告白は突然に
ただ震えていた。 ――何もできずに。
ただ怖がっていた。 ――何もできずに。
自分はどうなってしまうのだろうか。周りの人間を見て、不安だけが募った。
誰かこの暗闇から。
僕を、救って欲しかった。
「だぁー、めんどくせえな!」
路地裏を抜けると、その少女は表通りに舞い戻る。
そこにいるのは赤い三つ編みを二つ揺らした、見た目は小学生くらいの小さな女の子。だがその外見とは裏腹に、彼女には鉄槌の騎士という二つ名がついていた。
「あれ? ヴィータちゃんどうしてそんなところから?」
裏通りから突然現れた同僚に、驚きの表情を見せるロングサイドテールの女性。ヴィータは彼女の顔を見ると、ホッと一息つく。
「な、なのはか。はぁ、はぁ、驚かせるなよ」
「あはは、驚いたのはこっちのほうだよ。それにしても随分疲れてるみたいだけど、やっぱり教導のほう大変そうかな?」
心配そうに見つめるなのは。そんな彼女を安心させるために、ヴィータは呼吸を整えていく。
「別に大変なんてことはねえよ。教導する奴らはたった五人だし、それに面倒な女達はなのはに受け持ってもらってるしな」
「別に女の子だからって面倒とは限らないよ。ほら、六課時代だって、スバルやティアナ達に教えてたじゃない」
「あいつらは人一倍やる気に満ちてたから別だ。まあ努力し過ぎて一時期空回りしてるやつもいたが。……まあとにかく、何も気にせずスパルタできる男のほうがあたしの性に合ってるんだよ」
だから心配するなと、ニッと笑顔を見せるヴィータ。だがそんな彼女を見ると、なのははさらに疑問符を浮かべる。
「でもだったらどうしてそんなに疲れてたのかな? 今回の教導メンバーはそれなりに優秀な子達だと思うし。それに何で路地裏からでてきたの?」
「そ、それはだな」
『ヴィータ教導かーん!』
ヴィータの通ってきた路地裏から響く声。それを聞くと、彼女はビクリと体を強ばらせる。
「り、理由は夜にでも話す! とにかくあたしはあっちに逃げるから、あたしの場所を聞かれたら反対方向を言えよ! じゃあな!」
「あっ、ちょっと待って、まだ話すこと……が……」
脱兎のごとく走り出すヴィータ。状況が飲み込めず、ぽかんと口を開けてしまうなのはは、何も言えずその背中を見続けた。
そしてヴィータの背中が見えなくなると同時に、路地裏から飛び出す一人の青年。白のシャツと青いジャージを着ているということは、訓練メンバーの一人であろう。
青年はなのはの姿を確認すると、その場でビシッと敬礼をした。
「高町教導官初めまして。自分はカイズ二等空士です。今回は名のあるお二方に教導していただき、誠に感謝しています」
カイズを見て、なのはもまた敬礼していく。
黒髪の十八歳前後の青年。身長は百七十五センチほどであろうか。適度に鍛えられた体と、鋭くもありながら優しさを帯びた眼差しは、ふと懐かしい人物を思い出させる。
お兄ちゃんがもう少し愛想良くなったら、こんな感じなのかな。
地球にいる兄の事を思い出すと、ふと笑みがこぼれそうになる。だが教え子の前ということもあり、その表情が緩むことはなかった。
カイズはなのはの目を真っ直ぐ見つめると、次の言葉を放つ。
「すみません。高町教導官にお聞きしたいのですが。……ヴィータ教導官がどこにいるかご存じないでしょうか」
「…………それを聞いてどうするのかな?」
カイズの口からヴィータの名前が出たこと。そして先ほど慌てていた彼女を見たからこそ、口調が少しだけキツくなる。
戦闘のレンジは違えど、自分と同等の実力を持つヴィータが嫌がらせを受けているとは思いにくい。だが嫌がらせと言うのは、何も直接的暴力とは限らないのだ。
キッと目線を強めるなのは。だがカイズはその視線を反らすことなく、さらに真剣な眼差しを向ける。
「自分はヴィータ教導官の場所を聞いて。それで愛の告白をしたいと思っています」
「ふーん、告白ね。…………ふぇっ!?」
あまりにも突然のカミングアウトに、一瞬地の部分が出てきてしまう。
「そ、それは冗談で言ってるのかな?」
「いえ、本気です。いや、実を言うと昨日からずっと告白し続けているのですが、まともに聞いてもらえなくて。それでせめてお昼でも一緒に食べて、その時にと思ったのですが。……居場所はご存じないでしょうか?」
