ペルソナカグラ FESTIVAL VERSUS -少年少女達の真実-   作:ゆめうつつ

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 23話、『柳生と雲雀の影』、前半です。
 
 後編での展開の為に、少々日時を変更しています。(修正前・5/27)

 あと、久々にイラストをUPしました。18話に『葛城の影』、今話に『柳生と雲雀の影』を掲載しています。下手糞な鉛筆ラフ画なので期待しないで下さい。(汗
 活動報告で詳しい(?)説明も込みで掲載してみたり。



23話 悲しみのリボン

 2009年 6月1日 『真影結界』――――

 

 其処は、冷たく、寒く、そして悲しかった。

 

 ざあざあと降り止まぬ雨が、この場全員に居る身体を濡らし、体温を奪っていく。しかし空に雨雲は無く、『真影結界』特有の赤黒い縞模様だけを映している。

 彼らが立つ地面は完全に水没しており、靴に入る雨水が酷く不快だ。その水面が見渡す限り続き、この世界にはそれだけしか存在しないという、悲しい心象風景であった。

 

「っ、柳生ちゃん! 雲雀ちゃん!」

 

 第一声は飛鳥であった。この場には理を含む忍学科メンバー全員が揃っており、彼女は最も柳生たちに近い立ち位置に居たようだ。或いは、『真影結界』が展開される前から傍に居たのかもしれない。

 飛鳥は、この結界の中心部で倒れ伏している柳生と雲雀に近付こうとして、しかしその足が止まる。原因は彼女らのすぐ傍に立つ、二つの人影。それは、柳生と雲雀の姿を持つ、柳生と雲雀ではない存在。

 

 ……つまりは、彼女達のシャドウであった――――

 

「ッ、退いてっ!」

『……ふん』

「きゃあっ!?」

「飛鳥ッ!」

 

 『柳生の影』は詰まらなそうに飛鳥を一瞥すると、その傘を振るう。すると、その傘の先端から飛び出したイカの触手が飛鳥を打ち据え、弾き飛ばす。その為、慌てて理が彼女を受け止める事となった。

 

「飛鳥さん、結城さん! 大丈夫ですか!?」

「けほっ、わ、私は大丈夫です!」

「問題ありません」

 

 斑鳩が攻撃を受けた理達に声を掛けるが、大したダメージは無いようであり、ほっと一息を吐く。しかし、すぐさま気合いを入れ直し、愛刀・飛燕を握りしめ、目の前の敵を見据えるのだった。

 

「柳生さんと雲雀さんのシャドウですか……。それに、相変わらず襲撃犯は捕捉出来ませんね」

「まぁ、そっちは仕方ねぇさ。今は、こいつらを如何にかしねーと……」

 

 斑鳩と葛城は油断せぬままに、じりじりとシャドウ達との間合いを測っていた。柳生と雲雀、彼女達の特性がシャドウとなった場合、雲雀は近接攻撃に、柳生は中・遠距離攻撃に長けていると思しいからだ。

 無論、シャドウ化した為にそれらの特性が変換されている可能性もあるが、その時はその時である。

 いずれにせよ、今の彼女達は迂闊に攻勢に打って出ることは出来ない。シャドウ達の足元には、未だ倒れ伏したままの柳生と雲雀が居るのだから。

 しかし、斑鳩と葛城は悲観してはいなかった。何故ならば――――

 

「行け、飛鳥っ!」

「うんっ!」

『っ!』

 

 この状況で指を咥えて見ているという愚を、彼らが犯す筈も無いのだから。

 斑鳩と葛城は『柳生の影』と『雲雀の影』に相対することでシャドウ達の注意を逸らし、理と飛鳥をフリーにする。その隙を付いて、理はペルソナを召喚、飛鳥に《敏捷強化(スクカジャ)》を付与した。飛鳥はそのまま眼にも止まらぬ瞬発によって、倒れていた柳生と雲雀を救助したのだ。

 理はそのまま飛鳥に「柳生達を護衛していてくれ」と指示を出し、斑鳩と葛城の横に並び立つ。飛鳥はすぐさま二人を抱えて後退し、理達の後方に移動する。彼女はその間、柳生と雲雀の安否確認を行うのだった。

 

