわらず、リカバリが余りにも早い。やはりシャドウを倒すには、理の力が必要なのだと、斑鳩は改めて理解した。
「あ……っと、駄目だ斑鳩! コイツ、アタイらの攻撃なんかじゃビクともしてねぇっ!」
ペルソナを見て一瞬呆けていた葛城だったが、すぐさま意識を取り戻し悲鳴を上げる。葛城の一撃ならば、並のシャドウであったなら一時的にでも行動不能に陥らせることは出来たかもしれないが、大型シャドウ相手ではそれも意味を成さない。『
ペルソナ能力を持とうと理ただ一人ならば、ペルソナ能力を持たない忍メンバーだけならば、それで手詰まりであっただろう。しかし彼らは今、飛鳥という少女を通じ、志を同じくとした。互いを仲間と認め、このシャドウを倒すのだと――――
不意に、理の脳内で新たな記憶がフラッシュバックする。それは■■■が、マジシャンを倒すという光景だ。
満月を背にした『死神』/■■■■が、圧倒的な力で以てマジシャンを蹂躙する。切り裂き、刻み、潰し、そして屠る、紛うことなき虐殺行為。しかし理にはその力は無い。結城理は■■■ではなく、■■■は結城理ではないのだから当然だ。だからこそ――――
「……皆、聴いてくれ」
「結城さん……?」
理は静かに宣言する。周囲を見渡し、忍メンバー一人一人にしっかりと眼を合わせる。それは理が、初めて彼女達に興味を持った証だ。斑鳩など、その美しい銀の瞳に射抜かれて僅かに頬を紅潮させ、慌てて頭を振る羽目となっている。
「……アイツを倒す。俺に力を――――、貸してくれ!」
「っ! ええ、勿論です!」
「ははっ、そうこなくっちゃな!」
「元より、こっちはそのつもりだ」
「うんっ♪ 雲雀、頑張るよ~」
忍メンバー全員が、理の言葉に同調し、心を一つにする。
飛鳥もまた、心を通わせる理達の姿を見て、嬉しくなった。やはり、彼は優しい人間なのだと改めて思い、動悸を激しくする。戦場にも拘らず、心地よいその感覚に身を委ねそうになる。
しかし、それに浸るのは後だと思い直し、彼女もまた武器を構え、決意を露わにした。そんな飛鳥の隣に、理が並ぶ。
「え、えっと……? 何かな、理くん?」
「悪いけど、武器、有る?」
「……あ~」
苦笑いしか浮かばないとはまさにこの事だろう。手持無沙汰に掌を開閉する理を見て、彼は何処か抜けていて、完璧ではないちゃんとした人間なのだと、飛鳥は苦笑する。其処で彼女は、己が構えた二刀の脇差・柳緑花紅、その片割れを理へと渡した。流石の彼も、自分の獲物を渡されるのは予想外だった様だ。
「……いいの? 別に苦無とかでもいいんだけど」
「いいの! 前も私の武器を使ってたし、使えない武器を渡されるよりはマシでしょ!」
「無手じゃなきゃ、武器とかどうでもいいんだけどなぁ……」
「どうでもよくない! なんだったら、私が扱い方でも教えてあげるから、ちゃんと――――」
「「「イチャついてないで戦闘に集中しなさい!(しろ!)(してよ!)」」」
まさかの総ツッコミである。斑鳩や葛城、柳生は言うに及ばず、普段は温厚な雲雀からもだ。イチャついていると言われた飛鳥は顔を赤らめるが、理はどうでもいいとばかりに無反応である。
そんな漫才紛いのことをしていても、シャドウは待ってくれない。体勢を立て直し、此方へ攻撃を仕掛けてくる――――!
「っ、と。じゃあ、全員散開。指示は追って出す」
「「「了解!」」」
意識を切り替え、迎撃へと転ずる。誰もが理の指示に淀みなく従い、信頼されているのを理は感じた。ならば、その信頼に応えられるよう、己の役割を全力で全うさせてもらおう。
(まずは、その威力を削ぐ――――!)