あまりにも真面目に言葉が放たれたためだろう。「あ、あっちに行ったよ」と、回らない思考のままヴィータの向かった方向を指さすなのは。その答えを聞いて、カイズは再び敬礼をしていく。
「ご指南のほどありがとうございます。それでは失礼します!」
なのはに背を向けると、その場から全力で疾走するカイズ。
なのはは先ほどのように、状況が飲み込めないでいると再びぽかんと口を開ける。そして彼の背中が見えなくなるまで、その場で立ちつくしてしまうのだった。
その日の夜。当てが割られた宿舎で二人は顔を合わせると、ヴィータは開口一番に文句を放った。
「別の方向言えって言ったはずだよな! あの後あたしがどれだけ大変だったか分かるか?」
「あはは、ごめんごめん。あまりにもいろいろと突然すぎて、頭が回らなくなっちゃって」
両手を合わせると、ペコペコと頭を下げるなのは。彼女は部屋の冷蔵庫を開けると、カップのプリンを一つ手に取りヴィータの前に置く。
「とりあえずこれ。私が残しておいたプリンあげるから機嫌直して、ね」
「はっ。こんな食べもの一つであたしの機嫌が直ると思ってるのか? ……まあ機嫌は直らねえけど、仕方なく受け取っておいてはやるけどな」
スプーンを手に取ると、教導中にはあまり食べることのできない甘味だからであろう。一口ごとに笑みが深くなるヴィータを見て、なのははホッと一安心する。
「あっ、それでいろいろと聞きたいんだけど。ヴィータちゃんはあの男の子、えっとカイズ君だっけ? に、どうしてアタックかけられてるの?」
カイズという名前を聞くと、ヴィータの顔にピシリとヒビが入る。
「……そんなのあたしが知りてえよ。頭のネジがぶっ飛んでるとしか思えねえな」
「それってどういうことかな?」
「あー、そうだな。どっから話したらいいか。いやまあ、話してもよくわからないと思うけどな」
直進的で何でも真っ直ぐに打ち崩すヴィータが言い淀むなど、何とも珍しい。なのはは思わず姿勢を正してしまう。そんな彼女の姿を見ると、ヴィータもまたプリンを机の上に置いた。
「事の始まりは多分教導初日だ。男どもに訓練つけてる時に、何か纏わりつく様な視線を感じたんだ。まっ、正直そんなの気にもしなかったけどな。それにあたしはこんな体型だ。見た目で判断するような男どもには、偶に馬鹿にするような視線を浴びることもあったからな」
「でもそんな生徒達でも、最後にはヴィータちゃんのこと分かってくれてたよね」
「まあな。だからまあ視線のことも特に気にしなかったんだけどよ。……今思うとそれがいけなかったのかもしれないな」
ヴィータは一度頭を掻くと、ため息交じりに言葉を放つ。
「その視線は二日目にはさらに強くなっててよ。それでも無視し続けた。で、その日の訓練終了後にあの馬鹿があたしのところにやってきたんだ」
「あの馬鹿って。もしかしなくてもカイズ君のことだよね?」
「…………」
彼の名前を聞くと、押し黙ってしまうヴィータ。そして彼女はなのはから視線を外すと、言い淀むように口を開いたり閉じたりする。
「それでヴィータちゃんはカイズ君に何をされたの? もし事と次第によっては、私のほうから……」
「い、いや、別に直接何かされたわけじゃないんだ。体を触られたとか、暴言を吐かれたとかじゃなくてな。いや、そのほうがもっとやりやすかったというか、ごにょごにょ」
「ん? よく聞こえないよヴィータちゃん」
「えっ、えっとよ。あの馬鹿に、――されたんだ」
「えっ? もう一度言って」
「だ、だから。あいつに好きだって告白されたんだよっ!!」
言葉に勢いがつきすぎ、思わず両手で机を叩くヴィータ。頬を赤く染める彼女を見ると、なのはは納得したように頷いていく。
「今日会った時に愛の告白をするって言ってたけど、やっぱりそうだったんだ」
「やっぱりって。知ってたなら、聞き直すなよ!」
「でもカイズ君が嘘をついてた可能性もあるわけだし。それに私に話してくれるってことは、何かしら相談することがあると思ってたから。違ったかな、ヴィータちゃん?」
「そりゃそうだけどよ。だぁー、もう。お前は昔からあたしに対して意地悪だな」
「うふふ、どういたしまして」
仕事一筋のメンバーが多いせいであろう。どうにも男っ気の少ない元六課メンバーにとって、こういった話しは大変貴重なものである。しかも今回白羽の矢が立ったのが、今まで男っ気が皆無であったヴィータなのだ。きっとこの場にいたのがなのはでなくとも、首を突っ込みたくなってしまうであろう。