「柳生ちゃん、雲雀ちゃん、大丈夫?」

「ぅ……っ、雲雀ッ!」

 

 飛鳥の呼びかけに応じて、柳生が愛しい少女の名前を呼びながら飛び起きる。何とも彼女らしい覚醒の仕方に、場違いな笑みが漏れそうだ。尤も、その雲雀はまだ起き上がれないままであったが。

 

「柳生ちゃん、落ち着いて。雲雀ちゃんは無事だよ。……でも、一体何が有ったの?」

「ぐ……! 確かオレは、雲雀と結城とで組手を行う筈だったのだが、いきなり誰かが後ろから――――ッ!?」

 

 柳生はそこで、自身が襲撃犯たる『彼』に襲われ、『影抜き』を行われた事を察したらしい。

 眼前に居る己のシャドウ、『柳生の影』と、その傍に立つ『雲雀の影』に気付き、不快感を露わにして叫ぶのであった。

 

「チッ! お前がオレのシャドウか! 汚らわしい、さっさと消えろ!」

 

 いきなりの喧嘩腰に、飛鳥達は動揺する。シャドウを否定すれば、暴走を起こす要因となるだけに、彼女の行動は褒められたモノではない。尤も、斑鳩と葛城はその気持ちが理解出来なくもないのだが。

 シャドウは、自身の最も見たくもない部分を反映して誕生する。これからあの『柳生の影』が、どのような痴話を話すのかと思えば、柳生の怒りも当然のモノであった。

 『柳生の影』はそんな柳生に呆れたように、ふぅ、と溜息を一つ吐き、そんな彼女を諌める様に語り掛ける。

 

『フン、随分と嫌われたものだな、お前(オレ)? このオレが、どういう存在か分からない筈が無いだろうになぁ?』

「黙れ! そんなことは分かりきっている! 隣に居る雲雀――いや、その()()()と共に、とっとと消え失せろ!」

「ちょ、ちょっと柳生ちゃんどうしたの、そんなに慌てて!?」

 

 飛鳥の言う様に、柳生の慌て様は尋常ではなかった。いつも冷静な彼女からは考えられない程に、柳生は取り乱している。

 そして何より、柳生は『雲雀の影』を紛い物だと断じた。普段から雲雀を溺愛する彼女とは思えない暴言である。その言葉に、誰もが眉を顰めた。

 何とも言えない沈黙が下りる。其処から初めて口を開いたのは、『雲雀の影』であった。

 

『紛い物……そう、雲雀は紛い物だった……。……誰も、ひばりを見てくれない!』

「な、なに……?」

 

 『雲雀の影』の慟哭に、柳生は狼狽して見せる。そして、今彼女の足元に伏している雲雀が僅かに身動ぎした事に、誰もが気付かないでいた。『雲雀の影』の言葉を、『柳生の影』が引き継ぐ。

 

『ハハハ! 紛い物だとは良く言ったものだ! 所詮お前(オレ)にとっては、『雲雀の影(シャドウ)』のみならず、()()()()()()()()でしかないと言うのにな!』

「なッ!? 違う!」

『違わないさ! お前(オレ)が雲雀を気にかけていたのは、その容姿が死んだ妹、“(のぞみ)”に似ていたというだけだったのだからな!!!』

 

 『柳生の影』の言葉に、全員が息を呑む。柳生の雲雀への執着する理由が、亡き妹の代替品であったという事にだ。シャドウの言葉故にそこまで極端な理由でもないかもしれないが、その主張は概ね間違いでは無いのだろう。

 柳生自身も否定しきれないのか、一層狼狽えながら、シャドウの言葉を否定しようとする。

 

「ち……、がう! オレは、オレは……!」

『否定出来るのか? いいや、出来ないよなぁ! お前(オレ)はまだ妹の“死”を乗り越えられていない。望の事を忘れることが出来ない。

 この眼帯とリボンは、妹を忘れない為にこそ造りあげたのだからな』

 

 そう言って『柳生の影』は、右眼の眼帯を取り外す。其処に有ったのは、何の事は無い普通の眼球――尤も、シャドウの特徴たる妖しく輝く黄金の瞳だが――である。

 シャドウの形は本体の肉体を再現する為、柳生本人の眼帯の下も普通の眼が有るのだろう。その事実に意外と全員が面食らった。眼帯によって塞がれた彼女の眼は、悪くて欠損などを起こしているという想像が彼らの中には有ったからだ。

