レンタル期間一ヶ月
二人が結婚をしてしばらくの月日が流れる。
季節はずれの新婚旅行も終わり、二人の日常は慌ただしい。だが過去の二人とは違い、お互いすれ違うことなく歩み始めていた。
そんな二人のある休日の午後のことである。
「せっかくの休日にでかけられないってのも、どうかと思うなー」
赤い髪のおさげの少女。ヴィータは不満そうに頬を膨らませる。黒髪の青年カイズは、そんな彼女をなだめるように優しく頭をなでる。
「ヴィータさん、夕方には宿舎のほうに移動ですからね。今年も教導官候補を探しに行くんでしたっけ?」
「そうみたいだな。ここ近年、即戦力、即戦力で下が育たないって上から苦情がきてるらしくてな。全く、コストカットを指示したのは自分たちだろうって言うんだ」
「まあそういう怠慢がすぐに見直される分、時空管理局はホワイト企業だと思いますよ」
「それはそうだけどよ~。でもかり出されるのはあたしとなのはばっかり。ほかの教導官だって優秀な奴いっぱいいるじゃねえか~」
この場にカイズしかいないからであろう。ヴィータは子供が駄々をこねるように、ブンブンと両手を上下させる。
そんな彼女を宥めるため、カイズは空いていた左手ももちいてダブルなでなでをする。
そうやって甘やかされながらも、ヴィータには自身の忙しさの理由はわかっていた。それはひとえになのはの存在であろう。
管理局のエースオブエース。魔法が存在しない世界に生まれながら、何度も次元の危機を救った少女。
管理局の、特に若い人材ならその名を知らないものはいないだろう。
若い英雄はそれだけで組織の顔になる。若手も彼女に続きたいと、訓練の向上になるだろう。
そうでなくても、なのはは教導官として優れている。機動六課のメンバーを短期間であそこまで叩き上げたのだ。
機動六課は組織の鼻つまみものとされていたが、これを評価しないのは愚かを通り越して、ただの無能であろう。
さらにあの容姿だ。男性隊員は張り切り、女性隊員は接しやすい。これ以上の人材はいないだろう。
自分はそんななのはの添え物的存在だ。絵面的に厳ついおっさんを隣に置くわけにいかない。逆に若い男をおいても男性隊員の志気によろしくない。
可もなく不可もなく。それがあたし自身の自己評価だ。
(こっちは新婚なんだから、なのはの人気に巻き込んでほしくねえんだけどな~)
と心の中でぼやいてみるが、もちろんなのはが悪いわけではない。ただただ、行き場のないため息をつく。
そんな疲れた様子の彼女をみて、カイズはなでなでの手を止めた。
「ヴィータさんが呼ばれるのは仕方ないですよ」
「まあなのはの付き添いって考えると」
「だってヴィータさんすっごく可愛いですから。そんなヴィータさん見てたら疲れだって吹っ飛びますからね」
「あっ、ああぁ~~」
カイズの真っ直ぐな瞳を見ると、プシューと顔が赤くなる。ヴィータは照れた顔を隠すように、彼の胸に顔を埋めた。
彼と初めて出会ってから、もうかなりの年月が経っている。デートして、結婚して、一緒に暮らして、様々なイベントを過ごしてきた。
だがカイズのほめ言葉には、今でも頬が赤くなってしまう。前置きなどなく、不意をつき鋭く飛んでくるそれは予測不能回避不可能だからだ。
まだ顔が上げられない。ヴィータは胸に顔を押しつけたままもごもごと話す。
「つ、疲れが吹き飛ぶって、そ、そんなわけねえだろう」
「そうですかね? 少なくともヴィータさんを見て、俺は毎日元気いっぱいでしたけど?」
「元気いっぱいって、それはカイズだからだよ。……でもありがとうな」
「なにがです??」
カイズはキョトントした顔をする。きっと彼にとっては当たり前のことすぎて、何に対してそう言われてるのかわからなかったのだろう。
「……なんでもねえよー!」
ようやく顔の火照りがとれた気がする。ヴィータは顔を上げると、にししと楽しげな笑みを浮かべるのだった。
◆
「で、今日は映画を見るんでしたっけ?」
「一応な~。絶対面白いから見てくれってなのはの奴から言われたんだけど。……気が付いたら借りて一ヶ月経っちまったな」
そして今日から合同で教導の仕事に出るのだ。返すタイミングを考えたら、今日を除いてほかにはないであろう。
ヴィータはディスクケースを取り出す。カイズは「ああ」と声を漏らした。