にっこりと満面の笑みを浮かべヴィータを安心させながら、心の中ではニヤニヤと口を緩めるなのは。ヴィータはそんな彼女の外見を疑いながらも、伏せ目がちになる。
「そ、それでよ。どうしたらいいか、その全然わからなくて」
「どうしたらいいって。付き合うか、付き合わないかってこと? でもそれはヴィータちゃんの想いであって、私が口を出せることじゃ――――」
「いや、そうじゃなくてよ。お、男に、そ、その、告白なんてされたことがないから、どうしていいのか全然わからなくて。付き合う以前に、あいつのことなにも知らないわけだし。でもあいつ真剣そうだったから、駄目だって突っ張り返すのもいたたまれなかったというか。と、とにかくこの手の話しにどう反応していいか全然わからねえんだよ!」
再び机を叩きつけると、言葉に出来ないような複雑そうな表情を見せる。ヴィータはきっと感情の整理どころか、それらの感情が何であるかもわかっていないのだろう。
なのはは人差し指を口に当てると「うーん」としばらく言葉を探す。
「やっぱりあの馬鹿を頭からかち割るべきか?」
「それじゃあ何の解決にもならないよ。えっと、そうだ。カイズ君はどうしてヴィータちゃんのことが好きになったの? 告白されたからには、何かしら理由を言われたんだよね」
その言葉を聞くと、ヴィータの顔は一瞬にして素面に戻ってしまう。また何か地雷を踏んだと察すなのは。ヴィータは落ち着いて椅子に座り直す。
「それがわからねんだ」
「分からないって。理由を聞きはぐっちゃったの?」
「そうじゃなくて。あの馬鹿があたしを、そ、その、す、好きになった理由を話してくれないんだ。言うのは好きだ愛してるっていう歯の浮く様な言葉。でもどうしてだっていうと、それは教えられませんって笑顔ではぐらかしやがるんだよ」
ヴィータの言葉が徐々に刺々しくなるのを感じると、なのはは苦笑いを浮かべる。
「あははは。確かにそれじゃあ答えようもないというか、逆に怪しくすら感じちゃうよね」
「そうなんだよ。……ただでさえあたしはそういうこと疎いのによ。そうであってもあいつは休み時間ごとにあたしを追ってくるから、どうしていいかわからないんだよ」
ヴィータは机の上のプリンを取ると、苛立つ自分を抑えるように一気にかきこんでいく。そんな彼女を見て、再び頭を悩ませるなのは。しばらくすると、彼女はポンと手を叩いていく。
「うん。そういう場合にはまずゆっくりお話をしてみるといいと思うよ」
「話をしてみるって。だから告白ばっかりで、理由は何も言ってくれないんだぞ」
「それはヴィータちゃんがカイズ君の告白から逃げてるからだよ。だから彼も告白し続けるしかないわけであって、ヴィータちゃんがじっくり話を聞いてあげれば何か話してくれるかもしれないよ」
「うーん、そういうもんかー?」
「絶対そうだって! 小さい頃のフェイトちゃんやヴィータちゃん達のことを考えてみてよ。こっちが必死に話を聞こうとしてるのに、聞く耳すら持たなかったのに比べれば、まだ話しかけてくれる相手のほうがやりやすいよ」
「い、痛いところついてくるな。でもあの時のあたしやテスタロッサにはそれなりの理由があったしよ」
「だからもしかしたら、カイズ君にも好きな理由が言えないわけがあるのかもしれないってこと。それにどっちにしても教導は明日と明後日で終わりだしさ。それだったら逃げ回ってるより、そっちのほうがずっと有意義だと思うよ」
「…………まあ、そうだな」
何とも歯切れの悪い言葉遣いだが、それでもヴィータは一応納得したようだ。
なのははそんな恋する少女の後ろに立つと、彼女のことをギューッと抱きしめていく。
「な、何するんだよ!」
「もー、こんなヴィータちゃんが見られるなんて思ってなくて。でも大丈夫だからね。私はヴィータちゃんの味方だし、もしヴィータちゃんの純情を弄ぶ人だったら、うーんと頭冷やしてあげるから」
「…………おう、ありがとうよ」
「あっ、どこ行くのヴィータちゃん。まだ話は終わってないのに」
「もう充分だよ。じゃああたしはもう寝るぞー」
なのはのエールもありモヤモヤがほんの少しだけ晴れた気がしたヴィータ。それに逃げ続けるのは自分の性に合わないと気持ちを新たにすると、じゃれてくるなのはの腕を抜け、ベッドに向かっていくのだった。