 しかし代わりに、そこまで妹を想う柳生の気持ちを知り、何とも言えぬ想いが彼らの心の内に渡来する。

 そう、このシャドウ『柳生の影』は、妹の死を認められず、追い求めるという柳生の『執着心』から誕生したのだった。

 

『さて、どうだ雲雀? お前が親友だと信じていた柳生(オレ)も所詮、あのクソジジイ共と変わりなかったなぁ?』

『……うん。ひばりはやっぱり《華眼》という能力にしか価値が無いって、ハッキリ分かった。雲雀自身を見てくれる人なんて、何処にも居ない……』

 

 『雲雀の影』は、沈んだ声のままに己の在り方を肯定する。雲雀の過去を知らない飛鳥達は何の事か分からない様だが、理と柳生には分かる。

 そう、このシャドウ『雲雀の影』は、雲雀という少女の“認めてほしい”、“自分を見てほしい”という『自己顕示欲』から誕生したのだった。

 

 そしてこの二つは、二体のシャドウは、この上なく相性が良い。片や紛い物の妹を求め、片や紛い物の理解者を求めているからだ。

 調和する二つが完全なる一つに勝る様に、互いを補い合う事の出来るシャドウ達は今、本体である柳生と雲雀からの否定を要することなく、暴走を始める――――!

 

『ハ、ハハハ!!! 嗚呼、やっと手に入れた!』

『フフ、アハハッ♪ 嗚呼、やっと認められた!』 

 

 二体のシャドウは互いを抱きしめ合い、嗤う。負の感情は相乗し、絶望的なまでの力の奔流を生み出し、荒れ狂う暴風雨となる。

 この『真影結界』内部で降り続ける雨はさらに激しくなり、雷までも奔るのだった。

 

『紛い物でも構わない、死んだはずの望は今、オレの腕の中に居るッ!!!』

『紛い物でも構わない、雲雀(ワタシ)を認めてくれる人が今、目の前に居るッ!!!』

 

 そして、その二つの絶叫と共に『柳生の影』と『雲雀の影』を闇が覆い隠し、新たなカタチを創り上げる――――!

 

『『我らは影、真なる我――――』』

 

 闇が晴れ、現れた『柳生と雲雀の影』は、シルエットだけならば本体の一人である柳生に似ているかもしれない。

 だが、その下半身は『真影結界』の地面、雨溜まりの中に水没し、妹という半身を喪った彼女の心象を表している。その痛みでバラバラに引き裂かれそうなカラダを、黒いリボンによって自らの手で縛り上げていた。

 その頭部は左顔が柳生の物であり、美しいシルバーブロンドであった頭髪は悍ましい触手状にへと形を変えてしまっている。

 雲雀を模している右顔側の愛らしいストロベリーブロンドは残っていたが、その下に覆われた右眼球、彼女の象徴たる《華眼》は極度に肥大し、血走った状態で此方を睨んでいた。

 斑鳩や葛城のシャドウよりもなお悍ましい、『柳生と雲雀の影』の醜悪な姿に、彼女達は絶句する。

 

『『我らは紛い物、ならばお前たちを殺して、我らが唯一絶対の本物となる――――!』』

 

 重なり合った二つの声が轟き、水面から数多の触手がうねり、理達に向かって襲い掛かってくる。喪失状態にあった彼女達は漸く意識を取り戻すが、余りにも遅い。

 だがしかし――――

 

「はッ!」

 

 その数多の触手を纏めて貫く、一筋の閃光が奔る。斑鳩達が振り返れば、其処には短弓(ショートボウ)を構えた理の姿があった。どうやら、その弓から放たれた矢で以て、襲い来る触手を狙撃したらしい。

 

(……模擬戦で使う予定だったのに、こうなるとはね)

 

 理が思う様に、元々は此処の修練場で行う筈であった雲雀・柳生との模擬戦で、彼はこの弓矢を使うつもりでいた。

 理と相性の悪い『電撃属性』使いである雲雀とは接近戦を避け、遠距離狙撃で対応するという魂胆である。……卑怯などと言うなかれ、これも立派な戦略だ。

 無論ただの弓矢などでなく、忍学科が用意した特別製であり、具体的に言えば弦が並の弓とは比べ物にならない程に硬い。それこそ、理が身体能力強化スキル《力のチャクラ》を使用して漸く引けるほどだ。

