家での夕食後、カイズはヴィータの言葉を聞いてテーブル越しに身を乗り出した。
「もしかして一緒の部屋にいたくないってことですか!」
「絶対言うと思った! だから前置きとしてそうじゃないって言っただろう‼」
「でも狭い部屋で俺と一緒なのが嫌ってことですよね!」
「それも初めに説明しただろ。お互い朝が早くなることも夜が遅くなることもある。だからこそもっと広い家を探したほうがいいって言ってるんだ!」
「そ、それはそう思いますけど。……う~~ん」
ヴィータの提案にカイズはあまり乗り気ではないようだ。だが彼との付き合いももうそれなりに長い。ヴィータは慌てることなく話を続けた。
「カイズの考えてることはわかるぞ。本当にいろんな事件があって、あたしたちは最短で結婚式挙げて、新婚旅行して。……あたしの体調のこと心配してるんだろう」
「――――ギクッ⁉」
カイズが口ごもる姿に考えが的中していることがわかる。ヴィータは呆れたように頭を掻く。
「確かに本格的にこっちに引っ越してくるのは大変だったぞ。仕事をそんなに休めない中で荷物まとめたり住所や免許書の書き換えがあったりで確かに忙しかった」
「そ、そうですよ! それなのに俺はヴィータさんと早く暮らしたいあまりにいろいろ急いじゃって」
「う・ぬ・ぼ・れ・る・なっ!」
「いたっ‼」
俯いているカイズの額に渾身のデコピンが放たれる。カイズはじんじんする額を抑えながらヴィータを見た。ヴィータはそんな彼の両頬に手を添えていく。そしてゆっくり諭すように言葉を繋げた。
「はやてと別れる寂しさは確かにあった。だけどその寂しさよりも、もっとずっと本格的にしっかりとカイズと一緒に早く暮らしたいって思ってたんだ。最短の結婚式も引っ越しも全部二人で決めたことだろ。だからあんまり一人で抱え込むなよ」
「……ヴィータさん」
「それに今度は二人で新居に引っ越すんだろ。二人だったら新居探しだって引っ越し作業だってきっと楽しくなるからさ。……一緒に頑張って行こうぜ、旦那さま」
「――――ヴィータさん‼」
カイズはその場から立ち上がるとヴィータを抱きかかえる。そしてそのままベッドへと押し倒していった。
「ま、まだお風呂に入ってな――――」
「大丈夫です。ヴィータさんに汚いところなんてありませんから‼」
「いや、それはあくまでお前の主観で、いっ、ひゃ⁉」
首筋にキスをされると体がびくりと浮かび上がってしまう。ヴィータは体中の力が抜けていくのを感じながらもなんとか抵抗をしようとする。
(今日は教導が激しかったから本当に汗臭いんだよー!)
だがその言葉はここ近年で芽生えた乙女心のせいで逆にそれを言葉にすることが出来なかった。ヴィータは何とかカイズを引きはがそうとする。
そんなヴィータを見るとカイズは彼女の耳元で呟いた。
「――愛してるよヴィータ」
「ひゃ、ひゃう! こんな時だけさん付けしないのずる、あっ、あぁ――――」
完全にカイズのスイッチが入ってしまった。こうなってはもうカイズは止まらないとヴィータは抵抗をやめた。
結婚を機にカイズはヴィータを『さん』付けすることをやめた。しかし数週間もしないうちに「何かしっくりこない」と再びさん付けに戻していた。それ自体にはあまり問題はない。問題があるとすればさん付けをする時よりも、さん付けをしないときのほうだ。
「ん、あっ、んん、んっ」
「本当に可愛いよヴィータ」
「んっ、こ、このドSが――――‼」
カイズはこういう雰囲気になるとさん付けをやめるようになった。普段の従順な性格のギャップもありヴィータはほとほと参っていた。しかし参っていながらも耳元でささやかれる呼び捨てにメロメロになっていたるのも事実だった。
寝不足の相談から始まった今回の話だが、どうやら今日も寝不足になりそうだ。手慣れた手つきで制服を脱がされながら、ヴィータはそう思うのだった。
◆
引っ越し騒動から早数日、ヴィータとカイズは時間を見つけては物件を覗いていた。だが、覗いているだけでまだ探す段階には至っていなかった。
どうしてそんなことになっているか。それは二人の今までの生活環境が大いに影響していた。これまでヴィータははやてやヴォルケンリッターの面々と大家族として暮らしてきた。カイズは逆に医者で忙しい父親と二人で暮らしており、その父親も仕事で家を空けることが多かった。新婚の二人暮らしとしてのビジョンが二人は大きくかけ離れていたのだ。
ヴィータとしてはのびのびと出来るリビングが欲しいと思う。だがカイズは造りさえしっかりしていれば狭くても、それこそ住めれば問題ないといった考えだ。
また物件探しがさらに混迷を極めているのは、カイズ自身の意見があまりにも少ないことだった。
「ヴィータさんがいいと思ったのがいいと思いますよ!」
彼との付き合いは長い。その言葉が心の底からの真意であることはわかっている。だがそう肯定されても、何から何まで自分の思い通りというのはそれはそれで気乗りがしないものだ。せっかくの二人の新居なのだから二人で話を進めていきたい。それがヴィータの思いだった。
もしこれが昔住んでいた地球ならもう少し話も違っていただろう。文明がゆったり進み、魔法の存在もほぼ認識されていないその場所は、良い意味でも悪い意味でも常に不自由と隣り合わせだった。
あの頃ははやての病院までの距離、学校はどこにあるか、スーパーは、コンビニは、駅は、バス停は、家賃はなどなど、何かを取れば何かを失う。それがあるからこそ今の生活と照らし合わせることが出来た。
だがこのミッドチルダでは移動はそこまで大変ではない。さらに緊急時なら空を飛ぶことも許可される。地球なら急いでいるときに限って電車が止まったり、渋滞につかまったりということがあるかもしれない。だがこの世界はそんなイレギュラーが存在しないのだ。(もちろん魔導士であることが前提であるが)
「ただいまって迎えてくれる家の温かみ。それをカイズにもわかってほしいんだけどな」
だがこればかりは今更どうにかできるものではないだろう。ヴィータは物件のページを閉じると小さくため息をついた。このままでは悪戯に時が流れていくだけだろう。そう思っていた彼女の元に特殊な仕事の話が舞い込んできたのはそのすぐ後のことであった。