召喚器を当て、引き金を引く。唱えるは、新たに発現した能力――――
「オルフェウス、《タルンダ》!」
マジシャンを淡い光が包み込む。すると飛鳥達からも、マジシャンの攻撃の威力が眼に見えて下がったのが解った。
理が唱えたのは、対象の攻撃力を低下させる《
次いで理は、斑鳩と葛城の二人に指示を飛ばす。
「斑鳩先輩は隙を見て、ヤツの腕を切り裂いて攻撃手段を奪って下さい。葛城先輩は――――」
「了解です、任せてください!」
「分かったけど……、イイのかよ、オイ?」
「構いません。俺が合図したら、指示通りにお願いします」
理から与えられた指示に、葛城が渋い顔をする。有効だが、とんでもない作戦なのだ。納得できないでいる葛城を尻目に、理と斑鳩が前衛に出る。その勇ましい姿を見て、葛城も腹を括った。
マジシャンは理だけでなく、斑鳩という対象が増えた為に攻撃の腕が鈍るかと思ったがそんなことはなく、あくまでも理を最優先とするらしい。
無数の剣閃が、彼に向けて放たれる。――――それこそが、理の狙いだ。
「オルフェウスっ、ぐあっ!」
オルフェウスを召喚し、マジシャンの剣群をその身で以て掴み取る。しかし、数本は両手で掴むことは出来たが、残りはオルフェウスの身体を貫き、そのダメージは本体の理へとフィードバックする。だがこれで、斑鳩がほぼフリーとなった。彼女自身は理が身を挺して囮となったことに物申したい気分だったが、全てはこの一戦が終わった後だ。
「っ、秘伝忍法! 《
「ぐ……、《アギ》っ!」
秘伝忍法とペルソナによる同時攻撃。流石のマジシャンもこれは堪らず、手足を切り飛ばされ、爆炎で大きく吹き飛ばされる。そして、その身を一回り小さくし、身体を再生させようと動きを止めたマジシャンに向け、理の作戦が実行される。
「葛城先輩!」
「応よ! どっせえいっ!」
葛城が理の合図に合わせ、勢いよく屋上の床を踏み鳴らす。
かつて、理との試合の際にも見せた震脚、そのエネルギーは一直線にマジシャンの下へと向かい、その足元で炸裂する!
「!? ■■■■■■――――――――!!!???」
瞬間、マジシャンの身体が大きく沈み込む。葛城の震脚により、元より彼らの戦闘で脆くなっていた屋上を砕き、その穴の中に落ち窪んだのだ。
これによって、マジシャンはその動きを止めてしまった。しかし、そのあまりにも乱暴な手段に、理の隣に立って攻撃の機会を伺っていた飛鳥は、彼に対し苦言を申したのだった。
「ちょ、ちょっと!? いいのアレ!?」
「問題無いよ。床が抜けたところは、丁度俺の部屋の真上だからね」
「あ、それなら――――いやいや、それでも駄目でしょ!?」
「……どうでもいい」
「だから~~~っ!」
そんな風にまたしても漫才を始める理達を尻目に、柳生は己に与えられた役目を果たす。魔術師が動きを止めた瞬間、すぐさま指示が飛んできていたのだ。
彼女の役目は、マジシャンの拘束。柳生が傘を振るい、其処から放たれる雨の属性の忍術は、氷の弾丸となって降り注ぐ。着弾し、其処から発生した氷が戒めとなってマジシャンの身体を拘束する。元屋上であるコンクリート片も瓦礫となって束縛の一役にかっていた。
無論、闇雲に乱射するだけでは、ここまでの効果は見受けられなかっただろう。それを可能としたのは、雲雀の補助あってのことであった。
「柳生ちゃん、次は右だよっ、再生しかけてるから。その次は、後ろ側の方。其処を固めちゃえば、アイツはもう動けなくなっちゃうよっ!」
「ああ! よしよし、凄いぞ雲雀!」
「えへへ~♪」
理は柳生が氷の弾丸で攻撃する際、感知能力に長けた雲雀をその補助に回す様に指示し、マジシャンを確実に拘束できるようにしたのだった。それは云わば、狙撃手を補佐する観測手であり、二人の相性の良さも補って、この上ない遠距離攻撃コンビとなっていた。
氷と瓦礫、理と斑鳩に付けられた傷も相まって、マジシャンは完全に動けなくなってしまっていた。しかし勿論、それだけではシャドウを倒すには至らず、いずれは再生しては再び動き出すことだろう。そうならぬよう、止めの手はペルソナ使い結城理へと委ねられた。そして、その隣には飛鳥が居る。彼と同じく、シャドウを倒せる能力を得た飛鳥にもその役目が与えられたのだ。
二人は、互いの武器を構える。柳緑花紅、元々は二刀一対の脇差であり、二人に分けられた今でも、その刃は惹かれあう様に傍に在った。
「……行くよ、飛鳥」
「うん!」
言葉は少なく、二人は同時に飛び出す。
「っ、危ない!」
突如として、その戦況を見守っていた雲雀が叫ぶ。彼女の鋭敏な感知能力は、理よりも先にマジシャンが発しようとした何かを捉えたのだ。
そして、マジシャンが起死回生の一手として使うそれが発動する。
それはまさに、地獄の業火というに相応しい強大な炎だった。離れた箇所居る斑鳩達ですら、その熱量で全身が焼け爛れそうになるほどだ。理ですらいまだ及ばぬ、上級火炎魔法《アギダイン》。始まりの炎を示す『
その魔法は二人が居た地点で発動し、一瞬で二人は見えなくなってしまう。炎の中心には、今まさに灰塵と帰す二つの人影が有った。
「飛鳥ッ!? 結城!?」
「お、おい!? やべぇぞッ!?」
柳生と葛城が、慌てて二人を助け出そうと飛びだすが、やはり圧倒的な炎熱で近付くことさえ出来ない。
それでも何とかしようとする二人を、斑鳩と雲雀がそれぞれ抑える。
「斑鳩、放せッ!」
「落ち着いて下さい、葛城さん。柳生さんもです」
「悠長なことを言ってる場合か! あの二人が!」
「柳生ちゃん落ち着いてっ、大丈夫だからっ!」
雲雀のその言葉を聞いて、葛城と柳生ははたと動きを止める。
大丈夫だ、って――――?