 その分威力は折り紙付きであり、さらに理は放たれる矢にペルソナのスキルを付与することによって攻撃力を向上させる事も出来るのだ。今使用したのは、《スライム》の《シングルショット》である。

 

 『柳生と雲雀の影』は水面から無数に伸びてくる触手という膨大な手数を持ち、片手剣などでは捌ききれず、今彼が後方に庇う柳生と雲雀が攻撃を受ける可能性があった。

 それならば、この戦闘においては理はこの弓矢による遠距離狙撃、魔法による後方支援に徹し、斑鳩と葛城に前衛を任せる事にする。

 そして、彼女達にもその作戦を通達し、戦闘が開始される――――!

 

「《ハイピクシー》! 《防御強化(ラクカジャ)》だ!」

 

 まず理が唱えたのは防御を強化する《ラクカジャ》で、守りを固める。それを計三回、斑鳩と葛城、そして自身にへと付与した。

 召喚されたペルソナ《ハイピクシー》は、小柄な体躯に逆立てた髪という、妖精にしてはやや攻撃的な見た目だ。高位(ハイ)という名とその見た目通り、妖精の中でも魔力と戦闘能力に長けた上位種的な存在であるらしい。

 それは理が『女教皇(プリーステス)』を打ち倒し、獲得した『女教皇(じょきょうこう)』のアルカナに属するペルソナでもあった。

 このアルカナは、柳生が得意とする『氷結属性』に耐性を持つペルソナが多く、《ハイピクシー》ならば無効化することも出来る。それに故に、このペルソナを装着していたのだ。

 

『オオオォォォッッッ!!!』

「来るぞ! 飛べッ!」

 

 理の怒号と同時に、斑鳩と葛城に幾本もの太い触手が向かっていく。その接近を理の《心眼》による警告によっていち早く感知できた二人は、その合間を縫う様にして跳躍し、『柳生と雲雀の影』に向けて接近するのだった。

 

「アタイも行くぜ! 《ティアマト》、《攻撃強化(タルカジャ)》!」

 

 葛城も触手攻撃が止んだ隙を付いて、自身と斑鳩に攻撃力を強化する《タルカジャ》を付与する。彼女のペルソナ《ティアマト》は『打撃物理スキル』と『疾風魔法』に長けているが、この様な『強化(カジャ)魔法』も発現していたのだ。力強さを求める、実に彼女らしい嗜好だ。

 ……尤も、その魔法の糧となる精神力(SP)は左程多くない為、余り乱用は出来ない様なのだが。

 

「《ヴィゾヴニル》、焼き払いなさい! 《マハラギ》!」

 

 斑鳩は周囲から迫り来る触手を打ち払う為に、範囲攻撃である《マハラギ》を使用する。《アギラオ》程の威力は無いが、触手は左程耐久力が無いようであり、《マハラギ》程度でも十分に殲滅することが出来た。

 二人は、迫り来る触手を切り払い、打ち倒しながら、『柳生と雲雀の影』に接近していく。無論相手も、それを黙って見ている訳ではない。

 

『オォ……! 《オクトパシーフィスト》ッ!』

 

 『柳生と雲雀の影』の周囲の水面から、更に膨大な数の触手が立ち上り、接近する斑鳩と葛城に向けて襲来する。

 名状しがたい足が、深きものの足が、冒涜的な足が、薙ぎ払う様にして迫り、雨の如き乱打を降らせるのだ。しかしそれでも、二人は一歩も引く事は無かった。

 

「捉えさせはしないッ、《ジャックランタン》! 《敏捷弱化(スクンダ)》!」

 

 それらを補う為に、理の支援があるのだから。

 かつての『女教皇』戦と同じく、相手の命中・回避率を弱化させる《スクンダ》により、『柳生と雲雀の影』の攻撃は鈍くなり、同時に葛城は《敏捷強化(スクカジャ)》も発動し、『柳生と雲雀の影』が彼女らを捉えることは更に叶わなくなる。

 

「「捕った――――!」」

 

 遂に『柳生と雲雀の影』の眼前まで接近した斑鳩と葛城は、攻撃の為に己の獲物を振り上げる。強化された彼女達と、弱化した『柳生と雲雀の影』とでは、確実にダメージを与える事が可能になるのだろう。

 

 ――――しかし、何かがおかしい。

 

(……く、何だこの違和感?)

