変わらない日常とすきま風
◆
――ピピピピピピ、ピッ‼
ベッドから片手を伸し朝を告げる電子音を止める。ヴィータは寝ぼけ眼を擦ると上半身を起こした。
「う、う~ん」
毎日のことながら起床の瞬間はどうにも頭が回らない。今日の朝ご飯は何だろうか? そう思うと同時に隣で寝ている男性の存在に気づく。
実年齢よりも童顔の黒髪の男性。事実ヴィータよりも年下の彼は静かに寝息を立てていた。そんな幸せそうな彼の表情を見ると、ヴィータは「ああっ」と思考が回り始めた。
「そうか。……あたし、結婚したんだったな」
結婚。その単語は自分には一番無縁だと思っていた。
海鳴市ではやてと出会い、様々な事件を乗り越え、時期を見て家族でミッドチルダに移住した。仕事の都合上、家族毎日一緒とはもちろん行かなかった。だとしても自分の帰る場所は未来永劫変わることないとあの頃は思っていた。
そんなヴィータの前にカイズは現れた。初めはただの教導対象の一人としか思っていなかった。だが彼に猛アタックされ、付き合い、様々な感情を経験し、そして結婚まで至った。
何だかんだ結婚生活も三ヶ月が経とうとしている。しかしこの生活に慣れるのはまだまだ時間がかかりそうだ。ヴィータはカイズを起こさないように、ゆっくりゆっくりベッドから抜け出そうとする。
「……う、ううん」
だが隙間風のせいか、カイズは瞼を擦るとベッドから抜け出したヴィータを見た。
「……おはようございますヴィータさん」
「まだ起きなくていいぞー。今日の朝ごはんはあたし担当だからな」
「でもせっかくヴィータさんが起きているんですから俺も――――」
「ゆっくり寝てろって。教導の予習で昨日も遅かったんだろ」
ヴィータが仕事から帰ってきた後もしばらく机から離れなかったのを覚えている。
二人は暮らし始めの時に、どちらかが夜更かしをしていても気にせず寝ることを約束していた。昨晩夜更かしで予習をしたのも、今日の朝食担当がヴィータであることを鑑みてだろう。
ヴィータの見透かした目を見てカイズは「はーい」と毛布をかけなおす。だが思い出したようにヴィータの後ろ姿に声をかけた。
「そうだヴィータさん!」
「おお、どうした?」
「今日も最高に可愛いですよ! ……ではあと三十分ほど失礼します」
言うだけ言うとカイズは眠りについてしまう。寝ていいぞと言った手前ヴィータは反応を返すことが出来なかった。
「……はぁ、変わんねえなー」
ヴィータはポリポリと頬を掻くと、朝ご飯の準備を始めるのだった。
◆
お昼休み。午前の教導を終えたヴィータは相方のなのはと共に食堂に出向いていた。二人はそれぞれ定食を注文する。そしていつの間にか暗黙の了解で決まっていた教導官専用の窓際の席に座った。ヴィータはパスタをクルクルと巻き取るが、それを口に運ぶことなくため息をついた。
「どうしたのヴィータちゃん? 見るからに元気がないみたいだけど」
「元気がないってのとは違うんだけど。……新しい生活がなかなか難しいなーと」
「新婚だもんね。カイズ君とうまくいってない……ってことはないか」
ヴィータにベタ惚れのカイズに限ってそれはないかとなのはは「あははは」と笑みを浮かべる。そんな反応をされることに少しの恥ずかしさを感じながらヴィータは話を続ける。
「なのはのところは今でもチビと一緒に寝てるのか?」
「うーん、初等部の低学年のときほどじゃないかなー。たまに家族交流でフェイトちゃんも含めて一緒に寝ることはあるけど。……もしかして寝相の話?」
「いや、そうじゃねえんだけどよ。朝ベッドから抜け出すときに毎回カイズのこと起こしちまって、なんかそのコツか何かあるのかなって思って。そういえばはやてもあたしに気づかれずに毎朝起きてたっけ」
もしかして自分は物凄い不器用なのでは。ショックのあまり巻いていたパスタがぽろっと皿に落ちる。なのはは「にゃはは」と少しいたずらめいた笑みを浮かべた。
「もちろんコツはあると思うけど、私とヴィータちゃんだと前提が違うと思うよ」
「前提が違うってなんだ?」
「ヴィヴィオとカイズ君だと体の大きさが違うからね。布団がかかっている面積がまず違うよ。子供時代のはやてちゃんとヴィータちゃんならさらに違うと思うしね」
「あー、確かに言われてみればそうか」
「それに今暮らしているところって、カイズ君が元から住んでいたアパートだよね? あまり広くないからベッドを二つ置けないって言っていたし、起きちゃうのは仕方ないと思うよ」
「それは。……そうなんだよなー」
海鳴市の頃やミッドチルダ、起動六課の宿泊施設を思うと確かにカイズのアパートは狭かった。だが新婚のヴィータ達は正直部屋の広さに関係なく肩身を寄せ合うぐらい熱々だった。
しかし不自由がないと言われれば嘘になる。教導官のヴィータは元起動六課の他のメンバーと比べれば緊急の出動が少ないほうだ。だとしても毎日同じ時間に帰宅できるかと言われればそうではない。不慮の事故もあれば、遅くまで事務処理をすることもある。
それが仕事先で済めばいい、問題はその仕事を家庭に持ち帰った時だ。一人暮らしが前提だったカイズのアパートは机が一つしかない。いや正確には結婚を境にガラス机を一つ増やしてもらった。しかし快適とは程遠いそれは作業効率を明らかに落としていた。
「あ~~、そうだな。改めて考えるとうちは狭いんだよな」
「同棲を始めたのってデスイーターの一件でカイズ君が毎晩悪夢を見るようになってからだよね。その後カイズ君が記憶を失くして、ノーナンバーズ事件があって。それからあれよあれよと一気に結婚まで行っちゃったからねー。ヴィータちゃんはそれなりに高給取りだし、カイズ君も教導が軌道に乗ってきたし。……そろそろ新居を考えてもいいのかもね」
「新居、新居か。……新居ね~」
「私もしっかり相談に乗るし、はやてちゃんにも話してみるといいと思うよ。――――さって」
なのははそこで話を切ると、手のひらをぱんと合わせフォークを手に取る。
「とりあえず話は一旦ここまで、冷めちゃう前にご飯食べちゃおうか」
「あっ、すまねえなのは」
「いいってことだよ。その代わりいい家が見つかったらちゃんとご招待してよねー」
「おうっ、任せておけ!」
とにかく今は午後の教導に向けて体力をつけよう。フォークでパスタを巻き取ると黙々と口に運んでいくのだった。