「ええ。結城さんと飛鳥さんが、これしきの事でやられる筈が無いと、私は信じています」
斑鳩は、雲雀の言葉に呼応するよう自らの信頼を告げ、そして上空を見上げた。
雲雀も確信をもって見上げ、葛城と柳生は釣られるようにして上に視線を向ける。其処には――――
「ほら、やっぱり」
其処には、理と飛鳥の姿が在った。飛鳥が左腕で、理を抱えている。
マジシャンの《アギダイン》が発動する一瞬前に、飛鳥は理を抱えて跳躍したのだ。
「《
《空蝉の術》、忍の最も基礎的な身代わりの忍術。自身の衣服を脱ぎ捨て、囮にすることで、敵の目を欺く技法。
マジシャンの《アギダイン》で焼かれたのは、この二人の衣服だったのだ。理は半蔵学院制服の上着を、飛鳥は忍装束を空蝉としていた。ついでに、飛鳥の豊満なバスト、それを覆う扇情的な虹色ストライプも晒され、あまつさえ理の胸板に押し付けられてさえいた。尤も、彼は今それに気を裂く余裕は無い。
そして、この一手こそが、理が飛鳥に指示した最後の作戦であった。突撃する前に理は飛鳥に向け、火炎魔法による遠距離攻撃を警戒するよう伝えていた。尤も、もし攻撃が来た場合には、自身を抱えてそれを躱すように指示しただけであり、「……まさか俺まで脱がされるとは」とぼやく少年がいたかは定かではない。
大型シャドウには知性が有る。そして、知性が有るということは、『だまし討ち』も立派な戦術となるということだ。確実に仕留めた筈が、その予想を外され、マジシャンは動揺したように此方を見上げたまま動きを止めてしまっていた。
二人が狙うのは、その仮面。
ペルソナ使いと忍、二人の刃は、今届く――――!
「「おおおおおおぉぉぉぉぉぉっっっ!!!」」
ずぶりと生々しい手応えを感じさせながら、二刀の脇差は狙い違わずマジシャンの仮面を貫いた。突き刺した個所から仮面の全体に罅が走り、ボロボロと崩れ落ちてく。それを支える身体もまた、じわりと滲む様に融解していく。
「これで――――ッ、まだ余力を!?」
だが、最後の足掻きなのだろう。震えながらも、飛鳥達を囲い込もうと数本の腕が立ち上ってきたのだ。その腕は、僅かに残された余力であろうと、人間を縊り殺すには十分だった。
逃げられない――――と、飛鳥は覚悟する。しかし、理はまるで慌てることもなく、つまらなそうにマジシャンを見下ろしていた。
「……いいや、“終わり”だ」
ベルトに差し込んでいた召喚器を引き抜き、緩慢な動作で喉元に押し当て、引き金を引く。初めて間近でハッキリと見るその異常な行為に、しかし飛鳥は何処か見惚れていた。……まあ、流石にその笑顔(狂)はやや頂けないが。
「――――ペルソナ」
そして、オルフェウスは召喚される。二人の背後に浮かび上がり、彼らを祝福するかのように、竪琴を弾く。
「……《
短い声で紡がれるスキル名、その途端、飛鳥は手元から膨大な熱を感知した。
すわマジシャンの攻撃魔法かと身構えるが、杞憂に終わる。その熱を発していたのは、マジシャンを貫く柳緑花紅であったのだから。
《紅蓮刀》、理が得たもう一つのスキル。その名の通り、己の武器に《
「……お前も、俺の『死』じゃない――――」
そんな理の言葉を手向けとして。
何も、残すことはなく――――
大方の予想を裏切ったであろう、まさかのタナトスなしという暴挙。しかしこの小説の設定上の仕様であります故。劇場版でもそうでしたが(ワイルド能力制限、ミックスレイド無し)、この結城理もかなりのマイナス補正を受けています。
ぶっちゃけてしまうと、デスを封印されていません。そもそも、この世界ではシャドウ研究が行われておらず、エルゴノミクス研究所の爆発事故も起こりませんでした。では、この大型シャドウは何者なのか? 今はお答えできません。
よって、忍メンバーとの共同戦線という展開を前面に出しました。恰好よく書けていれば幸いです。
登場スキル解説。ペルソナシリーズに登場済みのスキルは割愛。
《死なばもろとも》:ライドウシリーズより出典。スキルというより作戦指針。元ゲーでは死亡判定時に自爆し、周囲にダメージというスキルだが、理は自爆特攻的な意味合いで使った模様。
《空蝉の術》:閃乱カグラより出典。敵からの攻撃判定時、衣装破壊と引き換えに攻撃回避&相手に確率でスタン。用は早脱ぎ早脱がせの技であり、悪用しようものなら
恐ろしいことになるであろう。主に、理の貞操などが。
次回は事後処理の話ですね。