 

 これまで圧倒的に攻め立てているというのに、理の《心眼》による警鐘は鳴りやまない。身体に纏わりつく様な《淀んだ空気》が、それを助長し――――

 

「ッ、二人とも、そいつから離れ――――!」

『無駄だよ』

 

 響いたのは、異常に肥大した眼球を持つ『雲雀の影』の声。その悍ましく変貌した《華眼》は、眼前の斑鳩や葛城を通して此方を見据えている。

 その異常と理の警告を感じたのか、二人はその場から勢いよく飛び退き、それよりも一瞬の間を置いてその眼から極光の光線が放たれる――――!

 

『――――《ペトラアイ》!』 

 

 『柳生と雲雀の影』から放たれたのは、ギリシア神話のメデューサなどに代表される、捉えるもの全てを石化させる邪悪な視線。それは、真っ直ぐに理へと向かってくる。

 

(ッ、回避を――――いや、駄目だ!?)

 

 理はその攻撃が放たれると同時に気付く。斑鳩と葛城、理、そして後方の飛鳥達は、全員が一直線上に並ばされている事に。理が《ペトラアイ》を避ければ、後ろの飛鳥・柳生・雲雀に襲い掛かる事になるのだ。

 つまりは、《オクトパシーフィスト》による攻撃は決して乱雑なモノではなく、こうして彼らを誘導し、誰か一人でも避けようのない状況に貶める事こそが目的だったのだ。

 

「くそッ、《オルフェウス》!」

 

 やむなく理は《オルフェウス》を召喚し、彼らを庇うように前面に立たせる事にする。竪琴も盾のように構えるが、迫り来る《ペトラアイ》の光線とぶつかり合い、そのダメージは理本人へとフィードバックする――――

 

「ぐッ、あああアアアっっっ!?」

「結城くん!?」

 

 理にとっては運の良い事に、全身が『石化』するという事態は免れた。しかし引き換えに、両腕だけが『石化』してしまい、その重量によって地面へと跪いてしまう。

 斑鳩と葛城は慌てて理に駆け寄ろうとするが、それよりも『柳生と雲雀の影』が速い。今度はその眼球が、斑鳩の方を向いた。

 

『《パララアイ》』

「な――――あ、ガッ!?」

 

 彼女に向けて放たれたのは、対象を『麻痺』させる《パララアイ》であった。元々速度を売りにする斑鳩であるが、『麻痺』状態ではその速さも持ち腐れになってしまう。

 残るは葛城のみであったが、彼女はすぐさま『麻痺』してしまった斑鳩を抱えて離脱しようとしおり、それは十分の速度で逃げ切ることが出来る筈であった。

 

『《獣の眼光》』

「げッ?! ぐあっ!?」

 

 しかし突如として、『柳生と雲雀の影』の速度が増す。それはかつて、『葛城の影』も使用した自己強化のスキル。それよりも幾分かは劣化するが、人間一人を抱えた葛城を攻撃するのには十分であった。

 妖しく光る眼光に睨まれ、ほんの僅かに身を竦ませた葛城は足を止めてしまい、その隙を付いて太い触手が彼女を打ち据える。咄嗟に斑鳩を庇う事は出来たが、二人は勢いよく弾き飛ばされ、理達から離れた距離に行ってしまう。

 

(コイツ……! バステ特化のスキルを!?)

 

 瞬く間に無力化された自身を含む3人を見て、理は気付く。このシャドウ『柳生と雲雀の影』は、バッドステータス攻撃に特化したスキル構成であるのだと。

 今使用した《ペトラアイ》《パララアイ》は言うに及ばず、あたりに漂う《淀んだ空気》は、バッドステータス攻撃の成功率を上げる効果を持つスキルだ。

 更には《獣の眼光》という自己強化スキルを備え、多数の触手という元から膨大な手数は更に手が付けられなくなっている。

 そして、それらのスキル構成は、今のメンバーでは極めて厄介だ。それらのバステ攻撃で付着した状態異常を解除できる《パトラ》系スキルを持つのが、理しか居ない為だった。

 

(両腕が動けば――――!)