「それ、かなり有名な作品ですよ。パッケージからして、子供向けかと思ったら戦闘シーンがめちゃくちゃ派手で。と思ったら、かなりの感動路線らしいですね。製作費もかなりかかってるとか」
「カイズはこの映画見た事あるのか?」
「いえ、名前に聞いただけですね。この映画がやってた頃って、管理局に入るために勉強漬けでしたし」
そこまで言うと、カイズは少し困ったような顔をする。
「うーん、しかし映画ですか。出かけるほどの時間がないにしても、映画はなー」
「あんまり好きじゃないのか?」
「いえ。映画って結構長い時間拘束されるじゃないですか。そうすると、ヴィータさんとあまり触れ合えないなーって。短い時間と言えど、休日が重なりましたし、それが些か不満で」
「うーん。でも今日中に見ないと返せないしな。……それにどうだったってなのはに聞かれて、一ヶ月ずっと置きっぱなしだったとも言えねえしな」
「それはそうなんですけど。……あっ、そしたらこうしましょう」
「おっ、おおっ!?」
カイズはポンと手をたたくと、ヴィータを持ち上げる。そしてカイズはベッドに座ると、その膝に彼女を乗せた。
あまりにもスムーズな動作に、思わず反応が遅れてしまう。カイズはヴィータを包み込むように、そのまま両腕で優しく拘束する。
「これなら映画を見ながら、ヴィータさんの体温を感じられますね」
「か、感じられますねじゃねえだろう! こんな体勢、あたしは子供か!!」
「ヴィータさんは俺の嫁です!!」
「知ってるよ!!」
そういう意味で言ったわけではない。だがまるで子供にしてあげるような姿勢は、それなりに人生経験を積んできた彼女には恥ずかしいものだった。
「べ、別に隣同士で手でも繋げばいいじゃねえか」
「それだけと片手でしかヴィータさんの体温を感じられないじゃないですか。そうでなくても、これからしばらく会えないんですから、ヴィータさん分を補充しておきたいんですよ」
「そ、そんなこと言ったってよ。昔ならいざ知らず、この歳になってこれは……」
どこか懐かしいこの体勢。まだ自分が地球で暮らしていたころ、よくはやてにしてもらっていた体勢だ。
あの頃は人に優しく扱ってもらえることが初めてで、そんなはやてに随分と甘やかしてもらったものだ。
だが歳を重ねるごとに、その回数も減っていったのも確かだ。今ではなのはやフェイトはもちろんのこと、ヴォルケンリッターやリィン、アギトの前ですらこんなことはしていない。
(いや、その考えで言うならここにはあたしとカイズしかいないわけで。まあ結婚もしてるわけだしこれくらい。……えっ、顔怖っ!?)
色々と考え込んでいるうちに、カイズの顔がものすごく不機嫌になっているのがわかる。だが何が彼の逆鱗の触れたのかヴィータにはわからなかった。
言葉の代わりに、カイズの抱きしめる力が強くなる。ヴィータは「ストップ、ストップ」と声を上げた。
「お、おい、いきなりどうしたんだよ」
「別になんでもないですよ~」
「いや、なんでもあるだろう。すっげえ顔に出てるぞ」
「いえ、ほんとなんでも~。ただこの歳になってこんな体勢って、俺以外の誰かとしてたんだって~、ちょっと疑問に思っただけで~す」
「カイズ以外の誰かって。えっ、へっ?」
「他の誰かとしてて、俺とは嫌なのかなって、ちょっと思っただけで~す」
「べ、別に嫌とかそういう話じゃねえよ。それにはやてとこうしてたのだって、もうかなり昔のことだし」
はやて。その名前を出すと、不機嫌の極みだったカイズの顔が一瞬にして晴れやかになる。
何だ早く言ってくださいよ。と言わんばかりの顔になると、拘束している腕の力が少し弱くなった気がした。
「でもはやてさんとやってたってことは、俺も負けてられませんね」
「いやいや、勝ち負けとかじゃねえだろう」
「いえいえ。俺は今日からヴィータさん後ろから抱きしめ部門のレコードホルダーを狙っていきますよ!」
「そんな記録ねえだろう! ……はぁ、まあいいか。それじゃあちゃっちゃと映画見ちまおうぜ」
こうなったカイズはてこでも動かないだろう。彼のことを一番知っているヴィータだからこそ、これ以上の抵抗はしようとしなかった。
ヴィータは映画のディスクをレコーダーに差し込むと、再び彼の膝の上に収まる。
気分はジェットコースターの座席のようだ。安全バーという名の、カイズの腕がヴィータを抱きしめる。
ヴィータはリモコンを手に取ると、映画を再生していった。