 

 しかし、その理は今、『石化』によって両腕が封じられてしまっている。当然その状態では、弓を引く事や剣を振るう事は出来ず、召喚器によるペルソナ召喚も不可能だ。

 無論、その隙を見逃すほど『柳生と雲雀の影』は甘くは無い。

 

『先ずはお前からだ!』

 

 『柳生と雲雀の影』の《華眼》に、漆黒のオーラが収束していく。そこから感じ取れる力は《呪殺魔法(ムド)》のそれであり、その弱点属性を持つ《オルフェウス》を装着している今の理には最悪の相性だった。

 だが、寧ろ都合が良い、と理は思う。初めから此方を狙ってくるなら、後ろの飛鳥達が危険に晒されないからだ。それでも一応、重い腕を引きずって横に移動し、彼女達を射線からずらす。

 なお、彼らが《ムド》の力に犯された場合、死ぬ事こそないが、体力(HP)を根こそぎ奪われてしまい行動不能となるだけだ。ついでに、一度戦闘不能になれば状態異常も解除される。

 このメンバーはそれぞれ、忍学科が用意した薬や、斃した雑魚シャドウがドロップした道具類も持っており、その中にはそうした瀕死状態から復活できるアイテムも有った筈だ。此処は、あの《ムド》らしきスキルを甘んじて受け、その後復活するのが良いだろうと理は思う。

 幸いにして、今は葛城がある程度動くことが出来る。復活の手は、彼女に委ねる事にしよう。……尤も、その合間に身体を叩き潰されでもしたら本当に死ぬのだが。またしても理が行う命懸けの賭けに、柳生達の護衛の為に手出し出来ない飛鳥は、息を呑んでその光景を見ることしか出来なかった。

 

『ハハハッ! 無様だなァ、リーダー様よォ! さっさと死んでしまえェッ! 《ヘルズアイ》ッ!!!』

 

 それをどう思ったのか、『柳生と雲雀の影』は理を嘲笑いながら、その力を解放するのだった。『柳生と雲雀の影』の罵声と共に、『呪殺属性』の閃光が放たれる。これは躱すことが出来ないと、理は覚悟を決める。

 ……しかし、その閃光が理を飲み込む事は無かった。突如として彼を抱え上げ、《ヘルズアイ》の閃光から離脱した存在があったからだ。その姿は――――

 

「雲雀!? 気絶してたんじゃないのか!?」

 

 驚愕の声を上げたのは、柳生である。それは彼女の隣で、飛鳥に護衛されたまま倒れ伏していた筈の雲雀であったからだ。雲雀は理の『石化』を『パトラジェム』で治療しつつ、彼女の疑問に答える。

 

「……御免なさい、気絶した振りをしていたの。柳生ちゃんの事、聞きたくて……」

「なッ?!」

 

 雲雀の言葉に、柳生は絶望に打ちひしがれ、その場に崩れ落ちる。当然だろう。柳生の話は、最も聞かせたくない少女に聞かれていたのだから。

 

「そんな……、雲雀に知られてしまったら、オレは生きていけない……」

 

 しかし、そうして絶望する柳生にへと語り掛ける一人の姿があった。

 

「……生きていけない、ね。大層な言葉だよ、それは」

 

 語り掛けたのは理だ。しかし彼は、何処か彼女に憤るような声色で語り掛けている。

 

「なんだと!? お前に何が――――」

 

 理のそんな態度と言葉に激昂しようとした柳生は、しかし続く言葉を押し留めた。彼女の絶望は、この中では彼だけが理解し共感できる筈だからだ。最愛の家族を喪うという、その絶望を。

 

「確かに家族を喪うっていうのは、哀しい事だ。『柳生の影(キミのシャドウ)』を見れば分かる。キミは妹を喪った時、心の半分が死んでしまったという事にね」

 

 理は柳生の心の在り様を淡々と告げる。そして彼の言葉は、そのまま彼の経験であることを柳生は察することが出来た。理の家族が死んだときに、彼の心もまた死んだのだという事を。家族を一篇に喪った彼の絶望は、柳生のそれすらも上回るのだろう。

 

「だけど柳生、“生きる”っていう事が、どんなに辛くて、怖くて、死ぬほど大変でも、俺達はそんな思いを抱えながら、この世界を生きていかないといけないんだ。……少なくとも俺は、母さんにそう願われた」

 

『生きなさい、理――――』

 

 それは、遺言にして祝詞だ。結城理の母はそう呟いて、炎に飲み込まれていった。

 その言葉が有るからこそ理は、奈落の底の様な絶望に呑まれても、大人達の醜悪な一面を眼にしようとも、死にたくなるほどの罪の意識に苛まれようとも、生きる事が出来たのだから。

 ……しかし、半蔵学院に来る前の理が、死ぬようにして生きるしか出来なかったように、彼の心は左程強く無い。或いはその言葉は、祝福にして呪いだったのかもしれない。

 

「柳生、キミにもある筈だ。死んだ妹に願われた、大切な想いが。……それを蔑ろにして、勝手に死ぬんだって言うんなら――――」

 

 理はそこで、凄まじいまでの眼力で彼女を睨みつける。今の彼は、その眼に凄まじいまでの怒気を宿していた。

 

「――――俺がお前を倒してやる」

 

 そう、理の怒りは、柳生が妹の死を想うあまりに、妹自身の想いを忘れてしまっている事だ。望という少女の想いを蔑ろにし、その死だけに眼を向け続けるというのは果たして、ただ忘れるという行為とどれ程の違いがあるというのだろう。

 だからこそ、結城理は激昂する。家族という掛け替えのない存在を蔑ろにすることは、彼が最も許し難い行為であるのだから。

 

「……雲雀、柳生のフォロー、頼んだ」

「……うん」

 

 そこで理は話を切り上げ、後の世話を雲雀に委ねる事にする。流石にキツイ物言いであったことは自覚が有るらしい。それ故に、これ以降のフォローは雲雀に任せるのが適任であると思い到ったのだ。

 そして改めて結城理は、『柳生と雲雀の影』に相対する。既に斑鳩も葛城も状態異常から回復し、戦闘態勢へと復帰している。理達が会話できていたのも、彼女らの功績だ。

 

「行くぞ!」

「ええ!」

「ああ!」

 

 三人のペルソナ使いは駆ける。シャドウ、『柳生と雲雀の影』を打ち倒す為に。

 

「……オレの想い。望の願い、か――――」

 

 少女は思い出す。かつて妹と交わした約束を。

 

「柳生ちゃん、ひばりの想いを、聞いて――――」

 

 少女は語り掛ける。かつて抱いた己の心の弱さを。

 

 そして二人は答えを得る。あのシャドウを生み出した、彼女達の原点ともいうべき、この戦局を終わらせるに到る道標を――――

 




※柳生と雲雀の影 画像

【挿絵表示】

下手絵ですが、雰囲気だけ伝われば……

 作中でも説明の有る通り、『柳生と雲雀の影』、戦法はバステ特化です。ポ○モンで例えるなら、『かげぶんしん』を積んで『どくどく』を掛けまくるみたいな嫌らしい戦法です。
 え? ペルソナ3に『石化』の状態異常は無いって? 知ら官。
 そもそも、敵のみならず理達のスキル構成も3・4・Q、その他諸々がごちゃ混ぜになっているので今更です。今回なら、ハイピクシーがメパトラを覚えるのは4のみで、そのメパトラがQ仕様だったりなどですね。これからもこんな風にスキル詐欺が起こる可能性が有るので、どうか悪しからず。

 今回、柳生と雲雀のシャドウが暴走したのは、主に二人の間に認識の齟齬が有ったから故です。というか、だいたい柳生の所為(暴論)。死んだ人間の面影を、他人に観てはいけません。
 雲雀の方は、前回で彼女が嘆いていたように、自身の無さから来る顕示欲が、暴走の原因です。一応、理がカウンセリング(?)をしていたので少しはマシなのですが。

 次回は、『柳生と雲雀の影』戦の決着。多分、今回――というか最近ずっと――あまり出番がなかった飛鳥も少しは活躍できる展開になる、筈?

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